ずっと見ていた。
---------------ずっと見ていた。
せめても兄の気持ちが知りたくて、コーネリアはロロから定期送信されてくるデータを公務の合間に必死に見ていた。
後ろにギルフォードが控えている時であっても、亡き妹の月命日の日であっても、今は現皇帝にかわりブリタニアの政権を担う
身となった今、……コーネリアは画面の前に置かれた椅子から離れることなく、暗くした部屋の中で
青白く浮かぶ画面へ向けた視線だけは反らさずに見ていた。
兄の気持ちが知りたかった。
だから、ずっと見ていた。
(どうしてルルーシュでなくてはいけなかったのか)
最初に映った映像の中には花壇の中に埋もれるようにして立ち、空を仰いでいる長い髪をした姿があった。
一年前、神根島から帰還してきた死に顔とは違う、ちゃんと年相応とした姿で、月日とともに長くなった黒髪をなびかせて、
前を向く自分の妹、ルルーシュがいた。その視線の先には何があるのか?……画面に映ったその姿だけでは、その心情までは計れなかった。
次に切り替わった画面では、自分と同じアッシュフォード学園の制服姿の女子へ駆け寄っていく姿があった。
どこを基点にして撮影しているのか解らないが、画面を横切るように走っていったルルーシュは、黒髪を左右にパサパサと揺らし
目的の人物の前に辿りついたところで前へ屈み、膝に手をおいて息を落ち着かせた。目の前に来られたほうの人物は
最初そんなルルーシュに冷たく当たっていたが、すぐにまた切り替わった画面では、どこか優しげに接するようになっていた。
……コーネリアもすぐに気づくことはなかったが、その人物は女装をした枢木スザク≠ナあった。
一年前。ルルーシュの死と宰相であったシュナイゼルの命を奪ったこと。ふたつの出来ごとに責められ自我を失くした彼を
イレヴンたちがいる目の前で処刑しようと決めたのは、コーネリア本人だった。
だがそれを実行することはできなかった。反政府組織として頭角を現してきていた日本解放戦線の幹部たちによって
スザク自身抵抗することなく、連れ去られてしまったからだ。
その後コーネリアはシュナイゼルの後始末を宰相に成り変ることで負わざるをえなくなった。
彼は隣国にも周辺国にも重圧をかけていた。国の中でブリタニアのせいで内乱が起きたところもあった。
その政治的他種国の混乱を鎮めるため亡き兄弟のろくな供養をすることもできず、彼女は女帝として飛び立たざるをえなくなったのだ。
暇な時さえ、執務に忙しい。
進化したグラスゴーから降りたその瞬間から、密偵として出している者たちの報告を受け取るための時間に切り替わっていた。
その中で、一番驚いた報告が、最近エリア11で起きた日本解放戦線との内戦と、その組織の滅亡だった。
いつかは根絶やしにしなくてはならないなと考えていた反政府組織なだけに、
添付された画像にルルーシュとスザクが藤堂の首をもっているのを見つけて、我ながら、恥ずかしいほどに動揺していることに気付き、
懐かしい……一年前まで政庁で続いた平和な日々が思い返され、胸の底が初めて熱く焼けただれるような痛みを覚えた。
(ルルーシュ)
(ルルーシュ)
コーネリアが、ブリタニア本国からエリア11へ総督として出よう、と単身輸送用VITOLに乗り込んだ妹に付いていったのは、
彼女自身が何よりも『ブリタニアに居たくない』と思っていたことと、このままここで生活していても『自分は成長しない』と
自覚していたこと。そのどちらにも姉として純粋な敬意をおぼえたからだった。その気持ちに偽りはない。
自分は皇室務めだから、と、決して外へ出ることはなかったユーフェミアを誰よりも痛ましく思っていたからか。
