ミレイはスザクに手帳を指し示す。あまり数とし ては計算したくないが、彼らが再会後、すぐに体を交わらせてから
今日まで数えておよそ二カ月が過ぎていた。平均的、とは言えなくはないが悪阻が来ていてもおかしくない日数だ。



「でも、ルルーシュは絶対認めないでしょうね……」
「……」
「ねぇ、知ってる?あんたがまだ記憶戻ってない頃、はじめてルルちゃんが寮の部屋に行った時、シャワーでずぶ濡れになって
気絶したあんたを引きずって、クラブハウスに居る私に電話してきて……何て言ったと思う?

『男の服の着せ方がわからない。手を貸してくれ』

って。あんたを心配したのよ。風邪こじらせないようにって。その日の前の晩、自分の命が狙われたっていうのに。あの子は。
------------どうしてそんな性格の子が、素直に好きな男との間に出来た子を喜べないのかしら。それは、誰かを責めたところで
解決する問題なのかしら」
「……」
「答えなさい、スザク。それが解らなければあの子の体に宿った子種はおろすわ」

ルルーシュの細くやわい体はきっと一人の出産にしか耐えられないだろう。


彼女の体と何よりも精神の安定と健康を考えて、子を残すことは慎重に考えるべきだと思った。子どももそうだが何よりも
母親となる彼女の体のほうを心配して、ミレイは……。




















憬れくらいはしかたない























いい日和だった。窓枠が外れた部屋からミレイの部屋に移ったルルーシュは、ようやく胸の中の気持ち悪さから解放されたというように
紫電を開けて、薄い瞼をぴくぴくと震わせながらも、素足で地面に降り立ち、ベッドから立ち上がった。よろよろと覚束ない足取りで
目前のドアを目指す。


こんな日差しの気持ちいい日は、花がまだそのままだったら学園の展望台でずっと昼寝していたい……と、まだ起きたばかりであるのに
既にそんなことを思っていた。が、ぼんやりと浮かんだその思惑と反して、ルルーシュの前のドアは開かれ、こんがりと焼けたトーストを
トレイに乗せたスザクが現れる。あれ、と思った瞬間、顔が真っ赤になった。昨夜のことを思い出したからだ。

まだ彼は病み上がりであるのに。


起きていい状態ではなかったのに。あんなみっともない醜態を晒して。

(本当に、主君失格……)


「食欲はありますか」
「す、……少し」
「よかった。じゃ、テラスに出ましょう」
けれど、彼のほうは全く何も気にしてないのか、珍しくもにっこりとルルーシュの前ではにかんで見せて、
黒いシャツに水色のエプロンを巻いた姿でルルーシュの横を通り過ぎ、ミレイの部屋の窓を開けた。


そして部屋の脇にあるテラスへ続くガラス扉を開いて、風通りもよくする。ふわっと頬を掠めるように吹いたそれが、
淀んでいた部屋の空気を一新させてしまった。
(まぶしい)



いつも大好きなくせっ毛が、輪郭を縁取るように輝いて、外から差し込む光に透けてみえる。
そして逆光となっているが確かにこちらを見てくる眼差しに、ぎゅ、と目を閉じてしまった。別に急な吐き気に襲われたわけではない。
単に外の明るさ立ち眩んだだけ。優しさが少し痛いと思っただけ。------------彼はどんな風に思っているのだろうか。
自分のことを。
腹の中の子どものことを。




「殿下、どうしました」
「ん、……いや」
「そんなとこに立ったままでいないで、席について落ちついてください。お茶は僕が淹れますから」
「うん」
ありがとう、と呟く瞬間、こちらを見ていた翡翠が僅かに暗くなった。それに内心挙動不審になる。彼も同じことを考えていたのか。



望まれない、と思っていた自分の遺伝子をもつ子を宿したことを。
もしくは、決して自分たちの子を望みはしない、と願う誰かのその姿をルルーシュと重ね合わせたのか。どちらかか。








(兄君……)


