『可愛そうに、お前は本当に可愛そうな生き物だ
よ』
後頭部を一本の腕で押し付けられたまま、洗面器の中でスザクはその男の声を聞いた。壊れたラジオのように男の言葉は
繰り返されていく。
『可愛そうに……』
違う。そんなんじゃない、違う。”俺”は父さんとは関係ない!
その思い出は贖罪の証として深く根付いている、スザク自身の記憶だった。まるで両親が購いきれなかった罪を、
懺悔し、罰せられる為だけに英国に連れて来られたといってもいい。いまの自分の存在価値はきっとそんなものだと、思っていた。
その男に-------、父と母を目の前で薙ぎ払って心の臓を突き刺し息の根を止めた英国の皇子、覇者であるシュナイゼル。
彼は十年前の戦争によって、自分を捕虜として送検することなど決して考えてなどいなかった。
『見せしめにしてくれよう、母国のより高みに上がる成長の為に』
ふざけるな、と声に出せたらよかった。しかし終始笑顔を崩さず日本人の血を浴びる第二皇子は、事の外恐ろしく、強靭で。
スザク一人の力で逆らうことなど出来なかった。英国に帰還しても三年もの間、外には出されない生活を送らされた。
”俺”はいつ、殺されるのですか……。
何度、そう何度牢屋の番人に聞いたか知れない。
拷問といってもけして肉体を傷つけるものじゃない、精神をじくじくと蝕ばませていく病んだ遣り方だった。
『おお生きてたか。今日はこんなことが皇室であってね』
暗い部屋の隅に蹲る自分の傍に腰を下ろして、いつも語り聞かせるようにシュナイゼルは口を開いていた。今にして思えば、
コーネリアやユーフェミア、クロヴィスの話はよく聞くのに、ルルーシュとナナリーのことだけは話そうとしていなかったように思う。
それはシュナイゼルがその姉弟を他と比べて、特別に思っていた証拠であった。
(だから、多分)
自分がルルーシュのことを好くなんて、彼女の身体を自分の精に汚したなんて、シュナイゼルが知ったらきっと自分を許さないだろう。
殺すだろう、今度こそ。
そうしたらやっと自分の罪は、清算されるんじゃないだろうか。
傾きかけた純情
「駄目です会長ー、スザクくんもカレンも、見つかりません」
「ええ〜?」
枢木スザクの歓迎会の直後、その足で着任式典のほうに向かおうと決まっていた。その為にいつもとは違う正装をして、
それとなく生徒会室のピザやらシャンパンなどの片付けをして出て来たわけだが、何故かその場にミレイの他には、シャーリーと
リヴァルしか居なかった。ニーナは声をかけてもパソコンから一歩も離れなかった。はあ、と口から溜め息が零れる。
「……も、何でこうなるかしらね。そだ。ナナリーは〜?」
「あ、ナナちゃんは咲世子さんが連れてく、って」
「そ」
何だか呆れてしまう。若いのはいいことだがどうして勝手な行動をしてくれるのか。スザクなんて出会ったばかりだというのに、
どこ言ってしまったんだか。
「とりあえず、新しい総督さまを拝むとしましょうか」
「……会長、顔引き攣ってますよ?」
「気のせいよ、気のせい」
流石に勘がいい。けれど内面の奥底までは知られてはならなかった。
正直に言ってしまえば、ミレイがこれから会おうとする皇族に脅えていることなど、簡単に知られていいものではなかったのだ。
過去に何があったってわけじゃない。アッシュフォードの古い血筋に騎士候にまで上がったという者もいるらしいが、
ミレイにとってそういう枠組みなどは関係なかった。苦手なものは苦手。『上』に立つ人間も今の自分もそういい目では見られないという
ただそれだけの事だった。
(昔は違ったのよ)
夢をみていた時期はあった。何でも出来ると勘違いしていた。祖父がまだ妙な物質を発見して、それを使った機体をニーナの祖父と
発明している現場を見ながら、『ああ、もしかしたら何でも出来るんじゃないか』と。自分は、そう、特別な生き物だと。
(どうして思えたのかしらね)
