人を許せと裁判官は軽く言うが、刑期には含まれ
ない執行猶予なんてのは所詮、加害者への救済処置のひとつに過ぎない。
加害者を人と見るか犯罪者と見るかで罪の重さも違ってくる。だがそう考えるところでルルーシュの行動の一切を見ていたミレイにとっては、
罪なんてものは結局装飾語のひとつに過ぎない……なんの意味も持たない偽善者が語る言葉だった。
「ルルーシュ……」
神楽耶が学園の花壇に向かって飛び降り、捕縛した桐原の手で埋葬されてから三日。
学園は何の変化もなく機械的に動いていた。その中で、まるで時の動きに置き去りにされたかのように自室に籠る彼女を見て、
ミレイは掛ける言葉がないことに絶望した。向かう位置に座って瞼を伏せる彼女が罪≠ニ口にするから尚更。
「まだ手のひらに残ってる」
ルルーシュはミレイが手にしている軽食を目にして、忌わしそうに眉を寄せ、呟いた言葉の先を続けた。
神楽耶が『目を反らすな、自分の手で果たせ』と差し向けたその時の光景を再び思い返すように、唇を開いて。
でも、自分のしているそれが何の意味も持たないことにも気付いて、開こうとした唇を手のひらで覆い、よろよろと床から立ち上がって
洗面台へ駈け出した。
はっと何かに気付いたミレイは持っていたプレートをテーブルへ置いて、自分も洗面台へ走り出した。
いたみだけがうながす
大学部の病室に未だ眠るスザクは、意識はたまに目覚めるが両足ですぐに歩行することは困難だった。
顔をあげて口につけた酸素マスクごしに会話することはできる状態なのだが、傷ついたその体を前にするルルーシュに気を遣ってか、
暫くは面会謝絶扱いにしてくれ、と医学部のスタッフにスザクは声を掛けていた。
それまではずっと脇に置かれた椅子に座って、ルルーシュは彼の様子を黙って見ていたのだが、さっそくお役御免の言葉を受けて
彼女も特に言うこともなく黙って立ち去り、スザクは療養に専念するようになった。神楽耶が死んだことはまだ聞かされてない。
学園から研究棟の地下へ送られる時、桐原がルルーシュへ口にしたことを報告すべきかミレイは迷っていた。
その言葉はもともとシュナイゼルに言われるべき罵倒だった。だが彼女はまだギブスのとれてない体で黙って受け止め、
『俺を表すにはもってこいの言葉です』と淡く微笑さえした。口元を無理に釣りあげたことで引きつった目の表情が、
まだ痛く胸に蘇ってくる。
どうして、神楽耶が死んだのかなんて誰も説明できない。
だがあの日を境にロイドとセシルは白衣を着ることをやめた。
ルルーシュもアッシュフォードの制服を捨てた。
……ならば今どんな格好で生活しているのかというと、ただのスウェットにガウンを羽織った姿……。
三日間まともに外に出ていない。
風呂に入る度自分の体を見て悲鳴をあげ、駆けつけたミレイに石鹸や洗面用具を投げる。
しまいには窓に駆け寄ろうとする。震える指先で鍵を外して外に出ようとする。そうする度に彼女の背中をはがいじめにして
ミレイはベッドへと引きずりこむ。
何晩、スザクの代わりにルルーシュの体を抱きしめて眠ったろう。
うわ言のように『すみません』ばかりを繰り返す黒髪を撫ぜて、自分も目を潤ませただろう。
悪いのは彼女ではないのだ。
もし極刑を誰かが下そうとするのなら自分が代理人となって彼女の無罪を証明したっていい。それほど今苦しんでいるルルーシュは
彼女が自分を責めてるほどの重いことをしていない。そうであることを知っている。
(だから……)
昨日までは悲鳴をあげていた。
だがもう喉が枯れてしまったのか暴れてもルルーシュは声を出すことはせず、代わりに背中から抱きしめるミレイの腹を
自分の肘でどしどしと突いてきたり、じたばたともがく両足の踵で、ドアの端を蹴ったりして、絶叫する代わりの憂さを晴らしていた。
自室への軟禁一日目は、『俺に触るな』と叫ぶルルーシュを殴ってでもミレイはそれを否定し、気絶させた体を引きずって
一緒にベッドで眠り、発作のような衝動をなんとか抑えた。
だが二日目の悲鳴はとにかく回数が頻繁で。物を投げてくるわ窓枠へはよじのぼろうとするわ、とにかく『猿かお前は』と
怒りよりも呆れがきてしまった。
だがミレイも神楽耶の後を追うことは絶対にあってはならないと思っていたから、
自分もアッシュフォードを休んで、ルルーシュの私室の扉のしたで、寝ずの介抱をしていた。
