学園の決まりなんてよく知らない。
人同士の付き合い方なんて、どこまで境界があるのかも解らない。

何よりルルーシュは”自分”を知らない。













「何処かに置いてきてしまった」

つまらなさそうに手元の写真を見る。写真といっても封筒に入れられたままのものだ。手にとって少し厚く感じられる紙質に
間違いなく中身がそれであるんだな、とルルーシュは認識している。

これは、大学部の研究室を出てくる時にそこの主任から貰ったものだ。

室長である銀髪の男は、とにかく自分の面倒ばかりを見るように近づいてくるから、正直相手をすることが面倒だった。
それに気を利かしてか、助手である主任の女はいつもルルーシュを室長から遠ざけてくれる。
ミレイのもとへ行くことにも賛同してくれたいい奴だ。ルルーシュは”セシル”というその名前をすぐ覚えた。

そのセシルが、去り際に何も言わず扉から出て行こうとする背中に声を掛ける。何?と振り返って
椅子に腰掛ける彼女のもとまで歩いて行けば、白い封筒に大事に納められた写真を、自分へ差し出してきた。

『……?』
『貴方に持っててもらいたいの。何も覚えてないなんて悲しいこと言わないで
気持ちに大分整理がついたらこれを開いてみてくれないかしら。きっとそれからの日常が変わるから』

穏やかさにいっそうの静謐さを込めて見つめられたルルーシュは
『う』と『あ』を繰り返しながら、恐る恐るどうにか、セシルの手にある写真を受け取った。



-----------------自分が誰かも解らない。



「でも、……知ろうとはしなかったな、俺」

(そう)







自分は自分自身の正体を知ることが恐いのだ。

どうしようもなく。

だからこの封筒は開けられない。まだ。でも当分……。













彼を滲ます悪い奴 後編























「そろそろエクステもつけ慣れてきたころかしら」
「入学してまだ三日目だよ」
「でも女子トイレに入ることには抵抗がなくなったわよね」
「それは君が押し込むように引き摺るからだろう」
「女声も簡単に出せるようになった。寮に戻って男の声に戻してもあんまりイガイガしなくなったわよね」
「何のお陰か知らないが、そういうことには苦労がなくなってきたよ。ありがとうカレン」
「籐堂さんも喜ぶわ。これで内偵の仕事があがれば万々歳ね」
「じゃ早く終わらせよう。流石に地下が恋しい」
「そうね。私も貴方を名前で呼びたいわ。セザルちゃん」

本音の賛辞から、最後は軽い皮肉を効かしたおふざけで返ってきた。
礼なんてまともに言うんじゃなかった……とスザクは、ここ最近日に数回は思っていることに二重で驚き、またがっくりと項垂れた。
制服の緩めていたタイを締めながら、先ほどまでベッドで寝ていたせいで崩れてしまった髪の毛に手を伸ばす。
エクステは後ろ毛の根元に巻きつける形で、数本の束になっているウィッグを装着している。色は地毛と違いを失くす為に
境目をカラースプレーで染めてある。元々が当然男子であるので、細かいことは気にしないざっくりとした発想で
スザクはセザルに変装していた。
カレンはベッドの上に座った状態で枕を胸に抱きながら、崩れてしまった制服と頭を治す彼を黙って観察していた。
つい数分前までは揃って寝転がっていたというのもあって、カレンのほうは髪がボサボサに跳ねてしまっている。
昼休みの前にある体育が終わって、二人して揃って保健室へと走ってきたわけだが、幸いなことに養護教員は不在だった。
なので、暖かい日差しを一杯に受け止めたふかふかのシーツに誘惑された、スザクもカレンも迷うことなく昼休み一時間を
熟睡することに決めた。そして現在に至る。……あと数分で午後の生徒会活動が始まろうとしていた。

