しずかになさいあの子のあしおとだ

















アッシュフォード学園でミレイがしていたことと言えば、いつもならルルーシュに任せてしまえている残務処理を
生徒会の活動時間に一人で自分で行ってしていたり、私室では落ちつけないからといってルルーシュの部屋に居座り、
先日から彼女が黙々とこなしている----------カレンによって壊された騎士証を組み直したり……そのくらいのことだった。



だから、これより自分が回想するのは第三者と当事者の視点が相交じった、国の歴史にも残らない単なる裏事情に過ぎないのかもしれない。
けれどそんなものが研究者には発掘されない真実の歴史になればいいとミレイは思う。そうであるから自分は、
ようやっと戻ってきてくれたルルーシュと、スザクが受けた苦痛と心労、そしてこれから背負っていくものなど、
全部受け止めていこうと思った。それこそが今はもう死んでしまった居ない兄、シュナイゼルに知れたらいいと思う。

何だったかな……確か昔日本人の作家でこれと同じことを主人公がしようとした小説を自分は知っている。
正しくその小説のタイトルこそが、今のミレイの心情に名づけるのに相応しい。















































正直、

ミレイは二人が学園に帰ってくることはないと思っていた。

だが二人は(なぜか屋根の部分が火で焦げた)特派のトレーラーで運ばれてきて、半ば意識のない状態で大学部の医務室に搬送された。
医学部の教授が休暇中にも関わらず呼び出され、血まみれに横たわる、面識のないスザクの姿に眠気が覚めた顔をする。
ルルーシュはロイドの背に担がれ、ぶらりと地面に向かって垂れ下がる右肩を付き添ったセシルによって支えられ、
元々は自分が昏睡していた研究室へ連れてかれた。その後ろを追っていったのはロロだった。

夜中の活動時間に庭を騒がしくされたアーサーの不機嫌そうな鳴き声が、ミレイのぼんやりとした意識をはっきりとさせてくれる。


ハッと気付いた時には、周りには誰も居なくなっていた。これでは一体自分は彼らの何なのだ、と自分自身に憤慨するように肩を怒らせて
金髪を揺らし医務室へ走って行った。辿りついたそこでは既に教授が内線を使って、夜勤中に仮眠をとっていた同僚を起こしにかかっている。

その時初めてミレイはまざまざとスザクの体を見渡した。
彼は腹部をガムテープで縛られ、それでも止まり切らなかった血をほとほとと処置台の上に溢れさせているほどの重傷を負っていたのだ。

助かるんですか、と思わず口にしてしまった。
教授は『不安なら圧迫するのを手伝え。人手がない』とミレイのほうを見てゴム手袋を投げてきた。
無意識に自分はそれを手につけて、ガムテープから大きなガーゼへ形を変えたそこを、骨が潰れない程度の力でぎゅ、と
上から抑えつけた。どうしよう、止まってくれないと困る。ルルーシュが泣く。

お願いだから意識だけでも目覚めてよ、と思って『スザク』と声を掛けた。
教授はもうミレイの傍には居らず、横へ縦へとあくせく動いて手術の用意に奔走していた。遠くから静かな複数の足音が響いてくる。
大丈夫、もう少しだがんばれ、と今度はもっと近くの耳元で怒鳴ったら、ううんと唸った顔が、ようやく翡翠を開けてこちらを見てきた。

「殿下は」
「馬鹿-------こんな時まで。でもあんたらしいわね、伯爵と一緒よ、……大丈夫、あんたより軽傷だから」
「……そう」
呟いたスザクはまた目を閉じて、顔を天井へあげた。出ていきなさい、とミレイはようやく到着した医者に言われて
そっと彼の傍を離れる。

すぐにその時自分は医務室の扉から駈け出して、ロイドか、セシルでもいい……彼らがどんなことをし、どんな目に遭ったかを訊こうと
研究室へ急いだ。しかし意外にも、スザクの体よりもルルーシュの容体のほうがわるいらしくて。辿りついたミレイはセシルに
門前払いをされたのだった。














「なによ」
「拗ねちゃだめだよ、会長さん」
「だって私はあの子の親友よ。生死の境に彷徨ってる時くらい手でも握らせろっての」
「案外、引き離された要因はそういうことじゃないのかもしれないよ?」

大学部と生徒会室のあるクラブ棟を繋ぐスロープの下に座って、ぐちぐちと零すミレイの頭上で
ロロはぼんやりと吐き出した。
彼は自分よりも先からルルーシュに付いて行ったのだ。もしかしたらその時ロイドかセシルから何か聞いたのかもしれない。

