-------------------体がむずむずとして、何だか関節がぎこちない感じがする。
 劇団で稽古をしてる時なんかは団員のメンバーとで円陣を組むように床に裸足になって、隣にいる人と背中合わせに筋を解しあったり、
前屈をしている時に背中をぐっと押して股関節を柔らかくしてもらったり、そういうストレッチには事欠かなかった。
けれど、いよいよルルーシュのほうがその稽古に出られないほど私事のほうが忙しくなってしまった時、
風呂上がりに自分一人で筋を伸ばして痛感した。随分と役者としての体からは遠ざかってしまったような気がする。



(前は屈伸をすれば顎が床についたんだけどな……)


 カーペットの上に尻をつけて股を広げ、前のめりに上体を倒す。
スザクも『おおっ』と言うくらいに柔らかかったのだが、最近サボっていたのもあって、床に顎はつかないわ、
中途半端に曲がるぶん床に対してスレスレの位置で固まってる体は息がし辛いわ、
……どうしたものかとこんな自分の体の状態に溜息もつけなかったりして、複雑な心境。
「うーん」
「どうしたの」
 まだ足を広げたままカーペットに腰を落としていたルルーシュの後ろから、ぬっと大きな影が
リビングと玄関口を仕切ってあるパーテーションから出てきた。
今日はスザクがルルーシュのマンションに泊まりに来ていた。数回目かの問答の末ようやく泊まることを了承したスザクは、
家主の次に風呂に入っていたのだ。
「ごめんね。タオルまで借りて」
「ううん、別にそれくらい……。てか、俺が誘わなかったら車で寝泊まりしてそのまま仕事に行く気だったろ」
 広げた足を胸の前に揃えて、顔はスザクのほうを見て口にしたこちらの一言に『う』固まったのを見た。
……何でも、明日はいつもより早く家を出なくてはならなくなったらしい。笹倉の家の手伝いで、
介護センターの集まりに同伴で連れて行かなくてはいけないという話らしいが。
 スザクはその仕事の時間変更をルルーシュを予備校に迎えに行った時に受けた。電話口から洩れる声に事情を把握したルルーシュは簡単に
『うちにこのまま行くんだから今日は泊まっていって、朝はうちからそっちに出勤すればいいじゃないか』と言ったのだが、
はじめスザクは頑固に『わるいから』と断ろうとした。けどこのまま俺を送ってまた自分の家に戻るなんて二度手間じゃないか、と
強く返すルルーシュにスザクのほうが折れて泊まることになったのだ。
 まあ、スザクは仕事で明日は早いのだし、別に〝何かある〟ということは全然ない。―――と思うのだが、


(どうなんだろう……)



 いつも、というほど頻繁ではないがスザクが泊まりに来ることはこれで付き合い出してから四回目だ。その前の三回までは
二人で夜を通してテレビを見ていたり談笑してたりなんだりしていつの間にか朝になっていた。
元々体の関係は無かったのだからこの過ごし方は別におかしいことじゃない。……が。
(今日のは違うんだな)
 思わず〝の〟の部分を強調したい心境。―――ルルーシュは位置を変えてベッドに寝転がりながら顔だけ後ろへ向けて
そっと髪を乾かす後ろ姿を見る。



 先日、とうとう、というか、付き合いだして三年目にしてやっとと言うのか、ようやくソウイウ間柄になった。
だが、体を重ねた切っ掛けが普通の恋人らしからぬアブない状況であったがために、
お互いがお互いにあの時の情交を無かったことにしているような気がして、……実は、最近目線もうまく合わせづらい。

 本当は自分のほうから甘えてみたり体を重ねることを強請ってみたりしたらスザクもあの時の自分の状態を自分自身で許すことができて、
そして、またしようか、なんてことにもなれるような気がするのだが、どうもルルーシュのほうからはその踏ん切りがつかない。
(やっぱり恥ずかしいからか)
(いやでもどうだろう。わからない)
 このループである。
「んー……」
「どうしたの。さっきからうんうん言って」
「……ん~……、別に」
 枕に顔を押しつけながらパタパタと両足を動かす。後ろで気配を感じてるだけでもむずむずと体が疼き出すのは何でなのだろうか。
スザクがこっちを見て、そのままソファーのほうに行こうとするのが簡単に想像できる。
でも折角のお泊りでそんなことにしてしまって本当にいいのか。頭が沸騰するほど考え込んでみるのだけれど……。
(して、って、自分からとか、―――恥ずかしいし)
 手を繋ぐのも背中から抱きつくのも、慣れてくればあんなに簡単に出来るものだったのに。自分は奥手だ。
 世間の恋人たちはどうやっているんだろう。
(なんて……相談出来る相手もいないのに考えるのもどうかな)
 扇辺りならスザクのことも詳しいし答えてくれそうな気がするのだが、彼は何故かもう自分たちがソウイウ間柄になったのを知ってるらしいので

自分から相談することはできない。全く、いつ誰からどうやって聞き出したのか甚だ不明な話だが―――……。
「ん?」
 ふと、顔を枕に押し付けているベッドの柱が揺れた気がした。地震か?と思ったら別にそういうわけでもない。
顔をあげて横を見たらそこにスザクの手があって、寝そべってるルルーシュの体を跨いで体を倒してきただけだった。
(へぇ……って、え?)
 むぐ、と胸に圧迫感がくる。スザクの体重ぶん重量が増してきたから当然なのだが、なぜ突然覆いかぶさってきたかは解らない。
腰にぎゅっと腕が回されてベッドの上でぬいぐるみみたいに抱きすくめられ混乱したままじっとするしかなかった。目が点となる。
正しく、借りられてきた猫みたいに硬直した。
「ぁ……の、え?」
「うん」
「べ、ベッドで、寝る、のか」
「だめ?」
「いいけど……」
 この前泊まりに来た時はベッドを見もしなかったのに、えらく積極的なんだな。
 スザクの顔は見えなかったが、腕の感触はがっしりとしていたから、それ以上ルルーシュは何も言えず
また人形のように動かず大人しくなるしかなかった。シーツに擦れる自分が立てたものではない音と、うなじに当たる息、
スザクの肌の熱。最近髪を切って少しさっぱりしたくせっ毛が一度耳の裏を掠めた時、思わず声があがりそうだった。
――― 一回目体を繋げた時は、子どもみたいな泣き声を沢山あげてしまっていた。あんな恥ずかしい目にはもうあいたくない。
あわてて口を塞ごうとして手を伸ばしたら目の前でぱしっと背中からスザクの腕に止められてしまう。
 え?と、恐る恐る振り返ったルルーシュは、ひ、と息を詰めた。振り返った自分の瞳とかち合った翡翠が、
あの日見た時のように熱く昏く、見たこともないようなほど深い色になっていたからだった。
「俺……何かしたか?」
 どんな答えが来るかなんていう考えもなく、思わず聞いてしまう。
「ううん」
「そう、か」
「ただ……」
「……?」
「触りたかったから」
 ―――あの日からずっと不安で、と肩口にぎゅっと押し当てられた唇から思いもよらない言葉が落とされた。
耳がその音を拾った瞬間、心臓が鷲掴まれる思いがした。
 それから足と足がシーツの上で絡められて、上半身はおろか、全身がスザクに拘束されてしまう。
でもそれが全然不快になんて思わなかったから一晩中ずっとルルーシュはスザクに抱きしめられていた。



