「今月の口座凄いですね。-----C.C.さ
ん、実は大食漢だったりいたしますか?」
「別に。ただピザが好きなだけだ。そして大食漢という単語の使い方を間違っているぞ、ゼロ」
学生服の袖に腕を通しながら、からかうような声をあげる栗色の髪に不遜に言い返した。C.C.は抱えた黄色い人形を
そのままにベッドへと寝転がる。確かに今月は食いすぎたと、思う。まあそれもこれもすべてナナリーがC.C.を
クラブハウスから外へ出そうとしないからだったのだが。
「あんまり女らしくないからなあ、貴方は」
くすくすと背中で笑い出した。別にその姿をわざわざ瞳に納めようとは思わなかったが。
……この男は、自分が前総督であるクロヴィスとバトレーに飼われていた
ことを知って、騎士団での活動以外C.C.を自室に閉じ込めておくことに決めたらしい。
穏やかではあるだろうが、気性はまるで真逆。姉や皇族のことになると子供のような独占欲で向かっていく。
「ねえC.C.さん。咲世子さんから聞いたんだけど、ルルーシュ姉さまは髪を切ってしまわれたんですよね」
「そのようだな」
「ずっと前からの約束だったのに、誰に言われて切ったんだろう……。私言ったんですよ昔。
自分達が成人するまで、髪はそのままにしようね、って。だって私と姉さまは外見がそっくりですから。
本当によく似た姉妹ね、って言われるのが好きだったから、そのままがいいなってずっと思ってたんですけど、本当に何でかなあ」
着々と学校へ行く準備をしていく。C.C.は天井を見上げながらぎゅっ、と抱えたものに力を入れた。ポイントほ貯めて
手に入れたものだが、本当にこのぬいぐるみは抱き心地がいい。起きた朝も、すぐには離したくないくらいに。
「そうか」
ナナリーへの相槌ではなく独り言のように呟いた言葉は、ぽとんと床に落ちた。ナナリーは学生服の襟を指で正しながら
綺麗にベッドから立ち上がる。机にはミレイから贈られた杖がかけられているのだが、それを見ようともせず
扉へと向かって行った。
その、いつもの彼の支度風景に水をさすわけではないが一言、口にしてしまう。お前の姉はぬいぐるみか?と。
「……ん?」
廊下では咲世子が車椅子を押して待っている。ナナリーは首を傾げて頭だけ振り向いた。
「愛してますよ、昔とまったく変わらずに」
「……ふうん」
「じゃ行って来ます。今日は生徒会がある日だから先にお夕飯頂いててくださいね」
「わかった」
行って来い、と見送って扉の閉まる音を聞いた。ぱしゅん。
本当に軽々しく重たい一言を言ってくれるやつだなと思った。
今も胸に木霊する、
ミレイ曰く、学園内の雑用を一手に承る生徒会の業務は週二回が限度である、らしい。スザクも正にその通りだ、と頷いて
他の役員もうんうんと強く縦に首を振った。なので他のクラブ員たちが毎日閉園時刻まで残留していようが、帰るときは帰る。
スザクも政庁でのルルーシュの仕事もあるし、出来るだけ傍に居れるものなら居たい、と思った。着任式のときに身にしみて解ったこと
だが、あの主君は突然の事態に弱い。
自力で騎士団員の腕から這い出して鉄槌をお見舞いしていたが、それでも上手くアドリブで交わせるほど窮地に強くない。
それにルルーシュは他の部下を信用していないのかいざという時近くに居つかせないのだ。
(まあ性格的な問題もあるだろうけど……)
あの時、あの場でルルーシュを背中で庇ったとき、『待っていた。来てくれて嬉しかった』と言ってくれた彼女はきっとスザクのことを
それなりに信用してくれているのだろう、と思う。ロイドに諮られたのか知らないが、思わず口走った『すきです』といったセリフを
聞かれた時も、カーテンごしに現れた彼女は赤面しつつも嬉しそうで、口付けだって許してもらった。