政庁の特別に作られた会場に入れられて、暗くなった室内で壁に凭れて思う。
憂鬱に沈んでるわけではないが、ミレイとしてはあまり公衆の場に出ることはしたくなかった。退廃した貴族だからという理由だけ
ではない。なるべく凡庸な人間だと思いこめる環境に居たかったのだ。
「だって望んでしまうじゃない」
「……へ?」
「ううん。独り言。気にしないで」
隣に立つリヴァルが振り返ってきたが、それを掌で押しとめる。そうやれば彼も深く追求してこず、時々ステージの端に隠れながら
会場のほうを覗いてくる英国の騎士や皇族を見て『ワーオ』なんて声をあげている。馬鹿。それは喜ぶとこじゃない。
「はーあ、人間ってやぁね、シャーリー」
「んん?突然どうしたんですか、会長」
「低俗で野蛮ね、ってこと。……ん?」
応じたミレイが視線を横に向ければ、シャーリーの瞳はステージの端の下、舞台に詳しい人間に言わせれば『ツラ』と呼ばれる場所を
向いていた。上手下手の花道に設置されたスタンドライトは弱い光を照射している。その光線を追っているのか。
「どしたの、あんた」
「ううん、何でもないんですけどー……今ちょっとルルーシュ殿下の姿が見えて」
「えっ嘘ウソ。私も見たい!」
けれどもミーハーな根性がなくなる事はなく、目の前にいる多くの客人の頭を乗り越えるように背伸びして、シャーリーが凝視する
そこへと視線をやった。
上がりかけなのだろう、ステージと緞帳幕の間に隙間が出来ていて、綺麗な細い足首と白い踝が見えている。結構小柄な人なのではないかと
推測できる。
「ふえ〜、ほんとに皇女さまなんだあ」
「総督っていうから、結構野生的なんだと思ってたわ」
「えっルルーシュ殿下!」
「いるわよ、ステージの奥」
横であらぬ方を向いていたリヴァルがミレイたちと同じく、ステージへと視線をやった。
ググン……
重い機械音と同時に、静かに緞帳が上がっていった。同時にシャッと照明は落とされて一瞬暗闇となる。
光が落ちる前にミレイが瞳に映したのは、左右を騎士に挟まれて憂いに沈んだ、皇女の横顔だった。
肩にまで切りそろえられた、漆黒の髪。肌は陶磁器のように白くて、化粧もされていないのに面差しはライトにも潰されていなかった。
装いのドレスはシンプルにブルー。裾の方から昏い紺色が入っていて、胸と一体化された布は胸元の辺りでは空のような色へと
変わってみえた。
(綺麗な……お姫様が似合うようなドレスを着てるのに)
途方もないほど遠い距離にいる、ただ一人の王子を待ち侘びてるような表情だった。
「きゃーっ……!」
遠くの方で悲鳴があがり、ミレイの思考が停止する。途端、テラスに面した窓ガラスがバリンバリンと連続して割られていき、
破片が空中を舞った。どうしてステージが開かれたと同時に、そんな事態になってしまうのか。
「伏せて!」
シャーリーの肩を腕で組み、身体を寄せていたリヴァルの頭を掴んで絨毯へと寝そべった。瞬間的に状況を把握したのか、二人とも
突然のミレイの動きに戸惑いもなく、されるがままに身を低くする。
そうして体勢を低くした後、鼻腔を火薬臭さが襲った。まさか火を起こされたのか、と双眸を見開くけれど、予想していた光景は
広がってはおらず、その場を支配していたのは、薄白い煙幕であった。
「なんで総督の着任式でこんなことになんのよ〜〜っ……」
小声で人知れず文句をいい、地面を這う。所処貴族がくたばるように頭を低く伏せていて、その間を呻きながらも掻い潜っていく。
「よくも式典をぶち壊す気になったじゃない……!」
ルルーシュ殿下たちはどうなったのだろう。
遠くの方では(確か)亡きクロヴィスの部下であったろう騎士たちが罵声を飛ばしている。アッシュフォードでも何度か、直に
顔を合わせていたように思う。
「おい!ルルーシュさまは」
「居ません!この視界だと……っ」
貴族たちの叫び声や、更なる混乱を招くような雄叫びが会場の中を交錯する。ミレイは別にこの事態をどうにかしたい、と思って
