アヴァロンがやっとの事でシンジュクゲットーに
ある総督府へ降り立った時、既に事件の幕は下ろされていた。
--------消えた実弟、ナナリーの手によって。
慌てて踏み込んだ現場は、壮絶なものだった。ルルーシュは一度回線ごしに異母兄の血に塗れた弟の姿を見ていただけに、
首と手足が千切れとんだ真っ赤な絨毯を前にしても、特に表情を崩す事はなかった。しかし逆にコーネリアは、
艶やかにルージュがひかれた唇を震わせ、パイロットスーツに包んだ身体を小刻に震わせていた。その姿にこそルルーシュは
眉を顰めた。
先に踏みこんだ二人とは別班で、特派は戦艦の奥に閉じ込められ(軟禁、と言ったほうが正しいか)ギルフォードが
操作する画面の前で冷たい微笑をたたえるシュナイゼルの前に頭を垂れていた。スザクだけが、不遜に瞳を曇らせて
第二皇子を見上げていた。そんな風に接するから、ルルーシュのことを含め嫌がらせをされるのだ、とロイドは
白い騎士に言ってやりたくなった。
『私がどうしてこんな顔をしているか、解っているかね枢木准尉』
「は、宰相閣下。……多分に、自分がアヴァロンを傷つけたことにあると思います」
『うん、そうだね……」
解ってんならどうして膝を折らない謝らない、とシュナイゼルは言いたかったのだろう。旧知の仲であるロイドでさえ、
『こんな顔見たことがない』というくらい凄絶とした、暗い瞳をしていた。これは通信回線でなかったら血を見ていたかもしれない。
『いま総督府に居るのはコーネリアとルルーシュの二人かな?』
「はい、殿下」
ギルフォードは、おくびもしない准尉の後ろで礼の形をとった。
『では君たちはテロリストたちの制圧に従事してくれたまえ。ロイドとセシルさんは此処に残るように、……そして君は』
紫暗が地べたを這うように動いた。その流れを見てしまったロイドは『う、』と呻いた。
『暫くルルーシュの半径10M以内の立ち入りを禁止する。人間3日間は水だけで生きていけるそうだから、反省も含めて
ランスロットの中で生活してもらおう。その間異母妹には護衛をつける。君は自分の人間性について悟りを開けるぐらいには
人生について考え直したほうがいいと、個人的に薦めさせてもらうよ』
要は、お前みたいな全部攻撃で物事を解決しようとする輩に優しい優しい妹の傍には居させない。まずは人間性からやり直せ、と
そう言っているのだ。きっと誰かがこの男にルルーシュ皇女を、白い騎士が怒りにまかせてぶん殴った事を知らせたのだろう。
流石のセシルもロイドも反論が出来ぬまま、スザクはギルフォードに腕を掴まれてすごすごと司令室から出ていった。
後に残されたのは特派の重鎮。はあ、とロイドは溜め息をついた。
「僕はルルーシュ殿下にも責があると思うけどな〜」
「ロイドさん」
「だぁってあの静止の声がなかったら、今頃ガウェインごとパイロットだって捕縛出来ただろうし、クロヴィス総督たちだって
こんな事にはなってなかった。……それにアナタ、言いたいことの半分も言えなかったでしょ、准尉に」
ふふん、と笑うように胸を反らして、白衣の袖を前に振った。シュナイゼルは『ん?』と片眉をあげる。
「あの時事態は二箇所で動いていた。勿論、ひとつはガウェインと、おそらく第七世代であるだろう紅いナイトメア、これを
僕達で迎撃したんだ。手段は荒かったけど准尉はちゃんと殿下を護ることだけ考えてたよ。おそらくあそこだけでも叩けていれば
もう一方で動いていた事態も、ナナリー皇子の暴虐も止められた筈だ。ルルーシュ皇女はもしかして、解ってて准尉を止めたのかもしれない」
『-------……』
「三年前のサクラダイト開発で、皇女殿下たちに何があったかは仔細には分からないけど、どうしてか僕には、准尉一人が
空回ってアナタたち兄弟に弄ばれてる気がする」
セシルは上司の言葉に僅かに驚いた。が、顔には出さず頭は伏せたまま、伺うように画面へと視線をやった。語りかけられている
シュナイゼルのほうは、嘆息することもなく憮然と、旧友の声に耳を傾けている。『それがどうした』という、風体にも思えた。