「どういうこと」
「ほら、トレーラーから、……いまブリタニアに放りこんだら国民全員から蜜柑でもぶつけられそうな人間が、二人乗ってたじゃない」
姉さんたちの他に、と続けられる。確かに、黒い髪の人形みたいに沈黙した少女と、---------多分あれはカレンだ。
生徒会では見たこともないような髪型をしてパイロットスーツを着た彼女が、昏倒した状態で運びこまれていた。
「あと一人、居たんだって。僕の父……っていっても変だけど、遺伝子の半分をもらった某閣下と渡り歩くほど剣が強い
あっちの軍の人が」
「ええ」
「でも枢木卿と姉さんが殺しちゃったんだって。デュエリストの、いつも決闘に使ってる剣で」
「……」
胸に、肉物的ではない物理的な感触が突き刺さった。少し、そんな表現をしてしまわないと簡単に現せれない驚きがミレイを襲った。
スザクなら解るけどルルーシュも、だなんて。それにどうしてあの男だけは死んで、少女と、カレンだけは生かされてきたのか。
「藤堂、そう、藤堂っていうその人は、もう遺体は首以外無いそうだよ。郊外の外れにある二人が逃げ込んだ先の森で、
枢木卿と姉さんで首を跳ねたんだって。あの、……元日本の総裁の目の前で」
「----------」
「ああ、そうかあって思ったよ。だって、それはシュナイゼル・エル・ブリタニアが枢木卿の前でしたことと変わらないんだ。
姉さんも考えたはずだよ。多分状況的には枢木卿と藤堂がもつれ合う状態の中で。ああ、どちらを優先するべきか、って。
矜持≠ゥ相手≠ゥ……って。姉さんは優しい人だから、選ぶのにそんな時間はかからなかったんだ。枢木卿の場合もそうだろう」
「その、----------藤堂の首を跳ねた、というのはセシルさんか伯爵からでも、聞いたの?」
「うん」
「……、そう」
顔の前に引き寄せた手のひらを、緩く組む。
あんな王様になりきれない半端な優しさをもった女の子が、ひとつの剣を手にして自分の騎士に跳ねることを命令したのだ。
想像だにできない、壮絶な状況だったのだろう。

もしかしたら人形然にみえた神楽耶の表情は、何かがそのことで抜け落ちてしまって無機なものに見えたのかもしれない。


まあだとしても、憐れむなんてことはしないが-------------。







































(馬鹿ね……)






「逃げるなら、誰にも追いつけないくらいに、あんたたちは逃げられるんだから、もっと頑張ったらよかったじゃない」





どうして途中で諦めちゃったのよ、とミレイは研究室の扉の前でぼやいた。
スザクは面会謝絶で。さすがの体力バカも刀の傷には勝てないか……と教授の前でくやしい思いをしたが、
施術をしたその教授いわく、止血さえしてじっとしてれば、腸なんてはみ出さずに済んだんだ、と額に滲んだ汗を拭いて
如何に治療するのが困難を極めたか、を語っていた。それはどういうことか?と聞くと、どうやらスザクは怪我をした後何キロも放って歩いてた
らしく、また、藤堂から与えられた傷はその後に出来た傷であるらしいのだ。つまり、二度同じ場所を刺されたということか。

ということは、あの男はルルーシュの前で我慢して動いていたということになる。傷が痛むということを。
そしてまた藤堂に刺された時も、すぐにロイドたちのもとへは行かず暫くはルルーシュの傍に居てやったのだと思うのだ。
だってそうでなければ裏付けはできない。-----------スザクの手には血で出来た指紋の痕がくっきりと残っていた。多分それは
ルルーシュの手のひらのものだ。

「本当に、馬鹿ね」


待ってる人間の気持ちも考えなしに。


ミレイは俯くこともできずに床に腰を落として、ドアを背にし、うずくまった。
勿論、ルルーシュが目覚めるのを待つ為である。


































中々薬を入れてもルルーシュが目覚めない、と耳にしたのは、学園を自主休校して部屋で生徒会の処理をしながら
定点カメラで黒髪の様子を覗いてた時だった。
研究室の室内は雑然としていて。点滴なんてそんな埃っぽい場所でしていいのか、と問いたいほど衛生的によくはない場所で
右往左往する白衣をミレイは見ていて。その彼がルルーシュの首に入れた腕を持ちあげて揺すったりしてるのを確認して、
開いていたパソコンを閉じて再び研究室へと戻っていった。



