(……試されている)
と、思うのは、いつもこんな時だ。
ルルーシュは深く息をする。後ろの襟首にかくした拳銃の存在なんてもう異母姉にはバレているんだ、と
遠い意識でぼんやりと感じていた。けれど、重要なのはそこなんかじゃなく、もっと、この先を進んで行くには大事なもの。
コーネリアの後ろには彼女の後頭部に銃口を向けたミレイの姿。ロロはランスロットの上でスザクが拘束している。
そしてそのスザクはギルフォードにサーベルを向けられている---------ルルーシュは、コーネリアの右手に
心臓と腹部を狙われている。
こんな三者三様の構図で、誰がどう動いて行動しようとも、きっと誰も無傷でなんて帰れやしないのだろう。
なら、自分をずっと上から見下ろして試しているような誰か≠ノ、一矢報いてやろうじゃないか。
想像だにしえない策を用いてこの場を混乱させてやろうじゃないか。なんて、結構、わりと本気だった。
(そうだ)
『スザクが、好きなの?』
『……』
『……』
うん、と、ユーフェミアと過ごした最期の夜の日に言った。
それに返された言葉がよみがえって、ルルーシュに勇気をくれる。
『そうなの、じゃあ、……私は二人の子どもが見たいな。生んでね』
生んでね、ルルーシュ。
(ああ)
きっと幸せにはできないけれど。
(それでもいい?ユーフェミア)
涙に潤みそうな視界のなか、端っこにひっかかるように見えたスザクの瞳も
自分と同じような表情をしてた。
大人になればさよならくらい簡単だと思っていた
パァン!
コーネリアが引き金をひいた弾丸が、ルルーシュのこめかみを掠り、セシルのすぐ後ろに跳弾した。
ついで、ルルーシュとスザクの動きが重なった。ロロを拘束していたスザクが彼の腕を前へつき飛ばし、
傍にいたギルフォードの剣を蹴り捨てる。ルルーシュは右手に構えなおした銃を持ち直し、
全身を低くして前かがみにコーネリアへ突進していった。
流れるかのようなその動きは、コーネリアとギルフォードの次の一手を躊躇わせるかにも思えたが、
流石最後のブリタニア直系の生き残り-----------対するルルーシュから見たコーネリアは、
まるで予測してたかのようにルルーシュへ背を向けて、自分の背後をずっととらえていたミレイに
剣槍を突きつけた。
「いいのか?級友が死んでも」
燃えるアッシュフォードの学園の中、女帝の鋼の声だけが響き渡る。
はっとしたミレイは、かまえていた銃をすぐさまコーネリアへ突きつけようとしたが、
遅かった。
コーネリアはルルーシュの弱点を熟知していた。
腹の中の命----------だけではなく、ユーフェミアにかわる、……いや、同性の中では誰にもかえられない存在を。
「!」
止まらざるをえなかった。
スザクも、対するギルフォードを前に固まるしかなかった。あと1センチもすれば触れてしまいそうな距離に
槍が、ミレイの喉元に突きつけられていたから。
「随分優しくしてくれる友だったんだな……アッシュフォードの娘。マリアンヌはもうブリタニアにはいないのに?」
「別に……。ルルーシュがマリアンヌさまの娘だからってかくまってたわけじゃないわ。貴族の直感よ」
「--------こいつは弟妹殺しだぞ」
「知るか。ばっかじゃないの……。ユーフェミアさまのことはともかく、ナナリーのことは現場でみて知ってるはずでしょ。
あとね。ついでだから言っておくけど人殺し云々でえばれるほど、貴方たちだってまっさらな道歩けてるわけじゃないじゃない。
険しい道でもね、ルルーシュはナナリーもユーフェミアも守ってたの。そうじゃなきゃおかしいでしょ。
じゃあ何でロイド伯爵とセシルさんはもう何年もルルーシュについてきてるっていうの」
あと数分で殺されるかもしれない恐怖を、まるで感じさせないミレイの声がコーネリアに向けられる。
「少しは悔しいと思いなさいな。そんで、殺したければ殺せばいいじゃない。ルルーシュの前で。
あんたたちそれが狙いなんじゃないの?そんなんでブリタニアの宰相さんがいいって国民はついてきてくれるのかしらねっ!?」
もう我慢ならない。
スザクもルルーシュも次の動きを決めあぐねてる最中、
ミレイは自分に向ける紫電の強さに内心ではびびりながらも、
女帝の前へ一歩出た。
「絶対殺させない!ルルーシュとスザクの赤ちゃんはっ。例え」
-----------幸せになれる完璧な保証のもと、授かった命ではないけれど
(ルルーシュは)
神楽耶が自決した時、自分も死のうとしたところを、スザクとの間に授かった鼓動を知って
踏みとどまった。踏みとどまってくれた。
存在価値においては、ミレイにとって充分。自分の命なんてくれてやる。
唖然と、ミレイの啖呵に立ち止るルルーシュへ、一層大きな声があがった。
「何してんのよっ!!私なんてどうでもいいでしょっ。こんなんでも宰相なんだから一介の民間人にそうそう手はあげられないわ!
