”枢木くん。これからあの子の騎士となるが、心
得てほしいことがある。
あいつは、私よりも強情で傲慢で、--------------わがままな人見知りの激しい人間だ。
どうかあの子に好かれようとして、好意があるフリなんてしないほうがいい。むしろ君がルルーシュに見せるべき態度は、
傍若無人で掴み所のない、私に見せてる仮面のような真っ白い無表情だ”
虚飾ばかりで生きてきた彼。
(そして、自分)
どんな時でもこのフレーズを思い出す時、決まってスザクはシュナイゼルを連想した。
彼はルルーシュのことを誰よりも大事にしていたが、しかし自分を騎士にすることを許した。……スザクなんかをどうしてルルーシュが
選んだのかは解らないが、あの時シュナイゼルのほうは、何故異母妹がスザクを選んだのかは知っていたようで。
少しの猜疑心と大きな嫉妬をはらんだ瞳で、『殿下の騎士になります。だから、貴方の従属では居なくなります』と答えたスザクを
彼はひどくひどく憎らしげに思ったはずだ。
それを具現化させた約束が、”生殖能力を騎士となるスザクから奪うこと”で、有無を言わせない遣り取りを冷たい床と
光の通さない壁の中で繰り広げた後------------まるでスザクを犬か何かとでも思ってるみたいに、彼は首の付け根を鷲掴んできて
口の中に試験管を数本突っ込んだ。……確か透明な水色の液体と、ドロリとした黄色のものだったような。とにかく、スザクは
疲弊する身体に薬品を浴びせられるように注ぎ込まれて、綻びた布のように床へ倒れこんだ。そんな姿を変わらない形容しがたい紫暗で
シュナイゼルは見下ろしていた。
彼はスザクが『羨ましかった』という。が、スザクから見れば彼のほうが自分にとって越えられない至上の人であり、
何度殺したって殺したりない、永遠に消えることのないトラウマそのものだった。
まるで兄のような、父でもあった。
いつだってスザクの先を歩いている。ルルーシュに焦がれてるのとは違う部分で、追おうとしている感情がある。
(憎むのは、少し恋に似ている……)
残らなかった恋も、名残になって降り注ぐだろう
どさり、まるで米俵でも落としたかのような音がカレンとスザクの間に響いた。気付けばスザクはじんじんと痺れる腹を抑えて
床に蹲っていた。顔をあげ、目を鋭くし睨むだけで、見下ろしてくるカレンにスザクは反抗する。
裏切った、と小さく静かに口にした彼女の拳からは血が滴り落ちていて、中に握りこまれ砕かれた騎士証の欠片ごと、
床の住人となったスザクの頬に落ちてきた。
ぽた、……ぽたりと。
普段なら口にしないような荒々しい言葉に、本音を孕んだ暴言を吐き出したほうのカレンは、まるでさっきまでスザクを殴っていたのは
別の誰かでもあるかのようにハッと蒼瞳を見開いて、血みどろになった手の内側に驚いた。その、まだ荒いことには慣れてない初心な
一面を目に留めて、翡翠をくしゃりと柔らかに緩める。勿論、嘲笑したのだ。
人非人に成り切れない半分同じ国の血が流れてる彼女に。
「カレン。……言葉には、責任が必要だ」
「……」
「行動にもね」
肋骨が数本やられたか。息を吸うのにも胸が辛いと軋みをあげる。
床に顔の片側を押し付けたまま、こふ、と小さく吐血した。カーペットのベージュが朱に染まる。口端からは飲みこみきれなかった
唾が伝った。目を閉じて、腹という中心から全身に伝わる痛みに耐える。と同時に、朦朧としだした意識のもと口にした言葉の陳腐さに
内心苦笑した。
「あんたに言われたくないわよ」
殴ったスザクの腹と同じくらいに傷ついただろう手のひらを隠すように胸にしまって、言葉を返す。
まだ痛みにずんずんと意識は揺れるのか、身体を起こせないスザクは『違うよ』とカレンを見上げた。
「……殺すつもりでかかってきたなら、手なんて傷つけなければよかったんだ」
「!」
「どうして、僕の大事なものを壊すんだ……」
吐き出す言葉に交えて、息も細切れに荒くなった。眉が痛みにどんどん険しくなっていく。けれどもカレンを見上げながら
口を開くスザクは、身体こそ伏せていたが、翡翠ははっきりとしていた。求めるものこそ正反対だけれど、自分とカレンはよく似ている。
