以前助教授として勤務していた時には、昼休みで食事を摂るとなったらもっぱら割り当てられた自分の研究室で
済ましていた。
だが衛生上の問題で、例え教員とあっても、食堂で出されたものを食堂以外の外部で摂ることはご法度で、
----------しかし何故かスザクが院生の頃から、自分は師であったロイドとセシルがそうしているように
御法度とはあっても研究室に食事を持ちこんで、食べていた。
元より自分はあまり人口密度のある場所で食事をすることを好まない。
最初ルルーシュと付き合い出した時も、実は、例え手作りであるとわかっていても差し出されたその食事に
手を伸ばすことには抵抗があった。
どうしてなのか、それについては未だにうまい答えが出てこないのだが……多分、生まれもった潔癖、
なのだろうと思う、多分。
それは枢木スザクという人が生まれたことの不思議と同じくらい、これといった文句が浮かばない
不思議≠ナある。
今はもうルルーシュの出すものや、友人たちが手作りでくれるお菓子などは
平気で食べれるようになったのだけど。
*
「毎度毎度不思議に思うんですよね……先生」
「はい?」
女子大の教員用控室。
給湯室も完備されている此処は、最近では恒例の食事を摂る場所になっていた。
前のところと違って研究室でもゆっくりと学食のメニューが食べれるのだが、
給湯室がある場所ならお茶をわざわざ汲みに席をたつ、という手間がかからなくていい。
そういった理由と、--------あと、教員用≠ニ銘打つからには学生の立ち入りは厳禁である、という
シールドがはられているから、というのも理由の一つではあったりする。
目の前でスザクと同じく食事を摂る男性教員は、自分よりも一回り年齢が上の
社会学の臨時職員だった。
彼は、常勤講師として籍をおく大学が都内にひとつあるという。たまたま女子大で一人欠員が出てしまったために
呼ばれた雇われ講師だった。その彼は妻子も居て、今は娘に出来た婿と同居して……という半二世帯住宅に暮らすという。
だからいつも弁当を持参してきていた。今日もスザクの目前に広げられている。ピンクのハート型のでんぷんがかかったご飯と
肉団子と小松菜の胡麻和え。どうやら、妻と娘の共作のようだった。
それをもしゃもしゃと満足げに食べていたというのに、一体どうしたというのだろう。
スザクは突然かけられた声に『?』と顔をあげた。
「ゆっくりと食事を摂られているところ申し訳ありませんが、先生……ねぇ」
「何でしょう」
何だか気にかかる言い方だな、と進めていた箸を持つ手を止めた。
「そのお食事、いつもどなたがご用意して下さっているんですか?」
「へ?」
「見たところうちのと比べると大差ない……、先生は随分うちの生徒に人気があるようですが、まさかそのうちの一人と
ソウイウ仲にあったりするんですか?そうとしか思えない。とてもご自分で用意されてるとは思えないから……!」
「いやいやいや」
何をいきなり血気盛んに言うかと思ったら……。
スザクは慌てて顔の前で手を振って、さっきまで咀嚼していたまぐろの照り焼きをごくん、と嚥下した。
「うちの学生なんて以ての外ですよ。学生に手を出すなんて教員として御法度でしょ。
院生か、もしくは、院生同士ならまあ話は別ですが……、だからその、そんな邪推はなしです、よ、高橋先生」
「そうかなあ?でも枢木先生のごはん、いつもレパートリーに富んでいてすばらしい!昨日のきんぴらごぼうだって
白ゴマまで綺麗にまぶしてあったじゃないですか。白ゴマ、あんまり都会のスーパーにはないんですよねぇ。
それを、手間をおしみもせず使ってくれるなんて----------うちの学生じゃないとしたらどなたですか。
先生の奥さんって」
「いやいやいやいやいやいや」
更に崩れ落ちそうになった。
その反応に向かいの席からムッとした反応が返ってくる。
スザクの箸を持つほうの左手を指差して、誰が廊下で聞いてるかもわからないのに
声高にまくしたてた。
「指輪!指輪してらっしゃるでしょう!!これが一体どうして嘘に思えますかっ」
「や!……あ、あー……こ、これは、その、虫よけというか女除けというか……」