「今日は天気がいいわね。もうちょっとぼんやりしてたい感じ……」
「駄目だよカレン。休憩したんだから働かないと。今日は春の催し物を考えるってミレイさん言ってたじゃないか」
「あー……そうね……でも結局いつもあの人の勝手で話し合いも進むから、出席した所で特に変わらないわよ」
「え」

スカートの裾をピン、と伸ばした姿勢でスザクは固まった。それって会長の独裁政権ってことじゃないか。
誰も何も言わないのだろうか。てか、それっていいのか。

「アッシュフォードでは普通よ。おもてで行われる行事はぜーんぶあの人の采配。生徒も楽しんじゃってるんだから
リコールも起こらないわよ。そういうの去年だけで充分身に染みた。貴方も覚悟しとくといい」
「……例えば何があるの?その行事の内容」
「男女逆転、とか」

そしたら貴方の場合本来の姿になっちゃうわねー!とカレンは笑い、抱いたままの枕を持ってコロン、と
シーツに埋ってしまった。憎らしげにそれを見つめるスザク。まあ確かにそうなのだが。いやでもそうなると正体がバレてしまうじゃないか。

------------二人がそうしてカーテンに仕切られた場所で和んでいる時、突然保健室の扉が開かれる音がした。慌てて口を塞ぐ。

かたん、たたん、というどこか足並みの遅いテンポはスザクたちのいる休憩室に向いているように聞こえる。
スザクは身繕いを整えた格好で、閉じていたカーテンを素早く引いた。相手が顔を出すよりも先を取ったのである。

「え……」
「あ」

そこにはさっきまでボサボサでいたスザクの頭より酷い身なりをしたルルーシュが
引き千切られたかのように破れてしまった胸元を押さえて、立っていた。
カレンもその場に唖然となって、ルルーシュを見る。言葉を失くした彼女に反してスザクは鋭い視線となり、
探るようにルルーシュの乱れた襟元を、指先で摘んだ。

びくっと肩が揺れて黒髪が宙に浮いて、怯えたように両手で顔を遮ってしまった。

「何されたのルルーシュ」
「……別に」
「そんなわけないだろ?自分で転んで出来た傷でもないよね。膝のほうも」
「!」

カレンが立ち上がり、目を細めてスザクの指し示す脚を見た。確かに血が滲んでしまっている。


二人同時にチッと低く舌打ちをした。

「何これ。彼氏?」
「金持ちは考えてることがほんと知れないな」
近い距離で問いかけるカレンの横で、正反対ではあるが『考えが知れない』というところでは合っているミレイを思い浮かべながら
スザクはごちる。
ルルーシュは無言で顔を俯かせ、二人から数歩後ずさった。
「待ってルルーシュ」
きっと保健室には替えの制服を取りに来たのだろう。そんな所に自分たちが寛いでいたから、逆にルルーシュは吃驚して
どうすればいいか解らなくなってしまったのだ。
スザクは彼女の様子からそう感じ、なるべく怯えさせないようにそっと歩み出す。けど、先ほど襟を摘んだ時も拒まれてしまったものだから
触るのは止そう、と姿勢を低くし見上げるように、ルルーシュの前髪を覗いた。

目の端が悔しさになのか少しあかい。
乱暴されたのか。もしくはただ自分ですっ転んだだけなのか。
確認する必要があった。

「セザル。どうする気?」
「ちょっとこの子とDクラスのほう行ってくる。放課後にはなっちゃったけどまだ校舎には残ってるでしょ」

昨日だってあんな時間にもルルーシュを呼び出したんだし、と皮肉に頬を釣り上げる。


「と、そうだ」


『何をするつもり?』とでも言いたげな紫電の眼差しに、スザクは穏やかな目をした。
まずは脚と、……ここに来た時に発見した首筋の傷の消毒をしなくてはいけない。そう思って。

「別にいいよ」
「そればっかりだな。いいわけないだろどっちも血が出てるじゃないか、おいで」
「いいってば」
「来・い」

カレンが見つめる先で、無理やり枝のように細い手をとり、職員用の椅子へ座らせる。
その前に膝を折ってスザクは、手元に容易したティッシュに消毒液を湿らし、まずは汚れをとろうと
首筋にそれを押し当てた。うっと小さく声があがる。竦んだ肩を落ち着かせるように擦った。

