--------------彼は助ける。


「スザクは助けます」

例え本当にこの場で、
自分だけ貴方に殺されてしまっても。





「……」
そう語るルルーシュを見下ろしながら、藤堂は、さっきまで斬月のレバーを握り続けていた手をまた丸めて、
---------------改めて敵を認識し、標的を定めたというような猛獣の目へ、見つめる目の色を変えた。

















藤堂がスザクの武芸の師匠であったというのは、ルルーシュの誤認識でもない真っ当な枢木家の記録に残されている事実であるが、
実際の教育係としてはちゃん別の女性がいて、自分は枢木の家にとっては単なるスザクの子守役の一人にしかすぎなかった。

彼はとにかくやんちゃな子どもで。母や父が『目上の者にも近しい者にも敬語を使え』というのを全く聞かずに
いつも誰に対してもタメ口で会話をしていた。藤堂も『先生』とは呼ばれるが『今日は何するの?』とくだけた調子で話をされるのが
殆どで、全く目上の者扱いをされたことがなかった。
スザクは特に負けん気も強くて意地が固く、自分の言うことも誰かから飛ばされる叱咤の声にも耳を貸さない、我の強い子どもだった。
そんな彼に憧れて、磁石のように引き寄せられるのか近所の学童がよく集まってきて、藤堂も交え、よく道場の裏山で駆けて遊んだ。
誰かが転んで立ち上がれない時、誰かが山に登って降りてこない時、かくれんぼをしていて鬼のほうがはぐれてしまった時、
スザクはいの一番に事態に気付き、進む足を止めて振り返り、誰の助けの声もないのにはぐれた友たちを見つけてしまうほど、
仲間意識が強い子どもでもあった。-----------その、独占意識の高い父ゲンブとは違う側面を発見して、藤堂は少し嬉しくなったのを
覚えている。
スザクは自我は強くあっても周りを思いやる心があった。みんなそんな彼が好きだった。その光輝く存在をくすませ、
希望ごと奪ったのは誰だったろうか。




……苦く、藤堂は過ぎた過去に思いを馳せるように、その存在を突き止めようと回想する。
が、足元に跪いたまま痛そうに両手を擦るルルーシュを見て、居た堪れなくもなった。彼女は別にわるいことをしていないのだ。
ただブリタニアを滅ぼそうとする自分たちの手からスザクが逃がそうとして、学園で生活し、眠っていただけの存在。兄のシュナイゼルとは
したこともしてきたことも全然違う彼女に、暴力を振るわねばならない理由なんて、無い。ならばもう解放してやったっていいはずだ。
ルルーシュはルルーシュでブリタニアと決別したというのなら、自分たちの仲間にスザクごと引き入れるのもいい。だが、隔絶とした
自分たちとの違いが、確かにこの皇女にはあるような気がする……。それに脅えている。
きっと、そうだからこそ、認めたくはないが内心、藤堂は彼女に恐れを抱いているのだろう。


シュナイゼルが唯一執着しようとした人間、スザクが一人の人物として大事に守る者。
そうだからルルーシュは-------------。




(違う空気を纏っているように、感じるのか)



































