スザクは身体の半分に同胞たちの血を浴びて、静 かに立っていた。

その彼の手の震えを知るのはここにはルルーシュしか居ない。



ただじっと前を見つめながら、彼女にとっては兄弟のように近かった千葉と朝比奈を討たれたカレン前にするスザクしか、
見つめることをしなかった。





彼が自分を外へと連れていってくれると言ったのだ。
それに従う以外に、ルルーシュの人生にどんな意味があるんだろう。



























「……っ、あ……」

基地内に響く放送を背に、カレンは事態がうまく汲みこめないといったように顔を歪めて、その場に崩れ落ちた。
半壊した壁とリノリウムの床を視線に入れて、次に原型を保っていない朝比奈や千葉の遺骸を目にした時は、嗚咽ではないものが
口から溢れてきて。
おえ、おえ、とむせるように屈みこむ背中に誰かの視線を感じ、再び顔をあげたら、同情のような憐憫のような、そんな表情をした
紫電と相対した。
しかしここで一番に怯えなくてはいけないのはスザクの存在である。こいつは一年前のルルーシュを失くした時から世話をしてきた
解放戦線のメンバーを裏切り、また日本ではなくブリタニアの人間の手をとったのだ。
救いの手を伸ばそうとした藤堂ではなく、強引に掴み取ったシュナイゼルのもとに黙ってついていったような---------……。


「ふ、……っ」



(どうして)


……と、悔しさを隠しもせずに睨みつけた。精一杯込められる強さで睨みつけた。


けれど。


「君は殺さない。僕を助けてくれたから」


スザクはカレンの気持ちには気付かず、頬から滴る血を顎からポタポタと落としながら、
低くそれだけを最後に呟いて部屋から出た。手を引かれてルルーシュも付いていく。外の廊下からは複数の人間がドタドタと追ってくる
足音が響いてきていた。
「どうして……!」
腰を抜かしたままカレンが叫ぶ。その声が追いすがるようにスザクへとぶつかるがその背中が振り返ることはない。
翡翠は前に向けられたままルルーシュの手を繋いでいる。



いつになったら、その手は振りほどかれるんだろう。
何度自分たちが彼らの間に介入したら、ブリタニア人と日本人という二人のその”手”は、ふり解かれるんだろう。






そういえば彼はルルーシュを失くして処刑を受けようとした時。助けに入ったカレンの目の前でも泣きながら宙へ腕を伸ばし
ルルーシュを焦がれていた。その時から二人の指先は繋がっていたのか。だとしたら、たとえあの時カレンが慰めていても
日本側へスザクの気持ちが傾くことはなかったんだろう。


(くやしい)
-----------また、全部持ってかれる。

一瞬だけ振り返ろうとする黒髪を涙目で睨んで、カレンは必死に出かかる未練たらしい言葉たちを、腹の底へ飲みこむことに
必死だった。

























箱に押し込めていた荷物たちをすべて床にぶちまけたかのように荒々しく、体制が悪くなった日本解放戦線の面々は、トップである藤堂の
崩御に人事を尽くせず、突然刃を返した枢木スザクの所在も突き止められない状態にあった。
『あっちだ』『追え』と、正確な情報が掴めない状況の中走っていけば、息を殺して壁に張り付いていたスザクがその団員たちの
首を落とし、地上へあがる通路を目指すその彼の道を阻む小石にもなれなかった彼らの数は減っていき。
朝比奈に先刻奪われたセシルとロイドに繋がるインカムを耳へ取り付けたスザクは、今更見る血の量や惨状に怯むこともなく
ただ走りながら前を見据えていた。
「スザク」
「基地から出られれば、地上にはランスロットがあります」
「……どういうこと?」
「起動キーをさっき渡しましたよね。どうやらロイドさんたちが水面下で動いてくれていたようです。彼らにとって僕たちがこんな目に
遭うのがむしろ好都合だったっていうのには腹が立ちますけど、……ナイトメアがあるのは有り難いから」
「じゃ俺が持ってても意味ないんじゃないか。スザクが騎るんだから……」
「僕はここを殲滅します」
「……」
「殿下は、先に行って待っててください」
突然スザクとルルーシュの間に雑音が混じる。
セシルさん?と剣を持つ手でインカムを抑えて、スザクは外にいる彼らと通信をとった。いきなり自分を犠牲にするようなことを言われて
隣にいるルルーシュは蒼白になる。
ここまで走ってくるのだってやっとだったのだ。確かに自分の体力では彼の足手まといになってしまうかもしれない。
けれど、それでも、彼一人を残して自分だけ先に出るなんて。しかも彼は『自分についてきてくれ』と言ってくれたじゃないか。
「スザク」
不安そうに眉を寄せて一歩出れば、スザクがセシルと会話しながら目線だけこちらへ向けて、
「……」
困ったようにルルーシュを見つめる翡翠を細めた。