 藤宮詠子の事件が、彼女が所属していたランドピットと警察側で行われた話し合いの結果書類送検という形で示談が成立した後、
ルルーシュはぽつりとスザクに聞かれたことがあった。……腹が立たなかった?と。歳を誤魔化していたこともだし、
中学も自分から中退していたこと、そして、何より、事件がなかったらずっと黙っていようと思っていたことを。
「いや」
「……」
「そりゃ吃驚したけどさ、初めて……その、キスされた時のほうが実は驚いたし、むしろ、
あの女と駅前で会ってたのを見たことのほうがずっと気懸りで。俺、鬱陶しがられても聞こうかなって思ってたんだ。
それとかと比べれば、全然腹が立つとか、無いよ」
 自分でも何を言ってるのかよく解らない言葉だったが、自分に本音で向き合おうとしてくれる彼に対して自分も正直な思いを
全部ぶつけたいと思って、頭では考えずまず思いついたことを全部口にしていこうとした。
 それを受けたスザクは、ルルーシュの今にも泣きそうな顔も見てつられたのか、拳で鼻を一度だけ擦って、
小さく頭を下げた。謝ってばかりだけど、ごめん、また謝る、と言って。―――ルルーシュは顔をあげた。
「ルルーシュが、失望すると思ったんだ」
「……なわけない」
「うん、解ってたんだけど……」
「なら、これからはちゃんと解れよ」
 厳しく返したその声の後に、お前から見る俺は一体どんな大人物なんだよ、と笑って、
ルルーシュはようやくスザクの緊張が解れた気配に手を差し出した。   
 洗いものとか水道場での仕事が多いその手はささくれも多く、筋張った部分は薄く皮膚が剥げてる部分もある。
おまけに夏から秋に突然かわった季候の影響で乾燥しきってもいる。折角綺麗な手で触れるのも見るのもルルーシュは好きなのに、勿体ない。
 まるで胸の前で祈りの形に手を組むように、彼のその手を両手に閉じ込めた。―――スザクの謝罪に何の鬱屈も抱いてないと答えるように。
その手をスザクと比べたら一回りは小さく感じられる手で擦ったりもして。
「もし、黙ってたこととこの間のことで謝りたいって思うんなら、その分を、少しは自分を許すほうに使ってやれよ」
「……」
「俺は、これでいいから」
 身長差にようやく理由がつけられた気がする。
そうか、三歳も上だったのか……。どうりでルルーシュのほうが頭ひとつほども小さいわけだ、
なんて扇が聞いてでもいれば『そんなわけないだろ』と一蹴されそうだったが、ようやくそれを知ることで心の隙間も縮まった気がする。
 俺がこれでいいって言うんだから、お前も今のままでいいんだ。
 二人の関係も、ずっとこのままでいよう。
 むしろルルーシュはそんな意味合いでスザクにその言葉を言ったつもりだった。
だが、もしかしたらスザクは『これでいい』と言ったセリフを、どこか諦めのような響きで聞きとってしまったのかもしれなかった。



