向けられる弓の矢が放たれる衝撃を予想する恐怖、……を、想像してもらえれば話は 早いだろうか。
正に夜中突然襲ってきたスザクを前に、成す術もなく、床へと押し倒されてしまったルルーシュの心境だった。

(憎いのか)
(憎むのか)


----------------俺がお前を思いだしてしまったから?

塞がれた口からは何も言えなくてぎゅう、と引き結んでることしか出来なかった。
スザクはルルーシュの腰を跨いで、取り出したナイフをゆっくりと振り上げた体勢で、一度ピタリと止まり
それはそれは憎らしい、という感情を月夜に浮かぶ翡翠に潜ませ
男の下敷きになっても暴れないルルーシュを見下ろしている。


(けれど、俺は憎まない)

これが自分の受けるべき罰なのだ。
黙って--------------刃物よりも鋭い視線を見つめ返しながら、小さく頷く。

ただスザクとしては、内偵である自分の素性を知った人間を始末しなければならないということであるのだが
それ自体はルルーシュには関係なかった。
理由は違えど、向けられるものがナイフであれば、もたらす結果はどちらであっても同じ。

自分は結局は罰されたいのだ。
独りよがりに、そう思うのだ。

だから
(殺されるなら、お前の手で)



総督の身であった時のように、どうしても生きていなければならないという理由はもうない。
いつだって死んでいい”ルルーシュ・ランペルージ”なのだから
もう、どうでもよかった。
(スザクにとって俺の存在が邪魔なんだから)
人生の幕引きがいつ落ちたって。


だからかルルーシュは仰いだ紫電を動かさず、ただじっと、白く照らされるナイフを見つめていた。
本当は笑いかけて欲しいなんて、冷たい瞳を見上げながら願うことなんて出来ず。
本当は抱き締めてほしいなんて、組み敷かれながら請うなんて、出来やしなかった。

”枢木スザク”は既にルルーシュのものではなくなっていたのだから。
……一年前のことは忘れてしまった彼。
他人となった彼。
そう、つまり、記憶が死ぬとはそういうことなのだ。




心からも体からも。


















目指すさきが君になるなら




















とくんとくんと脈うつ心臓の動きだけ感じていた、張り詰めた静寂を打ち砕いたのは、
突如明かりのついた部屋のランプだった。丁度ベッドを越えたデスクの脇にあったものが、ピカピカと点滅しだす。
……ただの家具だと思っていたものに対して、そんな機能もあったのか、と瞬いたルルーシュの体から
豹のようなしなやかさでスザクは退いた。
ホルスターにナイフを仕舞って無言で部屋の扉を睨む。廊下から駆けてくる足音がしたからだった。
ルルーシュはその音を馴染んだ友人のものだと察し『逃げろ!』と声に出す。
スザクはまるで自分を逃がすかのような怒声にびくっと肩を揺らし、けれどずっとそこに立っているわけにもいかなくて
そのままルルーシュへ背を向け、自ら割って入って来た窓から飛び降りていった。
「ルルーシュ!何があったの」
ハンドライトを手に部屋の扉を開けて入ってきたのは、予想通りミレイだった。彼女はネグリジェのまま走ってきたようで
床に伏したまま呆然とするルルーシュに絶句する。着替え途中だったこともあり、おまけにスカートの裾も切られていたので
誰かに乱暴を受けたような姿になっていたのだ。
「ち、違う……」
「何が違うのよ。ちょ、ほんとに、……誰にされたの?」
「違うんだってば」
慌てて跳ね起きたルルーシュは驚きながらも呆然とするミレイへ駆け寄って、自分は無傷だ、と体を見せる。そして両手で
彼女の手をとって、本当に平気であるということを知ってもらう為に、自分の肩や腹へ導くように当てた。
まだ戸惑いながらも『……そう』と頷くミレイの、自分の安否を心配して疾走してきたせいで乱れてしまった金髪に苦笑して
ルルーシュはやりきれないような気持ちを抱いたまま、深く頭を垂れた。
「……ごめん」
「別にルルーシュは悪くないわよ。一応学園の敷地内だから、もともとクラブハウスは校舎と同じように重いセキュリティが
かけられてて、今回はすぐには作動しなかったみたいだけど、……ほんとに、誰が入ってきたの?」
「それは」
スザクだなんて言えない、と目を閉じる。瞼に浮かぶのは冷たい眼差しだけだったが。
「言えないの?」
「……」
「ルルーシュ」
黒髪の後ろ、自分たちの目線の先には、床に散らばったガラスの破片がある。勿論それは外から窓を突き破って出来た惨状だった。
昼間なら野球ボールが飛んできたと済ませられるものだが、深夜ならそうは行かない。
-------------当然相手はルルーシュを狙っていたのだ。勿論、ルルーシュが本当は誰であるかを、ミレイは知っている。
まさか……。
「ミレイ、その」
「貴方ねえ、……命取りになんのよ」
「……」