裏切られたと思った瞬間したことを考えれば、スザクでも容易に解った。
「カレン。ずっと前から気付いてたんじゃないのかい」
「何をよ」
「僕が、セザルで居る間も……殿下を見てること、」
「---------」
「そうだ。だから殿下を先に狙ったんだろ。僕が学園に居る間は充分に守れないと踏んで。はは、……賢いじゃないか」
「スザク」
「そうだよ。僕を、一年前救ってくれた君を、……裏切ってやったんだよ」
(所詮僕は成り上がりの”騎士”だ)
元々ブリタニア人でルルーシュの騎士になったわけじゃない。
本来ならカレンと共に在る筈だった。それがシュナイゼルの手によって根本から、当たり前である軸が歪にブレてしまったのだ。
……本人の望む望まないに関わらず。
(でも閣下。僕はそれに感謝します)
あの人と会わせてくれた。あの人に選ばせてくれた。
それだけでシュナイゼルが死んだ今もスザクは、彼を”兄”であり”父”と呼べる。
呼ぶんだ。
(彼を殺した業までも背負って生きると、決めたじゃないか)
肋骨が折れたくらいで何だこのやろう、という気合で、どうにか腰を起き上がらせた。
床にはまだ片手をついているが、カレンとの間には5人分ほどの距離が空いている。それくらい間があれば窓を突き破って逃げ出すことは
容易だろう、と目を僅かに動かせた素振りだけでスザクは判断し、
「居直る気」
スザクの言葉にも、見つめてくる目の力にも動揺したのか、機械人形のようにぎこちない動きをするカレンを背にして、
うまく力の入らない膝を叱咤した。起きろ、と心で強く命じて掌で叩く。無理に身体の神経を起こそうと、また叩いた。
いつだって危機に瀕した時、スザクが思い起こすのはシュナイゼルの背中と彼が見つめるルルーシュへの視線だった。彼は
憧憬と羨望を込めて自分の異母妹を見ていたのだと思うのだが、九死に陥ったスザクが縋るように呼び覚ます記憶には
少し違う色合いに染めた彼の瞳が、決して振り返らない黒髪を追っていたように思う。そうだ、常にあの人は絶望と隣り合せだった。
------------ルルーシュは肉親に愛情は向けないから。
「……っスザク!」
叫ぶ声が、床から飛び上がった背中を追う。
懐かしいような胸が痛むだけのような、そんな記憶に囚われていたスザクは一年して、少し変わった。先日ようやくルルーシュを
心ごと取り戻したスザクは、自分の中に在るシュナイゼルに嫌な感情を向けることはなかった。不思議と、内に眠ったナナリーの
意識と相反するように、心がふいっと軽くなるような気がする。きっとそうしてくれるのは、ルルーシュを僅かにも
自由にさせようと手を引こうとする自分の努力からか、----------解らないが。
解放戦線の代表といっていい籐堂からは自分の素性をバラした後、ルルーシュがどうなっても知らないと忠告を受けていたが、
もうカレンに記憶が戻ったことを知られたから、逃げ出すのはしょうがないと思う。そもそも、自分の性格上、中から静かに
報復していくことなんて不可能だったのだ。……どんなに怖い目にあってもいい、ルルーシュが泣くようなことがあっても
その前に防げればいいのだ、刀にも盾にもなれるように傍に居られたらいいのだ。そんな答えが見つけられるようになった。
……きっとそれは、逃げようとする隣りには、かならず彼女が居ると思えるから。
「待ちなさいよ」
二度までも、
伸ばしていたカレンの指がスザクの手に触れた。起き上がれるとも思ってなかったのだろう、目線がふわふわと安定しない。
赤髪がサラサラと振り返った翡翠の先で揺れる。蜻蛉のように見えるそれに二三度瞬きをして、掴まれそうになった指を
カレンとしっかり視線を合わせたままスザクは、手前に引くように払った。
(------------裏切るのか)
日本を。私を。
血を吐くまで殴られたくせに怯えもしない態度とその身体に、カレンの心は恐怖を訴えていた。しかしそれ以上に、いつだったか屋上で
話した第二皇子とスザクの過去を思い出して、『またどうして』と思った。お前は憎いはずなのに。日本を潰して両親を殺した皇子が
憎いはずなのに。何でまた自分を裏切りもした皇女に仕えようと、同属であるカレンの手を振り払う?