だから早く逃げて!----------ユーフェミアさまとの約束なんでしょ!!!」
(……え)
瞬きの間もなく、駆けだしたスザクの手をとって、反対側へ走りだしたルルーシュの背後-----それを追うコーネリアは
ミレイが発した言葉に動こうとした足が固まる。
(ユフィ……)
淡く微笑む彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
母親がネグレクトからか、それ以上に実の妹を愛し慈しんでいた自分は、
妹のことなら誰よりも知っているはずだと、……そう、自負していたはずなのに。
(なんで)
こんな小娘なんかに。
もくもくと黒煙がまう環境から、外へと走り出していったルルーシュたちをただ見送るしかない。
シュナイゼル暗殺の件により、国際的な指名手配がかかっている枢木スザクを処刑して
ルルーシュはユーフェミアと同じように地下に一生閉じ込めていようとそう決意して来たのに。
桃色の影がコーネリアをその足元へ縫いつける。
一瞬でも固まった時間を打ち破ったのは、スザクに突き飛ばされたロロだった。
「コーネリアさま。どうしますか」
「あ……ああ」
ギルフォードが無言で動こうとしたミレイの動きをけん制していた。
騎士が。主の動揺した紫電に心配げな眼差しを向けてくる。
その気遣いに、……いま相対するロロにだけは甘えなくてもいいだろう、と、
そのギルフォードにわざと背を向けて、口にした。
「二人とも引き離しても意味はない。あいつらには前例があるからな。異母兄上の時といい、
ゼロの時といい、離ればなれにしてもすぐくっついて面倒なことになる」
「では」
「二人ともで、しとめろ」
了解、とロロは駆けだしていった。
「陛下……」
騎士の息をのむ声に、彼には彼へむけた命令を、視線は反対に向けたまま告げる。
「ミレイ・アッシュフォードとともに、アヴァロンへロイドとセシルも乗せろ」
「ルルーシュ殿下たちを追わせたロロは待たずに帰還してもいいのですか」
言外に、ロロに任せたその後は見届けなくていいのか、という非難にも、その声は聞こえた。
「何かおかしいか?私にとっては枢木もあの異母妹も、不要のものだ」
「妊娠しているという御子は」
「-------------」
(そんなもの許さん)
例えユーフェミアが望んだということであっても。
(私には?……か)
私には不要のもの、------ではない。ブリタニアにはいらないものなんだ。
かなしんだ分だけの愛情がまだ形として残ってたらいい。
だがシュナイゼルもユーフェミアもみんないなくなったんだ。
(あいつのせいで)
ならば、許せるはずなんてないだろう?
*
「スザク、……もう」
「諦めちゃだめです」
「……でも俺」
「また一人でどうにかするって言いだすんですか?今は、もう、一人の問題じゃないでしょう」
諌めるのではなく、ある意味自分がずっと寄り添っていられたら、という思いも、
荒い息の合い間に溶けていたかもしれない。
「スザク、傷が」
「っ……」
ランスロットが飛べなくなり、ロロと交戦した時に藤堂から受けた傷口が開いた。
ぽとぽとと血痕が足跡になって続いていく。
「殿下」
「?……」
繋いだ手が、きゅ、と繋ぎなおされた。
「生んでほしいです」
はっと紫電が先導する騎士を見上げた。
「大切なひとを失うばかりだった貴方に、生み出された命なんです。
例え僕との間に出来た子でなくても、貴方の血が通ってると思うだけで、僕は嬉しい」
「--------ス」
「変ですか?こんなこと言うの。……僕が幸せにするって言えたらいいけど」
目指す先がどこかわからない。ただ砂塵のように崩れ始めていく道を黙々と進むことしか今はできないけど。
(言い切れる強さは僕にはないけれど)
「貴方が心から笑える笑顔が見たい」
それだけじゃだめですか?
