ルルーシュがそうしてラクシャータの目の前へ 立った時、向かい合う彼女のその優美な唇が開いて呟いた一言は
『化け物』 であった。











3









しかし怯んだら負けだ、……と思う。ルルーシュは開いた足に込めた力を、入れ直した。


「すべての事情を知っていると言いたげだな……、ラクシャータ」
「まあ、そうじゃないと伯爵やあんたに追われる理由がないからね」


長い髪が風に揺れている様子を見ていた紫電が、ぴく、と動いた。向かい合うラクシャータの肩から血を流してる要因に
ようやく思い至ったらしい。銀髪の元主任と一体どんな因縁があったのか知りはしないが、とにかくルルーシュは、彼女が間接的にも
自分とスザクと戦った存在として、問い詰めたいことがあったから---------、瞬きを一度して、瞳をまた見開いた。
紫電のその輝きが、相手には亡き兄のようだと思われているとは知りもせず。
「化け物、とも言われる筋合いはないぞ。俺には」
「そうかい?あんたは充分に化け物じゃないか。シュナイゼルにロイドにあの騎士に色んな男をタラしこんで。
あんたのおかげで一体何人が死んだんだい?……ああそうだ。ゼロはカウントしないほうがいいか。
あの男はむしろ姉であるあんたに傾倒することで自身を肯定していたからな」
「黙れ」
自分の正体がバレることも構わず、生徒会室でカレンの頭を踏みつけた時に発した声と同じ低さで、ルルーシュはラクシャータの言葉を遮った。
「あいつのことを知りもしないで、好き勝手に喋るな。ロイドや兄君に対しても同様だ」
「おお怖い。さすがは皇族だ、……言葉でも態度ででも人を威圧することに慣れてる」
「--------黙れ」
腹が経つことを言われてそれでしか反論できない自分を心の奥底で呪いながら、また唇も歪めた。
「お前こそ何さまのつもりで俺のことに関わってくる……港の攻防で騎士団の長とともに死んだと思っていたが」
「それはまあ、濁しておこうよルルーシュ殿下。些末な問題さ。これから私が告げることよりはね」
「……?」
傷ついた腕を重たそうにあげたラクシャータの、その指に挟まれているものに目を顰めた。褐色のその先には鈍色に光るフィルムがある。
ラミネート加工がされた写真であるそれが、風にぴゅうっと飛ばされてルルーシュのもとまでやってきた。また写真か……と、
少し怯える心で受け取る。そして、風に遊ばれて裏返しになったそれをピラリと捲った。-----------!

そこに写されている光景。
ナナリーと共に死んだと思っていた緑髪のあの女が……。






「ゼロが殺したクロヴィス・ラ・ブリタニアのことは覚えているだろう?」




そう。



シュナイゼルとロイドの研究対象がルルーシュであるならば、
私とクロヴィス皇子の関心はその女にあった。-----------と告げるラクシャータ。

コードネームは、C.C.。




「まさか」
「嘘じゃないよ。----------あんたが胸を貫かれても死なない理由も、なお且つ年を取らない姿であることも
すべて納得がつくさ。だって、なあ……!」
乾いた血がこびりついた指先が閃光のように紫電へ飛び込んできた。避ける暇もなくルルーシュは貫かれる。……よかった、
すんでのところで止めた腕のおかげで頬を掠めるだけですんだ。けれど。
「ブリタニアの暴君はあの冷酷な瞳で教えてくれなかったのかい」
「……え」

続けざまに呟かれた一言がルルーシュの耳を打つ。柔い肌が震えた。目の前の風が強くなり、もう思うように前が見えなくなる。


何もロイドがあの神殿で語ったことがすべてではないと物語るように、彼女の昏いルージュに引かれた唇が弓なりにそっていた。



(俺は)






何を勘違い≠オているというの?

