床を這っているわけではなかった。単に、非論理的ではあるだろうが、どうしてか皇女の素顔が見たくなったのだ。
(私が考えてる『上』の人間とは違う気がする)
そう、一瞬垣間見た総督の面差しは、驚くほど人間臭いものだったのだ。
近く、近い、もっと、近づきたい。
伸ばそうとした振り上げた腕を、突然何者かに掴まれた。はっと顔を上げれば、自分は既にその男にドレスの腰を跨がれており、
見上げようと視線を寄越した時には、既に会場内は網膜を焼き切ってしまうほどの照明に包まれていた。
カッ……!
その周囲の再びの変化に、辺りに散らばっていた賓客たちの動きが固まる。
ミレイが緊張にどっと汗を浮かばせ、見開いた瞳に映せたものは、黒い軍服に身を包んだ兵士の集団だった。
「そう、黒の騎士団」
舞台のほうを見ればルルーシュ殿下は拘束されており、稀少な色合いの紫電を零れんばかりに見開いて、
軍隊の中心であろうテーブルの上に立ち上がる、筒のようなシルエットを凝視していた。
「我々は、正義の名のもとに権力という名の悪を砕く為に生まれた組織、黒の騎士団。新生エリア11の支配者として来国された
ルルーシュ殿下を歓迎すると同時に、」
仮面に覆われた姿は、驚くほど高く細い。
ミレイの視線は、思考は、その場にいる全員と寸分違わず停止してしまった。
カチャリ、と小さな金属音を耳にする。仮面の人物が持っているのは拳銃で、照準はぴったりとステージに蹲る皇女を指していた。
何の迷いもない、ある種穏やかな声が耳朶を打つ。
「あなたに」
駄目だ。怖さでよく解らない。兵士に押さえつけられた右腕が痛い。
「再び死んで頂く」
それはいけない、と声をあげていれば、よかった。
咄嗟に掴んだテーブルクロスを、無我夢中に自分のほうへ引き寄せる。ぐい、と引力にも似た力で引っ張れば、それなりの抵抗には
なると思って。
そう。ミレイは仮面の人物の真下のテーブルまで到達していた。伸ばせた左手で掴んだ布を、精一杯引き寄せる。
「なっ……!?」
右腕と腰を拘束していた兵士は、彼女の突然の足掻きに驚いた声をあげ、止めようと両手で肩を抑えた。しかし数分遅かったからか、
テーブルの上にいた仮面の人物の足場は崩れ、照準が狂う。やった、これでどうにか『間』が出来る、とミレイは再び兵士に
身体を踏まれながらニヤリと笑ってやった。
「逃げて、殿下!」
舞台袖に控えていた女兵士が、ルルーシュ皇女を捕まえていた兵士の隙をついて、飛び掛る。はっ、と気を取り戻した皇女は、
僅かな戸惑いに時間を遅らせたが、足元を狂わせていたドレスの裾をビリビリと裂いて、爪先に転がっていたサーベルを持ち上げて
逆手のまま剣先を男たちの首元に叩き付けた。
「愚かな!」
「それは貴様たちのほうだ!」
ぐるん、と綺麗に弧を描いてサーベルを持ち直す。ルルーシュ皇女は侮蔑の眼差しで兵士たちを一人ずつ踏んでいき(勿論ヒールだ)
引き裂いたドレスの裾を気にせずそのまま舞台を飛び降りた。
「ルルーシュさま、お逃げに!」
「民衆を置いて逃げれるか!」
ジェレミアの静止の声を怒鳴ることで振り払い、ミレイの身体を踏みつけていた兵士へと突進する。皇女の類を見ないその動きに
心底驚いているのか、兵士も固まったままだ。今が抜け出すチャンスだ、とミレイはグ、と腰に力を入れた。
汗がヒヤリと首を伝う。無残に裂いて短くなったドレスが視界の隅で舞って、すぐ傍までルルーシュが走りこんでくるのが見えた。
振り上げた剣先は、ミレイを拘束する兵士に向けられる。至近距離で見やれば息を呑むほどの形相で、
「退けっ!!」
迷いなく、サーベルは振り上げられた。
「-----------ルルーシュ……!!」
ああこれでやっと騒動は収まる、まだ助かってもいないのにそんな気にミレイがなった時、
主君の背中を狙うひとすじの刃に、誰かの声が重なった。
(え?)
