朝起きたらスザクが居なくなっていた。
むくりと、昨夜は同じシーツの中に居た住人を探す。しかし部屋は無人で、ルルーシュはぼんやりとした起き抜けの顔から
徐々に強張った表情へと変わっていくのを、引き攣れた頬で感じた。

すぐに身支度を整えて、学生寮から飛び出すように学園へと走る。実はスザクから眠るルルーシュへあてた手紙があったのだが
それに気づくこともなく、人垣が出来た中庭へ割り込んでいった。その中にはシャーリーとカレンも居て、彼女の蒼い視線が
奇異だというように自分を見つめてきた。水色のビニールシートが学園には異色のグロテスクさを与えている。
その場にそっと駆け寄れば、以前自分を校舎裏へと呼び出した三年の女がすっくと立ち上がり、自分の頬を平手で打ってきた。
-----------驚いて、そうか……とビニールシートの中が誰であるかを、悟った。泥棒猫、尻軽女と散々叩かれたが
彼女たちジョルジュのファンクラブがルルーシュへ向ける嫉妬は本物であったらしい。まあ、殴られたことには何も言わないが
『殺したのは俺じゃない』と弁解くらいはしようと、涙にぐしゃぐしゃになった先輩の顔を見上げようとした。そこに。

お止め下さい。

僕はロロ。
ロロ・ランペルージです。



突然、見たこともない、あかの他人がルルーシュのもとへ現れた。さすがに吃驚して、声も出ず、ぽかんとするばかり。
事情を知る敵であるカレンは、『本物?』という目で見てきた。すぐにふるふると首を振って、恐る恐るといったように
ロロという少年のほうへ視線を向ける。彼は『姉さん』と慣れた仕草で微笑み、自分の手をとり
人垣から連れ出した。どんどんとシャーリーたちから離れていってしまう。

そこで、ようやくルルーシュは強張った肩を上下し、ロロへ言えたのだ。

俺にはちゃんと血の繋がった弟がいる、お前なんか……知らない、と。

しかし少年はそんな言葉が出るのを知っていたように振り返り『そうですよね』なんて笑って流そうとする。
何だかその軟派な態度に、ルルーシュはナナリーを穢された気がして、連れて行かれる掌に思わず
力を込めてしまった。

「怒ってるんですか」
「……いいや」
「大丈夫ですよ、フリですから。ああでも言わないと貴方と二人きりになれないと思ったから」
でもそれとは別に、僕の顔-----------誰かに似てると思いません?と質問される。え……と落ちていた紫電をあげて見れば
至近距離でまざまざとその容貌を目にすることになった。

(あ……)


ロイドもカレンも感じていた”誰か”に似ているというこの感覚。感じた二人もルルーシュもその人物を知っていたから、
余計に感じるデジャヴュ。

それは、間違いなくロロの正体に繋がっていた。……この少年、彼は……。


















君の名のコノテーション



















”貴方は嘘をついている”