だからそれでスザクも両思い、ないしは自分の思いが少しでも形として伝わったのか?と思ったのだが、……ルルーシュは、
まだ何かスザクに隠そうとする。いやしている。現にこの錠剤のシート。
「随分と穴あきがあるじゃないか……」
学生服のポケットから取り出したものは、昨日ルルーシュの服から奪い取ったもの。
薬品であることは確かなのだが、どんな効用なのかは知らない。ルルーシュが個人で手に入れてるものなのか、はたまた誰か経由で
手にしたものなのかも解らなかった。
「あら、何よそれ」
「痛みどめか何かか?」
「へ?」
振り向いた先には、地下倉庫から備品を持ってきたミレイとリヴァルがいて、椅子に座りながらシートを見つめるスザクの近くまで
やって来た。
「頭でも痛いんかー?スザク」
「や、そんなんじゃないけど。ていうか、僕のじゃないんだそれ」
「へえ。でもこれアレじゃない?ピルってやつ」
え。
声もなく驚きが表情に出た。リヴァルも同様だったようで、『ピル』とシートを摘んだミレイの指先を信じられないというように
凝視する。
そしてすぐに、『なんでお前がこんなの持ってるの』という視線へと変わったのだ。違う、ちょっと待って、とスザクは口に出せたら
良かったと思った。ひんやりとした汗が背を伝う。
「……んで、そんなもんをお前が持ってんの」
そして会長も。
今度は音にしてリヴァルがスザクへ不審な思いをぶつけた。ついでにミレイへも。
何か、きっととんでもない想像がいま彼の頭を駆け巡っている。
「ちょっと待って、そんなんじゃないから」
「女性としての当然の知識だってことよ」
慌ててそれに首を振って答えた。椅子から立ち上がって、若干赤面しつつ弁解する。そりゃ気持ちも確かめずに女性を風呂場で
押し倒して直行したりはするが、決してそれは不埒な思いからであるわけではなくって。
「あの、えっと、」
「スザク、てめー」
「だから違うってば、聞いてよ!」
「---------うん聞くけどさあ、スザク。この薬……ほんとに誰かが服用してたらヤバいと思うよ」
普段とはガラリと違うミレイの目が、スザクとリヴァルの間に飛び込んできた。女ではないからその薬の効用など、詳しい実態は知らない。
性行為における避妊としての役割くらいでしか、男のスザクには知識がなかった。リヴァルもそうだろう。じっと見つめてくるミレイを
不思議なように見つめ返して、その唇が薄く開けられるのを待った。
「……は、…」
その、彼女が静かに口に出した言葉はとても信じられないもので。
「何ですって」
気づいたら口に出していた。呆気にとられた自分の顔はさぞ面白いものだったろう。(笑って済ませられればよかった)
「もう、いい」
カラン、と食器の上にスプーンを放り、ルルーシュは口元を布巾で拭って席から立ち上がった。昼食の際はメイド以外誰も傍に居ない。
ジェレミアたちも休息をとっているし、セシルやロイドたちは大学部の倉庫に篭ってしまっている。いつもならピルを服用するのは
この時間だったのだが、昨夜騎士にシートごと取り上げられてしまって、現在一錠も手元にない。不定期に服用してはいけないものなのに
そう、セシルから渡されたときの注意事項で知っていたはずなのに、ルルーシュはそれを遵守することが出来なかった。
目の前が暗くどんよりして濁っている。
メイドが『もうよろしいのですか?』と全く手のつけられていない食器を持ち、訪ねてくる。それに短く『ああ』と伝えて、
部屋を辞した。胸の底から沸きあがってくるのは嘔吐感で、足元は覚束ないくらい確かとしていない。そろそろ副作用が出てくる
頃合だった。