ルルーシュが藤堂に連れられて通された部屋には、自分とそうかわらない黒髪をした着物の少女と、少しだけくたびれて見える、
アッシュフォードの制服を着たカレンが居た。赤髪を丁度右手ではらったところでルルーシュが来たものだから、ハッと見まがえた顔は
半分右手に隠された。黙ってそれを見つめ返した紫電は、足元に落ちてから目を細めて、カレンの後ろに座す黒髪の少女へと
視線をあげた。少女は、サイドに分けてある長い前髪で半分顔を隠していた。口を牡丹の花のようにすぼめて、自分を『神楽耶』と紹介した。
「こんにちは、ブリタニアの皇女さま」
「……誰のことだか」
「貴方のことですよ。それ以外にこの部屋に、ブリタニアの人間なんて居ますか?白い肌に多色の瞳はブリタニア人の証。
血筋の濃さによって瞳の濃度も変わるようですね?シュナイゼルは灰に近い紫暗色、ゼロ……もといナナリーさまは菫色だったとか。
……貴方は何番目の皇妃の娘?」
「ばかげた質問だ」
戒められた両手首を腹の前で、とん、と揺らした。そのまま見つめていた紫電を苛立ちげに細めて、目を凝らすというよりも
相手を粗末なものとして見るような視線へ変え、まだ自分のほうへ正面を向かない神楽耶へ、続く言葉を話した。
「俺の……違うな。ナナリーと俺の母親は最初皇妃でなく騎士だった。忠実に仕える彼女を認めて、父上が皇族の身分を渡したから、
正確に何番目の皇妃かは決められてない。つまりは」
「外の子扱いということですか?そんなので一年前まで貴方は日本の地で、”エリア11の総督”なんていうでかい顔をしてたと。
ブリタニアの内部事情も難しいものですのね。大体が直系で後の世継ぎが決まるこの国が、うらやましくありませんか?」
「全く。競争がすべてだとは言わないが、近親婚も認めるそちらの家をうらやましいなんて思わない。国を永く続けようとするなら
他国の血も招くべきだ。ずっと扉を閉ざしたままで隣人の顔も知らないなんてのは、政治じゃない」
「政治じゃない……つまりは、貴方が考える国の在りかたというのは、自分以外の血が混ざったものをいうんですね?そんなの、
全然別物になってしまうじゃないですか。何年か経てば全く別の性格をもった人間になってしまうのは、国の存続にも関わります。
朝起きれば寝首を掻かれているということにもなるのじゃないですか」
「それはまた新しい国の始まりだ。……同じ血同士で同じ子どもを生み、同じことしかさせようとしない、……そんな国の
在り様は崩壊はないかもしれないが、”発展”はしない。自滅してくのを無意識のうちに待つだけだその遣り口は。あんたたちは無関心に
何年も近親婚を続けて、今の家系をもたせてきたのか?だったらブリタニアを滅ぼす、という目標もたかが知れてるな。敵は
コーネリアだぞ。敵にも家族にも容赦のない、女傑だ。手のうちにある者だけを守る。排他的ではあるが彼女のその手のひらはとても広い。
せまっ苦しいあんたの考え方と日本という国とは大違いだな。きっと地下から地上へ出た時痛い目を見る。自分の国しか知らなかった
その狭い価値観に殺されて。俺はそういうのが大っ嫌いなんだ。無自覚に傲慢でずるい奴で。そんな奴に限って大見得をきって
姑息な手段に出たりする……」
「------------」


若き女当主も底が見えたものだな、と笑ったルルーシュは、神楽耶がこれでどう出るか試したつもりだった。
それに、後ろにいて拳を震わせたカレンが出るより早く、少女のほうが先に動いた。息をつく間もなく爪先が正面を向いて、
サイドに垂らされていた髪が空気にふわりと揺れた。……見ていて、そこに刻まれた傷の跡に、はっと声を失くす。
『コーネリア』と、小作りな少女の口が、ルルーシュの言葉を反復した。



「懐かしいですわ。顔の半分に熱湯をかけられた時のことを。忘れようとしても忘れさせてくれない思い出を刺激して下さって
感謝します。国取りでは他に累をみない、超大国ブリタニアさん?」
「それは、姉君が?」
「貴方は知らないでしょうけど、初めて来日された時、彼女が枢木神社に居た私へ突然かけたものですわ。痛い、と感じる暇もなく
桐原に庭の池へと走らされました。理由は不明ですけどコーネリアがしたことは間違いないですわ。肉親の貴方がこの傷をみて
どう思おうがね」
「……」