「伯爵。その子はスザクの隣で寝かせるべきよ」



全速力でやって来たミレイが指差し付きでそう発言したことを訊いて、昏々と眠る黒髪を腕に、ロイドは『は?』という顔を
おしげもなく見せた。セシルが隣で『ああ』と頷く。
「此処にやって来た時も同じ状況だったじゃない。その時に足りなかったのはスザクの存在よ。スザクに近づけたらそんな負傷してない
この子のことだからすぐに目覚める。保証する。だから早く運んでやって」
「そんな根拠もないことすぐには出来ませんよ。右肩の支えだってまだ外しちゃダメだし」
「だからそれは専用のベッドに移し替えたりすればいいだけの話しでしょ。ていうか、ぶっちゃけますとね。こんな衛生的にわるいとこより
大学部の治療室のほうが断然回復は早いってものよ。そっちの面だけででも、私が保証するわ」
「……」
ロイドは納得したのか納得してないのかわからない素振りで、ルルーシュの体をそちらへ搬送していいか、と医学部に連絡をとってくれた。
ルルーシュは薄手のシャツにコットンのズボンだけ履かされて、鎖骨からは厚い包帯が見える姿でゆっくりとストレッチャーに
移されて、あまり震動をたてて傷口が開いてしまわないように、と、ゆっくりとスロープを運びこまれていった。

その脇に従って付いていって、ようやくじっくりと顔を見れる時間を得た自分は、目線を落としてその白い顔を目に写す。
彼女はすうすう、と小さく寝息を立てていて、まるで、もう存分に寝れる時間を得たのだと言ってるように
その寝顔は穏やかで本当に可愛かった。

(さすがルルーシュ)




でも早く起きてね。これは正に最終手段よ。



スザクの傍に持っていってもこのままだったりしたら、きっと、もう。

























一年前のことを振りかえらされる。
ミレイはまるで妖精でも見るかのように、手が届かない位置にいたエリア11の総督の姿を思い出した。
そして、植物人間のように眠り続ける姿もずっと見ていたのだ。
彼女がこの大学部の研究室に運び込まれてから、暫く。

その時にも、スザクの体温を分け与えてやっていれば、目覚めはもう少し早かったのかもしれない。
だって面白いほど彼女の体は正直なのだ。現にすぐにその体には変化の兆しがあった。




ストレッチャーで面会謝絶の札を通り過ぎ、ルルーシュをスザクの左側に並ばせた時。
ミレイは彼女の左手をとってスザクの手の下に置いてやったのだ。きっと、彼が絡ませていたのと同じように。

そうしたら、むずむずと薄い瞼が動き、押し開かれて。



「おはよう、ルルーシュ」




スザクと彼女が触れた手と手の上から包むようにミレイも自分のものを重ねて、ベッド脇にしゃがみこんで、声を掛けた。
ルルーシュは一番にミレイを見つめて、唇を薄く開いて、おはよう、と、掠れた声で返す。


ようやく数日ぶりに見た紫電は、どこか薄い色をしている気がした。なぜそう見えたのかはわからないが。




「よし。じゃセシルさんたちに報告してくる。肩は銃が掠めただけでしょ?まさか腸がはみ出ちゃった誰かさんと同じくらい寝てないと
回復しないってことはないわよね」
「ひっど……。そんな腸が出るなんて……。え?腸っ?」
むくり。肩は使わず首だけを横に巡らす姿勢で、ルルーシュは枕の上で少し身じろいだ。そうして紫電に写すのは
隣で昏々と眠り続けるスザクの横顔である。あっ、と声をあげた彼女は、すぐに宙へスザクと重ねていた左手を伸ばして『起こして』と
怒鳴るよう懇願した。
「何で?スザクが!どんな傷なんだ!?」
本気で驚いた顔をして見上げる紫電に、ミレイは唖然となった。ずっと傍に居たのではなかったのだろうか。
「伯爵に介抱されて運ばれてきた時はどっちも意識がなかったわよ。スザクは私が傷口を抑えてたくらいだし、あと三日はこのままなんじゃない」
彼の場合はそんな具合でもすぐに起きるような保証があるが、ミレイはすんなりと起きたルルーシュのほうが意外だった。
でも彼女からしてみればスザクの容体のほうが意外だったらしい。なんで、どうして、を繰り返した後、『よっこいしょ』と左肩で反動をつけて
ベッドから起き上がっていた。
心拍数を測るためにつけていた装置が、ぶちぶちと胸から外れていく。ミレイは『こら』と声をあげた。
「あんたも怪我人なのよ。じっとしてなきゃ」
「薬が効いてるから具合は大分いいよ。それよりスザクが、俺のせいで……」
「そうだとしても、寝てる間にルルーシュがこんなことしてたって知られたら私がスザクに怒られるじゃない。大人しくしてなきゃだめよ」
「……」
他人には大人だが身内に対しては頑固一徹な彼女が、こんなやんわりとした静止で言うことをきいてくれるか不安だったが、
やはりどこか承服しきれないといった不満げな顔をしたルルーシュは、ミレイを一度見たあと、そっと腕や胸から下がったコードを引き抜き、
スザクの隣へ寄っていった。
「だ〜から、ほっといてもそいつは起きるって」
「俺の場合は一年かかった」
「それはあんただからでしょ」
ミレイの本気がでた低くなった声の調子に、一瞬だけ細い肩がびくっと跳ねた。
けどどうしても近づきたいようで、彼女は寄り添った体から手を伸ばして、スザクの乾いた前髪を一房掬うように撫ではじめる。
「……ルルちゃん」
「ほんとに、起きてくれなかったらどうしよう」
「……向こうで何があったのよ」
「……」
「ルルーシュ?」
友人として、彼女の部屋で勝手に待ってた者として訊いてはいけないことだったのだろうか。
目線をさげて見る彼女の薄い体と、浴衣のような病院服の姿に余計そう見えてしまうのか……ミレイには充分に自立できてない
フラミンゴのように思えてしまった。
例えとしてもしかしたらおかしいかもしれないが。