「殿下……」
「暫くずっと一緒に居るって言った」
「でも誰かが足止めをしておかないと、逃げたところですぐ捕まってしまう」
「だったら、またスザクが頑張って」
「ええ……。いやですよ。貴方を連れていくなら確実に逃げる手段をとりたい。自分一人で逃げるのとはわけが違うんだから」
「でも、俺一人だけランスで逃げるなんて、嫌だ」
「無理でも、殿下こそ頑張ってください」
「いやだ!お前を置いていくなんて考えたくないっ」

どんどんエスカレートする言い争いにスザクは内心困り果てた。場所は現時点でいうなら地上に出る外通路に一番近い位置に居るだろう。
一見壁にしか見えない扉に外へと続く梯子がかけられているのをスザクは知っていたから、ここまで走ってこれば
自分たち……なくても、ルルーシュだけはロイドたちに預けることが出来るだろうと踏んでいた。
本来なら彼女の言う通りに、自分も付いていって共に逃げることが出来たらベストなんだろうが、思いの他解放戦線の人員が多い。
もう何人この手にかけたかは憶えてないが、……とにかく、誰かが足止めを担わなければすぐに追いつかれてしまう苦境にあった。
元より、いくら組織を熟知しているからって一人きりで挑めると思うから、無謀だと言うのだ。
---------ふ、と、思わず口端をあげて笑ってしまう状況だった。
「スザク」
自分の汚れた服の端を握って、追いすがるような目で見つめてくるルルーシュに気付く。彼女も同様に朝比奈や千葉の血を浴びて
白い肌には擦ったと思われる血痕がへばりついていた。それでも、隣りあう紫電は宝石のように明るくて綺麗だ。
眩しそうに目を細めて顔を近づければ、『……え』と肩があがる。ごつん、と額と額がぶつかって痛そうに小さく声があがったのを
聞いて、何だか冷えそうになっていた胸が暖まってきた。そうして徐々に柔らかくなってくる。
距離を近づかせて瞳を開ければ、不安そうに曇らしていた目元がパッと赤らんでいるのを見つけておかしくなった。まるで言い聞かせない
子どもを宥めつかせようとする母親の仕草にも思えてしまったのか。
「すいません……」
どこか苦笑混じりに謝った。
「貴方を助けたいから、この手段をとるんです」
「……、で、も……」
「僕が死ぬとお思いですか?」
「……」
「大丈夫。死にません」
「そんな簡単に言うなっ。何度も死にそうな目に遭ってるくせに……」
「だってそうなんですもの。死にそうな気がしないから自信を持って貴方に言ってるんです」
「--------」


ね、と笑いかけて、寄せていた顔からそっと身体を離した。背中に視線が突き刺さる。廊下のその奥には軍服姿に憲章を胸に
貼りつかせた幹部の一人、卜部が立っていた。人形のように感情のあらわれない目を向けて、スザクが振り向いたタイミングで
剣を構える。すぐにKMFを出してこないあたり、彼らも地下で生活する上で色々不便なところがあるらしい。
「どうしてあんなに手をかけてくれていた中佐を裏切ったんだ」
解放戦線の中では朝比奈や千葉よりも古株である男が、憎らしそうに見つめ、しかし淡々と口にしていく。一度ブリタニアから外れた
お前を救ったのは紅月なのに、と。
「そうですね」
けれど返すスザクの言葉は彼の言葉が何も響いていない空虚なものだった。社交辞令的に向かい合うよう剣を持ち、返り血に塗れた
顔と瞳で、卜部の言いたいことすべてを受け止める。

