弱気なことを言ってみた。
ロロと生徒会室に居る時、彼が真っ直ぐに自分を見上げてくる顔を見返しながら、スザクとはじめて会話した日のことを
思い返した。確かあれはブリタニア皇帝の謁見室前の廊下-----------丁度ルルーシュが
半分ほど開いていた扉を覗こうとしていたスザクを呼び止めた時だった。何をしている?と。それに彼は怯えた表情で振り返って
『何でもない』それだけを口にして自分から逃げていこうとした。あんまりにもその様子が可愛そうに思えたから、
親切心も恋愛感情もなくただ条件反射のように追いかけて、拒もうとして振り切る彼の胼胝だらけの手を、取ったのだろう。
でももしルルーシュがそうしなかったら、彼はシュナイゼルを殺すことも、日本を裏切る真似もせずに済んだ。
自分の騎士になぞなったばかりに。
それをロロに口にしたら、『しょうがないじゃないか』と言われた。……どういうことだろうと思って、瞳を瞬かせて聞き返す。
ミルクティー色の髪をカーテンから差し込んだ日に透かして、椅子に座って居た自分の膝から立ち上がった彼は、にこりと無邪気に
微笑んでみせた。シュナイゼルと血縁が同じだなんて嘘だろうという表情をして。瞳にかかったルルーシュの前髪を梳いてくれながら
口にする。姉さんが手を取らなかったら枢木卿が手を取っていたね、と。それにルルーシュは、ぼうっと見上げていた紫電を見開いた。
「だって解かるんだ。一度死んで、別れてしまって……、それでもまた同じ世界で出会えた。それってすごいことだろう?
あの自殺が衝動ではなかったというのなら……姉さん、きっと最初から誰かに決められていたんだ。枢木卿とこうなるってこと」
「……」
それと少し自覚したほうがいい、……と続ける。
「枢木卿が痛いのを我慢して自分には弱音を言わないと愚痴るけど、それって姉さんがまだ彼にとって”主君”でいるからだろ?
自分の仕える人間に『辛い』だの『痛い』だのと言う騎士は、どこの世界にも居ないよね。
枢木卿が日本解放戦線とのことを黙ってたのは姉さんが頼りなかったとか、そういうんじゃないんだ。もし何でも言い合える関係を
ご所望なら、もう少し姉さんのほうから踏み込んでみたら?そうしたら、きっともっと枢木卿のことがわかるようになるよ」
*
「あんた意外とルルーシュにいいアドバイス出来るのね」
「功を奏すかは疑問ですけどね。言わないよりはマシかなっと思って、彼が言うだろう言葉を代弁してみました」
えへへ、と口にして笑うロロが伝えた報告は、丁度ミレイが生徒会室から飛び出していったカレンを追いかけていった時、
ルルーシュと二人で会話したものだという。
「確かに騎士っていう身分がなかったら、スザクもああまで我慢強くはなってなかったわよね」
「それは姉さんも同じだと思います。前々から疑問に思ってたけど、あそこまでお互い意識してるのに主従としてしか関係がないなんて
おかしいと思いますもの」
「やっぱり一年前のことが尾をひいてるってこと?」
「……いや、それよりももう前から、枢木卿はわざわざ説明なんてせず姉さんのために動くのが常だったんじゃないのかな……。
何となく見てるだけでもわかるじゃないですか。大切だからこそ、解放戦線のことも強く出さなかったんだろうなっていうのが」
「そうね」
ミレイとロロが居るのはクラブハウスの玄関ホールにある階段下である。この階段が二階へと伸びてルルーシュの部屋や、
生徒会室に繋がるのだが、当人である彼女は今部屋にも生徒会室にも居ない。ロロが言うには、ふらふらと展望台へ歩いて
いったらしい。
まあ、無理もないか、と後ろにある玄関の扉をあけて、もう茜色から闇色に染まってしまった空を覗いた。そろそろ自室にあるセキュリティを
動かして正門を閉めなくてはいけない……、ミレイはロロの前に座っていた腰をあげて、二階へと上がろうとした。そこに、
一階の奥から耳にしたこともないような足音が届く。まるで、無駄な音など立てないように変に気を使ったものが。
「誰……?」
絨毯敷きの床さえ踏み荒らさない素早さで、周りの視界を全部塞ぐように現れた黒い集団は、顔と口元、首から下までも
全身を見せないように布で隠していた。手にはサイレンサーがご丁寧につけられた銃が握られている。……侵入者だった。
ブリタニアか?日本解放戦線か?隣にいるロロの前を見る視線が固くなったから間違いなくブリタニアのほうじゃない。ではどうして