ミレイが肉眼で見た光景は、正に一瞬だった。
黒い、見慣れた学生服の影が目前に飛び込んできたとき、それが転校生だと知った。その青年の眼差しが獰猛な狼のようだと、そう感じたのも
頭に蘇った。
その彼がルルーシュの背後を囲うように抱き締めて、細い刃に背中を突き刺されている。
「准尉……っ」
瞳だけで振り返った皇女は、後ろを抱き締められたまま硬直した。スザクの肩口からは鉛色した金属がにゅるりと伸びてしまっている。
神経がじりじりと切れるのはあと少しだった。思わず叫び出しそうになる口元を両手で覆って、ミレイはされるがままに再び兵士に
取り押さえられテーブルの下に引きずられる。唇の動きだけで『スザク』と叫んだ。
「---------准尉!」
しかし皇女は自分とは違った。
衝撃と痛みに力なく倒れこんだ身体を支えて、伸び上がった刃を直視し『誰がやった』と辺りをうかがう。誰がそれを照射したのかはわからない。しかしそれ
は、
刃をライフルに仕込んでボウガンのように解き放つ、特殊な操作が必要とされる武器なのだということは解った。それが出来るのは、
自分たちと同じ絨毯の上にいる人物には出来ない。つまり。
「貴様か!」
先ほどまでルルーシュを拘束していた兵士たちを、ステージの上に発見する。あの時自分の背中を殴った棒状のものはそれだったのか、と
舌を打って。
青筋をくっきりと眉間に立てて、揺らめく怒りの炎を背にたずさえて、ルルーシュは先ほどまで自分がいた位置に戻っていく。
自分の背中を、スザクの身体を傷つけた男たちを殺してやろう、と身体を走る全神経が本能へ訴えていた。
殺せ、もう殺してしまっていい、殺せと。
踏み込もうとルルーシュが思い、絨毯から僅かに足を浮かした。しかし『進んではいけない』というようにその足首を何者かに
掴まれてしまう。
はっ、と。そこで我に返ってルルーシュは足場を見下ろした。翡翠が、感情の波が激しい彼の瞳が、自分を射抜く。
「だめだ……」
右肩をダラリと下げて、背中に刺さったままであった刃を、無造作に引き抜く。そうして溢れ出した血液に周りに居た貴族たちから
悲鳴があがった。檀上にあがったまま動かないジェレミアたち、先ほどルルーシュを助けてくれたセシルまでも言葉を失ったように
青ざめて。
「ルル……シュ、貴方、はだめだ。殺せない、から」
「なんだと……」
「いけない。駄目だ。貴方は、王なんだから……人を、……自分と同じ人を殺したりしてはいけないよ、それは、僕の役目だ……」
「なにを、言って」
「……ふっ。言っただろう誓約の前の日、貴方の部屋で、……"盾が欲しい"って」
----------あ……。
『手に入れた剣の他に盾が要る。……俺はお前を騎士に選びたい』
あの言葉。
あれが、