 朝、何故かビルから真っ逆さまに飛び降りる夢を見て目が覚めたルルーシュは、
ベッドの上で跳ね起きた瞬間まだスザクが隣で寝ているのに気付いて、慌てて出かかる声を手で塞いだ。
(びっくりした……)
 夢での『ぐちゃぐちゃになる』という迫り寄る地面への恐怖もそうだが、未だ目を覚まさないスザクの寝顔にも吃驚した。
 昨夜はあれから胸や首筋への軽いボディタッチはあったけれど、また一線をこえるような接触はないまま就寝した。
スザクの腕は解かれなくて、枕に埋めたルルーシュの顔の位置も変わらずそのままでいつの間にか意識が落ちていて……少し拍子抜けする。
もしかしたらヤるんじゃないかという緊張感があったためにビルから落ちるような夢を見たのかもしれなかった。
(ま、まあいいや)
 とりあえず起きて、いやスザクを起こして、仕度をしよう。
ルルーシュはごろんっと寝がえりをうって、自分の首筋に鼻を寄せてすうすうと眠っていた顔にぺたり、と手を当てた、
ほんの少しの出来ごころである。―――伸ばしっぱなしのままだったくせっ毛も、生まれたての柴犬の赤ちゃんみたいで可愛かったが、
今はすっきりとした短髪になって立派な成犬、といった感じだった。年上の相手に対して犬を連想するのは失礼かもしれなかったが、
やっぱり、眠る姿を見るとスザクの場合だったらどうしたって犬が浮かんでくる。
『おはようルルーシュ』
 なんて稽古場で声を掛けてくる姿なんて、正しく散歩に連れていってくれるのを待ち焦がれている犬そのもののようだ、と、
付き合う前から思っていた。(←重傷)
「スザク」
「……」
「すーざーく。起きなきゃだめだぞ。仕事遅れるぞ」
「…………」
 具合でもわるいのか。いつもだったらこんな風じゃないのだが今日は何故か反応が悪い。
ていてい、と肩に置いた手で揺すってみても、シーツから半分出てる尻をパシッと平手で叩いてみても、全く起きる気配がない。
日々の疲れが溜まってるからなのだろうか。だったら今日は休んだほうがいいんじゃないか?
 ―――と、そうルルーシュが思った時。ぱちっと翡翠が開いた。
「あ、おはよ」
「……」
「朝の七時だぞ。八時にあのばーさんの家に行かなきゃなんだろ」
「……うん」
「あんまり頭がすっきりしないようなら少し遅らせてもらうか?お前いつもだったら俺より早起きじゃないか」
 起きぬけの相手を不快にさせないように、ひっそりと顰めた声で囁くようにルルーシュが口にしていた言葉の後に、
まだ、どうしたんだ?と、一言、続けようとした、が、半身だけ起こしたルルーシュのほうにぐっと手が伸びてきて、
ばすんっと音立ててシーツに逆戻りされる。
 は?――― と、反転した視界に数回瞬きをたのもつかの間、先ほどのルルーシュと体勢を逆転させたスザクに唇を塞がれた。
(!……っちょ、何で)
 今日は急ぐんじゃなかったのか、いきなりのキスに思うように体が動かない。
 熱い舌が差し込まれた唇は、あれよあれよという間に深さを増していって、
「んんっ、ぅ」
 舌の根の末端辺りまでスザクの舌が絡んできて、それをひと際強く吸いあげられた。びくんっと細い背がシーツの上でしなる。
そして、抵抗しようとあげた手は頭の横で絡めとられて、枕の上に縫いつけられた。
 ちょっと待て、という意思表示を顔を背けることでし、慌てて組み敷かれたベッドの上から出ようとする。
だがスザクの動きは本気さを表していて、彼は無言で逃れようと腰を引いたルルーシュの体を足首を掴んだ手で押しとどめて、
すぐには出られないようにして。
一度背けた顔は顎を手のひら全体で掴むように固定し、また深く口づけ、自分が苦手な舌の弱い部分をくすぐってきた。
「ぅん……ぁ、ぅ……ふ、っ……あ、ふぁ」
 頭がとろけてきて、自分の耳に信じられないような甘い声が入ってきても頭がそれに反応しなくなってくる。
スザクの手に拘束された手は歯向かう力をなくしていて、むしろ、気付いたらその手は頼りなげにスザクのシャツを掴んでいた。
 こんなにスザクがキスすることが好きだったなんて思わなかったくらいに、
暫くお互いの舌を差し込んだり差し込まれたりする疑似セックスのような動きに没頭した。
そこまできてようやく解った。……もしかしたら、昨夜したかったんじゃないのか、と。
(だからこんな、……あ、朝から、腰の抜けそうな……)
 が、最初からクライマックスのようなことをされたらいくら若い体でもたまったものじゃない。
 スザクがそれから唇を解放してくれたのは、丁度彼の膝の位置にあったルルーシュの敏感な箇所が限界にきた時で、
半ば強引に息をつくその隙をついて、ガタイのいい体から抜け出した。
「だっ、駄目だろ……!朝からなんて」
 え、という顔をスザクはしていた。自分が起きぬけにしたことをうまく把握してないような瞳で、
顔を真っ赤にしながらシーツの上を泳ぐように距離を置くルルーシュを不思議そうに見る。
「あ、……え……僕」
「自分が何をやったか覚えてないのか?」
 まさかその歳で小学生みたいに寝ぼけましたなんて言うんじゃないだろうな。思わず、後退しながら見つめる視線が険しくなる。
 だが数秒してようやく自分のしたことが解ったスザクは、ぶんぶんといきなり頭を振りだして、ルルーシュ以上に全身を真っ赤にし、
『信じられない』と言うように少し前まで熱く絡めていた口元に手を当てた。
「ごめん、―――どうかしてた」
「……」
「ほんとに……ああ、何で、もう」
 自分で自分の行動がセーブできてないのか。または、ルルーシュのほうに問題があったのかは解らない。
何故ならそれからスザクはこちらとは目線を一切合わせず着替えだけ引っ掴んで浴室に逃げていってしまったからだ。
(この間のセックスを無かったことにしてる……んじゃないのか)
 ……違う。もしかしたら、それは思い違いかもしれない。
(〝無かった〟ことにしてるんじゃない。むしろ、あの日のことを意識し過ぎてるんだ)
 ベッドの上で一人ぽつんと残されたルルーシュは、ようやく静まった体の火照りと疼きに反比例するように、
まるで盲点であった事柄に気付き、頭で理解したそのことをうまく受け止めきれずにいた。



「なあ」
「ん?」
「……お前、誰かと付き合ってさ、何日目くらいにホテル行く?」
 ストローをさしたばかりのオレンジジュースが、背もたれのないイスとセットの壁に直接くっつけられているタイプのテーブル席から
零れ落ちた。
「あーあ」
「ばか!お前が変な質問してくるからだろ!ジュース代返しやがれ」
「自分で勝手に落としたんじゃん」
 ぎゃーぎゃーと怪獣みたいに噛みついてくるリヴァルに目も向けないで、駅前を行きかう人たちをガラス越しに見る。
あの中に自分が想像するような順風満帆なカップルが並んで歩いてれば、多分、街中で突然インタビューしたいくらいに
ルルーシュは今切実に困っていた。
「ほらお前さ、高校の時ミレイのこと好きだったじゃん。んで付き合うことにもなったんじゃん。今は遠距離だけど」
「ああ」
「何日目でそういう関係になった?」
「言いたくない」
「教えてくれよ。身近にこういうこと相談できるのリヴァルくらいしか居ないんだからさ」
 扇や千草も話すには話せるんだろうが、やっぱり、わざわざその為に顔を合わせるというのは気がひけてしまう。
しかも、それでもしスザクの状態を話せば『やっぱりそうなったか』みたいな顔をされるだろう。それが恥ずかしくて堪らない。
「なあ、やっぱり一回経験しちゃうと、そのことばっかしか考えられなくなるのか?」
「……うーん」
「なんかさ、相手がそれまで付き合ってた相手とは違う別人みたいに見えちゃったりする?」
 周りには聞こえない、ひっそりとしずめた声で交わしてる会話だった。リヴァルは落としたコップを拾い上げて、
ルルーシュと同じく街中を店内からぼんやり見ながら自分の経験を反芻するように黙りこむ。数分間があった。
その間ルルーシュはサラダをつついていたフォークを皿の中でくるくる回して時間を潰した。
頭の端では、今朝がた自分よりも真っ赤になった顔で申し訳なさそうに謝ってきた恋人を思い浮かべていた。
「あのさ」
「うん」
 待った甲斐あってリヴァルが口を開く。窓へやっていた視線を隣へ向けて、続く言葉を待った。
「なんか俺の場合は、……相手がいつもと違う風に見えるようになったのは勿論で、しかも、
何か相手も自分に優しくなったような勘違いも、した!」
「優しくなったような……?」
「ああ。で、違う風に見えるようになったっていうのはアレだよ。やらしい、とかそういう意味じゃなくてさ、何か、綺麗っていうか」
 ぽつぽつと語るリヴァルの声がどんどん冴えないものからクリアになっていく。
余程ミレイと付き合っていた当時のことを頑張って思い出しているのか、知らずテーブルに置いた手がグーの形になっていた。
「こう、キラキラ~って感じに見えちゃうようになって、他の奴は土偶みたいになっちゃうかなんかで、もう相手しか目に入んなくなるんだよな。
まあ俺のは度を越してると思うけど、まあそんな感じじゃねーの?その、……シてからの変化ってのは」
「そうか……」
「何、お前、なんかあった?」
「いやそういうんじゃないんだけど」
 まあ、でも何となく解った、ありがとう、と言って、最後の一切れのレタスを口に含んだ。
 空がどんよりと曇り初めている。もしかしたら夜は雨になるかもしれない。
(嫌だな……今日は、稽古に出ればもしかしたら会えたかもしれないのに)
 ―――雨の日は決まってスザクは練習に参加して来なくなる。それは、彼が夜勤めている小料理屋の常連たち(=工事現場のあんちゃん)が
臨時休業になり、店内にて飲めや歌えや状態になって、給仕をメインに担当するスザクは仕事を早引きすることが出来なくなるからだった。
「ルルーシュ。そんなに睨んでも晴れにはなんないぞ」
 いつの間にか零してしまったぶんの代わりを注文してきたリヴァルが横に座り直すのを見て、ルルーシュはすかさず彼が置いた
ジュースを持つ手をグーの拳でテーブルから跳ねのけてやった。