スザクが数週間ぶりに戻って来た地下で、どこかへ出陣しようと準備していた籐堂を前にして言った。
「嘘?何のことかなスザクくん」
灰色を基調としたパイロットスーツの背がスザクへと向けられる。籐堂はその先にある深い空洞へ行こうとしていたのだ。
地面に膝をつくスザクは、その進行を止めようもない。けれど、まだ自分の追及は終わったわけではない、とすかさず立ち上がって
師の前に立ち塞がった。
「先生!」
「君は日本人である私たちが、同士である君を裏切っているとでもいうのか……!」
「違う、そう言ってるんじゃない。物事にはそのままを言って通じるものもあるし、無いものもある……素直にいかないものだからこそ
曲がった形で語り継がなければならないものもあると思います。だから、僕は確認しにきたんです。一年前の、花の記念日のことを」
「どいてくれ」
肩を掴んで、足元から立ち上がってきたスザクの半身を脇に寄せようとした。しかし退こうともせずにスザクは両足を踏ん張って
逆に籐堂の手首を掴む。ひく、と師の喉が震えた。怒鳴りあうには地下の壁は反響しすぎる……と、どこかで誰かに聞かれることを
怯えたからかもしれない。
「どけません、僕は」
間違っていると思った自己の記憶をそのままには、と先ほどの勢いを取り戻すかのように言葉を続けた。
「先生、ならば僕の空いた幼少時代の記憶は……どうなります」
「----------」
「目が覚めたらそこにカレンが居た。カレンは日本人とのハーフで自分と同じくブリタニアを憎んでる同士だった。
だから一番馴染んだ彼女を僕は幼馴染だと思ったのかもしれない。桐原翁が僕の両親についても詳しく知っていたから、彼を
肉親のように慕ったのかもしれない。------------でも、ルルーシュ殿下のことと比べてみると。貴方たちの関係はどれも
”かもしれない”という仮定がついてしまうものなんです。……彼女のように、身体から染み付いたものを感じない」
「……そうであるから、何だというんだ」
「……だから……」
「君は、敵である皇女の騎士だと言い張って、どうするつもりだ」
「……」
「どうしてそう解るんだ。我々のように、もしかしたらいつか”かもしれない”と思う関係かもしれないじゃないか!」
「……先生!」
踏み込んだ姿勢から、簡単に形成は逆転されてスザクは籐堂に突き飛ばされ、壁に片手で貼り付けられた。
「っ……」
押し返そうにも、片手だけであるのに師の力は強くて。肩を握るように押し返される腕からは、怒りも少し感じられた。しかし表情から
それは見せず籐堂は静かにスザクを見つめ返してくる。彼自身も追及を逃れるように、もしくは、スザクが一人でここまで気づいたのに
怯えのようなものも感じているから、こうするのかもしれなかった。-----------------しかしそうであったって。
「先生……僕は、確証を持っている」
「?」
「写真だ。僕は、ルルーシュ皇女殿下と、写っていた」
ジョルジュがルルーシュより手にしたものだったが、スザクもそれを彼から見せられていた。
そこにはそう昔ではない姿をした自分とルルーシュが、黄昏の景色を背景に納まっているもので。
……その写真を見ても実感なんて湧かなかったが、少しの悔しさは感じていた。嘘であると決め付けてしまった解放戦線の自分、
もしかしたらこちらが本物ではないのかと思い始めたルルーシュとの自分。その二つを天秤に、どちらか一つを選ぼうとしてでも
選びきれない優柔不断さに、スザクは悔しくなったのだ。あとは記憶と、決断だけなのに。
「先生……」
肩と、首を絞められて壁に縫い付けられたスザクは、猛犬が暴れるがごとく両足を揺らして、師の拘束から逃れようとした。
けれど逆に籐堂はスザクの焦燥感に気づいたのか、無表情の中にゆとりをもって、眼差しを緩やかなものにしてくる。
スザクはその変化を異常に思って、両足の動きを止めた。籐堂は笑わない、その顔のまま、ゆっくりと口を開いた。ずっと
言わずにしていたことを、淡々と、呟いていく。これは彼にとっても諸刃の剣だった。
「……スザクくん」
「は、い」
「確かに我々は君に嘘をついていた、ついている。洗脳が甘かったようだね、……もしかしたら、もうこの時期には、
消えたルルーシュ殿下の身柄を人質に出来ていたかもしれないというのに」

え……。

(何てことを、するつもりだったんだ)


スザクはびくり、と身を硬直させた。確かにブリタニアに攻め入るこちら側としては、人質が必要で、選べるならば
皇位継承権のあった彼女が一番だろうと思う。しかし、その彼女を手に入れるのに自分を使おうとするとは……。
どれだけ、この人たちは。

(ブリタニアを憎んでるっていうんだ)





「スザクくん、いいか。これは忠告だ」
「……?」
「君が自身の素性について訊いてきたことは誰にも言わず黙っていようと約束しよう。だが代わりに、この解放戦線という組織の中で
クーデターを起こそうなんて真似は絶対にしないと約束してほしい。そう誓わなければ君を学園へは返さない」
「!」
「返さないとはどういうことか、賢い君なら解っているね。私とのこの約束を破れば、無理にでも、君が見つけたというルルーシュ皇女を
生け捕りにしてブリタニアの海に沈めてやると、私が逆に誓ってやろう。いいか、二つに一つだスザクくん」
籐堂は解放戦線のシンボル、日の丸を背後に見つめ、スザクの拘束を解いた。ずるずる……と背中から伝って、地面に腰をつける。
呆然としたまま師である男を見上げ、彼の脅迫まがいの言葉を脳裏に反芻した。
「我々が完全な味方ではないと知って、------------何になる?」
無表情の中に冷たい眼差しをした双眸が、すっと綺麗に細められて呆然とするスザクを見下ろした。そろりと翡翠をあげたまま
微動だに出来ない。自分は箱庭に閉じ込められたジオラマの一つにしかすぎないということなのだろうか。
「……先生」
「半端な記憶のまま余計な詮索はしないことだ。君の為にもならない……。いいかい、必ずだぞ」