そのすべてに『だから何だ』と言ってやりたい---------。

スザクは走りこんできた卜部が大振りに落としてきた剣を受け、後ろに立つルルーシュまでいかないように両足に力をこめて踏ん張る。
そして一度跳ね返し、再びかかってくる剣筋を呼んで懐へ飛び込んでいった。
卜部が、予想外なスザクの行動に一瞬動きを止めてしまう。
まるで翡翠に空中で縫いとめられたかのように、彼は固まってしまった。

「やめっ……!」

相手の力量を察して『スザクも危ない』と感じたルルーシュから悲鳴があがるが、目の前には既にスザクの影はなく
卜部が剣を振りかぶったまま制止した姿しか廊下にはない。
気付いたら彼はその背後に立っていて、後ろの気配に振り向こうとした卜部の首を下段から一気に切り裂いていった。思わず
顔を背けて目を瞑ってしまう。

壁際と床に派手に散った血飛沫から、黒いシャツにズボン姿に刀身まで真っ赤に染まる剣を持つスザクが鮮明に現れてくる。
まるで薄いモヤがかかったように赤く染められたその空間は、異様にグロテスクだった。けれど、構わずルルーシュはスザクが
無事であったと安心して駆け寄っていく。

何故だか、自分のために人を殺すのではなく、スザクはスザクのために自分の歴史を清算していっているように思えて、
その彼の姿を否定したくなかったからルルーシュは傍を離れたくないと思い、再び腕を広げて飛びつくように抱きついたのかもしれない。
「殿下……」
「例え、負けないって信じてても、……お前が血に染まっていくと考えただけで俺……」
「そんな、-----------見てたでしょう?僕は意外と強くて、結構誰にも負けないんだから、」
揶揄のような響きを込めて肩口に埋る黒髪を覗こうとすれば、ぶんぶんと首が振られぎゅうと腕の力が強くなる。
どんどん鮮血がアッシュフォードの制服に染みこんでいって、スザクは汚れが落ちないんじゃないかと焦ったがそんなことも構わず
ルルーシュは平気でこんなことが口に出来た。
「馬鹿だな。お前は俺よりずっと弱いよ」
「----------」
抱き締める腕を解こうとしたスザクの手が、空中で止まる。
「だから俺が居ないと駄目なの」
「……」
「見栄をはるな。もっと臆病になれ。俺が居なくちゃ立てないくらいに……」
卜部の身体を越えて、抱きつきながら足を揃えてもっと近づこうとするルルーシュに、スザクは宙にあげていた手をその肩に添えて
血塗れの胸に抱き締めた。首に縋り付いた腕の力が強くなる。耳元に囁かれた言葉がクリアに聞こえた。ああ、そうか、と。
「……はい」
鼻を、黒髪に埋めて、またこくりと頷く。手がまた震えだしそうになった。
「よわいです」
暖かい小さな腕の中の感触に麻痺しかかった神経が呼び起こされる。
恥かしくて情けない、けれどルルーシュにしか気付きようのなかった見栄の部分が露呈して、押し込めようとしていた本音が
口から出そうになってしまった。それほどルルーシュの体温は心地いい。
(心地いい、から)


一時でも、離したくないのか。




遠くでまた数人の追ってくる足音を聞きながら、ずずっと鼻を啜って、ぽんぽんと背中を擦る手のひらの感触を味わった。


(貴方を助けたい)