神楽耶の死から考えるようになったのは、薄い色をした金髪と、紺地の装飾の執務服を身にまとい、毅然と前を見据えるシュナイゼルだった。
彼はどこか遠くを見つめている人だった。決してルルーシュが本命ではなかったはず。むしろ、ルルーシュよりもその母マリアンヌに
言われた一言が災いして、軽く自分にコンプレックスを抱いていた人だった。
その彼が一番恐れていたことは、ルルーシュとスザクが結ばれること、ただそれだけ。
実際大事にしていたのは、大事にしたかったのはスザクのほうであるのに。ルルーシュに近づけまい、と色んな条件を出して
自分の騎士になりたいと決めたスザクに精神的にも肉体的にも枷をはめた。

だが、スザクの体は……。

「殿下」
「え」
「食べてない」
「あ……」
紅茶のカップをソーサーから持ち上げたスザクがチラリと横を窺ってくる。
彼の目線は、テラスの席についたままぼうっと宙を眺めるルルーシュへ向けられていた。恥ずかしくなって顔を俯けた。
本当なら昨日のことも、その前の首を絞めたことも、彼の婚約者であった少女を死へ追い詰めたことも謝りたかったのに。

うまく言葉がでなかった。
何か重いものに胸がつかえてて口が開けなかった。本来なら自分は詰られる側であるのに。

(また自分だけが苦しむことに、逃げて)




「……」





ルルーシュが自己反省にまた目線を落とそうとする所に、スザクはプレートから取り上げたトーストを一口大に割いて、
その口元に持っていった。
え……と怯んだ口元が、条件反射で薄く開き、ぱくん、と彼の手の中にあるトーストを齧る。
それを見てスザクは、手の中のトーストが全部ルルーシュの口に納まるまで親鳥のようなその行為を続けた。
プレートの上のトーストが半分になるまでスザクは小さくトーストを手でちぎりながら、ルルーシュへ食べさせていった。
自分が病室にいた三日間、何も食べてはいないと聞いていたから。


「殿下、気分転換しませんか」
「え」
「ミレイさんから聞いたんだけど、今日講堂で結婚式やるみたいですよ。何でもアッシュフォードのOBで、学園側が許して下さるならぜひ、
っていう新郎新婦がいたみたいで」
「……ふーん……」
「展望台からでも覗けるんじゃないかな。クラブハウスから出なければいいし、……籠りっぱなしも体に悪いし、ね」
「うん」
スザクが行くなら、と頷いたルルーシュは、けど、翡翠を正面から見据えては答えられなかった。


胸の奥が熱く火照っているように、痛い。子どもが宿ってるかもしれない、とミレイに言われた昨日からその痛みはずんずん大きくなって
いっている。

どうして自分ばかりがこんな目に遭うのだろう。


本来の目的はただ、スザクと二人、普通の男女のように学生生活を営むことだった。
なのに、ただ二人になるだけを望むことはこんなにも難しくて。


-------------難しくて。


叶うなら、もう自分の殻にずっと閉じこもっていたい。……そんな気持ちで。


























彼が用意した朝食なのにスザク自身はルルーシュに食べさせることで一杯一杯で、自分は一口も口にしなかった。
そのスザクに『着替えたい』と言って、クローゼットの奥にしまっていた緩やかなワンピースを引きずり出し、
永らく着用していたスウェットとズボンをベッドの上に放り投げ、上から被るように着ようとした。でも出来なかった。

クローゼットの扉の裏にある鏡に映し出された裸身が、自分の体ではないように思えて。


慌てて扉を閉めた。バタン!と大きな音が立つ。また何かあってはいけないと外の廊下で待っていたスザクが入ってこようと
こちら側へドンドン、とノックする音が続けて鳴った。それに怯えて、ルルーシュは自分の両手で自分の耳を塞ぐ。目が鏡に映る一点を
凝視できるように。





胸に、朱い鳥が。








「〜〜〜……っ--------------!!!」



声にない悲鳴が天井を伝わり、スザクの待機するところまで響いて、彼が寝室まで走ってくる音が聞こえる。
けど、そのスザクが近づいてくる音すら恐怖に思えて、右往左往にクローゼットの前をふらふらと歩きながら、
彼が入ってくる前に慌ててクローゼットの中に隠れようとした。------------だが当然ながら出来なかった。