私と結んだ約束を違えれば、簡単にルルーシュ皇女の首を撥ねてやる。

それだけを最後にスザクの耳に落として、籐堂は音なんて全く立てず、静かに床を歩いて去っていった。
スザクは少しぼうっとした後、我に返ったように何度か瞬きをし、次に固く作った拳で壁を強く殴った。何度も何度も殴った。
(自分は知ろうとしたのに)
(彼女を知ろうと思ったのに)


僕は無力だ。

そんなことしか、今日は解らなかった。






























































「ちょ、ちょっとちょっとちょっと、何よそれ……!」

生徒会のミレイ専用の”他称”会長席で、彼女は金髪をはらはらと揺らし、震えていた。慌てた様子で自分たちの報告を否定する
そんな彼女を前に、シャーリーもカレンも顔を見合わせて、はあと嘆息する。『だから真実なんですって』とシャーリーの指が一本、
ピ!と真っ直ぐ外を指差した。
「中庭で例の先輩が遺体で発見されたのも、その場に居合わせた私たちの中から、ルルーシュを『姉さん』って呼んで連れて行っちゃった
のも、全部全部ほんとなんですよ」
「会長、確かにそうですよ。シャーリーの言葉通り、私たちの前に突然現れた高等部の一年生が、自分を『ロロ・ランペルージだ』
って言って、ルルーシュを連れていっちゃいましたもん。どうします?先輩の殺人事件とかについては……」
「あーもー、色々問題は山積みだろうけどまずはルルちゃんよ。どうして呼び止めてくれなかったの。あの子押しに弱いから
例え弟じゃなくてもほいほい連れていかれちゃうってのに」
え、そうなんですか、とシャーリーが何故か赤くなった。逆に青褪めた顔をしてカレンが『すみません』と一応ミレイに謝る。
実はミレイは朝からジョルジュのことやら何やらで、例え本人が駆けつけたくってもすぐに自由に行動が出来るほど
余裕ではなかったのだ。まずは警察が来たり、学園長である祖父に呼び出されたり、後は補習について教官から呼び止められたり、
学校中を別な意味でも駆け回っていた。ようやく手と足が空いて、生徒会室に戻って来れたのである。
「まあ謝罪はなしにして、とりあえずはルルちゃんの所在についてよ。朝連れてかれたっていうけど、今もそうだとは限んないでしょ?
クラブハウスとか……外のテラスとか、他に見なかったの?」
「さあ。ルルだし……。ランチも一緒にしようとか思って探したんだけど、見つからなかったんですよ。ねえ」
「ええ。確かに朝からまるで見かけなくなりましたね。おかしいですよね、やっぱり」
暢気にシャーリーの問いかけにうん、とカレンは答える。ミレイはそんな彼女たちを半目で睨んだが、まあルルーシュの特性もあるし
仕方ないと目を閉じて、背もたれがゆったりとしているチェアーから、すっと降り立った。手にした書類をくるくると丸めて
パン!と手に叩く。探すわよ、と目の前にぽかんと立つ二人に言って。
「えっ」
「私たちでですか?」
「他に誰が居るのよー。ルルちゃんほっとくと危ないんだから。それとロロって子?ちょっと個人的に気になるのよね」
まだちゃんと調べてはいないが、自分を『ルルーシュの弟だ』と周りに告げたその少年を、ミレイは知らなかった。まあカレンから
『ルルーシュも知らないようだった』とは聞いていたが。……それでも、突然このタイミングで現れるのもおかしい、と
野生の勘が働く。
「とりあえず、融通がきく時間まで探してやって頂戴。私は三年の校舎まで行ってみるから」
「あ、じゃ私は水泳部への連絡も兼ねて、部室棟のほう見てきますよ」
「……そう。なら会長。私はもう一度中庭のほうに行ってみます」
ついでに運動場のほうにも、とカレンは手をあげて言った。それにミレイはおっけ、と頷いて、二人と共に生徒会室から
出ていく。ちゃんと扉には鍵をかけて、所用があるといって欠席したリヴァル宛に手紙のメモも貼りつけとく。


(ルルーシュ……)


なんで、なんで昨日の今日で消えちゃうのよ。心配になるじゃない、あんたのあんな笑顔見ていただけに。


ミレイは他の教室とは違う、クラブハウスと校舎の境にある生徒会室の扉を目にしながら、そんな回想をして胸を痛める。
ルルーシュは平気だと笑ってスザクに尽くしていたが、本来ならスザクがルルーシュに尽くしていなければならないのだ。
それなのにあの馬鹿、簡単にルルーシュを忘れやがって……。叶うなら一発でも二発でも三発でも、ぼこぼこにして
『ばかやろー』と怒鳴ってやりたかった。勿論、昨日ルルーシュに乱暴をはたらいて昏倒したあいつにである。

