……嬉しいと感じてしまったのが敗因だった。































冷水を全身にぐっしょりと浴びて、まるで生まれ変われるような勘違いをしていたのだ。『俺』と『私』の使い分けの限界なんて
高が知れてると思いながらも。
(ルルーシュ、て)
痩躯をすっぽりとシーツに埋めて、先ほどまで閉じていた紫電を見開いて思いに耽ていた。
それはバスルームで起きた話。気が狂ったように独り言をぶつぶつと呟く自分の身体を、騎士が強引に割り開いたのだ。
『貴方がないてると思ったからです、殿下』
『シンジュクのように、泣いて』
『ルルーシュ』
あんな、あんな風に抱き込んでよく言う。彼は自分の身の振り方ひとつで、ルルーシュを沈没させることも、歓喜に浮上させて
しまえることも出来るなんて知らないのだろう。なんて屈辱的なんだ。女である自分を否定して、総督の身分までぶんどったはずなのに、
そんなルルーシュをスザクは否定する。そして、
『憎んでくれたっていい』
『貴方のことをどうにかしてやりたくて、するんです』
それは、……どういう意味だったのだろう。
ルルーシュの何を期待しての行動だったのだろう。
ずっと昔に、恥かしそうに照れながら異母妹がルルーシュへ説明してくれたことだが、セックスによって去来するものが
未だに何なのか、ルルーシュには解らない。彼女曰く、双方それなりの準備をして、異性間であれば女のほうは身体との相談も
しなくてはならないというその行為。
が、先ほど強引にされたそれは、ルルーシュとスザクの関係上何の意味があったことなんだろう?

男側がそういう……何と言い表していいかよい例が思いつかないルルーシュであるが、何か、何となくソノ気になってしまったら、
きっと納まりがつかないんだなあ、と察することくらいは出来る。それくらい想像力は働かせられる。
しかし、あの接触嫌悪を服に着て歩き、周囲を常に敵対視するスザクが、そう納まりのつかない欲を自分に対して抱くのか。
(……結構、)
大胆だった気がする。素っ裸である自分をタイルに組み敷いて、ろくに慣らしもせず行為に及んだ。
ルルーシュだって、涙ながらに何度『嫌だ』『やめてくれ』『殺すぞ』と言ったかしれない。
そのうちの最後の文句は、正に本気の殺意で、ナイフでも手にしていたら胸と首に突き刺していたことだろう。それくらい、
ちょっと、『男』との行為は耐えられないものだった。
けれど、今、兵士用の簡易ベッドに敷かれた暖かな毛布の上に居る自分の胸には、何か違う感情が根付いていた。

准尉がバスルームで身を清潔にして、(姉君や部下になど知れてはいけないから)兵士用の、つまりはスザクの寝床に運んできて
くれたのはわかる。しかしとうの人物である、スザクがいない。
はあ、と重く息をついてぽつりと呟く。
「……ふざけている」

これからエリア11へ総督として行こうという状況で、『女』を捨てきれない自分も、
およそ人間的な部分を放棄しようとするルルーシュを、抱いたあの騎士も、
そして何より、

