体格の違いか、もしくは持ちなれないレイピアなんか使って戦おうとしたのがいけな
かったのか、
スザクはルルーシュの前で”セザル”という扮装を解いてしまった。
彼女の点となった目が、自分の醜態を物語っている。
しかし、だからこそであったのか、スザクは本気の一歩手前まで実力を出し、ジョルジュの胸を一刺しした。
-------------ルルーシュの身体から生えた正体不明の剣で。
あの長剣は殺傷能力というものがなく、ただ、人を昏倒させる為のものらしい。もしかしたら単に
ジョルジュの意識のほうで先に限界がきて、身体から力を失くしたのかもしれないが。
(けれど)
『……スザク!』
黒髪が体力のない身体を必死に奮い立たせて、展望台の花の海から地上へと落ちてしまいそうだった時、
無我夢中になってジョルジュへ突進しようとしていた自分を、ルルーシュはまるで我に返すように抱きしめて口付けてきた。
どうして一体。
どうして君が、
僕の本来の”名前”を知っている。
目にうるさいくらい、風に煽られて花弁が舞う中、ようやく戦いが終わって。
何かを縋るように見つめてくる紫電の目を、戸惑いげに見つめ返した。
この女はただの女じゃないのか。
先ほどまで他人以上に距離を置いていたのに、今は手なんか握りこんできて『騎士になれ』なんて言う。
まるで以前にもそうしたみたいに。
(あれ?)
何だこの感覚…………。
(僕も彼女を知っている)
やさしさはあがないか
「封筒は無事取り戻したんだから、もう終りだ」
ルルーシュの両手に包まれていた手をパッと離して、素早い所作で身を翻し
スザクは展望台から去ろうとした。もしかしたらカレンが心配して、ずっと教室で待ってるかもしれない。
それに彼女には”スザク”という本来の男である自分を知られてしまったから。
だからもうすぐにでもこの場から離れてしまいたかった。そして『騎士』になんてのも、問題外である。
「待っ……」
追いすがろうとする痩躯を、また振り返り、長い腕でぐんと押し留めた。足だけつんのめって
ルルーシュは尻もちを着くように花畑に落ちてしまう。
スザクは自分の頬に垂れる血を手の甲で拭って、苛立たしげに眉を顰めながら
そんな彼女を見下ろした。
右手に生まれた剣は、いつの間にか飛散するように消えていた。そういう仕組みなのだろうか、よく解らない。
「解ってるんだろう、君は」
造りもしない声で、紫電を見下ろす。
「……?」
ゆっくりと顔を上げてきた白い顔に対するように、スザクの顔は浮かんできた月を背景に
暗くなっていった。
翡翠は針のような鋭さにまで研ぎ澄まして。
「僕は”セザル・オーウィン”じゃない」
「…………」
「ある目的があってこの学園に内偵として潜伏している、スパイなんだ」
「そんなことさせられてるのか……?」
「---------どういう意味だ」
腰をまだ落とした体勢でぽつりと呟かれたそれを、スザクは聞き返す。けれどルルーシュは軽く首を振って『何でもない』と
身を起こそうと、掌を地面につけた。
「もう、お互いの生活があるものな」
「だから、何を言ってるんだ……君は」
「別に。もういいよ、わかった。封筒ありがとう。これが無かったら俺はずっとおかしいまんまだったよ」
外が夜へと変わり始めたからか、学園の証明もぽつぽつと消えていこうとしている。
展望台も下の明かりでどうにか照らされている状態だった。スザクは寂しげに聞き取れない何かを呟いているルルーシュの
闇にそのまま溶けそうな痩躯を目にし、唇をきつく噛んだ。どうしようもない何かが膨らんできたからだ。
「覚悟しておいてくれ。ルルーシュ。僕は君を放っておくことはないだろう。
今は何も出来ないけど、でも、すぐに処置をすることになる。……こんな失敗をしてしまった僕が悪いんだけどね。
君を始末するよ、かならず」
だから『騎士』になんてなれるわけがないんだよ。
戦い疲れくたびれた制服を正すように襟の端を指先で伸ばし、ゆがんでしまったタイを締めて、