 スザクの挙動不審。もとい、体を重ねる前と後ではルルーシュとの距離の置き方が違う件について、
予備校で指導を受けている間もずっと考えていた。
(別に触られることは何ともないんだ)
 ……ただ、あまりにも今までがストイック過ぎたから、突然狭まった距離に戸惑っているだけで。
本当だったらリヴァルが言う通り付き合っている相手同士だったら理屈もこだわりもなく相手の魅力に翻弄されて、
勢いのままベッドに、―――なんてことも普通にやってたりしていいわけだ。けど今までスザクがそうしなかったのは
勿論ルルーシュの体のことを考えた為である。スザクは役者としてのルルーシュを好きになったわけだから、
いきなり個人として向きあうようになったからって、易々と己の欲望をぶつける対象にはしないだろう。


 そう考えるとよく三年間ももったなあ、と思う。ルルーシュだって不思議だった。キスもしてこない手も自分から繋いでこない、
たまに会ったとしても世間話や日常の愚痴で終わったりして、とどのつまりは全然恋人らしくなかったのだ。
気ごころの知れた友人といってしまったほうがしっくりしていた。でもそこから少しずつ触れ合うことを知って、
キスもして、一緒に眠るようにもなった。少しずつ少しずつお互いに距離を詰めていった。
……だから、普通の恋人のようなスピードじゃなくても着実に普通の恋人とした関係になっているのだ。
これは間違いじゃない。間違いじゃ……ないの、だが。
(もうちょっと、遠慮がなくなれば―――もっといいと思う)
 スザクがあのセックスの後からどう考え方を変えたのかは解らないが、ルルーシュのほうは『やっとか』という気持ちで
むしろ相手のことを見つめている。
(そもそも、だ)
 ホワイトボードにもう何回目か解らない見たことのあるような数式が書かれていくのを紫電だけは追いながらも、
頭にはスザクの姿があった。
(あいつは……俺以外にも、何となく距離を置いてるとこがある。あの女に限ったことじゃなくても
まだ俺や扇さんに話してないことがあるだろうし、笹倉のばーさんに聞いたって半分ボケてるから自分の旦那と
スザクの思い出話の区別もつかないから聞くだけ無駄だ。自分から聞こうとしたって駄目だし。
もっとスザクが気持ちともにリラックスして何でもかんでも話してくれるようになるのが一番いいと思うんだが、
……うーん、今朝の様子を見ると、ちょっとなあ)
 顔だけは優等生を繕いながら、頭には、いや体にも、昨夜と今朝の接触がまざまざと呼び起されて変な気分になった。
(……くそ。三年経ってもキスもしてこなかったくせに。奥手だと思ったらキスも何もかも巧かったっていう!)
 本気になったスザクを前にしたら首を掴まれた猫のように大人しくなってしまう自分の姿が蘇って、
指に変な力が入った。不規則に走らせていたシャーペンがぶしっ!と形容しがたい音を立てて紙の上に突っかかる。
あれ?と手元を見たら、残り数ページの紙にペン先が貫通していた。
「?」
 隣の席で辞書にパラパラマンガを作っていたカレンが不思議そうに見てくる。
―――気にせず続行してくれ、と目線を合わせるだけで彼女の視線をかわし、もういいやと思ってノートも閉じた。
『恋人のことを考える』『辞書を使って暇つぶし』予備校の講義なんて大体こんな感じである。
だけれど、やはり体には今朝がた交わしたキスの名残がまだ残っていて、知らず内股に変な力が入っていた。
こんな自分恥ずかしい。奥手だ奥手だ、とスザクを批判するけれども、欲に走ったスザクを前にしたら完全受け身になってしまう真の奥手は、
むしろ自分のほうだった。



「ねえ、ルルーシュ。さっき何考えてたの?……講師の人少し怯えてたわよ」
「別に」
 半分はマーカーがつけてあって、もう半分はラクガキで埋まっている辞書をパタリと閉じながら、
カレンが邪推するような目を向けても、ルルーシュはつんとした態度で手早く身支度を整えて席を立ち、教室から出て行った。
(そう言えば旅行……)
『舞台が終わったら、旅行に行こう』
 二週間ほど前、公演の準備で忙しかった頃に言われた楽しみすぎる予定。
あれはもしかしたら色々あったことで御破算になってしまったのか。だってスザクは藤宮のことがあってから一度もその話はしてこない。
ガーン、と、そのことに気付いた衝撃とともに、今まで忘れてたことに対する自分の阿呆さ加減にルルーシュは愕然とした。
 ―――スザクのことだ。多分なかったことにしている……。
 何だと……。
(いつも、俺ばっかり)
 今朝のキスだってそうだ。体を初めて繋げた時のこともそうだ。
 いつも、自分ばかりが彼のことを考えている気がする。
 ……自分ばかりが期待していることを思い知らされて、二人の関係がうまくいってないことにも誰にぶつけられない歯痒さも感じて、
きつく下唇を噛みしめた。
あと数歩行けば軒下から屋根のない外へ出ることになる。外は予想通り雨が降っていて、行きかう人たちは揃って傘を差していた。
その中を呆然と見て、初めて、自分が傘を持ってないことにも気づかず稽古に行こうとしていたことに気付いた。ずぶ濡れの姿で行ったって、タオ
ルでくるんでくれる相手が居るとは限らないというのに。



