少しだけ昔の話をしよう。
それはルルーシュとスザクとの間にある、一番古い交わりの記憶。
始まりは、シュナイゼルが塵のように切って捨てた枢木ゲンブ処刑の直後に遡る。
新しいエリアを手に入れて堂々と帰還する異母兄たちを出迎える為にルルーシュは外に出た。白いワンピースはその頃の自分にとっての
何よりの象徴であり、まだ軍務入りなんて夢見ていない、幸せの絶頂期に居た証明であった。
そう。この時はまだナイトメアも第一世代のガニメデまでしか開発されていなかった。当然隣には弟の姿もあって、
帰還した優しい異母兄を出迎える。
傍には、ずっと研究室に篭っていたのか、ボロボロの白衣姿でロイドも立っていた。
『お帰りなさい、兄君』
『シュナイゼル異母兄さま』
そこでルルーシュたちは、
……私達はその場で絶句し固まった。
降下してくるアヴァロンは着陸場のライトアップに照らされて、禍々しく闇夜に映えていた。閉じられていなくてはいけない開口部は、
開かれていて、そこには白の衣服に真紅の配色、数多の生の証である血痕を付着させた、やさしいシュナイゼルが居た。
異母兄の表情は遠すぎて解らなかった。
しかしその異母兄に頭を掴まれていたスザクは気づいていたのだろう。昏く凍りつくような紫暗に。
地上で待つルルーシュたちには聞こえない低い声で、何かスザクの耳に囁いているのを唇の動きでルルーシュは見た。
その言葉を聞いた少年は絶句し、失っていた双眸に怒りの炎を灯らせた。
その姿が本当に悲しすぎてルルーシュは胸が痛んだ。
『争いなくして人間の進化はない。お前の父親の死は私にとっての布石に過ぎん』
いつか誰かが話してくれた遠い異国の話にも共通するように思えて、
そして何より彼がブリタニア現皇帝の血を受け継いでいる証明のようで。
騎士となったスザクから後で聞かされたその言葉に、……ルルーシュは顔を歪めた。それは醜く。その時自分は弟を失くしていて、
繋いだ手を離してしまった後悔に押し潰されそうになっていたからだ。自分の人生において取り返しの付かない失敗なんてあるとは思わず、
そしてその後悔の重さに、耐えられる自信なんてないとも痛感したからだった。
枢木スザクは『ブリタニア』が嫌い。
ルルーシュは、『皇女の自分』が大嫌いだった。
だから”自分を決して大切にしない”枢木スザクが必要だった。
(覚えておいてほしい。俺がお前を連れていくのは愛してるからじゃない、利用しようとしているからだ)
最後の願いが叶うその日まで。
唇にきず 中編
仲の良い兄弟はそう居ない。その中でも自分に対してユーフェミアはどこまでも優しかった。
『またね』と小さく声を掛けて背を押してくれた異母妹を、心の淀んだ異母兄の傍に置いておくことは心底恐ろしかったが、
それでもルルーシュにとっては個人的な感情だけで動ける余裕はなかった。なにもそれはナナリーがクロヴィスを殺したからじゃない。
ナナリーがエリア11の実質的な支配者になっていたからだ。
いや、単身乗り込んだゲットーで出会った女は実弟のことを”ゼロ”と呼んでいた。イレヴンはまさかブリタニアの皇子とも思わずに
従っているのだろう。退廃しきった大地のようなゲットーと、勢力的にも活動はじめたトウキョウ租界とを隔てる海は深かった。
あんな世界を作り出しているのはきっとルルーシュの所為なのだろう。
ならば、自分が新しい総督として制する。ナナリーの始末をつける。それが物事の道理だった。
特派のトレーラーごと待機していたアヴァロンに突入して、仁王立ちになって自分を出迎える異母姉の前に姿をみせた。
肩口より少し上でバッサリと黒髪を切ってもらったルルーシュの出で立ちを見て、言葉がないのか固まっている。
そしてルルーシュは未だに離さないスザクの腕を引っ張って、頭を項垂れることもなくコーネリアに向かって礼をした。スザクも
ならうように頭を下げる。何に対して謝ってるんだろうか。
「ルルーシュ、本気、なんだな」
わざと区切って吐かれる戸惑いの言葉。その声は低く、こくりと頷くしかなかった。
「はい。私……いや、俺は総督になります。姉君についてきてもらって、とても嬉しいけれど、……ユフィを」
「それは大丈夫だ、あれも考えて行動してる。……だけれど」