「痛い。離してくれ」
「せめて絆創膏を貼るまではじっとしてて」

沁みる、と訴えるその傷口に次は軟膏を塗った。両膝にも同じような処置をする。
それをずっと眺めていたカレンは『貴方お母さんみたいよ』と言ってのけた。スザクはすかさず『こんな女やだね』と返す。
その時には少しではあるが気持ちが解れたルルーシュが『俺もいらん』と、足元に居るスザクの肩を蹴った。

「何だと」

その様子に微笑んで、むすっと膨れた顔をするルルーシュの頭を小突き、椅子から立たせる。大丈夫?と覚束ない足どりをする
ルルーシュを気遣いながらスザクは保健室の扉へ手をかけた。
『本当に行く気か』と、再びルルーシュが紫電の眼差しを向けるのに、カレンが居る前でスザクは、間を置きもせず口を開いた。

「腹が立つんだよな。君のその男に従順な姿に」






昨日の放課後。昇降口へ向う仮そめの恋人たちの姿を植え込みから覗いていた。
その上でルルーシュはジョルジュを全く意識していないということを、スザクはただ見ただけではあったが、それでも気づいていた。

(何だ。……彼女は結局どうでもいいのか)
あんな風に好意を寄せる相手に対しても。


「告白大会だっけ?人の主張も聞き入れず、自分の勝手を押し付ける嫌なイベントだなって僕は思うよ。
君は彼にその告白大会を利用し、……また利用されたんだね」
「…………」
「でも君も彼を騙してるんだ。唆してるといってもいい」

ちょっと本当に行くの?と声をあげるカレンに軽く手を振り、スザクはルルーシュを連れて保健室から出た。その廊下で話し出す。

あまり優しくはない感じの、言ってみれば棘しか感じられない言葉を向けられたルルーシュは
じっとスザクの翡翠を見つめたまま、耳を傾けていた。

「そう」

こくり、と小さく頷き、彼女の無言を”肯定”だと勝手に見なす。----------本当に腹の立つ、


女だ。


(絶対に好きになんないな、こんな奴)

ジョルジュをどこか変人だと思いながら、スザクはルルーシュが逃げないよう手をとった。繋ぐのが嫌いだろう、もしかしたら
嫌がられるかもしれないと思ったが、ルルーシュはやはり従順だった。早い足取りで先を行くのに、すごすごと黙って
付いてこようとする。よりいっそう苛立ちが募っていった。












顔を怒らせて進むそのスザクの後ろでは、ルルーシュは瞳をぱっちりと開いて、不思議なように自分と前を行く人物に
繋がれた手を見ていた。


人に触れられるのも気を寄せられるのも苦手で、全部振り払ってばかりいたのに、強引ではあったが結ばれたこの掌は
嫌じゃなかった。
この気持ちは何だろう。

「…………?」




-----------何でだろう、こう思うのは。












































返して、と。
ルルーシュは叫んだ。






実は昼間。体育の授業から更衣室で着替えて教室へと戻ってきたルルーシュの前で
自分の荷物を漁るジョルジュの姿があったのだ。
すぐに走り出し、自分の存在に驚く彼の手元から”それ”を抜き出そうとする。けれど男の力はやはり女とは比べものにならないのか
背中に飛び掛ったルルーシュはすぐに隣の机へと突き飛ばされてしまった。

誰もまだ居ない教室に、頭を揺り動かすような音が響く。

黒髪は大きく傾き、ジョルジュの足元に倒れこんだ。したたかに机の端に腹をぶつけてしまったのである。痛そうに呻くその
上では、ルルーシュが必死に取り替えそうとした白い封筒を手にして、驚愕した顔のジョルジュが居る。
彼はルルーシュでも見れなかったその中身を目にしたのである。