「お前にとっての誓約だったのか……?」
膝を絨毯について、か細い息を吐き出す男の身体を包む。細くて頼りない腕だが、急激に血液が抜けて体温の下がった身体を擦るくらいは
出来ると思えたから。ぎゅ、と包んで囲った腕に力を入れて、溢れ出す傷口を見つめながら、騎士に問いかける。
「准尉、お前……お前、俺のあの時言ったこと……っ」
「貴方が僕をどう思ってるかなんて知りませんけどね、--------ははっ。一度護るって約束した相手の窮地くらい、救えなきゃ」
「だからってどうしてだよ。騎士を他につけたから、今日はもう来ないって思ってたのに」
「何言ってるの」
「貴方の騎士は”俺”だけだろ?」
滴ってドス黒くなった指先が、ルルーシュのぽかんと開いた薄い唇を一筋、撫でた。
痛みと貧血に青ざめながらも、静止する群集に准尉は向き直り、自力で引き抜いた刃を手にとって、よろよろと立ち上がる。
傷口がじくじくと疼いたが、それでも、自分を呆然と見上げたままの皇女を護って負った傷なら仕方ないと、大丈夫だと
言い聞かせて准尉は、体勢を立て直して再び照準を合わせようとする仮面へ、獣のような眼差しを向けた。
自分の体液に染まる、刃を目前に掲げながら。
「立てるのか、枢木准尉」
「……ええ、」
仮面には変声器が仕込まれているのだろう。最初のときよりも淡々とした声が、会場に響き渡る。
しかしその音を掻き消すようにスザクは左手にもった刃を振り上げて、フェンシングの要領で仮面の喉下あたりへ突きつけた。
距離はあろうとも外さない、殺意しか感じさせない准尉の所作。
「凶暴だな、……流石にブリタニアの騎士は忠誠心が厚い」
「そういう貴方は随分と乱暴なことをなさるんですね。以前、空で見えたときほど策士的な軍略とは思えませんが、
いつの間に遣り方を変えられたのですか?僕にはあの時と同じ人物だと思えない」
「……それはどういう意味かな」
「形通りの意味です。-------------貴方は本当のゼロなのですか?」
立って居るだけでも辛いだろうに、ミリ単位の狂いも見せず准尉は刃の先端を、仮面へ向けた。
一歩、近づく。落ちたままでいたガラスの欠片が、キシ、と踏まれて割れた。
「僕にはそうは思えない」
「…………っ」
「仮面の下の素顔を見せろ、……ゼ、」
「准尉っ!」
搾り出した力で立ち上がったルルーシュは、襲ってくるだろう衝撃から守る為、スザクの頭を胸に抱える為に走りより、そのまま
絨毯の上に飛び込むように雪崩落ちた。
「で、------っ」
驚いたスザクは、皇女の痩躯をガラスの破片に傷つかせない為に、上半身に抱えあげて、そのまま落ちる。どすんっと絨毯の上に
倒れる一秒前、目前にしたゼロの仮面が遠くから飛んできた銃弾に、弾けとぶのを翡翠は見た。
パアァンッ!