「おはようございます。あれ、ルルーシュは?」
「来てないよ。今日は全体練習でもないからねー。学校が忙しいんじゃない?」
「……」
 夕方六時頃から翌日の深夜二時頃までバイトをしている料理屋が、今日は不幸にも店主がぎっくり腰になってしまったということで
スザクは急遽午後だけ休みになった。その連絡を笹倉の家で子どもたちと遊んでいる時に受けたものだから、
その間予備校で勉強していたルルーシュには知らせることもできなかったのだ。まあ、稽古場で会えるんだし、
いいだろう……と、そう思っていて。だが当人が来ていないという。珍しい。確かに今日は個人練習の日であったが、
一人でトレーニングするよりも大勢でわいわいやりながら屈伸をしたりするほうが好きだと言っていたような気がするのだが。
(試験が近いから学校のほうを優先したのかな)
 扇劇団は事務所や特定の稽古場所を持たない流浪の劇団である。だから今日の団員が集合する場所もこの間練習をした公民館とは違っていた。
勿論場所が変わったって集まるメンバーは変わらないのだが、何か、居るだろうと思っていた人が居ない、というのが変な感覚なのか……。
どこか落ち着かなげにスザクは荷物だけ置いて、手近にあった長椅子に腰かけた。
「あれ、枢木さん。何か鞄から零れそうだけど」
「え?」
「何かのパンフレットみたいなのが」
 衣装とメイク担当の女の子……千草の紹介で二年ほど前から劇団で手伝うようになった金山が、
スザクが座った衝撃で落ちそうになってしまった鞄をそっと指差してくる。『あっ』とそれに気付いてすぐに膝のほうに鞄を持上げ、
慌てて中身が出てしまわないようにぐっと押しこむ。
「何ですか?それ」
「あ、これは、その、」
 慌てふためいた様子で言おうとしてるのが解って逆に遠慮されたのか、金山はささっと顔の前で手を振って、立ち去ってしまった。
(うう……)
 パンフレット、というのは当たっていた。まあ、正確に言うなら〝地図〟といったほうが正しいか。
(ルルーシュ、温泉は嫌いかな)
 昼間働いてる笹倉の家で旅行代理店に知り合いのいる美代の義息から数点簡単なカタログのようなものを貰った。
ルルーシュを誘っといてあんまり行く先のビジョンを立ててなかったスザクは『海がいいかなあ、山かなあ』くらいしか
モデルとするものがなかった。だがカタログを渡してくれた息子曰く、今の季節は丁度夏のバカンスのピークが過ぎて温泉なんかに行くと
のんびりできる、らしい。
それなら顔の知られてるルルーシュを連れていくのにはピッタリじゃないかとそう思って、
早速宿探しの連絡先とそこに至るまでの地図が載ってあるガイドブックを買ってきてしまった。えへへ、とにやけるような、
逸る気持ちが止められない。こういうのはやっぱり言い出した本人が道先から宿まで全部セッティングするのが常だろう。
(ルルーシュにはまず休める日を聞いておかなくちゃ)
 長椅子に座った先では、既に発声練習が始められた声とにぎやかさが伝わってくる。
裏方担当の自分が今日ここですることはあんまりないだろうと思って、おもむろに携帯をポケットから取り出した。
いつもだったら日に何度かはメールが来ててもおかしくないのだが、ふと見ると、何の着信もなかった。
―――やっぱりルルーシュ忙しいのかなあ、なんて思って、のんびりとその時は稽古場から外の雨が滴る風景を眺めていた。
 まさか、その相手が、一人で居るなんて知らずに。



 結局軽い運動をするだけで稽古はお開きになった。次々に帰っていくメンバーに紛れるようにスザクも稽古場を出て、
駐車場まで走って移動する。若干濡れてしまったがこの程度だったらいいだろうとタオルではふかずにそのまま車を発進させた。
結局ルルーシュは来なかった。おかしいな、と思ってしまったりする。予備校生なのだから学業を優先するのは勿論なのだが、
やはり、どうしても彼が稽古を連絡もなしにサボるのなんて有り得ないと思う、―――スザクは自分の家の方向とは逆の方向へ車を向けた。



 車が信号で止まる度に携帯に連絡もしてみた。
だがすべて不通。五回目くらいで『一体何があったのか』と思うようになり、
半ば焦る思いで鞄から自分の部屋の鍵の横につけてあるルルーシュのマンションの合鍵を取り出した。
 まるで滑り込むように地下の駐車場に停めて、エレベーターでルルーシュの部屋がある階を目指す。
着いたらすぐに駆け足に走り出して、ルルーシュの部屋の前まで来た。呼び鈴を数回押してみる。
今朝まで自分も過ごしていた部屋だ。だが応答はない。携帯も不通のまま。……まさか怪我でもして病院に居るんじゃないか、と
思ったところでようやく扉が開いた。隙間から、白い顔が覗く。
一般の男と比べれば色素の作り方からして違うんじゃないかと思うほど透ける肌をしたルルーシュの顔色は、
スザクには、半日見なかっただけでそれとは印象が違う、随分希薄なものに映った。
「ごめん。今まで寝てた」
「そうなの……?もしかして、君、具合わるいとか」
「いや、そうじゃない。何か昨日から関節がぎしぎしするけど……それは、違うと思うし」
「関節が痛いの?」
 そう言えば、昨夜風呂あがりに柔軟をしている所を見ていたら、何かうんうんと唸っていたような気がする。
 半分の更に半分だけしか開いてなかった扉を強引少しだったが全開にして、ルルーシュの暗がりに見えなかった姿を晒した。
「顔、赤い気がするけど」
「そうかな。……ちょっと、頭ぼんやりするけど」
「風邪だよそれ」
「風邪じゃない」
「風邪ひいてる人はみんなそう言う」
「風邪じゃないもん」
 何を言い合っているのか。むきになるルルーシュに無表情に近い顔で低く返したスザクは、
まるで自分から隠そうとする手をドアノブから外して、中へ滑り込むように入った。
「今日も泊まってくのか?」
「君を放っとけない」
「だから風邪じゃないって言ってるだろ。えらそうに年上ぶりやがって。何を根拠に、」