「え?!」
「その、……うーん」
スザクは止めどころを本人も見失った追及にどう答えたものか、唸ることしかできない。
今自分が咀嚼しているお弁当の作り主も、左手の薬指に指輪をはめた人間も同一人物で間違いないのだが
それを『その通りだ』と言えないのは、無論、自分をいたく気にしている女子グループの数人が
教員控室の傍にでも居やしないかという、懸念があったからに他ならない。
「枢木先生!気になるんですっ。僕と先生の仲じゃないですかっ」
「そ、……そうなんですけど、……うーん……」
困った。
学内でルルーシュの「ル」の字も怖くて言えたもんじゃない。
箸を持つ手を机の上で休めたまま恐る恐る辿った視線で見つけた、ドアの窓ごしに揺れた影を見つけて
ふう……溜息が零れた。やっぱ居るじゃないか。
(最近の女の子は特に恐ろしい。だって何か、見た目はすごく可愛らしいのに
こっちを見る視線は夏の日差しみたいにギラギラしてるもの)
とりあえずスザクはその場を、高橋のぶんもお茶のおかわりを持ってくることでやり過ごした。
この想いは強度1
*
今朝から始まった1限の講義からずっと誰かに見られてるような気がする……。
いつも通りの授業展開、いつも通りの座席順に座る生徒、見慣れた顔ぶれ。特に訝しむようなところなんかないのに、
何故か不思議な違和感がつきまとう。
---------どうしてなんだろう。何か僕の勘違いなのかなこれ、と、ふと立ち止まった廊下できょろきょろと見まわしてみたら
丁度スザクが一人きりになるのを見計らっていたかのようにひょこっと、廊下の曲がり角から毛先をカールさせた女子が
目の前に飛び出してきた。
「せんせ。こんにちは!お昼はもう済ませちゃいましたか?」
「ああ、うん、午後からは授業もないから……その、図書館に篭ろう、と、思って」
「あ、なんだー。じゃあそうでしたら私たちのサークル覗きに来て下さいよぉ。もしくは、私と一階のテラスで
お茶なんかしちゃったり」
「それはない、しない、断じて。いい?この間も言ったけど僕は教員で君は生徒でしかも未成年だ。
いくら他の先生方と比べて僕が若くて頼りなく見えるからって、そんな常識外れたこと出来るわけないって
解るだろう?」
きょとん、と舌足らずな生徒の猛攻が止まる。
そう、実は先日も研究室に突撃をかけられ、中々部屋から出ていってくれなかったのだ。なんでも、
先生の携帯の待ち受けが何なのか気になる、だの何だの……。
何で他人のそんなものが気になるのだろうか?スザクだってルルーシュの携帯の待ち受けが何なのかも知らないのに。
(ていうか、現実的にみて、人の携帯を開けるっていう時点で失礼、だ)
とスザクは思う。そして自分が口にしてる人との距離が間違っているとも思わない。
だから、中々勢いが納まらない親衛隊の中ででも際立って自分に付きまとって来るこの女子生徒、
名前は……確か生粋のブリタニア人でカタカナ表記だった。そこくらいしか記憶に留まっていない。
その彼女の縋るような視線を冷たい眼鏡越しに反射して、そのまま踵を返して
研究棟の廊下を突っ切っていった。
*
「ごちそうさま、ルルーシュ。今日もお弁当ありがとう。まぐろの照り焼きと味ご飯美味しかったよ」
「そうか。昨夜けんちん汁を多く作り過ぎてしまって適当にだしを追加してご飯に混ぜてみたんだが、
意外にイケたらしいな。今度からそのメニューで真面目に作ってみるか」
是非是非挑戦して、と笑って弁当箱を洗って返したスザクは、そんなルルーシュがポロシャツにエプロンを巻いて
冷蔵庫の前にまた振り返る姿を、ダイニング越しに眺めていた。
先ほど話した味ご飯の出生についてもそうだが、
ポテトサラダを作り過ぎてしまったら翌日は野菜コロッケを作る……など、ルルーシュは
手料理をする上での細かいやりくりを実によく考え、実行することができる素晴らしい主婦脳を持っていた。
何となくな感じで市販のもとを使って料理をする自分と比べると
お勝手さんレベルはかなり高い。
学芸員になってから料理はできないんじゃないか……と思われたが、通勤して二カ月目からは余裕が出来てきたらしく