「記憶が戻ってたことには気づいてた、……私を見る目が違ってたもの。当然スザクのことだって思いだしたんでしょ。
だからって黙ったままでは居られないわ。もうスザク=スザクじゃなくなってるのよ。今は日本側の人間として生きてるのよ。
つまりは別人ってこと。貴方の敵になってるのよ、ねえ!」

ルルーシュに触れさせられていた手に力を込めて、ミレイは頼りなく薄い肩を掴んだ。そのまま荒い言葉を移すかのように
激しく揺さぶって、壁へ縫い付ける。どん、と鈍い音を押し付けられたルルーシュの背中が吸い取った。痛みに眉を寄せる。でも。
「……俺は失いたくないよ」
「-------------」
「日本側になってても、スザクはスザクだよ。お前に売るようなことはしない……」
「そんなんで身が持つと思ってるの?」
険しい目をして言葉を紡ぐルルーシュを睨んでくる。掴む手は震えて、睨む鋭い目は揺れていた。ミレイは第三者として一年前に
起きたことをすべて知っていたからだった。だから自分に問うてくるのだ。今みたいな目に再び遭う覚悟はあるのか、と。
(次は殺されるぞ、と)
ミレイは言ってるのだ。
「確かに、命の保証はないだろうな」
「……」
「でもだからこそ、もう俺からスザクには何もしたくないよ。記憶を忘れて俺のことがあいつの中で”他人”になってたとしても、
それでいい。……ちゃんと再会出来て、スザクが変わらず無事であるってことが確認出来たんだ。
前の主従の関係には戻れなくても……」
「あんた、どこのいい子ちゃんな発言してるのよ」
ミレイがらしくなく、冷たく吐き捨てるように言い放った。あまりにも、淡々とやせ我慢を見せるルルーシュの言葉に腹が立ったのか。
「ルルーシュ殿下」
「……っ」
ミレイの口から、かつて自分が呼ばれていた尊称が飛び出してくる。先ほどのスザクの奇襲と違って
ぎりぎりにまで突きつけられていたものではなく、なんの防備もなく突き刺さったそれは、簡単にルルーシュの柔らかな部分を
握りしめた。
「今でもスザクはスザクだ、って、何?」
「え」
「殿下が、一年前あんな風になって……どれだけ周りが混乱したと思ってるんですか。どれだけ世界が変わったと思ってるんですか。
貴方はただお兄さまがスザクに殺されてショックだったろうけど、そのスザクは、貴方があんな道をとったことで
死のうとまでしたんですよ。-----------どこまで自分を傷つけて他人も巻き込めばいいと思ってるんですか」
「……」
壁にルルーシュを押し付けていた手を更にきつくして、がっくりと項垂れるように金髪を伏せた。撥ねて、ざんばらになっていたものが
ルルーシュの胸に垂れかかってくる。言われたセリフの鋭さに貫かれたように、ミレイの体重を受け止めたままルルーシュは
呆然と割れた窓を見つめた。









(死のうとまで、した?)

それは一体何の話だ、と。
紫電を大きく見開いた。
























































学園に転入することが決まった時、組織にいた籐堂から『せめてこれだけは』と、制服と私服以外に着用するものとして
引っ張ってきたものがある。それが今着ている忍のような服だった。露出する部分は極力ないように全身を黒ずくめにしてくれる
この服は、とても柔らかなビニール素材で、雨も弾く。
今晩は雲ひとつない星の綺麗な夜だったが、中心にある満月は黒衣に包まれたスザクを照らしはしなかった。
そんな月が見つけることも出来ない速さで、クラブハウスから寮の裏門へと走っていたからだった。正確には、木と木の間を
飛び移る獣のように。
はあ、はあ、と低い音で浅く息をつきながら、合間合間に滴る雫を手で拭う。慌ててルルーシュの部屋から飛び降りてきたものだから
いつものように順調にはいかず、クラブハウスのエントランス前にある池に落ちてしまったのだ。本当は屋根裏を伝って行こうと
思っていたのに。
そしてもう一つ……。

(殺せなかった)

ウイッグとエクステを外した素の自分を見られて、すぐにでも始末しておかなければならない相手だったのに。
おまけに決闘したジョルジュと違ってルルーシュは”枢木スザク”を知っているような口振りで話していた。