「年上ですから。それに、君の彼氏ですから」


 断言して、スザクの言葉に固まったルルーシュの手をとって自分の肩に回した。
そしてその体を横抱きにしてずんずんとリビングのソファまで運びこむ。『寝ていた』と言っていたが
どうやらそれはベッドでではなかったようで、目指す先にあったソファにはクッションとブランケットだけが置いてあった。
 ルルーシュを運んでいく間、腕の中では『離せ』だの『触るな』だの、スザクは心配してやって来ただけなのに酷いように言われた。
けれどそれは大人の余裕で何とか押し流し、とりあえず寝ていたというソファに体を下ろして部屋の明かりをつけた。
暗い中テレビだけつけて一体何をやっていたんだ……とその画面を見たら、とても言葉には現せれないような甘くさい
トレンディードラマのディープなシーンが映っていた。
「……どうしたの、ルルーシュ」
「勉強しようと思って」
「えっと、役作り、とか?」
「違う」
 誰が素直に言ってやるものか、な目で睨まれ、ルルーシュは手を伸ばして床に転がったままのリモコンを取りあげて、
テレビの電源を消した。そして毛布を頭から被ってクッションに戻ってしまう。
何がそんなに気に入らないことなのか、何と言葉をかけていいのか解らない、
いやでももしかしたら自分が怒らせてしまったのかもしれない―――その不機嫌な態度に、ふぅ、と、思わず溜息を零してしまった。
 瞬間、かまくらのようになっていた毛布が勢いよく跳ねあがった。
ルルーシュが先ほどとはうってかわった捨てられた猫のような瞳で、真っ赤にした顔はそのまま、スザクの顔を見て、
はらはらと涙をため始めた。
 まさか、僕が呆れたと思ったのか。
 口を開けたり、また閉じたりして、何度か酸素を吸い込もうとする魚みたいな動きをした後、
痩躯が腕を広げて飛び込んでくる。反射でスザクはソファから落ちそうになったその体を抱きとめた。
「やだ、誤解しないでくれ」
「?」
「怒ってる、ん、じゃ、なくて」
「うん……」
「ちゃんと、その……」
 細い息、と、腹の下から振り絞るように出す声が胸に吸い込まれるようだった。そしてよく聞き取れないのも本当で、
とりあえず顔だけあげさせようと両手を頬に添えて上向かせる。だが、そうするより早くルルーシュのほうに体を引き寄せられて、
自然とソファの上で抱き合う形になった。
「怒らせたかったんじゃ、ないんだ」
「解ってるよ」
「ただ……な、何か、そういうことしか考えられない自分が、壊れちゃったように感じて、それで」
「うん」
「ドラマでも見たら、次そういうことになったらちゃんとクールに対処出来るような気がして」
 観てたんだ、と自分のこれまでの状況を説明してくれたルルーシュはそれからぐっと腕の力を強くして、
暫く、スザクが抱く腕の中でひっくひっくとしゃっくりあげた。
 よしよし、と何だか心境が解らないがとりあえず慰めるつもりでその頭を撫でる。
そして、自分が溜息をついたことで焦って泣きだしてしまった可愛さに刺激されて、ようやく腕の中から上がった顔にキスもした。
 軽く触れるだけのものだったのに、目を開けたら鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
が、目元を赤らめても、すぐにそっと目を閉じてくれる。スザクもそれで怒っているのでもなく拒まれているわけでもないんだ、と
実感してまた口付けた。今度は深く。けれど、今朝したのよりは性急なものじゃなく。
何分そうしていただろうか。琢ばむようなものから徐々に触れるだけのものに変えていって、最後にちゅと音を立ててそっと唇を離した。
「―――……」
「ばかだな。自分が壊れちゃっただなんて言って。だったら僕のほうが先に狂っちゃってるよ」
「え……」
「今朝のさ。怒ってるのはルルーシュのほうなんじゃないの?」
「いや、全然」
 スザクの質問に『まさか』といった顔で手を振ってくる。
そう?と確認するようにまた聞いてみれば、顔は赤くしたまま、こくりと縦に首が振られた。
「びっくりしたけど……。スザクが相手なら、キスが嫌なわけないし」
「……」
「俺だって、何度もあの日の続きを試したくて……でもお前以外に経験があるわけじゃないし、
キスだってお前みたいに巧いわけじゃないし……本当にどうしたらいいか解らなくて自分で勝手にもやもやしてきちゃって、
こんな感覚、何て言っていいか」
「―――ルルーシュは、僕がすることが特別嫌なわけじゃなければ、別にキスとか頑張る必要はないよ」
「え?」
「ほらさ、さっきのドラマだって」
 リモコンを取って再び電源をつける。自動で再生されたものを見返してみれば、相手側の人間はただベッドの上で身を委ねているだけで、
特に自分から触れるとか強請るとかの所作はしていなかった。
 スザクはテレビに集中しているルルーシュの背中を抱くようにソファに座って黒髪に顎をのせて、
自分もまじまじとテレビに流れる俳優の行為を見る。ルルーシュはスザクの腕が腰に回ってることには気付かず、
食い入るように画面に映る女優の顔を紫電に映していた。
「誰かに何か言われた?」
 傘もささずに雨の中歩いたのか、しっとりと湿って柔らかい黒髪に頬を寄せながら耳元に囁く。
「別に」
「僕が好き勝手にルルーシュの体に触るのは嫌?」
「……嫌じゃない」
「じゃあ」
 いいよね、と言って、腕にした痩躯をぎゅ、と力を込めて抱きしめた。
そこではっと今の自分たちの体勢に気付いたのか、ルルーシュが吃驚したような顔で後ろを振り返ってくる。
そのタイミングでにっこり笑いかけるとまた顔を赤くしてふいっと目を反らされてしまった。
 テレビの映像はついたまま、ドラマの中の俳優たちの行為はどんどんエスカレートしていって二人で身を寄せ合いながら見るのには
ふさわしくないシーンとなった。そう思ったからかルルーシュはスザクの手の中からリモコンを取りあげて電源を消した。
けれど、別に抱きしめられることは嫌ではないのか腕はそのままにしてくれている。スザクはそれを受けて、そっと、指先を前へ伸ばして、
僅かにいつもより火照ったように感じられる額に触れた。逆の手では顎を掬いあげて。―――ん、と声が静かになった部屋に響く。
また口付けあった部分から細かな二人ぶんの息がもれて、今度はルルーシュのほうからも求めるようにスザクのほうへ舌を伸ばした。
「……ん……ん」
 どこからそんな艶っぽい声が出るんだろう。
ルルーシュにキスをしかける度に、スザクは、どうにでもしてやりたい衝動に理性を持っていかれそうになる。
だがそれをどうにか押しとどめて、絡めた舌で徐々に開発していこうとした。今まで触れずに大事にしていた体に、
―――ようやく触れるようになった体を自分の色に染めるために。手と体でルルーシュのいいところを知っていきたい。
その思いが不器用にも相手に変に伝わって怯えさせてしまったり、また誤解を与えることになってしまうこともあるかもしれないが、
どうか受け流せるところは受け流して、自分の相手になってほしい。スザクだってこうまでする相手はルルーシュが初めてなのだから。


 朝から数えて三回目となるキスからルルーシュを解放すると、既に膝に乗った体からはくたりと力がなくなっていて、
紫電はぼんやりとして端はとろんと垂れていた。頬に産毛を撫でるようなキスも落として、その目と翡翠を合わせる。
はっとスザクの視線に気づいたのか、キスの余韻に浸っていてぼうっとした自分に恥じたのかもじもじと体を揺すりだした痩躯を
腕にまた閉じ込めて、耳元に小さく『いい?』と、触れ合うことを求める囁きを落とした。
 実はあの初めて繋がった日からずっと次がしたいと欲情してたなんて知ったら、この方面では確実に自分よりも疎い
この純真無垢な青年はどう思うのだろう、と最初怖さはあったのだが、逆に胸に埋まっていた体が起き上がって唇に小さくキスをされたら、
そんな不安は軽々とどこかへ飛び去ってしまった。不覚にもキスで返事を返してくるなんて可愛らしいとすら思えて、
自分のぞっこんぶりを自覚する。すぐにも手が自然に相手の被っていた毛布を取り去ってその服を邪魔もののように捲りあげた。
「ぅ、あっ―――」
 噛みついた胸の一部に、赤々とした花が咲いた。慣れてない行為なのと照れも恥ずかしさもあって更にルルーシュは顔を赤くしていたが、
それと反して白磁のようにまっさらに見える肌を前に、スザクはずっと溜めこんでいた何かがぱちんぱちんと弾ける音をどこかで聞いた。