子どもを生む理由。
きっとルルーシュの中に芽生えた命に与えられた最初の祝福は、
ただ己がそこにいるというだけで、スザク以上にルルーシュを幸せにできるという特権だろう。
(……)
言葉がうまく出なかった。
「……スザク……」
だが、頬を零れる涙は、ユーフェミアの遺した言葉を裏付けるには充分。
「だから、胸をはって。殿下」
「……うん」
「僕は頼りないかもしれないけど」
ぶんぶんっと首を振る。
背中ごしにだがそれを感じられた。振り返ることも必要ない、引きつれていた神経が一瞬だけ、和む。
「この手を離すことだけはしないから」
だから、
(何より自分のために)
「前を向いて」
それこそが、子を産んだ姿を見たいと言った、異母妹が残した願いだったんじゃないか。
爆音がした。
方向からすれば、コーネリアたちが降り立った場所から。
スザクとルルーシュの背中から勢いよく砂と熱が混じった風が吹きつける。
腹部から溢れる血を抑えていた体が前のめりになり、
ルルーシュと繋いでいた手が解けた。
「スザク!」
慌てて前へと駆けだし、一寸先もわからない悪い視界のなか、
咄嗟に倒れ込むスザクの半身を抱え込んだ。
「もう無理しないで……」
肩にあたる息が荒い。スザクの体はとうに限界を超えていたんだ。それほどに藤堂から受けた傷は深く、
また……、その後にルルーシュが荒れたことにより、もっとながくベッドで休んでなければならない体を
無理やりに起こさなくてはならなかったから。
(前が、よく見えない)
ルルーシュが何を言ってるかも、ぶつぶつと途切れたラジオみたいで、頭までとんでこない。
スザクは霞む視界のなか、繋いだ手だけは離さないよう、力だけは緩めなかった。
不意に、煙の奥から人の気配がした。
そちらへ神経を向けた直後、その人物よりも先に声が、ルルーシュとスザクに届く。
「揺らいでいる」
(……ロロ)
少年のいつもと何ら変わらない無表情に、何かを予感したのか、ルルーシュはその細い腕でスザクをかばうように
横へ広げた。
「殺さない。危害は加えないよ」
「スザクには触れさせない」
「わかってるよ。その男が大事なことくらい。……僕は姉さんの弟だよ」
まあ、こんな風になったことを責められたら、天国のおとうさんに殺されるだろうけどね。
そう言って、ロロは最初に口にした言葉の続きを呟いた。
「コーネリアさまは揺らいでいる。ミレイ会長が、ユーフェミアさまの名前を出したからだ」
「……それが?」
「あの人には、姉さんと枢木卿を二人まとめて殺してこいと言われた」
「誰がさせるか」
「わかってるよ。僕も無理だよ。……子どもができた報告を当人にしたのは僕なのにね。ごめん、姉さん。
ブリタニアがこんなにも早く来るとは思わなかったから」
そのことだけでも謝りたかったんだ、と、
ロロはルルーシュの前に膝をついた。
「何が言いたいんだ。お前……」
「うん。僕も、どうするかまだ迷いはあるんだけど……やるからには今しかチャンスがないな、と思ってもいて、さ。
姉さんと枢木卿を逃がすには」
「?」
既に言葉を発す力もないのか、ルルーシュの肩に身を預けてるくせっ毛に
そろりと目をあげたロロは、すぐに苦笑して。ルルーシュへ持ち手を逆に銃を差し出した。
「僕がおとりになる」
「え」
「大学部の地下にマリアンヌさまの乗った試作機がある。それに姉さんはのるんだ」
「なん……で。俺を逃がすなんて」
「考えてたんだ。コーネリアさまを見ていながら、もし……以前のシュナイゼル皇子だったら、
姉さんと枢木卿、ほんとに大事にしてたのはどっちなのかなって」
「?よくわからないぞ」