『俺の騎士になれ』

と、言った彼女。
ルルーシュのあの自分を見つめてくる目の色は、ジョルジュと決闘した後と前では、全く違っていた。
その視線と、まるで初対面であるといってもいい自分に縋るような態度をとるルルーシュに対して
スザクはひどく困惑していたのだ。
違う、戸惑いじゃない。
多分怖いのだ。ルルーシュを怖いと思っている。だって彼女がぼろぼろのナリで保健室に現れた時
別に放っておけばいいのに妙に腹が立ってしまって、
何故だかスザクは自分からジョルジュを成敗してやろう、と思ってしまったのだ。
あんな女、あんな女……と侮蔑しながら。
どうしてか、手を繋ぐと嬉しいなんて。どうして思ってしまうのか。

(くそ、……誰でもいい)

この気持ちの正体を教えてくれるなら、亡霊でも誰でもいいと思った。

スザクは池の水にずぶ濡れになった身体で、寮の周りを仕切る壁を苛立ちまかせに殴りつける。
じいん……と痺れた。けれど感覚が遠い。頭の中が蕩けはじめてた。

『逃げろ!』



(”あんな女”に助けられるなんて---------------)

スザクの心もプライドもずたずたに傷ついていた。


































恐ろしいことに翌朝、誰よりも早く教室へとやって来たスザクが目にしたものは、実に悲惨といっていい有様となった
自分の机と、でたらめな角度に折れ曲がった椅子の背に貼り付けられた、赤チョークで彩られた中傷写真だった。
勿論その写真の被写体は、中庭で昼食をとる”セザル・オーウィン”であるのだが、ドン引きすることにその写真の自分は
首と目に赤線が引かれていた。『ナイフで切り裂いてやる』とでも言っているかのようである。
「ふざけんなよ」
と低く呟いて、椅子の背の写真を取り外したらその裏には英国の文字で『放課後中庭で待つ』といったメッセージが書かれていた。
冷えた目でそれを見ながら軽く息を吐いて、ぐしゃぐしゃに丸めた写真を窓の外に放る。そう言えばフェンシング部は
かならず早朝訓練としてランニングをやってたなあ、とか思い出した。空さえも突き抜けてしまいそうなほど高く投げた
その紙屑が、どうか持ち主の後頭部に当たってくれますように、と笑わない笑顔で願う。

(きっと向こうはルルーシュ絡みで腹を立てているんだろう。もしくは昨日の報復かもしれない。金持ちや貴族は無駄に
プライドが高いし、体面というものが大好きだからな。……だから)

きっと今日こそ、仕留めてやるよ。

まだ掌に、昨夜組み敷いたジョルジュのその彼女の感触を残しながら、スザクは血が出るほどに力を込めた。


















「セザルが男だって?」

生徒会役員はほぼ同じクラスである。いつも中心の席にいるリヴァルが、ひいひいと息を切って朝練から飛んで来たシャーリーが
伝えた俗のような噂に、素っ頓狂な声をあげた。
「いかんだろうそれは」
「……どの辺りを解釈してそんな言葉が出てくるの」
「や、だってよ、そんなこと言う奴もおかしいけどさ、そもそも見ただけで解るもんじゃねえ?セザルがちゃんとした女の子なのはさ」
俺はそんな噂を流されるあいつが不憫だね、と顔を顰める。それを背中で聞いていたカレンがスッと綺麗に立ち上がり
大股歩きで、先輩から聞いてきたというシャーリーへ詰め寄った。
「誰が流したもの?」
「えっ、それは……ごめん、知らないんだけど……」
「セザルは正真正銘女の子よ」
「それは解ってるって」
何でお前が怒るんだよ、とリヴァルが机に肘をついて嗜める。しかしカレンは彼を見ず、シャーリーの肩から手を離し
トイレから戻って来たスザクを見つけて手を伸ばした。
「セザル、ちょっと来て」
「何?」
ハンカチを手にしながらきょとん、と目を瞬くスザクに、低く耳打ちをする。すぐに目の色が変わって
シャーリーとリヴァルが硬直したまま見つめる前を通り過ぎ、スザクは教室から出ていってしまった。戻ってきたばかりであるのに。
「なあ、お前あいつに何言ったの?」
誰も男だなんて疑わないよー、と苦笑するシャーリーの横で気難しそうに俯くカレンに、そっとリヴァルは訊いてみた。
けれどカレンはただ沈黙するのみで。そのまま静かに自分の席に戻り『はあ』と溜め息をつく。

