まるで一対の鴉のような姉弟だと、当時宮殿では
持て囃されていた。
右側には栗色の髪を腰ほどの長さにして揺らす、質素でいて華奢な印象を持つルルーシュの唯一の実弟。
勿論左側を歩くのは、全体のトーンを漆黒とする実姉のルルーシュだった。細い腕と腕を絡め、一翼の鴉のように
紺碧の空を飛ぶようにして走っていた。-----------幼い頃の話。
三年前、ランスロットよりも少し早くに完成された、二人騎乗専用の第七世代ナイトメアフレーム『ガウェイン』には
鴉の姉弟が騎る筈だった。エリア11、サクラダイトを貯蔵し貯蓄する日本の霊峰での試乗訓練の時、その機体が弟の姿と共に
消えなければ---------ルルーシュがナナリーの手を離していなければ、今のような事態には陥っていなかった。
「……やっぱり、お前なのか、ナナリー」
誰もいない司令室で、ルルーシュは誰にともなく呟く。
先ほど切り替えられた画面には、黄金の瞳を笑みの形に丸め、白いスーツを身を包んだ女が艶やかに宣言した。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの身柄の確保、及びその命である』
あの女はガウェインの前部に座していた。きっと操縦しているのも彼女だろう。ならば、三年前自らの両足を引き換えに
黒の鬼神を奪いとった弟は、後部座席から指示を下しているとでもいうのか、『姉を殺せ』と。
「俺の命なんかで、いいのか」
そんな事で俺がした罪は赦されるのかと、自問するように呟いた。
君を憎み、君に焦がれる。
「クロヴィス殿下っ!」
異母妹との通信画面の前で、肩に掛けていたマントを脱いでいたクロヴィスの前まで駆け足に近づく男が居た。禿頭を汗に湿らし、
軍服の裾を閃かせ慌てているのは、エリア11に総督として派遣される前から側近としてついていた将軍のバトレーだった。
「どうした、騒々しい」
「いえ、あの、それが……コーネリアさま率いる部隊が今日、シンジュク基地にご着陸されるとのことだったのですが、」
「ああ。先ほどまで通信回線で話していたよ。もうご到着されたのか」
「それなのですが、殿下……、今しがた、シンジュクゲットーはテロリストに占拠されました」
「---------……何だと?」
すぐに身を翻し、クロヴィスは画面を切り替え基地内部を映し出すカメラを見た。そこには実兄シュナイゼルの考案した戦艦が
黒の鬼神の片腕に動きを封じられていた。三年前、実兄の考え出したアイデアを元に、特派が考案し実現化した兵器。
他のナイトメアが操作するスラッシュハーケンとは別に切断する事も可能にしたその武器で
アヴァロンを進撃している。
「滑走路には新型のナイトメアと思しき機体と、数多のイレヴン達がアヴァロンを迎え撃とうとしております。そして」
バトレーは誰にも聞こえないよう、耳をそばたてたクロヴィスの耳に声を潜ませた。
「---------奪われただと……?」
信じられない報告だった。クロヴィスは表情を歪め、画面の外で黒煙を振り撒く戦艦を目の端に留めながら、
バトレー以外にも待機していた臣下へ、片手を横に閃かし命を下した。
「クロヴィス・ラ・ブリタニアの名の下に命ずる、シンジュクゲットーをテロリストごと壊滅せよ!」
あの実験、……あの女の事を本国に知られてはまずい。
遠い祖国から離れてエリア11に配属された総督である自分が、秘密裏に開発していたその事実を暴露されては廃嫡と成りかねないと、
そんな懸念が、恐れが、頬を伝う冷や汗のようにクロヴィスを震撼させた。
アヴァロンの中には特派の人員が控えるヘッドトレーラーが丸ごと設置されていた。内部では命令されない事態を想定していたのか、
ロイドが不気味なほど艶やかな笑みをして、『スザクくん?スザクくん!』と呼びかけるセシルの後ろで、万歳っ!と言わんばかりに
腕を上げていた。考えうるアクシデントは事前に頭の中で展開させていたが、まさか三年前に消え去ったガウェインが、自ら
自分達のもとに戻ってくるとは思っておらず、考えもしない僥倖だと思った。コーネリア機の内線からは、『搭乗者は誰だっ』と
吠える声があるが気にしない。この時ばかりは軍と切り離された独立部隊で本当によかったとロイドは思った。
「ロイドさん、枢木准尉からの応答がありません。アヴァロンもガウェインに捕まえられたままだし……このままじゃ」
「そんな事よりさ、アレに今何人乗っているかの方が気にならない……?」
「へっ」
「フロートシステムとハドロン砲の搭載実験を名目に、三年前のサクラダイト開発で最初の起動実験をしてから姿を現さなかった