『辛くなったらすぐに服用を止めてくださいね。生理を薬で停滞させるなんて……人の体というものはそんなにうまく出来てないんです』
温和なつくりの眼差しを鋭く吊り上げて、諭すように続けられた言葉の数々。しかしルルーシュには自分の決めた道ゆきに立ちはだかる
障害でしかなかった。
最悪、肝機能に障害がでるとのことだったが、現状ではまだ食欲不振くらいしか兆候はなかった。
それでも、生理がきて本来の形に出来上がってしまうことにならないのならば、ルルーシュはこのままでもいいと思っていた。
『殿下は、何者になることをお望みなんです』
『……なにもの……?』
ロイドに面と向かって、長い話をした時だった。丁度式典の騒動の後で、借りていた白衣を返しにきたルルーシュを捕まえて
珍しくロイドのほうから切り出したのだ。あの無表情に、少しの混沌が滲んでいた。杞憂と、少しの安堵。紫電には彼の表情が
そんな曖昧さを宿しているように思えた。語り出す言葉の意味も解らずに、心だけ。
『准尉は、結構な清純派だと思う』
『清純……、そんな奴が強姦なんてするかな?』
『でも、貴方はそんな騎士がよかったんでしょ?辺境伯やヌゥ騎士候が傍に居たのに、枢木くんを求めてた。
拒んでるように見えても充分好きなように貴方の姿勢は見えますよ。------------戸惑っている風にも』
『……ああ。確かに俺は戸惑ってる。なんで、何でだろうな……』
どうして俺が素直に准尉のモノになれないのかなんて、幼い頃からずっと見てきたお前なら解ることだろ?
そう投げかけるようにロイドへ首を傾げてみた。顔は笑えていたと思う。けど向かい合う男は笑い返してくれなくて、焦燥が募った。
『出来れば、男になりたかったよロイド』
知らず言葉にしていた。墓まで持っていこうと思っていたのに。
『逞しくていらっしゃいます、貴方は。充分』
『そうじゃない。……元々男だったら、准尉を好きにならなくてよかった』
『え?』
『准尉に抱かれることも知らないまま、……ずっと皇族で居られたよ。”たった一人”を選ぶ王じゃなく、御伽噺の国の王で
居られた、だから、ねえ』
俺はいつか憎しみだけで人を殺すんだろうか。弟のように。
「うっ、く、はっ……ぐ……」
施錠した個室の奥で、蹲って何度も食道と気道を喘がせながら、中のものを吐いた。
水は流しっぱにして、便座の前に腰をつく。はあはあ、と胸が呼吸についていけなくて弛緩して、目の前が霞んでみえた。別に
悲しくもないのに涙がポロポロと出てくる。これは恋じゃない、恋であるはずがない恋であってはならない。
「俺も、なんて……言うんじゃなかった……っ」
誰も他の部屋に居ないことを確認して、バシバシと床のタイルに拳を叩きつけた。こんな脆弱な醜態は誰にも見せていいものじゃない。
『すき、です』
『貴方が好きです』
握りこんでくれた掌はやはり胼胝や擦り傷でぼろぼろだった。でもその感触が嬉しかった。そう言えば、ランスロットで
租界に一人で行ったルルーシュを迎えに来てくれたときも、その時また涙してぐすぐすと見っとも無い姿を晒してしまった時も、
騎士は優しくしてくれた。准尉は頭をなでてくれた。全く出会った頃に繋いだ手のまま変わらない、『スザク』の手だった。
どうか静かにそっとしておいて欲しい。
自分の殻のなかに閉じこもることが、どれだけの罪になるっていうんだ。
『貴方が、ないていると思ったから』
なのにスザクは出て来いという。
手を繋いだのはルルーシュのほうなのに、より拘束が強いのは准尉のほうだった。
「ん、--------くっ……」
今度は胃液。粘ついたそれがぼとぼとと喉下から垂れていき、屈む暇もあたえず内臓からせり上がってきた。駄目だ、もう耐えられそう
にない。
意識を手放そうとした瞬間には、鍵がぶち壊される音がした。