『ランペルージ、これは、誰だ……?』
『?』
『君と、君と写ってるこいつは……』

くやしいのか、今まで思い馳せていた歴史が胸を突き刺すのか、それともプライドの保持か。
ジョルジュはその封筒の中身が物語るルルーシュの裏切りに、一方的な怒りをぶつけ始めた。

『っ……!』

固く目を閉じて、衝撃をやり過ごそうと蹲る。
彼がルルーシュの革製の鞄を振り上げて、それを真下に落としたのである。当然ながら、腹を打って動けないルルーシュは
直下にその痛みを吸い取ることになる。低い呻き声が、痛切な悲鳴へと変わった。
すぐに逃げ出そうとして、ルルーシュは力の入らない両手をどうにか突っぱねて、這い上がるように起き上がる。
そして教室から出ようと踏み出そうとすれば、すかさず伸びてきたジョルジュの手に足首をとられ、したたかに膝を打ち付けるよう
すっ転んでしまった。

流石に痛みに意識が朦朧としてきて、仰向けに寝かされたまま、自分の腰を跨いだジョルジュを見上げるしかその時の
自分に力などなくて。

『嘘つきめ!』

封筒をきつく握りしめ、学生服の中へと仕舞ってしまった。
ぼんやりとそれを目に納めたルルーシュは『わけが解らない』と瞼を伏せ、全身の力をすっと抜く。



あまり痛くないように。
すぐ彼の、自分が与えてしまった激情が過ぎ去るように。それだけ望んで。



『……っ』

しかしジョルジュは乱暴をするかと思えば、首のネクタイを解いただけで教室から出ていってしまった。
拍子抜けした感じに、ルルーシュは身を起こし、辺りに散らばった自分の荷物を見る。どうして彼がこんなことをしたのかは解らないが
けれど、自分ではそう簡単に見れなかったあの封筒を持ってかれたままでは、じっとしても居られない。



”気持ちの整理がついたら----------”



あの助手の言葉に、うんとルルーシュは頷いた。ならばいつか確認しなくては。

(それと)

ジョルジュが動揺した理由も気になる。

ルルーシュは億劫にだが何とか立ち上がり、よろよろと教室から出ていった。まずは身ずぼらしい格好になってしまった
制服をどうにかしなくては。








































スザクと共に二人して、Dクラスへとやって来たルルーシュの姿に教室に居たジョルジュの友人たちは
大仰に慌てた。

いつもジョルジュが独占するように二人して連れ立っていたというのに。
別の人間を平然と隣に置いているルルーシュを訝しむように見ていた。
しかし、不審そうに見られることに何とも思わないのか、スザクは入り口に近い女子に声をかけ
ジョルジュは何処か、と所在を聞く。『知らない』とすぐに返事が返って来た。

「え?」
「彼、お昼から見てないけど……。部活かなあ。副会長さん、知ってるんじゃないの?」
「いや」

今日は別行動なんだ、と答える。その女子はルルーシュの首の絆創膏に目をやって、眉を不思議そうに寄せた。
スザクはその様子に長居は無用か、と判断して、手を繋いだまま別の所へ移動する。
自分も昨日迷い込んで到達した、展望台へである。

「どうして」
「あそこは彼とよく会ってた場所なんだろ?行ってるかもしれない」
「あいつとはそんなに行かなかったけど……」

そうなんだ、と前の階段を登りながら頷く。そんなスザクに手を引かれたまま、聞こえもしない小さな声で囁くように
口にした。


あの展望台に来たのは

『お前が初めてだった』と。






















強い風が吹いている。いつの間にか花弁が吹きすさぶ場所に居て、顔をあげて見れば螺旋階段の先には
昨日とは違う晴天の空が広がっていた。時計塔の時刻は夕方六時に差し掛かる二分前。短針が半端な位置に固まって
心もとない時間。
ルルーシュは手をそっと離しスザクのほうを向いた。

