(逃げるとは一体どういうことなんだろう)
行く先も何もかも気にしないで、ただ傍らにあるぬくもりを守り続ければいいと、
そればかりを考える自分が本当に望むものとはきっと逃避≠ネどではなく。
「スザク?」
彼女の囁く声が聞こえる。
見上げたランスロットのハッチから覗く空はもう夕暮れだった。ああ、なんだ、そうか、多分自分はきっと。
スザクは呼びかけられて膝の上に座っていたルルーシュへ笑った。こびりついて乾いた血の塊が皮膚をつっぱったように感じさせるけれど
向ける笑顔だけは虚飾なんかではなかった。彼女にしか見せないと誓ったほんものの笑みだ。ルルーシュに対してのみ発動する器官であり
スイッチといってもいい。その表情を存分に見せた後、例え自己満足でもスザクは『ありがとう』と言った。腹を刺された痛みはまだ
続いていたけれど、
(……殿下)
いいやルルーシュ。
自分と手をとり世界の端まで逃げてくれると誓ってくれるなら、もう何も怖くはない。
スザクは思っていたのだ。あのシュナイゼルを殺した時よりも解放戦線の人間を殺したことのほうが、気持ちが随分と軽いことを。
「不思議だな。やっと肩の荷が下りた気がする……」
「え……」
「すいません、場違いなことを。でも、何だか、貴方とまたこのランスロットで空を見れるなんて思ってなかったから、
少し感傷に浸ってるんです。おかしいですね。あの時は貴方のほうが泣いていたのに……」
「おかしくないよ。多分、俺ほどお前は弱くないんだ」
揃えていた膝に手を添え直して、紫電が半分夕焼けに照らされながらこちらを見てくる。
きょとん、と目を瞬いた翡翠に対して、ルルーシュは少し目を細めて、スザクの頬へまた手を伸ばした。
「お前と居ると不思議。何でも同調したいって気分になってくる。ナナリーや兄君とは全然主義も主張も違ってて、畏怖しか感じなかったのに」
おかしいね。でも無理をしている気はしない。
「……」
「兄君は、人は他人を支えにするものだ、と俺に教えたけれど、確かにそうだ。きっと俺はお前を柱としている」
「じゃあ僕の基盤は貴方への騎士としての精神だ」
ぼそ、と呟くようにすぐ返したスザクへ、パッと頬を赤らめた黒髪が『恥ずかしいこと言うんじゃない』と操作パネルへふいっと背け
られた。
しかし少しの間を置いた後、再びルルーシュのほうから口が開かれる。
「---------でも、さっき」
「?」
「記憶が戻ったのに、俺を名前で呼んだね。ナナリーの能力で呼べなくなってたはずなのに」
俺を知らない頃のスザクは、俺を名前で呼んで当然だったけど……と付け足す。
「ああ」
それか、と返したスザクは、自分の右肩へ左手を伸ばした。ランスロットは自動操縦に替えてある。ルルーシュがじっと見つめる先で、
一年前シュナイゼルと死闘を果たした時に追った右肩の傷へ触れて、ぎゅ、と上から押し付けるように覆った。
「……」
どうか神妙になった顔つきをみて怯えないでほしい、と願う気持ちで、見守る紫電を見つめ返す。
目覚めた時に変わった体の気配、構造、塞がろうと再生へ細胞が動き始めた皮膚の組織。同胞が死んでも痛まない胸。
ずっと彼女の名前を呼ぼうとする時につっかえていた喉の呪い。-------------それはどこへ消えたんだ?