「あんたは、何なのよ」
見つめる蒼の瞳はどこか縋るようだった。
ずっと感じていた疑問を、とうとう口にする。
「あんな皇女のどこに仕える価値があるっていうのよ」
「……」
スザクは視線を交えたまま声には出さず、『ありがとう』と胸に唱えた。
彼女のしてくれたことは忘れない。ルルーシュのことを一時でも忘れさせてくれていた。
けど、どれだけ一年前のことで痛んでも、気持ちはルルーシュへと傾いている。元より命なんて
彼女に捧げる為にあるようなものだ。だから、
(だからごめん)
初めて本音で英国との過去を口にした彼女を、裏切ることにする。
この別れは自分に何をもたらすのだろうか。
(死か)
……それでもいい。
今度こそ最期は、ルルーシュと迎えられるように。
鍵を外して開け放った窓には、部屋へと押し戻すような強い風が入ってきた。その強さがセザルという人間を作っていたウイッグを
揺らして、瞼を震わせる。『自分は何か?』と質問をしてきたカレンへと微笑みを残して、真っ逆さまに落ちるように窓の外へと
身を投げ出した。……最近よく飛び降りるように外へと出ている気がする。よく身体が無事なものだ、とスザク自身思うが
心は軽やかだった。-----------カレンが見たこともないくらい大きく瞳を見開いて、まだ引きとめようと手を伸ばしていた。それが
空を切ったのを見つめた。そして、緩やかに降下していった身体は闇に溶けた。
(怖くない)
驚くほど、怖くなかった。
*
「スザク」
「……え?」
「ごめん、何か、声が聞こえた気がして」
新しく冷えた水差しを持ってきた咲世子の後ろを付いてくるように部屋へと来たミレイを招き入れて、
丁度ルルーシュは、先日粉々に砕けてしまった騎士証をどうにか復元出来ないか、と、器用ではない細い指を動かしていた。
向う机の反対側に脚を組んで座るミレイは、ビーズのような細かくなってしまった翡翠の欠片を見て『目がわるくなるわよ』と
懸命に俯く姿に心配げに声を掛けた。しかし、『ううん、やる』と動かす手を止めない黒髪は、前へと上げられることはない。
そんな時にふと、……一時間ほど経ったあと、ルルーシュが沈黙のこもる部屋を見渡すように突然顔を上げたのだ。
「何か聞こえなかったか。どこか騒がしい……」
「騒がしいって、外ってこと?」
「ううん。何か、耳を打つような音なんだけど、気のせいかな……」
「気のせいじゃない。私何も聞こえないもの」
手前のテーブルに樹脂用の接着剤を置いて、ころころと転がった欠片たちをくっ付ける作業に没頭していたくせに、急に妙なことを言う。
そんな友人に呆れのような眼差しを向けて、『今日来てくれなかったのがそんなに淋しかった?』と笑った。
「へ?」
「スザクよ。来てくれるって言ったんでしょ」
「用事があって都合が悪くなったんじゃないか……。たまたま」
「あら物分りいいわね。もしかしたらカレンと会ってるかもしれないわよ」
「……そんな、」
「まあスザクに限ってないと思うけど」
でも少し不安になったんだよね、と意地悪く笑った。更に釣りあがったその口端に黙々と机へ向っていたルルーシュは何か言いたくなって
口を開こうとしたのだが、手元にある騎士証の残骸を目にしたら、うまく言葉が出てこなくなった。そう言えばまだ主従という間柄に