内偵というのが彼の仕事であるのだが、正体がバレてしまったり任務が遂行出来なくなったりなどしたら
即、地下にある本部へと戻されるのが日本解放戦線の決まりである。
つまり、カレンが耳打ちしたことは実に簡単で解りやすいものであったのだ。
ただ一言『まずいわよ、……』と。


死ぬ、と。




日本解放戦線は同士の集まりであるが、家族を喪った者の慰み合いの場所じゃない。
ひとつひとつの任務が自分たちの生命に深く関わってくる。ゆえに、スザクが籐堂より受けた使命の重さは
スザク一人が代替出来る軽さでは決してない。
そう、……カレンはこう言ったのだ。

任務遂行失敗=死 だと。


(私はサポートはするけど手助けはしないわよ)

無情にも、カレンはスザクへそう言い放ち、自分は優雅に読書の続きをすることにした。











(あんな女のせいで……)

始末する、始末できない。殺そうとする、でも殺せない。
自分の失態が今の状況を作り出していることは解っているのだが。でも、スザクには納得のできない問題が
足もとにごろごろと転がっている気がした。
まずは自分。
どうして折角のチャンスだったのにルルーシュを仕留めなかったのか。
いやそれ以前に、何故ルルーシュの『写真を取り戻してほしい』というお願いをきいてしまったのか。
そもそもあの女……ルルーシュの存在が気にかかる。あいつは最初から他人として出会った人間なのだ。であるのに、どうして、
自分は-----------。

(どこか、彼女を、知っている気がするのだ)


こんなにも憎たらしく思っている感情なのに、それが占領する心は、別の何かで埋ってるような気がする。

その感覚に眩暈をおぼえながら、スザクは廊下の隅で一度目を閉じて、額を壁へ押し付けた。肉が食い込むほどに握りつづけた
拳は、ヒリヒリと痛い。ただ苛立っているだけなのに。本当はただ一人の人間を見つけて殺してしまえばいいだけの任務なのに。
それがどうしてこんなことにまでなってしまってるというのだろう。

しっかりしろ、僕。
お前は日本の人間だろう。

弱弱しくなっている足と心に喝を入れ、また身を起こして歩き出した。目指す先はジョルジュの教室。決闘の申し込みは
放課後であったが、そんなの待つ必要はないだろう、と勝手に判断して、スザクは扉を開けた。


「……え」

しかし意外なことに目を向けた先には、ジョルジュに口付けられているルルーシュが居て、声を失う。そして一度扉を閉めて
彼の在籍するDクラスであるのをちゃんと確認した。……うん、そうだよな。ちゃんとDってなってる。じゃあどうして
奴らはあんなことをしているんだ?教室だろ。
不思議でならない。

またしつこく扉を開けて中を見てみれば、たまたまその時間は体育か何かで生徒が居なくなっていたおかげであったのか
やはり教室には彼ら二人しか居なかった。
ルルーシュはジョルジュに首の後ろと腰を固定されてるようで、スザクに背を向ける男の肩口からぼんやりと現れた自分を見つけて
紫電を驚きに見開いていた。
けど自分一人の力では腕の中から抜け出せないのか、きつく目を閉じるほどに腕を突っぱねてみても、フェンシング部の部長は
びくともしない。
スザクはスザクで冷めた表情をしながら観察して、あんまりにも口付けが長いから自分の上履きを脱いで
ジョルジュの後頭部へぶつけてやった。早朝からの念願叶ったりである。

「あ……」

解放されたルルーシュはどう対応していいのか解らないらしく、
ようやっと自由になった足を床へ落として、じ、とスザクを見つめ返した。反してジョルジュは、上履きによる打撃を受けて
スザクが教室へ来たことを知り、……また、ルルーシュとの接触を邪魔されて昨日以上に苛立ちが募ったのか
------------もしくは怒りへ変わったか。
整った顔を静かに向けてくるスザクへと、頭にぶつけられた上履きを投げ返した。

