正門へと歩いていく赤髪を生徒会の窓から発見して、ふう、とひとつミレイは息をつ いた。
「クラブ活動が始まる時間ですよお嬢さん」
もうお帰りですかぁ?と声を掛けて、文庫本一冊持つカレンを振り仰がせる。彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに
発信源がミレイであると解ると、嫌そうに肩を竦めてみせた。
「出席するかしないかは個人の自由だと思いますよ」
サボることを詫びもせずに言う。
「君は一応生徒会役員なんだけどな」
最初に飛ばした間抜けな調子の声のまま、ミレイは返事をした。窓のへりに腰を掛け、片足だけ見せるその姿勢に悠然とした雰囲気を
見せたいのか、ミレイは見下ろす眼差しを崩さずにカレンの鋭い視線を受け止めた。
ルルーシュよりも王者の資質がある……と個人的には自負している。けれど、彼女のような辛抱強さは己には無いから
言ってしまいたいことがあればそれが他人であれ、同級生であっても口にしてしまう。ミレイはそういう性格だった。
「何ですか?役員の特権として学園で好き勝手に振舞わせてやっているんだから、その分生徒会に貢献しろと。
そうおっしゃりたいんてすか?」
「そうおっしゃりたいんですねぇ、カレンちゃん。おまけに私は貴方みたいな賢い子が大嫌いです」
大学部の某研究員なら腰にシナ作ってでも言いそうなセリフだな、と内心苦笑いしつつ、
猫のように瞳を大きくしたカレンを見下すまま続けた。
「……嫌いなのよね」
もう一度言う。まるで浮ついた自分自身に追い討ちをかけるかのようだった。
「全部解ってるくせにルルちゃんをイビるとことか、スザクのこと別に大事でもないのに友人やってる所とか。
そもそも一回負けたくせにまた這い上がってくる犬のような習性とか、そらもう全部。はっきり言うけど貴方が休学する前から
苦手だったわよ」
「……」
「何でだか解る?それはね、その時からカレンが、日本側に居るからって『自分には何もないんだ』って思いこんでて
貴方を心配するシャーリーやリヴァルから目を背けて、反対にブリタニア側に属しながら何でも揃ってるスザクに憧れてた。
そんな所が……」
「違う!」

今度は自分が反抗する番だ、というように、吠えるように二階の窓を見上げて言った。

「私が負け犬だと?そうでしょうね!会長がおっしゃることはみんな当たっていますよ。でも違うことが一つ。私は別に
あいつに憧れてなんていません。憧れていたら、今のように記憶を無くさせて鼻で笑って居られると思いますか!」

ミレイは黙った。
二人の言い争いを見ている者は誰も居ない。放課後の活動が開始されれば、みんな個々に散らばって部室や体育館に閉じこもるのだ。
ミレイが見つめる先のカレンの後ろ、中庭は無人だった。
「会長、そんなにルルーシュ殿下にご執心なんですか?」
猫のような瞳から野生の豹の獰猛さに眼差しを変えたカレンは、さも不思議そうに首を傾げた。
「あんな、何もない皇女……いや、今は死人ね。ヴィ・ブリタニアとしては一年前に死んでるんだから」
「……」
「私が何も知らないと思ったんですか?何も知らないのはスザクのほうよ。彼は随分とこちら側に飼いならされた
友達思いのいい忠犬になったわ。彼以上に頼れる相棒を、私は今まで得ることが出来なかった。……その意味では、執着してるとも
言えますね。でも別に、ルルーシュ殿下に返してあげてもいいと思ってはいるんですよ。まあ、彼が自力で彼女のことを思い出せたらの
話ですけど」
カレンの問いに答えられないまま黙るミレイに、ふふ、と小さく笑って、カレンは見下ろしてくる窓からの視線に
背を向けた。
「でも会長、気づいてらっしゃいますよね」
「何を」
「彼のことです。スザクがもし、殿下のことを思い出したらって話」
「----------ああ」

昨夜、クラブハウスでルルーシュと口論した時に話題にあがった話だ。
ルルーシュ自身も、一番怖がっているのだろう、きっと。……そのことだけを。

「スザクは自分を裏切った主君のことを、再び愛そうと思いますか?」

まるで己こそがジャッジだ、というように言い放つカレンの語気の強さに、ミレイは焦燥感を募らせた。窓枠を掴んだ指に力が篭る。
正か非か、判定を下すのは自分であると思ってるのか。
カレンは背を向けたまま、微笑んで、独り言のように呟いていった。

