カレンはコックピットのレバーをずっと握り締め
ていた。
目標の白い鬼神が現れても、ずっと握り締めていた。逃げて居たいと思う心よりも勝ちたいという欲求のほうが勝ったからだ。
(ルルーシュに勝ちたい)
2
ガンッ!という強い衝撃がコックピットを揺らした。丁度スザクの横に沿う形で乗り込んでいたルルーシュの頭は、後ろにごちんとぶつかる。
「大丈夫ですか殿下」
目前に紅蓮が到着したことで起きた地響きであったのだが、スザクには予想して動く余裕がなかった。申し訳ないと思いながら
振り返るが---------蹲ってるかに見えたルルーシュは既に『よっこらせ』と立ちあがって、座席の手すりにしがみついていた。
「大丈夫だ。前だけ見てろ」
「はい」
「とりあえず……まだあの機体のことが全部解ったわけじゃないが、近接戦闘がまずいことは解る。お前、解放戦線の設備でどれほどの
メンテナンスを受けてたか、覚えてるか」
「僕はKMFが操作できないことにされてましたからね……ランスは一年間ずっとロイドさんが持っていてくれたし。
ですので幹部以下の僕には、……それほどの情報を与えてくれなかったと」
「そうか。……まずは動いてみるしかないってことだな」
来たぞ、とレンズをかけた紫電で見つめられ、声が届いたと思ったら、ほぼ同じタイミングで次の衝撃がランスロットを揺らした。
地面を滑るがごとくのスピードで木々をなぎ倒してやって来た赤い機体は、片手を長く伸ばしこちらの機体の肩を掴もうとしている。
パイロットスーツまでフル装備のカレンと反して、適合率の著しく下がる通常服のスザクはそれだけで分が悪く思われたが、
彼の足元に潜りこむルルーシュがそうはさせなかった。KMFとの相性は最悪だが、装備のメンテナンス、知識量、プログラミングでは
ロイドの補佐はできるくらいに自分は実力はある。
スザクも英国にいた時、特派で主任と助手に挟まれてKMFの開発に携わっていたのを知っていたので、安心してすべてを任せていられた。
飛べと言われたらすぐに宙へ浮かんでみせるくらい、従順に。
「------------殿下」
「あの鉤爪の稼働範囲内に決して立ち入るな。俺が分析して予測した通りに迂回しろ」
……まずはあの機体の動きを止める、と黒髪が呟いた瞬間に、スザクは破壊された木の隙間を縫うように走り出した。
横に縦にとすさまじい重力が、外部を切る速さについていけない内部の者たちにかかる。
だがスザクの足元にいるルルーシュの手は止まらなかった。カレンの紅蓮を誘き出すように引導するランスロットの下部で、伸ばした腕から
コードに繋がれたタッチパネルを取り出す。『よかった。アルヴィオンになってもマニュアルは残ってた』と思わず安堵する。
スザクに指示するためにすぐに画面を開いたルルーシュは、まず原子であるサクラダイトを察知したレーダーの情報にのっとって
敵機体の分析に入った。サクラダイトとはKMFにとっての共有財産であるが、個々に割り当てられた内分量の濃さはそれぞれに違う。
その違いはタッチパネルをコードにつないで分析自体をマニュアルに切り替えて解析しなくてはわからないのだが、
このランスロットにはルルーシュが居た。ラクシャータが仕上げたものであっても異母兄と部下が開発したものに変わりはない。
「ふーん……」
カレンの動きは単調で、ただこちらへと猛進してくる。新たな装備でも追加されたから強気になってるのか、はてはスザクを見つけて
我を忘れているのか。もしくは……。
「何だ?」
しかし突然動きが変わった。誰かが操作しているのか解らないのだが、前へ前へ進んでくる動きだったのが前振りもなく唐突に
いきなり蛇行するものへ変わったのだ。まるで山道をスノーボードで駆け下りるかのように。
(もしかしたら俺のように裏に誰かいるのかもしれない)
ルルーシュはスザクの足元から画面を見つつ、紅蓮の機体の奥にある何かを見定めるように目を細めた。
*
双眼鏡と無線機だけ手にした白衣はヒラリと裾を泳がせて、草が生い茂る芝生へ着地した。その彼女が足場にしていた紅蓮の右手は
ラクシャータが下りたと確認したらすぐに引っ込められ、屈んでいた機体はすぐに起き上がった。
後は互いの無線機のみでの会話となる。
パイロット席に腰掛けたカレンはここまでずっとサポートしてくれていた彼女が、ロイドにより撃たれた肩を抑えながら自分を