(もしかしたらスザクの料理に飽きたからかもしれないが)率先して夕飯の支度や、その余りもので翌日のお弁当まで
こしらえてくれるようになった。
だから週の大半はルルーシュに料理の仕度を頼んでる昨今なのだが、
--------今日みたいな同僚からの邪推、付きまとってくる女子生徒、のことを考えると、
『どうやって明日お弁当を持っていこうかなあ』と、食べるのが楽しみな反面、憂鬱だったりする。
そんな、うんうんと黙って唸っている姿を気にしてくれたのか、
勤務明けにも関わらず嫌な顔せずに(きっと性にあってるのだろう)ナズナを手際よく洗い始めたルルーシュが
スザクへと視線をあげて、心配げに首を傾けてきた。
「何か、あったか?」
「ううん、何でもないよ。ごめん、おじいちゃんみたいにボーッとしちゃって」
「……」
「ちょっと、ね、僕が女の子にでも最初からなってて、ルルーシュと結婚でもできてたら、
苦労しなかったんだろうなあ、と思ってたり……する、だけだよ」
「お前が女の子で?」
「うん」
「無いな」
苦笑しながらそう一蹴したルルーシュは、水洗いしたナズナを網にあけて、
手近に準備しておいた卵を二個とって、器用に片手でわってボールの中で掻きまわしはじめた。
「お前が女の子で、俺は男のまま大学で出会って、それで付き合って……まあ子どもは二人くらいは生まれるかもしれないが
お前の性格上、きっと途中で子どもの世話に飽きがくるな。それで旦那である俺に全部面倒が回ってくる。
どうだ、否定できるか」
「できません」
「子どもが子どもを育てちゃいけないの典型だお前は。---------だからお前は男のままでいいんだよ。
男である以上、……そしてお前がお前である以上、周りから煩わしいことも言われたり余計な世話をかけられたり
するかもしれないが、全部ひっくるめてしょうがないと受け止めるしかない。受けとめるようにしろ」
そういう生き方がお前には一番似合ってるよ、と最後に付け加えて、
ナズナとあらかじめ切っておいた玉ねぎと人参を、溶いた卵の中に混ぜいれてしまって、
調味料も加え、フライパンの上に流し込んだ。
「よくそんなすごい台詞を言いながら手元は間違いなく動かせるな」
「慣れだ。俺を誰だと思ってる」
「ルルーシュです」
「そうだ。で?」
「……僕のすべてです」
はにかみながらそう返したら、ダイニングのコンロ越しにルルーシュも全開の笑顔を見せてくれた。
*
(携帯の待ち受けかあ……)
今日もいつも通りバイクで出勤する傍らルルーシュも後ろへ乗せて、文化センターへ送っていってから
女子大の駐車場のほうへきたところで、昨日女子生徒が口にしていたことをぱっと思いだした。
そんな乙女でもないのに相手の携帯の待ち受けが何なのか詮索するのも馬鹿馬鹿しいことだ。
だけれど、まさかルルーシュが自分の顔が映った写メなんて設定しててくれたり……なんて妄想してしまうのは、
もう相手に対しての感情が末期な証拠。
(恥ずかしいな、絶対そんなこと口にしたくないけど)
そう思ってた矢先、またひょっこりと、研究室へと歩くスザクの目の前に昨日の女子生徒が現れた。
今にも飛びかかってきそうな勢いでシフォン素材のスカートを翻らせ走ってきそうな姿に
スザクは左手を前へ突き出し『待った』をかけた。
「あのね……もう何度もなんべんも言うけど、僕には好きな人が居て、この手を見てくれたら解る通り
その人と付き合って一緒に暮らしても居る」
「……」
「だから他の子みたいに僕にキャーキャー言うだけならいいんだけど、こんな風に、公共の場で、
第三者が見たら誤解を招くようなことは、やめてくれないか」
言った。はっきりと。
だが生徒はきょとん、と黙っていたのもつかの間、じっと睨むスザクに全く臆しない顔で
自分の下げていたバッグから携帯を取り出し『好きな人ってこの人のことですか?』と
携帯カメラで撮影したある画像を見せてきた。
「!!」
カレンと数日前ふとしたことがキッカケでキスをした、あの学生食堂の前の広場の
写真がある。
「その赤い髪の人……もう一人の女の人とよく研究室にいらっしゃってますよね?