手袋に包まれた指先が伸びてきて、切り取られた髪をくしゃりと掴まれた。コーネリアとは頭半分くらいの身長差があったが、
同じ女でも体躯は彼女のほうががっしりとしていた。吸い込まれるように胸に抱きこまれて、ぐしゃりと後頭部を撫ぜられる。
「お前は潔いのか解らない。誰が覚悟の為にここまでしろと言ったんだ」
痛切な響きが込められていた。ぎゅ、と頭に顔を埋められて、それ程に強く抱き締められる。常から厳しく振舞うことを躾けられて
いただけに、内心ルルーシュは驚いていた。同時に、そこまで自分に心を痛めてくれることに、涙が出そうになったが。
傍で手を繋いだままの准尉の気配を後ろで感じて、何処までも自分勝手に物事を進めてしまう、自分の汚いエゴに心臓が潰されそう
になってしまった。悲しいことはない、後悔もない、何よりも自分のしてしまったことを精算する為に弟の下へ行くのだから、
周りの人々が心を痛めるなんて違う、と思った。自分のしたいことをやろうとしてるだけなんですよ、と深い部分で呟いて、
嗚咽でもなく泣き言でもなく言い訳もせず、暫くルルーシュは異母姉にそうして抱かれていた。
コーネリアだってユフィと別れたい筈ないのに。
先日の、エリア11を視察に行った時みたいな事態にはならないように、新しいプログラムを立ててみたんですけど、とロイドは
コーネリア含む整備班を内部のほうへ引き連れて、セシルと共にアヴァロンの装置のメンテナンスに入った。
きっと攻撃に対するブロック、主に防御に関するプログラムだろうと思ったスザクは『自分も』と付いていこうとしたのだが、
ツナギに着替えたセシルに身体ごとUターンさせられた。
「セシルさん」
「君はあっち」
ぐい、と背を押されて、ドアの外に放り出されてしまった。ちょっと待ってくれ、着陸するまで自分は何をしてればいいんだ、と
しつこく閉められたドアを開けようとしたが、今度は技術部の主任が顔を現して、入ろうとするスザクの身体を押しやった。
『ほんとに君はわかってないねえ』と音にはせず呟き、近くなった准尉の身体をもっと寄せるように制服のタイへ手をかける。
「ねぇほんとにさ君、何のために殿下についてきたの?」
「え」
「結構な勘違いだと思うけどさあ、従順に振舞ってれば騎士はそれでいい、って認識、捨てたほうがいいと思うよ」
「僕は」
「こっから先は大人の話。精神的にどうしたって弱いのは彼女なんだからさ、サポーターとして傍にいるのは当たり前。言葉に従うのも
当然君の務めだよ。わかってると思うけどねえ枢木准尉……君の長所にして欠点は、自己がないところだ。見せていないだけかも
しれないけど」
「そんなことは、」
息が触れそうな距離が、ポンと後ろに押されて片手ひとつの動きで離れてしまった。
勝手気ままにロイドは閉まりかけのドアに身を滑らせる。そして頭のみで振り返って言った。
「見せてない上に見えていないとは情けないな……。何も知らないことが優しさになるはずないでしょう」
ナナリー皇子との確執を言っているのかと思った。スザクにしても、記憶の糸を手繰ってみても彼との直接の交流もなく、
思い出せることといったら主君と初めて会ったときに傍に居たことくらいだった。そしてそんな自分だからこそ、ルルーシュは
ゲットーに迎えに行った時安心して泣いたし、スザクが騎士として居ることを、
「----------必要と、してくれてるんだと思ってました……」
僅かに開いた唇で息のように呟く。ロイドの銀瞳が驚いたような形になった。
「……知らないことが、悪いのですか?けれど僕は、正直ナナリー皇子のことについては関心がない」
「----------……」
「意志がないと思われてもいいです。確かに自分はあの人に振り回されてばかりだけど、それはどうでもいいと思ってるからじゃない。
何故だか……僕は、あのゲットーに殿下を迎えに行った時、はじめて護りたいと思ったんだ」
『俺のことを、何も知らなくていいから、騎士でいて』
今はもうなくなった長い髪を後ろに梳くって、覗きみた紫電がはらはらと涙に揺れているのを見た。それが何だかとても崇高なもので、
うつくしいと純粋に思ってしまったから、理由もなく抱きしめた。胸に顔を埋めてきた彼女の行動こそが真実だろう。
しばらくロイドとスザクのあいだに『間』があった。