忘れないようにエクステも巻きつける。
そうして元の”セザル”という姿になったのを確認し、後はルルーシュを振り返らずに螺旋階段を降りていった。
彼女がどんな顔をしているかなんて知らない。
ただ、きっと殺すことになると思う。ブリタニア人に正体を知られてしまったなんて、最悪の失態であるのだから。
(まだ目的の皇族も見つけられてないっていうのに)
本当に、無様だ、自分は。
「ルールちゃん。どうしたのそんな顔して」
カレンはスザクと共に保健室でサボっていた。ルルーシュはジョルジュから封筒を取り返すのに必死だった。
故に、今日の放課後の生徒会はシャーリーとリヴァルしか出席していなかったのである。
「何でもない」
そろりとした足取りで扉からいつも座る席までやって来たルルーシュの顔を見て、シャーリーと模造紙を広げたミレイが声を掛ける。
「泣きそうよ。何かダーリンからされた?」
横でシャーリーが片手を口にあて『疲れた顔してるよー』と困ったように眉を下げた。あはは、とそれに力なく苦笑して
ルルーシュは飛んだり撥ねたり転んだりして乱れてしまった黒髪を、両手で纏めるようにして……そのまま、
項垂れるように机へ突っ伏した。
「ルルー?」
「……うん……」
心配げにシャーリーが後ろからやって来てその肩を擦る。『大丈夫だ』と返事して、水っぽく鼻をすすった。
その様子にやはり何か思ったのか、曖昧に笑った顔をしながら、ミレイは複雑そうに目を伏せて、広げた模造紙にハサミを入れる。
よしよしとシャーリーは黒髪を撫でながら『あんまり無理しちゃ駄目だよ』と
カレンと同時期に学園へ入ってきたルルーシュの頭を、ぎゅうと抱いた。
ふと、視線を胸元に落とせば、ルルーシュの身体には小さな傷が一杯ある。シャーリーは身を引いて、その腕と首筋と膝に
擦り切れたようなものがあるのを確認し、呆れたように肩を落としてみせた。
ずっと俯いていた紫電が、その彼女の態度に視線をあげる。途端、伸びてきた指先にぺしん、と額をはたかれた。
「痛い。何するんだ」
「……気持ちは解るけどおイタは駄目よ。シャーリー。ルルーシュだって万能じゃないんだからこけることだってあるわ」
「転んで出来る傷ですか?これー!よく見るとすごいボロボロですよ。ルル、誰かにいじめられたの?」
そう言えばジョルジュと付き合うことが決まった翌日から、暫くルルーシュは彼のファンたちにこっぴどく付き纏われていた。
何でも、あんな彼も彼女たちにとっては”王子さま”に見えるらしく、その彼から告白をされたルルーシュは手酷い悪魔のような
存在だったらしい。ようは、”お姫さま”というのは自分だけで在りたいのだ。
ルルーシュにとっては実にどうでもいい問題だが。
一番面倒だなと思ったのが、学年一斉で行われる体育の時間の時。ルルーシュだけ一人倉庫に呼び出されて
ああだこうだと彼のファンクラブ会員から、自分に対しての気に入らない行動や発言を非難され
それで体育の教員から、出席しなかったのではなく出席できなかったのに、”欠席”扱いをされ、補習を受ける惨事になって
しまったことである。
「何かあったら言うんだよ。またあのDクラスの子に関連したことなんでしょ?」
あの時助けられなかったから、と言ってシャーリーは随分とルルーシュのことを気にかけてくれるようになった。
しかし今、満身創痍となっているのは直接ジョルジュが原因というわけではない。彼も一応は被害者なのだ。
曖昧であったルルーシュに関しての。
だから大丈夫だよ、とシャーリーに笑いかけ、不意に時間が気になり時計へと目を走らせた。
決闘が始まったのが夕方の六時。今はあれから丁度一時間が過ぎた……。ならば、出かけてしまっても問題はないか。
模造紙にハサミを入れていたミレイの傍に寄っていって『出てっていい?』と聞く。至近距離で目と目を交し合えば
一時間前のルルーシュと今のルルーシュが”違う”人格であるということに気づく。ミレイは一瞬瞳を大きく開き、