「殿下……!!」
振り返ろうと力をいれたつもりだったが、背中から腰にかけての筋肉がぶつりと切れる感覚がして、まるでそれに委ねるように
広げられた腕の中に崩れ落ちた。
こんな風に心身ともに紙屑のようになったのは、ナナリーが死んだと思ったとき以来だった。
『ピルっていうのはお医者様の厳しい審査があって処方されるものだから、副作用も結構重いわけなのよ。避妊……ていうか
元々のホルモンバランスを抑制するものだから、そんな心配がなくなるっていうのはいい事なんだけど、女性にとって月に一度のものが
なくなるっていうのは身体にとって凄いダメージなの。身体バランスだって崩れるし、食欲は落ちるわ肝臓とか悪くなるわ
最悪、服用が要因で病気にだって』
そこまで説明がされた後、スザクは生徒会室を無言で後にし、俯き加減にずんずんと大学部のほうへ進んで行った。
そこにはトレーラーごと避難、というか居住している特派の人員がいて、今日もずっと朝から機体まメンテナンスをしていたらしい。
スザクはまたまた無言のままその中を突っ切って行って、奥のモニタールームで背もたれにどっしりと腰をかけるロイドと
立ちながら進行状況を説明するセシルを見つけた。
『あら?今日は早かったのね。丁度よかった今から悪いんだけどスーツに着替えて』
ガッシャアァン!!
鋭く速い動きで振り上げた右足の踝を、上司の後頭部に叩き付けた。勿論セシルにではない、曇った眼鏡を白衣の袖で拭いていたロイドだ。
『痛ァ……、いたいた、イタタ……!!』
所謂ブリタニア仕込の踵おとしをくらったロイドは、まず起き上がって眼鏡が割れていないことを確認した。けれども彼の視力では
裸眼で確かめることは出来ない。セシルは慌てる素振りもみせず『大丈夫、割れてませんよ』と声をかけて、とりあえずスザクを
精密機械のない場所にまで両手で押しやった。
『どうしたのスザクくん。いくら嫌いだからってロイドさんの頭にあんな事したら傍にあるモニターとか壊れちゃうでしょ』
『すいません、この薬を殿下にあげたのがロイドさんだと思って』
『薬?』
鸚鵡返しに呟いたセシルは、にゅっと差し出されたシートを手に取った。『あら』と声に無く呟いて、次の進撃を受けるのは
自分かな、と思い一歩彼から退いた。
『そ、それは、その……渡したのはロイドさんじゃないわ、…………私です』
『セシルさんが。どうして?』
『それはルルーシュさまの問題だから、私がスザクくんに直接言っていいことじゃないわ。その、多分、関わってるのは貴方だと
思うけど』
いつかバレる日がくると思っていたのだ。どうやら最悪な形でそうなってしまったらしい、とセシルは胸を震撼させた。
『と、とにかく、ここで暴れるのも問題あるからとりあえず貴方は落ち着いて!それからルルーシュさまの下に行きましょう。
そうしましょう』
そう言って、まず准尉に(無理やり肩と胸を押さえて)深呼吸させ、げほげほと咽る彼の背中を押すように大学部から政庁まで
向かった。
そしてジェレミアやヴィレッタに殿下の所在を聞くと『この中です』と私室に案内された。鍵がかかっていなかったので
二人して入ってみたのだが、其処に殿下は居なかった。
『ルルーシュさま何処に』
『多分、あそこだ』
机上が無作為に荒らされていて、箪笥や衣装棚も乱雑となっていた。その様子を見てスザクは手にしていたシートを握り潰し、
駆け足で皇室中のトイレを捜し歩いた。セシルも途中まではついていったのだが、何にせよ彼の能力は人外だ。自分には
ついていけない……と、四階までしか走れなかった。そうしてトボトボと地下の方まで逆に下っていった先で、衰弱する
ルルーシュ殿下を横抱きに抱えて慎重に歩いてくる准尉と鉢合えたのだ。