無音に近い沈黙が過ぎたあと、ロイドは先を行ったセシルへと背を向けてスザクの方へとやってきて、そのまま肩口に腕を伸ばして、
上部に設置されたカメラに音を拾われないように口を開いた。
「君は殿下の身体が、三年前から成長してないことに気づいてる?」
「へ……」
ぱっとスザクの頬に朱が走った。それを気にすることもなくロイドは続ける。
「下衆な勘ぐりではないよ。君はどう思う」
「いや、僕は、普通だと……」
男であるぶん女子の成長過程なんて解らない。でも確かに、騎士となる三年前から友人のように付き合いだして、ふと思うことがあった。
それは多分すぐ下の異母妹であるユーフェミアとも交流があったからだと思うのだが、その彼女と比べてみてもルルーシュの外見は
幼い、と。
「やっぱ妙でしょう?」
「妙、というか……僕は生まれつきのものだと思ってましたけど」
「そんなワケないでしょ。17にもなって二次性徴がきてないなんて」
『へ?』と瞳を円くした准尉には目もくれず、白衣の下をごそごそと探って一枚の写真を取り出した。端のほうが少し黒ずんでいる。
「それって……」
「ルルーシュさまとナナリーさまの肖像写真だよ。見てみるといい」
指先でそっと摘んで、真ん中に揃って並ぶ姉弟を見た。翡翠の焦点を白いドレスを着たルルーシュへと合わす。確かに……
「今と全く同じですね、面影が……、でも、自分で成長を止めるなんてこと、出来るんですか?例えばどんな風に」
「故意かどうかはともかくとして、多分無自覚なんだと思う。まあ意識的に出来るもんでもないけど、『駄目だ』と念じるほど
遅くなってしまうのは確かだ」
「殿下が、そんな風に思ってる、ってことですか」
およそ見当がつかないといったように顔を上げてスザクは、彼が見ていないほうの無人の廊下をひたと見つめているロイドに気づいた。
「非科学的なことは好きじゃないけどね……証明できないからといって『そうじゃない』と納得づけられるものでもないんだよ」
三年前のサクラダイト流失事件。ナナリー皇子が最初の被害者だった。有力なものでもあり有害ともなりうる特殊性流体物質。
ロイドがまだ特派の中心ではなく一介の研究員であった時、サクラダイトが一番の資源だと提唱しナイトメアに流用しようと決めたのも
自分だった。そして、ルルーシュが13才から年齢のあがる冬の頃、ナナリー皇子が窓から転落するその場に居合わせた人間として、
責任以上の何かを感じて、ずっと他人以上の距離を置きながら観察していた。時を重ねないその身体に。
「疑問に思ったのは君と殿下が馴れ合うようになってからだったよ。まだ軍務にも携わってない君たちが『准尉』と『殿下』って
階級で呼び合って、彼女にもそれなりの恋情が芽生えると思った。けれど、そんなものどこかに置き忘れてきたかのように振舞う、
軍にも飛び込んでくる、自分の騎士に君を選んだ」
「-------そんなの、まるで」
「人間を捨ててるようだよね」
セピアの色彩の中、カメラに向かって僅かに微笑むルルーシュとナナリーの姿はフィルムがきられた三年前のまま、停止している。
なら何故ルルーシュは自分の髪を切り、シュナイゼルの前から消えたのだろう。まわりの環境を変えるということはすなわち、
時間の流れを速めることと変わらないことなのに。
スザクはロイドと共に黙り込んだ。握ったままの写真はそのままに、無言で消えた上司も見送らず廊下に立ち尽くす。
耳の奥にはゴウンゴウンと音立てて東に進む、戦艦の呻り声しか残らなかった。
『ルルーシュ、捨ててしまうの?勿体無い』
弟が似合う似合うと言ってくれていたワンピースを、皇居の外れで燃やしたことをルルーシュは思い返していた。
鼻を小さく啜りながら柱の影に隠れる自分を、立ちながらそっと覗きこんできたユーフェミアは、どこか准尉と似ている。
自分の奥底に深く眠るトラウマに踏み込んでこない-----彼らといるのは本当に楽だった。大好きだと思う。
けれどそれは決して愛には結びつかない。どこかにそれを置いてきてしまった。が、断言しよう。これは別に懺悔の気持ちで
そうなっているからではない。弟や親族に向かう感情は、准尉や特派の連中に対するものとは濃度が違う。混沌としていて、
掠れて無色になることはない、重ねすぎて元の色を失くした思い出のようなものだった。
(きらい)
(すき?)