見上げてくる姿に良心が軽く痛む思いがした。
「ラクシャータさん」
「あっちには有能なナビが居るからね。史実には残されていないが第七世代を確立したのはルルーシュ皇女の貢献が大きい。
その彼女が敵陣に乗り出してきてるんだ、アルヴィオンと一緒にね。……傍には入れないが、こうして私が指示をしていたほうがいい。
負けたくないだろう?」
こくん、とハッチから覗かせた顔で頷いたカレンは、紅蓮をランスロットがいる方向へ向ける。
「-----------かならずあいつらの身柄を取ってきますから」
「ああ」
彼女にとっての目的はそれではないが、白髪はこくん、と縦に揺れた。
ラクシャータは口元に笑みを浮かべて、痛む肩をあげてカレンへ親指を立てた腕を突き出す。
後は無線での会話のみとなるが、自分なんかが操縦するよりよっぽど紅蓮に愛されてるカレンならば、きっとスザクに勝てるだろう。
紅蓮が立ち去った後、ラクシャータは重い鈍痛に吐息しながらその場へ腰をつけた。
空を見る。西のほうで暗い明りが覗いてきて、東の空は輝きに焼けていた。
夜明けだ。もうそんな時間だった。------------解放戦線の基地を出てから。
本当は罪に処断されるのはルルーシュ皇女ではない、自分なのに……と苦笑する気持ちと合わせて、何だか胸が締めつけられた。
彼女は言う。
クロヴィスの簡単なきっかけから始まった日本との諍いはKMFが絡んでいるようにみえて実際は全然違った。
既に明白な事実として、シュナイゼルもロイドもルルーシュ皇女の体をいじるための口実にサクラダイトという熱料をとりに
この地へ来たことはみんなに知られている。
マリアンヌやルルーシュにのみ見られた停滞する体の特質がなければ、その口実も生まれなかったが。
そう考えるとすべての元凶はあの皇女にあるといっていい。
また逆に見てみれば、彼女こそがすべてにおける被害者でもある。彼女は特別な存在だ。時がうまく通らない体であるからこそ
その身に剣を内包させることが出来ている。ファンタジーの中だけの要件に見えることでさえ、相手が彼女であれば何だか納得できる。
(-----------------)
そして自分の手だけは汚さない。いつも騎士や友人が、その周りが争っているだけだ。
被害者でもあり加害者、傍観者でもあるのだろう。
「……」
衝突した。
数キロ離れた大地の奥から地響きが伝わってくる。なんだ。ルルーシュ皇女は逃げなかったのか。
ランスロットとぶつかりあった紅蓮を双眼鏡で確認して、ラクシャータはもう足に力が入らないために座ったままの体勢で
インカムに口を開いた。
「カレンちゃん」
「はい」
「敵の行動はワンパターンよ。ランスロットの特徴をよく思いだして。回転する軌道を利用して加速させているだけに過ぎないのだから
フェイントを仕掛けてきても焦ることはないわ。今は向こうはどうしてる」
「私の動きを窺っているようです。距離があるから木をなぎ倒すよりもさっさと視界の開けた場所で近接に持ちこみたいんですが……」
「駄目よ。装備したヴァリスも新しく取り付けた飛行ユニットもすぐに使ってはダメ。まずはランスロットが大きく離れた瞬間をねらって」
受信する遠くでカレンの息を呑む気配がする。
ついで、ラクシャータの視界では、赤い機体がランスロットから射出されたスラッシュハーケンにとらえられ、雑木林の遠くへ
吹っ飛ばされていた。
ガガガ、と無線が崩れる音がする。焦った。双眼鏡を覗きながらラクシャータは立ちあがるように胸で念ずる。
どうにか体勢を持ち直したカレンは、倒れた木立の中から鉤爪をランスロットに向けて伸ばした。輻射波動もそう乱発はできないと知っているが
きっと自分自身も切り札だと思っているのだろう。何が、というと、その装備だった。飛行ユニットで飛ぶことも、ヴァリスを持ってると
見せることも、カレンの命綱だった。ギリギリの体勢の中で相手の機体にいる皇女を狙っている。
そこだ、と思った。
ラクシャータはインカムに向けて怒鳴る。大きな金属のぶつかりあう音の中にいるカレンにも届くように。
「カレンちゃん」
すなわち、ルルーシュがナビということはその彼女の動きを読めばいいということ。
あちらも紅蓮については知識が不足してるのだろう。だから大胆な行動には出てこないところにラクシャータは突く隙があるのだと思った。