『じゃ貴方の名前は呼ばないよ』
『わかった。お前のことは准尉と呼ぼう』

------------------すざく、と。名前を呼び返したいと思うなんて。

























「僕のハジメテは殿下だったけど」


ぶはぁっ……と盛大に准尉は口の中の牛乳をぶちまけた。何もそれはセシルが出したサンドイッチの所為ではない。ロイドがぽつりと
呟いた衝撃発言によるものだった。
三人揃って優雅な朝食と意気込んで、特派の愛息子であるランスロットの下にランチョンマットを敷いて、朝食を口にしていたのだが、
何の脈絡もなくセシルが突然。
「今朝方閣下にキスされる夢見ちゃったんですよ〜」
なんて柄にも無く頬を染めて言うものだから、シュナイゼル嫌い同盟を締結する男二人は眉間に皺を寄せたのだ。
「閣下と?どんな悪夢だよ。ねえ枢木准尉」
「そうですよ、心底気持ちが悪い」
「そんなっ、此処に閣下が居ないようなものだからいいものを、どうしてそこまで毛嫌いなさるんですか。スザクくんは解るけど」
「あの人には色々痛い目に合わされてるからね……」
「ああ!そう言えば初等部からのお付き合いなんでしたっけ。例えばどんな?もしかしてキスのお相手がシュサイゼルさまだとか?」
「ううん。僕のハジメテは殿下だったけど」
思考が停止した。元よりスザクは寝不足で、身体もだるくていつも以上に機嫌が悪い。セシルのほうは給仕にと、手にしたままの
牛乳パックをそのままに表情を強張らせている。……今なんと?
「だーかーら、ルルーシュさまと。まだちっさい時に。閣下の気持ち悪い独占欲だよ」
もぐもぐと顎を動かしながら硬直する二人に告げる。今日の朝食はお気に召したようで、『それいいかい?』と准尉のぶんの
ナゲットまで齧りついてしまうくらいロイドの食欲は強い。
「そ、それはどういう経緯で……?」
先に復活したセシルが、エプロンの裾をマットに引き摺らせながら、にじり寄る。
「経緯、って……たまたまっていうか、その、まだミドルスクールだった頃、父の手伝いで後宮のほうまでその日は入れたんだよ。
そこで、何か知らないけどぴーぴー泣くルルーシュ殿下が居て、『どうかされましたか?』って頭撫でてあやしてたんだよ。
そこに閣下が現れて、後ろに居たもんだから僕は気づかなかったんだ」
隙を突いての行動だったのか、何の考えがあってしたことなのか未だに解らないことだが、
その時シュナイゼルは、座り込んで泣くルルーシュをあやしている友人の背後をとり、片足をそろりと静かに振り上げて
背中を異母妹のほうへ押すように突き出したのだ。
『!!!!!』
元々距離が近かったからか、ルルーシュの口とロイドのそれが見事にくっ付き、慌てて離れられた。
怒りと情けなさと友人の横暴さ加減にロイドは狂乱し、今の性格上在り得ないことだが、その時手にしていた工具を
シュナイゼルのエンジェルスマイルに向かって叩きつけようとしていた気がする。
そんなロイドへ、してやったりという風に口元を歪めてシュナイゼルは笑ったのだ。(勿論スパナを振りかざす友人の腕を抑えながら)
『いいじゃないかロイド。お前の経験にもなったわけだし、--------ほら、ルルーシュだってもう泣き止んでる』
ぴた、と動きを止めて振り返ればなるほど皇女は泣き止んでいて。
今しがた起こった出来事をうまく整理出来ないのか、ぱちぱちと紫電を瞬いて自分達を見上げていた。まだ幼い外見と年齢が見合って
いた頃のルルーシュ。
やさしい質感を与えてくれるパン生地を咀嚼しながら、思い返して懐かしむわけではないけれど。
「実は殿下はもうお済になっていたんだよ。あれでいて」
「まあ」
「……はあ」
何だか面白くない、と。
上司たちには気づかれないようスザクは舌打ちした。







元凶である男がそう昏い嫉妬に身を焦がせていた頃、ルルーシュはルルーシュで困り果てていた。下着がないのだ。

「あの野郎っ!馬鹿野郎〜っ!何でもっと大事なところで気遣わないんだよ!着替えられないどころか、出られないじゃないか!」

箪笥の中、脱ぎ散らかされた准尉の古着の山、簡易ベッドの下のボックス(ユフィ曰く男は皆ここにエロ本を隠すという)
実に様々な場所を探してまわった。当然兵士用の部屋……もといスザクの私室は空き巣に入られた民家状態で、
その中央に仁王立ちし唇を不満に尖らせるルルーシュは、シーツで胸元を包んだくらいで素っ裸の状態だった。
「もしかしてあいつ、洗濯に出したとかじゃないよな……っ?」
さあああ……と一気に全身の血が引いた。ルルーシュはそう顔を青くして、ふらふらと辺りを彷徨うように行き来する。
元はと言えば、行為が始まる前からルルーシュは裸であったわけだし、スザクがその辺りの気配りが出来なかったというのも
まあ仕方ないと思えるのだが。それでも、それでもそういうのはどうだろう。いくらなんでも酷いんじゃないか。

「……誰か来る」

ぴく、と物音に反応した耳を、部屋の扉にぴったりと付けた。そこからする足音は二人。その内の一人はもしかしたら部屋に帰宅する
准尉かもしれない。いやきっとそうだろう。此処には窓が無いから解らないが、時刻は多分明朝過ぎの午前あたり。まさか
自分を閉じ込めて勝手に食事を済ませてきたのではなかろうな、と傍から見れば暢気すぎる怒りが芽生える。そうまで考えた時
ルルーシュの腹が『ぐう』と鳴って、扉の前の廊下で立ち止まった人物の話し声が、直に届いてきた。
「まさかとは思ったけどね」
外から聞こえてくるくぐもった音声に耳を澄ませる。鼓膜に慣れた震動はルルーシュの部下であるロイドのものだった。
「まさか、って何がです?」
はっ、と鼻で馬鹿にするように笑いながら、准尉が答える。やはりそうだったか、とルルーシュの背に緊張が走った。
しかしこいついくら何でも態度に問題が有りすぎるんじゃないか、と友人として心配になった。
いやまあ、性格上直らない部分はあるだろうけども。