ルルーシュの望む生き方は、それとは真逆であるように感じて仕方なかった。
意識を画面へ戻そう。
アナウンスもテロップもなく断続的に切り替わる映像は、まるで季節を観測する定点カメラのような
無機質さを持っていた。だが無理はない。彼には自分がエリア11へ行けない代わりに色々なことをしてもらっていたから。
まず第一に、ルルーシュに弟であると偽り、同じクラブハウスで生活すること。
第二に、女装しているスザクが日本解放戦線の監視下にいると知っていたから、
その彼にかわって、学園内で彼の代わりとして騎士を務めること。第三は、ルルーシュとその騎士スザクの仲や、ルルーシュ自身に
変化がないか、逐一観測した情報をブリタニアのコンピュータに送信すること。
……おおまかに挙げると、ロロ・ランペルージに与えた任務は以上の三つだった。
だが誤算だったのは、あまりにルルーシュがロロ自身を警戒したこと。そして、敵側に居ると知りながらそれでもスザクを
自分の傍に居させたこと。
どれだけ月日が経ち、主従としての空白の期間が空いたとしても、彼ら二人の情は薄れなかったのだ。
結果、ロロは遠巻きにカメラを構えることを余儀なくされた。だからだろうか。時々カメラがぶれるのは。ルルーシュがレンズに向かって
笑いかける度に、左右に少しずれていく。まさかルルーシュ自身もしっていたのだろうか?たまにカメラの存在に
気付いたような素振りを見せた時がある。……あ、ほらまた。
コーネリアが視線をそのままに見つめるその先では、既に場面は切り替わり、苦しそうに自室でうずくまる妹の姿が
捉えられていた。
白い顔に青筋を浮かべ、額から真珠の玉のような汗を浮かばせて、クローゼットの前で膝をついている。
ルルーシュはどうやらスザクを待っていたようだった。彼が洗面所から駆けよって小さなその体を抱えて
ベッドへと座らせる。その瞬間に、ふと何かに気付いたように彼女は紫電を彷徨わせた。-----------目が合う。
コーネリアは画面ごしにベッドにいるルルーシュと目があった。
(……密偵として、どうとか言うつもりはない)
スザクに腰を擦られながら、何事かぼそぼそと言うルルーシュ。顔をきつく顰めて、刹那そうに自分の腹を抱えて
目の前の男の首に縋りつく姿はどこか既視感を覚えた。マリアンヌだ。確か彼女がナナリーを身ごもった時、そんな表情をしていた
ような気がする。その光景をまだ幼児であったルルーシュと共に見ていた。……彼女は、ルルーシュは、そうか。
(身ごもったのか)
その事実をまさかあまり期待していなかったロロの観測で知るとは。予想だにしなかった。
すぐにコーネリアは立ち上がり、今現在乗っている戦艦をエリア11の方面へ向かわせることを
指令室に伝える。
そして自分も部屋から飛び出して走った。
どういうことだろう。
スザクはシュナイゼルにより子どもを産ませられない体にされたんじゃなかったのか?
それがどうして、ルルーシュに与えられることが出来たっていうんだ。
それに何より、ルルーシュは、自分が女扱いされることを嫌った。子どもを作るなんてその最たる例じゃないか。
(放っておいても自害するか……)
自分が子を産むということに耐えられずに。
また、産んだとしても愛情を育むことができないと、育児放棄をした自分の母親みたいになることを恐れて
誰かに自分の子どもを押しつけるか。
どっちにしたってきっとスザクとルルーシュの子に幸先のいい未来はない。
コーネリアがわざわざ考えることをしなくてもそんな未来は目に見えていた。が、こんなに焦るのはどうしてなんだろう?