『あら。あらあら……すぐに医務室に運んで。ああでも、殿下の部屋のほうがいいかしら』
『僕の部屋なら誰も来ません。そちらなら』
『そうね。じゃ其処へ』
そこで准尉と一度別れ、医務室に救護セットとタオルを数枚手にして、また地下へと下っていった。ギルフォードやジェレミア達とは
違い、准尉の私室だけは地下にある。特派の基地への最短のルートだとかいうのが名目上あるのだが、本当は彼がイレヴン出身で
いつ亡命・ないしはテロ行為をするか解らず、その防衛策であると言われていた。
ノックなしに私室の扉を開き、中へと踏み込む。そこでは先に到着していたスザクが、ルルーシュ殿下を膝に抱えて、ゲホゲホと
咳き込む口元を布巾で抑えつつ後頭部を支えている光景があった。ルルーシュは意識はないだろうが、未だ肺を忙しなく上下させ
嘔吐している。流石に口元にあてた布巾に血が滲んでいるのが見えたときは、冷静さを忘れそうになって困った。
「スザクくん、とりあえず横にさせてあげて」
「……はい」
けほっけほっ、と控えめなものに変わったのを確認して、当てていた布巾を外しベッドへ寝かせた。スザクの私室に三人で居るわけだが、
特派のトレーラー以上に相当狭い。ベッドと箪笥、それに簡易的な椅子と机以外、まるで入らない間取りをしている部屋だった。
どうやら、殿下を寝かせる為に布団の上に放置していた衣服を床へ落としたらしい。セシルはそろそろと足をあげて踏み越えて、
小さく呼気を洩らす殿下の傍に腰を下ろした。
「多分軽い胃腸炎だと思う。あまり強い薬は使えないから暫く様子を見て……もうピルの服用はやめておくように言うわ」
「だから、どうしてこんなものルルーシュが飲むんです」
ずっと手の中に入れていたからだろう。ぐしゃぐしゃに丸めてしまったそれをポン、と投げて寄越された。それは半分以上使われた
錠剤のシートで、二回ほどルルーシュに強請られて渡したものだ。セシルは照明のない部屋で後ろに立ち尽くす見下ろしてくる
翡翠を見上げて、コホン、とひとつ咳をして同じく立ち上がった。
「……解っているとは思うけど、何も殿下は避妊の為に飲んでいたわけではないわ」
「知っています」
「そうよね、だから、……わざわざ成長を止めるような真似までしてるんでしょうね」
ふん、とひとつ鼻を鳴らして嘲笑するようにスザクを見つめた。身長的にはセシルのほうが頭半分低い位置にある。スザクはそれでも
見下すそれではなく、同じ目線で見つめ返すものにしていた。ルルーシュが女史を頼ったことに変わりはないから。
「教えて下さいセシルさん。どうやったらルルーシュは、自分が女だって受け入れるんですか」
「……それは」
「解ってるんです。叶わないことだって。きっと薬のことも責めたって何も答えないでしょう。すぐに自分だけの中に閉じ込めて
そんな人に『お前の力が欲しい』なんて言われても、頼られていないのと同じです。想われてないのと、」
「ちょっと待って」
腕を掴んだ。はっと顔があげられて瞳を見られる。今自分がどれだけ真摯な目で見ているか解っているだろうか、准尉は。セシルは
一呼吸おいて、またしっかりと手首を取って、口を開いた。
「ずっと憧れてた人から告白されて、靡かない子なんている筈無いじゃないの。貴方のことが少しでも好きじゃないと、
きっと今みたいな事にはなってないと想うわ。貴方がこうまでルルーシュ殿下をしたの。あなたが追い詰めたのよ、スザクくん」
光源のない部屋で、二人じっと見詰め合っていた。スザクはセシルの言葉を受け止めて、ぐ、と胸に詰まる想いがした。
自分の行為や告白が、重荷ではないことは先日解った。けれど受け入れるわけにはいかないという理由はなんだ?
