暗い夜道。月しか明かりのない世界。その時間帯
により一層静まりかえった空気と温度が、
騎士団内部を包んでいた。
当然中央に座しているのは、第二皇女に頭部を打たれて絶命した筈の仮面の男、ゼロ。しかしその彼のほうが
ゼロが用意した替え玉であり、実際には、自分達騎士団員の活躍をこの本部内から眺めていたということだった。
その事に関しては誰も何も言わない。英国側も、まだ体勢や軍としての基盤がしっかりしていなかったことが要因して、
逃げさる騎士団員たちを一人も捕まえることができなかった。まだまだ新任の総督の力は発揮されていないと言えることが
出来るのだが、その他にも玉城は自分が正騎士である枢木スザクを射止めたことが大きな勝因であると、
バヨネットが外されたライフルを振り回しいい気に振舞っていた。
「うっさいよ、玉城」
簡単な装いとなったカレンがその場を治めていたが幹部も、いつも隣にいるC.C.も、
ゼロの気配がいつになく淀んでいるのに気づいていた。
(何か、あったんだろうか)
周りで両手を振り上げて勝利を叫ぶ団員は気づかない僅かな変化であると思うが、いつも仮面を装着しているはずの顔には
見えない筈であるのに苦悶に歪められていたように思う。彼はどこか、別のことを深く思案している。
カレンは決してC.C.の位置にはなれないだろうと知りながら、それでもゼロの姿をずっと瞳に納めていた。
「だぁかぁら〜、俺があん時ルルーシュ皇女を撃とうとしたから、枢木ごと纏めて始末出来たんだよ!」
カレンがひと睨みして一度沈めたのだが、まだ玉城は仲間うちでげらげらと笑っていた。
枢木スザクは団員である日本人から”裏切り者”だと嫌われている。実際には、彼が第二皇子の言い成りとなり、
ブリタニアに帰属したからこそ日本はエリア11として経済支援を受けているわけなのだが、その事はC.C.とゼロしか知りはしない。
スザク自身も、自分が名誉であることは深く考えていないらしかった。本日、夕暮れの屋上で素顔と素顔で対面したとき、
カレンは捕虜として英国に買われた犬の姿ではない、枢木スザクを見た。あの口振りからするに、自分で志願して買われたような
それに満足している笑顔だった。ふわり、とそんな光景が思い出されて、慌てて頭を振る。
(あんなの関係ない。低俗で卑劣な、ブリタニアの犬に変わりはないんだから)
そう言い聞かせることにした。あの男について考え始めると、キリキリとこめかみの辺りが疼き出す。頭痛の前兆のような。
だからもういい事にした。自分はずっとゼロの犬で居ようと。たとえ自分の扮装をさせて、仲間の命を英国に売るような、
そんな人であっても。
「---------みんなに、提案がある」
上座からのその一声に、全員がシン、と黙り込んだ。視線がまるで掻き集められるように吸い寄せられる。
ゼロが、喧騒のなかで口を開いた。
「え……?」
耳に届いてきたその音が信じられなかった。カレンは周りの団員を振り返り、玉城たちも南や杉山でさえ自分と同じ表情であることを
確認する。ゼロの発した一言は、それ程に重い言葉だった。
その、作戦は。
「枢木スザクを、殺す」
暗殺だった。
いまも胸に木霊する、
「着任式典の折り、エリア11の武装勢力”黒の騎士団”が暴動を起こした。が、その場は現リーダーであろうとされる仮面の男を
狙撃することで沈静させた。……それで済めばよかったのだがそうも簡単にはいかなかった。
皆にこれを見てほしい」
開口部である扉口、軍の中でも主要人物とされるジェレミアや異母姉の騎士であるギルフォードが背にする窓際などのカーテンは、
何者の介入も許さないというように遮断されていた。
暗い司令本部内において照明はただ一つ。それはスライドで、いまスクリーンには、一般人が眼にすれば吐き気をもよおすような、