ガウェイン。あれが複座式で、後部席に居る人間がどんな操作を担当するかも、知っているよね?」
「そりゃシステムを組み込んだのは私だから、知ってますけど……」
あの日、搭乗していたルルーシュ殿下を残して雲の奥間に消え去った黒い鬼神に、ロイドと肩を並べて『行かないで』と
泣きはらした過去はそう遠くない。
女史は恐る恐る『この人次は何を言い出すのかしら、ていうかスザクくん』と胸に思いつつ、蒼瞳を見上げさせた。
「不思議だと思わない?僕達ブリタニアを一蹴するつもりならもうとっくにハドロン砲のひとつやふたつ出してるはずだよ。だけど
一向にそんな気配は無い。って事は、今あれに乗ってるのは前部座席にいるデヴァイサーだけだ。後部に居る人間が操作をしなければ
ならないよう設定したのは僕だからね、……敵も馬鹿だ」
そう言い切り、『わ、ちょっと!』という助手の肩を掴み、ランスロットのコックピットに繋がる内線ボタンを指で押した。
「ロイドさん!私さっきから言ってるじゃないですか、応答がないって」
「あーはいはい、多分きっといつものアレだから。―――准尉ー!枢木くーん?起ーきーてー」
(はあ……?)
とセシルは上司の姿に唖然となった。何度呼びかけても返事が無い回線を、彼は解りきった時点でなお開こうとしている。
(それに『いつもの』って)
訝しげに見守っていると、本当に先ほどまで無言であった通信がいきなり回復した。
『……すいません、ずっと相手を"見て"ました』
「もう起動してしまってもいい位にはなった?」
『はい、殿下の方は応答が無いけど、もういいと思います…元々期待はしてないし、自分は護る事が大事だと思いますから』
「じゃあセシルくん」
「え、ええ?本当にいいんですか?コーネリアさまの指示もないのに」
損傷を負った搭乗口には、グロースターに準備する第二皇女と騎士たちが居るはずだった。勿論その後ろには控えでランスロットに騎乗する
スザクも。そんな中で特派だけが勝手に動いていいのか訝しがられる……そもそも、浮遊する事の出来るガウェイン相手に飛行ユニットを
つけていない彼らの機体で、打ち落とす事が出来るかどうかが危うい。まさかランスロットに傷がついていい事は無いよな?と
セシル思った。そんな風に懸念している事もちゃんと知っているはずなのに、銀髪の上司は平然と『初期起動に入りまーす』と
他の隊員に声を掛けている。
「もう、どうなっても知りませんよ」
「だぁから僕は昔と同じ轍を踏みたくないだけ。今はランスロットだってあるんだ、それに搭乗者は彼!これ以上の戦争の条件はないよ、
ルルーシュ殿下は元々ナイトメアには不向きな体質をお持ちの方だったんだ。僕はね、誰に否定されようとも枢木くんが騎る事を
認めるし、三年前ガウェインをナナリー皇子が連れ去ってった事を看過したりはしないよ」
さあ早くカウント取りなさいな、とセシルの頭を両手でぐい、と前へ向けた。なんて勝手な人だろう。こんな奴の下で働くなんて
自分も相当キレている。が、開発者としての考えは彼と同一だった。
(そうね……確かにルルーシュさまはデヴァイサーにはなれなかった……一族の中でも飛びぬけて適性があったのはコーネリアさまと、
…………)
続くべき回想をブツンと断ち切り、セシルは重く口を開いた。
「--------スラッシュハーケンは、ランスロットの方が劣りますよ?」
『劣りません』
「は?」
銀髪に向かって呟いた言葉に、画面側の外に位置する白い獅子がマイクごしに答えた。
『第二皇女殿下とギルフォードさんが止めていて下さるんでしょう?ロイドさんたちが話している間にナイトメア組でもう決めてしまいました。
まずは敵のスラッシュハーケンを撃ち落して、数機のナイトメアで射撃。あの黒いナイトメアを引き付けている間に
僕がアヴァロンの上からヴァリスで撃ち取ります。……原型さえ留めてあればいいんですよね?』
「げ、げんけい……」
「なるべく無傷でお願いしたいかなあ」
枢木相手に下手に出るなんてそんな事したくはないが、苦境を乗り越えるにはこの青年の力に頼る他無い。無いのだが、そうは解っていても
『はい、そんな感じでバリバリお願いします』なんて頭を下げてお願いしたくはない。断じて。
「スザクくん、ヴァリスも燃料っていうのがあってね、そうバンバン撃てるものじゃないの。それにアヴァロンの上からなんて、…」
『一発で決めます』
強気だ。音声だけで今どんな表情をしてるのかが解る。セシルもロイドも天井を仰ぎたくなった。(勘弁!)