「それでも多分スザクは満足よ」


だってこいつは彼女の騎士なのだから。


そっとポケットから取り出した金属を渡す。ルルーシュは座った状態で、水を掬うように受け取り、中身が何であるのか
そうっと見た。その手の上には二対の黄金色をした羽があった。一度は粉々になってしまったものを復元したものである。

「これ」
「他にすることがなかったからさ……手芸が苦手な私でも頑張ったわ」

不遜に言ってしまうのは、予想してた以上にルルーシュの瞳が輝いたからだ。

「すごい。宝石以外は全部継ぎ目がわからないくらい元に戻ってる……」
「まあね。時間だけはあったから」
「そんなに俺たち出てたか」
「そうね、例え三日や四日でも、今までずっと一緒に居たぶん、私にはとても長く感じられたわよ」
何もこちらの心境など知らないといった無垢な目で見上げられた時、そこで初めてミレイは、ルルーシュが戻ってきてから
眉間にしわを寄せあからさまに怒った態度をみせてしまった。




「……ミレイ」
「平気な顔して、やっと起きたかと思ったら、すぐに心配するのは待ってた私じゃなくってスザクのほうだっていうね。
むっちゃくちゃ妬けるじゃない」
「それは、その、思ってもみなかったことで」
まさかミレイが組みたててくれてるなんて思わなかった、とぼやいて、ルルーシュは目覚めてからずっと不安げでいた表情を
ぱあっと明るくした。
「ありがとう、嬉しい」
「……そう」
「ああ」

ふわりと、身内以外はきっと見ることが叶わないだろう笑顔を見る。


笑ったルルーシュは綺麗だ。何に例えたら一番イメージと近いかわからないが、見ているだけで幸せになってしまう笑顔だ、と思う。
だからミレイも複雑そうでいた表情を変えて、笑った。ルルーシュが嬉しそうに胸に抱いて、ミレイを見てくる。それだけで
二人を心配していたぶんはどこかへ吹っ飛んでしまいそうだったから。




まさかこの後すぐにこの病室からルルーシュが消えてしまうなんて思わなかった。
一度席を外して戻ってきたときには眠るスザクしか居なかったから。どこへ行こうかなんて予想もつかないで自分は学園内を探すしか
できなかった。




























ミレイに、


『何があったのよ?』


と問われて、何も言えない自分がとても歯がゆかった。



「殿下」
申し訳なさそうなひっそりとした声に、ドアの外から呼びかけられる。何だ、とすぐに応対したルルーシュの前に
いつもの白衣ではない、橙色に黒のストライプが入った特派の姿をしたセシルが現れた。
「何で……」
「お目覚めになったんですね。よかった。--------起きて早々急ですが、殿下にお話があると言伝を受けてます。
どうかこちらに」
薄い布一枚でしかない浴衣では心もとないだろうと、セシルは腕に抱くようにもっていたガウンを体へ差し出してくれる。それを肩へかけて
ルルーシュは突然のことに緊張に唾を呑み込み、静かに足音を立て、リノリウムの白い床をした大学部の通路を渡っていった。
「セシル」
自分より二歩先を歩く彼女の背中へと声を掛ける。
正面を向いてなぜかこちらと目を合わせない彼女に、本当に嫌われたのかと思った。

だが違うらしい。

「殿下……」

脇に下げた拳をぐっと握りこんで、細く、肩を揺らすその姿は、懸命に何かを堪えているように見えた。
「どうした」
小さな声で、セシルが言いたいだろうことを促す。だが、やはり一度見てしまったことを無かったことにはできないのか。難しいのか。
彼女の黒髪は元気なく垂れて、揺れる肩と同じに前髪も暗く表情を隠して、いつの間にか両手で顔を覆ってしまっていた。
「ごめんなさい。やっぱり行かないでください」
何を言うのか。
自分が言伝を受けた相手であるのに、セシルはルルーシュにその当人と会わせたくないらしい。ならばその相手は……。
「旧日本の重鎮、桐原か」
「……」
「藤堂の首は、もう見せてやった後だったのか」
「……、はい」
「そうか、よくやってくれた、今まで寝ててごめん……ありがとう」