「私だったら一度憎んだ相手をまた愛そうとは思いませんね。いいえ、きっと好きになったことを思い出しても、許そうとは
思わないわ。……だって当人にも言ったけど、スザクはルルーシュ殿下に先に死なれて泣いたんですよ?
主従の約束を先に違えた彼女に対して、憎いと思ったはずなんです。じゃなきゃ可笑しいですもの。
彼は自分からルルーシュ殿下の記憶を消したんだから」





















目指すさきが君になるなら

























「学園には決闘の慣わしがある……」
「決闘?」
「何かと何かを取り合う時、……当人以外の誰かを審判として、仕合を決行するんだ。昨日の時計台でのあれも、その範疇に区分される」
「うん」
「今これから先輩と再戦することも、それに該当することだ。-------俺はまた花嫁として審判に入るから、とにかく、頑張ってくれよ」
ルルーシュはスザクと中庭に辿り着く道の中で、ぽつぽつと水滴を垂らすように語りかけていった。説明というよりも確認といった
作業のようで、聞きながらスザクは自分の足のホルスターから、ナイフを取り出す。昨日行った決闘と同じものであるというのなら
なるべく仕合は長く続かないほうがいい、と思って。
ジョルジュのような剣の専門家相手に、そうそう長く対抗出来る筈はないと先に見切りをつけたのだ。彼は性格は歪んでいるが
剣筋では充分にプロのうちに入る。さすが下級生に人気だけはあるな、と思って……その彼にモーションをかけられまくってるというより
醜い執着を向けられている、ルルーシュを哀れに思って、振り返る視線に寂しさを滲ませた。
「なんだよその目」
昼の暖かい日差しから、夕暮れにかかる冷たい風に気候が変わった頃。昇降口から共に踏み出したルルーシュとスザクの
目の前には誰も居なかった。中庭は無人だったのだ。
「ごめん、つい同情心のほうが先立ってしまって。でもよく自分の体を決闘の商品として捧げることが出来るね。
ジョルジュはともかく、嫌な相手にあたっちゃうとか考えなかったの?」
「別に昨日の決闘では……お前が勝ってくれたから、問題ない」
スザクの純粋に気遣うような視線に、ふるふると無表情に首を振って答える。『え』と、その彼女の回答に肩を上げた。
そりゃ自分とあの先輩を比べれば自分のほうがマシなのかもしれないが、---------それにしても、彼女の決闘への考え方は……。
「ルルーシュ、君、決闘相手に関してはどうでもいいっていうのか?」
「え?」
「君が言ってることを整理すると、まるで最初から自分の処遇が挑戦者にいっても所有者にいっても
どっちでもいいっていうように聞こえる」
「どっちでもいいなんて考えてない」
「でも昨日の僕の決闘は博打勝負だったんだろ」
僕の腕前なんて知らなかったんだから、とスザクは決め付けたように言う。けれど、その彼の思い込み自体が間違っている。
あの時計台で会ったのが初めてではないのだ。もっとずっと前からルルーシュはスザクの実力を知っていて、
決闘の勝敗への不安も元からなかったのだ。そうだというのに、昔の自分に実感がない今のスザクは、
自分が見て知ったものしか信用しようとはしない。
横で足元から取り出したナイフを光に翳し、反射した日光でコンタクトの瞳を明るくするその彼に、すべてを教えてやりたいと思う。
けどそれが出来ないもどかしさにルルーシュの本心は焦った。
本心とは、今ここで自分たちが追ってきた過去のすべてを吐き出すことで。でもそれをしてしまえば、記憶を戻してないスザクに
『嘘をつくな』とまた拒絶されてしまうことになる。そうなってしまえば本心と疑惑の堂々巡りが永遠に続くだけ。
まずは今のスザクにルルーシュを知ってもらいたかった。なるべく誤解がないように、ありのままの自分を。昔と変わらずにお前だけ
見ているんだ、と。ルルーシュが態度で証明しようとしていることに。