『何も無謀な行為だと思ってやる訳じゃありません。無傷がいいと言うなら敵機のパイロットを撃ち取るまでです』
「あ!その手があったかあ♪」
「違うでしょロイドさん!」
女史の横槍が入った。ドスッと重い音がしたかと思えば、『うぐう』と足元に蹲っている。簡単にロイドを伏せさせてしまった豪傑な
セシルの腕は、自分の左手首の腕時計を指し示した。視力がいいあの青年の事なら、トレーラー内に居る自分たちをランスロットからでも
鮮明に視界へ映すことが出来る、そして女史は蒼瞳を鋭くさせて時間制限を告げた。
「いい?コーネリアさまたちのスラッシュハーケンが保つまでの時間は約70秒、ヴァリスの充電が済むまでが90秒。同時に稼働したとしても
差異はおよそ20秒かかってしまうの。その間ガウェインの残り八指あるワイヤーに攻撃されてしまう危険もあるわ。貴方は簡単に
アヴァロンに上がって撃ち落すと言うけれど、それは格好の餌食になるって言う事なのよ。私の言いたい事が解るかしら?」
一息に捲くし立てるように言った。プライドの高い青年の事だ、今きっとコックピットの中で苦虫を噛み締めたような顔をしている事だろう。
「……貴方はあくまでも騎士であるという事で、自分を犠牲にする事ではないわ。こちらでもバックアップは最大限するけれど、
自分の身体とランスロットを無下に扱うつもりなら即刻降りてもらうわ」
『……しません』
低いトーンで返されたそれに、重ねるようにして再度問いかけた「本当に?」
『本当です。殿下の命とランスロットを最優先とします。だから』
出撃させて下さい、それだけを残して回線は切れた。
「……初乗りからいきなり戦闘だなんてねえ」
「私の考えって、可笑しいのかしら」
「いやいや全然?ただ彼が自分を大事にしないってだけで、君の事をどう思ってるかとかじゃないと思うよ」
慰めるわけでもないのにロイドはセシルの後ろに立って、くすりと声にして笑った。
「回りにいる人間は誰だろうと大事に出来るのに、……一番近くに居る自分自身は”他人”だと思ってるんだから、可笑しい子だよ」
クロヴィス総督の厳命により、滑走路周辺のテロリストたちは軍によって鎮圧された。しかし、一騎の赤いナイトメアが、
周りを囲むナイトポリスたちを一機ずつ確実に沈めていった。画面越しにクロヴィスはその動きを目に納める。どうやら
ぐっと伸ばした片腕から熱波動のようなものが流れているらしい。すぐにバトレーに映像を撮って分析しろ、と指示した。
空の方でも、戦争開始の狼煙は上げられた。コーネリア率いる親衛隊が、直接攻撃する変わりにスラッシュハーケンを
ガウェインへ向けて射出したのだ。その光景を地上から仰ぐようにして見守る。
アヴァロンの中では、グロースターの後方に回って、起動準備に入るスザクの姿があった。普段着込んでいる騎士服とデザインは同じ、
しかし材質は全く違うパイロットスーツに身を包み、グローブで覆った腕を左右に伸ばして、ハンドルを握る。
「……ランスロット」
ルルーシュを拒み、すんなりと自分を受け入れた白い獅子。スザクの誓約した主が騎るはずだったナイトメア。それが今、
訓練ではない本物の戦争という場に出ようとしていた。勝利の鍵を握るのは自分。ヴァリスの充電が完了されたらすぐにでも
敵機の中心を打ち抜く。『無傷で』なんて言われたが、ようは再生出来ればいいのだ。重要なのはそんな事じゃない、
如何にしてこの窮地から抜け出すかが問題だ。
『--------発進!』
セシルの声が届いた。頭でそれを察知する前にすぐキー操作に移る。もう片方の指はハンドルを前へ押して、戦艦の内部から
外へと抜け出し、丸みを帯びた外壁を天上へと一気に駆け上がった。
「っ……!」
流石にヴァリスという兵器を抱えながらでは、この不安定な足場に立ち続けていることは出来ない。片側だけワイヤーを射出して、