でも、ルルーシュはあんなのがいいのだ。

それならミレイは、バックアップという名の応援隊に回るしかない。




ミレイはひとつ確認するように頷いて、絨毯の床を蹴るように走っていった。ロロという存在も気になりながら
そこから飛び出た”弟”という単語にも、胸を騒がせて。


--------------ナナリー。
お姉ちゃんは軽くピンチみたいよ。

(助けられるようなら、助けてあげてね)

と、ミレイは視界の端にある青空を見上げて、そんな願いを、思ってみた。
空は聞いてくれるだろうか。そんなことはきっと当人しか知りえないのだが。

































そうして、ミレイもシャーリーもカレンだってその所在を気にしたルルーシュの現在地であったが、
彼女は依然ロロに手を引かれたまま、高等部の廊下を歩いていた。少年から何故か学校案内と称して色々歩かされていたのである。

流石に誰であろうと一日中動きつづければ疲れてしまうだろう。ルルーシュはふらふらと覚束ない足取りでどうにかロロに付いて
いきながら、必死に俯かず前を向いていた。体力がなくなったところで漬け込まれてしまうような、そんな恐怖に突然襲われたからである。
「姉さん」
「……やめろ」
「どうして。学園に居る間はフリを続けないと、あのジョルジュって人を殺したのが姉さんだって、また疑いがかかっちゃうよ」
本当は枢木スザクなのにね、と中性的な瞳が鋭利に笑う。そのナイフのようなきらめきにどきり、と心音が高まった。
(どうしてこいつが知ってる……)
驚いたルルーシュは身を凍らせる。今、彼は何と言った。
「ロロ、お前」
ルルーシュが素直に怒ったように顔を向ければ、いたずらに成功した子どものような表情が返ってきた。
「そうだよ、知ってるよ。貴方が必死に枢木スザクを思いださせようとしてること。でもね、あんまり大っぴらに振舞わないほうが
いいと思うんだ。騎士にするとか、寮の部屋にまで押しかけるとか。---------やめたほうがいいと思うな、ああいうの」
「どうしてスザクのことを知ってるんだ……」
「何、やっぱり自分のことより彼優先?どうして貴方って人はそうなんです?僕、先に姉さんが枢木スザクのを方をって言ったのに、
どうしてその枢木スザクの素性について隠そうとするの?自分のことより他人……というより、彼自身を守ろうと必死なようだね。
皮肉だなあ」
……うるさい、と小声でルルーシュは返した。返したつもりだったが、うまく声になってくれなかった。それは、きっと
ロロが目指す方向が展望台に近かったからである。
どきり、また脈うつ。駄目だそこに行っては……。
「姉さんは学園で花嫁をやってるって言うじゃないか」
「そうだが」
「久しぶりに会った彼との現場も、そこだった?」
「……っ」
「自分を、また奪ってもらいたいって思ってるんだ。やだなあ。……引き裂かれてしまうかもしれないっていうのに」
萎縮するように立ち止まったルルーシュを振り返って、また微笑み、その表情のまま繋いだ手をぐん、と引いて
先を無理やり歩かせた。のろのろとルルーシュは少年に付いていくしかない。そうしなければ、また次に何を言われてしまうのか
解らず、それが恐怖だった。
「お前は、……誰の手筈で」
「さあ」
「……そうだ、ロイドは?朝会いに行っても居なかったんだ。どこに閉じ込めた?」
「総督だったんだから頭働かせてみなよ、姉さん」
「え……」
「着いた」
生徒会関係者以外立ち入り禁止、といわれてある展望台に続く扉の前に立った。ひやりと、嫌な予感が背中をまた粟立たせて
ルルーシュは後退しようと手を引く。しかし当然ながら、ここまで導いてきたロロはそんな抵抗を許さず、手首を縛りつけたまま
用意に扉を押し開いて、ぐんぐんと前へ歩き出していってしまった。
「行こう、ぼくと。姉さん」
「……黙れ」
なお無邪気に語ろうとする口にとうとう嫌気がさして、普段見せないような怒気のつよい顔をして
ルルーシュは指を振り払う。見つめてくる人工的な紫の目が、近しい誰かを思い起こさせたがぶんぶんと首を振って否定した。