神殿からロイドの体を引きずり戻して、まるで何百メートルも歩いた兵士のように柱にもたれ、倒れてしまったルルーシュが
何とか閉じ切らずに薄い瞼で見ていたものは、母マリアンヌの淡く微笑む顔だった。

なぜ笑ってるの。
どうして寂しそうに見降ろしているの。

彼女の鳶色の瞳が語るものは、まるで相反する意味をもつエチュードのようだった。繰り返される、声と声がサイレンのごとく
耳に震えてくる。

そう、ルルーシュはあの時怖くなって、----------ロイドを引きとめられた喜びよりも、まず底知れない恐怖に陥り、神殿の外へ逃げた。
マリアンヌが誘うようにこちらへ来ようとしていたから。突然自分の体が自分ではないように感じもしたから。来ないでくれ来ないでくれ、と、
騎士が見ていたら制止の声で止められるようなこともしようとした。

シュナイゼルの魂が抜けた骸から伸びた、スザクの……彼の剣をとって。


(そう、だ)


スザクがこちらへ来るまでにしなくては、と思って、自分の胸に突き刺したのだ。
神殿の門をくぐることを拒否した時に見た、マリアンヌの笑顔を振り切りたくて。
そうでもしないともっと彼女よりも奥深いとこまで行ってしまうような気がしたから。---------だから、だから、柔い胸を突いたのだ。


自分の家臣も妹も弟も兄でさえ傷つけるこの体さえ、彼女に産み落とされなかったら、今さらこんな思いしなくてすんだのに、と。



そして、この写真。


「殿下、あんた、あの神殿で何を見たんだい。誰に触れた?ロイドと皇妃……それと」
「し、い……つ……」
「そう。代わりに瀕死の騎士のもとにはゼロが行った。精神体に近い状態になったあいつが、こと切れてしまう前に再びシュナイゼルへ
向かわせようと枢木スザクに命を預けたんだ。元は死んでいてもおかしくなかったのに。その騎士が今も生きているのはゼロのおかげだろう」
「……」
「そしてあんたが死なない体になったのも、何度剣で貫かれても平気なのは、彼女の遺伝子がもともと体に根付いていたから。何でか?
それはマリアンヌがあんたが生まれる前からC.C.と深い交わりを持つ人種だったからだ」
「……っ」

追い詰めるために追いかけてきたのに、逆に追い詰めたほうの女から腕が伸びてきて、両腕を拘束される。
バッとシャツの胸を開かれ制服に結ばれていたネクタイが地に落とされた。足元から視線をあげれば、至近距離に白い胸を凝視する、
深紅の瞳。この女がロイドとともに自分の体を操作したのか。------------いや、だがしかし……!
「や、」
「私はセシルと伯爵と共に居ながら、クロヴィス皇子が神根島の研究所で始めたC.C.の研究にこそ興味をもった。もともとはナイトメアの
開発なんてそれをカムフラージュする為の口実にしか過ぎないことで、例え肉親を殺すより酷い目に合わせても
宰相閣下は静止ひとつしななかった。あんたが数ヶ月間昏睡した最初の眠りの時も、実の姉と引き離すことになんの未練も
見せないでシュナイゼルは言った、まだロイドの部下であった私にね……。ゼロ、いやナナリー皇子を好きにしてもいいって」


耳を塞ぎたかった。こんなことが訊きたくてこの女を追い詰めたわけじゃない。


しかしその卑しく曲がる口元に真実をひとつでも探り当てたくて、ルルーシュは震える瞼を下ろして、腹の底から込み上げる負の衝動に
耐えた。どんどん、内に眠っているというもう一人の人格が、楽になってしまえと自分を誘惑するように、胸の裏をノックしてくる。


だめだ。



もう多くの人を殺してきたけれど、それだけはしてはしたくないと首を振る。ルルーシュは潔癖でありたかった。
自分たちが逃げる為ではなく一時の高まった感情で相手を滅ぼそうと考えてしまうなんて、ただの殺人だ。俺は、もっと……。


---------------



瞬間。
頭の中にある女の声が聞こえてきた。あの神殿で出会った時の、彼女の声だった。






スザクの体に命を預けたナナリーは死んだ、とラクシャータは言った。
ならば自分の体に溶け込んでいった彼女のほうは、意識までは消失していない、ということなのか。
そう、……胸の傷は元を辿れば彼女の負ったもの。
ルルーシュは、外的に傷つけただけ。……なら、剣を宿すその意味は。もしかしたら-----------。


何を堪えているんだ。弟や兄を侮辱されたら、そいつを殺してしまえばいいだろう

「そんなことはできない」

衝動を認めてしまえばシュナイゼルがしたことと何ら変わらなくなってしまう。駄目なのだ。兄に護ってもらったからってその兄と
同じような人間になってしまうのは。自分の行動にはちゃんと理性を持ちたい。スザクが日本解放戦線を殺しても
自分の手だけはしっかりと離さずに連れてきてくれたことのように。目的だけはもった修羅の道を進んでいきたい。