「本当はね」
「……?」
「ずっと模索してた。でも解ったような気がする。思い出せそうな気がする。---------自分が誰で在るべきなのか」
「え……」
「あの写真を取り返せたら。……だから頼む」

一度差し出された手を解いて、次はルルーシュが掌をスザクへ向って突き出した。その先にはよくわからないというように
開かれたスザクの目。
風がルルーシュの髪を烏の羽のようにさらした。その姿に視線を縫いとめられて、スザクは動けず時間の経過にも気づかない。

展望台から降ってくるように落ちてくる花の一部が、ルルーシュの白い指先に触れて、落ちた。
瞬間、背景が暗転する。
ただ青く澄み切っていた空が、ビロードのような昏い色した世界に切り替わった。


「だから頼む。俺はお前に」
「何を?」

問い返す。スザクの言葉にルルーシュの紫電が綺麗に彼を射抜いた。





「あの男から封筒を取り返して。”俺”の大事なものだから」






愛情ばかりで自身を制御出来なかった本性のまま、ジョルジュは展望台からスザクとルルーシュを見下ろしていた。
今、ルルーシュの封筒は胸のポケットに入れられている。彼はそれを服の上からぎゅ、と抱きしめ、もう片手に持ったレイピアを
二人の間を分かつようにスザクの胸にむかって、叩きつけるように振り落とした。

シュンッ、と空間を横切る速さで刃先は足元の花たちに突き刺さり、一歩退いたスザクが驚いたようにジョルジュを仰ぐ。
彼が目にしてしまった写真というのは、”自分がルルーシュにはこうであってほしかった”……言わば、
彼女に対して抱いていた”自分のことを愛しているだろう”と思っていた妄執を、否定するような光景であったから。

しかしまだルルーシュはそれを見ていない。
彼がそうまで動揺する理由を知らない。----------真剣であったろう告白をないがしろに受けたことを謝ろうにも
まだ出来ない。


「僕と戦え!泥棒犬」

絶叫のようなジョルジュの声がレイピアに続いて、降り注ぐ。まるで丸腰の自分へ差し出されたものというように
スザクはそのレイピアを地面から引き抜いて、天上を向いた。闘争心に火がついたような挑む目である。

「女を殴るような人間に僕は負けない。絶対に!」


飛ぶように走り出し、螺旋階段を駆け上がる。ジョルジュは展望台で待ち構え、自身の獲物であるもう一つのレイピアを
花の下から取り出す。彼の背後には陣地を分けるように聳え立つ時計塔があった。スザクが辿り着いた時には、その文字盤すらも
真っ二つに分かれるよう針が位置していて。
まるで審判のように階下に立つルルーシュは、頭上の彼らを指差すよう手を上げた。



降り下ろされた瞬間、決闘は始まる。




「女のくせにっ……!」
ジョルジュが所属するのは、学祭や壮行会の時にはかならず演武を披露するようなフェンシング部である。
そこの部長でもある彼は、普段は穏やかな気性に対して、剣の捌き方は早く、狙い処は鋭かった。懐に飛び込んだスザクの咽喉下を
横やりにすぐ切ろうとしたくらいだ。

ルルーシュはフェンシング部の部長でもある彼の手腕に祈るように指を組んで、スザクの立ち回りがうまくいくよう願った。
彼も彼で、脚も腕も使ってくるジョルジュの攻撃を野生動物のように避けて、レイピアを難なく扱っている。
「性別は関係ないだろう」
叫ぶ彼に、スザクは返事とともに垂直に立てた剣で受身をとりきれなかった身体を突き飛ばす。
しかし体格的にがっしりとしたジョルジュにバランス感覚としては劣るのか、スザクは彼の強い打撃で
広く1メートル先へ飛ばされてしまった。ばすんっ、とその辺りの花々が無残に散る。
「くっ」
「細いナリした所が貴様の欠点だろう」
「そ、野郎……!」
飛ばされた所から、すぐに立ち上がってレイピアを横に構える。
常ならば真っ直ぐに突き立てるだけのものであるのに、彼らのその戦いに耐えているかのように、刃先のぶつかりあう音は高く
ルルーシュのもとにまで届く。
そのルルーシュが階段からようやっと展望台まで上がって来た時、ジョルジュのレイピアはスザクの頬を切り裂いていた。
スザクがジョルジュの足元から飛び込もうとした瞬間の隙を狙って、目を突こうとした結果である。が、やばいとすぐに察したので
大事には至らなかった。