ルルーシュは、自分はうまく笑えてるような表情は出来てないだろうな、と、セシルの後ろ姿を前に、思った。
セシルとロイドはあの炎の中で自分とスザクがしたことの一切を目にしていたのだから、きっとルルーシュが桐原に会って成立し、
成せる意味を無意識に理解している。

(本当に……スザクもセシルもロイドもミレイも、俺の足りない力のせいで、何でも頼ってばかりだな)

肩に羽織った暖かいガウンの端を、手さぐりに引き寄せて指先にぎゅ、と掴んだ。
どうしてもこちらへと顔を見せてくれないセシルに若干苦笑して、それでも『俺行くよ』と言えたのは、それなりの覚悟がルルーシュに
あったからかもしれない。



彼女はハッと振りむこうとして、けれど踏みとどまって、二の句が告げないといったように空気を口先に噛んだ。
音には言葉はならなかったのだ。



藤堂の首を跳ねたその理由は、全くもって明解である。
スザクは炎のその先へ飛び込んだ時、まさか生きてられるなんて思っていなかったのだ。けれどルルーシュが
その背中から藤堂を刺して、動けなくした。スザクを刺した藤堂を動けなくした。
その行為にあの時翡翠は零れんばかりに見開いて動揺していたけれど、『許してほしい』という呟きは風に消えず届いたかもしれない。
彼はそれを租借したように瞬きをして、ルルーシュの体から引き離し、藤堂の体を地に伏せ、首を刀で刎ねた。












シュナイゼルがこの刀で自分の両親にしたことのように。














またその業を重ねることになってしまっても、きっとスザクなら解ってくれると思っていた。その行動の意味≠。












(あの皇の巫女にはなくて俺にはあった覚悟ってなんだろう)


今は手元にその身柄は渡っているスザクの許嫁の姿を思い返して、ふと、ルルーシュは自分の中のスザクの情景が滲むような気がした。
その恐怖に怯え、だから走って、自分が死ぬのも構わず、彼の命だけを考え、ルルーシュは藤堂を殺したのか。

殺したのか?


















































体の筋肉がすべて剥ぎ取られて、ただの肉と皮だけのものになってしまったんじゃないかという錯覚をおぼえた。
だがそうではないようで。スザクは何かを握らされている。手にしたものはしゃらん、と小さく音を立てて、指先から零れていった。

「?」

酸素を供給するマスクが鬱陶しい。こんなもの剥がして、ベッドから落ちたものが何なのか見たかったが、例えマスクがなくても
スザクはすぐには動けなかっただろう。何故かというと先ほど覚えた倦怠感のように、正しく自分の体が自分のものではないようで、
真実動けないほど満身創痍な状態であったからだ。

(---------、でんか、は)

朦朧とした頭で、最後に会話したミレイとの言葉を思い返す。確か自分は意識を手繰り寄せるように眉を引き寄せ、
懸命に開いた双眸で彼女に、ルルーシュは無事かと訊いたのだ。すぐに無事だという返事がきた。そうか、そこで安心して眠って
今までここで昏睡していたというわけか。

では、
手に握らされたものは何だったのか。
どこか、親しんだ手のひらの感触が、まだ手に残っている。

翡翠を胸元からその先の手元のほうへ巡らしていったら、カーテンの隙間から刺す光にきらりと反射された金属が
垣間見えた。
一度壊れてなくなってしまったのだと思っていたそれが復元されてそこに在るのに、スザクは驚いた。だがすぐに正気に返り、
きっと名残のような手に残った温かみはあの人のものだということを、そっと自覚する。


そして再び目を閉じようとした時、病室に誰か入ってきた。

















































桐原の姿はクラブハウスの応接室に見つけることができた。
途中からセシルは大学部のほうへ帰っていってしまい、渡り廊下からスロープを下ってクラブハウスまで行く順路は
ほぼ一人で歩いてきたことになる。
春の日差しが近い中庭を見ながら、そっと吐息をして、再び落ちた視線を翁のほうへあげれば、
彼は無言でルルーシュを振りかえり、その右肩をギブスした白い浴衣姿を目に収めていた。



「兄上とよく似ている」
「褒めてませんね」

短い問答は、ブリタニアと日本の冷え切った関係を現していた。


そんな言葉も非難も、暴言でさえも、交わし合うのは非効率的なことだろう……とルルーシュは思って、また、翁もそう考えると
信じてもいて、また縋るように目を細めて一歩近づいた。
数段下のロビーまで歩いていって、彼が腰掛けた向かいのソファへ座る。それを黙って見ていた彼はまた何かを口にしようとして
顔をあげたが、それより先に紫電が瞬きしたのを見て、口を噤んだ。