「さっき玄関で話したと思うんだけど……、スザクに写真を取り返してもらうまで、俺は別人だったんだよ」
「----------」
「先輩の彼女になってたけど、それは、違くて……。もっとちゃんと言うなら、俺は本当に最近まで別の誰かになってたんだ。
以前の俺を取り戻すにはあの写真が必要で、幼い頃はカメラを向けられることにだって脅えたのに、純粋に感謝したんだぞ。
----------お前とフレームに納まったこと、それが残っていたということに」
セシルが親切に封筒に保存してくれていたからなのだが。それでも、取り返そうと立ち上がってくれたのはスザクだったから。
ルルーシュは向いに立ち、ナイフの鞘を抜いたスザクの指先を、空中にピタリと縫いとめるように凝視した。その射抜いた眼差しのまま
自分の手を伸ばして、生身となった刃を彼から取り上げる。そして逆の手を自分の胸元に導いた。
「決闘には約束事がある……」
「?」
「まず武器は決められたもの以外を使用してはならないということ。そしてもう一つは、相手の命を奪ってはいけないということ」
後半を声を低くさせて言ったルルーシュは、己の痩せた身体に彼の手を押し付けた。瞬間、今まで自分たちが見ていた中庭が
色彩だけ反転させたように暗くなる。木々と、地面と、太陽。常なら明るく在らねばならないものが黒くなり、影っていなくてはならないものが
白くなった世界で、ルルーシュの胸を抑えていたスザクの手の中に光が突き抜けてきた。声もなくそこを凝視する。
「ルルーシュ」
「俺は審判で、決闘の賞品で、勝者に与えられる花嫁だ。こんな形でなければ生まれてこれなかった。けど、お前が指摘した通り
『誰でもいい』のでなく『誰か』を選べるようになれるなら、-----------世界は変わると思うんだ。
ずっと学園に閉じこもっていた生活も。だから」
……勝って俺をお前のものにして、と耳元に囁いて、空へ仰向けになるように目を閉じた。開いた胸の中心に、縦に引き裂いたような
赤い傷が浮かぶ。まるで閃光の中のひずみのようなそれから、長い剣が伸びでてきた。スザクは反射で柄を握り、一気に外へと引き出す。
昨日窮地を救ってくれたあの刀剣だと気づいたのは、数回まばたきをした後のことだった。
「これは」
「さっき説明した”決められた武器”だ。挑戦者である先輩はきっと、昨日と同じ獲物を使ってくるだろう」
「昨日と同じ?ちょっと待てよ、そうだったら……何で昨日先輩は、ルルーシュのこれを使わなかったんだ」
僕みたいに生えてこなかっただろう。むしろ、花畑を走ってきて受け止めた途端、君から生えてきたんじゃないか、と疑問を露にする。
ルルーシュはまだ熱い胸元を掌で擦りながら『どうなんだろうな』と、スザクのその疑問にはぼそりと呟くように返すしかしなくて。
この原理はルルーシュでも解らないことなのかもしれない、とスザクは改めてその刀剣に目を落とした。
「続けるが、俺にもまだ完全に思いだせた部分と、まだ記憶にモヤがかかった部分があるんだ。何で胸からこんなものが出てくるように
なってるかは解らない。……こんな傷跡出来てたことも知らなかったし」
擦っていた手を下ろして、同じくスザクがしたようにその刀へ紫電を向けた。ぼんやりと光るように手の中にあるそれは
獣の牙のようでもある。
「自分で自分の胸を刺したとこまでは覚えてるよ」
「---------何だって?」
突然飛び出したルルーシュの言葉に、高めに作っていた声色が変わった。彼女は平然とスザクの手元を見つめながら、自らが迎えた
最期について語ろうとしていた。それに動揺してしまって、胸の奥の軟い部分がツキンと傷んだような気がした。一生のトラウマにでも
なってるのか、……そう考えてもスザクは自分を解らない。
「後でちゃんと話すよ」
沈黙するスザクを奮起でもさせるかのように、ルルーシュが声を落とした。
「僕のこともか?」
「ああ。お前が俺を先輩から取り戻してくれたら」
「取り戻すか。まるで君が元々僕のものであったと言うようだね」