「僕もわからない」
へへ、と笑って、ルルーシュの背中に倒れかかっているスザクの体を
ロロはルルーシュから自分へ引き寄せた。
「逃げるとは思わないで、姉さん」
「ロロ、お前……」
「枢木卿に生んでほしいって言われたんでしょ。その言葉を聞いて僕も安心した。
そうだよ。もう姉さんを幸せにできるのは、二人の間にできた子にしか、できないことなんだから」
スザクは、霞みゆく意識のなか、よいしょ、と担がれた反動で目をさまし、
さっきまではぴたりと離れることなく傍にいたルルーシュが
今は自分の横にいるロロと対面しているのに、目をさます。
「ロロ」
「枢木卿。大学部のガニメデで姉さんを逃がす。今は捕えられてる伯爵たちもすぐに追えるように
大学部の端末にメッセージを残しておく」
「何を勝手なことを……」
「その代わり貴方はコーネリアさまのもとへ行くんだ。姉さんと離れることにはなるけれど……ほんとの意味で
守るために」
「……」
それに怪我してこんな体たらくじゃそもそも一緒に逃げるなんて無理でしょ?と
どこか彼の父を思わすシニカルな笑みを困惑する翡翠へ向けた。
「大丈夫。作戦実行力はシュナイゼルゆずりだから」
それに迷ってる時間はない。
崩れかかっている壁の柱に目をむけて、ロロはすぐに行動へ移した。
「姉さん、地下通路は使わずにいったん庭へまわって、そこで伯爵たちと合流して」
「わかった」
「枢木卿は僕が始末した姉さんに呆然自失状態になって戦意を失ったから、
命だけは助けたって設定にして運ぶから」
頼む、……辛そうにロロへ身をあずけるスザクへ駆けよって、
下がった瞼をそっと撫でて、口づけた。
「迎えに行くから……」
それを見守っていたロロの瞳が険しくなる。
炎が目前に迫ってきたからだった。
「じゃあね、姉さん」
「……ロロ」
「そんな不安そうな顔しないで。これは宿命だと思うからするんだってば。僕の父さんは最後に恨みごととか言ってた?
違うよね……。姉さんのこと抱きしめてたんでしょ。僕もさ、もし死ぬなら最期の時間は大事な人の前で
過ごしたいなって思うから」
「……」
「ばいばい、姉さん」
暗い闇の先へ、駆けていった黒髪を見送る。
再び体から力が抜けたスザクの肩をまた担ぎなおして、反対側の炎が浸食しはじめてる廊下へと
歩を進める。
(これでいいんだ)
(ずっと姉さんを監視しながら、思ってたんだ)
枢木スザクや、ミレイ・アッシュフォードへ向ける笑顔を見るたび、
それが未来永劫ずっと続けばいいのになあ、なんて……
(僕、別に姉さんのこと好きとかそんなんじゃないのに、な)
何でだろ?
(なんで……)
クラブハウスの庭まで来た。
夜の闇に冷えた芝生にスザクの体を横たえて、ロロは制服の懐からナイフを取り出し、
一振りして刃を自分へ向ける。
ふいに、翡翠が少年を見上げた。痛む傷口にどくどくと脈打つ心臓、うまく息がすいこめない胸を上下させて、
「ロロ、もしかして」
いやな予感に身を起こす。
少年は、まさか-----------。
「皇帝からの任務不実行は死をもって、ってね……いいんですよ、枢木卿」
それがロロの、コーネリアから派遣されてからずっとクラブハウスにいた今日までの、
ほんとうに最後の一言になった。
「やめ、----------!」
スザクの顔に血しぶきが飛ぶ。
どさっと芝生に倒れた痩躯。膝にのしかかるまだ暖かい体温。
ミルクティー色した髪が緑に散る。
絶句したスザクは、燃えひろがったクラブハウスごと、炎と一緒にガラガラと崩れていくその中で
ただそこにいるしかできなかった。
(大人になればさよならくらい簡単だと思っていた)