グロテスクな仮面の死体が照射されている。ルルーシュは眉一つ動かさない無表情で、口早に説明をする異母姉の隣でそれを
見上げていた。彼女自身も騎士団員から暴力などを受けた被害者であるのに、憂いはない。
「これから説明することは、軍階級において准尉以下の人間へは他言無用でお願いしたい。ブリタニア国家の尊厳に関わる問題だ」
ルルーシュ以外の、場の席に立ち並ぶ将校たちをぐるりと見回した。副総督が特に何も言わなくても個々に首肯していく。
その様子を眼に納めたコーネリアは、指先で摘んでいたプリント用紙をルルーシュへ手渡した。
続いて、騎士であるジェレミア、ギルフォード。イレギュラーではあるが関係性でいうなら深い特派の二人。そして総督であるルルーシュの
後ろに控えるように居るスザクへと、同じようにプリントが回された。
「なんだと……」
一番最初に見せられていたルルーシュが声を出す。該当箇所である一文を何度も見返した。
「仮面の男が本当にゼロでないのは、あの場で確認しました。けれど、どうして替え玉として送られた男が日本国籍でなく、
ブリタニアの人間なのですか?」
「復讐心ってやつでしょう」
ルルーシュの質問に返すでもなくロイドが口を開いた。コーネリアは小さく顎を反らし、眉を寄せた表情でギルフォードを見る。
彼も何か同じことを思っていたようで、遺体の血液検査に補足するように小さく口ぞえした。
「騎士団に協力する人間には、国籍の境がないと、……言えます」
「つまり人種の特定は不可能、ということですね」
ギルフォードの言葉尻をとるように、ジェレミアが一歩でる。ルルーシュは彼のその態度に怪訝な顔を見せたが、それを知ったのは
後ろに控える准尉だけだった。
ここにいる人間で、ゼロ=ナナリーだと知る者は少ない。特派であるセシルとロイド、当然コーネリアに騎士のギルフォード、
そしてスザクと実姉であるルルーシュである。前主であるクロヴィス殺害がナナリーの手によってされたことを知る者は
もっと少ない。当然、ルルーシュが異母兄の変わりに総督となってから騎士の任についたジェレミアとこの場には居ないヴィレッタは
除外される。英国軍内の人間の下級層、つまり大半の人間はナナリーの存在のことを知らないのである。生きているということすらも。
「そうだ」
発言権がもとより無いはずである身分なのだが、緊迫する空気のなかスザクが小さく声をあげた。なに?と窺うように
ルルーシュが振り返る。片手だけで主君の視線を、発言してもいいんだぞという意味合いを込めて投げかけてくる主君へ
遠慮するように准尉は片手を振った。
「申し訳ありません、何でも……」
「何だ、枢木」
二人のその様子にいちはやく気づいたコーネリアが、スザクへ発言することを要求する。彼は『しまったな』という感情を一瞬
顔に出したが、取り繕うように咳をひとつし、あまり響かない低音で淡々と喋り出した。
「自分が殿下と、副総督に通わせて頂いている学園の生徒に、騎士団及びブリタニアに対するテロ活動に協力する者が居ます」
「……協力だと?」
「どうしてそれを言わなかった」
「はい、……」
ルルーシュとコーネリアから続けて言葉をかけられ、スザクの、いつもは鋭敏な反射神経で返される答えが僅かにゆるんだ。
ルルーシュにしか解らない動きだったが、彼女は准尉が何か隠そうとしていることに気づいた。言え、続けろとこの場で強要
することも出来るが、彼にもなにかそういう行動にでる理由があるように思えた。ただ自分の体裁を取り繕うのに、執着する
人間であるとは思えなかったので。
その場にいた人物たちは、大体ルルーシュと同じように察していた。しかしずっとその様子を端でみていたジェレミアだけは
不服げに鼻を鳴らし、ルルーシュの後ろに立つスザクへと鋭い眼光を向ける。
「貴様、……何か隠しているな?」