「お前なんかが弟であるもんか!」

「----------……」
「俺には一人しか居ない、ランペルージになっても、名前がなくなっても死んだ者扱いされても。どれだけお前が俺のことについて
知ってても、ナナリーしか居ない、変わらない。
知識だけあったって血が別ものなら他人と同じじゃないか。勝手に肉親づらするんじゃない、土足で……俺の領域に踏み込んで
こないでほしい」
……来るな、とそう言って、ルルーシュは閉じた扉に踵を返してロロの前から立ち去ろうとした。けれど、ルルーシュに怒鳴られて
萎縮していたかにみえた少年の動きは機敏だった。ぱん、ぱん!と乾いた音がしたと思ったら、瞬間-------ルルーシュの視線は
空にあって、背中に強い激痛を感じる。
うっ、と衝撃に息を詰めれば、平気で両足を広げ、ロロは地面に伏すルルーシュの腹に跨ってきた。
目には止まらない速さで彼に背負わされ投げられたのだと、変わらない穏やかな眼差しを見上げて、数分遅れで
ルルーシュは理解する。
「逃げられないよ、ルルーシュ殿下」
「!……何でっ」
「貴方を今も恨む人が、この世界に何人も居るっていうことなんですよ。ぼくはただその人たちに買われただけです」


弟役を言いつけられたのも、この顔がブリタニア皇族の一人の血を継いでいたからだ、と語る。その人物に心当たりがあるルルーシュは
仰向けになりながら力のうまく入らない足を持ち上げて、ぎゅ、と縮こまった。目を閉じようとしても瞼の裏に浮かび上がる
白に近い金髪、菫のような色彩の目。忘れようと思ったって兄の存在は消せない。あんな最期を見てしまったからこそ余計に。

「トラウマなんだ」
「違う。……その言葉を、軽々しく口にするな……」
「へえ。あの時は簡単に自分の命に決着がつけられたっていうのに?」


不意に落とされた言葉に、今度こそ呼吸する息を失った。ひく、と喉が震えて、空と展望台にある柱を納めた視界が、少しぶれる。

とても動揺して胸が震えたから。


「何……で」
「知ってるんでしょうね。疑問に思いつづければいいよ。僕はその質問に答えるよりも逆に貴方に答えてほしいんだけど」
覆いかぶさった体勢を変えず、ロロはルルーシュに屈み込んでくる。
どんなつもりで。
何のつもりで、自分に深く入ってくるのか解らなかったが、
まるで心臓を鷲掴まれるような真っ直ぐで透明な少年の視線に、逃れないと思った。これを振り捨てて逃げるということは、自ら
舞台の下に降りて退場していくのと同じだろうと思うから。
「ね、……殿下」
「や、だ」
その呼び名は、違う……。反射的に顔を背ける。それは自分にとってたった一人に許した敬称だから。

「ふうん」
酷薄な目をしたまま同じような響きで、ひたりと汗を浮かばせる首筋を見下ろす。ロロは一呼吸おいて、
ルルーシュが聞かずにいよう耳を向けないでいようと逃げ続けた質問を、簡単に口にした。
「どうしてあの時、死んだんですか」

それは胸に埋る剣に由来するものかもしれない、-----------と思いもして。
































シャーリーは部室棟へと走りミレイは三年生の校舎から展望台へと向っていた頃、カレンは彼女たちとは違うある疑念のもとに
グラウンドへと走っていた。朝の一件があり校内よりも中庭のほうが警察などでごたごたとしていたが、
無意味に顔を出すこともせず避けるようにして、スザクに勝るとも劣らない忍のような身のこなしで走っていた。
空は青色から橙の黄昏に染まろうとしている。赤髪の裾を揺らしその隙間から木々の奥にある体育倉庫を見つめて、そこに
突っ立つ黒い影に足を止めた。スザクだ。朝突然居なくなった彼がぼんやりと校舎の影に立って居る。どうして。
(そもそもこいつの考えなんて、先読み出来たことは一度もない、か……)
声を掛けようとしてカレンは歩いていったが、まるで先に誰かに呼び止められたように振り返ったスザクの反応に、
反射的に身を隠してしまった。体育倉庫の付近が林のようになっていてよかった、と胸を撫で下ろす。しかしどうして私は
隠れてしまったんだ、と自問もした。彼の顔が疲れ果てているようにも見えたからか、もしくは。


(どうして僕はルルーシュと出会ったんだろう)
(切欠なんて、何にもなかったじゃないか)
籐堂に『あんたは偽者だ』と言ってきたスザクは逆に彼から、自身こそが偽者以下のものであると知らされて帰ってきた。
彼は厳格な姿勢のまま崩れることなく、まだ完全に思い出せてもいないことを見過して、スザクに脅迫をぶつけてきた。
まるで常に刃を当てられているような感覚だな……と俯きながらも、考える。自分はどうしてこんなにもルルーシュに駆り立てられて
いくのか。寂しさに慣れたはずなのに無為に優しくしてくれようとすると心はよろこんで、広げられた胸を受け入れようとしたのか。