慣れてない時、スザクがこれを付けるのを嫌がったんだよな……と思い出す。別に本気で嫌だとかいう理由でいたとかではないと思うのだが
スザクはスザクで、平気でこれを胸につけるルルーシュを不思議に思っていたらしい。まだその時きっと彼は、自分がどれほど
あの時のルルーシュの支えになっていたのかを知らなかったのだ。
同情のような哀れむ気持ちを、安易に言葉にしようとしない実直なスザクが好きだった。
恥かしい、と口にしながらも騎士証を大事に持っていてくれたことは知っている。昇進して新しくなった時も、古いこの騎士証を
ギルフォードへ返すことはしなかった筈だ。だからルルーシュも彼に習うように、鳥の形になったものではなく、まだ片方しか羽のない
ものを持っている。
「……ね、ルルーシュ」
「ん?」
何、と首を傾げた。ミレイはさっきまで見せていた軽い微笑みを捨てている。どこかテーブルを乗り出すような体勢で
豪奢なブレスレットでも付けたら似合いそうな腕がにゅっと伸びてきた。それに俯きがちだった頬を掬われて、引き寄せられる。
何だろうと瞬きすれば、拒む余地もなく、綺麗にグロスが引かれた唇が押し当てられた。
「ミ……!」
「やぁだ、驚かないでよ。別に初めてじゃないでしょ」
「だっ、あ、……けどっ」
「何かスザクのこと考えてるんだろうな〜と思ってたらチュウしたくなっちゃった。たまに飼い主がペットにキスしたくなる感じの
アレよ。別にそっちのケはないから安心して」
冬の猿みたいに顔を赤くさせたルルーシュを宥めるように手を振って、また椅子に戻った。突然口付けてきたくせに、飄々と
別にどうでもいいような感じに済まされたルルーシュは、まだ頬を熱くさせたまま、自分も腰を落ち着けた。さっきまで考えて居たことが
頭の外に飛び出してしまったようだ。……スザクについて一体何を思い出していたのだっけ。
「もう、馬鹿ミレイ」
「怒んないでよー。ルルちゃんも私にキスしていいから」
「しません。ユフィにもされてたけど……自分からしたのなんて一回しかないです。だからしない。誰にもしない。俺にとっては
特別だから」
自分からするのは、とそっぽを向く。まだ顔の先にミレイの甘い匂いが漂っているみたいだ。どうしてか正面を向いて友人と
話しづらくなっていた。
「あら、スザクとはチュウばっかりしてたから、免疫は充分にあると思ってたわ」
「免疫だけな。自分からキスするのなんて早々簡単に出来るもんじゃないよ」
「え。じゃあ何?やっぱりその相手もスザクなの?やだわーあんたたち。本当に騎士と皇女さまなの?」
何だか恋人同士みたいよ、と、口にする。
何故か軽口が大半のミレイから出されたそのセリフだけが、ルルーシュの耳にダイレクトに入ってきた。
ぴたり、と動かしていた指を止める。まじまじとミレイを見上げた。ずっと集中していた紫電は方向性を見失ったかのように
焦点が合ってなく、点としている。……それほど大したことではないのに何故か不思議だった。本当にどうしてか。
「ルルちゃん?」
次はミレイが首を傾げて、こちらを見てきた。ルルーシュは慌てて首を振って『ごめん』と謝る。胸を突き抜けるように身体へ入って来た
その言葉は、自分たちの矛盾を充分に突き刺していた。そう、的確に現した言葉が、正しくミレイの先ほどのセリフだったのだ。
『恋人同士みたい』
(……恋人?)