けれどすぐに温和な眼差しになって、『いいよ』とルルーシュの背を見送った。
(きっとミレイは一年前のことも知っていて……)
見送られたルルーシュは軽く手を振って生徒会室から立ち去る。目指すのは通常の授業を終えた大学部、の、研究室。
セシルと-------------ロイドが居る所だ。現在の住処となっている。
(そうしたのは俺だ)
自分のたった一つの我儘で、彼らを牢獄のような校舎に閉じ込めてしまった。
一体自分をどう思っただろう。総督としての地位も、ルルーシュであった自身もすべて捨てた自分を、
彼らは本当にどう思っただろうか。
……例えば、
もしスザクが記憶が残ったままで、ルルーシュの目覚めを待っていたら
瞳を開いた自分へ笑顔を見せてくれるだろうか?……否、それはないだろう。
詰るだろう。
『君を殺す』
きっと。さっきと同じ冷たい目をして。
「……あ」
ふと吐息と共に声が洩れたのは、宵闇とも言い切れない薄暗い廊下から
つい昼間までは普通のクラスメイトとして見れていた赤髪が在ったからだ。
カレンが保健室で別れたままの変わらない姿で、窓から差し込む月明かりに照らされた黒髪を見つめてくる。
それにドキリ、と心臓が止まりそうになって。同時に、背筋が緊張して強張った。
「彼氏との喧嘩は納まったの?」
何食わぬ顔をして訊かれる。床についている両足の感覚が遠くなった。ふわり、と。----------何だ、カレンはまだ
スザクから知らされてないのか。彼が彼の正体をルルーシュとジョルジュに曝してしまったことを。
「……?セザルと行ったんじゃなかったの」
首をかしげて、ぐ、と距離が縮められる。カレンは普通にいい奴だ。だから今の状態になってもスザクは友人として
彼女と付き合っているのだろう。それに性格はまるで変わってない。一年経っても。あんな風に無理に距離を置いて
自己保身するような所が本当に変わってない。
全部含めて大好きだった所だ。それに安堵を感じる。-------------でもきっと、カレンはルルーシュのことに気づいたら
安心なんかはしないだろう。恐れるだろう、か。多分。自分は日本を滅ぼした男と兄の血を継ぐ皇族だ。
「あ、……あいつは、多分、寮に帰ったんじゃないかな」
思わず声が上擦ってしまったが、気取られないように紫電は逸らさずにまっすぐカレンを見た。
見つめ返す青の瞳は、きょとんとしていたがルルーシュの言った意味を把握すると『呆れた人ね』と苦笑して
スルリと横を擦りぬけて生徒会室のほうまで歩いていってしまった。呆れた、とは自分を置いて先に帰ったスザクに対して
言ったことだろうか。……虚勢を張って、正体を知られないように振舞ったルルーシュへ対するものなのか。
どれもよく解らない。今は全部がワカラナイ。
ああ、でも、
少しルルーシュは自分を馬鹿だと思っていたが、同時に、『何だそうじゃないか』と褒めてやりたい気持ちにもなった。
例え一年過ぎても、……いや、誓約の約束をしてから4年が過ぎた今でも、------------彼に願うことは変わらないんだ。
そう言えば何度目であったか知らないが、『騎士でいて』と懇願した時もこんな夜空をしていたように思う。
学園の格子窓から覗く月の形は、正確な球体をしていた。でもきっと裏側は穴だらけなのだろう。まるで
仮面の裏側のように。
ナナリーのことで嘘をついていた自分のように。
(それでもあいつは受け止めてくれたんだよな……)
*
アッシュフォード学園と併設する形で大学部は存在するが、実質、その大学部が学生を受け入れているというわけではない。
ようはアッシュフォードの高等部からの持ち上がりで大学部に進むかが決まるのだ。当然、入学を希望する者はまず
学園に入ることになる。
そして大半の学生が進学を希望するというわけではないが、希望者のほうはそれなりの学力と成績を求められるわけだから