「------------え?」
一瞬耳に届いたラクシャータの指示に動きが止まったが、すぐに気を持ち直して『はい』とカレンは頷いた。
ランスロットが立ち止った紅蓮の前で大きな翼を開く。ぶんっと音立てて舞いあがった機体は自分の機体を見降ろしている。そしてすぐに
先ほどなぎ倒された時に突刺されたままだったスラッシュハーケンを使って、一歩先の大地が割れて出来た谷の奥へ落とそうと
持ち上げられた。
そこか。
カレンは左ではなく鉤爪の右腕を伸ばした。ぶら下がったスラッシュハーケンの一本を掴みとり手前へと引き寄せる。
大きく体勢を崩したランスロットは空中から一気に斜めの地面へは叩きつけられ、ずるずると傾斜となった雑木林を薙ぎ払いながら
ずるずると下がっていった。
「やった」
紅蓮の右手をサッと懐に取り戻し、落ちていった白い機体のもとへ走り寄る。
ラクシャータが近接以外で相手の動きを止める方法を提案してくれなかったら、こんな好機は訪れなかった。彼女はそんなことに感謝
しながらずるずると駆け下りていって、ランスロット自身も狭まることにおびえていた間合いをどんどん詰めていった。
(ルルーシュ)
コックピットに居るだろう諸悪の根源を思い浮かべる。画面を見つめながらいつの間にか自分の腕もそこへ伸ばしていた。
中から彼女だけでも引きずり出して熱でその体を溶解させたい。
それほど憎む気持ちの高まりがカレンを前進させてくれていた。気力でいうなら解放戦線を殲滅させられた時に既に潰えていた。けれど
ここまで自分を立ちあがらせたのはスザクの存在が大きい。彼は日本人。自分と同士であるのだ。自分と同じ被害者であるのだ。
彼とルルーシュの間にあるような恋情ではないのだが、この思いは生半可な執着で片づけられるほど軽いものではない。
瞳を覗いてみた先には、ゆっくりと動きを停止させたランスロットが木々に埋もれている。
あと少しで鉤爪がその胸を切り裂こうとした時、突然緑色の双眸が光り出し、活動再開状態をまた取り戻した。
起き上がったランスロットは装備していたビームサーベルを構えている。そんな動作があることは見えていなかった。逃げなくては……と
思った時にはもう遅く。無防備に近づいていた紅蓮の右腕は切られていた。
「--------------……!!」
遠くでは静かに見つめてくる紫の瞳が。
自分は誰も愛したことのないような執着を知らない純な瞳がカレンは嫌いだった。ルルーシュが森の影の丁度死角となっていた位置から
自分を見上げている。
今度は紅蓮が大きく傾いた時、ランスロットは反動で立ち上がり横やりに薙ぎ払ったサーベルを縦に構えた。カレンはもう駄目だと思った。
一緒に同乗していたかに見えた主従は一体どこで離れたのか。
*
「あいつの目的はお前ではないんだろう」
「え?」
「そう思う」
ハッチの中で交わす会話は淡々としたものだった。レバーを握るスザクも足元に居るルルーシュも、互いに自分のする操作に夢中になって
相手の目は見ていない。
けれども伝わるものは伝わるのか、スザクは戸惑った声をあげたがすぐに調子を取り戻し『僕はカレンの家族に等しい人たちを殺したのに』
と苦笑ぎみに呟いた。しかしふるふると黒髪が振られる。
「理屈ではないんだろう」
「……」
「標的は、俺だから」
「何をする気ですか」
「追いかけっこに飽きた。……そしてもっといい方法を思いついた。さすがに一年もブランクがあることをするのは面倒くさいし。
ここは手っ取り早く行こう」
「どういう……」
「カレンはお前に任す」
-------俺がさっき言った通りにすれば大丈夫だから、と言い置いて、ルルーシュは足元から起き上がり、スザクの横に手をついて
ランスロットのハッチの開口部近くに膝をついた。ロックを外すとその隙間からは風が吹き込んでくる。黒髪がコックピット内で揺れた。
「殿下、危険です」
「何度も言わせるな。……お前のとこに戻ってくる」
操縦に集中するくせっ毛に向けた眼差しを微笑ませて、ルルーシュは外へ消えた。その隙をついてランスロットは一度紅蓮に掴まったが、
それこそスザクが待っていた好機だった。紅蓮のその鉤爪を装備していたサーベルで切り裂く。シリンガーに装填されていた熱料を
森の中へ捨てさせ、後ろにも前にも行かせないよう新しく射出したスラッシュハーケンで縛り付けた。