うまく、
考えが尽かなかった。
確証として写真があるのに、現実味をもたない。そうだ僕は記憶が欠けている、……と気づくのは何度目か。

スザクの頭の中にフラッシュバックする。柔らかい身体が必死に野原を蹴るように花を踏んで、スザクに飛び込んできたこと。
そして自身の胸から剣を差し出して『勝ってくれ』と願ったこと。その彼女が何よりも望むのは、自分と『一緒である』ということ。

そんなこと……わざわざ望まなくても簡単に手に入るだろう、と言ってやりたい。しかし違うのだ。きっと自分たちは。
まだスザクが知らない埋没した意識の中で、確かにルルーシュと進んで来た歴史があった。その過程は穏やかであるとは言い切れないし、
多分ルルーシュが言わないだけでとても苦しいものだったのだろう、と思う。そうだから、きっとスザクは、自分は、
今の彼女からも目が離せなくなっているのだろう。

突然、視界に火花が散るような錯覚に襲われた。
歩いている道の先で、横から矢を射られたように全身が痛む。何だか自身の内側にある静かな部分から『出せ』『出せ』と
言われているようにズキズキと痛みが走って、劈くように神経も震えだした。
(----------?)
少し知っているぞ、この感覚……と思った時には踵を返し、体育倉庫の扉に向いていた。内側にいるもう一人の誰かが
空っぽだらけの自分を奮い立たせるように命令してくる。開けろ、開けろと。
中に一体誰が居るんだよと思ったが、そんな雑念に構わず取っ手を掴んで、乱暴にガラガラと押し開いた。

「……!」
「あ……」


銀の馴染んだ視線が、スザクの背後から差し込む夕陽に照らされ、倉庫から浮かび上がってくる。
飛び出てきたその色に、人物にどうしていいか声を無くしたまま立ったスザクは、うすく口を開けた状態で『ロイドさん……?』と
訊いた。
「僕だ。スザクくん」
「はい……」
ですよね、と頷く。
ばらばらに感じていたピースのある一片が、カチリと空白に嵌ってくれた。


あと少し、あと少しで君に……、

(辿り着けるのか)




























「やめ、て……!」

記憶が、無理やり精神の沼から引き上げられるようだった。
ロロは上に乗った姿勢のまま、ルルーシュの首のタイを掴んで上へと引き寄せる。息と息が触れ合うほど近く、目が合えば
ルルーシュはもっと苦痛に眉を寄せ、足をバタバタと動かしだした。
暴れるようなそれにロロはくすりと微笑んで、『答えられないならいい』と言って、手にしていたタイを空中で引きちぎる。
勿論その中にある胸の傷を曝け出す為である。
「貴様……」
腕をつっぱねて、これ以上の侵入を拒もうとした。-----------しかし、少年の器用な細い手は簡単に胸を割り開いて
白い肌から赤い傷を探り出す。そこには、ルルーシュが自分でつけた過去の行為の証があった。けれどそれは、
「衝動的なものだったんですよね」
「……!」
かたく閉じていた紫電が開く。何かを言おうとして、でも、上から降ってきた掌に塞がれて、
声を発せなかった。
「枢木スザクがシュナイゼルを殺したから。そのシュナイゼルから愛されていた貴方は突然の死に絶望して、
生きていることが嫌になった。それで正解なんですよね、合っていますよね」
「ん、----------!……ん、ん……!!」
ぎゅ、と引き結んだ口をがむしゃらに開けて、ロロの圧力を解こうとルルーシュは必死になった。
暴かれたままの胸はそのままに、細い手を逆に掴んで、横やりに体重を傾けようとする。少しだけ身体が楽になって、
ロロの足と腹にようやくできた隙間に、ふう、と息を吸い込んだ。吐き出す呼吸とともに口を紡ぐ。
「馬鹿言うな」
声は展望台に響いた。
「俺はあの時一人で生きれなかった弱い俺自身を殺した。自分で作った檻の外に出るには、それしか方法がなかったからだ。
俺は俺のやり方でしか方法を選べない。だから……!」
邪推の上で勝手に判断して決めるな、と、ルルーシュはロロを拒んでいた手を手前へ緩め、その反動を利用して
少年の面差しを張り倒した。横にどすん、と彼の身体が倒れ、ようやく自分の起こすことができる。ひと呼吸つくことなくすぐに
ルルーシュは立ち上がって、ボタンがひとつふたつ無くなってしまった襟元をかき寄せた。
「っ---------……」
無防備にしていたとこに張り手をくらったロロの口元は、赤く切れた。嫌そうに中に溜まってしまった唾を吐き捨て
よろよろと身を起こす。ルルーシュは怯えながらそれを見つめて、少年が視線をやる頃には、既にもう一歩二歩と下がっていた。
また近づかれては今度こそどうなるかわからない、と思ったから。