日本解放戦線が土足で学園にまで踏み入ってきたのか、ミレイは解からなかった。
「何の用よ」
「ルルーシュ殿下は預からせて頂く」
内心感じる怯えを微塵にも出さない強い声で用件を聞けば、一拍もの間を置かず、中心に居た覆面の男が返してきた。
「はあ?どういうことよ」
「先に上のほうへ殿下を捕らえた上官から連絡があった。彼女はこう言ったそうだ。学園に居る人間に手を出さないならば
自分を連れていっていい、と。私の上官はその要求を受け入れた。だから我々はお前たちが動かないように牽制する為
こちらのほうへ入ってきたんだ。故に、抵抗しなければこのまま黙って引き下がる」
言外に、『大人しくしておいたほうがいい』と銃を向けたまま言われる。それに食い下がるほど短い付き合いをしてきたわけではないミレイは
じっとして居ろという相手の言葉も無視して、一歩踏み出た。
「ルルーシュが本当にそう言ったとしても『はいそうですか』って渡せるもんじゃないのよ友だちは!彼女に会わせなさい!」
「無理だ。もう斬月で飛び立っている」
「え……?」
「ミレイさん、外だ」
廊下へ駆けていったロロが窓を開け、飛行ユニットをつけて飛翔するKMFを指差した。その発見に、ミレイは息を呑む。まさか
一人にしておいた展望台で既に解放戦線の人間に見つかっていたとは-----------。
集団で居た覆面の塊から一人だけ前に出てきて、立ち尽くすミレイの腹に銃を押し当てた。これ以上抵抗しようものなら例え言葉であってでも
引き金を下ろす。そう言っているようである。ロロは慌てて、覆面と彼女の間に腕を通して、距離を置かせた。
「今更現れてルルーシュ殿下をどうするつもりなんだ」
「それは上の人間が決める。我々は関知しない問題だ」
「では質問を変えます。あの第七世代では間違いなく違うタイプのKMFは……誰が騎っているんですか?」
教本にもギルフォードに与えられたファイルにも乗っていなかった形態をしていた、黒のナイトメア。両方の耳に真紅の飾りをつけた
ストイックなフォルムを見せるKMFは、長い槍を持っていた。あれを浮かす飛行ユニットも従来のものとは違うと思うのだが
それ以前にあんな技術が日本側にあったのに驚く。せめてもそれだけ知りたい、とロロは覆面を見つめ返した。しかし、今度は横から
新たに銃を突きつけられて、ロロは追求しようとした言葉を封じられる。
「何も喋るな」
くぐもった声で相手を特定するなら、こちらの覆面は男であろう。ミレイにまだ銃を向けているほうは背格好からして女のようであった。
「ひくぞ」
中心にいたリーダーである覆面が、手をあげる。その合図に数十人の集団は来た時同様まったく音を立てない素早さで、
ミレイとロロの前から拡散していった。
窓からまた覗いてみても、既に斬月の姿はなく。
------------ミレイは悔しさに唇を引き結んで『自分以外誰も傷つかないならいい』と告げたルルーシュを、
恨むように足で絨毯を踏みつけた。
何処に行くともしれない空路の途中。KMF……斬月、と藤堂が説明してくれたハッチのデヴァイサーが座る席の後ろで
疲れたようにぐったりと、薄い瞼を伏せて、ルルーシュは項垂れていた。手首には戒め程度の緩さで、ベルトが巻かれている。
藤堂の冷めてもいない無表情な顔が、背中に居る彼女の気配を探ろうと動きかけた。が、身構えるようにルルーシュの肩が跳ねたので
わざと見ないように目線をハンドルレバーへと下げた。身を縮こまらせて目を閉じて、膝を抱えるように運転席へ持たれる体は
隠しようのない怯えで硬直している。
「彼とは……」
「?」
「枢木スザクとは、家が隣り同士だったのです」
呟くような声音で語る藤堂に、うまく応対も出来ぬまま恐る恐る顔をあげたルルーシュは、スザクの名前に固まりだした緊張を柔らかにする。
最初に兄の名前が出るかと思ったが、ルルーシュを前にして話す藤堂にはスザクのほうが鮮明に思い起こされるらしい。
それに、相手は敵なのに少し胸を落ち着かせて『そうなんですか』と返事をした。はい、と運転席からまた声がする。
低くブーストの回る音を聞きながら飛ぶKMFの内部は、どこか穏やかに感じられた。
「藤堂中佐は、彼の師だったんですか」
「え……」
「あ、いえ。その、スザクから聞いたことがあるんです。剣技を習ったのは貴方のほうであると。最初お父さんのほうかと思ったので」
「彼はあまり家族とは居ませんでしたから、私が親の代わりみたいなものだったのです」
