手を、伸ばす。彼女は僅かに瞳を見開いて、それ
を差し出した男を見上げた。彼のほうはそんな風に見つめ返されると
思っていなかったから、逆に気持ちのほうに照れがきてしまってすぐに手を引っ込めようとする。
けど、逆にそうしてくれたから、彼女のほうは安心したのか自分の右手を彼へ伸ばして、引こうとしたその掌に重ねてみせた。
間に羽根のようなものを挟むような、そんな柔らかさで、------である。
そのまま指と指を絡めて、今度こそ確かに手を繋ぐ。彼女は笑っていた。幸せそうに笑っていたのだ。
その微笑だけで青年は満足していた。最初からそれだけで良かったのだ。騎士として必要なことなんて。
『ルルーシュ』
唯一にして絶対の存在を自分の中に占める女性の名前を呼ぶ。
優しく耳に吹き込むように呼ばれた彼女は、また微笑みを顔に浮かべて、次は自分が、と彼の名前を呼んだのだ。
「枢木スザク、前へ出よ」
鉄の鎖にでも戒められているんじゃないかというほど重い、両足に力を入れて立ち上がる。
場所は法廷。真後ろに拳銃を所持し、それをスザクへと向けるのはルルーシュの元親衛隊、ジェレミアとヴィレッタ。
軍事におけるその場所の裁判官でもあり最高責任者は、ルルーシュの異母姉でありこの国のエリア11新総督
コーネリア・リ・ブリタニア。
おもむろな動作で彼女のすぐ目の前にまでやって来る。瞳の焦点はあまりついていなかった。その翡翠は今、沼のように暗い。
背中はがっくりと項垂れ、両腕は後ろで自由に動けないようにと拘束されていた。そして彼が身に付けているのは拘束衣である。
------------つまり。
「枢木」
この軍事裁判は全国に向けて放映されている。当然、親しかったアッシュフォード学園にも、他の駅前にあるような街頭テレビにも
流れている。
すぐ真下にまでやって来たスザクの顔を目にすることになったコーネリアは、いくら自分にしかやれないからといって、この質問を
彼に対してしたくはなかった、と切に思った。
彼女はルルーシュのことを許し切れてなくても、そのルルーシュがスザクと未来を生きることを
決めていたのは知っていたから余計に。この裁きをスザクへ下すのは心が許せないと、理性が叫んでいた。しかし、まるで
先を促すかのように翡翠が鋭くコーネリアを射抜く。
「……、」
目の前の机についた拳を、握りしめた。その様子は勿論周りに立つ者にも見えている。いや、見ていなくてはいけないのだ。
この場に居るほぼすべてがルルーシュへ成したこと。それを受けたことによる彼女が導き出した結果を。”彼ら”は。
心と身体に刻み付けていなくてはならない。
「ブリタニア軍エリア11総督にしてコーネリア・リ・ブリタニアの名において下す」
「……はい」
「二週間に渡る審議の結果、貴公が騎士侯として果たしたことは国そのものを揺るがす極刑ものの行為とされる。故に、
その任務と地位を剥奪し、ここに全判事の承認をもって刑を言い渡す」
無慈悲に、”それ”を口にする。
……『はい』とスザクは答えるのみだった。もう顔はあげられない。傍聴席に居る二週間前までは上司であった
彼らの顔も見ない-----------スザクは、そのままやって来た兵士に両脇を掴まれて法廷を出て行った。処刑はすぐにでも
行われる。コーネリアは何度も、例え結果として出てきたものを目にしても、スザクに確認をとったのだ。本当にお前がしたのか、
やったのか、……と。裁判に持ち込む前に、二人きりで。
けれど、スザクはその何度も続いた質問に、どれも同じように頷くだけだった。
相違ありません、と。
瞳はコーネリアを映さない、彼の視界はあの時あの瞬間に黒く塗りつぶされたのだ。隙間もなく。
だからどんな眩しい光にも、人にも、それは壊されることはない。再び”彼女”がやって来て白く塗り替えてくれるのなら
話は別かもしれないが。
セシルは神根島でスザクとルルーシュに起きたことを、その軍事法廷では語らなかった。唇を噛み締めて、特派の腕章を
腕で掴むのみ。
そして今傍聴席からスザクへ対する判決と処罰が下されるのを見ても、その閉ざした口を開くことはなかった。
スザクに与えられた罪状は二つ。
皇族殺しに、職務放棄。彼は私怨でルルーシュのもとから立ち去り、シュナイゼルをその手に討ち取り、ルルーシュを死なせたのだ、と
世間には公表された。それを彼自身も否定しないから、余計、矢面に立たされるスザクが市民に与えたものも大きい。