騎士証を大事にする、それは関係に縋るため、スザクとずっと居る誓いを確かな形としたものだから、ルルーシュが手にするには
理由は充分。--------------じゃあ、どうして……、恋人を越えるほど気持ちは近くあるのに、自分は”騎士”としてのスザクを
求めたのだろう。
(求めていたいんだろう)
恋人になったその先の、肉親を越えた関係に……怯えているのか。
こんなにもこんなにも好きな彼のこと、
(俺……)
「ね、ルルーシュ。私気になってたんだけどさ」
「……」
沈黙して、手の動きさえ止めていたルルーシュにすぐには言葉を掛けれなかったのか、机の下で足を組み替えたミレイが
カーテンで閉ざした窓を見つめながら、少し戸惑いげに呼びかけてくる。それに反射で頷いたルルーシュは、手元にしまった騎士証が
零れてしまうほど指を緩めていたことに気付いて、落としてしまわないように今更ながら机の上に置いた。
「何だ」
「スザクとセックスしてないの」
「ぶっ」
照れもなくぶつけられた質問に殴られた気がした。
座って居た椅子の足がガタリと揺れるほど仰け反った身体は、先ほどは顔だけであったが今はもう全身が真っ赤に染まっている。
何でそんな突拍子もない質問をしてくるんだ、と怒鳴ろうとしたら『根拠があるの』と指先が顔の前にピッと伸ばされた。
「ロロがそっと一言『あの二人は恋人なんですか』って聞いてきたことがあるの。まあヤったことがあるんだからそうなんじゃない、って
その時は思ったんだけど……。よくよく振り返ればあんた、初日以降キスしかしてないのよね。何か変じゃない?」
「へ、変じゃないって……、よく解んないよ。俺からしたいからってするもんでもないし……」
「部屋には来いって誘うくせに、欲情は湧かないわけ?あんた奥手だからきっと一緒に寝るくらいしかベットでしないんでしょう」
「それ以上は俺にはハードルが高すぎるって。そもそも、するのもしないのもスザクの勝手だろ。じきにしたくなったらあいつのほうから
何か言ってくるんじゃないか」
「ふうん……」
でもさ、と、納得しかけたかに見えたミレイが口を開いた。
「男なのに我慢するっておかしくない?」
「え……」
「いい雰囲気になってるのにさ、キスだけされちゃって、ルルちゃん。『あれ、何もしないの?』とか思ったことない?……あるんじゃない?」
「それは、」
(我慢とかでは、ない……)
半分血を同じくするシュナイゼルに犯された、と告げた時、スザクも自分の口から、男だったらそうそう簡単に告白出来ない
大事なことを教えてくれた。ルルーシュは先にシュナイゼルからそのことを聞いていたとはいえ、自分を力いっぱい抱き締めながら
乱暴を受けた身体は汚くない、綺麗だ、と言ってくれるスザクに言いようのない感謝もして、そこから先に繋がる行為を受け入れた。
むしろその時の乱れきってのぼせた頭で場違いにも自分は、スザクがそんな身体であるからこそ、自分たちは躊躇いもなく深く交じわえると
思っていた。彼がどれだけ、ルルーシュの騎士になることと引き換えに捨ててしまったものを悔やんでいたかも知らずに。
だからか、ルルーシュは記憶が戻ったスザクの行動にミレイほどの不思議さは感じてなかった。逆に、まだカレンと手を切ってない
状態でルルーシュに許してもらえると思っていない彼が、そんな簡単に欲情に走ることもないと思ってもいて。
そしてルルーシュのほうは自分たちが主従であることに意識を向けていた。
……男として改めてスザクを見ることなんて、一度も。
(一人の人間として一番に傍に居て欲しいとは願っているけれど)
ミレイが言いたいことはなんなのだろうか。