シュナイゼルが見たら蒼白となりそうだが、外壁の一部に留め具として突き刺した。
ぱっと視線を横に向ければ、先ほどの強気な声明からは全く微動だにしないガウェインが、無数のワイヤーに捕らわれていた。
コーネリアたちはどうにか踏ん張っているらしい。流石に場数を踏んできただけの事はあるだろう。
そうは思っても皇族を尊敬する気になど全くならないブリタニアの騎士は、翡翠の瞳を鋭くずらし、手前に表示される
ヴァリスの充電時間を確認した。……あと17秒。
グ、と左手のハンドルに力を込めたその時、スザクの目の前で拘束されていたガウェインのワイヤーの一部が、音を立てて切れ始めた。
やはり準備が整うまで拘束しきる事は不可能だったのだろう。耳にかけた内線からは怒号が聞こえる。それでもスザクの心は
シン、と穏やかだった。慌てなどしない。あと数秒保てばこの手で黒い鬼神を撃ちぬく事が出来るのだから。
「ランスロットは…!」
「充電完了しました!」
コーネリアの声にセシルが応答した。グ、と斜めに傾きはじめるアヴァロン。ワイヤーで固定されているにしても、ヴァリスを
構えるランスロットの足場は不安定だった。しかしたとえどんな場所であろうとも、
(敵は敵だ……)
頭の中で泡の弾けるような音を聞く。スザクはピピピ、という準備完了を知らせる音を確認する事もなく、無常に引き金を引いた。
「随分と豪傑だな……、無体な真似をしてくれる」
一人ガウェインに騎る女は、ライトグリーンの髪を片手で払い、向かってくる光線を寸でのところで避けた。
更に黄金色の瞳を円くして、戦艦に固定したワイヤーを引きちぎりこちらへと跳んでくるランスロットを見上げる。
「スザクくん……!!」
「一撃外されました。追撃してもその間に反撃されてしまうでしょう。次は僕が直接……パイロットを狙います!」
アヴァロンにいる全員が眺める中、白い獅子が宙を舞って、無数の千切れたワイヤーに巻かれるガウェインへ突進した。
ガィィィンという、脳髄の奥にまで響く轟音が鳴り、トレーラーにいたロイドたちも、グロースターに騎るコーネリアたちも、
地上で暴れるイレヴンたちも唖然となった。まさか誰も思わなかっただろう。飛行ユニットもない状態で、一騎のナイトメアが
自分の倍近くある機体に飛び移るなんて事は。
流石に無傷では済まなかったのか、ガウェインに居る女は重く頭を伏せ、内部を揺らす衝撃に耐えた。丁度人間でいうなら頭部と
肩の位置に嵌るように着地したランスロットは、手にしたヴァリスを垂直に立て、先端部分をこめかみの辺りに突きつける。
まるで人質をとるような様であった。
「くそ、無粋な人間だな!」
女は毒々しく言葉を吐き、まだ稼働するワイヤーをランスロットの脚部へ突き刺した。ミシミシと軋む音がするが、それでも
一向にたじろがない。スザクはそんな抵抗も予想のうちだったのか、突きつけたままのヴァリスを片手に、そして逆の手にはシールドを
貼り、地上で見上げるテロリストたちへの見せしめのような格好をとった。この方が迅速に事態が片付くと思ったからだ。
「やめろ……!」
凄然とした戦況の中、一人の女の声が届いた。スザクはその音に顔をあげ、聞こえてきたその方角を見る。
そこには数機のグロースターがあり、その足元にルルーシュの姿があった。ナイトメアと比べると人形ほどの小ささであったが、
小さな顔を歪ませ、紫電の端を赤くさせた必死な形相で、ガウェインとランスロットを見ている。
(どうして、静止するんだ)
スザクが言葉を失くしていると、それでも気づかないルルーシュは皇族のマントを風に靡かせて、更に一歩踏み進めた。
「その機体はもともとわが国、ブリタニアのもの!偵察とテロリストたちへの牽制を込めた視察で、無意味な被害は出したくない!