(間違いなく、あの時現れた彼の仕業だろう)
光輝く体として神の居る島で現れた、海の下へ沈んだはずの彼女の弟の姿。拒もうとも受け入れようともしないスザクの額へと触れて
傷を癒し、シュナイゼルを殺そうとする気持ちを認めてくれた。行け、と言ったのだ。ナナリーは自分の手紙を渡してくれた礼だと
スザクの半死になった体へ自らの能力を注ぎこんで、消滅した。そんな彼がどういう心境で居たかは知れない。
ただそのおかげで、自分はルルーシュを前よりもずっと確実に守れる体へと進化した。肉体的なダメージは受けるけど、
生身の人間ではない何かを感じる。多分これが、いつか彼の相棒であった緑色の長い髪の女が口にしていた、……能力の。
ならば、きっと、シュナイゼルに渡された刀がなくても解放戦線には負けなかったんだろう。
(そうか……)
「どうしたんだ、スザク。さっきから変……」
「いえ、あの時は動揺していて咄嗟の判断だったので、無礼を承知で呼んでしまったな、と反省したりなんだったり……。すいませ、」
「べ、別に駄目だなんて言ってないだろう!」
慌てて、自分だってスザクをそのままの名前呼びで呼んでいるのに、と顔を赤くした黒髪がぶんぶんと横に振られる。
スザクの体に起こった変化をまだ知らないのだから、ルルーシュがそんな真っ当なリアクションをすることは当然なのだろう。
ただ単に非礼を詫びるスザクを『そのままでいい』と焦ったように否定してくる。自分の感じた遠慮を放置しないまま包みこんでくる
そんな積極性が嬉しい。彼女も性格的に随分変わった。だから、そのルルーシュを守れていれれば道行がどんなに険しくても
関係がないのだ。恐れることは、-----------自分以外に、何も必要としなくていいのだ。
(そうだ、枢木スザク)
あの人のように修羅≠ニ呼ばれることも厭わないように前を向いていこう。
今膝の上にあるぬくもりが離れないように。傷つかないように。彼女の目的がどんなに時間がかかっても達成できるように。
逃げ続けていこう。
恐れるものは何もない。きっと本当に怖いものは、繋いだ手を再び離してしまうことだというのをこの体は知っているから。
中編
追ってくる者が怖くないなんて決して言えない状況で。でも強気なまでにルルーシュはスザクの進む道へ付いていこうとランスロットを離れなかった。
彼女だけでもアッシュフォードへと引き返して、ロイドたちの身もとへ預けてもよかったかもしれない。けど、市街から離れた皇居に近い森の外れに着陸した
時、ルルーシュはスザクの口からぽろっと出たその提案を無言で拒絶した。膝に座っていた腰をあげて目も合わせられずに痩躯が離れていく。夕暮れから徐々に
暗闇になっていった森の中は、小動物と虫たちの囁きで普段生活している世界とは異空間となっていた。
そんな場所に居ながらルルーシュを一人歩きさせてはおけない。休憩に、……と、あと現状を冷静に見つめるため着地したランスロットから
スザクの手を借りずにどうにか下りた黒髪を、負傷しているとは思えない身のこなしでスザクは追った。
「殿下」
「……帰らないから」
けれどスザク自身にも腹を立てているのか。顔も向けられずに付いてくることを拒まれる。どうしたものかと思って、数歩先の足元さえ
見えない森の中で、一番傍にあった木の枝に手をのせながら、すたすたと歩いていく後ろ姿を見送った。
よくよく見てみたら膝にも脛にも傷ができている。
じっと背中を丸めて膝を抱いていたのはその為だったのか、と後ろから観察していて気付いたスザクは、慌てて地面を蹴り走った。
やせ我慢をしているのはルルーシュのほうではないか。
「ちょ、待ってください……」
「名前を呼んでくれたから、もうほんとに騎士や総督なんて関係なく学園から連れ出してくれたと思ったのに」
「……」
「ひどい。あんまりだ。まだ体よりも身分のほうを気にされるなんて」
これじゃずっと傍に居た一年前と変わらないじゃないか。
俯いたままずんずんと歩いていく黒髪は歩調と合わせて横に揺れていた。
腕を伸ばせばすぐに届いてしまうのだが、スザクがそうしなかったのは、きっとそうしても簡単に振りはらわれて元の状態に戻ってしまうと
染みついた知識でわかっていたから。
このルルーシュという人はわからず屋なようでいて頑固ものでもあるのだ。特に自分の彼女への接し方ではそう。自分は『こうであるといい』と
思ってすることが大抵彼女へは通らない。中々本気で接してるように思われないらしいのだ。気遣うのも騎士としての自分を自覚するためで