日差しが、翁の着物の淡い文様を浮かび上がらせる。





「俺がしたことは、兄と変わらない身勝手な掠奪と明言します。言い訳はしません」

翁が決定づけて答えて欲しいだろう言葉を選び、迷いなく一言でルルーシュは下した。

「藤堂は」
「藤堂中佐も、四聖剣、ラクシャータ・チャウラー、あの支部にいた人員はすべて、俺が始末しました」
「……」
「神楽耶も紅月カレンも、身柄はこちらが預かっております」








最後は、貴方だ。










口にはしないが暗にそう告げてもいるルルーシュの瞳を前に、老人は息を呑むような表情をして、
わなわな震えだす口元をしわがれた両手で塞ぎルルーシュから隠した。必死に何かをこらえようとする仕草に思えた。

それには何を抱くべきか。半端な気持ちで逃げようと誓って、スザクと遠くまで走った覚えはこちらにもない。
逃げる途上で互いに行きたいと誓いもした。約束のようにまた主従の関係に戻った。例え兄としていることが同じだろうとも
ルルーシュは兄と同じく自分が悪魔であることを否定しない。-----------できれば、兄と同じものになったって構わないと
思いさえもする。

そう、だから、この先を、決めるのだ。








(俺は)








だったら『化け物』になってやろうじゃないか

----------俺のために死ねる?

生きたい

彼がいい。例え記憶がなくなっていたとしても。自分がもう皇女でなくても、彼がいい


ルルーシュは弱かった。胸を張れて人から褒められることなんて実は何もない。ここの生活に慣れて、いち学生として
多くの生徒と生活してようやく、自分がどんなものであるかを理解しはじめたのだ。家族という楔から外れてようやく自分自身の愚かさを
受け止められるようになったのだ。
そこでもまた自分はスザクの手をとったけれど、それが彼を破滅に導いたことは否定できない。だけど彼がそれでも自分の後をついて
きてくれることを知っている。抱いてほしいと強請った時に感じたぬくもりも、本物であると知っている。そうであるから強くいられることも
自分は解っている。……そうか。











『ルルーシュ、思いだしたよ』



絶命した時の異母兄の顔を思い出した。


ルルーシュは膝に置いた左手に知らず力を入れて、目の裏に蘇ってきた光景に、自分の気持ちが重なるのを感じて
胸が一瞬で締めつけられる。苦しみに呻きそうになり、慌てて口を引き結んだ。

けど、

でも、



(そうか)







だからようやくわかった。その言葉の意味を。

彼が彼を選んだ≠ニ言った意味は、そこに在ったのか。-----------そんな、ことを。





















































「ルルーシュは強いわね」
「……」
「でも、私はあいつが皇女として戦う姿勢を取り戻したからって、ブリタニアであるあいつの手に下るつもりは全くないわ」
「……」
「あんたも、あいつと同じよ」
スザクの手から零れ落ちたものを床から拾い上げて、手の中にあるものが金属のそれであることを確認した目が、
視線を落として睨みつける。体の半身をガーゼで巻かれたカレンがコートだけ羽織った状態で立っていたのだ。
その下でスザクは片手をそっと持ち上げ、カレンが手にしたものを『寄越せ』と暗に示した。彼女はすぐに意図を察して
その手の中にぽろりと金属を落として、スザクの手のひらに収まったのを見る。
そして一度瞬きした後、暗い表情を隠しもせずに、カーテンから光の差し込む病室で口を開いた。
「スザクがもう私や日本なんかより、理屈抜きであいつについていくのは納得したわ」
「……」
「こんなただの金属でも、……戻ってくればその本人が傍に居るのと同じくらい幸せなのね。それってすごいことよ。でも同時に
悔しくもあるわ。どうしてそれが私じゃなかったのと、思ってしまうほどには……、まだ、私も」
紅蓮が潰されたことで半身に火傷という残る傷を与えられたカレンは、顔を半分覆う前髪をすくおうともしない。
逆に目線をスザクへ下げたまま、体を倒してきた。胸と腹を往復したスザクの包帯を上から触り、傷口の盛り上がった個所を
指で触れる。一瞬だけ翡翠が痛そうに細められた。しかしカレンは行為を止めようとはしなかった。


そっとその背中から、持ち上げられたスザクの腕が背中を回ってカレンの肩を触る。
長いコートで隠したその下は、火傷でひどく皮膚が爛れていた。スザクが負わせた傷のほうが自分のものより重い。


けれどもうお互いの関係は元には戻らないのだろう。
さようなら、ばいばい、と告げる幼馴染のような別れがしたくて、彼女はやって来た。
それをスザクはどこかで感じていた。だから友人として先の幸福を祈る。君が居るべきところは解放戦線ではなかったから、と。