その人が先生の言う好きな人なんですか?」
まさかあの現場を撮られていたなんて予想だにしなくて、
いつもだったらポーカーフェイスを崩さないまま、多分、きっとどんなことを言われたって対処できてた。
だけどその女子生徒が追及し、暴露してきたものは、ルルーシュにだってまだ正確に伝えてない事実。
唖然として二の句がすぐ告げずにいるスザクの前で女子生徒はしてやったりといった顔で
口端をあげた。
そして早朝だからかまだ誰も通っていない職員用駐車場で
スザクは女子生徒からあるお願い≠される。
--------そこでようやく、いやいやながら、彼女の名前も(再び)知る羽目となった。
*
『私と一日だけ本気でデートして下さい!お話したいこともあるし……ねっ。
一日だけなら先生の本命さん、許してくれるでしょう?』
女子生徒----------ソメイ・レンハは親指をピンと立てて、その栗色の丸い瞳を大きくして
かなりデートという単語を強調して、スザク相手にそんな無理なお願いをしてきた。
(うっ……そだろ)
その日は一日憂鬱だった。
会うにしても、結局週二日休みのうちの一つを潰して彼女と街中で会うことになる--------
スザクは大学側に日曜日と月曜日に休みがとれるよう申請していて、毎週、日曜日はジムに水泳をしに行ったりして
月曜日は美術館が休みなルルーシュと買い物したり、家で一日ゴロゴロしていたりするのに使っている。
だから多分、そうだなあ、月曜日のルルーシュと一致する休みを彼女なんかのために使うわけないだろう、ならば
日曜日か……明日である。どうしてあの現場を抑えられるポカなどしてしまったのか。ソメイは自分が自分でいう
学内での枢木ストーカーだというのに。しかも、あのしてやったり顔はまたなんと形容したらいいものか。
本気でスザクを好きならばもっと別の手段をとったっていいはずだ。
なのに『自分を彼女扱いしろ』や『当日はちゃんと飾った格好をしてこい』や『指輪は外してこい』など。
「……はあ」
こんな盛大に溜息つくことなんて一年に一回あるかない、そんなゴーイングマイウェイに生きていくことが
性分だったはずなのに。
カレンにキスされることもだし、ソメイという根性のわるい女に目をつけられた、……今年は対人運が悪いのだろうか。
デートだって、嫌な展開しか予想できない。
(ルルーシュとだって二回くらいしかしたことないのに)
未だに家で二人で寝転がってるほうがデートらしいデートな、変わった者同士のカップリング。
いやだからこそ、インドアな自分にしっくりくる相手なのだが。
「はあ」
「どうした。また……昨夜みたいな顔して」
あ、と顔をあげたキッチンの中で、黒髪がまた不思議そうに首を傾げていた。
今夜は魚を焼いてくれるようで、ゴリゴリと大根をおろし金でする音が聞こえてくる。
スザクはすっくと椅子から立ち上がり、キッチンへと入り、ルルーシュの傍にきた。
『?』とルルーシュが手にした大根はそのまま、思いつめたような翡翠を窺うように振り返ってきた。
そのタイミングをねらって、恋人が手を切ってしまわないように、腰とわきの下に手を回して
背後から抱きしめる。
「わっ、何……」
「ごめん」
いきなりなんてそりゃ吃驚だよなあ、と思いつつ、夕飯の支度中わるいけど暫くこうさせていてほしい、と
黒髪の綺麗に揃えられた襟足に鼻を擦りつけた。
「甘えたいんだ」
「……何か、仕事場であったのか?」
「違うよ。ただ、最近こんな風に抱きついてないなあ、と思って」
「ほんとにそうか?……まあ、確かに、ふれあいらしいふれあいも、あんまりなかったな」
こくん、と小さく頷かれる。おろし金を持っていた手はおろされて、いつの間にか、いきなり後ろから抱きついてきた
自分の腕にそのルルーシュの手が柔らかく重ねられていた。
(心地いい)
……ルルーシュに、彼に触れられていると、まともに抱き寄せられたことがない母親の感触を思い出される。