『七年前、日本という地がエリア11となった時、既に枢木准尉の身の振り方は私の手の中に下ったと思っていた。それを
ルルーシュが取って行ったんだ。……これからコーネリアと、ルルーシュの軍事入りについて話し合おうと思う。君が言うように、
あの子はまだナナリーのことを振り払えずにいる。……なんでもかんでもそううまくいかないね、
私はクロヴィスが死んでも、-----------何も思わないのに』
ブツン、と、音を立てて回線は切れた。返事も待たずにシュナイゼルが通信を断ったからであろう。チラ、とセシルが横目で
ロイドを伺えば、上司は膝に手をあてて重く息をついていた。なぜかその呼気が空気を震わしているようで、身体に纏わりついた
気だるさが少しでも霧散した気がした。それだけなのだが、
「かなしいことが立て続けに起こりますね」
先ほどのシュナイゼルの言葉に反論するように、口を開いた。肉親が亡くなって悲しくなんてない人間なんて居ない。
「でもそれは、君だけかもしれないよ?」
「……何を言っているんです」
「だって僕は、シュナイゼル陛下と同じく、何とも思わないもの」
「総督が、……皇子に殺されたんですよ?それを、皇女が庇ってるようなものじゃないですか、スザクくんばかりが不憫になって、」
「あーのーね」
パッと身体を上司に向けた瞬間、ロイドは天上に吊るされたカメラにこれ以上録音されないよう、手元のパネルを操作してサイレントモードに
切り替えた。
「あ、」
「此処はまだ司令室。トレーラーの中と違って、あんまり内輪なネタは話さないほうがいいかもしれない」
「ご、ごめんなさい、私」
「……これからどんどん忙しくなる。ガウェインはナナリー皇子のもと。そして総督を暗殺したってことは、エリア11ごと手に取ろうと
しているのかもしれない。もし本当に、ルルーシュ殿下のことを憎んでいたとしたら、ね」
「姉弟で憎みあうことって、あるんですか」
核心をつく言葉だった。ロイドは既に肉親とよべる人間は居なかったが、それでも女史が向けてくる眼差しを流すことなく
受け止めた。
「あるでしょう、だって人間だもの」
(俺はいつだって一人よがりだ……)
シュナイゼルとコーネリアの談義によって、ルルーシュは一次軍務から外された。勿論現在ランスロットごと幽閉されている
スザクともコンタクトがとれない。頬を強く叩かれたまま、憎むように向けてきた翡翠をルルーシュは思い返した。
一人でクロヴィスがかけていた玉座に座る。膝をかかえて、頭を俯けた。ぱらぱらと黒髪が足元に垂れて、それだけで
世界から隔離されたような気がする。そうか、三年前自分がしてしまった事が、すべて跳ね返ってきているのだ。
唯一血を同じくする、魂の片割れのような弟。ふわふわな髪の毛が特徴的で、自分なんかより穏やかで皇族らしかった。
「……っ、」
ピリ、と頬の皮膚が攣った。右側だから准尉に殴られたところだ。本当にあの男は手加減がないな、と思う。けれど正しかった。
(だって俺は、ナナリーを殺したようなものだもの)
ぎゅ、と抱き締めた膝に頭を埋める。そうしなくてはどんどん沼に嵌っていってしまいそうだったからだ。
『お姉さま、……これが私達の騎る機体なんですね』
『ああそうだ。お前が前部で操作して、俺が後部で作戦を指示する。まるで俺達の為に作られたようなナイトメアだな』
『-------この機体で、多くの国を壊すんですね』
『……ああ』
『この機体が、人間を殺すことになるんですね』
『そうだな』
ルルーシュが13、ナナリーがやっと10になった頃だった。自分達はもうブリタニアに兵器として教育されていたのだ。
けれど、幾多もある実験はそんなに怖くは無かった。傍には変わらず弟が居てくれたから、繋いだ手を離すことなく、
サクラダイトが眠る富士山頂にまで登った。あと少しで、粒子状態のサクラダイトを手に入れられると、作戦が成功すると思ったその時、