しかし、茶の瞳の端には刺青のように赤い筋が浮かび。

「あっ……」

ルルーシュが間に入ろうと、一歩踏み込もうとする。その所で、スザクは片手を前に翳して『来るな』と告げた。
次は自分が攻撃する番だ、と姿勢を低く構えて、ジョルジュもまさか当たったりしないだろうと思って同じ体勢をとる。
紫電がじっと見守る先で、決闘する二人は睨みあった。光の差さない空間となった展望台は、薄っすらと光出すような
花があるだけである。
その中に浮かび上がるスザクの相手を貫くような眼差しに、視線を奪われた。ルルーシュはやはり戦いを止めようとした手を
腰へと落とす。スザクには封筒を取り返すよう頼んでしまったから。自分は審判をする傍観者でいなくてはいけない。


『腹が立つんだよな。君のその男に従順な姿に』


スザクがそう思うのは当然だ。
自分は自分のことが解らないといって、相手を試すことで日々をやり過ごそうとしていて。
スザクがそう非難するのもおかしいことじゃない。けれど、--------あの写真は違うんだ。

きっと彼もそれだけは大切なものであろうと、解ってくれている。だからレイピアをとってジョルジュに立ち向かってくれているんだ。
どうか、頼むから。

(俺の破片を)

------------返して。


「!」

睨みあい静止していたジョルジュとスザクが、突然動き出した。飛び込む速さと避ける瞬発力ではスザクのほうに分があるのか
彼の剣先のほうがジョルジュの胸元を突こうとする。距離は人一人分もないほど、狭まりあっている。
「なっ」
悔しそうな声があがって、見つめた先ではジョルジュの胸元が直進してきたレイピアに貫かれていた。そこから制服が破けて、
白い紙片が舞い落ちる。---------封筒だ。
ルルーシュは即座に走りこんで受け取ろうとした。風が強い。焦る。でもこれは自分で取らなければ。


「待てルルーシュ!」


力一杯手を伸ばして封筒の着地点へ行こうとしたら、後ろからスザクの引きとめる声がして、振り向いたらジョルジュが駆け込んできて
自分の身体を掴もうとしているのに固まった。
やばい、と思って咄嗟に目を閉じれば、予備動作もなくスザクが広げた腕でルルーシュの頭を
抱え込み、展望台の端ギリギリまで飛び上がる。

……ジョルジュの胸を裂いてから大分ルルーシュとは距離が空いていたのに、すごい跳躍力である。

ルルーシュはどこか関心しながら、スザクの胸を下敷きにするような形で、花の中に落ちた。
衝撃は柔らかかったがきつく抱きしめられていて声が出ない。やっと少し力が緩んで顔を上げたら、
ずっと長いウェーブの髪だと思っていたそのスザクの容姿から一変、ショートヘアよりも短い、
ボーイッシュともいっていい印象の人間に変わっていた。

「……え……」

「あ」




(エクステとれた)


保健室で惰眠を貪っていた後にちゃんと直したつもりだったのだが、やはりカレンにやってもらわなきゃしっかり止まらないのか。
スザクはさっと顔を青くする。やばい、やばい、どうしてこんな時に、僕は!
ルルーシュは身を起こしながら、そのスザクを凝視している。-----------は。そう言えば封筒はどこへやったか。
二人してその行方を目で追ったら、すぐ前にはジョルジュの再びレイピアを垂直に構える姿があって、