何も自分に対しては責めないミレイやロイドたちの代わりに、彼女が自分自身を卑下するような言葉が聞こえた時は、
中から鍵を閉められても合いカギでこじ開けて、中に入り、スザクの代わりに抱きしめる。
まるで取り憑かれたように外の廊下へと出ようとすれば、その後を追いかけて部屋へ引きずり戻した。
あとどれくらい続くのだろう。
あとどれくらい夜を越せば彼女の気持ちは晴れるのだろう。ミレイは三日目になった途端、不安になってきた。
*
そう、今日がその三日目だ。
ルルーシュ自身の体が心からくるストレスに耐えられるのかという問題もある。
(どうにか、誰か、早く。……誰か本当にどうにかして……)
祈る思いだった。
その時に突然、また暴れ出そうかとしたルルーシュが立ち上がり、洗面台へ駆け込んだのだ。もう何日も固形物を食べてない彼女が
吐き出すものなんて何もない。そう思ったから、ミレイは彼女を追いかけながらどこか不審に思っていた。
「ルルちゃん。生理きた?」
「…………」
「ちょっとごめん。勝手に手帳見るわ」
まだ政庁に居た時、初潮も遅く月経も不定期であった彼女はセシルから小まめにチェックをするように、と
大体20日周期でくる生理の予定日を計算させられていた。それをいまも続けているのを知っていたミレイは、洗面台へ突っ伏して
吐き続ける彼女から離れて、クローゼットの奥に仕舞われてある手帳を取りに向かった。
(まさかね)
スザクの体のことは知って居る。何年も続いたルルーシュの異母兄からの拷問のせいで生殖機能に著しい問題があるということは。
だがそれはルルーシュから聞かされたということであってロイドからはミレイは訊いてない。ロイドだけなのだ。知っているのは。
シュナイゼルとの戦いでナナリーと一体化したスザクが、もう健常な一般男性のものになっているということに。
「-----------------……、ルルーシュ」
エッチした?と訊くのは、無粋だろうか。
だが逃亡から帰ってきた二人の様子を見るからに、学園を出るまで『スザクが手を出してくれない』とぼやいていた関係から少しでも発展
したとミレイは勝手に思っていた。だから少し憶測を込めて、ルルーシュのチェックしてる手帳の赤いラインが途絶えてる数字から
ふと頭を巡らせて計算して、……合点がいくことに思い当たった。そうだ。ジョルジュと対戦した後駆け込んだスザクの部屋で、
ルルーシュは一度関係を持っていた。それはひと月ほど前のことだ。その後熱を出して倒れたスザクの介抱に走っていったから、
当時の状況はよく理解している。あの時のスザクは記憶が戻ってない状態だったから勢い任せに出来たのかもしれないが、
だが一年前別れてからの初めての接触だ。可能性はある。というか、それしか予測のしようがない。
「え……?」
憑きものが落ちたかのような呆けた顔が、突っ伏していた洗面台から起き上がる。
ずっと貧血が続いて、妙に食欲が落ちていたと思ったらそれか、とルルーシュは頭の冷静な部分でミレイの説明を聞いた。
が、すぐに血の気の落ちるような顔をして、ガタンッとその場から後退する。自分の前に手帳を見せつけるミレイから距離をおき、
自分の胸に手を当て、はらはらと瞳に溢れてきた雫を溢す。--------------そんなこと、あり得るはずがない。
でも、証明する、涙が。
(あつい……)
「嘘」
「ほんとよ」
「何で俺の体じゃないのに、解るの」
「何日一緒に過ごしたと思ってるのよ。普段のあんたと違う部分なんてすぐに発見できるじゃない」
「で、も……スザクは」
俺の騎士になるために兄君と、と口にしようとした所で、ルルーシュはまた洗面台へ突っ伏した。
「ルルーシュ。セシルさん呼ぼう」
「っ、ま……待って、それは……っ」
「だってこのままじゃ絶対体悪くするって。おろしたいわけじゃないでしょ?今のあんたにとっては何よりの希望の光よ!」
それはミレイにとってもだ。彼ら二人にとっても間違いなく。けれど黒髪はぶんぶんと振られる。
「ありえない!俺はまだ何の償いもしてないっていうのに!!」
「そんなっ……そんなのはあんた、関係ないでしょ」
「ないわけない!俺はスザクと会ってから、何ひとつあいつの為になることなんてしてないのにっ……!」
