『答えなさい。スザク。それが解らなければあの
子の体に宿った子種はおろすわ』
ミレイがスザクに告げた言葉。それを真っ向から受け止めたスザク。……その時に味わったルルーシュへのやるせなさを、
気分転換に、と連れてきた展望台でも感じていた。いや、デジャヴュのような錯覚に襲われたといっていい。
自分が騎士となることで果たしてルルーシュは幸せになるのか?……そんな青臭いことを考えた日のことを、突然思い返したからだ。
まるで、
遠くから、
誰かが、
『引き返せ』と
自分の腕を引っ張るようにも感じられた。
何か言いなさい、黙れば終わってしまう
咄嗟に抱きとめた腕を離さずに、胸の中へ仕舞いこんだ自分の体ごと冷たいタイルの上に倒れたスザクは、
無意識にルルーシュの下腹部に衝撃がいかないよう、慌てて体を反転させた。背中にタイルの冷たさがじわりと染み込む。
ルルーシュは風の寒さになのか、スザクの触れた体温に寒気を感じたのか、細かく体を震えさせる。
だがもう言葉を喋ることはなかった。
ルルーシュの口からは小さな嗚咽しか聞こえなくなった。
きっともう何かを口にしても、すべてマイナスなことしか言えないような気がするという考えに至ったからだろう。
……スザクは肩に回した腕に力を込めながら、彼女の考えていそうなその思惑に顔を顰めた。
「殿下」
「……」
「ユーフェミアさまがどうして、ご自身の命を投げられたかは知りません。
サクラダイトによる中毒だと言われていますが、ロイドさんや閣下は、……ナナリーも、それに関しては決して口を割らなかった。
だから不明です。本当の死因なんて。……だけど僕には何の理由もなくユーフェミアさまが自分に手紙を残したなんてことは、
思いません。きっと考えがあったはずです。そうじゃなければ、殿下も言う通り、……貴方にそんなことを言うはずがないじゃないですか」
「……」
前半は、何でも自分のせいにするルルーシュを責めるように、後半は、まるで指針のないものに縋るような弱さでスザクは呟き、
またルルーシュの体に回した腕に力を込めた。
「……なら」
そこで、もう喋らないかに思えたルルーシュから、声が零れる。
ハッと顔をあげた先、夕陽に逆光となって見えなかったがスザクの胸の前で起き上がったルルーシュが
質問をぶつけてくる。
「お前は生んでほしいの……?」
「!」
「俺は、……別に、どっちでもいい」
低く囁くように落とした言葉は、タイルに背をつけたスザクが掬えようもなく、誰の解答も待たずしてルルーシュは身を起き上がらせ
ワンピースの裾を風に翻し、去っていった。
「わかんないよ」
(もう、何がなんだか)
「わかんないよ」
(------------こんな体で、こんな母親のもとに)
「生まれる子どもが幸せになれるなんてことは、……」
*
身の置き所がなく、ふらふらとクラブハウス内を渡り歩いていたら、ルルーシュは昨夜自分で窓ガラスの枠を壊してしまった
自分の部屋の前で立ち止まった。既に着替えやその他のものはミレイの部屋に移しているから、人の出入りなんて無いはず。だが、
何故か誰かが潜んでるような違和感を覚えて、一度止まった足を再度踏み込ませ、緊張の面持ちで自分の部屋のドアを開けた。
中には当然自分以外の人間なんて居なかった。だが、不自然に半開きになった机の引き出しが気になる。
ここにはパスワードでロックしてあるノートパソコンの他に、スザクと昔撮った写真を納めていた。パソコンの蓋に、丁度挟む形で。
あの-----------自分がまだエリア11の総督であった時の写真が他に流出したらまずい。まず冷静な判断でルルーシュは引き出しから
パソコンを取り出し、ゆっくりとその蓋を開けた。無い。端も擦り切れてボロボロになった写真が、なくなっている。この写真の所在を
知っているのはこの部屋の主のルルーシュか、以前、これに写った自分たちをみて笑っていたミレイくらいしか知らないはず。
それが、無いのだ。
(……誰が?)
-----------思いつく人間は一人しか居ない。
自分のことで手一杯ですっかり忘れていた。
スザクやミレイの次に近しい人物。部屋へも出入りすることが可能な……。
はっと抑える口元に細かい呼気が触れた。
ルルーシュは、自分の部屋に居ながらそこが別空間になってしまったような錯覚を覚えて
一瞬頭の中が真っ白になった。
*
展望台から消えたルルーシュを追わず、学園のほうから飛んできた華吹雪をひとつずつ手にとって、
スザクは無造作にポケットへ入れた。ミレイはきっと生徒会主催の結婚式の残務で帰宅は遅くなるだろう。なら、ここでのんびりと
することより他に何かできることはないか、とクラブハウスのほうへ足を向けた。
ふと、何か気になって、進んでいた道から方向転換し大学部のほうへ走り出した。
既に第六感が働くまで染み込んだKMFの内部の動力でもあるブーストの回転音が、外から聞こえてきたような気がしたのだ。
(まさかな)
すぐに頭から浮き出た予想に首を振る。ランスロットは片足部分が破損してるし、ロイドたちが管理する研究室には他にKMFはない。
可能性としてなら、もしかしたらロイドたちが実験か何かでランスロットを操作してることも考えられるが、
それならばデヴァイサーの自分に声が掛かってもいいくらいだろう。
(ではこの音はなんだ?)