「…………嬉しい、って」
「え?」
「殿下。身体の変調を訴えてきたとき、私に言ったの。嬉しいって。貴方の行動が全部、そう感じてしまって名前も呼びたくなって
困ったって。『お呼びになればいいじゃないですか』って言ったのよ。でも、恥かしいって理由だけじゃなく苦笑して『無理』って。
この言葉の意味、わかる?”したくても出来ない”って意味なのよ」
少しはにかんでルルーシュの言葉を反芻した。ゆっくりとだが、心の中で噛み砕いたセリフを繰り返して、女史の顔に頷いてみせた。
気持ちが凝縮して厚くなる思いだった。目頭があつい。
「ごめんなさいね、殿下に相談されたとき、誰にも言えないと想ってスザクくんにも言えなかったの。だから、こうまで追い込んで
しまってごめんなさい。謝るわ、本当に」
「…………」
こく、と項垂れるように首を振った。セシルはにこにことして、持ってきた救護箱とタオルを准尉へ渡して、部屋を出て行こうとする。
ルルーシュが目覚めたときに自分も居てはより混乱するだろうと思ったからだ。しかしスザクは去って行こうとするセシルに
頼り無さそうな視線をあげて、引きとめようと口を開こうとしていた。その姿に振り返ってまた笑ってみせる。彼らには何より
当人同士で居られる時間が必要だと思ったからだ。
「一度、殿下と市街に出かけてみたら?」
「え」
「お互いのことを知るのが一番の近道だと思うの。いわゆるデートよデート。エスコートくらいは出来るでしょ貴方でも」
「そんな……僕には」
「いいからしなさいって。殿下だって悪くは思わないわ。拒もうものなら今日のことを引き合いに出して黙らせちゃいなさい。ね?」
バタン。
それだけ行って扉を閉めた。くすくすと笑いが洩れる。最後に見たスザクの顔は本当に情けなかった、好きな子がいるのはいいものだなあ、と
思って。今度は後頭部にたんこぶが出来た主任の手当に、セシルは駆け出した。
「あの隠遁伯爵が再び表に還ってくるなんて思いもしなかったわぁ。充分いいパーツをお持ちだこと」
「ラクシャータ」
様々なチューブとカラフルな配線に繋がれた紅蓮とガウェインの設計者、褐色の肌が印象的な白衣の女は豊かな白髪を
揺らめかして、呼びかける黒い影に振り返った。にこりとそれに笑う。後ろに無表情にしたがっているC.C.を見もせずに近寄って
口にしていたパイプをとんとん、と指で遊ばせてまた口を開いた。後方にある画面を指差して。
「あれ。ランスロットとか言ったかい?あんたはあれが欲しいんだろ?」
「解ってるじゃないか」
「まあね。第7世代のKMFを手に入れて滅ぼすことが目的なんだろ?あんたの」
「滅ぼす……まあ大義名分はそれで良しとしよう。頼んでいた代物は完成したかな?」
「ああ。こういう地味な補助的機械を用意するのは趣味じゃないんだけど、研究ついでに試してみたくなっちゃってね、
第一条件は如何に対象を輪の中に誘い込むのかってのが問題だけど」
ピッと移り変わった画面を三人が見上げる。
仮面ごしに見つめたゼロがそれに小さく頷いて、小さな笑い声を零した。C.C.にしか聞こえない程度のものであったが、
充分未来のヴィジョンは見えたのだろう。すなわち、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの抹殺。
その前段階で、ある人物が邪魔だった。ナイトメアの操縦技術に長けていて、何よりもルルーシュに愛されている者、
現在画面で白い獅子に跨り、ラクシャータが完成させたガウェインに飛び移った、その行動。黙って見ているだけで腹が立つ。
「枢木スザクの暗殺に、君のその装置を使わせてもらおう、ラクシャータ」
『ああ』とその朗々とした響きに頷いて、嬉しそうにまたパイプをひとつ揺らして答えた。
「だってあんたは覇者だもんねぇ」