「行くわ」


スザクに触れられたことに満足したように細めた瞳との距離は近かった。しかし最後までスザクは口元を覆うマスクを外さなかったから
二人が会話らしい会話を交わすことはなかった。きっとそのことを見こして、カレンは此処に来たのだ。


赤い髪は顔を隠していたけれど、目には冷たい光など宿ってはいなかった。
むしろ絶望を知って破滅への道を辿ろうと決意したのは、彼女ではなく、もう一人の彼女≠ナあろう。








それを此処から去っていくカレンも、スザクも、気付かない。
本当に失望の底に落ちるような、物質が破裂して分散する音を聞くまでは。













































ルルーシュが、
桐原翁が俯くそのソファから、向かい側よりみていた光景は、一昨日までの雨が嘘のような晴天の空だ。
自分が壊してしまった花壇がある展望台は、クラブハウスから丁度見える位置にあった。

視力はいいほうだ。
紫電が震え始め、泣き伏せている姿を見ることから、空のほうへとしっかり目線をあげようとした時。
それは黒い流星のように自分には映った。
展望台よりその先の青い空に向かって飛び立ったようにも見えたから。鳥だと思った。しかし続いて耳にした風の裂く音に心臓がふわりと浮く。


バ、ァッ…………ン!


ルルーシュは中庭のテラスから飛び出すように走っていった。



















ミレイが、
調理場で食事の支度をしていた咲世子が、
渡り廊下からルルーシュと同じく外を眺めていたセシルが、
ほぼ同時に同じ音を聞いた。


それは肉が地上に叩きつけられる音であり、重力に打ち勝てなかった鳥の末路とも言える。
けれど走りだしていったルルーシュにとっては、彼女と同じものを目線の先で追っていた桐原にとっても、それはただの音としての情報ではない
間違いない自分たちが知る彼女≠フ覚悟の証。その為の天が下した結果。


いつだったか自称ルルーシュの恋人であったジョルジュが埋められていた花壇に、彼女≠ヘ仰向けに横たわっていた。
ルルーシュが駆け寄る前にはもう、助からないことなど解っていた。だけれどそんな末路を辿ることは予想だにしていなかったから、
部下も家族も仲間もパートナーも奪った上で何を言うか、と叱責を受けてしまいそうだが、それでも構わなかった。後悔させてほしかった。



「神楽耶……っ!」





皇家の当主が展望台から本校舎の花壇へ、飛び降りたのだ。

























足元の砂利が、地面と接した背中からどんどん溢れる血を吸っていく。


「ぼんやりと暫く空だけ見ていたわ」

まだ口は動かせるようだったから皺がれた声で歩いてきた皇女に語りかけた。
皇女は何故か両手を顔に当てて、膝をがくがく震わせている。

あの炎の前では随分強気であったのに。
藤堂の首をスザクと共に刎ね、その頭を片手同士で手にしていた時の後ろ姿は、正しく英雄そのものであったのに。



(あなたはシュナイゼルのようには成りきれないのね)


「もう死ぬわ。私……」
「どうして」
「とても馬鹿げたことに今まで怒っていたから、もう頭のほうが考えることに疲れてしまった」
ごめんなさい、と呟く。それを聞くルルーシュは膝をがくっと地面へつけて、頭を項垂れた。神楽耶の目線を受け止めることは
耐えられないのか。---------いや、そうだとしても、

「お願いです。聞いて」
「--------っ、……」

呻きが肯定なのか否定なのか曖昧に聞こえたが、神楽耶は顔をルルーシュから空へ向け直して、喋るのを再開した。

「ゼロが見ていたのはこんな景色ね。いえ、ナナリーと呼ぶべきかしら。貴方の弟の……。よく実弟であったのに窓から突き落とすなんてこと
出来たわね。よっぽど嫌いだったのかしら。もしくは、よっぽど愛していたのかしら。どちらなんでしょうか。……訊いても、いい?」
「……」
「辛い質問でしたわね。だけど、今は少しナナリー皇子の気持ちが解る気がするわ。今の貴方の、どこか憑きものが落ちた顔のようにね。
実際シュナイゼル皇子と同じことを結果的にはしてしまったけれど、かならずしもあの人と同じようではなかったから、そこに安心
したのでしょう。そう思えるわ。--------それが、貴方があの炎の前で覚悟をした時、得たものなのね。……よかったわね」



心にもないことを言う。
しかし、ようやく顔を覆っていた両手を外して、ルルーシュはその紫電に神楽耶を映した。



「かぐや」
「貴方は永遠のお姫さま。守るよりも守られて、正すよりも崩して壊していくことに人生を翻弄されていく。そんな運命だとそろそろ
解ってきたのでしょう」




何度、家族が死ぬ場面に居あわせるのか。
これからの人生もっと多くの死人と会うことになるのか。
それを暗示したいのか。自分で自分の言う言葉が神楽耶にはよくわからなかった。それでも、彼女がひたと視線をこちらへ向けてくるので
自分の最期を看取る相手には相応しいかなと思って、口元を綻ばせる。ルルーシュの瞳が見開かれた。