「……」
「沈黙は肯定を意味するぞ。お前がイレヴンである以上に、そのような態度で軍務に携わるということはルルーシュ殿下の立場も
危うくさせるということなんだ、主に仕えきれないこの駄犬め」
辺りが一気に張り詰めた静寂へ切り替わり、ジェレミアとスザクが向かい合う間の空気はぐんにゃりと歪んでいるように見えた。
スザクも、違うと口に出せればよかったのだが、元々発言する権利を持たない名誉ブリタニア人であるから、言い返したくとも
反論することじたい許されなかった。
その上でジェレミアはルルーシュの立場を引き合いに出してくる。その腐った性根を心底許せないと思いながらも、ルルーシュは
此処で准尉を庇ったら後々もっと面倒なことになる、そうすればスザク自身の軍内での立場が無くなってしまう、と思って
黙って奥歯を噛むことで場をやり過ごした。
本当は怒鳴って、許されるものなら一発か二発殴りたいと切に思うのだが。
仕方ない。言葉でしかいまは彼を守ることが出来ないのだから、まずはその現実を受け止めよう。
ルルーシュは異母姉がなにか口を開くより先に、正面の騎士へ鋭く紫電を投げた。
「お前の言わんとしていることは解る。が、俺の前で俺の騎士をそんな風に決め付けた態度で罵倒することは許さない。
……姉君、枢木准尉には私が後で訊いておきますから、此処は」
ジェレミアの両肩が強張るように震えるのを目に留めながら、異母姉へこの場の解散を眼で要求した。うん、とそれに軽く頷いて
『他言は無用だ』とその言葉を合図に部屋のカーテンが開けられた。シャッと乾いた音のあとに網膜が日光に焼かれる。
それに瞳を細めながらも、ルルーシュは気遣うように背後へと視線を投げた。が、案の定准尉の表情は暗く沈んだもので、
その表情にこそルルーシュは傷ついた。
鼻梁と眼窩に落とされた陰のコントラストを、光がより映えさせていたものだから。
「なぜ俺に言わなかった?」
詰め寄る、ものではなくもっと柔らかな物腰で、自室のベッドに准尉を座らせ、立ったまま見下ろすような形でルルーシュは問いかけた。
「それは、」
先日の暴動によりルルーシュを庇ったことで、背後の傷が開かないようスザクの半身はコルセットで覆われていた。だから
あまり無理な姿勢をとらせないようにと座らせたわけだが、スザクは見上げもせずに主君の視線から顔を反らして、俯きもせず
あらぬ方向をじっと見ている。猫じゃないんだから、とルルーシュはその男の肩をばしっと両手で掴んで、顔を向けさせた。
「准尉」
「……っ」
無防備にも近づいてくる主君の顔に眩暈を覚えながら、スザクは『はあ』と嘆息し、固まっていた口を開いた。
「ナナリー皇子の事情を知るのは軍でも極少数の人間ですから、……その事にも関わってくると思ったので、あの場では言えなかった。
本当は一番に貴方に知らせるべきだと、そうしようと思っていたのですが色々あって……。すべては言い訳ですが」
「軍ではなく騎士団に味方する学園の生徒が、ナナリーと関係があるっていうのか?」
「そのナナリー皇子なのですが、同名の生徒がアッシュフォード学園におりました」
え……
思わず鳥肌が走った。掴んでいた肩から手を外し、口元を両手で覆う。震えだすほどではないが、そのくらい取り乱してしまうほど
ルルーシュは驚いた。声を失くして、淡々と口に乗せていく准尉の目を見ている。
「自分も何がしか確認をとろうと思ったのですが、外見上、とても同一人物であるとは思えなかったので。……これは、ロイドさんから
参考用に、と拝借したものなのですが」
「?」
すっ、と袖元から出した一枚の紙を、ルルーシュへ差し出す。そっと受け取ったものは写真で、いつだったか二人して異母兄に
撮ってもらった記憶が蘇る。同じ衣装に身を包んで、手と手を取り合いながら中心に映る、ルルーシュとナナリーだった。
