いつの間にか境界線を越えて、彼が彼自身で無意識に定めているだろう線の内側まで入ってしまったと気付いた時……
既に、その時には、唇は触れあっていた。
ぱちぱち、と驚愕と戸惑いに、すぐ傍に感じられる瞼が瞬かれたのを音で聞く。
だがしかし、カレン---------私自身にとってはそんな抵抗はささやかなことで。



脳裏には幼馴染ともいっていい旧友の振りかえる姿。
それがいつも目にする……隣り合って枢木スザクと歩いていく映像になれば、もう、
後悔なんて感じることもなく、先に体のほうが行動に走っていた。




(なんてこと)




スザクが片手で口元を覆って、二の句がつげずにその翡翠を見開いている。
母親譲りであるというその色を直に受けて-----------謝る言葉なんて口をついて出ず、
気付いたら、その場を後にしていた。




ばたばたばたばたばた……!
走ることに集中した両足が、普段ならそう意識しない大きな足音を立てて、正門まで突っ切っていくのを人ごとのように感じている。


スザクはどう思っただろう。
彼が作家引退宣言を下した三年前の夏の日。あれでキスは最後にしようと思っていたのに。


(二回目、なんて)



誰が許してくれようというんだろう。



既に恋人が居る人に対して、
ましてや、自分を作家として大きく育てあげてくれた師≠ノ対して、


(キスを、したこと)

もし自分が他人で、カレンを客観的に見てるとしたら、
間違いなくナイフを突き刺してるんじゃないか、-----------なんて思うほどの
嫌悪感を抱いてるっていうのに。


















丁寧に成りすましたベビーピンク
























バイクで送るよ、と言ってくれたのに、まるでそんなスザクを突き離すように
女子大を飛び出してきてしまったカレン。時刻はもう夕方をとっくに過ぎている。
まるでそんな自分自身を責めてるみたいに、駅前まで走ってく道の途中でとうとう雨が降ってきてしまった。
本当に今日はツイてない。
シャーリーと相手の都合も考えずにスザクに会いに行くし、
女子大で、しかも彼の研究室のまん前で泣いてしまったし、
終いには、好奇心に似た理性に打ち勝てることなく、最悪のことを自分からしてしまった。

『カレンさん、かわいいね』
『か、かわいい……?』
『奥ゆかしいとこ、好きだよ僕』


(あれは妹を見てるような視線だ)



枢木の母方の血縁に従妹が一人居ると言っていた。きっとその彼女にも向けるような親切心と
優しさで、これからの展望に対して希望を見出せないカレンを元気づけるために言ってくれたのだろう。
なのにそれを真に受けて、まるでルルーシュにでもなれたような気をして『触れたい』なんて口にしてしまった。
昔のスザクだったら『止してくれ』の一言も言えたかもしれないが、今のスザクは大分丸くなった。その関係で
多少の無理も受け入れるような性格になった。だからカレンの希望がかなえられた。何も特別なんてことは何もない。
なのに……自惚れてしまった。ほんのひと時で味わった満足感に、胸が支配されて。

(ほんとに、)


ルルーシュにでもなれたような気がして……。


(無理だってば。私なんかが。枢木スザクの何もかもを受け止めて)

暴力、愛憎、束縛、抱擁、執着、愛情、嫌悪。

(それでも傍に居続けられる--------あいつのようになるなんてことは)



あいつが死なない限り。





「……きっと、見向きもされないわ」





そう、そんな解りきったこと、最初から知ってたはずだったのに。




















アパートへの道筋を思い出すかのように、遅い足取りで家に着いた。
本当だったら空欄ばかりが目立つ履歴書に今晩も向かわねばならないのか、という
憂鬱しか満ちない自室には帰って来たくなかった。だが、一度は同居していたシャーリーの部屋に
帰るような度胸はなく、果ては、シュタットフェルトの家なんてのは以ての外で。
結局は自分の道筋は自分で立てなくてはいけないんだと思い知らされるように
カレンはアパートのその部屋のドアを開け、ずぶ濡れた体を投げ出すように、ベッドの上へ預けた。