まるでこちらへと『来い』と言ってるかのような、音は。
*
失念していた。
(ファイァウォールは言語化されたシミュレータでは突破は無理か……)
目元をミラーフレームで覆って、剥き出しの裸眼で液晶パネルを見ることは避けた姿勢でハッチの座席に座る体は、
すらりとした両足を投げ出した状態で、けれど両手はまるで機械のような正確さでキーボードを叩いていた。
ロロはここ数日のアッシュフォードの定点カメラが観測した情報を、特殊な端末を使って検分している。ある一つの仮定を確定とした情報と
するために。
自分には責務があるのだ。ルルーシュの監視役であり来たるべき日が来た時はそれ相応の対応をすべく用意された
亡き弟であるナナリーの後がま。
そうであるから今自分が行っていることは何もルルーシュを裏切るという行為ではないのだ。
別に枢木スザクとの関係を学園に暴露しようとか、そもそも枢木スザクはセザル・オーウィンではなく
元々ブリタニアに属する騎士だった……とか、世に知らしめたいわけではないのだ。
ただ自分がこれから行おうとしていることは、決してルルーシュたちを幸せにしないということだけは明言できる。
だが早くしなければコーネリアが最も恐れた状況になりそうだと判断し、現在、大学部の地下にある特派のトレーラーに忍び込んで、
大胆にもクラブハウスのセキュリティに介入しているのだ。
(僕は、……シュナイゼルと血を同じくする者)
ロイド・アスプルンドならすべて知っていることだろうが、彼は枢木スザクに与えた呪縛を自分にも与えていた。
だから子どもなんて出来るわけがなかった。ロロが生まれるはずなんてなかった。
しかしあの金髪の暗君は、ルルーシュとスザクが固い固い絆で結ばれていることを知っていた。
故に、自分が死んだ場合を想定して、ただ一人自分の子孫を残すことを許した。母体はなく、成長も試験管の中でだったが、
それを恨む気持ちはなかった。シュナイゼルの子どもとして生を受けたことだけで生きてる意味は充分だった。
(……彼が)
いや閣下が、一番恐れていたのは、枢木スザクに生きる望みが出来てしまうことだった。
その種子ともなるべき情報が、ロロの目にかけたミラーグラスに飛び込んでくる。
枢木スザクがミレイ・アッシュフォードと向かい合って何か話している。彼女は手帳を差し出して、厳しい顔つきで枢木スザクに言っている。
覚悟がなければ子どもはおろす、と。
(そんな決断できる強さが二人にあれば、こんなことになってはいないさ)
ロロはすかさずその情報をディスクに保存し、ある場所に転送した。
次いで自分にも保存用に持っていこう、と、メモリースティックに今の動画を保存する。そして、ルルーシュがミレイの部屋へ移った隙に
手に入れた引き出しの中の写真を制服のポケットから出して、スキャンニングし、それも転送した。……これで充分だ。あとは
あちらからの返信を待つだけ。
……来た。
仕事が早い。それだけあちらも出方を窺っていたということか。
なら、もう学園で枢木スザクの代わりを務めることも、クラブハウスでナナリーの代わりに弟役を務めることも、しなくていいのだろう。
出発はもうすぐ。計画と別離を実行するのはあと数分後だ。
ルルーシュの傍は居心地よかった。
(おとうさん、貴方があの人を好きだった気持ちが少しだけだけど、わかったよ)
ロロはUSBの差し込み口からメモリースティックを抜き出し、ホルスター型の鞄に詰めた。
トレーラーのドアにかけていた腕を引き、開いたそこから外へと飛び出す。そしてメモリースティックと同じような形であるが
用途は全く違うカプセル型のそれを、口に咥え、後ろを向いた。
「君……」
「お前」
右と左のドアからスザクとルルーシュが出てくる。ロロの上着だけ脱いだ格好に目を大きく開き、ルルーシュは彼の唇の先に光る
見なれたあるものに声を失くした。スザクは反対側にいるルルーシュのその反応だけでそれが何かを察知する。
しかしロロはスザクに考える隙を与えなかった。
口に咥えたUSB型のそれを引き抜き、トレーラーに担ぎこんだまま修理のされてないランスロットに無理やり乗り込む。
そして追ってこようとするスザクに向かって、おもむろに取り出したヴァリスを構え照準を合わせた。
その動作に戸惑いよりも何よりも恐怖を覚え『やめろ!』とルルーシュが叫ぶ。
だが止まらずにトレーラーへ走るスザクに、ロロはランスロットのハンドルのトリガーにかけた指に、力を込めた。
「……っロロ!」
突進する勢いで走り出したスザクは、銃口をつきつけたくらいで止まる人間ではない。
そのことをよく知っていたロロは、すぐにもこの地下から飛び立ちたい思いでそのヴァリスを今度はルルーシュのほうへ向ける。
スザクは慌ててブレーキをかけ、立ち止り、ヴァリスが向いたほうを見る。ロロに迷いや悔いなんて無かった。
「枢木卿。知ってましたか。閣下はルルーシュ殿下が大切ではありましたが彼女を欲してるわけではなかった。
本当に欲していたのは貴方だ。貴方が不幸になる瞬間だ。------------こんな風にね」
指先をほんの少し動かすだけで叶う殺戮。
エネルギーの残存量なんて確認せずに照射されたそれは、一直線にルルーシュのいるほうへ伸び、収納庫の入り口一体を光で埋め尽くした。
轟音が鳴り、瓦礫が舞う。研究室に居たロイドたちも大学部に居る面々も、クラブハウスへ帰ってきたミレイすらも立ち止らせる揺れが、
学園の内部に起こった。
空は赤く燃えている。点々とした青い星が見える。だがそれは地上へと降下していきながら鮮明となって星ではなく
巨大な戦艦であることを表明した。
船尾には鈍色に光る黒い機体が鎮座している。それが反射され光る上空から見下ろす人影は、冷たい目をしてアッシュフォードを
映していた。