「ブリタニアを滅ぼしたいと願うのは、私たちだけじゃないわ」
ずっと黙っていたカレンが口を開いた。


「すべては言えないけど、この地下に暮らしてるのは日本人だけじゃない。……あんたの国とのハーフだって居る」
「……嘘だろ」
「本当よ。幹部にはなれないけどね、それ以外にも、中華だって手を差し出してくれている。孤立しているのは此処で潜伏してる
うちらじゃない、あんたたちブリタニアのほうなのよ」
会長やよくわからない出自のロロとかって弟に匿われてるあんたとは違うのよ、と、まるで両手を拘束されているルルーシュを
更に縛り付けるかのように蒼瞳を鋭くして、赤髪は横に揺れながら近づいてきた。手が伸びて、頬を包むように撫でられたと思ったら
ぐいっと乱暴な所作で顎をすくわれた。何をするんだ、と睫の長さが解かるほど近づいたカレンの顔に問えば、すぐに
視界は逆転して床に組み伏せられる。声をあげる暇もなく、気付いたらルルーシュは顔から二人の足元へ落ちていた。
「何を」
「生徒会室でのお返しよ」
暗く影が落とされたカレンの顔が、苛立ちげに歪む。隣で神楽耶は口元だけで笑っていた。抵抗のできない腕を自分の体と床に
挟まれたルルーシュはどうすればいいのだろう。考えるよりも先に頭上にいるカレンから冷たい言葉と、アッシュフォードの制靴の
踵が落ちてくる。


「ハーフは私よ」


がん!
踏みつけられたこめかみからじぃん、と痺れるように痛みを感じた。何をどうされたか、を脳が知覚するよりも
カレンが口にする事実のほうが早く、ルルーシュの体を天井から突き刺す。
「幹部にはなれないわ。……一生、あんたの国と日本の半分ずつの血を持って、暗い地下で生きていくのよ。紅蓮で動くことは
私にとって天国なの。何故かって顔も見せずにブリタニアの人間を殺せるから。ね、向いてるって思わない?」
「紅月はよくやってくれましたわ」
補足するように続けて神楽耶が口を出すが、それは無言で踏みつけられるルルーシュには追い討ちにしかならない。
「貴方はスザクさんが処刑される場に一番に駆けつけて、死のうとするあの人をこの地下へ連れてきてくれたんだから。
私にはあの人以上の望みはないもの」
「……そうですか。半端な私でも神楽耶さまの役に立っているのなら、どんな屈辱を受けていても構いません。騙してると思っていた
スザクに実は騙されていのだと知っても、標的と決めていたこの女に実は標的に定められていたと解かっても」
「……」
はなせ、と言おうとした。しかしぐりぐりと靴底はルルーシュの糸よりも細い黒髪を床へ擦りつけていって、
抵抗することも叶わない痩躯は、腰のあたりをガン、と強く蹴られ、無様に横に転がった。痛みは感じるが例え呻き声でも口からは
出したくないとルルーシュは唇を引き結ぶ。ずっと壁に張り付くように後ろで見ていた藤堂が、一歩神楽耶たちへ踏み出したのを
紫電が見上げた。
「やり過ぎではないかと」
「何が?」
「……紅月はスザクくんと比べてまだ幼い。そもそも捕囚の者の前に幹部以下の人間を出すのは、規定に反する」
「藤堂さん……」
まさかの自分を咎める声にカレンの唇が震えた。その彼女に低く『下がれ』と命じる。
「朝比奈たちの所へ行ってなさい。神楽耶さまのお部屋からそのままの格好で来たのかい?せめて隊服に着替えなさい」
「これは……」
「私がここへルルーシュ殿下を連れてきたのは神楽耶さまと会わせる為だ。君はいい。早く下がりなさい」
普段相当寡黙な人間であるのだろう。現すならば、純粋な水と土で出来た人形が、指であけた空洞の目を開いて
じっと無表情にカレンを凝視するかのように、威圧していた。それに神楽耶も『中佐の言う通りかもしれない』と一歩引いて
カレンを先ほどまで居た自分の部屋へ返す。
「随分と丁重に御もてなしなさるのね」
パタパタと足音を立てて去って行ったのを見た後、くすりと少女は笑って、無邪気に翡翠を藤堂へとあげた。その視線は現に、
彼がしたルルーシュへの扱いと、一年前スザクをさらってきた時の扱いの差をさしているのだろう。先ほど彼女も言った通り
スザクはカレンの手により生き延びることが出来た。あれに加担したのは藤堂の配下にいた少数の人間で、実際には
彼は枢木奪取の作戦には協力していない。桐原と二人静かに、皇の本邸に居た。
「何かお気に障りますか」
「別に……」
「ルルーシュ殿下と二人にさせて頂いてもいいでしょうか」
「どうして」
「彼女と話がしたいからです」
貴方が居ては殿下は床から起き上がれない、と無表情に呟く。
軽く耳にすれば嫌味か皮肉にでも受け取られかねない藤堂の頼みがルルーシュには意外に思えた。
が、さらりと聞き流したらしい少女は顔の傷を前髪で隠して、了承したというように目を伏せ
四面に作られた部屋の隅へ静かに歩いていった。藤堂の手が床に落ちた背を支えてくれて、どうにか腹筋だけで腰をあげたルルーシュは
ドアから外に出る前に消えようとした翡翠に、一度だけ睨まれる。
「……」
言葉ではなく視線だけが交錯して、簡単に離れた。