整理もしないで放置したままの企業の求人案内が、バラバラと宙を舞ってスローモーションに畳の上に落ちる。
シーツに埋もれた顔を少しあげて部屋を見渡すよう見れば、散らかりきったそこにもある一か所だけ綺麗に整頓された所を見つけて、
心がくしゃりと潰された。そうだ。……枢木スザクからバレンタインに貰った器を保管してある場所。
あれさえまた見たら気持ちは浮上できるんじゃないかと思った。あんな真似したのに。まだスザクの存在に心の拠り所を求める。
すべては雨がいけない。外を降るザアザアと音立てる雨。そう、別に、カレンは自分を自分自身で痛めつけてるわけじゃなかった。

例えもしかしたら現実的にそうなのかもしれなかったが、この時はそれを認めたくなかった。
理性が拒否してしまっていた。……単に逃げ場所が欲しかった。そう、そうなのかもしれなかった。



そっと、風呂敷に包んだままの、スザクから贈られた陶器が納められた檜の箱を開ける。
それを履歴書だらけのテーブルの上に置いて、暫く、ずっと眺めていた。




……不意に、呼び鈴が鳴った。こんな状態の時に誰だよもう。もしかしたらまた無粋な黒髪の学芸員かもしれない。
この間の枢木さんの要件を伝えに来たぶんには構わなかったが、今、そんな野暮用で来られても
迷惑以外のなにものでもなかった。

億劫さを隠しもしない重い足取りで、私服やら下着やら転がったままの畳の上を歩き
ピンポンピンポン慣らされるドアのほうを目指す。
呼び鈴が五回目ともなるとさすがにいやになってきて、
カレンはふんっと勢いをつけた腕で、ドアの外で待つ来訪者が吃驚するんじゃないかというほどの強さで
その扉を開いた。


(あ)



予想していた来訪者とは違っていた。



切れ長の目元と、自分と血縁を二つにした色がより濃く現れている赤銅色した髪。
そしてその家独特の固苦しい空気を纏った、眉間に険しい皺を刻むスーツを着た男が
このアパートの住人が出てくるのは今か今かと言わんばかりの厳しい目をして立っていた。


「義兄さん……」
「父さんから言いつけられた用事があって来た。連絡もなく平日の夕方なんかに会いに悪いと思ったが
きっと君もその用事を聞いたら納得するだろう。……あがらせてもらえるか」

やけに他人行儀な態度をして、すいっと、カレンの後ろのほうをその視線が眺める。
やばい、部屋は信じられないほど散らかっている。
どちらかというと、その用事とやらが許すのなら、今この場で済ましてほしかった。
「あの」
「先日、多分、君のもとに電報が届いたと思うんだが」
「ええ、届きましたけど……、え?何で知っているんですか。あれはシュタットフェルトから来たものじゃなく
うちの、紅月から来たものですよ」
そう、届主は確かに紅月、と署名がしてあって、カレンも使うことを許されている印が捺されてあった。
不思議に濡れた睫毛を瞬く。
だが相手も予想していたらしい反応に、すぐ、『重要なのはそこじゃない』と言葉が返された。
「君も承知の通りだとは思うが、君の祖父にあたる紅月の当主はもうそんなに永くない」
「……無礼な言い方ね」
「ああ。だがこちらもそう冷たくせざるをえないだろう。何せ、こっちが君の戸籍を全部シュタットフェルトに引きこもうとするのを
君のお祖父さまは何度も阻止してくれてるんだからね」
「……」

この男は、ガタイク・シュタットフェルト。
もう幼少の頃に事故でなくなった直人とは違う--------戸籍上でしか血縁関係のない、義兄だ。


「何よ、そっちだって私に無理やりシュタットフェルトの名を名乗らせてるくせに」
「何を言うんだ?そうじゃないと君はうちの下働きの家政婦と家族であると証明できないじゃないか。
数年前にその問題はちゃんと協議して解決したはず、」
「うっさい、私の母親を義母とも認めてないくせに……!都合のいい時だけ自分の言いたいように
人の名前を言いかえるのを、いい加減直して!!」
体のバランスをとるために手をついていたドアから僅かに浮かして、相手を威嚇するようにドンと音立てて
そこを叩きつけた。
「お母さんを所有物---モノ---扱いするのも気に入らない……!薬物依存がなければ
いつだって私は、お母さんを、また紅月の家に連れ戻せたのよ」
「こんなオモテで話せることじゃないだろ」
「うっさい!うっさいわよアンタ……!!自分の都合が悪くなったら自己保身を優先して、
それで実際には自分は高みの見物。結局アンタが自分自身ですることって何にもないじゃない!そんなナアナアの精神で
私をシュタットフェルトに戻すことができるなんて……自惚れるのも大概にしてっ。
そんなアンタの居る家に例えお母さんが居ると解ってても--------絶対行きっこないわ!それなら、
陶芸の腕がなくても、半端な家元になることがわかってても、ジイサンの元に戻るほうが
千倍もマシよ……!」