大体が図書館や資料室を利用することとなる。部活動に入ることが前提の学生であるから、放課後の時間を拘束する塾などには
通えないのだ。故に、勉強しようと思えばどうしても、本校舎にある図書館か、大学部にしかない資料室だ。
(が、そう簡単に大学部を行き来できるわけではない……)
一般の学術範囲であれば図書館で事足りる、けれど、中にはその先を行く者や、狭い範囲での勉強を嫌がる者が居る。
そういう場合に限り大学部の資料室へ続くパスが学園の生徒へと発行されるのだ。
常ならばそれは、学園長の許可なくして与えられるものではないのだが、ルルーシュだけは特例で、どんな時間にでも
大学部へと入ることが出来る。
渡された時ルルーシュは『要らない』と答えたが、渡したセシルは無言でその拒絶を突っ返した。もしかしたら、こうなることが
解ってたのかもしれない。
「----------------……」
ぎゅう、と、手の中の写真を握りしめる。
セシルが言った通り、とても簡単に世界は変わった。不甲斐なくてどうしようもなくて、神殿の前に出てぼんやりしてた所に
兄の姿を見つけて、ロイドもスザクも後に残しているというのにルルーシュは、自分の生を閉じることを選んだ。
しかしどういった因果だろうか。たった一年で目が覚めてしまった。その自分をセシルとロイドは緩やかに見守るようにして
決して自分たちのほうからは、ルルーシュの沈んだ記憶を浮かばせるようなことはしなかった。その気遣いが胸に痛く、
歯痒くて仕方ない。
銀色に輝くパスカードを胸ポケットから取り出して、研究棟の自動扉のロックを外した。
かざした右手を制服のポケットに仕舞いこんで先を進む。
学生は殆ど入れないその通路の少し歩いた奥に、ロイドの研究室があった。きっとこの配置はミレイの采配なんだろう。
「入るぞ」
短く答える。
扉は、きっと前までの自分だったら開けられるのを待っていた。今はそんなことはしない。自分からノブをとって
指に力を入れた。すぐに開いてみればセシルは片手にポットを持ち、口にはパンを咥えていて。そうだよなもうそういう時間
だものな……と、踏み込んだ所から背後の気配に気づき、振り返って、
そこに彼女と同じ白衣があるのに目を上げたルルーシュは
久しぶりにロイドの顔を見た。
初めに目が覚めた時は、彼の接触を一番に拒絶した気がする。ミレイのもとへ行く為に病室を出ると騒いだ時
勝手が解らなかった自分はパイプ椅子を振り上げ、したたかにロイドの背中に叩きつけてしまった。きっと痛かったはずだ。
彼は自分を心配していただけだというのに。
「久しぶり、……その」
記憶が戻った、全部じゃないけど、でもお前たちのことと自分がしたことは解るよ、と。
簡単に言えたらよかったのだが、いざ顔を合わせてみると、その呆然とした二人の姿に固まってしまう。どうしたらいいのか。
-------------でも、心から謝りたいとは、決めていた。だから一歩退いて、背筋をピンと逸らして、まずはロイドに
深く謝罪しようとした。……所で、突然伸びてきた柳のような腕に、動きが固まる。吃驚するほど近くに接近したロイドの胸に
そのまま頭を抱え込まれてしまった。
「殿下、おかえりなさい」
気づけば、後ろにはセシルが居た。まるでロイドとセシルに挟まれたようにルルーシュは居る。
耳元に囁きこまれた言葉に、すぐに感極まってしまって、ルルーシュは無言のままぐいぐいと胸を押し付けてくるロイドの肩口に
顔を埋めながらこくこくと何度も頷いた。胸も背中も暖かい。
スザクに否定された瞬間は、正に地に落とされた思いだった。
でもそれは自分がしてしまったことの代償。彼は深く傷ついた筈だ。今の自分と変わらぬように。ルルーシュがスザクの到着を
待たずして神殿の中で命を閉じたこと。スザクはルルーシュに失望したことだろう。謝ったところで許されることもないし
彼の日本側に塗りつぶされた記憶が帰ってくることはない。