しかもそれがトラウマと直結しているのにも関わらず、イヤじゃないから、全然救いようがない。
心のほうはきしきしと痛むのに、ルルーシュがそうして触れていてくれることで心そのものが癒されているような
浮遊感におそわれる。
「ん……」
心地よ過ぎて、鼻を擦りつけながら、変な声が口から出た。びっくりして少し腕の力を緩めると、
くすくすと細い肩がおかしいというように揺れる。
「ねむそうな声出して、お前もしかしたら疲れてるんじゃないのか?」
「そうかも。……うん、そうかな」
「もう寝たほうがいいんじゃないか」
「明日来るのが怖いよ」
「明日なんかあるのか」
「……ある、っちゃあ、あるんだけ、ど」
「……」
(君以外の人とデートするなんて、言えません)
粘土採取にカレンさんを東北に連れていったのだって、カレンさんが相手だったから
よかったんだ。
なのに、ソメイはどこか誤解して、写真にとったカレンをスザクの恋人だという。
(まさか)
自分がこんな風に『眠い』なんて安心して言えるのも、ルルーシュだけだっていうのに。
「仕方ないな」
「……?」
「軽く腹に何かいれて、今日はもう寝よう」
「え」
「そんな声聞いたら俺も眠たくなってきた。たまには一緒のベッドで寝よう。いいよな?お前の布団
広いんだから」
「は、はい、是非、お願いします!……いっ、いいの?ルルーシュ」
明日は日曜日だけど、ルルーシュは仕事あるのに---------という顔で見降ろすと
くす、とまた紫電が柔らかな笑みに細められた。
「寝るだけ、だからな。最近夜冷えてかなわなかったんだ……久しぶりにひと肌に触れたら
ゆっくり安眠できるだろう」
「う、うん。ぜひ湯たんぽにして」
「ああ、使わせてもらう」
そう言って、ぱっと腕を離したスザクの前で、また黙々と調理する作業に戻った。
一緒に寝てくれる、なんて、英国から帰ってきてから初めて言ってくれたような気がする。
それに、自分の精神状態を言わなくても察してくれる優しさが嬉しかったから、堪えようもなく
食事の後シャワーも浴びずに寝ころんだシーツの中で、熱いディープキスをルルーシュへと仕掛けてしまった。
ルルーシュが酸欠に涙目になるまでして、気の済んで、しかも満たされたスザクは、ルルーシュの体を枕に
爆睡した。
*
『先生、いつものシャツにネクタイ姿はナシですよ?あと指輪もしてきちゃ駄目!』
マジでかー……と思わず唸ってしまうような要求をされた翌日の朝。
とりあえず駅で待ち合わせしよう、と言うスザクに、デートの手はずを仕切ってくれるのが嬉しいのか
ソメイはやたら素直にこくこくと頷いて、自分もはりきって身支度してくる、と言っていた。
ルルーシュを普段通り文化センターまで送って、駅のトイレで適当にシャツ姿から私服に着替えて、
適当にコーヒーでも自販機で買って時間を潰して、彼女との待ち合わせ時間まで暇を潰す。
確か眼鏡もナシだ、とか言ってなかったっけ……と思いだしたスザクは、心底、本当に嫌嫌ながら
いつもだったら公共の場では絶対に外さないセルフレームを取り外して、それをズボンのポケットにしまいこんだ。
そうしてるうちに彼女との待ち合わせ時間になって。
地下鉄の連絡通路からまたひょっこり、という擬音が似合いそうな動きで現れた彼女を
人が行きかう雑踏の中で見つけ、左手を肩くらいまであげて『ここだよ』と声をかける。
もうスザクが何をしても嬉しいのか、ソメイの今日の格好は大学で見るのとは違ってまた一段と輝いていた。
何でも、昨日急に決まったデートのために、慌てて高○屋のレディスブランドに買いに走ったらしい。
小さい薔薇の刺繍があしらわれたレースのスカートに、キャメルのショートポーチ、それほど派手じゃない
シルバーと天然石のピアスとネックレスは、流石に現代のトレンドにぴったり合致してる所謂かわいい
ものだった。
はあ、何でかな、もう……と軽く眩暈を憶えながら、しかし、
カレンとの写真を撮られているとわかったからにはそれ相応の対応をしてみせなくてはいけない。