走りながらどんどん加速していく足元に戸惑う。それでもスピードを緩めることなく進んでいく。
いや、もうどこかで知っていた。先を目指す以外に自分がすべきことは何もないのだと。
あの日ユーフェミアを失ってから。
(私は何かに試されている)
*
日本解放戦線の地下組織からの逃亡、そしてカレンとの二度の戦闘を潜りぬけてきた機体では、いくらランスロットといっても
ヴァリスを打つなんて無茶には耐えられなかった。
案の定ロロがスザクへ向けた一発でちぎれかけていたランスロットの右足は破損した。黒煙が舞う中、周りに意識をとられながら
がしょん、とそれが落ちる音を耳にする。だがたったそれだけの自損で、ここから出ていくことを諦めるロロではなかった。
しかし諦めていないのはスザクも同じで、彼はヴァリスの直撃を受けながら犠牲にした鉄のパネルを捨て、もう片手で握っていた
パイプ管の無理やりちぎったものをロロの乗るランスロットへ放り投げた。槍投げの選手がするのと同じ要領で。
そして第二射がくる前にルルーシュの手を掴み、まだ燃え広がっていない風上の方向へ彼女を連れていく。
ルルーシュは苦しそうに辿りついたそのコンクリートの壁へ凭れかかる。その姿を心配そうに見つめながら、けれどどんな言葉を掛けていいのか
解らず、ただ翡翠を顰めたのみで、……彼女の薄く頼りない肩に手を添えた。
「……スザク」
「はい」
「写真、ロロに、とられた」
「?写真……て」
「俺とお前が最後に撮ったやつ、あれが流出したらまずい。いや、もうしてるのかもしれない。あいつはずっと姉君に申告する機会を
窺ってたんだ」
「どういうことですか」
「----------俺が妊娠した」
「……」
「理由はそれがすべてだ。後続のいない今のブリタニアが一番恐れること、--------それしかない。じゃなきゃ、ずっと俺たちと
行動してたロロが突然裏切るなんて、考えられないだろ」
絞り出すように吐きだされた言葉に、うずくまる背中をさすりながらスザクは考える。だがそんな悠長にしている暇はなくて、
立ちこめる煙のなか振り返れば、既にヴァリスを投げ捨てたロロが、スザクによって投げられたパイプを手にして、
自分たちのいるほうへ近づいてきていた。
「行って……スザク」
「殿下を放っておけません」
「俺は大丈夫だ。立って歩ける。でも写真はスザクにしか取り返せない。スザクじゃなきゃ、ランスロットを止められない。
なあ、解るか。どうしてスザクじゃなきゃデヴァイサーが務まらなかったのか。兄君がお前のこと本当に嫌いでもブリタニアの籍に
居続けさせたのか……」
解りません、と解っていたくせにそんな嘘を言おうとしたスザクの腕を掴んで、ルルーシュは自分の肩から外させた。
支えがなくてはすぐに崩れてしまいそうな身体をして、それでもルルーシュはスザクが自分を今ここで守ることを拒絶したのだ。
はじめて、本当に憎らしそうな意味を込めて、その紫電は、翡翠を睨む。
それを受け止めたスザクの視線が、親に繋いでいた手を離された子どものように揺らいだ。
「俺に、それを言わせる気……?ランスロットの起動実験で失敗した時、特派のラボで泣いてるの知ってたくせに」
「!」
「---------ずっとスザクみたいな男になりたかった。女になんて生まれなかったらナナリーを妬むことなんてなかった、
皇室と軍の狭間でふらふらと彷徨うこともなかった。スザクみたいにKMFに受け入れられる体質を持ってたら
今更こんなこと好きな相手に告白することもなかった……!!」
おもむろに掴んだスザクのシャツの襟を前後に揺さぶって、後ろへと突き離した。
よろよろと、うまく力の入らない足で立ちあがって、熱気で随分と火照ったコンクリートの壁に背を凭れさせる。
そうして。呆然と見上げたまま動かなくなってしまったスザクを見降ろして、悔しそうに唇を引き結んだ。
「……人を殺す力はあるのに、KMFにだけは騎れない」
黒煙に包まれる中、自力で抜け出すこともできないでまたスザクの手を借りる。きっと子どもを育てることになっても
永久に彼の手を借りたまま。----------そんなの、恋人や夫婦という形になっても、ルルーシュが理想とした二人≠フ姿には
一ミリも重ならない。
まだ、未熟であった主従の頃に夢見た関係のほうが、その理想に近かった。
そして本当にお腹のなかの子どもを産むのなら、その関係で在りたかった。
二人でずっと≠ニ夢見るなら、その関係になりたかった。
ルルーシュは初めてそこで、自分の腹を優しく撫でた。
*