「そうなんですか。じゃあ、貴方も、武術でも強いんでしょうね」
こんな、ナイトメアが動く時代になっても、……と、元総督であった口でルルーシュが呟く。
純粋にそれを受け止めた藤堂のほうは、きっと自分のことを語るスザクを思い浮かべながら話してるのだな、と背中に向けられた
表情を想像して、レバーを持つ手をぎゅ、と握り直した。
(枢木スザクのたった一言で、日本はブリタニアの標的にされたのだ)
『桜は好きか?』
『うん』
『写真は』
『母さんとも先生とも撮ろうと思う』
お兄さんも、と。くせっ毛が上を向いた先で花ひらく桜を見つめながら、金髪の男は藤堂の前でも笑っていた。
あの時、あの場で藤堂は思ったのだ。彼こそが枢木スザクを探し、自分に見合う人間は彼しかない、と捜し求めていた男であると。
そう思ったその晩、枢木の屋敷は燃えた。別に動いていた分隊を召集したシュナイゼルの手により、枢木夫妻が捕らわれたのだ。
火を放ったのは彼の部下の独断であるらしいが……そんなの知ったこっちゃない。すぐにスザクだけでも助け出さなければ、と
土手を走って行った藤堂の目の前で、軽やかに彼が転がっていった。頭だけ腕でかばって、シュナイゼルの足先にゴロゴロと
落ちていったスザクの影。すぐに手を伸ばしてその体を奪い返せればよかったが、シュナイゼルのほうが素早かった。
英国の第二皇子は剣を手に持ちながらスザクの襟首を持ち上げ、夫妻の身柄は簡単に部下に預けたのに、彼だけは自分の腕に下げたまま
丘を下っていった。火はそのまま廃になるまで山を焦がした。あっという間の出来事だったのである。
(……どうして)
あんな目に遭った国の皇女に、彼は執着するのだろう。
直に話してみることは今日が初めてであるが、ルルーシュが特別他の人間とは違うということが解からなかった。
膝を抱えて細い身体を縮こまらせて、ぼうっと足元ばかりを見ている紫電は、先ほどまで会話していた藤堂にも向けられなかった
稀有な色であるが。
暴君シュナイゼルとも、その妹コーネリアとも、血を同じくする要素があるとも思えなかった。むしろ彼らに近しいのは
一年前まで黒の騎士団を率いていた”ゼロ”のほうであると思う。
それが、どうして。
(彼女なんだ)
どうして彼女が、シュナイゼルにもスザクにも特別な存在だったのか。
そんなことを考えながら藤堂は空を飛ぶばかりである。
*
地下へと戻る際に、再会したセシルとロイドにスザクは、自分たちへ繋がる回線としてインカムを与えられていた。
が、それはすぐに千葉と朝比奈に外されることになって。取り替えそうと腕を伸ばしても簡単に腕を拘束されるのみで。
あれだけ優勢にみえていた神楽耶との話し合いも、彼女の女優なみの演技と策略で見事打ち砕かれてしまった。
顔を隠すようにあげられた着物は乱れることなく、直立したカレンと千葉に押さえ込まれたスザクを見て目だけで微笑んでいる。
朝比奈はついてきた部下にインカムだけ調べるよう命令して、あとは興味なさげに後ろ手に縛りつけたスザクの腕を、
千葉から譲り受け、ぐいっと手前へ引き寄せた。
「こうなるとは思ってなかったよねー、君も」
「離してください、朝比奈さん……っ、殿下は!」
じたばたともがこうとする背中を冷ややかに見つめて、自分の制服のタイを指で直しながらカレンが答えた。
「朝比奈さんと千葉さんがここに残ってるってことは……誰が学園に行ったかは想像出来るんじゃない?」
「……そんな、」
「君も強情だったね。さっさと僕たちの手が届かないところにルルーシュ皇女を連れてっちゃえばよかったんだ。
それを僕たちへの復讐なんて考えるから。元々意味なんてなかったんだよ。難しいんだよ?報復するのって。今僕たちがブリタニアへ
やってるようにね」
軽い調子で耳元へ答えていく朝比奈は、自分の口から出る軽薄なそれよりずっと強く、スザクの腕を握りしめていた。
簡単に関節が外れてしまうのではないかと冷や汗がつつ……と頬を垂れるが、それより早く正面へ回った千葉から腹に打撃を受ける。
その前から骨に異常があった腹と胸は、叩き込まれた拳に歪な音を立てた。
「ぐ、……」
暴れようとしていた足が止まる。気を失うように前のめりに体から力がなくなって『おっと』と慌てて朝比奈が
スザクの体を持ち起こした。
「さて、もうすぐ到着するルルーシュ殿下には何をしてやりましょう」
ぱん、と片側だけ剥げた御簾の向こうで、手を打つ音が聞こえる。嬉しそうに倒れたスザクを見る神楽耶に同調するように