「衝動的じゃ、ない……?」


自分が推測を立てていた仮定とは違うルルーシュの考えに、首を傾けた。不快げに目を顰める。が、反対にルルーシュはどこか安堵
したように肩を下げ、いつの間にかの日没に紫がかった空を彼女は背負うように立って『……違うんだ』と言葉を続けた。
「何が」
ロロが被せるように訊いてくる。ふるふるとそれに首を振って、空いた胸元のポケットから零れ出た金属の欠片を手に抱き締め、
また一歩と、少年から距離をおいた。
「お前には解らないよ。人を好きになるって気持ちは」
「……な」
「主従で、性別も、何もかもが認められなかった俺は、ただ優しくされるあの手に縋ったんだ。そんなのが恋愛の行為になるとは思えなかった
けれど、あいつとの絆があって、俺は一度死ねたんだ。殺人を衝動としか見れないお前にはきっと解らない……!」
大きな時計台が柱となって、真ん中に突き刺さるように立つ展望台を、ルルーシュは黒髪を翻して
駆け出していく。その痩躯が小さくなっていくのをただ黙って見送るなんてことはせず、不快げに不服げに顰めた顔はそのままに
ロロも地面を蹴っていった。
風がびゅうびゅうと吹いてくる。
安定しない足場の相乗効果で、簡単に身体は外に投げ出されてしまいそうだった。
(しかし、)
「そうだからって、貴方が居場所も国も、自分の騎士を見捨てたことには変わりない!」
「っ!」
ぱし、と腕をとられてルルーシュはバランスを崩しかける。後ろで展望台の扉が開かれて、室内の温度と野外の風が交わったのを
頬を掠めた空気で知った。ロロに半分身体をとられた体勢で、紫電をあげて、驚く。ミレイが息を乱れさせて下の螺旋階段を
上がってきていた。自分を探してきてくれたのかもしれない。よかった、……気持ちが少し軽くなる。

同時に、頭上を見て、声をなくしていた。
……いつしか二人で探した金星が夕暮れに浮かんでいたから。

(ナナリー)

お前も俺が殺したのにね、と涙が浮かびそうになった。でも今はそんな感傷に浸ってもいられない。ミレイが来たからにはどうにかしなくては
いけない。
両手を掴まれていた身体をぐい、と捻じ込んで、反対方向に踏ん張っていた足にルルーシュは体重をかけなおした。
「くっ」
ロロとの間に空間が生まれ、無理やり繋がれていた手と手も離れる。しかしルルーシュが握っていた金属の……騎士証は風に
さらわれて、ころころと展望台の端に流されていってしまった。
「ルルーシュ!」
何をしようかすぐに悟ったミレイは、階段を上がりながら止まれ、と叫んだ。けれどそんなことで考えが変わるわけもない
ルルーシュの身体は外へと再び飛び出していって。手から零れてしまったそれらを追いに、足が滑ってしまえばすぐにも落ちてしまい
そうな場所まで構うことなく、駆けていった。その二つの騎士証が落ちてしまえば何もかもが消えてしまう、----------と
突然の恐怖に襲われたから。

(駄目……)

頭の中にいつも浮かぶのは、しょうもないことで挫けそうになる自分の手を何も言わず支えてくれた彼の両手。

シュナイゼルの穏やかに眠った顔を見た時、気持ちはどうしようもなく膨れ上がって実際どうすればいいか解らなかった。
彼を許せばいいのか、シュナイゼルを悼めばいいのか、もうすべてから目を反らしてしまえばいいのか。
そのどれも選べなかったから、----------自分は、こんな面倒くさい道をとって、彼自身と結ばれる先を夢見ようとしたのだ。

多分……きっと。

(こんな俺でもまた見つけてくれると信じたから)

ルルーシュはいつでも手にとっていたのだ。支える為に伸ばしてくれるスザクの右手と左手を。だからそれと今も変わらないように
手元から落ちてしまった騎士証を取りに、走っていく。彼との繋がりを証明する絶対のもの。

不安定な場所というよりも傾斜のある柵のない展望台の上を、時計台の支柱を通り過ぎ、滑るように自ら落ちていった。
黒髪が風の抵抗もなく、さらさら揺れてルルーシュを浮遊させる。その自由落下に任せるように手を伸ばして、
……取った、握りしめる。お互いの瞳の宝石を象ったそれを。