主従という関係にしがみ付くほど、お前達の信頼は弱いのか、と糾弾してるのか。
むしろ、恋人と自覚するのが怖いから主従の関係に拘っているのか。……いや、この両方の問いは結局は両極端なだけの問題だろう。
「ミレイ、スザクの身体は、……昔薬品の力で、生殖能力を失くしていて」
「……」
「その、うまく言えないんだけど、---------どうしてそうなったのかは、あいつの経歴を考えれば解ることだと思う。
スザクはブリタニアに渡ってからずっと兄君のもとに居て、そこから連れ出す為に俺と国を変える約束をしたんだ。その約束のせいで
俺の知らない所でスザクは大事なものを失っていたんだけど。……あの頃の兄君にとって自分以外の人間はみんな、疑念の象徴
だったらしい。だから俺の騎士にする前に保険をかけたんだ。----------日本人とブリタニアのハーフを作らないように」
どのような過程でスザクが喪失を味わったのかは知らないけれど。
すべて知っているロイドから助力を受けて、自分と彼は相互に信頼のおける関係になれたのだけれど、そうしてくれたロイドだって
自分が知っていたことをルルーシュへは教えなかった。きっとさぞ禍々しい行為を強要されたのだろう。
だから、か……。
「スザクが、……俺としたがらないのは」
「そうなのかしら」
「だってミレイが言う通り、男なら欲は溜まるだろ。なのに二人になっても何もしてこないなんて、また自分を汚らわしいと思ってる
証拠かもしれない。それか、俺のほうに何か問題があって、」
「そうじゃないでしょ。……まあ、まだ思い出して日も浅いから、戸惑いは残ってるのかもしれないけど」
スザクがルルちゃんを嫌うことなんて絶対ないわよ、とミレイは言う。
そして神妙な顔のまま、ミレイの瞳は再び紫電に合わされた。ぴく、と肩が揺れる。自分にはない人の上に立つ資質が
友人にも備わっているようだ。
「ルルちゃん私思うの。ただのランペルージになってようやく、……少しであっても、あんたの柵は緩むんじゃないかって」
「……ミレイ」
「ルルーシュの悪い所は何でも人のために堪える所よ。泣くことも笑うことも愚痴を吐くことも」
「そんなことない」
友人の言うことに慌てて首を振った。けれどミレイは『それよ』と苦笑して、額に垂れかかった前髪を後ろへ撫で付けて
更によくルルーシュを見た。見つめられた紫電は大きく見開いて硬直して、指先を震わせる。心ごと奥深くまで見通すような強さなのに
どうしてか暖かく感じられて、眉を顰めた。
「あんまり優しいこと言うな」
「……どうしてよ」
「自分のことだけ考えたくなるから」
「考えなさいよ、スザクは望んでるわ」
「でも、あいつにばかり頼ってちゃいけないし、今だって無様に怪我して……部屋に来てくれるのを待ってるだけ。
相当女々しいよ」
「かっこよく見えるよ、ルルーシュは」
「そうかな」
「じゃなきゃあんな偏屈な男が尽くそうとするはずないって」
精一杯の気持ちを込めて、ミレイは机の下にあったルルーシュの手をとった。ひんやりとしていて、やはり指先は血の気の通りが悪く
白かった。そこを、擦るように握る。
「……ミレイ、」
「スザクのこと聞いちゃってごめんね。あいつ本人に話させるべきだった。でも何となくあいつの今してることが解ったのは本当よ。
安心して私も見てられるわ」
金髪がルルーシュのすぐ傍で揺れて、先ほど口付けられた唇が綺麗に釣りあがっていた。
その向けられた笑顔の心地よさにまたルルーシュも紫電を緩めて、唇にではないが精一杯の恩赦を込めて彼女の頬に顔を寄せる。
自分から”特別”と言ってしまったことは恥かしいけれど、捧げるには充分なほど元気をもらってしまった。