ニコニコと嬉しそうにこちらへと駆けよってきた彼女を待って、
その彼女がぜえはあ、と肩を上下してこちらを見上げてきたタイミングで、
恋人らしい身ぶりとして定番といっていい歯が浮くようなセリフを無表情で言ってやった。
「おはよう、ソメイさん」
「おはようございます、先生」
「服、似合ってるよ」
「嬉しい♪」
「大学とはまた違うね」
全部抑揚がない棒読みだった。
だがそれで現役女子大生の彼女は大満足なのか、自分も、と言ったように
スザクの今日の出で立ちを見て口を開いた。
「先生日本人の中でもスタイルがいいほうだから……それに痩せ形だし、スリムなジーンズとか
ほんと似合いますよね」
「アリガトウ」
「しかも、眼鏡、ほんとうに外してきてくれたんですね!何か私しか知らない顔って感じでいいなあ、嬉しいなあ。
ね、嘘でもいいからニコッて笑ってみてくださいよ。私、脳裏に刻み込みます!!」
お願いですからっと前のめりにつま先立ちで言われたお願いに、それだけは出来ないと
頑とした態度で、ぶんぶんっと首を振った。
*
どこに行きたいの?と訊いたら、ただ恋人っぽく歩いてるだけでいい、と
意外にも控えめな要求が返されて、思わず面食らった。
だがそんなのは単に錯覚だったようで、ソメイは駅を出るやいなやスザクの腕に自分の腕を絡ませようとしてきて
思わず『ぎゃー!!』と年甲斐もなく叫びそうになった。
「えー。だめ?」
「だ、だめです!!何考えてるんだっ……、節度を弁えてよ節度を。人と人の距離を、
ステップアップを!!」
「……えー」
「えー、じゃない。第一年齢を考えたら僕は28で君は19だ、何歳離れてると思ってるんだ。9年だよきゅうねん!
もっと人の目を考えなさい」
「じゃあ、せめて、手つないでください」
恋人繋ぎじゃなくていいから、と。綺麗な細工が施されたブレスレットが巻かれた手が、
すっとスザクに差し出される。
ええ、まじでぇ、とまた唸りたくなったが、きっとこんな風に断り続けていったら、彼女は今日だけで満足しないんだろう、と
『また来週もお願いします』なんて言い出されかねない-----------なら、と。
「……うん」
差し出された女性らしいか弱そうな手を、下から掬いあげるようにとった。
彼女は意外にもはやかったスザクの順応に感動したのか、暫くその肌の感触を身に染み込ませた後
歩き出したスザクの歩調に合わせるよう小走りに歩きだして、その大きな瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「おっきい、ん、ですね、先生の手って。見た目よりも」
「よく言われる。で、あのさ……先生っていうのやめない?さっきから人の目がバシバシ刺さってくるんだけど」
「じゃあ何て呼べばいいですか?」
「……すざ、く」
「え?」
「朱雀。これも僕の名前なんだ」
そう言って、さあまずは何処から行こうか、とわざと不思議そうに見上げてくる視線を振り払うように
スザクは遠くへと視線を飛ばした。
音にして口にしてしまえばそう大差ないことなのかもしれないが、
愛しい人に呼ばれている名前と同じイントネーションでは呼んでほしくない。なら……と考えたところに浮かんできたのは、
小さな小屋と朱色の鳥居とともに捨ててしまった幼い頃の名前。
それならばいいだろう、と思って、ソメイにそう呼ぶようお願いした。
けど、彼女自身はその名前で呼ぶことは一度もなかった。
午前中はただ手を繋いで史駅前のショッピングモールをうろうろするだけで終わった。
*
「ねぇねぇ。プリクラなんて撮ってみませんか?もしくは写メ!一緒に写メ撮って下さいよぅ!」
「……えぇええ〜〜〜……っ」
そろそろお腹空かない?と適当に入ったビルの地下街で、いきなりそんなことを口にされた。
女の子っていうのは本当によく解らない。だって、今僕たちが見ていたのはレストランの外に展示された