「……僕の話を真に受けてくれたんだね」
戦艦の下腹部にある調整室より上がってきたロイドとスザクは、唯一通路にのみ開けている窓際に並んで立つようにして、瞳を交わした。
「嘘ではないと思ったからですよ。確かに殿下は、写真の面影と全く変わっていない」
昨夜、手渡された姉弟の写真を袖口から出し、目前で無表情に振舞うロイドへ返した。
その態度と、先ほどの朝食での准尉の行動から深夜に何かあったことが察せられて、口端から掠れた息が洩れた。返された写真を
手に取ることが出来ない。
「君ね……」
「正直抑えがきかなかった。俗な話ですけど、無理やりに彼女を抱いてもまだ避妊の必要もないから
無かったことに、サラッと流せるとも思ってた。少しだけ殿下に腹が立っていたのかもしれないし……まあ許される話じゃないんですけどね。
でも、『男』も『女』も、どちらも欲しいだなんてあの人は-------」
ロイドは困ったように口元を片手で覆い、若干目元を紅くする騎士をぼんやりと見上げた。
一言続くはずの言葉を区切り、一度だけ気を失った皇女の唇に吸い付いた己のそれに触れる。そして、身体を繋げたときに根付いた
自分の曖昧な感情に感嘆するような息をついて、改めてロイドの顔を見つめ直した。
「かなしいくらいに、僕のことを『男』として、見てくれてないんですね」

「っ、…………」
扉ごしに伝わってくる細い息に、ルルーシュは身震いした。彼は、----そう、『彼』は、自分を女だから抱いたというのか。
だって本当にそんな風だったら、スザクはルルーシュのことを『異性』として好いていることになる。
そんなことは有り得ない。自分は彼に嫌われてると思って騎士にしたのだ。いつかきっと、殺してくれるほど憎んでくれたらいいと、
破滅的にもルルーシュはそう願って、彼に白羽の矢を立てた。その感情の裏には、確かにルルーシュからの恋情も絡んではいたが、
……でも、准尉のような、突然押し倒してくるような衝動的なものではない。擦り切れてしまってもいい憧れのようなもので。
「第二皇女殿下や、……宰相閣下にご報告して下さっても構いません」
そうルルーシュが壁の向こうで硬直していることなど知らず、准尉の告白は続く。ふと、ロイドはどんな顔をして聞いてるのかな、なんて
思う。
耳朶がじわりと熱を持っているように思えた。
深夜に、名前を囁かれて恥かしさのあまり手で塞いでしまったことを思い出す。ああ、やっと、弟を殺せる修羅になれると思っていたのに、

どうして今になってこんなときに、とても嬉しいことをスザクは言ってくれるのだろう。

「報告ってねえ、君……どちら側にも深く関わってるこの僕が、どちらかに味方するなんてこと、出来ないに決まっているだろう」
「どちらか、って……、閣下と殿下に、ですか」
「君とルルーシュさまにだよ、もう」
差し出されたままの写真を乱暴に取り上げて、片手にさげていたファイルの間に挟んでしまう。対するスザクは不思議そうに首を傾げて
一分前まで簡易的な告白なのかしれない口上を述べていたとは思えない顔つきで、口をぽかんと開けていた。
「僕にとってもこれでルルーシュ殿下が成長して下さることは嬉しいから?全然構わないんだけどね、黙ってることくらい。それに
君、気づいてないだろうけど、殿下の話をしてる時だけ、すごく顔に締まりがなくなっているよ」
「え、ええ?」
「自覚したのは結構なことだけど、ちゃんと殿下の支えになるんだよ?襲った責任くらいは取るつもりでさ」
「そ、それは……」
「じゃないと、閣下以上の嫌がらせをもって君のことを苛め抜いてやるんだから、セシルくんと一緒にね」
ゴチン、と。緩く握った拳をくしゃくしゃの頭に叩きつけた。『痛っ』とスザクの身体が跳ねる。児戯にも等しい叱咤だった。
表情を隠している眼鏡が無ければ、きっと上司は笑っていたことだろう。ロイドはぽかんとしたままのスザクに背を向けて、
『昨日の続きやるから〜』と言って調整室のほうへ入ってしまった。
それを黙って見送った准尉が、兵士用の宿舎へと戻ってくる。『はっ』とそこで我に返ったルルーシュは、ベッドのシーツで
胸元まで隠していたそれを外して身体全体をすっぽりと包み直し、そのまま開いていたクローゼットの中へ入り込んだ。