だから唇で軽く触れて、ありがとうと耳に囁く。スザクを偏屈というならそんな彼を好く自分は相当頑固な奴なんだな、と
内心苦笑しながら……、一年間、眠っていた時間も含めて自分を支えてくれていたミレイの手を、握り返した。
*
翌日。部屋に泊っていったミレイは朝方一番にルルーシュを叩き起こし、半分夢の世界に居ながら『おはよう』と挨拶を返した自分に
彼女は『いいことを思いついた。だから今日の生徒会は緊急会議よ!』と言ってきた。
企画好きに祭好きの友人がすることはきっと半端じゃない……と嫌な予感に背を震わせつつ。まあ、少しでも学園が賑やかになればいいと
思って、自分もその企画に参加することを了承した。寝癖で爆発している金髪が嬉しそうに跳ねるのを見ながら、ルルーシュも
笑い返す。きっと生徒会室に居るだろうスザクも同じように笑ってくれるだろう、と思って、普通に学校へと出る準備をした。
「そういや、身体の傷は大丈夫なの?しんどくない?」
「ああ。もう充分回復したよ。ずっと眠ってると感覚が鈍くなるからな……少しくらい運動したほうが早く復活するよ」
心配げに制服に袖を通す自分を見て、声を掛けてきてくれるミレイに安心させるように頷いた。
殴られたといっても自分から飛び込んだようなものだし、心身ともに既に異常はない。この状態なら学園でもスザクに迷惑はかけない。
そうして二人して余裕で昼の授業をさぼり、先に生徒会室の方へ向ったら……珍しいことにカレンが一人、席に着いて
本を読んでいた。
また文庫本か、と思いながらルルーシュが挨拶をすれば、赤髪が僅かに揺れて、ゆっくりと振り返ってくる。
返事がないので更に被せるように『おはよう』と言えば、重たい口を開くように硬い調子で、『おはよう』と返された。
「さーて、週末はクラブハウスを解放してパーティーするわよ。名づけて、男女逆転仮装大会!」
「そのまんまじゃないか」
「タキシードとかあんた似合いそうじゃないのよ。ロロはメイド服とか着させてあげましょ。タッパある男が着るとまたいいのよね」
「本人嫌がると思うぞ」
「いいじゃない。リヴァルはそうね、……犬でいいか」
確か某シリーズのマスコットがそのまま着ぐるみになった奴が倉庫にあったんだった、と、会長専用の机に肘をついて、手を合わせる。
そんな彼女の前に腰を凭れさせたルルーシュは、胸の前で腕を組んで、いつもと何か違うカレンの雰囲気に目をやった。
「具合でもわるいのか」
「え?」
「何か、暗いけど、カレン」
ルルーシュが口にしたことが意外だったのか、そもそも話しかけられるとも思ってなかったのか。
ミレイの一人騒ぎにもピクリともしない表情に視線をやったルルーシュを、どこか呆然とした顔でカレンは見上げた。日差しが強いと
感じるのは、いつも窓を半分閉めているカーテンが引かれてないからだろうか。
そのいつもより強いコントラストに眩しいと思う視界で、ルルーシュはカレンに近づこうと腰を浮かす。
が、それより先に動物並みの反射神経で椅子から立ち上がったカレンが、ルルーシュからもミレイからも一歩距離を置いた。
頬には嫌な汗が伝っている。
「……あれ?」
クラブハウスの一室を間借りしているロロが、高等部の通路を渡って生徒会室へとやって来た。扉は彼と、室内はルルーシュたちとで
カレンは後ろにも前にも動けず挟まれることになる。その状況で、ふと気付いたようにロロが『姉さん』と呼びかけた。
「?」
「セザルは」
この場に居る誰もが口には出さず、けれども無意識のうちに居ないと感じていた人物の名前に、ルルーシュの動きは止まった。
(そう言えば、もう、昨日の昼から見てなかった)
ミレイも気付いたというように顔をあげて、ロロ……ルルーシュ、カレンと視線を泳がしていく。