イレヴンで一部スザクを崇拝してた者は、生粋のブリタニア人に迫害を受けるようになった。
そしてブリタニア人は、もう名誉であってもイレヴンを信用しなくなった。
軍内においても差別化が起きてしまったのだ。
その、イレヴンとブリタニア人の主従であった前総督のルルーシュと騎士スザクは、もう、戻らない。
目の前に見えるスザクの後姿が、神根島でアヴァロンへ帰ってきた時のことをセシルに思いださせた。彼は動かないルルーシュの身体を
抱いて、ロイドと横並びに歩いてきていた。砂浜の、足場も悪い海岸で彼らを待ち焦がれていた自分は、絶句して動けなくなる。
時が完全にルルーシュの中で停まったということは、死ぬこともないということ。
それを一時は望み、けれどスザクによって早まらせてくれることを願ったロイドは、静かに眠るその瞼を一度だけ撫ぜたのみ。
スザクだけはアヴァロンに戻っても、ルルーシュの身体を離さなかった。ロイドもセシルの存在も感じずに、ただ、鞘を失くした長剣と
己の主君の停まった身体を膝に抱いて、政庁へ着くまで、眠りもせずに。ずっと。
そこから彼はロイドにルルーシュを預け、コーネリアとギルフォードにすべてを報告した。証拠としてシュナイゼルの血に濡れた
手袋も差し出した。『自分は憎い男を殺すことばかりを考え、主君である彼女の手を離した。結果、守りきることも出来ず
死ぬよりも辛い目に合わせてしまっている』と。そこから審議は開始され、スザクは軍に拘束された。
セシルはその日からスザクと面会することが出来なくなった。勿論、軍の牢に納められているからというのもあるが
何より、何と謝っていいのか解らなかったのだ。
スザクは明日にでもその刑に処罰されることになる。
只のイレヴンとなった彼が、亡き主君の騎士であったその罪に、身を捧げる。
何という皮肉だろう。だって彼は、親も斬首されたこの日本で、自分も同じように命を散らすことを選んだのだ。
終りを見続けている
「ジェレミア卿、五分だけ時間頂戴」
へ……と振り返った時には、既に自分の視界は天井にあった。あのロイドが機械を弄る大切な手で、人の鼻っ柱をぶん殴った
からだった。『五分だけ』と言いつつ、彼は一秒もジェレミアに喋ることを許さず、昏倒したその身体から軍のほうの地下にある
懲罰房の鍵を取り出す。さささ……という軽い身のこなしで、ロイドは深夜、政庁地下の特派のブースから大学部を通り
外へと足を向けた。
伯爵という地位を使ってもいいが、既に処刑が決まった彼に会うともなれば絶対に公安軍のほうは良く見ない。自分と彼の関係を
知っているというのもあるし、宰相とその異母妹を殺した騎士という罪そのものが、国にとっては大きな問題となっている
からだった。各地で起きている反乱に、スザク自身はどう思ってるかはロイドは知りようもないが。
緑色の薄暗い明かりに包まれた低い天井の通路を、渡り歩いた。すぐに鍵に書かれてある番号の牢に辿り着き
中の様子を窺う。
スザクは拘束衣に包まれたその身体を壁に凭れさせ、小さく高い位置にある天窓から差し込む月明かりに、翡翠を細めていた。
その横顔がピクリ、と動く。すぐ前にある格子のとこまでロイドが来たからだった。
口元を厚いベルトで覆われているので喋れない。けれど構わずにロイドは口を開いた。
「不思議に思ってるだろう」
「……」
「僕がどうして、君を殿下に近づけたのか。……今も」
座り込んで、その翡翠を覗き込む。微かにだが頷く気配があった。
「君と殿下が一緒に居るのが、ただ嬉しかったからさ」
「……」
「本当だよ」
そう、と瞳が伏せられる。首肯の代わりである。
「殿下はあの通り、自分が本当に欲しているものは何か、常に自問してきた子だった。そんな風だったから、僕たちは漬け込めたんだけど
殿下にはずっとその”欲していて足りないもの”が穴ぼこになって、空っぽな状態が続いていた。そんなままでもいい、と願っていた
けど、実際、その考えは変わったよ。僕は後悔するようになった。殿下を縛ったことをね。そしていつか、君が本当に殿下の騎士になって
その殿下が君のことを好きなようになったら……自分のしてきたことを清算しようと、償おうと思ったんだ」
だから君の背を押すようにしたのも、エゴかもしれない、と続ける。
「憎むかい、--------僕を」
「…………」
「憎むかい、殿下を」