コンコン、と逡巡したがスザクは扉をノックする。もしかしたら皇女が目覚めていると思ったから。
しかし応えはなく、そろりと開いた部屋の中は、再度スザクが唖然とするほど凄惨な状況となってしまっていて、絶句する。
(な、なんでこんなに散らかってしまっているんだ……??)
わたわた、と慌てながら(気を取り直して)、放り散らかされた衣服を踏み越えつつ、簡易ベッドのほうにまで寄っていく。
じっとそこを観察するように見れば、意識を落とした皇女の体を冷やさないように、と巻きつけていたシーツだけが消えていた。
「殿下?」
不安になって部屋の中へ呼びかける。そんなことで返事が返ってくるとも思えなかったが、何故か呼びたくなってしまった。
『ルルーシュ』
欲のままに呼びかけたあの名前を口にするには、まだ迷いがあるけれど。
「殿下。……殿下、居るんでしょ?何処ですか?」
ベッドの下までまさぐったようで、私物であるボックスなどの蓋もあけられた状態で放置されていた。
そこからふと視線をあげて、ひとつだけしっかりと閉められたクローゼットを見やる。なんだ其処か、とほっと安堵して、
静かに驚かせてしまわないように、一時的な少女のその住処へと踏み込んだ。
「……見つけた」
小さな音を立てて解放した戸の奥には、白いシーツを全身に包み、猛獣のような警戒の眼差しで見上げてくる少女が居て、
思わず准尉は苦笑する。猫みたいな皇女のその仕草が何とも言えないもので、ずっと片手に手にしていた袋を
穏やかな眼差しをつけて彼女へ進呈した。
「?」
おそるおそるといった姿勢で、ルルーシュはそれを手にとって中身を探る。中には一口大に作られたサンドイッチと、
別の紙袋には軟膏と痛み止めが入っていた。
「これ」
「その、あー……、えっと、殿下に、負担ばかりかけてしまったから」
「負担って……組み敷いといてよく言うよ」
「すいません、だからこれ、使ってください。着替えはセシルさんに言って用意してもらいましたから。殿下が風邪ひいたとか言って」
男のいつにない優しさに軽い嫌味を込めて応じたつもりだったのだが、生真面目な彼には伝わってくれなかったようで、
半笑いの笑顔で下着を押し付けられる。こいつ、羞恥心ってものがないのか、とやはり殺意が芽生えてしまった。
「着替え、ますよね?僕はまだ着艦するまでに時間があるから部屋から出てますけど、他に何か必要なものってないですか」
「必要……」
顔も見ずにスザクはルルーシュを気遣う。いや、もしかしたら見れないのかもしれなかった。決して半裸であるからというわけではなく。
だから、廊下で交わされたロイドとの会話のぶん、今度はこちらが言葉にしなくてはと思い、去りかける特派の制服を指で掴んだ。
クン、と弱く引き寄せる。クローゼットの陰から伸びてきた白い手に、准尉は驚いたように翡翠を開いた。
「で、」
「要らないもの、ってわけじゃないけど」
「はい」
「……もう一度呼んで欲しい」
「え……」
掴んだまま引き止めて、それ以上の動きをルルーシュは取ることが出来なかった。恥かしさに俯いて、あらぬほうを見てしまっていたからだ。
強請って、しまうなんて、かなしいほど恥かしい。
しかしスザクは拒むことなく、赤面したまま俯くルルーシュの指先を手にとって、伏せてしまった顔を上げさせた。
「ルルーシュ」
じんわりと、また、再び胸に染み込むように呼びかけられる。瞳をとじてその温かみを甘受した。
頬を若干染めさせて、柔らかく瞼を伏せる皇女の顔を見つめたままスザクは思い返す。

『僕のハジメテは殿下だったけど』
『閣下の気持ち悪い独占欲だよ』

悔しかった、その思いが膨れ出すようにしてスザクをその行動に走らせた。
確りと繋いだままの片手はそのままにして、顔と顔の距離を接近させてまた口付ける。『!』と吃驚したように少女の体が跳ねたが、
触れ合っている指先は離されることは無かったから、それを大事にしてもっと深く舌を差し込んだ。
ずっと奥まで。深夜の行為のときは一方的であったそれを、今度は互いに交わしながら深くまで沈んでいく。

後で戦艦の内線が鳴るまで、ずっとそうしていた。
ルルーシュも、唇を離して角度を変える度に耳元で名前を囁いたから、ずっと大人しくされるがままであった。
それをどう受け取るかは自分達次第であると思ったけれど、この時初めて、スザクは皇女に付いてきてよかったと思った。


嫌いな女の騎士にはなれないから。