前部に座っていたナナリーの目に異常が起きた。ルルーシュは急いで外に通信で知らせ、そのまま富士山頂を降りた。
まだ試験体であったガウェインを思うように扱えていなかった頃の話だ。
ルルーシュは蹲るナナリーの前まで落ちるように降り立った。跪いて、両手で顔を覆う弟へと何度も呼びかけた。ナナリーは視力を
失っていた。
(目が……)
何度夜中に泣いただろう。何度ナナリーの変わりになれたら、と願ったろう。
皇族の連中には、床に伏せる弟には指一本触れさせなかった。ルルーシュはその日から毎日、離れることなくずっとついていた。
夢を見れなくなったナナリーは、光もない世界でずっとルルーシュの名前を呼び続けた。たまに自分さえも知らない単語が
小さな口から洩れたりもして、それだけが不審だった。
(けど俺は、一日でもはやくあいつの目がよくなるよう、願って)
代わってやりたいと思ったのは本当だった。でも、……疲れてしまったのも事実だった。
ルルーシュはある日、ナナリーの傍から離れた。ずっと繋いでいた手を一時、そっと外して、ナナリーが眠っているその間だけでも
休息したいと思ってしまったのだ。
そして現実は刃となってルルーシュへ還ってきた。
「あの日から、もう三年も経ったんだな」
「死んだと思ってたよ、ずっと俺が殺したと思ってたよ、ナナリー」
声が僅かに震えていた。でもそんな自分の感傷が許せなくて、准尉でも誰でもいいから、もっと殴ってほしいと思ってしまった。
そうやって、暴力ででも責めて欲しかった。優しい弟を裏切った自分に罰として、罪を与えてほしかった。
ナナリーは突然消えたぬくもりを探し求めるように、視覚のない身体で窓から外へ出た。
手摺に脚を乗せて、触れる窓枠に指をかけて、ルルーシュが木陰で涼んでるその目の前で、飛び降りた。
ほんの数分、傍を離れていただけなのに。
弟は責めていたんだ、何よりも自分だけ助かったルルーシュを、憎んでいたのだ。
必死な形相で、咽喉が潰れるのもかまわずルルーシュは助けを呼んだ。あの時駆けつけてきた特派の主任は、思いもよらない惨事に
ただ口を閉じることしか出来なかっただろう。
(目も、脚も)
ルルーシュが奪ったのだ。ルルーシュの所為で失くしてしまったようなものだったから。
『……殿下』
『っ、ロイド、俺が、俺が離れちゃったから、……俺がっ』
諦めとも失望ともつかない銀の瞳が、はらはらと雫に濡らす紫電を見下ろしていた。お願いだから、何でもするから弟を助けて欲しい。
これ以上なにも奪わないでほしい。自分の所為でこれ以上苦しんで欲しくない、代償はぜんぶ払うからどうかどうかどうか。
足場の感覚がなくなって、瞬時に視界はブラックアウトした。錯乱する自分の身体を、後ろからやってきた異母兄が大きな布で
包んでしまって、そのまま抱き上げられてしまったからだ。
傍では生臭い血の臭いがするのに、まるで昏倒するようにルルーシュの意識はなくなった。
目が覚めたら自分を包むすべてが変わっていたのだ。
けれど、
久しぶりにみる弟は、見違えるように成長して、相変わらず穏やかな微笑みをみせていた。
両足で立ち、片手に拳銃を持って、クロヴィスの血に塗れた面差しを綻ばせ、呪いのような言葉を吐いた。
”私の手を離した責任、ちゃんと取ってくださいね”
(俺が、死ねばいいのか)
自問した。が、そんな事は何の意味も成さない、やはりルルーシュのただの一人よがりに過ぎなかった。
けど救いを求めてしまう、どうしたって許しの道を探してしまう。
だからこそルルーシュは自分自身を呪わずにはいられなかった。自分の事を切り刻むように断じてくれる存在が欲しかった。
-------それが、
『何があっても、貴方のことは守ります。……それだけは、不安にならないで』
私室のベッドの上、光のない宵闇の中で囁かれた准尉の言葉だった。
ルルーシュはあの時、小さな顔から零れてしまうんじゃないかというほど目を開いて、月に浮かび上がる翡翠を見たのだ。
だって、決して自分を『大事』にしないと、そう思っていた相手からあんな言葉をもらうとは思わなくて、