「そうだよ」



簡単に、ルルーシュは真実の断片をスザクへ口にした。呆然とした翡翠が、元来あった色を取り戻すといったように
平均以上に瞳を見開いていく。その仮面が外れてしまったかのような表情に、ルルーシュは一瞬戸惑うように瞳を揺らして、
けどすぐに背後にやってきた気配に険しく紫電を釣り上げた。鋭くさせたスザクとルルーシュの視線が、やって来たジョルジュへ向く。

彼がまだルルーシュの彼氏であった頃。挑戦者ではなく所有者であったはずなのに剣すら生えなかったその男は、
スザクに対峙する為にと、昨日と変わらず愛用しているレイピアを持ってきた。英国軍の騎士の威勢を見せ付けてるかのようである。
それか、既に自分の将来を軍人にと、そう決めてしまってでもいるのか。
けれどルルーシュが見つめる先で片手にレイピアを構えたジョルジュが語るものは、敵意しかないようにも思える。

スザクは先ほど出したナイフをホルスターに戻して、ルルーシュから現れた刀剣を同じくジョルジュへ向ける。その横をルルーシュは
歩いていき、中庭の中央に立つ時計の柱へ背をつけるように立った。片手を天へとあげる。準備はいいか、と両者の男へ
紫電を向けた。
「立会人は俺が務めます」
「ああ」
「解ってる」

「では------------……」

ス……と、ルルーシュが合図の為に手をおろす。それを待たずに、目では捉えきれない動きをした影が
紫電の前に残像を作った。あ、と声をあげたその瞬間には、鼓膜を震わせるような鍔迫り合いの音が響く。
装飾用、と揶揄されるジョルジュのレイピアの柄と、そこが支える刀身を走って来たスザクの切っ先が、目の前で弾けるように
ぶつかっていたのだ。すぐに体躯のほうでは劣るスザクのほうが、ジョルジュに端へと投げ出されてしまうのだが。
けれど、対抗心だけは人一倍のようで。スザクは着地する動作と再び飛び出す動きを一呼吸のもとに行い、
すぐに空いてしまった距離を縮めた。振り上げた刀剣の長さとジョルジュの待ち受ける場所とを計算して、腕を振り落とす。
(狙うは首)
もしくは頭だった。フェンシング部の部長というだけあって胴と胸の守りは固い。しかも、彼は一度スザクに胸を貫かれて負けているので
再び狙うことは不可能だった。
「自称女のくせに場慣れしているな転入生!」
空中から降りてきた体をまたレイピアで受け止め、必死に剣を向けてくるスザクを嘲笑う。体躯でも力でも劣るスザクは、
素早さしか勝る部分がなかった。あとは、命を賭けた戦闘で積み重ねた経験値の---------差か。
(命を……?)
賭けた戦いなんて、まだ日本解放戦線では経験してない。
元より、この学園に転入してきたのが、初の正式な任務だったのだ。スザクが記憶として覚えている戦いの経験などというものは、
ある筈が無い。
(ならどうして僕は、誰かを殺す”コツ”を知っているんだ……)
狙うのは首だ、と無意識に浮かんだ自身の戦闘本能が、信じられない。そこまで優れていたか、と過去の自分に訊きたくなる。
だが、過去とか。