よかった、と笑顔をその紫電に滲ませた時、遠くのほうで声がした。展望台の景色はもうルルーシュでは掴み切れないほどに広く、
視界には映っている。つまり落ちかけているということで……、なのに、先を引きとめる諦めのわるい静止の声が、
ルルーシュに飛ばされる。
ロロか。
ミレイか。
そう思って声のしたほうに顔をあげたら、しっかりと誰であるかを見る暇もなくルルーシュは、誰かの腕に抱き締められた。




「殿下……!」




(……え)
あたたかい広げられた胸の大きさに息が詰まる。満たされるその感触に、言葉が出なくて。


(”でんか”……?)

ぎゅ、と背中に回された腕の力は、落ちる速度に反して柔らかかった。深く考えるよりも早くルルーシュは伸ばした手で
その人物のそれを導いて、胸にある傷に強く押し当てる。すぐに異物感が生じて、彼のその手に柳のような刃が生まれた。
そして、落ちているから当たり前なのだが目の前を川のように流れていく、展望台より下の校舎のすぐ傍にある壁面に、
刀剣を突き刺した。ガリガリと二人ぶんの体重を引きとめた壁が、縦に引き裂かれていく。降下のスピードは落ちていく。

身体が地面に叩きつけられても仕方なかった場面だったのに、無事に空中で留まっていられることに純粋に目を剥いて
驚いた。
彼は黙ってルルーシュを見てくる。
息を忙しく切るようにして、自分の身体を抱き締めた腕を、弱めることせず。

「……す、ざ……」

名前を、呼ぼうとしてルルーシュの意識が途絶えた。ずっと呼ばれたかったその名前で抱き締めてもらったのに
神経が焼ききれてしまったのか……もう前が見えない。







そっと目を閉じたルルーシュをどうにか助けることが出来たという実感に胸を満たしながら、無理に彼女を起こしてしまわないように
静かに地面に降り立って、危なげに校舎……いや自分たちを見上げていたロイドに、その身体を捧げるように預けた。
「スザクくん」
先ほど倉庫から出された時に呼びかけた調子のまま、その名前を口にする。スザクは、ロイドと対面した後すぐに展望台に
続く非常階段を走って、ミレイを追い越し、空中に飛び出していったルルーシュの身体を抱きとめた。さっさと地上に叩きつけて
しまおうと思っていたロロはさぞ、突然のスザクの登場に驚いたことだろう。ロイドだってまだよく解らない。

どうしてスザクが自分の存在も、ルルーシュの存在も思いだせたのか。



”俺は俺のやり方でしか方法を選べない”
”解らないよ、お前には。人を好きになるって気持ちは”
”あいつとの絆があって、俺は俺を殺せた-----------”

「ロイドさん……」
「殿下は、君が戻ってくることを待ってたんだよ」
「知ってます」
「帰ってこなくていいのか」
スペースはちゃんとあるよ、と続けて言う。しかし暗い顔のまま夕焼けの中で、スザクは首を振った。

「戻れません」

(僕はもうブリタニアの人間じゃないから)

それだけ伝えて、口を閉じ、スザクは背を翻した。その先には、どこに隠れて一部始終を見ていたのか、カレンの姿がある。
その存在を後ろで感じていたから、わざわざロイドに口に出して本音を言ってこなかったのだろうか。あまりにも潔いその姿勢に
ルルーシュを抱えながら声を途絶えた。
君だって今すぐにでも抱き締めてやりたいだろうと。もっと強く言ってやりたかった。引きとめるくらいいいだろう。
みっともなく見えたってずっと離れ離れにあったんだから、もう我慢なんていいじゃないかと。

しかしスザクの歩調は淀みなく進んでいって、暗くなりだした林の闇に隠れていってしまう。
横でカレンが『どうしたの』と問うた。何でもない、とうまく力の出ない声で返して、ルルーシュを預けた際に変わりに手にした
ものを掌の中に隠すよう仕舞いこむ。------------紫色の、自分のものであった騎士証を。

殿下……。

(また貴方をそう呼べてよかった)

静けさを取り戻し始めた森の中。その学園の敷地の外れでスザクは傍にいるカレンにもロイドにも気づかせないように
頭に声に手にあの感触を反芻させていた。ずっとさせていた。そうしないとまた、記憶を失くした枢木スザクのままで
解放戦線の中には居られないと思ったから。

彼女を殺させない。どんなやり方でも彼女を守る。誰に穢させることも絶対にさせない。

……今度こそ。