助けたい。助けたくて仕方ないよ。
























「神楽耶さま、部屋へお戻りになってください」
「結構です。紅月にはスザクさんを追うよう指示して下さい。それと団員のみなさまはどれほど亡くなりましたか?
中佐は……」
一度藤堂のもとから立ち去った神楽耶が、団員から緊急に入った通信でことの仔細を聞き、慌てて戻ってきた。
たよりない着物姿の胸元を片手で掴んで、ガラガラと押されて出てきたストレッチャーに乗せられる藤堂の姿を見る。
すぐに彼女は彼の傍へ駆け寄って、既に出血の勢いはなくなった傷口に声を失くした。動揺する彼女の顔なんてそうそう拝めるものじゃない。
「嘘」
「枢木スザクがルルーシュ皇女を連れて脱走しました」
「まさか。武器を何も持たせていなかったのですよ。小刀だってあの人は拒否をして私に返してきた。どうやって逃げようものですか」
「……」
沈黙する団員に低く舌を打って、ストレッチャーの上で応急処置をする看護班に目を向ける。
胸部を真っ赤に染めた藤堂の顔色は悪かった。けれど神楽耶の声に薄く目を開いて、何事か言おうと口を開いている。
「お止め」
すぐに神楽耶は、ガーゼで傷口を固定しようと覆いかぶさった看護班の背中をどかして藤堂の口元へ耳を寄せた。彼は意識もうつろに
ただ『剣が』と呟いている。
「……?」
どういうことですの、と翡翠で問えば、一度彼は瞬きをしてまるで気持ちを落ち着かせるように、肺に穴が開いた胸で深呼吸を
しようとした。だが、そんなことはかなわず咽たように咳き込む。看護班の人間が非難がましい目で神楽耶を見た。
「中佐」
その様子に戸惑って、ずっと気丈の仮面を貼り付けていた少女の面差しが崩れる。しかしすぐに神楽耶はしゃんと背を伸ばした。
藤堂の身体を挟んだ向かいには桐原の姿が在ったからだ。
「翁……」
「どれだけ犠牲があってもいい。ルルーシュ皇女を討ちとれ」
「---------」
「そしてその討ち取った人間は枢木スザクとしろ。革命には英雄がつきものだ。ブリタニアの宰相であったシュナイゼルのようにな」
「そのご命令は彼が裏切った後も変わらないのですね。貴方はどうなろうともスザクさんと私を結婚させたがる」
「……当たり前だ」



「枢木の家系を途絶えさせない為には」





























走る音に混じって細い彼女の息づかいがスザクの耳を震わした。斜め後ろをどうにかスザクのペースに合わせて付いてくる彼女の足は、
ひくひくと頼りなく揺れている。もしかしたら走り続けるのにはもう限界なのかもしれない。ルルーシュは決して自分から『無理だ』とは
言わないから、スザクの繋いだ手をとるしかないのだろう。そんな姿を見てスザクが何も思わないとは知らずに。
「はあ、……はあ、は……っ」
「……」
道の曲がり角で、背中を壁につけインカムに指を当てる。走りながらセシルたちと通信を試みようとしたが、誰かが電波を妨害してるのか
卜部と対戦してからは全く繋がってくれなかった。
隣でルルーシュの息が整うのを待つ。もうすぐ地下へあがる階段へつける、と脳内に叩き込んだ地図を思い返して確認したら、
突然繋いでいた手のひらがするりと抜けた気がした。
「!」
すぐに後ろを振り返ったら隣に居たルルーシュは消えていて。どこへ行ったんだと僅かに感じた気配に顔をあげたら
黒髪が団員の肩に担がれていてゆらゆらと揺れているのを廊下の奥に見つけた。よもやこんな所でルルーシュだけ攫われるなんて
思わないだろう。
「殿下!」
インカムに集中していたせいで忍び寄ってきた団員の気配に気付かなかった。なんたる失態だろうか。
スザクは廊下の壁にまで届く思いで声を張り上げ、ルルーシュを呼んだ。けれど何かクスリでもかがされたのか気までも失っている。
「殿下……!!」
走りこんで手を伸ばしたら、ルルーシュを連れていった団員は突然廊下の真ん中で消えた。『抜け道があったか』と思い
獣の素早さで辺りを見回してみても何もなく。気持ちばかりが焦ってまた声を張り上げそうになった。---------しかし、
「っう、……」
「---------」
「お、前っ……!」
前ばかり見つめるスザクには死角だったのか。横道だけ隠し扉のように開いていた壁と同色のドアから黒い手が伸びていて、
その手の中には無数の針が突出した棍棒が握られていた。スザクは突然壁から突き出されたそれに脇腹を突かれたのだ。肉が、
千切れるように棍棒へついていく。団員は帽子の影に顔を隠した状態でルルーシュを肩に担ぎ上げたまま、微動だにせず
床へ膝をつくスザクを見ている。さっきまてせはズバズバ殺していったのにあの勢いはどこへいったのか。まるで形勢が逆転
したかのようにスザクは団員に見下ろされていた。
「っ……くそ、待て……待ってくれ!」
ゆっくりと背を向けてルルーシュを連れていってしまうのに声をあげて、必死に力の入らない足で壁づたいに立ち上がった。
けれど立ち止まるわけもない団員は素早い足取りで闇の中へと消えようとして。スザクが追いかける制止の言葉も聞かないで
走り出そうと助走をつける。