だから、



けどなルルーシュ、それは甘えだ。お前は自分が少しでも愛しいと思うから、そこで踏みとどまるんだ。
それさえ無かったら今頃誰からも束縛されずに、一人になっていただろう

ロイドが描いたあの絵本のように。ハープのようなゆったりとした音域の声が胸を騒がせる。-----------違う。

「……れは、いや、だ」

それは、嫌だ。

ラクシャータの手に拘束された肩に、力を込める。
強張ったその気配に、波打つラクシャータの髪が揺れた。

「そんなことをしたら軽蔑される。この世でスザクにだけは尊敬されていたいのに、そんな姿を見せてしまったら
きっと自分が自分を肯定することもできなくなる……!指針を失って、俺にその代わりを求めた兄君のように」



「俺は俺が好きでいられる俺で在りたい。他の人間にじゃなく。でもそれは俺の場合、スザクが居なくちゃできないことなんだ。
だからあいつが嫌うことはしたくない。例えそれが人非人のような真似であっても……、家族よりも血の繋がらない他人を選ぶことに
なってしまっても、そう見えたとしても」

ルルーシュは、はじめて自分の胸から、スザク抜きで剣を抜こうとしていた。
片手はラクシャータ、もう片方は自分の開いた胸元へ。伸ばした指の先に緑色でない白色の光が溢れだす。目をぎゅっと閉じていた
顔をあげて、至近距離にいるラクシャータを睨んだ。









化け物と呼ぶのなら、化け物になってやろうじゃないか。







(お前たちがそうしたんだ)

この手に掲げる長剣は衝動により振り落とされるものではない。
かつて家族であることを何よりも求めたルルーシュのその血縁たちへ捧ぐ、哀しみの思いで振り落とすものだ。



















































ラクシャータの興味と野望は常に隣り合わせで、ランスロットの開発チームに最初は属しながら、どんどんシュナイゼルより
クロヴィスよりな思考に陥っていった。まだ開発段階であった第七世代の中で、なお且つルルーシュが関わってくる前に
彼女と袂を分かっていてよかったと心から思う。
そしてまた、セシルがすべての事実をルルーシュとスザクに明かしたことのように、
ラクシャータにも少しの申し訳なさがあったならこんなことにはなってなかっただろうに……。



芝生に足をついて、道ではない道を真っ直ぐに突っ切ってきた、特派のそのトレーラーから降りたロイドが目を細めた先に見たものは、
まるで憑きものが落ちたように呆然とする緋色のマントの姿だった。
だがその衣は地の赤色ではない別の色でどす黒く変色していた。ひい、はあ、と浅く呼吸する音が聞こえる。それだけしか、
彼女が無事だという証明はない。
「殿下……っ」
泣きたいのは彼女のほうであるのに、すぐに走って行って抱きしめてやりたい衝動に駆られたセシルの肩をぐっとロイドは抑えて、
芝生に佇むルルーシュから視線は決して反らさなかった。
「殿下」
再び、声にして呼びかける。スザクはどうしたと問いたい。だが黒髪は風に揺られて、今の気持ちを如実に表しているだろう顔を
隠してしまっていたから、もう一歩もロイドは自分からは近づけないだろうと思ってしまった。ルルーシュのぶらりと下がった手には
白く輝く刀身と、自分の元同僚であったものが付着していたから。きっと今胸中は後悔と悲しみで一杯になっているだろう心を、
現実に呼び戻すにはあまりにも-------------。






「殺したわね」




が、そんな内情とは反して彼女を浮上させる声があった。自分たちの反対側--------ルルーシュの背中側からだ。
どんな移動速度でトレーラーに追いついてきたのか、驚きにロイドが目にしたのは、斬月から藤堂の介助で芝生に降り立つ、
反面を火傷の傷で覆った少女だった。彼女は嫌らしいものを見るかのような目つきで、瞳を引きつらせて、しかし口元には笑みをのせている。
その顔を手のひらで半分覆い隠して、血まみれになったルルーシュへさらに追い打ちをかけるように、声をあげた。
「自分だけ被害者だというツラは、お見せになさらないで下さいな。皇女殿下」
「……」
「で?結局どうなったというんです。紅月はスザクさんと相打ちになったのですか。姿が見えませんが……」
鈴のような声にそっと振り向いた紫電が、首を項垂れて、とうとう膝から地面に落ちようとしていた。
少女の柔らかい追及にも声ひとつあげないで、ぼんやりとした双眸に、周りの人物全員の顔を収める。
「-------------」
ふらふらと安定感のない状態でよく保ったと思う。だって今は----------自分を人外の者にしてくれたC.C.も、ここまで連れてきてくれた
騎士も居ない。