(それでも、変わらずに『好きだ』って思える)
それは正解か、縋りたいだけの自惚れか。そんなことはルルーシュには判断つかないが、自分の彼への気持ちは変わらずに
今もある。
『騎士になれ』とは、そういうことだ。
今も好きだと、……そういうことだ。
「この一年間は僕たちでも、ずっと暗闇を模索するように過ごしていた」
落ち着いて、研究室の奥にあるソファへと座ったルルーシュの前に腰掛けたロイドの姿は、少しやつれたように思えた。
以前もどこかすっきりとし過ぎている容姿だと思っていた。まさか何にも食べてないとか、そんなことはないだろうな……と
部屋の脇にある食器棚へ目を向ける。開きかけの煎餅などは一応あったが、でもそれはきっとセシルのものだろうと
ロイドへの心配を更に募らせた。
そんなルルーシュの視線には気づかず、骨を浮き上がらせた手首を組んだ膝へ上げ
ロイドは軽く指を組んだ。セシルが同じく席についた所でぽつりと呟くように口を開く。
「外へ出ることはなかったのか」
思わず肩が強張った。彼らは眠る自分をずっと見ていてくれたというのか。
「いや、違います」
ルルーシュの気持ちを察したのか、セシルが身を乗り出す。『ブリタニア自体の勢力が弱まったせいもあるんです』と
俄かに瞳を曇らせて答えた。
「ブリタニアが……?それはやっぱり、俺や兄君のことがあって」
「そうなんですけど、実際にはもっと事情は深くて。その、……コーネリアさまは、公式にルルーシュさまは死んだ、と
世間に発表されたんです。勿論シュナイゼル陛下のことも隠さず」
そんな、と紫電を開く。確かに身元不明ともなれば国家だけの問題には出来ず、多くの情勢の関心が高まり、予期せぬ問題を
多く引き起こすことになるだろう。しかし、国民の批判は集中する。勿論、---------コーネリアのほうへ。
「ということは、姉君が総督になっているんだな。名目としては」
「はい。殿下から突然代替わりされて、その時にも色々と各地で反発があったんですけど、それも今は沈静化してしまってて」
「まあね、理由も話さず『騎士は処断し、総督は死亡。代わりに自分がなります』ってコーネリアさまはおっしゃられたからね。
事情を全部知る僕たちはお払い箱さ。……静まりもする」
組んでいた指の関節をコキリ、と慣らす。紫電をあげたまま銀瞳と絡んで、『うん』と無言で頷いた。
「そうなることは仕方ないな。反発も起きる……。考えなしに動いた結果、今のような状態になってしまっているんだ。
……つまりエリア11は今、治める人間が居ないってことなんだな?」
コーネリアは外交に向ってて政庁には居ない、といつしかミレイから聞いていた。
そしてルルーシュが一番案じてることは、その不安定なこの地の底から這い上がるように頭角を現してきた----------。
「スザクは旧日本政府側に居る……」
「やっぱり、処刑場で浚われて、-----------そのまま?」
「らしい。丁度カレンが学園に復学してきたのと同時期だったんだ。つい三日前に”セザル・オーウィン”という名前で
あいつが入学してきたよ。随分日本側に慣れてるようだった。そして、こちらへ来たのは、内偵として学園を調査するという役目を
請け負ったから、……ということらしい」
「スザクくんが何の疑問も抱かずにそう言ったんですか」
「洗脳ではないが、そうだな……、何か、脳髄にまでインプットされたって感じ。俺を殺すと言った」
「…………何ですって」
眼鏡のレンズを通して、低い声が押し殺した気持ちを伝えてくる。ルルーシュもそんなロイドの気持ちに、深く共感する思いだった。
彼に全部そのままを話せたらどんなに楽か。そしてそれを聞いてくれさえすれば、自分を拒絶するなんてことはきっとしない筈、なのに。
「内偵ということは、日本側は殿下の消息を知らないってことですか?」
「どうだろうな。そもそもその内偵の目的も解らないんだ。まずはそれを探る必要がある」