あるのに。……ルルーシュが進む足はどんどん早くなる。
「殿下……」
追わないほうがこれ以上ランスロットから離れなくてもすむか、とスザクが急に立ち止まったら、横に揺れていた黒髪もピタリと止まった。
「……」
まるで気まぐれに尻尾を振る猫のように視線を合わせてくる。暗闇でもわかるほど。ルルーシュは追うのをやめたくせっ毛を見て逡巡し、
なんだよ、と呟いて、予想外に今度は駆け足で走り出した。
「でっ……」
「さっきも何か言いかけてやめちゃうし、俺のこともちゃんと見てないし、それでロイドのとこに返そうとか言い出すし、
お前何それ意味わかんない!----------もう、ついて来るな!」
「そういうわけにもいきません。ま、待ってください……、言わなかったことを責めるならきちんと話しますから。暗いところで走ったら転びます!」
「なっ……、俺を何だと思って、」
「---------!」
危うげな足取りで顔だけ振り返ったルルーシュの足元が、ぐにゃりと柔らかくなった。この辺一帯の足場は先日まで雨が降っていたせいで随分
ぬかるんでいたようなのだ。はっと彼女より先に気付いたスザクがスピードをあげて駆け寄る。走り込んだ先で大きく前によろめいた黒髪を
触れずに伸ばした手で腰を絡めとって、スザクは自分も前のめりになるようにルルーシュを抱え込んだ。そして彼女が地面に倒れる前に体を
反転して、その背中からぬかるんだそこへ倒れ込む。ぐちゃりと柔らかい激突の音がし、思わず目を塞いだ。痛いわけではないがその衝撃は
充分に腹のキズにクるものだったから。
「っ、あ……!」
事態を理解したルルーシュが腕の中から声をあげ、倒れ込んだスザクの腰を跨ぐ形に身を起こした。動揺して悲鳴をあげそうになる。
けれど惨事にならなくてよかった……と胸を撫で下ろすように吐息したスザクを見て、顔を歪めた。血で汚れているからスザクの私服はそう
新しく汚れてもいないようだったが、背中はべったりと濡らしてしまっていた。ルルーシュを、自分が作った屍から出てそれにより浴びた血以上に
汚さんとする意識はすごいものだと思うが、自分が犠牲になってはルルーシュも心は晴れやかではない。
それに、スザクが報告せずとももう傷のことには気づいていたから。
------------そしてそれが、服をめくって状態をわざわざ見なくてもわかるほど、既に治ってしまっていることにも……。
(……)
二人ぶんの呼吸が森を震わす。
しんしんとまた、霧のような雨が降ってきた。もうとっぷりと夜の帳が辺りを包んでしまっている。
*
ぐい、と、体に圧し掛かった痩躯の肩を脇へ押しやったのは、何も自分の正体を知られる恐怖からではない。
けれどどこか打算的な願いもなくはなかった。ずっと話はしなかったけれど気付いてほしかったこと------------自分の体がもう、シュナイゼルを
殺す
以前のものとは違っていることに気付いて欲しかったから。スザクはそれを否定しようとはしない。ただ、驚いたように瞳を円くする紫電が
悲しいと思うだけで。
「ス……」
「ランスロットを屋根にしましょう。野宿の中で風邪なんてひいたら困る」
ゆっくりと軽くなった身から地面を離して起き上がったスザクは、まだ腰をつける黒髪よりも先に早く立ちあがった。そして顔も見ずに
伸ばした手で白い指先をとる。柔らかくて肌に馴染むしっとりとした感触にまた眩暈を覚えながら。それでも、追及してこようとする
紫電からは逃れる思いで先を急いだ。
ルルーシュが解放戦線の団員に連れて行かれようとする時。脇腹を深く刺された傷はもうない。多分自然治癒したのだろう。シュナイゼルに
刀で貫かれるほどの傷を負わされた時もあっという間に治ったのだ。そういう体にナナリーがしてくれて、またそして、呪いもかけたのだ。
自分の体をスザクの体に溶け込ませる要領で。死なない体というよりも休ませない¢フにしてくれたのだ。
ああなんだ、本当に呪いのよう。
もっと早く気付いて、彼女を傷つけた解放戦線の人間を残さず殺してやればよかった。
痛みは感じるかもしれないが傷は残らないとあれば、死以外に怖いものは何もない。ようは致命傷さえ負わなければ生きてられる体になったのだ。
言わばルルーシュの弟からの無言のメッセージであるのだ。
(生きて……)
この掌に繋ぐぬくもりを守れと。
間違いなく自分にとっても必要な呪いだった。
だから。
「雨、すぐに止みそうにありませんね」