ぱたりと、神楽耶の言葉が止んだ頃に、ルルーシュの瞳からは涙が零れた。
溢れた力と無くなった指針の威力のおかげで、自分の体に返ってきた反動は大きい。











ひとりぼっちだった。








乾いた血の上にぽたり、とまた雫が落ちる時にもうルルーシュは立っていられず芝生に足をついて、額を地面へ押しつけた。
セシルにはその光景が脱力した結果そうなったものではなく、斬月にいる神楽耶へこうべを垂れているように見えてしまった。
ロイドはその光景を真っ向から受け止めて、ラクシャータを撃ってもう用はなくなった銃を足元へ捨てた。目の前にいるそんな姿をしている
ルルーシュはかつて自分がそうなることを望んだ絵本のシーンによく似ている。


ではそのシーンの次にあるページには、どんなシーンが描かれていたか。ロイドは思いだそうとして、一瞬翳った芝生の草の模様に
ハッと顔をあげた。セシルの首を咄嗟に掴んで特派のトレーラーの開いたドアに滑り込む。彼女が上司のその行動の意味に気付いたのは
それから一秒もたたない後のことだった。

「え……!」

風が一瞬体を浮かした。頭上を見る。神楽耶は声もなく口を開いた。



本来ヴァリスとは熱源を内部のトリガーに貯めて、充填したものを発射する機能を持つ……簡単な例えでいうなら只の筒である。
それを肩に担いだランスロットが空中より舞い上がり、地上でどんな変化が起こったものか動揺する神楽耶たちのもとへ
叩きつけるように発射した。
至近距離にルルーシュがいるなら奇襲はないだろう、と思っていた浅はかさを、神楽耶は後悔した。
半身を包帯で覆う藤堂に庇われ、芝生であった地面を一瞬で火の海にかえた業火から、彼女は何とか逃れる。だがここまで騎乗してきた
斬月は肩の部分から片側の足まで溶解してしまった。まるで冷たい土を探して逃げるようにごろごろと藤堂の腕に抱かれ転がっていく。
そしてその隙間から新緑を見開いて、覗いた。ゆっくりと空中から地上へ舞い降りて皇女のもとに膝をつく、白銀の機体を。

スザクはコックピットの、アルヴィオンとなってもまだ脱出装置が取り付けられていないハッチを片足で蹴ってこじ開け、
すぐに芝生へと飛び降り、虚脱状態となった蹲るルルーシュのもとへ駆け寄る。無言で痩せた肩から落ちた緋色のマントの裾を掴む。
「……殿下」
耳元に起きろ、と囁くように言っても涙を零す白い顔は生気を取り戻さない。けれど逆にスザクは遠慮することなくマントを肩にかけ直して
ルルーシュを起き上がらせてやった。自分に身を預けていた状態であった背中から腕を離して、しっかりと座らせるようにする。
そしてその横から立ち上がる前に、スザクは指を伸ばしてルルーシュの頬を撫でた。灰色に濁ってしまった雫を端へ払ってやる。
「……ぁ」
立ちあがったスザクを前に、紫電が下から上へようやく揺らいでみせた。手にしていた自分の胸から出した剣をスザクが持っている。
いつの間に。
それでどうするんだ、と声にしようと思ったが、ルルーシュの喉からは音が出なくなっていた。異母妹が亡くなった時と似ている。
けど、あのときのように助けばかりを期待していい状況では、ない。
スザクはそうして徐々に動き出したルルーシュに満足し、一度振り返りぎわに笑みを見せた。追ってくる紫の視線にまた背中を見せて
手にした剣を掲げ、ごうごうと火が燃える場所へ走っていく。






その先でルルーシュは剣と剣が重なり合う音を聞いた。
自分もその場まで走っていってやりたいのに両足に力が入らないのは、半端に自分の力を解放してしまったためか。または
自分の中の何かが死んだのか-----------。

「藤堂!」

炎の奥で神楽耶が叫ぶ声が聞こえた。
だが、そこへ行こうとするところをロイドに止められて、ルルーシュはその先で何が起こってるか知ることが出来なかった。
右の頬には、彼が涙を掬ってくれた感触が残ってるだけだった。