後ろで眺めていた藤堂は、斬月からずっと戒めていた両手の拘束を解こうと、ルルーシュの前へ回った。解いてくれるのかと思って
おずおずと差し出せば、絡まる調子も見せず紐はするりと抜けて。多少跡は残ったが動く分には支障はない、と腕を振るった。
じ、とその様子を見ながら『どうでしたか』と問われる。びく、と急な問いかけに肩が跳ねたが、すぐにさっき会った神楽耶のことを
言っているんだなと思ったルルーシュは、どういった表情をしていいか一瞬戸惑って、足元に視線を落とした。
「ブリタニアが他国に”交渉”ではなく”奪取”を目的として国に立ち入ることは、基本的にありません……」
「----------」
「兄と姉が日本へ来たということは、後宮に住む兄弟でもそう知ってる者は居ないでしょう。何故かというと日本を滅ぼすことになったのは
シュナイゼルの独断だった、と伝えられているからです。
……彼と姉を支援する分隊が基地を作って駐屯していたという噂もありますが、貴方の国が彼の関心に触れたのには
また特別な理由があると思います。スザクも、親は処刑して彼だけをブリタニアへ連れ帰ったことに関しても……」
重い口調に先を続けることを戸惑ったが、カレンや神楽耶と反して、藤堂は自分と理性的な会話をしようと思って
二人きりの時間を作ってくれた。であるから自分も恐さになど負けず、蹴られ踏まれた頬の血を拭って、足へ落としていた視線を
再びあげた。何を考えてるともしれない藤堂の黒い目が、自分を映していた。
「神楽耶が俺を恨むのは当然です」
「……はい。彼女は皇の巫女、スザクくんとは生まれながらの許婚です」
「ああ、そうでしょうね。先ほど話した時に何となくそう思いました。他人の男を語るには気持ちが込められすぎているな、と
感じましたから。スザクとはずっと付き合いが深かったんですか?」
「年が離れてますからね、そこまでということはありませんが、……並々ならぬ執着があるのは事実です。丁度、ブリタニアの第二皇子と
殿下のご関係のような」
この地下にある基地へ入ってきてからずっとルルーシュの手首を縛っていた紐を藤堂は持ったまま、自分を見上げた紫電を
見つめ返していた。彼の口上にルルーシュの動きが止まり、視線が宙で固まる。いきなり何を言うのか。
「何を突然」
「建国以来の暴君、と謂われていた彼を殺したのは、スザクくんであると。ここにいる人間は皆信じています」
「確かに兄はスザクの手にかかって命を落としましたが、それと兄が俺をどう見てたかは関係ありません」
まさか色恋沙汰でブリタニアは自滅したのか、とこの男は言うつもりじゃないだろうな、と見つめる視線に力が入った。
だが、思惑と反してそうではないようで。藤堂はルルーシュの強張った顔に肩の力を緩めると、その場からスッと立ち上がった。
瞳はまだルルーシュへ向けられたままである。
「貴方には人を惑わす以上に、……人を強く惹きつけ、その人を強くさせる力があるようだ」
「……?」
「私は日本が滅びた日、首相と首相夫人の首が飛ぶのを見ていましたが、スザクくんが連れてかれるのを止めようとはしなかった。
彼がシュナイゼルの手に引かれるのを拒もうとしなかったからです。単に余力が無かっただけかもしれないが。
……だが逆に、彼は、シュナイゼルがどうして自分を選んだのかを、察していたんじゃないかと思うんです。
貴方が兄弟の干渉から逃れて、一人ブリタニアから飛び出してきたように。執着に対してより過敏な……」
「だとしても、貴方が兄から逃げたことは変わらないでしょう」
外見では解からないが、見た目以上に精神的に多くのものを失った騎士を思い浮かべてルルーシュは語気をあげて反論する。
「貴方ほどの人なら、刃向かおうとすれば兄と勝負出来たはず……こんな地下に潜伏するなんて手段には出なかったはず……
俺は一度総督をやっていた人間の目から見て、貴方が自分の言ってることと逆の道をあえて選んでるように見えて仕方ない」
「----------」
「見ていたのなら、スザクを助けてやるべきだった。兄を救えなかった俺が言えたことじゃないですが、そうしていれば
スザクは今よりも幸せだったはずです……そう思うと、少し、神楽耶の憎む気持ちが解かる気がする」