あまり肩が強くない人間では受け止められないといった豪速球が、頬を掠めて廊下の壁にぶつかる。

しかしスザクはそれをわざわざ追うことなんてせず、先に嫌がらせをしてきたのはそっちのほうだろう、と
口端を嫌味に釣りあがらせた。胸の前で腕を組んで。

「相変わらずお盛んのようだな、インスタントカップル」
お前らのおかげでこっちは首が飛びそうだよ、という意味を込めて、言葉にしてみる。
しかし言語理解力が運動能力にすべて置き換えられてしまったらしいルルーシュの彼氏は、
『くそ』と低く呟いた後、後ろに逃げていたルルーシュの肩をぐい、と引き寄せて
まるでスザクに当てつけるかのように、黒髪に口付けた。
「今朝の報復がそんなにお気に召さなかったのかな?女男くんは」
「報復というのはアレか。僕の机と椅子をべっこんべっこんにした……」
力づくで元の形に戻すのは骨が折れた、と肩を竦めた。それに『ふん』、とまたジョルジュはいやしく笑った。
「本当のことだろ?性別詐称して入学したのは」
「詐称じゃない、男でもない。正真正銘自分は女だ」
「へえ、証明でもしてくれるっていうのかい?全裸になるとか、相手にでもなってくれるのか……」
「------------」
なんて男だ、と思った。こんなのに触られるのを我慢できるルルーシュをエライとも思いながら。
「君なんて相手にしたら身が持たなさそうだな。……そっちの彼女とは相性が良さそうだけど」
下衆な冗談に同じように返すのもどうかと思ったが、黙りながら大人しく見つめてくる紫電にも腹が立ったので
ジョルジュを睨む視線をルルーシュにも向けてみた。が、彼女は『心外だ』というように首をぶんぶんと振って
慌てた様子で一歩出てくる。
何より、狼狽えるルルーシュに驚いたのが、その彼氏であるジョルジュだったのだ。二人は体の関係もあると思っていた分
『あれ?』とカラーコンタクトで隠した翡翠を見開く。ルルーシュはそんなスザクへ違う、と続けて口にした。



そもそも、ルルーシュがDクラスへ来たのは逢引する為でも、純粋にジョルジュに用があったわけでもなんでもない。
今朝スザクが嫌がらせを受けたことを、たまたま目にしたからだった。クラブハウスで昨夜ミレイと口論したから
いつも通り彼女と登校することは出来なくて、珍しく早く部屋を出てきたのだ。そこで、スザクが黙々と椅子と机を直してる
現場を目撃した、と。
そして授業をサボり、ジョルジュを教室に留まらせて『どうしてあんなことをしたんだ』と問い詰めたのだ。その時に油断して
また告白された時同様口付けられたりもされたわけだが、スザクが誤解していることは自分たちの間には何もない。

(だって、俺は----------)

身に覚えがある限り、これまでで至すことにまでなった人間なんてのは、二人しか居ない。
その内の一人であるスザクにはそんな目で見てほしくなかった。

本当に見てほしくなかった。


「っ……」

「ルルーシュ」

睨まれた視線を同じだけ鋭い視線で返して、つかつかと踵を鳴らしてスザクへ近づいていく。
壁に叩きつけられて床に落ちて転がってきた上履きをもって、それを『何だ』という顔をするスザクの頬へ
平手打ちをするような要領で殴りつけた。


ルルーシュはジョルジュに会いに来て、正式に別れを告げたのだ。
『やっと自分が何だったのか思い出せたから、もう先輩とは付き合えない』と、そう言って。
そしてジョルジュから受けた『あいつは何なんだ』という質問に、迷いもなくこう答えた。俺の好きな人です、と。

『俺の好きな人です』

果たしてそんな事実は今のスザクにどう影響するというのだろうか。


それを考えると無性に寂しくなってきてしまって、思わず目の端が潤んだ。けど気丈な素振りは崩さず、
『ぐ』、と上履きの張り手を受けたスザクを見上げて、口を引き結ぶ。いつも何かを我慢する時にそうしていた。
そんな仕草を見つけるたびに、あの頃のスザクは駆け寄ってきてくれた気がする。何かあったのか、と。


(そうだ)


きっとこの状況は自分の甘えが生んでしまった結果なのだろう、とルルーシュは息を呑んだ。
異母兄に対しても。
弟に対しても。

スザクに対しても。


一年前、自分だけ楽になろうとして、きっと、こんな結果を導いてしまったのだ。






ミレイが、

『あの時スザクは死のうとした』

……と、言った。どうしよう、まさかそこまでスザクを追い詰めていただなんて。
そして今になっても、自分は彼を追い詰めている。ギリギリの線を繋ぎ渡ってやって来たスザクをまた自分の勝手で
地に落とそうとしている。だからスザクはルルーシュを憎むのか。ゴミのようなものを見る目で見つめてくるのか。

(それでも俺は、また声にして『好きだ』と人に言えたことが嬉しかった。大切にしたい、と思える気持ちが
蘇って嬉しかった。これは本当だ)



嘘じゃない。

スザクにとっては、
今の俺が”別人”であっても。






「嘘じゃない。俺が好きなのは……」