カレンが一歩前へ出た。
「ルルーシュの尋問は私がします」
「あら。何か考えてるの」
「いえ、何か明確なプランがあるわけではないのですが、最初は身内が出ていったほうがダメージはでかいと思うんです。
それに彼女は比べる者がいないくらい強情ですし。自分が適しているかと」
「では面倒のほうは貴方に任せます。……千葉さん、朝比奈さん、スザクさんの体のほうは暫く奥のほうへ閉じ込めておいてください。
電波も通じないように防護壁まで用意しておいてね。あとは追々、中佐のほうから指示が出るでしょう」
……ふう、と、言い終えた彼女は息をついて、御簾の向こうにあるチェストへ腰掛け直した。足元には用もなく置かれた小刀が
無情に転がっているのみ。カレンに続いて朝比奈と千葉が出ていくのを見送って、一度も見たことのないルルーシュという人間は
どのような奴か、と、思いを馳せるように改めて神楽耶は、目を閉じた。
(……スザク)
きっと自分が手を取らなければ、簡単にブリタニアから日本へと渡って、幸せを構築出来ただろう人の名前。
ルルーシュは藤堂の助けでKMFのハッチから降り、手首を戒められたまま彼が進んで行く後へ続いた。ゆっくりと目線をあげて見る先で
ブリタニアの本国には無かった整備が多々見られて、システムプログラミングではロイドの助手にもなっているルルーシュは
場違いにも感嘆の溜め息を零した。きっと貪欲なまでにブリタニアに勝る道を模索していたのだろう。藤堂だって、
手で触れるだけで解かる、訓練の跡。指もそうだが後ろから見る背中の筋肉の盛り上がり具合で、相当辛い目をしてきたということが解かる。
同時に、ひんやりと刺してくるようなナイフの目線も。シュナイゼルという男がブリタニアを使ってこの国を手に入れた、
代償が、宿っているように感じた。---------ルルーシュは招かれざる客である。ただ、命を落とされる為だけにやって来た。
けれど、
(助けたい)
スザクだけでも。
自分を隠す為に日本を裏切る行為までしてしまった彼のことを、それだけを心配してルルーシュは藤堂に連れられてきた。
せめても自分が体を差し出すことでスザクだけでも自由にはしてくれないか、と藤堂へ懇願しようともした。しかし
彼の気丈さは鋼のようでいて、温度のない厚い氷のようだった。KMFから降りてから、声をかけようにも振り返りすらしてくれない
鍛え上げられた背中。寡黙なその姿勢はルルーシュへの嫌悪で満ちていた。だから小走りに追いついて、じっと見上げることしかできない。
ああでも、どうか、せめても。せめて、ここでスザクと会えたら--------------。
その願いが少しでも藤堂の心に触れたのか、
もしくは数日前、スザクと会わせてくれたように神が気まぐれでも起こしたのか。
振りかぶるようにあげた黒髪の先で、プラスチックに覆われた通路を数人の男に運ばれるスザクを見つけた。
頬や口元には殴られて血がべったりとついている。どうして仲間であった男にそんなことするのか信じられなかったが、
一枚のガラスだけで遮断されたそこへ、ルルーシュは駆け寄ろうとした。駆け寄って、せめても気を失うスザクを起こせたらいい、と。
しかし当然ながら前を歩いていた藤堂が許すわけもなく。伸ばしてガラスへ触れようとした手首を纏めて掬い取られて、
そのまま力強く反対の壁へ投げつけられた。バシィン!と、狭い通路をぐわんぐわんと反響する音が、恐怖に萎縮したルルーシュの
体をも地面に倒れさす。
ぺたり、と、情けなく膝をついた床からゆっくりと見上げるように顔をあげれば、藤堂が無色の目をして
無言でルルーシュのとった行動を非難していた。何をするのか、と。力いっぱい叩き付けたことによって赤くなった手首をも
見下ろして。
痛みがあまりにも強くて眩暈がしたが、暴力に屈するほど愚かではない、そうはいかない、と目線を鋭くして、ルルーシュは
口を開いて大きな声で言い放った。彼は助ける、と。
「俺の命ほど軽いなんてことはないんだから……」
例え”騎士”という役目を遵守し、スザクが我慢に我慢を重ねた結果がこれでも。
一年前の二の舞だなんて御免だ。
スザクは自分が助ける。
ルルーシュは、初めて出会ったあの時、スザクと手を繋いだことを後悔したくなかった。
国を奪った者と奪われた者の関係しかなくっても、重なり合う部分が本当にゼロでも、自分は。
(……温みを分け合えてよかった)