衣服や下着にまで入ってきてしまった髪の名残を落とす為に湯を浴びているのだが、意識は何故か明瞭とせず、悲しいまま
暗く沈んでいた。きっと今鏡で見る自分の瞳は、骸骨のように空虚な色をしているのだろう。何を手に入れた?何を失った?
顎を伝う水滴はそのまま胸に落ちて肌を伝う。チラ、と紫電を胸元へと落としそこを手で触れてみるが、鼓動はしなかった。
いつもは僅かにとくとくと揺れる震動は、全くしない。三年前のようにまたどこかに置いてきてしまったのかもしれなかった。
「……き、らい……」
コックを逆に回して冷水へ変えた。ザアッ……と勢いよく噴出される水の霧は、熱湯で蒸れていた浴室を閑散とした寒さへと
変化させ、今の心境さえもどん底に落とした。
「俺は、私を、嫌い」
唇を少しだけ開いて、呼気のみで空気を震わす。か細いまでに愚かな呟きは、誰にも聞かれていない。自分の耳にもうまく入ってこない。
「すきじゃない…………」
ぺたりと胸を腿につけ、背を屈ませて膝を抱くように蹲った。ぱらぱらと乾いた水滴の音が、丸まった背筋を伝う。前ならそこには
黒く長い髪の毛が覆っていたはずなのに、英国を出てくる証として切ってしまった。自分の歴史に区切りをつけてしまった。
そう、ルルーシュの中で『英国で暮らしていた皇女』は死んだのだ。
だからもう嫌いになってよかったのだ。
『エリア11の総督』、これが今からの自分の在り方になったのだ。白く霞む冷気をぼんやりと見上げて、小さく笑った。
「ふふ、……もう俺でいいんだ」
タイルに尻をつけた姿勢のまま、くつくつと身体を揺らす。
「俺のままでずっといいんだ」
声には恍惚の響きが含まれていた。
「それは困る」
足音も立てずに入ってきたのは特派の制服、静かな双眸は何時ものままに、バスタブのドアに指をかけてスザクが立っていた。
それを振り返って見たルルーシュは固まる。声も出せず、ひんやりと曇る湿気に隠れるように奥の壁側へと後退した。
「無礼じゃないのか……、准尉」
身体がぎくしゃくとして、それが声にまで現れて無様だと思った。この男の前でだけはしゃんとしていようと先日誓ったのに。
スザクがそんなルルーシュの視線を受け止めて、その晒された身体には視線をやらずに言葉を口にした。
出来るだけ、普段振舞う自分とは差異が生まれないように。
「--------貴方がないていると思ったからです、殿下」
「……は、……」
「また、シンジュクのときのように、泣いて」
「馬鹿言うな!俺を誰だと思ってる!」
足元に放置していたままの水のはった手桶を持ち上げて、逆手にそれをスザクの身体へとぶちまけた。ビシャッと盛大な音を立てて
胸から足元にかけてぐっしょりと濡らす。その水の冷たさにスザクの翡翠が見開いた。
「殿下、これ水じゃないですか」
「み、身を引き締めるために、浴びていたんだ」
「……」
その苦し紛れの応えに、心底不愉快そうなスザクが返事をひと睨みで返した。
その顔にルルーシュは萎縮して、二の句が継げずに立ち尽くしたままになる。水滴がポタポタと落ちる音だけが
二人の距離を繋いでいた。その開いた空間を閉じるようにスザクが浴室へと踏み込んでくる。今度こそルルーシュは男から距離を置き、
壁にべたりと背中がつくまで後ずさった。
「准尉っ」
「…………その呼びかけに答えるようにと、お決めになったのは確か殿下でしたよね」
拒む為に振り上げた手首を包むように握られて、スザクの片腕だけで動きを制されてしまった。
逆の手で閉められたシャワーのコックをお湯のほうに捻り、ルルーシュの冷えた身体を足元から解すように浴びせていく。