焦った。

ほんの少しの油断でまた彼女を失くしてしまうのに。



(また僕は同じことを繰り返すのか……)























嫌だ。







『……いやだ。俺一人だけランスで逃げるなんて、』






(嫌だ)






『お前を置いていくなんて考えたくないっ!』







嫌だ。











もう、-----------嫌だ。













柄を握る手にいつもとは違う無機質な力が込められるのを、少し遠い意識でスザクは感じた。









































「スザクくん……?スザクくん?殿下は無事なの?……え?
-----------ど、どうしましょうロイドさん。何だか通信が途絶えちゃったみたいです。さっきまではしっかりと声まで聞こえたのに」
「え?何か電波の弱い場所に居るとか、いきなり外に出たとか、そういうんじゃないのかい。まさか彼から切るってことはないだろうに」
「でも本当に様子がおかしいんですよ。途中まではスザクくんのほうへ通じなくなって私のほうにはあっちの音が拾えていたのに、
それもできなくなっちゃって」
「あら」
「何でかしら。その時聞こえた音では、……スザクくんすごい必死な声で『待て』とか言ってましたけど、どうなってるのかしら」
「……」
困ったわ、と呟くセシルの横でロイドはパイプ椅子の足を揺らした。二人は丁度学園の周りを囲む森の中に居て、スザクが解放戦線の
基地の入り口だというすぐ傍までトレーラーを持ってきていた。スザクがロイドたちのもとへ来て一番に彼らがスザクへ見せたものは
改良を終えたランスロットアルヴィオンで。
『これならもう落ちることはないわ』
『バリアーも張れるんだよ〜』
と意気揚々と語る自分たちをスザクは少し呆れた顔で見ていたが、久しぶりに騎った調子は随分いいものだったようで。
インカムをお守りがわりに単身一人で解放戦線へと乗り込んでいった彼は、まだ出てこない。丁度ルルーシュと走り出した頃には
一度『地上へ出ます』と通信があったのだが、途中で途切れてしまった。電波受信以外に何かあったのかもしれない、もしかしたら。

そこに、突然雷の前に轟く地響きのような、大きな地震がくる前触れの初期微動のような揺れが、遠くのほうから近づいてきていた。
「?」
「……何か」
「ええ」
「爆発したみたいな……」
何度か味わった感覚というものはそうそう忘れないようで。ロイドとセシルは顔を見合わせて静かにトレーラーの窓から顔を出す。
そしてその目で見た先では、木立の隙間から垣間見る明るい何かが、二人の視界を一瞬白くした。
眼球がやけるほどの熱さを感じて慌てて顔を引っ込める。------------まさか。
(まさかでしょ)
何かを察したロイドが女史の頭へと手を伸ばし、そのまま腕の中に囲って我が身諸共座席の下へ転がり落ちた。
そうしたら、すぐに外ではドーン……という地鳴りの音が響いて、大地がビリビリと震えるのが後に続いてくる。そうか、爆発したのか、と
ロイドが悟った時には、もう窓の外に見る景色は見晴らしが良すぎるくらいに木がなくなっていた。
「ええっ」
「スザクくんやったねー」
「ど、どういうことですか!」
「どういうことって、ランスに仕込んだレーザーぶっ放したんでしょ?狭いとこで。広い空間に向って。そんなことしたら何が
起こるかくらい科学者の君なら解るだろ?」
「空気圧が起こります」
「そうだねえ」
「お風呂に浮かした洗面器みたいに、……ぼんって!ぼんってなります。そんなことになったら中に居た人たちは……」
「------------うん。よかった。僕たち外で待ってる係で」
「薄情ですよロイドさん」
青褪めたセシルの語尾が思わず上がって、恥かしさに慌てて彼女は両手で口を塞いだ。考えたくもない。スザクだってどうなるか
解っていたはずだ。なのにそんな無茶な真似をするなんて……。
「た、助けに行ったほうがいいんじゃないですか」
皹の入った窓ガラスを見ながら、剥げてしまった森であったものの一部を目に映すロイドの肩を揺する。
けれど彼が思いを馳せるのはそんなことではなくて。一度通信が駄目になったというインカムを、今度は自分の耳元へかけた。
それで何か変わるというものでもないのだが。
「しょうがないね。怒らせるほうが悪いんだ」
「そんなあ」
「……建国以来の暴君を一人で仕留めた男だよ」
低い声をしてロイドは口端を釣り上げた。