料理の見本だよね?え、そうだよね?なのに何でいきなり『ゲーセン』とか『プリクラ』とかに話がかわるんだ。
「僕、お腹が空いたんだけど」
「じゃあごはん食べながらでいいです。一緒に写真にうつってください!!」
「だーから写真は駄目だって言ったでしょ。デートだって今日一日って限定なんだから、ちゃんとそのこと踏まえて
『あれしたい』とか要求してくれなくちゃ、困るよ」
「〜〜〜」
あからさまにムスッとした反応が返ってくる。
こんな時、しかもこんなストーカー女子相手にどう対応したらいいのか、正に天に拝みたい気持ちであるが、
こっちはその彼女よりも大人である以上折れるところでは折れてあけけなくちゃかわいそうだ。なんて、
きっと同居人だったらそう言うだろう。
そう思って、ぶすくれた顔のまま自分のスカートの裾を弄りだしたソメイの気を引くように、
駅前で繋いでから一度も離してない手をくん、とひいて、その瞳をこちらへと見上げさせた。
「---------……」
「待ちうけ」
「へ」
「気になるんでしょ?僕の携帯の待ち受け。……それを見せてあげるから、一緒に写真撮るのは我慢して、お願いだから」
耳元にまるで囁きかけるように言ってみた。
びくっと震えた肩はスザクの腕にあたって、見上げた視線はそこに固定されたまま、口は信じられないといったように
ポカンと開けられている。それにくす、と初めて今日笑ってみせたスザクは、「さ、入ろう」と
繋いだ手はそのままお店ののれんをくぐった。
「あの……」
「ん?」
「昨日、会った時に、……今付き合ってる人が居て、その人と同居もしてるってお聞きしたんですけど」
ソメイと向かい合わせに座ったテーブルの上に、二人揃って運ばれた天ぷらそばがのせられる。
それを待ちわびていたスザクは手早く脇から彼女のぶんの箸をとってそれを渡し、我先に、と器に盛られたそばを
口に運んだ。
「あの、また、訊いちゃってもいいですか」
「質問による」
「その人とは永いんですか」
「今年で9年目」
えっ、嘘〜……と呟きが向かいからもれる。そして、彼女はまだ器には手をつけてない。
困ったなとスザクは顔をあげて、テーブルの脇から七味をとって、自分のところに振りかけた。
「それが何?」
「だって9年っていったら、子どもがデキちゃっててもおかしくない年数ですよ。もしかしてもう
一人か二人デキてるんですか」
「子ども作れるほど大人なように見える?育てられるほどの心のゆとりもないのに作れるわけないじゃん。
まあセックスならデキててもおかしくないくらいにはしてるけど」
ずぞぞーとそばを啜りながら無表情に答えるスザクに、訊いたほうは訊いたほうで顔を赤面させ、
先ほどスザクに渡された箸を持つ手をぷるぷると震わせ、二の句がつげずにいた。
それに初心だなあ、と思ってくすっと鼻で笑う。悪びれる様子は一切見せない。
お冷に手を伸ばして、一気に口にいれたものを嚥下した。
「僕が、見た目通り綺麗なまま人生送ってきた男に……今でも思える?」
「それは」
「思わなくていいよ。ていうか、多分君が感じたまんまが正解なんだ。僕は少し他の人とはおかしい。だから
相手に自分の全部を求めようとする。--------でも、それが居心地いいと言ってくれる相手だったから
僕は今でも普通の人の仮面をつけて普通に生活してるように見せられてるんだ。
僕は他人と付き合うってそういうことだと思うよ」
「……」
「ほら、はやく口にしないと、お客さん外で待ってるよ」
未だ呆然としたまま一口もそばをすすらない彼女にスザクは視線を向けもしないで言った。
だが彼女はゆずらない、という精神で、流れてしまうかにみえた先ほどの話題の空気を、また手探りにでも引き寄せる。
「先生は、幸せ?」
最後の一口を啜った。-------スザクは、手前に引き寄せたままの七味を元の位置に戻して、
ごくん、と水を飲んだあと、ごそごそとジーンズのポケットを漁って携帯を取り出し、
フラップを開いて、彼女のほうへと差し向けた。
「それが答えだ」