そんなものも、自分には元々無かったじゃないか-----------------。


「ランペルージ!」
「は、はい」
突然顔を硬直させてスザクに目を向けていたルルーシュは、ジョルジュの声掛けに慌てて返事をかえした。
「この女男に僕が勝ったら、君を取り返すのとはまた別に、報酬を頂きたいんだが」
「何を」
「学園長にセザル・オーウィンが不穏分子であると伝える」
「!」
時計台の柱に起立していたルルーシュの足元が、揺れた。その反応に口を釣り上がらせた男は、色を失ったスザクの剣を受け止めながら
顔を近づけてきた。審判のルルーシュには聞こえない音で、スザクに囁く。……お前の正体を知っている、と。
「……女である筈がないんだよなあ、セザル・オーウィンくん」
「……、え……」
「君は君が不審がっている以上にすごい人物だったんだぜ。まさかあの世捨て皇女の騎士だったとはな」
「……」
生ぬるい息とともに吹きかけられた言葉は、耳を疑うものだった。何だ?どういうことだ。世捨て皇女とは誰を指して言っている
ものなんだ……、スザクは沈黙しながらも、剣にかける力は緩めずに、ジョルジュの灰色の目を見返した。コンタクトの翡翠と
至近距離で絡む。
「怖くなったかい」
「誰が」
「結構だ。セザル・オーウィンの偽者くんよ。はやくこの決闘を終わらせて、生徒会室に突き出してやろう。『生徒の中に死人がいる』
って言葉を添えてな」
「-----------……っ」
「やり返してやるぜ。お前が僕のランペルージを勝手に奪っていったののお返しでな。最悪ブタ小屋行きだ」
「さっきから誰と勘違いしてる」
「勘違いじゃない、調べた結果だ。簡単に解ったよ。まだ一年前の話だからな……」
ジョルジュが卑しく笑うのに、スザクは目を光らせるままに答えた。腕と腕を交差するように剣を向けたまま、
中庭の中央でその状態が続く。間に立って見ていたルルーシュの口が、彼らよりも先に動こうとしていた。しかし、それよりも早く
崩れたのはジョルジュたちのほうで。
彼が受け止めて居たスザクの剣先がバランスを失い、手前へと引かれたのだ。つまり力を掛けていたほうが相手側に倒れることになる。
「なっ……」
ジョルジュはにやりと曲げていた目の端を、硬直させた。狡猾なまでに自然な素振りでスザクがフェイントをかけたからだ。



「誰が死人だ。------------そうなるのはお前自身だろう」
横断歩道で雑踏の中、肩越しにすれ違うような軽さでスザクは呟いて。
一歩横に踏み出し、ジョルジュの腹へ刀剣をぐっさりと刺した。




「ア……!」
それだけには納まらず、スザクはルール違反を承知で腿から、ホルスターに仕舞っていたナイフを取り出した。誰かが介入する隙も
与えず己の肩口に蹲ったジョルジュの首先へ、真っ逆さまに突き立てる。

「きさ、ま……っ」

隔絶された決闘の場において、審判とともに傍観者でもあるルルーシュは、当事者たちが暴走しないように
戦いを制限する立場でもあった。まるで羽根を壊した鳥を手にし、柔らかな骨を握って潰すかのようにスザクがしてしまった手軽な
その行為に、まずルルーシュは静止の声を掛ける前に絶句した。驚いて体も動かない。スザクは平然と無表情のままに、
からかうように彼の昔について語るジョルジュへ、烈火のごとく怒っていたのだ。それ故の殺人だろう。冷静である第三者が見れば
実に解りやすく説明してくれる状況だった。
しかし現在はルルーシュとスザクとジョルジュだけである。決闘の場には何人たりとも立ち入ることはできない。だから
彼の暴走を止められるのもルルーシュしか居ない。

「スザク、やめろ!」

ようやっと状況を把握した頭と、感覚の戻って来た足を動かしてルルーシュはスザクの背中へしがみついた。
駆け寄った先でジョルジュは既に絶命していて、ことん、と首を寝かすようにスザクの胸へ倒れている。腹を刺したルルーシュの剣は
昨日と同じようにまた風に霧散して、確かめるべくもなく消失していた。残っているのはジョルジュの首に起立するナイフだけである。

そしていつの間にか中庭の風景も普段と同じものに戻っていた。

「馬鹿、ちゃんとしたルールを説明したのに……!」
覚えのない感覚なのに、人を殺す常識は兼ね備えていた自身の腕に一番動揺していたのはスザクだった。それでも時間が戻ってくるという
わけではないから、腕の中のジョルジュが還ってくることもないのだろう。彼は目を剥いたまま硬直していて、その首に刺されたナイフは
抜かれることなく、どさりと足元に倒されてしまった。左肩から右腹にかけて血しぶきをつけたスザクは、背中に張り付くルルーシュの
気配にそろりと振り向きはしても、うまく声が出せずに居た。動揺して?腹が立って?ジョルジュの過ぎた詮索が許せなくて?