格納庫のほうから振動と共に届いた爆音に引き寄せられ、何時間も同じ作業に没頭していた重い腰をあげ、
ロイドとセシルは地下へと向け廊下を走っていった。
既に自分たちの格好は白衣から特派の制服へと変わっている。
これはルルーシュが先日アッシュフォードに戻ってきた時。桐原と神楽耶へ面会しようと向かっていった彼女を送りだすために
その格好へと着替えよう、とセシルから提案したものだった。
自分たちはずっと、一年前シュナイゼルが死んだ時から、まるで特派であったことを隠すようにエリア11で生きていた。
それをどこか内心では責める思いがあったのだろう。これに着替えてからはじめてルルーシュに会った時、彼女は驚いた顔をしていたけれど
瞬きしたその後には目元をいつものように柔らかくして、セシルの格好を見つめてくれた気がする。
その彼女であり二人にとっての絶対の主君が、地下の倉庫の入り口でうずくまっていた。
苦しそうにコンクリートの壁に身を預けて、煙で隠された遠い彼方を見ている。
「殿下」
爆音と炎。どうしてこんな事態になってるかを聞きたい気持ちはあったが、まず先に重要なのは彼女の安否だった。
ロイドが入り口から傍へと駆けよっていき、俯いていた肩を支え、持ちあげる。だが途中でロイドのその手は拒まれ、
小さく呻きを洩らしながらルルーシュは、折角研究室から駆けつけてきてくれた部下の二人と、
人一人分ほどの距離を置いた。
「殿下……?」
セシルはそのルルーシュの不審な行為に声を掛け、また一歩近づいていく。腹に向けた視線を外すことができなかった。
彼女は貧血と見まがうような血の気のない顔をあげて、そんなセシルの視線を否定するように首を振る。
だが数日前からミレイの部屋に籠っていたことを不審がっていたセシルは、ようやく合点がいったとばかりに目をはっと見開き、
覚束ない足取りで彼女が向かおうとした前へと飛び出し、身体を張って、煙と炎の中に戻ろうとするルルーシュを止めた。
「どうする気です!」
「ブリタニアに俺が生存していることが知れた……解放戦線のことも、神楽耶のことも、全部……
だからこちらも迎え撃つ用意をしなくてはならない」
「……どういうことですか。誰か内通者が居たとでも……?それより、殿下、気を確かにしてください。いつもの殿下じゃないです!」
「うるさい!こっちもやらなければやられるんだ!!」
ルルーシュが目指した場所は武器倉庫だったのだろう。さすがエリア11の中で総本山と言い張るだけの学都施設なだけはある。
自分で防犯カメラを設置するくらいだから、ルルーシュもどこにどれだけの武器があるかしっかりと把握してるのだろう。
だがどうしてスザクの手を拒んで、自分の力だけで立ち向かおうとするのかがセシルには解らなかった。
ルルーシュに怒鳴られたことなんて一度としてなかったが、それでも怯むことなく、睨まれたら睨み返した。
しかし後ろから『やめろ』というように肩を掴まれる。振り向いたらロイドが無言で、セシルの横を通り過ぎ
腹を抑えたまま武器庫へと行くルルーシュを見送っていた。
「ロイドさん……」
「気付いてた?殿下の身体のこと」
「え……」
「腹部を抑えているのは衝撃か何かで強く打ちつけたからだ。多分僕たちが駆けつける前にここでランスロットが暴走したんだろう。
ヴァリスで開けたような大きな穴ができてる。そして、もうこの格納庫は殿下が言う通り、--------包囲されてる」
諦めたようにも覚悟を決めたようにも思えるロイドの声に、セシルは顔だけ向けていた身体を完全に前へと向けて、
「誰に、ですか」
緊張の面持ちで、問い返した。
「息災で何よりだ。ルルーシュ」
初めに届いたのは声というより、その気配。
煙の向こうに消えていった黒髪へ向けられたのだろうその言葉は、しかし別に返されることを望んで吐きだされたものではなかった。
コーネリア・リ・ブリタニア。
その人が銀色の長い柄をもつ斧のような武器を手に、従僕ともいっていいギルフォードを連れて
丁度セシルたちの真後ろの位置にある開口部に立っていた。
女帝が最初にその格納庫で見つけたのはロイドとセシルの自分たちだった。しかし隙のない彼女は相変わらず獣の視線を崩さないで、
視界も悪い煙の中を探索するように見回す。ギルフォードがその時そこで何かに気付き、腰にさげていたサーベルをコートの裾から引き出し
目前へと突きだした。
パァァァァァ……立ちこめる熱気と煙に反応したスプリンクラーが発動する。霧雨のような雫が天井から落ちて、
またたく間に視界を曇らしていた煙と炎は小さくなっていった。