「な……-----------っ!?」
紫電と翡翠が、仰向けに倒れたまま、粉々に割れた仮面の頭部を見る。
筒のように細いシルエットはテーブルから崩れ落ちて、下に座り込んでいたミレイから悲鳴が上がった。中身の臓器がミンチのように
飛び散って、体液にまみれながら銀色の分泌液を撒き散らす。それを絨毯は平等に受け止めて、その死体から零れていく生の欠片を
少しも残さずに吸い取っていった。
拳銃を構えたのはコーネリア。会場とは無縁の郊外に居たのか、自分の騎士であるギルフォードと共に荒い息をついて
バラバラに割れてはじけ跳んだテラスの前に立ち、ルルーシュたちが無事かどうか瞳を彷徨わせる。
ルルーシュはスザクの身体の上で、異母姉の登場に安堵した。同時に、突然の反撃に絶命した仮面のほうへと視線をやる。しかし、
皇女にそんなものを見て欲しくなかったのか、一般兵ですら気絶するほどの壮絶な現場を隠すように、ジェレミアが進んで
生命の幕を下ろしたその黒い筒の足元近くまで寄って行った。
「これは……」
会場にいる貴族、賓客、兵士たちは騒然。気絶する者たちも出た。その渦中において、傷を負った騎士団の連中も
政庁の外へと飛び出していく。ルルーシュがハッとなり、慌てて『追え!』と言う前に、既にそこには犠牲者しか残っていなかった。
「クソッ……!」
小さく毒づき、ゆっくりと身体を起こす。同時に、指先で准尉の掌へ触れて、上半身だけでもと思い、引っ張った。
「ルルーシュ」
残されたゼロの遺体を検分するジェレミアの傍に寄ったコーネリアが、異母妹を呼ぶ。それに小さく『はい』と答えれば
白く色を失くした、虚ろな眼差しでルルーシュは迎えられた。異母姉のその面差しに、息を呑む。恐る恐る自分もその死体へと
目を向ければ、かろうじて残った表情の残影が、醜く歪んだ口元を表していた。
「これは」
「ええ」
「……こいつ、は」
「本当のゼロじゃ、ありません」
「お前も相当な策士だな」
月夜に照らされた美しい夜空を、見れないことは悲しいな、と悲しみつつ共犯者の少女の横に並んで、微笑んだ。
「姉を殺す為に踏み餌をわざと放り出すなんて」
「そんな真似はしてませんよ。……ただ、まさか”彼”も日本にやってきて、お姉さまと共にいるなんて思わなかったから、
やろうと思っていた計画が狂っただけです。その為の、調整です。今日の行動は」
穏やかな調子で、杖をつきながら少女の先を進んで行った。その少女はライトグリーンの髪を揺らして、クラブハウスに続く
階段を降りる少年の後を着いていく。たとえ指を伸ばしたとしても払われてしまうと思ったから、少女は少年の手をとれなかった。
仕掛けを言うならばとても簡単なことだった。
ナナリーはゼロとしての仮面を確かに持ってはいるが、その姿を大衆の前に現すなど、そんな愚かしい真似はしなかった。
一時的に支配者という立場を、血気盛んな後輩へ譲っただけ。お前が一度ゼロとなってルルーシュを射止めたならば
永久にこの椅子を譲ってやってもいい、と。『上』に立ちたいと望む人間は部下のなかにも沢山居るから。
だから、その為に死ぬなら誰でもいいと思った。
まあカレンに枢木スザクの足止めを命令したのは確かにナナリーとしてのゼロからだったが、まさか会場内に突入してそのまま
皇女の命を狙えなどと……そんなミッションは美学じゃない。ナナリーはモニターを見る咲世子から現状を報告されて、
可笑しさに腹が震えるのを抑えられなかった。自滅は明白だろう。先のことを予見出来なければまだまだ『上』には上がれない。
しかし、ナナリー自身も、特にゼロとしての椅子は固執すべきものではなかった。真にそう思うべきは、やはり、
実姉であるルルーシュからの執着を得られる立場としての『悪』で。実弟で愛されているからこその『上』であり支配者であり
ゼロであるのだから。
「はやく、…………お姉さまが 欲しい」
”ナナリー”として、殺せる日が、いつか。
「貴方が誰かのものになるなんて許せないよ」
車椅子に乗った自分を敵である男だとも思わないで、穏やかな笑顔で両手を添えてきた人間。姉の騎士。枢木スザク。
ナナリーは無表情に、月影に浮き上がった自分の影を踏みにじった。