カレンは手の中の文庫を机へ置いて、ルルーシュへと、蒼瞳を向けた。ぴり、と空気が痺れる音がする。近づいてくる彼女との
距離が縮まるのを感じながら、どこか遠くで警鐘がわんわんと鳴るのを聴いた気がした。-----------どうしてそんな心境になるのかは、
カレンが制服のポケットから出したもので判明する。
「もう、仲間のフリになんて、耐えられない」
鶴のような一声にも似た静寂の中、ぽつりとそれは吐き出された。
同時にルルーシュの胸に投げつけられたものがある。自分と同じ瞳の色をした石の欠片が、僅かにくっついた金属だった。
それを床に落とさないように両手で受け止めて、唖然とカレンを見つめ返す。背後にいるロロは既に味わった前の感覚に、苦虫を
噛み潰すような顔をして、低く舌打ちした。
「さっさと裏切ってやればよかった。最初から。あの処刑場で、首が撥ねられるのを見ていればよかった」
とんとんとんとんとん。
掬いとれきれなかった石の破片が、絨毯ばりの床を滴のような落ちていく。
その音は布に吸い込まれていって、肉眼では探せないほどに紛れてしまっていた。けれど、元もとの持ち主であったルルーシュは
探そうと目を伏せるわけはなく、ただスッと目線をカレンに固定したまま硬直するのみで。黙っていた。
「どういうことですか」
ルルーシュの代わりに、とでもいうかのように、背後からロロが問いかける。
「……制裁よ」
「あんたがやったの?ルルーシュのそれを壊したのも」
「それ……?ああ、そのガラクタ。壊して何が悪いのよ。一度別れた主従の証なんか。
あったって名残おしいだけでしょ」
挨拶を交わすまでの静かな雰囲気とは一変して、カレンは敵に挟まれていても気丈だった。それがエスカレートするというように
視線を巡らして、一番傍に居るルルーシュを見ようと瞳を鋭くさせる。だが、それより早く、足元という死角から何かがカレンを襲い
スザクの騎士証と同じく絨毯に吸い込まれることになった。
ぐ、と胸が潰れるほど派手にこけることになる。
「--------------!?」
ぱっとすぐに半身を起こして顔を上げれば、黒いハイソックスに脚線をよりシャープにさせた右足を浮かせたルルーシュが
無表情に見下ろしていて。
「跪け」
油断していた所に足元をすくわれたんだ……と気付いたと同時に、制靴を履いたその右足の踵で
カレンは赤髪をルルーシュの足と絨毯に挟まれるように踏みつけられた。
「ぐっ……」
「俺の膝より頭を高く上げることを許さない」
「っ、!」
「一度別れた主従なんか、……なんだって?」
ごりごりと、砂利を靴底で擦るような音が辺りに響いた。ミレイは机についていた手はそのままに、掌で額を覆っている。
反対に扉に居るロロはぽかん、と目を開けて、冷徹な容貌に変化したルルーシュの行動と言葉に、動くことを忘れていた。
クヤシイ
これは自分のぶんの騎士証が壊された時に口にしたセリフだった。
スザクにぼやいていたルルーシュのその時あった気持ちの裏側では、次があったら決してヘマはしない、許さない、こちらが先に出てやる、と
決めていた。スザクの手を握りながら一人で内心誓っていたことだ。
そう。
二度はないのである。
「カレン・シュタットフェルト、いや、日本解放戦線の紅月カレン」
ロロとミレイを含む自分たち4人しか居ない生徒会室に響く声は、明瞭であった。不敵なまでに、怜悧なほどに、残酷なくらいに。
相手の鼓膜を震わして脳髄にまで入ってくる。
それを口にする人間も無表情のまま、淡々と、
「俺は枢木スザクを騎士とする、ルルーシュ・ランペルージだ」
見つめる視線も足元に落ちた石より硬く、銃弾にも貫けない深さを持っていた。