第七皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名のもとに命ずる、これ以上の戦闘は許可しない!」
凍った空気の中、声高に叫ばれた命令は誰の耳にも届き、騎士であるスザクのもとにもその声は飛んできた。
「ルルーシュ、お前、命を狙われているんだぞ……?」
身体だけ機体から出したコーネリアが、異母妹へと告げる。はあはあ、と駆け足できたからか頬を紅潮させて、ルルーシュは小さく
頷いてから答えた。
「……何も、いまここで殺す必要はありません、それに、日本人の前でテロリストを殺すことが、良い結果に繋がるとも考えられません、
どうか、捕虜という形ででも、ガウェインごと始末する事だけはお許しください」
痛切な面持ちで、まるで訴えるようなその声に異母姉は眉を顰めた。ロイドたちも黙って司令官の姿を見守っている。
周りがそう油断した時、頭と上腕部を抑えられていたガウェインが突如動き出した。
「-----------……!」
スザクはすぐに反応したが、それでも間に合わなかった。ブンと振られた腕に機体を押し出され、支えも何もない虚無の空へと
放り出されてしまう。咄嗟に動き出したコーネリアが、空を落ちてゆくランスロットへと手を伸ばした。
「准……っ」
ルルーシュの紫電が大きく見開かれたその先で、反射的な判断でビュンと伸ばしたワイヤーがアヴァロンの搭乗口へ
巻きついた、それによって旋風が起こり、ひとり無防備でいたルルーシュは空へと投げだされないよう地面へしがみついた。
瞳だけはぶら下がるランスロットへと向けて。
やっと解放されたガウェインの内部で、
女は乱れた髪をそのままに獰猛な眼差しを前へと向けて、独り言のように呟いた。しかし明確な意図をもって。
「お前が言っていた以上じゃないか、ブリタニアの騎士……まさかイレヴンであるあの男がお前の姉につくとはな。皮肉なものだ」
ガシャン、と両腕を揺らし、そのままアヴァロンの前から退いてゆく。追おうともしないのか皇女の命令がきいているのか、
グロースターたちは動かない。地上に居るイレヴンやテロリストたちも、少しずつ戦争の場から離れていった。
その様子を黄金色の瞳に納め、再度クスリと声に出して笑い、女はその視線で人を惑わすほどの色を込めて、
ただ一途にガウェインを見上げる皇女を見下ろした。
すぐに引き上げられたランスロットは、そのままトレーラーの中に戻る事はなく、デヴァイサーごと搭乗口の前に居た。
司令室を空けて出て来たルルーシュは、閉じられたコックピットを強引に力で開けようとハッチに手をかける。まさか自力で
後ろからよじ登るとは思ってなかった特派の二人は、ただ唖然とその様子を見守っていた。
が、すぐにその静寂は破られる事となる。パアアン!と脳天を貫く甲高い破裂音がアヴァロンの中に響いたからだった。
パッと片頬を赤くしたルルーシュは、はたかれた顔を抑える事もなく呆然と翡翠を見上げる。スザクは冷ややかな眼差しで、
口元だけいびつに歪ませて少女を見ていた。脱出機能を取り除かれたランスロットの内部で、騎士と皇女が向かい合う。
ただそれだけの光景なのに、臣下にあるまじき行為をしたスザクと、司令官である筈なのに作戦を停止させたルルーシュを
繋ぐ空気は、先ほどの戦闘が持っていた空気と同じくらい張り詰めたものとなっていた。
「じ、准尉……」
「どうして、止めたんです」
「それは、」
「貴方が止めなければ、僕らはあの機体に勝ってた……」
「---------」
「あいつらは、……貴方を殺すと宣言していた奴らなんですよ!?どうして殺すなと僕に言うんです!」