「鞘≠ェ必要なのさ。強いけれど脆い日本刀を納める出来のいい鞘がね。そうでないと、彼はまた父親や閣下と同じ道を辿るだろう」



ロイドも。ロイド自身も欲しかったもの。



例えば、他人を殺した血に塗れても、戸惑いもなく腕を広げてくれる相手。------それから、我儘でも何でもいいから
『傍に居る』と言うことをきいてくれない真っ直ぐに自分を見る瞳。その色が。


「この空みたいだったらよかったのに」




ロイドが顔をあげた先に見る曇りの晴れた空は、夕暮れに差し掛かってきていた。
空には金星が既に浮かんでいる。斜め下にはおぼろげな姿で月が出ていた。太陽は沈んで大気や景色一体は薄い紫色で包まれている。


こんな、こんな世界が。

当たり前にある世界だったらよかったのに。









































倒れた藤堂に代わって司令官となった神楽耶から出動要請を受けたカレンは、素早くパイロットスーツに身を包み
愛機である紅蓮に騎り、すぐに格納庫から屋外へと出た。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを討ち取れ。枢木スザクは生きて取り戻してこい』
と厳命を受けたからには、それに従わなくてはいけない。例え目の前で基地の半分の壁を焼いて、白い鬼神と恐怖されたKMFに
騎るスザクの姿が人間のようではなくなっていても。赤い仲間の血が、べっとりとコックピットへと続くハッチに
引き摺られた痕のようにへばりついていても。その真紅が白い機体には映えてとても美しいなんて、……言いやしないのだけども。
-----------それでも。
(あんたって奴は……)
スザクは静かに身体だけ外へと出した状態で、昏倒したまま目を開けないルルーシュの身体を腕に抱えていた。
背中をカレンへと向けて、ゆっくりと黒髪をランスロットのハッチへと固定する。一人で居ても倒れないようにしっかりとシートに
ベルトで繋いで。彼のしていることは観察しているカレンからは主君との別離を表しているように思えた。だって彼の瞳は
どこか鬼を孕んでいるようにも思えたから。藤堂を手にかけて、朝比奈たちを仕留めたからだろうか?
それとも、ただ単に友人であった者として、殺すかもしれないという恐怖に支配された弱い心が見せる幻影だろうか。
今の精神状態ではわからない。しかし、退いてはいけないのだ。ここで。自分は朝比奈たちの仇をとらなくてはいけない。いいや、
それ以上に……。
(----------ルルーシュ)
解放戦線の標的は、ルルーシュだった。

紅蓮の片手だけ長い兵器である右腕を伸ばして、背後からランスロットごと掴みかかる。中に居るハッチ部分だけでも引き抜こうとして。
だが、そんなことを黙って見過ごすことはしないスザクが、人間とは思えない速さでカレンの動きを先読みしていた。
ルルーシュを固定したハッチから手は放さずに、刀剣だけで紅蓮の拘束を解こうとしている。しかしそんな弱い力で立ち向かえるはずもなく
難なくカレンの手の中にはルルーシュの身体が転がり落ちてきていた。これは好都合だ。
(スザクの見ている目の前で握り潰してやる----------)
残忍な衝動が腹の底から沸いてきた。反してレバーを掴む手は冷静に動いて、ぐん、と前のめりに突き出していく。
そうすることでデヴァイサーと連動した動きを見せる紅蓮は、腕にした眠るルルーシュを手前へと持ち上げて、ランスロットにまたがる
スザクとは距離を置かせた。
(これでどうだ)
一度団員の手から奪いとれたようだが、紅蓮相手では立ち向かえないだろう。おまけにルルーシュは意識を失っている。このまま
首元から胸までを手で覆って、力を込めたらこの百合のような身体はひとたまりもないだろう-----------そう思っていた。

よくも主君を一人守りたいがために同胞を殺してくれたな、とカレンはスザクを憎みたい気持ちで一杯だった。

お前はこちら側≠フ人間なのに。

こちら側≠ノ居なくちゃいけないのに。

(------------どうして、いつも)




真紅の機体から伸びる銀の爪の中にいる痩躯が、ピクリと動いた気がした。
向かい合うランスロットのボディを蹴り上げて駆け寄るスザクが再び声を張り上げる。カレンは聞いていなかったがスザクはずっと
大きな声で呼びかけていた。その名を。

