「その人物は車椅子で生活を送る、身障者でした」
声を潜めて続ける。
「皇子は、歩いていましたか?貴方の前で」
翡翠が先ほどとはうってかわって、ずんぐりとルルーシュを見上げる動きへと変化した。どくん、と小さく脈打ち、少しずつ正気を
取り戻す。いつの間にか准尉に手を握られていた。
「ある、歩けないと、思う……」
「え?」
「サクラダイト流失事件で、ナナリーは複座の前に座っていたから、汚染を一番に受けたのは俺じゃなくナナリーで、
両目はそれで見えなくなって、足は……、俺が」
「…………」
この事は、異母兄と特派の主任しか知らなかった。コーネリアもユフィも、亡くなったクロヴィスでさえも、ナナリーが窓から
飛び降りて両足を失ったという事実自体知らされず、ただ『突然失踪した』という認識のみ、聞かされていた。
当然、スザクもその一人で、しかもナナリーと交流したことがなく、それでいて軍事に関わっている唯一の人間だ。ルルーシュは
今まで彼が何も聞かずに居てくれたから、ずっとこの事を黙って話さずにいる事が出来た。すなわち、ルルーシュがあの場で
眠るナナリーの傍を離れ彼を飛び降りさせてしまったということ。
スザクは知らない。
言うべきだった。
「足は、俺が奪った……」
「殿下」
「いい。聞いてくれ」
気遣うように呼びかける准尉の言葉を強引に断ち切った。
「あいつのほうが辛いのに、俺は看病に疲れて部屋を出てったんだ。あいつはそんな俺を探しに立ち上がって、目も見えないはずなのに
窓際に寄って、そこから落ちて負傷して障害を負った。すべて俺の所為だ」
「……」
「だから、それの、恨みで、……」
包むような柔らかさで握られていた掌はそのままに、俯くルルーシュをスザクはそっと覗き見た。前髪で隠れて見えないからこそ、
皇女の様子は解らない。手が震えていないことから、泣いているわけではないと思うのだが。
いつの間にかルルーシュへ渡した写真は床に落ちていた。
スザクはそれを冷淡な眼差しで見下ろして、ぐしゃりと踏み潰す。それをルルーシュには悟られないように伸ばした腕で頭部を
抱え込んだ。流れにまかせて彼女の腰は床に落ち、准尉に痩躯を抱き締められる。もう既に慣れた体温だった。
「……そう、解ってるはずなのに」
抱えてくる腕の中でルルーシュは全身の力を抜きながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。『うん』とそれに相槌をうつように頷いて、
彼女へ全神経を預けた。
「俺、もうあいつの顔を覚えてないんだ」
床に落ちた肖像写真が冷たく笑う。確かにその頃はなんの不自由も諍いもなく幸せだった。
その分決して弟の面差しを忘れてはいけなかったのに。
「曖昧で、なんとなく、そう声は……覚えてるんだ、優しい声で。この間戦艦の中で聴いた。それがナナリーのものだって解ったのに、
どうしよう。いま准尉に言われて初めて気づいた……俺はあいつの容貌を忘れている」
「え……?」
不明瞭な声でぼそぼそと呟きながら、慌てて足元に落ちた写真を拾い上げる。准尉の胸から僅かに離れて、自分たちの古い影を凝視した。
「嘘だろ。……駄目だ、やっぱりうまく噛みあわない。いつの間に俺はあいつからこんなに、逃げて」
「殿下、」
離れていこうとする痩躯の腕を掴んだ。はっ、とルルーシュは顔をあげる。逸らしようもないほど確固とした翡翠が
ルルーシュの瞳を覗いていた。
スザクは、心配げに、また指を伸ばして写真を取り戻す。少しだけロイドが大事に持っていた意味が
わかったような気がした。
(ルルーシュに見せてはいけないものだったんだ)
かたかたと震えだした皇女の腕を掴んだまま、後悔に沈む。これ以上は何を言っても傷つけるだけだ、と思って
スザクは自分の座っていたベッドに、掴んでいた腕を引く力で皇女の身体を放り投げた。