振り上げた拳を、スザクは自分の顔へと持っていった。ガチンッと鈍い音がして、ルルーシュの目の前でスザクは蹲る。
どうにもぶつけてしまいたい遣る瀬無さと八つ当たりたいという衝動を、皇女ではなく自分の方に向けなくてはいけないという
観念に取り付かれて、スザクは固く瞼を閉じた。悔しい、本当に本当にあと少しだったのに。
ルルーシュはそんな騎士の姿に眉を顰めるも、殴った事を責めたりはしなかった。そっと腕を伸ばしてただひと撫で、青年の背中を
擦ったくらいで。
そんな二人の姿を眺めながら、コーネリアたちがロイドたちに近づいてくる。アヴァロンが受けた被害は、最近のブリタニアでは稀に見る
甚大なものとなった。これから頭を悩ませてくれる事態について、話し合わなければならないのだろう。
折角あと少しでこちらもガウェインを取り戻せると思ったのに、本当に今回はついてなかったなあ、とロイドは腕を投げやりに
天へと伸ばした。セシルは複雑そうな顔をして、俯いている。
そしてコーネリアは、上で向かい合う主従の片割れ、異母妹へと冷静な眼差しを向けて、口を開いた。
「ルルーシュ、……ガウェインにもしかしたら居るかもしれない奴を気にして、停戦させたのか」
「!……それは、」
「お前がそんな状態であり続けるのなら、もう軍事には関わらせない」
それだけ言って身を翻した。ルルーシュは固まったまま、去り行く姉の背を見下ろしている。
ただその空間を無音だけが支配していた。
シンジュクゲットーの壊滅宣言も撤回させ、これからやっとの事で降りてくるだろう姉たちの事を思いながら、
クロヴィスはバトレーの帰還を待っていた。彼には先ほど、逃げ出したある人物の消息について調べてもらっている。
まさか、ちゃんと薬浸けにして、閉じ込めておいたはずなのに、檻を開けたのは誰か。
紫暗を鋭くさせて、玉座の方へ腰をつけた。そうだ、今自分はエリア11の総督。この土地を管理し、納める者として
当然であるべきものと引き換えに、ある実験を進めていた。
「くそ、どうしてこんな急な事態に」
「------どうしてでしょうね?」
ガシャンガシャンと重い音を立てて、玉座を覆う絨毯から外れた、冷たいタイルの床をブリタニアの兵士が歩いてきた。
しかし、装いは歩兵隊の軍服であるのに、中に居る人物からはそんな気配は微塵も感じられない。クロヴィスは咽喉に張り付いた唾液を
飲み下し、肩から腰までを伝う震えを背中で感じていた。兵士の登場によって半身がまったく動かない。
「貴様、なぜこんな所にまで踏み込んできた」
そうまで言うのがやっとだった、頭の隅では解っていたのだ。現在、片手に掲げた拳銃と、もう片手には側近である将軍の生首を持つ、
その兵士が……誰であるかを。
クロヴィスはごくりと唾を飲み込み、ポタリポタリと兵士のもつ首から滴る血液を見送りながら、乾いた呟きを洩らした。
「お前、------脚の方はいつの間に完治したんだ」
「嫌ですね、異母兄さま。あれからもう三年の月日が流れたんですよ。久しぶりに見たお姉さまも、随分と綺麗になられていた」
「ふん、や、やはりガウェインを奪ったのは、--------お前だったのか、ナナリー」
その言葉と同じくらいに、甲高い音が執務室内に鳴り響いた。兵士が手にしていた将軍の頭部を放り出し、被っていたヘルメットを
床へと投げ出したからだ。するりと長い髪が白磁の頬を滑り、閉じられた瞼はそのままに、優美な円を描く唇は柔らかな色を持っていた。
ふわふわとした栗色の毛並みは、声質と同じだけ見る者に優しさをもたらしていた。しかし、少年を包む気配は違う。