晴れたその視界の先で、ギルフォードが刃を向けた方角に、沈黙したランスロットが現れる。外側へと解放されたコックピットの中で
コーネリアが二番目に探していた人物が枢木スザクに後ろからナイフを突きつけられていた。ロロは静かな表情で、
戦艦から舞い降りた女帝を見ている。その後ろでは、まだ傷も完治していないのか、浅く息をつくスザクが
久しぶりに会うコーネリアとギルフォードに声を失くし、しっかりと力を入れてるはずなのに震え出す手を自覚しながら、
それでもその手にしたナイフを握り締め、腕の力を緩めることはしなかった。
悠然と微笑む彼女はまだ視線だけでルルーシュを探そうとする。
だがセシルもロイドも気付いただろう彼女の身体に起こった変化に、そう遠くへ一人ではいけないとコーネリアは考えていた。
スザクはギルフォードに任せて、自分は妹を追おうと、前へ進む。
スプリンクラーが回りだし格納庫に、熱気ではなく湿気が立ちこめた頃、銃声がひとつあがった。
その弾丸が歩いていたコーネリアの足元を焦がす。すっと目線をあげたその先には、意外なことに此処アッシュフォード学園の
統治主の娘、ミレイ・アッシュフォードが不慣れな手つきで、銃を構えていた。
「……違う」
だが最初の弾丸を放ったのはミレイではない。彼女は策士≠ノより仕掛けられたフェイクだった。
コーネリアは低く否定の言葉を吐きだした後、ミレイとは対角線の位置となる反対側のドアのほうへ身体を反転した。
やはりそこには探していた黒髪の姿があった。コーネリアがルルーシュを見つけたと同時に懐に忍ばせていた銃をミレイへと向けたから、
ルルーシュも手にしていたリボルバー式のものを床へと置く。だが目線だけは鋭くして、決して屈しない意志を見せていた。
「久しぶりだな」
「そうですね」
「こんなところで再会するなんて思わなかったか」
「こんな状況で姉君のお顔を拝見するとは思いませんでした」
一定の距離を開きながら、二人はランスロットのほうへ歩き出す。
スザクに拘束されていたロロはその動きに何かを予測し、その腕から必死に出ようとした。意外にもすんなりと腕はほどけて、
コックピットから降り立った。ギルフォードに剣を突きつけられているからか、ルルーシュがコーネリアに見つかってしまったからか
スザクのそこから先に出る行動はない。ただ彼も、セシルたちと同様にルルーシュたちを見守ることに神経を集中させる。
スプリンクラーの水に皮膚がぬめった感触がして、コーネリアの足音にぼやけた頭がノックされてる気分だった。
ルルーシュは目だけで、結婚式場から走ってきてくれた友人を格納庫の外へ出ていくよう促す。だが金髪は再びコーネリアの後頭部を
狙った。その行動に紫電が一瞬だけ揺らぐ。だがもう自分同様、本当の覚悟をしなくては何も救えない気がしてきた。
「ルルーシュ」
「はい」
「ユーフェミアが死んで一年だ。……お前の腹の中に誕生した命に祝福の言葉はない。私がしたかったことはたった一つだ」
ミレイに後ろを狙われていると知っているくせに、一度下げた腕をまたルルーシュの胸元へ当てた。拳銃の引き金がカチリとなる音が響く。
その様子を反らさない紫電で納めながら、姉の口にした言葉を胸の内で反芻した。そして、嫌みでもなく純粋に口元を綻ばせて、
ルルーシュも声にして返す。
「奇遇ですね。俺も、この子どもは神が自分に与えた試練だと思いました。ようやく、それに気付けました」
腹部を抑えていた手からそっと力を抜いた手と、自分の利き手を顔の高さまで一緒にあげる。見つめた姉の瞳は
冷え切った南極を思わせる冷たさをしていた。ならば反対に、場違いに見せるこの笑顔は何なのだろうか。はじめはルルーシュも
自分の体に宿った子どもは、神楽耶への罪悪感で死のうとしていた自分に神が与えた祝福なのかもしれないと思っていた。
だがそれは違った。
ずきずきと痛む腹の中の子は、確かに生きたいと思ってルルーシュにその意志を伝えている。
そう感じ取ってからようやく、自分がスザクと二人で何がしたいかを考えるようになった。子どもの幸せ?何だろうか、それは。
(ごめんな。きっと幸せにはできない)
でも産むよ。
……大丈夫。この感覚、何かに似ている。お前をきっと大人になるまで育てることができる。
コーネリアの目の前であげていた両手のうち片方を、そっと後頭部のほうへ持っていった。
ルルーシュは表情を変えないまま、武器庫から持ってきて襟首の中にずっと隠していた2丁目の拳銃を、取り出し、
音を立てず静かにその安全装置を外した。
(--------------ためして、ためされて、どうせ)
見えてくるのはいつも闇なんだろう。