「ああ……」
「場所柄だということもあるけれど、なるべく僕から離れないでください。その……嫌かもしれないけど」
「嫌じゃない」
頼りないスザクの呟きに、目で確認してはいないがふるふると首が振られる気配がした。繋いだ手は焦ったようにぎゅうと握り返される。
そしてぽすん、と小さく音立てて、ルルーシュが後ろからスザクの背中へ額を押しつけたのを知った。握った掌は肌寒い空気と全然違って
蝋燭の光のように暖かい。安心する。安心して、何でも吐露したくなる。しかもそれを助長するように空いていた片方の手がスザクへ
伸ばされたのだ。返り血が沈んで茶色くなった服の裾を、ルルーシュが小さく掴む。
そんな風にされるだけで、多分……。
「殿下」
「俺は、お前がいつも頑張るから、楽ばかりしてる」
「……」
「それなら、-----------なあ、俺はどうしたら、お前より頑張ったことになる?」
裾を掴んだ掌が、背後から腹の傷辺りに回された。
「いつから我慢してた?」
思わず落としていた視線をあげる。目の前には森林しか見えないのにまるで目の前に彼女が居るような気がしてた。おかしい。そんなわけないだろう。
現に後ろにはしっとりとした温もりがあるのに。
「スザク……」
追及する声はやまない。ぽたぽたと滴が伝うほど雨が強くなってきているのに、どうしてか焦って彼女を軒下へ連れていこうとする気さえ
起きなかった。きっと囚われるように回されたこの手にあると思うのだが。
しかし隠そうとしていることでもないことを答えたところで、一体どうなるというのだろう。ただ困らせるだけじゃないか。仮にも、
彼女の兄を殺したことで得た対価なんて。ナナリーも自分と同じく彼を殺してやりたいと願っていたことなんて、知ったら……。
より一層兄弟に不信を抱くんじゃないか。もう泣き顔なんて見たくないのに。
「ちがう……」
けれど、たどたどしく聞こえる声が、スザクの心配を払い捨てた。
「俺は、どんな姿でも、お前を否定することなんて、しない」
黒髪の毛先に落ちた雨粒が、雫となって、頬を伝った。
スザクは首元まで伸びた手に振り向かされる。驚いて見開いた翡翠を釘づけるほど強く見つめてきた紫電にまた心ごと掴みなおされて、
雨と背中の体温にばかり気をとられていた神経は、触れた唇に集中した。気付いたら背伸びを精一杯したルルーシュに口づけられている。
拒絶するなんて考えもしなかった体が、腕が、自然と細い肩を掴んだ。両手を頬に添えた指先が、ぴく、と震えたのを感じる。
自分からキスなんて慣れてないのか、昔からいつだって自分本位に動くことをしなかった彼女からされたその接触に、確かに胸は歓喜するのに
雨が触れたところからどんどん濡れていくのと同じくらい、気持ちは冷え始めていた。まるで猟奇だ。きっと憎いと思ったら解放戦線と同じように
彼女だって殺すことを厭わない。そうまで開発された兵器がこの体であり、スザクであるのだ。恥ずかしいほど正直に目的を達成する
ことしか能がない。
(それでも……)
触れたところから感じる舌の熱さに、どんどん正気を取り戻していく。
そっと解放された口元が、まだ彼女を欲していた。言葉少なに語られる本音と合わせて、ルルーシュの自分を欲する気持ちが本物であると知る。
スザク自身記憶が戻ってからずっと避けていた衝動だ。
「ロロに、俺がまだ主君として居るからお前は弱音を口にしない、って教えられた。そうなら、今は……どうなんだ?」
二人っきりしかいないこの森の中で、アッシュフォードも英国を離れたどこともしれないこの場所で、互いに向かい合うということは。
「対等になれない……?」
「!」
「ずっと、傷ついてばかりか。まだ、このままか。一年前と同じことを繰り返して------------俺もお前も一度死んだ人間であるっていうのに。
ずっと同じ主従のまま……」
「……っ」
「ねえ、……俺は、いいんだよ」
もういいんだよ。
一歩出て、語る言葉は積極的なのに喉はしゃっくりし始めた。雨じゃない雫が目尻に浮かんでいる。自分でもどう伝えたらいいか解らないように
肩を震わせて、気丈に黒髪をあげて。霧がただようその中でも判別できるほど、ルルーシュは近かった。誰より近くなろうとしてくれていた。
我慢とか無理をしているとか、いつもルルーシュは騎士としてのスザクを心配してくれている。
それだから頑張ろうと何度も思っているのに。
「もう、いいって……」
(何を否定しているんだ?)