何で殺すまでしたのか解らない-----------……。


「ル、しゅ……」
「ああ、俺だ」
どうして決闘を放棄するような真似を、と非難の眼差しで睨む。
しかしスザクが次に出した言葉に、硬直するのはルルーシュのほうだった。

「殿下……」


まるで今にも泣き出してしまいそうな、切ないような無垢な顔をした”枢木スザク”が、誰かによって蓋をされただろう
言葉と気持ちを本人へと吐き出す。

(-----------何てこと)


ジョルジュに何を囁かれたのか知らないが、今ルルーシュを見つめる瞳は懐かしい彼の昔の色そのままだった。
頬にも血を貼りつかせて、背中にしがみついたルルーシュの手をそっと自分から取り外して、スザクは頭を伏せる。わなわなと
口元が震えていた。何かを堪えようとして、でも堪えきれない、喋ろうとするにはあまりにも大きなことであるように、
すぐには明確な音に言葉がなってくれなかった。

しかし、暫くした後、スザクが紡ぐ。足元に血溜まりを作って。
ルルーシュの長くなった髪を指先に梳くって、確かめるように何度か撫ぜた後、口を開いた。
「すざく……」
「貴方、を、……よ、捨て、皇女と……」
「……」
「あの男、何も、知らないで-------------そんなこと、」


『ゆるせなかった』



そう。自分に対して怒りを感じ、殺意に走ったわけではなかったのだ。
スザクの囁くように落とされた真実に、ルルーシュの脅えていた心が真っ白になる。



記憶をなくしても、別人になっても、愛した人の影が体から消えたわけじゃないから、どんな状態であっても自分の中の刃は簡単に
閃きだす。---------主君を侮蔑する者へと。

(俺のこと思いだしたわけじゃないのに……)



亡骸を踏んで振り返ってくるくせっ毛を見上げながら、叫び出してしまいそうな口を無意識に塞いだ。ルルーシュはそうして、
泣き出してしまいそうな子どもの顔したスザクを見返して、自分こそ泣いてしまいそうになった。何だ、こんな形で解ってしまった、
彼がまだ何にも変わっていないということ、-----------ルルーシュが愛した騎士のままであること。まだ想っていてくれているということ。

こんな形で解ってしまった。


崩れ落ちるように危うげな様子の背中を支えて、血塗れになった胸にまでルルーシュは腕を回し、スザクを抱き締めた。
スザクはまだ夢現のように半目を開いて、ぼそぼそと何かを紡いでいく。やがてそれが静かになった頃、意識の奥底に
眠っていた”枢木スザク”は表から消え去って、また先ほどまでのスザクに戻ってしまった。

彼は自分の体と、取り乱したかのように抱き締めてくる黒髪と、足元の死体に-----------自らが暗転している最中に
しでかした行為のすべてを悟ったのか、悲鳴をあげることもなく沈黙し、触れてくるルルーシュを突き放した。そして誰か
来る前に中庭から駆け出していってしまう。取り残されるようにルルーシュは置いてかれ、改めて、絶命したジョルジュの体を
目の中に納めた。


「追いなさい」


後の始末はやっておくから、とでもいうように突然彼女の前に白衣の男が現れて、紫電は一瞬我に返る。しかしすぐにスザクのことが
頭を掠めたのか、きっとずっと自分たちを見守っていてくれただろう銀髪に瞳をくしゃりと歪んでみせて、

「ごめんな、ごめんな……いつも」

それだけ言って、ルルーシュもスザクを追っていった。












「さっき、スザクがまたルルーシュ殿下を愛するかって貴方は訊いてきたわよね」
ミレイが窓枠に腰掛けたまま、誰にともなく囁きかける。無人の生徒会に、無人の中庭。生徒会のあるクラブハウスから眺めるそこと、
ルルーシュたちが決闘を果たしたそことは、場所が違っていた。裏門のほうへと姿を消してしまった赤髪を思い返しながら
僅かに胸を痛めるミレイが思うことは……、きっとスザクなら、ルルーシュのことを忘れはしても、好きになった気持ちまでは
失くさない、ということだった。
だって、感情は体に残るのだ。誰かを好きだという意識よりも、ずっと強く。ならばきっとあの皇女の騎士であった枢木スザクは、
自らの力でルルーシュのことを削除したとしても、好きになった記憶だけは消さないままにしておくと思うのだ。

そうであるならば、”枢木スザク”は全くの別人になるということはない。
ミレイはそう信じるのだ。


そう信じたいのだ。