「私が死んでも泣かないで。藤堂に道連れだって約束したから、気にする必要なんてないわ。……貴方たちに勝ってもこうするつもりでいたから」
「……え……」
「でもね、貴方たちはこんな道選んじゃ駄目よ。もう死ねない体になってるからとかそんなことは関係なしに。貴方は貴方の努力の関係
有る無しに関わらず、スザクさんより先に死ぬことは許しません。これは、このエリア11をあげるかわりに私が出す、交換条件のようなものよ」




のみなさい、と。
神楽耶はあるだけの力を振り絞って、ルルーシュの手を引き寄せた。そしてそれを自分の首もとへと持ってくる。











「貴方の手で戦争を終わらせなさい」

折れそうなほど細い首に回した手は、汗で湿っていた。
一瞬神楽耶が言っている意味がわからなかった。けれど、後ろから駆け足で近付いてくるミレイの足音と、その後ろから
『どうしたのだ』と追いかけてくるセシルの声にルルーシュは意識をはっきりとさせて、そして。


少女の首を絞めた。




まるでまるで、公約を結ぶかのように。十年前シュナイゼルがスザクと交わせなかった、果たせなかった約束を
また結ぶように。




























































































スザクは遠いまどろみからようやく意識を浮上させた。
低血圧に血糖値が著しく下がっているといっていい状態は、きっともう暫くは続いて、万全に動けるようになるにはあと数週間はかかると
自己診断していた。
そんな自分の体の傍に、そっと腰掛ける体温と重みを感じる。目を開けて見た先には、絹のような黒髪を垂らして
いつもの白い顔を覆ったルルーシュが居て。『どうした』と声をかけようとした。だがそこでスザクはまだ自分が酸素マスクをしていることに
気付き、それをそっと外す。生の声ではないと主君は顔をあげないと思い、体には無理を強いてもそうしようと思ったのだ。









「殿下」







呼びかけたと同時に腕が伸びて、スザクは首を絞められた。
俯くルルーシュの顔は伺い知れない。だがどこかから血の匂いが香ってきて、彼女の指先にもぽつぽつと斑点が現れていたから、
何か不幸にでくわしてしまったんだと理解した。
力が例え入らなくても強い意志があるなら持ちあがるだろうと思って、スザクはルルーシュの頬へと手を伸ばす。そして、首を絞められて
なお且つマスクのない状態で呼吸は困難であったけれど、やさしく彼女の頬を両手で包んで、自分が見えるほうへ上げさせた。泣いていた。
ルルーシュは声にもあげず泣いていたのだ。

ぽろり。
ぽろり、ぽろり。またぽろり、と。彼女の顔から雫が伝って落ちていく。
それをスザクの当てた手のひらは一滴も逃すことなく掬った。受け止める皿のように。決して離さないと決めた意志のように。
彼女へ傍に居ると誓った証の、再生のように。

そうしたら、ルルーシュは首に込めていた力を緩めて、自分の顔を包んだスザクの手に、その手を持ってきて重ねた。
涙に本来の色を虚ろにした双眸を、ぐっと痛みを堪えるように、吐き出さんとしたような瞳でスザクを見つめて、
またぽろり、と涙を零れさせた。

「泣かないで」


震え始めた細い肩を見つめて、翡翠を曇らせる。が、こんなこと口にしても止まらないだろうと思ったスザクは、
どうして今腕以外に力が入らないんだ、と、自分の不甲斐なさを呪って、また『泣かないでください』と掠れた息で、口にした。

そうする度にルルーシュの目から涙が溢れる。

「おれは……」
「……はい」
「おれは」
「-------」

「俺……」


(泣かないで、いとしい人)


どうして瞳をあかくして、涙を零すのかスザクには解らない。
けれどルルーシュにとっては頬を包む温かみが、自分の指針であり、シュナイゼルから奪いとったぬくもりであり、自分を自分と認める為に
必要な、大切な相手のものだった。
瞼を伏せて、はらりとまた零す。それを指で掬い取って、スザクは黙ってルルーシュの次の言葉を待つ。彼女の震えは徐々に治りながら
零れるしずくは冷たさで満たされていた。

(なら)

もっと出して、もっと出して、どうか楽になってください。
僕がこうしているだけで泣くことができるのなら。









スザクの頬を包む手は、ずっとそのままだった。
ルルーシュの涙は、それでも流れ続けていた。


「おれ、」

口にしたのは、離れる前に最後に一言。







「お前には死んでほしくない」









その言葉が、スザクにとってのこれからの生涯を決定づける、一言になった。