愕然とした呟きが口から洩れた。その響きにびくっと跳ねた肩が、違う、と言って近づいてくる。また触れるほど近づいたルルーシュが
何度も、何度も、自分にも言い聞かせるように胸を深呼吸させて、口を開いた。
「許して……せめて俺と居る間は、許して」
「-------------」
「兄君もナナリーも関係ないよ。俺はスザクについてきてるんだ。怖いものなんて何もあるわけないじゃないか」
横なぎに払われた鉈のような潔さで発せられた言葉は、ざわりと森林をざわつかせた。風が二人の間を通りぬける。
そして、翡翠をあげた。ルルーシュを見る。彼女の口から出た一言に、目には見えない手でも掬いとれない正体不明の不安が、
輪郭がわかるほどに膨らんできて------------。
ぱちり、と、瞼を一度下ろした後、辺りに雷鳴が響いた。
すぐそばにあるランスロットを置いてある方面で閃光とも思える火が走り、慌てて黒髪を胸に引き寄せてかばう。
気付いたら雨が本降りになっていて、辺りには霧よりも濃く重い、冷たい空気が浸透しきっていた。
*
『ルルーシュはもうあんたがお兄さん殺したこと、許してるわよ』
ようやく彼女のことを思い出したスザクに、彼女を一年ずっと見守っていたミレイが言ったことだ。
別にどうというわけじゃない……あの状況なら刀を抜かずにはおれなかった。まだ思い出せる。金髪が乾燥した空気にそよめいて、ざわつく
神経をもろともせずに冷静に瞳を細め、笑った紫暗を……。スザクは間違いない殺意を持って対峙したのだ。それと比べたらまだ解放戦線の
メンバーを殲滅したことは、軽い。
なのにどうして涙が出たのか。
殺戮に意味があるとは思えない。だから。
同胞殺しと誰でもいいから詰ってほしかったのか。
もしくはルルーシュになら形容できない感情を掬いとってもらえると思って涙したのか。
雷鳴を理由にして抱き寄せた体では感じ取れない。スザクには、それほど近い距離になったのにまだ解らなかった。
ルルーシュが言った意味が。ミレイも同じように告げた言葉なのに。当人が口にするとこうまで現実味がなくなって聞こえるのか。
(いいや、でも……)
確かに、彼女は。
「殿下は、そんな風に言って……怖くないんですか」
「うん」
「僕が、閣下と変わらなくても」
「……」
「僕が、僕であることをよく解らなくなってしまっても、それでも?」
黒髪にそっとおいた手に、力を込める。肩口に埋めた顔が窮屈そうに横へ向いた。けれど、少しの間を置いてルルーシュの瞳が
スザクの胸からそっと見上げてくる。血と泥で汚れても全く擦りきれない紫電の色が、あたたかく細められていた。そんなまぶしいものを
見るように見つめないでくれと言いたい。けど少し我儘を言っていいなら聞かせて欲しい。自分が、自分らしく、彼女の為に動く動機を。理由を。
もしそれを知ることが出来たら、ゴールのない逃げ道でも強く居られる。
(だって、僕は)
「俺が、好きなんでしょ」
自分から口にするのも何だが、少しの恥ずかしさと自嘲を込めてルルーシュが囁いてくる。言い聞かすようでも催眠をかけるようでもある
その言葉が、自分が口にするよりもずっとリアルに自分のものだ≠ニいう自覚ができて、スザクは言われた途端一瞬驚いて、すぐに
黒髪に顔を埋めた。そうだ。そうだそうだ。それこそが、あの人と違うもの。ナナリーが認めた思い、ルルーシュが肯定してくれた思いだ。
自分を、唯一認められる……、
「逆に質問だ、スザク。俺が怖いか?」
「……え」
「胸を刺して、一年眠って、それでまた記憶だけおぼろげに目覚めた俺を、不気味だと思うか。それよりもずっと前から成長がおかしい体で
お前を求める俺を、化け物だって思うか?」
-----------そんなこと。
あるわけない、と動揺に揺らめいた翡翠で紫電を覗けば、胸元に身を寄せた彼女が、嬉しそうにふわりと笑い返した。
雨の湿気に空気が淀んでも、視界が一歩先まで暗くても、月が雲に隠れてしまっていても、不思議とルルーシュだけ輝いているように思える。
ずっとその笑顔に焦がれてたなんて、好きだと改めて告げるよりも恥ずかしいことだろうか。
でも……。
「ねえ、俺のために死ねる?」
「……」
「俺は、スザクと生きたい」
その言葉だけで十分だった。
スザクは記憶が戻ってからずっと自分の中に堰き止めていた欲求の枷を外した。溢れだすほど凝縮していたそれは、
簡単にランスロットの足元に黒髪を組みふせる。そして指先で掻き上げてむき出しにした白い肌へ、齧りついた。
この森には自分たちしか居ない。