細い手首が骨ばった指に捕えられ、隠れようと引いた扉の取っ手から無理やり剥がされる。
顔も胸も見られたくない、と縮こまろうとする体をがっちり背中からホールドするように抱きしめられ、ルルーシュはまたミレイの時と同じく
悲鳴をあげようとした。だが彼女とは違いスザクの場合は、更に喉を痛めつけるようなこともさせないと思うのか、
首を掴んだ手を後ろへぐるんと持ってこさせて、背中から吸いつくように唇を重ねる。
びくっと、羽交いじめにされた痩躯が腕の中で跳ねた。裸といっていい体を見られたのだ。悲鳴をあげたい。でも出来ない。
胸が苦しい。息ができない。胸が痛い。胸がこんなにも痛い。死んでしまうほどに苦しい。

(でも死ねない)

そんなことは解っていた。ラクシャータが弾け飛ぶところを見ただろう。
あれが、現実だ。



一度自分で胸を刺しても生きていられた、不死身の自分の体が証明した、現実だ。




「ふっ、……う、ぅ……っ、う、……っう、……」






でんか、と耳元で呼ばれるのが、痛い。


何も身につけてない上半身を、肩から手首へするすると撫でられ、スザクのほうへ正面を向かせられる。
泣き顔がみっともないと思えて、そろそろと持ちあげた手で涙を拭おうとしたら、その腕をがっしりと上から掴まえれ、止められた。


ポタ、ポタ、と朱い鳥に落ちる。




「……っ、ふ、……」
「大丈夫です」
「な、にが?」
「大丈夫です」

首の後ろに指がまわり、引き寄せられ、ぎゅ、と抱きしめられる。それに縋るように背中へ腕を伸ばした。

「その力は、殿下が思ってるほど悪いものじゃないから」
「でも、もう、お前の剣もしまえなくなった……」
「それでいいんです」
「よくないよ……」
「いいんです。よくない、わけないです。だって殿下が無事だった。それ以上にいいことなんか」




ないですよ、と言うくせっ毛が頬に当たって、またぐすぐずと鼻をすすって涙が零れた。恐るべき大罪をおかして世界中に一人きりになった
という孤独感が、少しずつ薄れていくのを感じる。
そのままスザクの腕が腰に伸びてきて、ルルーシュの下腹部を撫ぜた。足元に膝をつき、ルルーシュを見上げる形に翡翠がくる。
その眼差しを背けないまま、スザクが腹へ伸ばした手をさらさらと横へ動かした。真っ平らな白い肌が、敏感にも震えてくるように感じる。
「すざ……」
何するの、と言おうとしたら、怯えるルルーシュの心なんか無視で、ぴっとりとその頬を腹へ押しあててきた。
立ったままの位置では顔は覗けず、どんな表情をしてるか解らない。だがようやく自由になった手で、そろそろとそのくせっ毛に伸ばして
ぽんぽんと撫ぜてみる。
「殿下の、」
「?」
「ここ、あったかい」
「そりゃそうだよ」
人肌だもの、という声は少し語尾が震えていた。
くせっ毛が見てもいないのにルルーシュの表情を察したのか、『違う』と左右に振られる。
「僕はそういう意味で言ったんじゃない」
「え……?」
「殿下の命がもう一つここにある」
「……」
「失くすものが一番多かった貴方が、何かひとつでも貴方のためになるものが生まれるなら、僕はそれで満足なんです。
昨日は腰を抜かすだけで何も言えなかったけど僕は嬉しい。貴方を好きになることで、何も渡せないと思っていたから」

騎士として尽くすしか、……と告げる声も、震えだした。ちょっと待て、と慌ててしゃがみ込む。スザクの俯いた顔を起こそうと
両手を頬に添えた。けど、顔が見えないようにがっしりと指先を固定される。スザクがルルーシュの手を上から押し付けるような形になる。

だが別に彼は泣いてるわけではなかった。
ただルルーシュの気持ちに、何かが共鳴して。

「スザ、ク」
「僕は閣下と約束したあの日から本当に何も渡せないと思っていた」
「……何も欲しいなんて思ったことないよ」
真実だ、と身の潔白を証明するような腕を開いたポーズをとって、顔から離した手でくせっ毛を撫ぜる。
ぱっと振り仰いだ翡翠が紫電を見て、目の端を赤くさせた瞳をくしゃっと歪めた。そうですよね、と。
「殿下、僕にそんなこと一度も……」
「うん」
「子ども、も」
「……うん」