振り仰いでミレイの瞳を見返した紫電は、その一言の重さより、ずっとミレイには綺麗に映った。
どういうこと、と追いすがろうとする金髪に振り切るように立ちあがったルルーシュは、洗面台から離れ、自室へと扉から出て、
窓枠へつぶつかるように貼りつく。
ばん、ばん、と挙げた拳をこれでもかといわんばかりに強く殴りつける。
まるで『ここから出してくれ』というようにも、『ここに居るんだ』という意思表示にもみえる、彼女の行動。
よろよろと立ち上がってまた付いてきたミレイは、もうそんなルルーシュを羽交いじめにしてまで止める気にはなれなかった。
「ルルーシュ……」
そうか。
ずっと兄弟という柵の中にいた彼女はそこから連れ出してくれた彼に対して、自分から返せるものは何もないと思っているのだ。
(そんなことない)
(そんなことがもしあったらスザクも私もあんたの傍に居ない。こんな見っともない姿みても嫌いにはならない)
スザクがどんな怪我を負っても駈け出してきたような価値が、その体にはあるんだと証明してやりたい。
けれどそれをするのは自分ではないのだろう、と思う。
ミレイができることといえば、こんな風に壊れるルルーシュを支えていることだけ。彼女の生きる意味にはならない。
もう、その意味さえ曖昧になった彼女に対しては、尚更------------。
「あ」
ぴし、と、窓枠のガラスに亀裂が走った。
ハッと顔をあげたミレイの先で、粉々に割れたガラスが舞い散っていた。ルルーシュはその身を外へ投げ出している。
「ルルーシュ!」
放っておきすぎた、とすぐにその体を引きとめようと走り出すミレイの前にびゅんっと通り過ぎる影があった。
ぴたりと立ち止って反射で閉じていた目を開ける。そこには血の気の失せていた顔を真っ赤にさせて窓を叩いていたルルーシュと、
その彼女の体を背中から包むように掬いあげた、絶対安静と言われているスザクが居た。
ほぼ三日連続で窓を殴打していた手のひらを包むように持って、無言でスザクがルルーシュを睨む。
何も聞かされてない彼はルルーシュの変わりように驚いたことだろう。だが表情には出さずまず厳しく叱りつけようとする彼は、
正しく彼女の傍に居る価値のある、いや、居るべき男だちミレイは思った。まるでもう命がないと、なくなってしまえたらいいと
ついさっきまで願っていたルルーシュが不意に顔をあげて、見つめ返すその瞳の変化を目にしたら、余計。
「っ……」
包帯に覆われた手のひらで殴りつづけたことによって腫れた腕を擦られた瞬間、ふっと揺らめいた紫電はスザクの前できつく閉じられて
その場に膝をつき号泣した。
腰をあげて床に手をついて、顔だけ伏せてわんわんルルーシュは泣きだした。その姿を前に膝をついたスザクは、
黒髪が床につかないように掬って、目元を隠してしまっている前髪を指先でかきあげる。
「殿下」
そうして彼が呼びかけた途端、その響きを吸い取った体がふっと起き上がって、涙や痛みにぐしゃぐしゃになった顔を目前に晒した。
スザクはようやく見れることになった主君の顔を両手で挟んで、するすると優しく撫でる。そして自分の包帯だらけになった胸に
頭ごと押し付けた。
「スザク」
「え?」
ミレイが言っていいものかと悩んだが、けれど、もうこんな面倒は見切れないなと苦笑して、控えめに落とした声で真相を告げた。
「神楽耶が死んだのよ」
「……」
「だから、そのぶん、色んなことをルルーシュは責めて……」
「……」
「子どもができたことだって、『スザクの為にしたことなんて何もない』とか言って認めようとしないし」
「……」
「え?」
コドモ?と翡翠が黒髪を腕に抱えたまま、瞬いた。
それを受けたミレイは『あっ』と口元に手を当てて、無言でこくりと頷いた。そしてその丁度いいタイミングで
スザクの胸に貼りついていたルルーシュが彼の腕の中から離れ、洗面台へと再び戻る。
「どういう……」
「見たままの通りよ」
ふふ、と唇だけ釣りあげて目はマジな顔をした彼女は、黒髪の消えていった先からスザクへと視線を戻した。
名前はどうする?日本名がいいかしら。
その声を聞いてようやく正気に返ったスザクは、満身創痍の体でクラブハウスまで引きずってきたその体からがっくりと力を抜き、
みっともなくその場で腰を抜かしてしまった。
(明日からまた戦争がはじまる。でも今度は護る$いよ)