「……じゃあ、殿下は」
スザクくんを取り戻すつもりなんですか。
ロイドの落とした言葉が、場の空気を凍らせる。だが、迷ってもいられないしこのままの関係でいい筈がないと
ルルーシュはどうしたって思うから……、あまり長い間も置かず顔を上げた。意志のある紫電を向けて、昨日までの自分とは
別れを告げるように言う。
「俺の写真は、かわらなかったから」
制服のポケットに入れた写真を、上から抑えるように握る。滲んでいくかに思えた記憶は、まだ克明に残っていた。
あの決闘の最中に封筒を開けたのは、本当によかったと思う。じゃないと、自分は死んだままだった。
だから今日からはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして生きることを誓い、------------同時に、
奪取されたスザクを今度はこちらが”奪還”するという決意を込めて
ロイドとセシルに毅然とした目を向けた。
そして、口元に笑顔を滲ませながら、目を軽く伏せて頭を下げた。
また付き合わせる、ごめんな、と。
*
クラブハウスの部屋で過ごすルルーシュは、以前まで此処に住んでいたナナリーと同居していた咲世子という女性に
面倒を見てもらっていた。彼女は元々ミレイの世話係だったらしい。
その彼女は、既に夜も遅かったので置き手紙だけ机に残して、帰っていた。ルルーシュは冷めないようにと厚い布に巻かれた皿を
戸棚から取り出して、軽く温めなおしたもので食事を済ませた。そして、私室に戻ってシャワーを浴びようと、
制服のタイに手をかける。その途端、無音の空間にカチャリ……という、静かに鍵を開く音がした。
振り返ってみれば、ベッドの真上にある窓は全開に開かれていて、そこから入ってきたシルエットに声を失う。
叫ぼうと口を開く前に、まるで野生動物のような素早さで飛び込んできた影に口を塞がれ、ルルーシュはそのまま床に押し倒された。
「ん、---------------っ……!!」
正体は誰か解ってる、スザクだ。暗躍する内偵とでも言ったところか。黒一色の衣装に、腰には小ぶりのナイフを仕舞った
ホルスターをつけている。強い力で痩躯を押さえつけられたルルーシュは、抗おうとしても腕さえ動かすことが出来ず
気道も指で締められていたから、息をすることもしんどかった。そうか、------------殺しにきたのか。
「す、ざ……」
かちゃん、とホルスターから選んだナイフを片手にとって、それを顔へと突きつけてきた所で名を紡ぐ。
「僕を呼ぶな」
しかし、希望は無下に捨てられた。太腿を閉じようと力を入れても、間に滑り込んだ身体で強引に押し開かれる。
首を絞める力が強くなって、ずっと見上げていた視界がぼんやりと霞むようだった。駄目だ。手放してはいけない。
そう思って、紫電を力一杯閉じて、踏ん張った膝に意識を集中し長い腕から逃れようと、暴れ出した。けれどそんなことは
予期していた事態だったようで、呆気なく、スカートの裾はナイフで裂かれ、これ以上の抵抗は出来なくなってしまう。
紫電を大きく見開いた。
彼は手元に持ったナイフを自身の顔の位置にまで上げて、大人しくなったルルーシュの身体を見下ろしてくる。
ああ、ちゃんとした男の姿を見るのは一年ぶりだな、と……場違いにも別な意味の嬉しさをルルーシュは感じて
変わらない翡翠の色に満足するように、紫電の端をやんわりと緩めた。
「何の真似だ……」
深い声を落とす彼の口元は、服と同じ黒のマスクで覆われている。故にくぐもって聞こえていたが、それでもスザクの造らない声を
聞けて嬉しいと思った。
スザクの腕は耐えられないというように、ルルーシュに向けて、振り上げられる。
それを降ろす瞬間を逃さないように、開いた瞳はそのままにルルーシュは身体からそっと、力を抜いた。
窓の外の月が背景となって、スザクの輪郭をぼやけさせる。それが純粋に綺麗だと思ったから
ルルーシュは目を閉じなかったのだ。