歪んではいてもスザクを大事にしようとする思いが、自分にもあるから。
そしてその気持ちが、亡き兄にも少しはあったのだと信じている自分だから……紫電を赤く釣りあがらせて、ルルーシュは睨むのだろう。
藤堂を。

救われたいなら自分から救え。

口には出来ずとも、解放戦線の奴らへはみんなこう思っていた。どこか日本という国を”自分たちを包む媒体”ではなく
何かの偶像のように崇拝している、……奴らに。
「憎まれるならいいです、それに感情が付いてくるものなら。……無感情にただ『憎い』と言われるよりは、激しい顔をして
『殺す』と宣告されたほうが奪った側にいる人間として百倍マシです」
「なら貴方は、もしスザクくんがシュナイゼルの手を拒み解放戦線の一員として、今とは違う、貴方を殺す側で剣を向けていたら、
同じことが言えますか。思えますか?剣を首に突きつけられても奪った者だから仕方ない、と」
「思うでしょうね」
にべもなく答えた。
「それは”逃げない”ということです。……今のように。こうして貴方と向ってる、俺のように」
腰を地面に落ち着けたままの状態で、静かに口にした。はじめから抵抗もなく連れられてきた身としては、
胸を張って言い切れない部分もあるにはあるが。けれど、藤堂に嘘はつきたくない。彼は自分の真価を試している。
今殺すか、まだ殺さないか。
復讐すると決めても、踏み切るまでには時間がかかる。その時間は慎重な者であればあるほど極端に要する。そうだから
これだけ多い人間を束ねる組織の、長で居られるのだろう。
そしてその男は兄とはまた別の気持ちで、スザクを大事にしようとしている。その彼が思う相手として、ルルーシュを計っているのだ。
それに今気付いた。
(……俺は)
彼を助けたい。
いや助ける。

ここまで乗り込んできたのだから、せめて、せめてスザクだけでも。

解放してやりたい……と思う心は筒抜けなのか、見下ろす藤堂の視線は空洞のままだ。見上げていても埒があかないほど
深い黒さに思われて、膝を曲げた足にぐ、と力が篭った。きっと恐いのだろう。そんなことにも、今更ながらに気付いた。
(声をあげれば)
……彼は来るだろうか。いや、会いたいなら自分から呼ぶしかない。そうだ、ならば。
「----------スザクに会わせてください」
「……」
「日本を奪った俺の騎士になったことを、貴方は不思議がっているのでしょう。俺だって不思議です。たまに憎まれているのじゃないかって
不安になる。……でも、スザクは」
「……」