「んっ、んんっ、あ、は……ぁあっ……ぁ……」
 彷徨うように伸ばした手は、震える自分の体の背もたれとなってくれているスザクの手に絡めとられた。
先ほどと体勢は同じなままズボンは脱がされて上はタンクトップだけ着た格好で後ろから触れられてる。
ルルーシュは息をつきながらもう何度目かになるか解らない理性と欲とのせめぎあいをスザクからもたらされる刺激の間で感じていた。
気持ちいい、けど、自分がどうなるかわからない。相手も、どうでてくるかわからない。
むしろ、股の下を指先だけで弄られて完全に起ちあがっている自身を相手に包み隠さず晒されて、
スザク自身がどう思ってるのかわからないところが怖いと思った。
 けれど、感じてしまうのはもうどうしようもない。スザクがルルーシュを一度イかしてからしていたことは
、ルルーシュの感度のいい部分を知ることで。刺激を送るのは勿論だが、まるでどうやればまた気持ちよく出来るのか、
と触れた指先でまた確認するみたいに辿られることだった。
「我慢しないで。いい時は、いいって言って」
「ん!んん……あっ」
 甘い囁きに思える優しい声と反してスザクの指は、とぷとぷと雫を垂らす自身の先を赤くなるほど擦っていた。
もう何度目だろう。腹の奥からずんずんとせり上がってくるような絶頂の気配に、また頬を涙が伝う。
うう、うう、と呻きに近い声とともに湿っぽい息が漏れて、胸が言い様のない恥ずかしさに圧迫されるほど苦しいのにルルーシュが
涙を零す度に口付けてきた。それすら刺激になって下半身に熱がたまる。
スザクがこうまで執拗に同じところを辿るのは自分を知ろうとしてくれているから、と、解ってはいるのだが。
また相手の手の中に欲を吐き出す羞恥に耐えられない、と頭の中で理性が働いていやいやと首を振る。けど体は違って、
「や……ぁだ、やだ、っめ……ふぁ、あぁ……―――!」
 先端の、括れたところの皺と下部にある袋を同時に擦られてあっけなく達してしまった。
一度吐きだした手の中に二度目の白濁がどぷりと溜まる。その卑猥な光景に見るのも耐えられなくなって、いや、と否定の声をあげた。
しかし予想外にも舌足らずな声があがって、自分に愕然とする。
 今度は、その下でひっそりと疼く奥の蕾にスザクの指が一本、入ってきた。
「ここ、僕が入るとこ」
「っ……ぅ、……んん、ン、うっ……」
 異物の挿入にびくびくと細かく肩が震えだすのに、スザクの繋いだ手がぎゅ、と力が込められる。
 半分は理性で、もう半分はどうにでもなってしまえばいい、もう、といった考えで、既に体は刺激に対して従順になった。
繋いだ手に込められた強さに気持ちを返すようルルーシュも握り返す。はぁはぁ、と吐き出す息にも合わせて、
スザクが入りやすいように余計な力を抜かそうと、すー、はー……と大きく深呼吸した。
「そう。そうだよ。奥が傷つかないようにね。この間は……僕の勝手で動いちゃったから」
 奥を閉める力を弱めたからか、侵入を果たした指がずぶずぶと中へ入ってくる。堪らない、中の壁をかきわってくるその動きが、
まるで別の生き物みたいな感覚に、とうとう理性が消えていってしまうのを感じた。
「ふぅ、んん、あっ!……はあああっ、あ……あっ」
 二本。いつの間にか増やされていた指で中の襞みたいになっている肉の一部を引っ掻かれる。
 強い刺激に抑えていた声が止まらなくなって、声だけでは解消しきれない刺激にびくんびくん、と体を跳ねさせた。
じわりと滲み出た汗が零れて肌を伝っていく。流れ落ちていったそれを後ろからスザクが舐めとって、
ついでとばかりに近くにあった胸の突起に吸いつかれた。
「やぁっ!それ……」
 ちゅう、と強く吸われ、同時に中を掻きまわしていた指が揃えて奥を突いたのもあって、ルルーシュはとうとう悲鳴に近い声をあげた。
けれど繋いでいた手は離されず奥に埋まったままの指も抜かれない。またどくどくと心臓の音と共に成長し出した己の欲にも眩暈がして、
スザクの腕で泣きだしそうになった。
 しかし既に受け入れる準備は出来てしまっている体をスザクがこのままにしておくわけがない。
「ここ?」
 ズ、と突き入れた指の先に掠めたザラついた部分を重点的に攻め立ててくる動きに変わって、
スザクの腰に抱かれていた膝が再び這い上がってきた絶頂の兆しに小刻みに震えだしてきた。それを見て、更にその指の抜き差しを早くする。
「やっ、はっぁ、ふ、ぅうっ……あっ」
 ルルーシュの吐きだした欲が潤滑油がわりにもなって、ずぶずぶといった卑猥な水音が部屋に木霊する。
「ひ―――、ひ、ぁんっ」
 一度強く引っ掻いた後、中の締めつける強さに逆らってスザクの指がようやく外へ抜き出された。
「は……は、……ぁ……」
 ひと際高い声をあげたルルーシュの目に、一息つく間もなく、自分の欲で汚れた恋しい人の手が入ってくる。
己の精液と体液で汚れた大切なものの指先を前にして絶句した。しかし、もう、そうしてスザクによって高められた体はおさまりようもない。
相手が欲しくて欲しくて堪らない。もう恥ずかしさとかどうだっていい。―――壊してほしい。こわしてもらたいたい。
スザクに。スザクの体になら。
(もう……いい……)
 頭がとろけて、指先すらもう思い通りに動かせなくなっていた。
 ルルーシュの奥に埋めていた手でスザクはルルーシュの体を自分のほうに向かい合わせにして、ソファに自身の背を倒した。
馬乗りのような状態になった紫電が、熱にとろけた顔で不思議そうにスザクを映す。だがその手が自分の腰の上を跨ぐよう誘導すれば、
どうしたらいいのか意図を察したようで従順にその腰を跨ぐため、スザクの上で足を開いた。
 濡れきった秘所が待ち焦がれたように、高まりきったスザクの半身に折り重なる。それだけで先端だけが既に入っていってしまった。
「あ……」
「大丈夫。指入れた時と同じようにすれば、入るよ」
「ぅ、ん……あ、ああ、ふぁ……」
「うん、そうだよ。……あったかい」
 ルルーシュの体重もあって、簡単にスザクの熱が奥へ入ってしまった。一瞬息も詰まるような圧迫感を感じたけれど、
見下ろすスザクの優しい瞳にすぐに落ち着くことができた。
 手が伸ばされて、よしよし、と褒めるように頬が撫でられる。気持ちよくしたい、一緒に気持ち良くなりたいと思って、
指示されたわけでもないのにルルーシュは夢中で自分の腰を振りだした。
「ぅんぁっ……!あっ、ひゃっ、あ、あ……ん!あっ、あっ」
「っ、く……ふ、」
 う、と呻くようにくぐもった息がルルーシュの喘ぐ声に混ざる。半分は入ったものがまた抜きだされて沈む、というルルーシュのほうが
主体になって動くこのグラインドは、最初はもどかしい刺激ではあったけれど、徐々に摩擦された部分が熱を持ち始めて、
下から突き上げるスザクの動きとも重なって信じられない気持ちよさを体の奥まで伝えた。
「あっ、……ぁ、す、ざ」
 下の、スザクの胸に手をついて揺れるルルーシュの口から名前がもれる。それにスザクは口元だけで笑って、
ルルーシュが腰を浮かした隙をついて自身の腰を強く突き上げた。
「あぁんっ!ア……っ、ふ、ぁっぁ……」
「ルルーシュ、可愛い」
「ん、あ」
 ほんとどうにかなりそう、と熱を行きかわせた狭間で、そんな声を聞いた気がした。
 水音が弾けて、スザクの熱いくぐもった息と合わせて、快感に伸びあがったルルーシュの背が綺麗な弧を描いた。
体の中に溜まった熱を外に出されるような、また叩きつけられるような欲の応酬にびくびくと全身が弛緩しだして、
自分も、よく考えられなくなる。
 二人で同時に果てたのは、既に思考すら放棄しようと思ったのと同じ瞬間だった。
 腹の下に自分のものではない熱い欲を受け止めて唇を震えさす。半開きになった口元は閉じる余力すら解放した熱に奪われてしまって、
暫くスザクの腰に座ったまま、震えがなくなるまでぼうっとしてしまっていた。けれど、やはりリードしたスザクのほうは思考とともに
体もしっかりしていて、すかさず脱力した体を抱き止められる。
 ん、と小さく息をもらして、その肩口に顔を埋めた。体をすっぽりと閉じ込めてくれる腕がひどく心地よくて、
眠りそうになってしまう。だが眠りに抗おうとしたらまるで促されるように黒髪をゆったりとしたテンポで撫でられ始めた。
くそう、これが年上の余裕か、なんて、口には出さないで胸の内で思いながらその気遣いに感謝をし、目を閉じる。
 ゆったりとした音と体温、そして胸の起伏で感じる穏やかなスザクの呼吸が子守唄のようだった。