セックスしたかったのは本当だけど避妊なんてあんまりよく考えてなかった、と告げる。思わずお互いにくすっと笑いが漏れた。

「考えたことなかった」
「そんな、女性ですよ。相手が僕限定っていうならいいけど」
「だってそうだもの。お前としか合意でしたことなんてない。まだ記憶が戻ってない時でも言ったろ?」
「そうですね……それは、嬉しい」
「感謝しろ」
「?……何か違うと思うけど、うん、まあ、そうか」

だから『誰の子だー』なんて騒がなくてもいいんですよね、と笑う。その顔にようやくルルーシュも頬を緩ませ、こくん、と頷いた。


























正直に告白すると、スザクを最初に意識し出したのは彼を騎士とする少し前のことだった。
ロイドに話せばきっと笑われてしまうことだが、自分は彼と皇室の前の廊下で出会った頃は、まだ彼のことを枢木スザク≠ニしては
認識していなかった。
彼は可愛そうな子、彼は日本人の子、彼は両親をシュナイゼルに殺された子、シュナイゼルの所有物である子-----------
そんな認識をしていた。

だが実際には、それだけで留まるような男にはならなかったのだ。
ある時KMFの起動訓練でルルーシュがミスをした時。全身にランスロットの拒絶を受け意識を失った体を、スザクがコックピットから
出してくれた。見事な救出劇だった、と後に教えてくれたダールトンはその現場を同じく騎士のギルフォードと見ていたらしいが、
……きっと、腕の中に担ぎあげられたルルーシュの表情までは見ていなかっただろう。


ブリタニアをきっと憎んでいる彼。そのスザクが、意識朦朧に自分を見返すルルーシュを見て、笑ったのだ。
震える指で怖い怖いと訴えるように、まだ一等兵であった彼の制服を握り締めて、KMFの怖さを伝えるルルーシュを安心させるように、
笑っていたのだ。
その顔を見て、おぼろげだった視界が急にクリアになり、初めてスザクの瞳が綺麗な緑色をしていることに気付いた。
次に、ヘアーとして固めて作っているわけではないそのくせっ毛が、生来持って生まれた髪質であることとか。
実は脱いだら色々すごいこととか。勿論性格も、-----------頑固でひとつのことしか集中できなくて、手先は不器用なところとか。

後からどんどん彼個人の情報が溢れてきた。
彼を枢木スザク≠ニしているピースのようなものが、ルルーシュの手に触れるほど確かなものとして彼を構成していったのだ。



あの日、ランスロットから救出された日から、そう。
自分はきっと彼とこんな関係になることを予測していた。











(だから)
































「うわ、やっぱすごい人ですね。制服に紛れて近くに見に行かなくてよかったかも」
「ああ、そうだな……」
あの時と同じように腕に担ぎあげられて、ルルーシュはスザクと共に展望台に居た。花を全部水道で流してしまった、今は人工芝もない、
コンクリートであるだけのそこに。
そして見降ろす先では、白い華吹雪に派手やかとなった講堂の外で、花婿が花嫁の手を握って学園の中を歩こうとしている。
ミレイは他の生徒会メンバーに進行を任せて、司会に務めていた。OBの花婿は彼女の先輩らしい。
そんな様子をぼんやり眺めて『下ろして』とスザクへ小さく言った。暫く歩いていなかったから足元はふらついて危なっかしいかもしれないが、
先日までのように命を狙われるわけではないから、そんな危ぶむものでもないだろう、と地面に降りる。だが手は繋いでいた。
その指先をぎゅう、と握る。

華吹雪の合間で微笑む花嫁の容貌が、あまりにも眩しく見えたから。







「思い出すんだ。……ユーフェミアが、ユフィが、……言ったこと」

スザクが視線をこちらへ向けてきた。その翡翠と合わさるように、顔をあげる。
「おかしいって思う?俺が殺したも同然なのに」
「違いま……」
「言うな。続けさせろ。
今の、花嫁さんを見て、……ううん、あいつに似てる女の子を見ると、我ながら見っともないくらいに胸が苦しくなるんだ。
俺の体のことを全部知ってたあいつが、お前に、俺が苦しむ前にお前の手で殺してくれって頼んだくせに、
どうして自分は『スザクとの子が見たい』って俺に言ったのか。胸が苦しくなるんだ」