「っ……!!」
「ルルーシュ伏せて」

声を作ることも忘れたスザクは、片手で黒髪を抱き、もう片手で振り上げられた剣先を音立てて跳ね飛ばした。
キン!という耳をつく衝撃の後、またすぐに攻撃がやってきて、スザクはルルーシュを手放し、自分の後ろへ行くように
指し示す。
「あそこにあるから!」
「解った」
花の海から顔を出し、ルルーシュは這うようにしてスザクの背後を進み出した。
白と薄紅に彩られたその隙間に隠れるように封筒は埋っていた。そっと包み込むように掬いとって、ほっと胸を撫で下ろす。
(よかった……)
脳裏に浮かぶのは助手の顔だが、その彼女の穏やかな物腰より、ルルーシュは安堵した心地になった。けれど、背後では
すさまじい怒号が飛ぶ。
ジョルジュが弾かれた剣先を逆手に持ち返し、スザクの腰元を切り裂いたのだ。
「そもそも、どうして男がこの学園に居る!」
「……っ、これは」
「初めは気づかなかったが声もだな。……貴様言い逃れは出来ると思うなよ。よりによってこんな得体の知れない奴が
ランペルージに近づくなんて。しかも、その”顔”-----------…………!」










昼休み。中々本心を見せてくれない彼女の荷物の中にあった写真。

数年前のものか、現在の姿ではないだろう彼女と一緒に写る、一人の男。
黒いシャツの胸に包むようルルーシュを抱きこんだその男の姿は、今の決闘相手とダブる容姿で。



ジョルジュを苛立たせる。

何より一番嫌だったのは、見たこともないような暖かな目でファインダーを覗く、紫電の眼差しだったから。










「--------------------倒れろ……っ!!」

消えてしまえ。





変装を解いてしまった自分の失態に呆然としていた所に、我を完全に失ったジョルジュの拳が、スザクの顔面を殴りつけた。
痛みよりも先に威力のほうが勝って、スザクは重力と引力に逆らわず、また花の中に逆戻りをする。
その拍子に、目の中にあったコンタクトがずれて何処かに飛んでいってしまった。
はっ、と息を呑み、迫り寄ってくるジョルジュへ裸の翡翠となった視線を向ける。

手にはまだレイピアを持っていた。まだ戦える。封筒はルルーシュが無事に手にしただろうが。……それでも。

負けたくなかった。どうしても、この戦いには。

(だから)

仰向けとなった身体を奮い立たせるように起き上がらせて、また懲りずに剣を構える。レイピアは装飾用のものである分、
確実な威力がない。けれど使いようはあるはずだ。例えば刃先の細さを利用して急所一点を狙うとか。

全速力といっていい速さで、花という花の欠片を飛ばし向ってくるジョルジュに、スザクはそうした構えで
両手のレイピアを向けて効き足に重心を置く。

その時、視界から一端消えていた黒髪が、走り込んでくるジョルジュの後ろから飛び出してきた。





「……スザク!」




え。

と、ジョルジュの後ろから羽根のような軽さでやってきた姿に、自分を呼ぶ声-------その”名前”に、
スザクは瞳を見開いた。封筒を握りしめたルルーシュが今も向っている相手、ルルーシュの彼氏
ジョルジュの脇を擦りぬけて、飛び込んできたから、その彼女の痩せた身体を受け止めるようにして。
危ない、来るな、と言う間もなく、広げた腕に痩躯を仕舞いこむように抱いた。
どうしてそうしてしまうのかは解らない。

案の定だがその場にスザクとルルーシュは倒れこんで、腕にした温もりが信じられないまま、未だ黒い空を見上げる。
「……っ」
刹那、近づいた顔と距離に驚く前に、口付けられた。
普通に触れあうものとは違く少しだけ深く感じられるキス。
舌と舌が軽く交じり合って糸を引いた。ルルーシュは
身を起こして自分の胸にスザクのレイピアを持った腕を押し付ける。背後のジョルジュが驚愕の声をあげた。その位置からでも解るほど
胸元から光が溢れてきたからだ。