お願いです、どうか。

すっ、と腰をひいて、ルルーシュは無言で頭を下げた。視線を動かさなかった藤堂は意外そうに瞳を剥いたあと、踵を返し、
黙って部屋から出て行った。先ほどガラスの壁を挟んだ通路で見た時は、色んな所に傷を負っているように見えた。それが
今はルルーシュは不安でならない。体に支障があるものになっていないだろうか、とか。
けれどそんな自分の不安なんて気にはならないのだろう、藤堂の足は、機械のように狂いのない足取りで淡々と奥まで進み、
壁にある内線で誰かと連絡を取っていた。顔を上げて見ていれば、解放戦線の隊服だという黒と灰色が中心の格好は
白い四面のこの部屋には似合い過ぎるほどのコントラストであるように思う。同じ色のトーンの、一番暗い色と明るい色との差。
きっと一番背が高くガタイのいい彼だからこそ、異色に思うのだ、その格好は。……何故だか、ルルーシュは上げていた視線を
落とすことは出来ずにいた。すぐに複数の男の足音がしてきたからかもしれない。
「中佐、本当にいいのですか」
一人の隊員がサンバイザーのような帽子を目深にかけた顔を藤堂へ近づけた。しかし彼は構うことなく隊員が運んできたスザクの肩を
引き寄せて低く『下がれ』とだけ命じ、まるで大荷物を放るぞんざいな仕草で、ルルーシュの足元へスザクの体をどさりと落とした。


かしゃん、と何かが、ぼろぼろになった彼のズボンから落ちた気がする。はっとして、それを拾おうと伸ばした指が
先に動いたスザクの指に掴まれた。……藤堂は壁の隊員を見送った離れた位置から、自分たちを見ている。ルルーシュは
どうしてこんな地下までやって来たのかという叱咤を覚悟の上で『スザク』と呼んだ。けれど返ってくるだろうと思っていたスザクの反応は逆で、
俯いていた顔から起き上がった翡翠ははっきりとしている。ルルーシュを見ている。どきり、と、まるで鷲掴まれたかのように
高鳴る胸は、掴まれた指先が震えるまで緊張を露にした。
「スザク、無事か?」
「……」
「俺の声が聞こえるか。具合は、傷は大丈夫なのか……。さっきは気を失っているように見えたけど」
「頬を、……怪我している」
「え?」
辿るように動いた翡翠が、ルルーシュの口元の腫れた部分を映していた。が、ルルーシュは誤解して『スザクが?』と
聞き返してくる。
「違います……」
あなたの、と唇が囁いた。
顔があやうげな様子に見えるが体は本当に無事なようで、ルルーシュの指を納めた手が、ぎゅと握りしめられる。近づいた顔に
じっと紫電を向ければ、翡翠が一瞬だけ柔らかく細められた。そして先ほどルルーシュの耳がひろったスザクのズボンから落ちたもの、
……が、彼に掴まれてるのとは逆の手に渡される。視線を転じて藤堂に気づかれないようにゆっくりと手元を見れば、彼の愛馬ともいえる
KMFの起動キーが握らされていた。
「え」
「静かに」
息が触れそうなほど近く屈みこまれる。共に床に座っている状態でスザクの背後に立っている藤堂からは
顔を寄せているようにしかみえない格好であるが、スザクは話している内容が洩れないように最小限の言葉で
ルルーシュに伝えようとしていた。勝手に地下の基地まで連れられてきたことを怒ってない、むしろ僥倖だ、チャンスだった、と。
足りないぶんは目でのみのアイコンタクトで伝えて、ひたと視線を向けるルルーシュに解かるよう工夫する。けれど解かっているのかいないのか、
ふるふると黒髪を振って、くしゃり……とルルーシュはスザクが見つめる前で顔を歪めた。指も離そうとする。
どうしたのかと、翡翠が追うようにあげられた。
「殿下」
「とても痛そうだ」
「そんな……怪我をしたのは殿下も同じだ。僕の傷なんて大したことじゃない。立って歩ける」
「違う。ロロに言われて気付いたんだ……」
何を、と眉が寄せられる。だから、と、赤くなりはじめた目でルルーシュは訴えた。
「お前に無理はしてほしくない。俺の見てないところで我慢もしてほしくないんだ。全部教えて欲しい」
「……そ、れは」
「俺を守るためか?解放戦線に脅迫されてたのも?身代わりのように先にここへ来たのも……?
そんなの、違う。こんな風に俺が悲しくなることを、お前は解かってない」
「殿下、」
「俺は……一年前も今も、一人だけ助かるのなんて嫌だ」
俺を守ろうとして兄君と戦ったお前だけが罪を背負って、自分は何も咎められず生きることなんて出来ない。
「前にも言ったじゃないか……お前がいい、って」
「……」
「俺はお前じゃなきゃ、いやだ、だめなの。解かってくれよ。スザクだから好きになったんだ。騎士じゃなくても好きになってたって
言えたんだ。それは、……どういう意味か、解かるか?」
「……はい」
「なら」
自分だけ危険な目に遭うな、と腫れた口元を大きく開いて、声にはせず告げた。
その言葉にぴく、と眉が動いて、ずっと冷静としていた顔に赤みが差す。スザクは片手で半分隠しながら、泣きそうな目で見つめてくる
ルルーシュに小さくこくり、とだけ頷いた。
「すいません……じゃ、」
「うん」
言い直すというようにコホンと咳をつく。
「貴方を、また、危険な目に遭わせます」
「どんと来い」
「……僕と、ちょっと長い間、二人っきりになるかも」
「望むところだ」
「……。自分も、傷つかないように頑張るけど、貴方の身だけは絶対に傷つけないように、頑張ります」
「-----------」
握りなおした手に強く力を込めて、淡々とした口先だけの遣り取りの最後にそう告げられて、ぼっと顔に熱がまた集中しだした。
何をこんな状況で言うんだ、と声にしそうになったが、藤堂の気配が気になって慌てて目線を落とした。ただ見つめ合っているという風に
装って会話をする。
「だから、殿下」
「ああ」