その様子を森に降り立ったルルーシュが見上げている。
だがすぐに気づいたように黒髪は翻り、森の奥を走っていった。見晴らしのいい場所。---------きっと誰かがいる場所。
その影を見つけることこそがこの戦いの終結であると知っていたから。
「待て……っ!」
カレンは両手のレバーを無我夢中に前後へ揺らした。だが相手の手中におさまった機体は中々動いてくれない。
スラッシュハーケンを引きちぎろうともがいてみても、スザクの力はそれを許さなかった。自然と力の入った背中の、飛行ユニットに
動力が集まる。半分だけ地面から浮き立つようになった紅蓮を前に、至極冷静なスザクの声が森に響き渡った。
「ここまで来て殿下を追ってどうする、カレン」
「あいつを殺して--------、その後お前の首を千葉さんや朝比奈さんの墓へ持っていく!」
「……」
「何だよ……っ」
紅蓮の輻射波動の中身であった熱料が、落ちた衝撃かシリンダーから無理に押し出された為か。空気に触れて足元で発火していた。
「あんたは私たち仲間が居たのに……!何であんな国を殺した皇女のもとにまだ仕えているんだ!!」
ごうごうと燃えだす森の中で、膠着したように動けなくなった白と紅の機体は火に囲まれていく。
通信だけ繋いだコックピット内でスザクはようやく初めてカレンの本性から出る声を聞いた。
「一度あいつはあんたを裏切ったのに……」
「ああ」
「あんたのこと考えて行動する人間なら、そんな真似するはずないのに」
「そうだね……」
「一年前、あんたを本当に救ったのは私なのに……っ!」
「-----------」
指に、かけたレバーの動きが一瞬揺れた。ひと思いに手にしたサーベルで突刺せたらよかったのに。
「そうだね」
出来なかった。
けれどしなくてはいけなかった。
「だったらどうして追ってきたんだカレン。僕は君だけは特別で、始末せずに逃げてきたのに」
握ったレバーをぐん、と後ろへ引いて、腕に抱えた紅蓮を天に向けて持ち上げる。燃え広がる火がきづけば視界を覆ってしまっていて
スザクにはコックピットの画面からでも、業火の中にいる紅蓮しか鮮明に見えなかった。
「っ、う……っ」
泣き声だけが後は音声となって届く。だんだんだん、と強く拳を叩きつける音も聞こえてきていた。カレンの嗚咽は震えてか細い。
だがそれには構わずにアルヴィオンの羽を全開まで広げた。空気に触れた火が火力を増す。舞い上がるのではなく自分たちしか居ない空間に
するために火で檻を作ったスザクは、真っ直ぐに画面へ向けた翡翠を細くして。
「どんなに果てまで逃げたって、君だけは殺さないと誓ってたのに」
レバーにかけた指に力を込めた。ブチンッと縛っていたスラッシュハーケンをほどいて、紅蓮を宙へ投げだす。
そして手前へ引いた右手に持ったサーベルでその頭部を重力を利用して突き刺した。ただ直下に下降しようとしていた機体は
足をぶらんと力なく下げて、その剣を受け入れるしかない。
スザクは躊躇もせずに広がった火の柵へ紅蓮の機体を薙ぎ払った。冷たい音が耳にするようで、風を切って遠い場所に落ちたKMFの震動に
気持ちや信念まで震えそうになる。---------だから、唇を噛んだ。
ただ、誓いの重さが違うだけのこと。
道を歩く時に振り返るたび、はじめに黒髪のほうを見てしまっていた。近くに居るのはいつもカレンのほうであったのに。
きっと返される愛情で行動するわけではないのだ。
*
繋いでいたインカムの通信が途絶えた。
ラクシャータの耳にかけていた通信機はもう意味を成さなくなったのか。ザーザーと砂嵐の音をあげている。
片腕を撃たれた傷は、じくじくと疼いていた痛みからもう感覚のない痛みへと変わってきていて。状況が静かに暗転してきているのに
冷や汗を浮かべた。
彼女は、ここでようやくロイド以上に自分にとって脅威な存在に気づくことになる。
「ラクシャータ・チャウラー?」
疑問形ではあるが断定に近い問いかけに彼女は静かに振り向いて、足音も立てずに忍びよった人影に向かい、両手をあげた。
目の前には緋色の執務服を肩にかけ、下はアッシュフォードの制服を着た少女が居る。格好は非現実的であるが瞳の圧力は
甚大だった。眼差しの鋭さは兄と同じで刃のようである。
ルルーシュは両足を均等に開いて向かい合うように立った。