そう、本当は……
自分自身で心に問いかけたら、シュタットフェルトに居ることより、紅月に戻りたいと思う意志のほうが
強かった。


でもそれが素直にできないのは、理由が一つ。
リフレインという違法薬物に手を出して、もう、記憶の前後感覚も言語能力も
自分自身の意志さえなくしてしまった母が-----------強敵ともいえる家に家政婦として生活しているから。

(当主である義父さえ死ねばいいんだ)
(その息子である義兄(コイツ)さえ、消えればいいんだ)

そもそもそんな犯罪家族、消滅してしまえばいいんだ。そんなことさえ思っていた。



でもそれが叶わないのが世の中の最たる不思議だ。いつ警察が不審に思ったっておかしくない、
なのにシュタットフェルトはガタイクを中心に財閥として動いている。---------カレンも、
何度もお見合いをさせられた。
その度に胸がひしゃげるほどの精神的苦痛を味わった。
大学に入ったあとの六年間はそんな干渉からも逃れることができて
普通に幸せな学生生活も送られたが---------いつも、ルルーシュと二人っきりになった時
不思議がられていた。二つの家の名前を持つのに、そのどちらにも住処を持たない自分のことを。
そりゃそうだろう。ルルーシュだって、いくら元彼女だからって、まさか母親が薬物中毒なんてことは知りっこない。
だから半端に同情されることもなく、男友達のような気軽な関係で居られた、のに……
何で、今は、そうもうまくいかなくなってしまってるんだろう、か。


(本当なら)

今頃はスザクのように作家としても教員としても大成していて、
居場所となるような働く場所も見つけられてたはずだった。


なのに何をどう間違ったのか、-----------今はこんな根無し草状態。
折角一生を決めてくれたシャーリーとは気持ちのほうが離れてきてしまって、
今では旧友のパートナーに恋焦がれるような、生きることへの汚さを見せている。


何てことだ。


叶うなら、そう、自分以外誰もいない孤島で一人っきり、
流れる海の波紋でも見て、何も考えることなくぼうっとしていたかった。



「……就職も、院を出てから一度も決まってないようじゃないか」
「ええ」
「それで、とうとう腰を悪くした紅月の当主から『帰ってこい』と言われている。……君は
陶芸とは無縁なところに居た作家だというのに」
「そう。だから?」
「提案をしたいんだ。君ならこの言葉は脅迫に思えるかもしれないが、こちらは真摯な気持ちで
訴えているということを理解してもらいたい------------父さんからの頼みで、君とある人との見合い話が一件、持ちあがってるんだ」
「……その話をする為に、今日来たの」
「ああ」



男が、肩を濡らしたスーツの胸元から一枚の紙を取り出す。
それは一枚の新聞記事らしかった。
新聞の中でもそう多くページがさかれてない文化面においては珍しい部類に入るだろう
大き目なその切りぬきをパッと翳すように見せられ、どれどれ、と目にした途端、
自分の目を疑った。




「どういうこと?……その人と私がお見合いして、何のメリットがあるの」
「就職もできない、学問も続けない、そして何か他にのめりこむものもない……ならもう、女の君は結婚するしかない。
僕にはとてもいい話だと思うけれど」
「------------」


信じられなかった。
くせっ毛に細身ではあるがしっかりとした肩幅、そして、普通の異性なら放っておかないような愛嬌のある笑み。


枢木スザク



(何でこんな時に限って……!!)



「義兄さんは知らないかもしれないけど、一度その方とはジイサンの頼みでお見合いをして、でも、
結局破談したわ」
「……何だって?」
「アンタのお父さんはその方が元首相の息子だからっていう理由で私の婚約者に考えたのかもしれないでしょうけど、
お生憎様、もうその人は私の友人でもある同性の美人と籍をいれてるわ。こっちの国では認可されてない疑似家族のようなものかも
しれないけどね。だから私がのこのこ現れたところでもう意味はないの。それに子どもも作れないわ。その人真性≠セから」