そのスザクの口には出さない遠まわしな優しさに嫌悪感を示すように、きつくきつく口を引き結んで、耐えるように顔を伏せた。
「今更、それがなんだっていうんだ」
「殿下……」
「お前が名前を嫌うから、ナイトメアの搭乗を許される最低基準の位としてそう呼ぶことにしただけだ。お前だって俺を、」
「呼ばれたくてそうしてるわけじゃないでしょう。何よりも貴方が、貴方自身が皇族を嫌っているくせに---------」
「なっ……」
「いや違うかな。もしかしたら皇女としての、」
「-------黙れっ!」
掴まれたままでいた腕は右手で、特派の制服に伸びたのは固く握られた左手だった。まるで子供が駄々をするように胸を
殴打し、素肌が触れるのも構わず男の中で暴れる。乱暴なまでに粗い動きで、スザクの拘束から逃れようとした。
「っ違う、違う違う違う!俺をわかった風に言うな!勝手に計るな!お前は『准尉』としてただ付いてくるだけでいいんだ!そうしてろ!
俺の後ろに常に居ろ!絶対に俺の前に出てくるなっ!欠片も俺のことをどうにか出来ると自惚れるな!俺は俺だけに俺のことを
解ってもらえてればいいんだからっ…………」
浴槽に、耳に痛むほど響いた叫びはそのままスザクの全身を強く打った。反して軽い音を立てながら注がれるシャワーの熱も、
凍りつくような顔をしたルルーシュの全身を包んだ。あたたかさなんか必要ないのに!
「お前にそんな目で見られてるなんて、屈辱だっ……」
「……屈辱」
「俺はそんなんじゃないのに」
「……」
依然腕の中のルルーシュを離さないまま、静かな双眸でずっと見つめていた。黒髪を垂れる雫さえも。
「いらない。いらな、い……」
見られているとは思わずに、それでも項垂れたままルルーシュは続けた。
「俺はナイトメアには騎れない。第七世代のランスロットにしかガウェインは勝てない。ナナリーに勝てない。ナナリーが戻って来ない。
俺じゃあいつを引き戻せない。謝れない。本当はずっと心から謝りたいと思っていたのに、ゆるしてくれなくても……っ」
突然顔をあげたルルーシュの瞳に吸い込まれるようにして、スザクも身が凍りつくように固まった。その緩んだ隙に手首が離されて
自由になった両手で制服の襟を掴みとる。見れば、至近距離に近づく紫電は哀願でもなく痛切でもなく、ただ歪まれた形に
変化されていた。全身を湿る潤いはずっとシャワーが与えていたもの。背伸びをするようにして近づいてきた少女にして皇女の身体を
まるで何かに憑かれたようにぐっ、と引き寄せた。
「……----------」
腕にすっぽりと納まる身体は、小さく震えていてもっと力を込めた。必要悪でいいなら、もっと酷い言葉でだって振舞えた。
でもそれよりもルルーシュのほうが切れるのが早かった。身を寄せる体温はあまりなく、震えているはずの心音はスザクのそれとは
決して重ならなかった。
二人はそうして身を寄せているが、抱き合っているわけではなくスザクの一方的なものだった。制服もぐっしょりと濡れて、
浴室にはシャワーから溢れるお湯と、小刻みに震える全身を騎士に預ける皇女しか動くものは何もなくて。
時間さえ、止まったような感覚に陥って、
「……ッる、」
きつく寄せた眉を心痛ではない何かに歪め、包んだ身体に刻むように吐く。
「ルルーシュ」
ぴく、と肩が揺れた。水滴の落ちる速さと同じ動きで、腕の中にいるルルーシュが身じろぐ。スザクの背中に回されない掌は、
己の耳朶を塞いでいた。
「ルルーシュ」
(名前に力なんてないと思っていた頃)
……そう、彼に呼ばれることなんてないと思っていたから、
まさかそんな破壊力があるとルルーシュは信じられなかった。
それが嬉しいと感じてしまうなんてことは。