やっぱりこれは懺悔なのかな。もしかしたら、内心では異母妹を恨んでる証拠でもあるのかな。


(言葉とは裏腹に俺を裏切ったことを)



「どうしてユフィはあの時あんなことを言ったんだろう」

自分の死期が解っていながら、わざとルルーシュの前で笑顔を作った。
生きたいと思うなら、もう少し二人の時間を作ろうと粘ったはず。諦めないでルルーシュと生きようと願ってくれたはず。
なのに。


「実際、子どもができて戸惑ってる……」
「……」
「もしかしたら『死にたい』って思う俺にあいつがくれた贈り物なのかもしれない。けどそう思いたくない。だってあの時からなんだ。
ユフィを失った時から色々歯車がずれていってお前以外の誰も信用できなくなったのは……!あの時から、あの時から、
俺は……!!」



「殿下!」




繋いでいたスザクの指が宙に投げ出され、走り去ったルルーシュは展望台の端にまで行ってしまった。
その後を追いかけようとして、腕を振り上げるが先に進めない。後ろを振り向くルルーシュの視線が刃のような鋭さを持っていたから。

(殿下……)






「俺の子が見たいっていうなら、ユーフェミアにも生きて欲しかった。託すようにスザクに全部任せて俺を檻から出そうとしてくれるなら、
ユーフェミアも一緒じゃなきゃ嫌だった。居て欲しかった。傍に居て欲しかった。俺だけ幸せになるなんて嫌だ……!」


展望台の端にまで響くように叫んだ声は、反対方向からくるスザクにも聞こえて、届いて、どこの校舎よりも高いそこに吹く風が、
決して流さないほどの強さで辺りに響き渡った。
もう何が何だか解らなくなってる黒髪の、奥に隠れた眼差しに不安をおぼえて、スザクは全速力で走る。




ようやく辿りついた時には、もうルルーシュはそこに倒れ伏していた。
花嫁に向けられた華吹雪の一房が頬につく。それをとろうとはせず、背中と脚に手をかけて抱き起したスザクは、
両腕を顔の前で交差してしゃっくりあげる痩躯に、視線を落として、黒髪に軽く口づけた。それをぷんぶんと顔を振って拒絶する。

短期間のうちに自分の体に起こった変化に、精神がついていかなかった。
















思い出すのは、昔。
ユーフェミアに『スザクが好きでしょ』と訊かれた時の、自分の答え。



『うん、好きだ』
『そう。……よかったね、ルルーシュ。人を好きになれた』

頼りない背中を抱きしめていた。暖めるためにではなく自分がただ縋りたかったから、それだけのために抱きしめていた、
妹の体。とくとく、とうつ心音に確かに生きてると安心感をおぼえられたから、余計に回した腕を強くして。
『生きような』
『----------』
『生きて、一緒に……姉君の居るエリア11に行こう』
『私も?スザクが何て言うかしら』
『そんなの大丈夫だよ。三人でまた遊んだりしよう。俺もスザクもお前が大好きなんだから』
『…………』
『それにあそこは花が綺麗なんだ。俺の好きな花もあってね。お前のダリアもあったよ。まずは三人でそこに行こう』
『……それは楽しみだけど、私もっと楽しみなことがあるの』
『ん?』

『私、お母さんになるルルーシュが見たいな』















憬れくらいはしかたない。そう誰か言うのなら教えてくれ。

目下に居る花嫁のように、きっとそこで愛しい誰かと並びながら歩いていく姿を
死んでしまった妹とどうしても重ね合わせてしまうから、この気持ちはどうしたって納まりようがない。



憧れです。もう羨望を越えた希みなんです。
誰か叶えてください。
















(死にたがりの俺が望むのは何よりも兄弟の笑顔。憎かった家族の存在。
もしこのお腹に宿った子が、この先、その存在と成り得るのなら-------------教えてください)


「俺はあと何を失えばいい……?」

顔を伏せていた手を下ろして、一番に目に入った翡翠に問いかけた。
その瞳の端に貼りついた花弁を手にとり、手の中に入れて握り締める。




くしゃりというその音と同時に、スザクはミレイに言われた一言を思い返した。