わざといやらしく言っているような演技をして、
カレンは胸の奥から絞り出すように引きだした言葉を吐き捨てた。


「そう、無意味なの。私の相手にその人は……。私が女である限りね!!」











夕方、キスした時の反応はどうだったろう。



おっかなびっくり。
まるで異星人でも見るかのような見開かれた翡翠。



触れたことに対する『ごめんなさい』さえ口にできなかった-----------。





私は、他人。永遠に他人。
ルルーシュがいる限り。ううん、私が女≠ナある限り。



(結局は何をどうあがいたところで、無理な話だったのよ)




























雨足が、いっそう強くなった。
ドアを開けてるほどしんどい湿気が、ぼろいアパートの木の目を燻ぶるような匂いを出して、
消沈した気分をもっと参らせようとする。

ああ、いい加減……もう帰ってくれないだろうか。
泣きたいような気分だった。



だが不意に見上げた先、物音がした。濡れた靴音、聞きなれた歩調、カンカン、と鉄階段を上がってくる黒髪。
その綺麗な毛並みであるそれを護るようにさされた、青いビニール傘。



「……ぅ、シュ」


「?」



(ルルーシュ)




男が、玄関先で呆然としたカレンの視線を辿って、その人を見た。

傘をさしたまま、その本人も唖然としてカレンとガタイクを見ている。
まだ誰にも話していないこの男との関係を、今やってきた当人に説明するのは
相当な勇気と気力がいるようなことだと思った。だけど無関係だとも言い切れない。だってルルーシュは
まるでカレンの前に居る人物を異分子だともいえる目で見ていたから。


(そんな)


心強く思える反応しないでよ。



ある意味救世主にも思えるルルーシュの来訪に、
数分前まで消えてしまいたかった衝動が、スッと薄らいでいくのを感じた。










「あの、どちらさまですか」



ガタイクよりカレンよりも先に切りだしたのはルルーシュのほうだった。





「僕は……」
「あ、この人ブリタニア新聞社の勧誘さん。ちょっと困ってたのよねしつこくて。助かったわルルーシュ。
お茶でも飲みに来たんでしょ?どうぞどうぞ、散らかってるけど、あがってって」


ニッコリと、柔らかく微笑んで、義兄から向けられる信じられないものを見るかのような視線を一蹴する。
『そうか』と首を傾げただけのルルーシュはマジでお茶をしに来た為だけだったようで、
片手に下げたケーキの箱を持上げて、さっさとガタイクの前を通り過ぎ、カレンにうながされるまま部屋へ
入っていってしまった。


「き、キサマ……」
「ごめんなさい新聞屋さん。わるいけど、これから彼とデザートタイムなの。
-----------またにしてくれる?」


語尾にドスを含めた低い声を出して、まだ何か言おうとする男の体を目の前から遮断するように
そのドアを開けた時同様ピシャリとそこを閉めて、ついでにキーチェーンまで引っ張って、施錠した。













「助かったわルルーシュ!!いい所に来てくれた!!ほんとにほんとに、助かった……!
この借りは絶対に返すから、ねっっ」
「?……まあ、いいけど。俺はシャーリーにお前の様子を見て来いと言われただけで……」


え?と、黒髪に飛びつこうと腕を広げたカレンの胸元に、
ん、とケーキの箱が押しつけられた。


「ちょっと今理由があって金欠でな……俺が買ったものじゃないんだ。シャーリーが美術館に来て
置いていってくれた。何か『ルルじゃなきゃ無理っぽいかも』とか言ってたけど、どうかしたのか?お前」
「や、あ……え、その、特に……は、どうもないけど」
「ふーん……」


まじで散らかってるな、と言った畳の上に座ったルルーシュが、半分は言葉の裏を追及するような目を向けてきたが、
ぱっとカレンがすぐに背を向けると、他はもう何も口にしようとはしないでくれた。
そんなぶっきらぼうな不干渉さに、心がほっと解れる。
シャーリーがルルーシュづてに差し入れてくれたケーキは素早く皿に移して、ルルーシュが居るテーブルまで
持っていった。


「とにかくありがとう。九死に一生だったわ。ね、チーズのとチョコのとどっち食べる?」
「チーズの」
「解った。じゃあ、あんたこっちね。スプーンはちゃんと洗ったの持ってきたから」

どうぞ、と差し出した食器を受け取って、無表情にルルーシュが食べだす。
その様子を暫くは黙って見ていたが、焼き立て出来たてのその匂いに誘われて、すぐカレンも口にほうばりだした。