先ほど、花の中に埋るようにして這って進んだ先、スザクが取り返してくれた写真をようやく開いて見た。
そしてジョルジュがあんなにも取り乱してしまった原因を知って、同時に消滅しようとしていた過去の何もかもが蘇ってきて
ルルーシュはすぐに後ろの戦いへ身体を振り返らせた。

スザクの戦う姿を見て、
自分が”あの時”彼を裏切ってしまったことを知ったから。……そして、胸に宿るもう一つの”剣”の存在も。
そのすべてを受け入れようとするようにルルーシュは立ち上がり、自分の育てた花を踏みつけてしまうのも構わず
スザクの身体を抱きしめた。

自分を、------------思い出してくれなくてもいい。

だから変わりに、



















「また戦ってくれないか……?」



















右手を押し付けられた胸の間から、何か異物が現れたのを感じて、その正体も解らないのにスザクは掴み取る。
が、見る間も置かず、その異物は長い形状をした鋭利なもの-----------長剣に変貌した。
ルルーシュの身体から”剣”が誕生したのである。いや、もしくは、ルルーシュに触れた部分とスザクの持っていたレイピアが
何かに合成されて生まれたものかもしれないが。

しかし彼女の、ルルーシュの柔らかくではあるがまるで懇願するかのような細い声に無意識にスザクは頷いて、
その剣を力強く引きぬいた。

「貴様、やっぱり……!」

ルルーシュより先に写真を目にしたジョルジュが、スザクへ構えの姿勢をとった足を後ずらせ、焦りに引き攣った顔を見せる。
しかしどこか悠然と佇むように静かな翡翠をして、右手に持った剣を握り直したスザクは
戦闘開始直後の勢いは何処へやら……戸惑い、怯むそのジョルジュの身体へ、一直線に両手を突き出した。



切るような風はルルーシュの黒髪を舞い上がらせて、同時に、空の色も黒から通常の青へ戻す。
ふっ……と、静かに瞬きをした後には、周りの景色はいつもと同じ展望台になっていた。

ただがむしゃらに、自分の勝利だけ考えて剣を持っていたスザクは、自分の足元に意識を失ったジョルジュを見て
困惑しながらも右手にあるものを離さなかった。-----------自分の本名を知らないはずのルルーシュが『スザク』と呼んで
口付けて、胸から引き抜かせた”長剣”
日本刀と西洋のサーベルが合わさったようなそれは、驚くほど掌にしっくりとくる。……けど。

「どうして君は、------------僕を知っている?」

セザル・オーウィンを構成していたウィッグも、茶の瞳も、女である作り声も、
何もかもをジョルジュによって切り取られてしまったのに、彼女は彼の脇を擦りぬけて自分の胸へ飛んできた。



「俺は、……」


スザクの問いかけに、すぐ出そうになる言葉を飲み込む。
両手には写真はない。足元の花畑のどこかにある。
しかしそれを目の前のスザクに見せることはないだろう。きっと無いだろう。何故なら、……してはいけないと思うからだ。






ルルーシュが”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”を見つけたからだ。








記憶を失くす一年前まではずっと大切だったスザクという存在。
それを滲ませた人間、悪い奴。それはジョルジュのようでいて、……しかし実際には、自分のことだった。

思い出せないもどかしさも、世界に対するどうしようもない孤独感も、今は追及しない。
本当にずっと欲しかったのは、昔、見えない敵に怯える自分を『護る』と言ってくれた、スザクの手だった。


(触れてしまったからにはまた罪を繰り返す)

(それでも今度こそは)












「君は誰なんだ」

「…………」

「どうして僕を知っている、この剣は----------」

瞳を細めるルルーシュの前に、ほの白く輝く長剣が差し向けられる。彼女はスザクのその手を包むように取って
自分の胸にまた押し付けた。そして一言。------------一年経っても変わらずに思う、一言を。





「スザク、俺の騎士になれ」

告げた。