歪な掌の感触はまだ離れない。確かにルルーシュはスザクに全力で護られて、全身に向けてくれた思いやりを無碍にしてしまったのだ。
傷ついた色をしていた翡翠、もっと殴りたかったろうに、スザクは振り上げた拳をルルーシュへ向けた以上に、自分へとぶつけた。
誰もが傷つきたくないだけなのに、
どうしても気持ちは交錯して、決して交わらない。
「わかってる、俺の半端な気持ちが原因だってわかってる。……でもっ」
国のことを思えばその分だけ、ナナリーの言葉がよみがえる。准尉の優しさに触れる度、ナナリーの事を思い起こされた。
軟禁(?)二日目。スザクは脱出機能のないランスロットの中で、空ろな眼差しのままグピッとボトルをあおった。
『おはよー、准尉ー。調子はどう?』
おどけた調子の声が、ハンドルにぶら下げたインカムごしに届く。
『欲しいものがあったら、何でも聞くよ〜食料以外で』
「休息が欲しい……です。安息でもいい」
『大分しわがれた声だねー。ちゃんとペットボトル飲んでる?』
「水に飽きました。口の中が薬品臭い」
『やー、もうちょっとの辛抱だよ。実にあと28時間!羊を二千億匹ぐらい数えてたらあっという間だよ』
「そうですか……じゃあまず」
羊が一匹ー……、というたどたどしくも切ない呟きがトレーラーの中に響いた。セシルはデスクに突っ伏して腹を抱えている。
「枢木准尉、結構参ってるみたいだね」
「そのようですね」
セシルは声も出ない状態だったから、ロイドは後ろでキーを叩いていた別の職員へと声をかけた。
「3日っていうのも結構永いからねえ。浦島太郎みたいな気分で出てくるんじゃない?あと羊一千億九万九十三匹ぶんの後」
操作していたインカムを指にひっかけてくるくると回してみせた。
「ルルーシュ殿下もアヴァロンに篭ったままだっていうし、コーネリア殿下は殿下でクロヴィス前総督のあとを引き継ぐつもりなのか、
司令室で宰相閣下と延々語りあってるし、僕たちゃいつになったら英国に帰れるんだろうね?」
「エリア11もそう安全ではないですからね……」
「ゲットーだってまだ荒れているって、今朝報道されてましたよ」
怒涛の笑いの波から脱したセシルが、ファイルに納めていたシンジュク付近の地図を上司へ渡す。ふんふんとロイドは頷きながら、
赤線で囲われたラインを指でなぞった。
「ここ……がいまテロリストに占拠されちゃってるってわけか」
「近日、ナナリー皇子の身柄は隠して、テロリストとレジスタンスの殲滅に作戦を変更なさるそうです」
「はーはー……それはまあ大変なことで。僕はランスロットが牢屋代わりに使われてる事実が、」
辛抱ならない、と続けられるはずだったロイドの呟きは、軍本部から繋がれた緊急回線に遮られた。勿論通信主は司令室に篭っていた
コーネリアだ。
『〜〜ロイド!枢木はそこにいるか!』
「居ますよー。まだ当分は出て来れないでしょうけど」
誰かさんのお陰で。付け足されたセリフには誰も突っ込まなかった。
「どうかされたのですか?殿下」
セシルが伺うように画面を見上げた。珍しく焦ったように頬を紅潮させ、髪を乱している。
その後ろではギルフォードがいつもと変わりなく、不変とした姿のまま起立していた。が、若干目元が引き攣っている。一体本当に
何があったというのか。
んんん?と特派の隊員全員が訝しむように見上げた瞬間、コーネリアは立て付けの悪い扉を押すように重い口を開いた。
『…………ルルーシュが居なくなった』
ピク、とスザクの脚が反応した。焦点のぼやけていた翡翠がはっきりとした色を取り戻す。
インカム越しに聞こえたその言葉に、眠りかけた全神経を覚醒させるように震わせた。ルルーシュが居なくなった?
さすがのロイドも瞳を見開き、セシルも他の隊員も表情を固まらせて、コーネリアを見上げる。
誰もが予想だにしない事件が起こった。今もレジスタンスで荒れに荒れているゲットーへ、ブリタニアの皇女が飛び出ていってしまったのだ。
スザクはひとりランスロットの中で『くそ!』と拳を操作卓へ叩き付けた。