ナナリーと総督に呼ばれた人間は、恭しく胸の前に腕を翳し、ク、と咽喉を反らして見上げるようにクロヴィスへ顔を向けた。
「お久しぶりです、殿下……」
ヘルメット越しではないその声は、凄絶なまでに落ち着いた調子であった。カクン、と折れた膝はそのまま床につけ、
臣下が主にするような礼の形をとる。尚も脅えるように見下ろすクロヴィスの前で、ナナリーは一度だけ笑った。
「貴方たちの元へ帰って参りました。----------すべてを変える為に」
手にした力と捧げた力。ゲットーの地下にまでやってきたテロの集団は、個々に散らばるように去っていった。
そうしてガウェインの足元に腰掛けた女は、腰まであるライトグリーンの髪を両手で梳りながら、自分の機体と同じだけ
重々しい、赤いナイトメアから飛び降りてきた少女を見上げた。二人同じ場所に揃えば、それだけで華やかな場面へと切り替わるような、
それだけ二人の持つ雰囲気は他の人間とは違った。……まあ、面白そうに黄金色の瞳を瞬かせる女より異様な気配をもつ人間は
居ないと思うのだが。
「C.C.、--------ゼロは?」
「さあ知らんな。私はここで待っていろと言われただけだから、後はもうお前の自由にしていいと思うぞ」
「そんな勝手な……、貴方はゼロの」
「契約はしたけど恋人ではない、友人でもない。私は元々相容れないものなんだ。あいつの目的が叶うまでという約束で傍に居る。
勝手な妄想を働かせるな」
フン、と鼻で笑ってC.C.と呼ばれた女は奥へと駆けて行った。
女は進んだ先に居る気配に立ち止まり、カチャンカチャンと踵を鳴らしてやってくる一人の少年へと顔を上げた。地上から差し込む
日の光に照らされて、飛び散った血液に彩られた面差しが浮かび上がる。瞼を閉じて歩いていても、気配だけで周りの障害物を
避けるこの少年は、少しだけ怖いと思う、しかしそれを口にはしてやらず、C.C.は艶やかな笑みを深くして、
ナナリーへと手を伸ばした。
「復讐は果たせたか?」
「……これからですよ、戦争は」
視覚もないはずなのに、伸ばされた指先にそっと手を触れさせる。
見れば少年の足元にもべったりと血がついていた。至近距離で誰かの返り血を浴びたような、いや、誰かをすぐ傍で殺めた事を
それだけで察する事が出来た。
「私は、お姉さまとは違うから、手加減はしません」
鼻から耳にかけられた紅い描線を気にもせず、ふふと小さく声に洩らして笑う。そのはずみで綿のような栗毛が揺れた。
「そうだな。確かにお前は最高のエゴイストで独裁者だ」
「有難うございます、……頑張りましょうね、私達」
触れた指先を絡めてきゅ、と力を込めた。これからが本番、ここからがスタート。どんなに遠い道のりであろうともかならず手に入れる。。
三年前一度離してしまった手をまた繋ぐ為に、憎んでいるのか愛しているのかも解らない感情ひとつで、
ナナリーはルルーシュを求めた。
……もう隣には、自分とは違う別の人間が居ようとも。
エリア11の軍本部からアヴァロンの方へ緊急回線が開かれた。
受信したのはその時司令室に居たルルーシュ一人。画面に映るのはずっと待ち焦がれていた人物。後ろには禍々しく壁に飛び散る鮮血と、
中央には半身を返り血に浸す、懐かしい片割れの姿があった。『あ』と細い声で呼びかけようとも、画面の人物は赦さなかった。
ルルーシュは一目見ただけで解る執務室の惨状に、自分たちが空で攻防していた間に弟が異母兄を殺した事が解った。
「ナナリー……」
ふわり、と柔らかく口元を綻ばせたその少年は、呆然と見上げる皇女にただこれだけを伝えた。
「私の手を離した責任、ちゃんと取ってくださいね」