「なあ、行きは高速で行くんだろ?ならインター降りてすぐ着けるように、何か目印になるような駅とか、
観光名所に近い宿のほうがいいんじゃないか?」
「でも今から予約とったとしても殆ど満室だろうし」
「う~ん。だからって周りに何もないとこに泊まるってのもなあ……翌日の楽しみってものがないし」
 ごろごろと、昨夜は服を着て寝ていたベッドの上で、今日は素っ裸のままルルーシュは枕に顎を乗せて寝そべっていた。
隣で同じような体勢で横になっているスザクも何も身につけていない。二人で同じシーツを分け合って
スザクが持ってきた数点の観光パンフレットをパラパラと捲りながら、大体二泊三日の予定でちょっと都心から離れたところに行こうか
という話になっていた。
「別に俺ご飯が美味しいところじゃなきゃやだとか、夜はカラオケとか卓球で遊びたい!とかそういう希望はないんだよ」
「うん」
「ただのんぴりしたい。勉強とか試験とか舞台のこと忘れてのんぴりしたい!」
「そうだね」
 普段から頑張ってるもんね、と伸びたスザクの手によしよしとされる。満更でもないその感触に枕の上で目を心地よさげに細める。
けれどそうされながらも、ルルーシュは小さく唇を開いて『でも……』と呟いた。
「もうこんな機会そうないかもしれないから、思いっきし遊びたいってのも……事実」
 ああ、そうか―――と、スザクも盲点だったというように、視線を落としていたパンフレットから顔をあげた。
「俺に限ったことじゃなくて……スザクのほうも忙しくなってきたりとかするだろうし」
「……うーん」
「時期はちょっと先に延ばしてでもちゃんとしっかりした旅館を予約したほうがいいのかな?」
 折角元手はあるんだし、どうだろう?と枕に伏せていた顔を起こして、翡翠を見る。隣で頬づえをつきながらうーん、と
少し考え込んだスザクはルルーシュの『どうする?』という目を前に少しの間を置いた後、大丈夫だよ、と一言口にして、にこりと笑った。
「大丈夫って……?」
「今回限りじゃなくって、また次もあるよ」
「ほんとに?」
 うん、と呟くスザク。だからそんなに深刻に場所選びをする必要はない、と。
 ……そんな、何気にすごいことをサラッと言うなよ、と思わず目を剥いて相手を見返してしまった。
だがスザクのそう言った心境はまるでルルーシュが想像した通りの心境だったようで、また腕が伸ばされて今度は肩に回されて
ぐっと引き寄せられる。布団の中でぎゅっと抱きしめられて、どう反応していいか解らず真っ赤になった。
何か赤くなってばかりだな……と自分に恥ずかしくなってくる。けれど腕が心地いいから、抗うなんてそんなことはできない。
ルルーシュにはもう、スザクと付き合うことに対して怖いものなんて何もなくなってしまったのだから。
「それって、それってさ、お前、俺は来年も再来年も居るって言ってるようなことだぞ」
「そのつもりだよ」
「……」
 顔を赤くした腕の中のルルーシュを覗いてきて、わざと意地悪く口端を釣り上げた顔をスザクはしてみせた。
もう何も言えなくなる。旅行先なんて何処だっていい。次の、その次もあると頷いてくれるのなら。
「ルルーシュって顔赤くなると、もっと可愛くなるよね」
 抱き寄せたままそんなことを飄々と言ってこられる。『うるさい』と胸に顔を埋めながら、胸の奥から何とか絞り出した声で小さく返したら、
スザクは思わず叫び出したいほど恥ずかしいことを、耳にキスしながら囁いてきた。
 何を言われたのかについてはあえて説明しない。
ただ、その一言だけで自分が彼のために泣いたぶん全部何処かに吹っ飛んでしまうんじゃないかと思えるほどの
―――威力のある口説き文句だった。