「ルルーシュ!」























ぱちり、と目が開いた。視界に入った一面の空は夕焼けの赤を全部吸い込んで夜の色に変わろうとしている。
輻射波動を打とうと充電をはじめた右腕の中に居たルルーシュは、至近距離で見る紅蓮の顔に一瞬圧倒されたが、その自分へ
懸命に伸ばされる別の腕があることを知っていた。

すっ、と黒髪を風にそよがせてランスロットを見る。ハッチへ片足を突っ込んだスザクがずっと名前を呼んでいた。世界が鮮明になる。
また彼に迷惑をかけてしまったか、と絶望しかけたルルーシュを奮い立たせるにはこれ以外のものはないというほど
彼の声が紡ぐ名前の威力は絶大で。
銀の爪の間から震える膝を立たせてランスロットの手の中に落ちようと、身を乗り出す。

「スザク……ッ」

腕を伸ばしたら受け止めてくれるだろうか。
いいや。いつだって自分たちは手を繋いでいたようなものなのだから、そんな心配は必要ないのかもしれない。



だから何も怖いものなんてない。





















あと少しの差で輻射波動から逃れたルルーシュは、無防備にも飛び出していった先のランスロットの上でどうにかスザクの腕に
抱きとめられ、ハッチに吸い込まれるようにアルヴィオンで飛び立った。
緑色の薄い膜で出来た羽根が、カレンが追いつこうとする目の前で孔雀のように広がる。
飛び上がろうとする予備動作もなく夕暮れの空に舞い上がった機体は、あっという間に星のように小さくなっていった。飛び上がれない
赤い炎を象った紅蓮は、ぽつんと剥げた森の中で見送るしかできなくて。

「……っ」

神楽耶も聞いているかもしれない紅蓮のハッチの中で、カレンは形容できない思いを意味不明な言葉で大声で喚き散らした。
狭い空間で自分の耳にもわんわん響いてくる。けれど、鼓膜が破れても構わなかった。むしろ何も聞こえなくなってしまえばいいのに。



自分以外の女の名を呼ぶ、-----------彼の声なんて。




























胸が化膿する。
口から膿みが零れていく。
胃が痛い。
ずっと憎かった人たちを手にかけても、心は全然晴れやかではない。
彼らの血がへばりついて手のひらが、がさりといびつな音を立てた。



(------------どうして、か)



泣きそうな気持ちになるのは。


そんなスザクの心を理解しようとするように、柔らかい腕が首に吸い付いてきた。そっと、弾力のない薄い胸に頭を抱かれる。
狭いハッチの中で絹糸のような黒髪が、カーテンのようになってスザクの顔を包み込んだ。
頭と、首に回された肩に添えられる白い指先が、とんとん、と優しく撫でてくる。叩いてくる。
どこか眠気を誘発される動きに翡翠を開いていた瞼が落ちそうになってきたが、スザクに訪れたのは睡魔ではなく、
真逆の-------------。

「お前ばっかり、頑張らせてごめんな」
「……」
くせっ毛に埋る口元から、細い声が吐き出される。
「一杯頑張らせて、ごめん……」
「……」
「次は俺の番だから」
「……」
「俺の……」

そっと腕の拘束が緩んで、ルルーシュの顔が近づいてきていた。目線もうまく合わせられない心境で、おまけに抱き締められるなんて
慣れてないからどうしていいかも解らなくて、そんなスザクの顔を持ち上げてどうするのか。ルルーシュは近づけた顔から
紫電と翡翠をしっかりと合わせて、そっと頬に白い手を当てた。血が、乾いたところからボロボロと剥がれていく。それに重なるように
目から液体が溢れてきていた。ぽろぽろと血と一緒に流れ落ちる滴が、全部ルルーシュの手のひらに吸い込まれていく。

反射的にその顔を薄い胸の中に押し込めてしまった。引き結んだはずの唇から零れる息は震えてもう何が何だか解らない。

目の前もうまく見えない。そこでようやく、スザクは自分が泣いていることに気付いた。


あたたかい抱擁が慰めるようにずっとスザクの頭を撫でてくれている。









昔から多分、この感触を得たいがために、自分はブリタニアを選んでいたのかもしれない。