黙々と食べるだけの時間が流れる。


たまに、不器用に口端につけたチョコの欠片をルルーシュがとって、それを『味見に』と
自分の口に運んだりなどする無言の動きがあったが、
カレンはあえて先ほどの人物に関することは、自分からは言わないようにした。
ルルーシュもその時に関する人との付き合い方は絶妙で。
無理に視線で続きを訴えてくるようなことはしないで、本当にただの新聞の勧誘だと思ってるみたいだった。
合わせて、……数時間前に自分の旦那とカレンがキスしたことも、気付いていない。


(よかった……)


外で未だ降り続ける雨は止む気配は一向になかったけれど、
ルルーシュが来てくれたことで気持ちが浮上することは多大にあった。そのことに、深く感謝する。
マジにありがとう、と。

(ほんと、恋人でもなかったら最高の友達よ……)



ルルーシュも、そんな風に自分のことを思ってくれていたら、本当に幸せだ、と、
また目の端に無意識に涙を浮かばせて------------。








「おい」
「……ん?」
「ほんとに、何ともないのか。その、シャーリーが言ってたこと」
「な……無い、わよ。私は他の女と比べりゃあちょっとくらいは強いのよ。だから平気。何かあったとしても平気!
弱くなんかないわ」


このタイミングでまだそうくるか、と鼻白んだ。
だがそれがルルーシュだろう、と思うと、拒めない。


「そうか。まあ、そうならいいけど」
「信用ないわね〜。ルルーシュは面倒見いいから、---------私みたいな一人者にも、優しく、……してくれるのね」

しみじみと、そう呟いてしまった。
そうしたら不覚にも、目の端に溜めていた雫がぽろっと零れて、滝のように溢れてしまった。
チーズケーキにベリーソースをかけたデザートを食べていたルルーシュの瞳が
びくっと見はられる。

い……言ったそばから何てことをおおおお、と内心、超慌てた。
だが、『ふう』と嘆息するだけで、相手は言葉では一切追及してこず。
ただ散らかった部屋で見つけたティッシュから数枚紙を出して、その泣きっ面におしつけるだけに
行動は留まった。

「かめ」
「ふっ……んん、ぐすっ。……う、うぅ、ふぇ……ぐ、ぐるじ」
「だるまみたいだな、お前の顔」
「……」


ほら、ちーんしろ、と言う紫電をこれでもかというほど鋭く睨みつけたら、
ようやく、この部屋にやって来てから初めて、ルルーシュが声を出して笑った。



















「ただいまー。ひゃー、長い一日だった」
「おかえりルルーシュ。僕も今帰ってきたところで、夕飯はこれから仕度するんだけど、いい?」
「おっけーおっけー。とりあえず、俺は溜まった洗濯をどうにかするよ」


濡れたビニール傘を玄関の隅にかたむけて、帰ったばかり、というスザクがとたとたと足音を立てて
リビングからやって来たのを見上げる。
そうしてやって来たスザクがふいに気付いたというようにルルーシュの口元を見つめて、
ぷっと突然吹き出した。

「なーに、僕に内緒で上司の人とでもお茶してきたの?端っこにチョコついてるよ」

まさかその顔のまま帰ってきたのか、とスザクは笑ったらしい。
だが相対したルルーシュもスザクの顔を見上げて見つけたものがあった。リップクリームもつけない
同居人にしては珍しい……何だアレは。


「おい、ちょっと屈め」

手を伸ばして、指先で拭った絵具のようなものを見る。どこがで見たような赤をしていた。
リップクリームというか、グロスに近い感じの、水気のある……。
ルルーシュは自分の指先についたそれを暫く眺めて、ふと思い当るものに行きあたり、苦笑した。

「え?なに、ルルーシュ」
「色男め。……少し目を離したらすぐこれだ……」
「??……なになに?」

ルルーシュは口元でぶつぶつ『あいつしかいない』『でもまあ無自覚だからいいか』『別にスザクに責があることでもないし』
など言った後、更に屈んできたスザクの襟元をがしっと掴んで、本人の意志も関係なく、
食らいつくようなキスを自分から仕掛けた。




そうして、離れたスザクのきょとんとした顔に睨むよう目を向けて、
ピンと直角にした指を突き立てる。



「その顔で瞬き禁止」




(きっとその無防備な顔がいけない)


(相手があいつだから、まだいいものを)