「っわ」
ぼすん、とシーツの波に沈んで、呆けた顔で立ち上がったスザクを見上げる。
「准尉……!」
「貴方のほうが今日は休んだほうがいい。顔も白いし、具合悪そうですよ」
「失礼な!ちゃんと朝食は摂ったぞ!」
「そういう意味ではなくてですね、------------これ、何ですか?」
すっ、と目の前に翳された准尉の指先が摘んでいたものは、錠剤のシートだった。それはルルーシュがセシルから渡してもらっている
薬剤で、そのまま絶句する。彼に引き寄せられた時に胸元から零れてしまっていたのか。慌ててルルーシュは奪い返そうと起き上がるが
俊敏な動作でスザクに避けられてしまった。まるで阿呆みたいに絨毯の下に突っ伏してしまう。『あぅっ』と変な声があがって、
同時に顔面が地面と擦れて、何ともみっともない紅い顔をして、助け起こしもしない准尉を振り仰いだ。
「お願いだ、それ返して」
「駄目です。何なのか教えてくれないと」
「----------び、ビタミン剤だ」
「う・そ・だ。そんなものがこんな真っ赤なシートに挟まってるわけないでしょう」
さすが特定医療薬品。スザクもそういうものだとは見ただけでも解るようで、潰されたシートの数を見てルルーシュが頻繁に服用
していることを確認した。
(言えない)
まさか来る初潮の兆候を抑える為にセシルから薬を貰っているなんて。
しかもそれは、自分が女の身体に近づきたくないという身勝手な思いから出たことなんて。
(どんな顔して言えっていうんだ)
脳内でグルグルする思考に支配されながら、それでも重たい身体に力を入れて起き上がり、冷たい目をして見下ろす准尉と
向かい合った。まるで獣だ、いつしかのバスルームに飛び込んできたときのような目をしている。そういう時のスザクは
ルルーシュのはぐらかそうとする真意に気づこうとしている時だ。どうしようどうしよう。もし本当のことを言ったところで
この男はどう出るのだろう……?
「俺は……」
言葉を続けようとした、でもうまく出なかった。
はくはくと音に出来ないまま口を開閉して、また黙る。じっと見つめてくる翡翠が痛い。もしかしたらこの男は全部知っているんじゃ
ないのだろうか、もう。
ルルーシュが女でいたくないと思い、能力に長けているスザクにずっと憧れてきたこと。
そのスザクに無理やりにでも抱かれて、有り得ない感情に支配されたこと。
ルルーシュと名前を呼ばれて、スザクと呼び返したいと思ったこと。
きっと全部どうかしてる。
この、自分に仕える騎士のことは間違いなく好きだけれど、スザクの向ける好きと重なるものではない気がする。
「俺は……っ」
掌を握りしめて瞼をかたく閉じた。
もう少し素直で、心に正直であったならきっとこの間の夜みたいに言えただろう。その薬の所在と使い道。
けれど、ずっと昔からルルーシュの中に巣食う何かがあって、それが原因でうまく大人になれないと思うのだ。
「……っ、ごめ」
「ル、---------」
身を翻して廊下へと飛び出した。部屋の前に常駐していたジェレミアとヴィレッタが驚いた顔をしている。泣いてない。泣いてないから
そんな顔をしてくれるな。ただ混乱して不細工になってるだけだ。別に准尉に追い詰められたわけじゃないんだからな。
バタバタと無作法に駆け出して、行くあてのない何処かへと向かう。追ってくる気配はあったが、怖くて振り返れなかった。
ああ、ナナリーの顔を忘れかけてしまっているということ。
そして、あの日起きたことに区切りをつけようとしている。後悔を懺悔に切り替えようとしている、救いを求めている。
やさしく、してくれる准尉に。先日『俺も』と言ったあの瞬間から。
「許されるはずないのに……っ」
それでも、心のどこかでまだ、弟よりも大切な存在が出来ることに脅えている。