「貴方の剣を使わせてくれませんか?……ここから、逃げ出す為に」















まるで、奥まで吸い込まれそうなほど見つめられていた、深いスザクの瞳に目を奪われていたら『え』と口にする間もなく
ルルーシュは繋がれてた指を彼のほうへ引き寄せられていた。
そう言えば、アッシュフォードの敷地内の地下にあるというこの基地は、考えてみれば学園のエリアに入っていた場所だったのである。
藤堂から見てみれば、突然スザクがルルーシュを抱き寄せて、キスをしだしたものだと思っただろう。しかし、すぐに白い部屋は
その色よりも明るい、目を裂くような光に包まれ、一瞬だけ藤堂は目を閉じてしまった。……それが敗因だった。彼は忘れていたのだ。
『なぜシュナイゼルに刃向かう力があったのに彼を止めなかったのか』とルルーシュに言われても思い出せずにいた、あの日のことを。















血が視界を横切るように走る。















(……そうだ)






シュナイゼルは奇襲だった。
あいつは、夫人が見せた枢木の倉庫内で二振りの刀剣を見つけたのだ。名刀ですね、西洋から渡ってきたもののようだ、柄に装飾が
されている……まるで学者を気取ってみせた笑顔がその時、扉の端で立っていた藤堂を見つめたのだ。彼はその晩その刀を
使って枢木の屋敷にいた人間を襲った。火をつけたのは分隊に所属していた人間の出来心かと言われているが、定かではない。ただ、
あまりにも突然にブリタニアの鬼は牙を剥いたのだ。藤堂は野原の隅で立ち尽くし、気を失ったスザクを抱える彼を見送ることしか
出来なかった。


(……思い出した)



ルルーシュの胸から引き抜いた刀を持って、半回転するように体を反転した軌道のまま、壁の藤堂へ向った刃先は
彼の意表をつき、その腕と腹を切り裂いた。
綺麗に弧を描いた剣筋は血の描線を作って、スザクの頬と腕を朱に染める。まるで昔に剣の稽古をつけてもらっていた時同様
師匠と弟子向かい合うように立って、奇襲を行った。それしかここから出る方法が見出せなかったからである。藤堂は解放戦線では
尤も近しい間柄の人間であるのに。
「スザクくん」
責めるように人形のような空虚な目が向く。静かにその非難を翡翠が受け止めた。
「藤堂さん……」
「なぜだ」
「ごめんなさい、僕は、貴方ほど同胞という観念がないんだろうと思う。
貴方が僕を助けようとしてくれた人なのは解かるのに、……わからないんです。”本当に助けたい人”なのかどうか。そっちばかりが
気になって。きっと、どこかおかしいんです。あの人と同じ手段に出るくらいには、多分。本当にすみません……ここまでして頂いたのに。
一度は死んだ僕をまた生かそうとしてくれた人なのに、僕が貴方を生かせなくてすみません。
----------謝ってばかりだな、おれは……」
はは、と苦く笑う。その声がからからと白い部屋に響いた。まだ腹に刺したままで目を細める。
「憎んでください」
「……」
「カレンや、貴方を選べなかったおれを恨んでください。そして、日本人であった枢木スザクを忘れてください。おれは十一年前のあの日に
殺されて死んでしまっているんです」


(今ここに居るのは、ルルーシュ・ランペルージにとってだけの騎士-------……)














































「基地内に居る全隊員へ告ぎます。枢木スザク、ならびに、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが脱獄しました。そして収監室に居た
藤堂中佐が瀕死の重症との連絡。看護班は至急……」




「はあ?」
「なんだこの放送は」
「……え」
隊服へ着替えたカレンが不安げに眉を寄せて振り返った。頭上に設置されたスピーカーへ視線をあげる朝比奈たちは
顔を見合わせて、放送された内容が本当のものであるのか考える。しかし間を置かず外の通路が慌しくなって、誰かの悲鳴と共に
バタバタという複数の人間の足音が近づいてきた。千葉が、壁にかけていた日本刀を端にいる朝比奈へ投げて、扉側へ張り付く。
彼女にならうように朝比奈も、反対側の壁へ背を預けた。鞘から刀身を抜いて、構えの姿勢をとる。藤堂ほどの人間が傷を負うなんて
相手はどんな奇襲をかけたんだ……とカレンが思ったところで、彼女は、人間では普通ありえないという規格外の動きを見た。

目の前で扉を間にし立っていた朝比奈たちが、瞬きもかなわない速さで、鮮血を噴出し倒れたのである。まるで野獣が理性を失った
かのように鉄の壁を裂いて壊された部屋が、斜めに崩れ、扉に一番近かった二人は声をあげることも叶わず倒れた。出てきたスザクが
長い長い剣を持って、扉を開くこともせず壁ごと彼らを切り捨てたのだ。
「お前……っ」


シュナイゼルも愛用していたという剣を持って、また、日本を滅ぼすスザクは一体どんな姿に見えるのか。
手を繋がれたまま付いていくしかないルルーシュには、一言には尽くせない壮絶さがある。

ただ。

彼が、

「殿下」
「うん……」
「僕を、騎士じゃなくても、と……言ってくれたこと、憶えてます。貴方が英国へ帰らねばならなくなった時のことですよね」
「そうだ」
「嬉しかったな。……嬉しかったです……。どうしてか、もう何も要らないって思った記憶がある」
「……」
「捨てます」
「スザク」
誰のものかわからない血に濡れた指先が、ひくりと揺れたように感じた。
無意識にルルーシュは握りなおす。それに、更に強く握りなおされた。


「全部捨てる。-----------貴方の為じゃない、僕の為に」

”僕が剣だ”



そう告げる彼は血まみれになりながら指先は震えているのに、……声だけはまっすぐで。
ルルーシュは『ありがとう』としか言えなかった。


そんな彼を包む檻になれたら。










昔、彼が自分へ思ったことと同じことを考えていた。