息を呑んだ。拘束衣の袖がピリ、と引き攣る。
「……君の気持ちを最期に裏切った殿下を……許せるかい」
確かめるように囁いた。その説き伏せるようでもある響きにスザクは首を振る。頑ななまでに揺るがない意志というように、
翡翠に刃のような鋭さを秘めて。
「そう、----------許さないがいいよ。スザクくん。……だから」
ロイドは手の中に転がしていた金属を、スッ……と牢の中に滑り込ませた。それが膝に当たって、何なのかを知る。鍵だ。
どんな目的があって明日処刑される己にそれを差し出すのか、解らずロイドを見上げる。
既に立ち上がりこの場から去ろうとしていたロイドはその視線を受けて、……少しだけ悔しそうに、笑みを見せた。
「前にも言ったね」
背を向け、足音も立てない軽さで立ち去った。
「殿下を好きになってくれてありがとう、スザクくん」
『身体をあげる代わりに、私の業も背負ってもらいます』
神根島で見た幻影。いつしか対峙したままの姿で現れたナナリーに、スザクは助けられた。
その時繋いだ指先から流れこんできた何かが、自分の奥に留まり続けていた”縛り”を取り去った。そうであるから今
------------こうして辿り着いたルルーシュの前で、彼女の身体を抱きながら咽喉を震わせられるのだ。
「殿下……」
細い柳のような肢体、白い膜で覆われてるんじゃないかというほどの日焼けを知らない絹のような肌、薄い瞼、
軽く開けられた唇。
首元に顔を埋めながら、肩越しに閉ざされたままの瞳を見た。微笑まれる度に嬉しく感じた、紫電の色。
あれが何の躊躇いもなく向けられ、自分に注がれていたから、スザクはルルーシュの隣に居られた。
だからどうしても今、その身体に触れると、触れてしまうと、抑えがなくなる。こうなってしまったのは自分が悪いのに
彼女の手を離した自分のせいなのに、……汚くも彼女を罵ってしまいたい、現実を認められない、そんな衝動に駆られる。駄目なのに。
でもそれだけ悔しかったのだ。ルルーシュがどうして再び自分の意志で、自分の時間を停めさせたのかは彼女でない限り解らない。けど
待っていてほしかった。あの時も。いつだって彼女は騎士である自分をどんな危機にいても待っていてくれた。それがどうして
あの時は……。
スザクはルルーシュの檻になりたかった。でも、彼女自身が作った檻は、例えスザクでも助けられない。
抱き上げていた身体を、またシーツに戻した。肩のあたりまで伸びた黒髪が、首から離れるスザクの腕に絡みつく。そして離れる。
寝息もない呼吸もしない人形のような体であるけれど、その触れた感触は、スザクのかさついた手に与えてくれる潤いは、
何も変わってない。
いつだって自分を癒してくれていたじゃないか。
どうして貴方は、
「ルルーシュ……」
何度も呼びたかった名前。一時は呼ぶことさえ奪われていた彼女の名前。
スザク、と、呼び返されることを望んだ。けど人形の身体は無言。時を停めた理由は知らない。押し倒すように
両脇に手をつくスザクを、その閉じられた瞳は見上げもしない。
(ねえ)
虚しさに鼓動がしんしんと静かに高鳴りだしていくのを感じた。
(ねえ)
問いかける。貴方は眠ることが満足だったのか、と。
しかし答えない。答えられるはずがない……生を放棄した彼女。スザクの泣いている理由が解らない彼女。
ルルーシュは、もう居ない。
自分自身が一番強く知っているはずなのに。
カチャン……足元に何か落ちる音がした。
痩躯から身を起こして、それを手にしようとベッドから屈みこむ。が、触れる前に宵闇にも明らかになったそれに
スザクの動きは固まった。
純金の片翼がモチーフとされた騎士証。
そして、合わさるように出てきた両羽に形を変えた、スザクが少佐になってからつけるようになった騎士証。
中心の宝石が翡翠であることから、ルルーシュ自身のものであろう。きっと着替えさせる時に服から外れて出てきたのかもしれない。
いつも二人で政庁に居る時は見につけていたそれ。最初は何だか格好つけてるような気がして、自分の紫色のそれは
あまり大っぴらには見えないようにポケットか襟元に仕舞っておいていた。
それを誓約したての時、ルルーシュはどう思ったのだろうか。『そんなに俺相手が嫌なのか』と、スザクの膝を蹴ってきた。
そんなわけじゃないです、とスザクは慌てて反論したのだがルルーシュは気に入らないのか口を尖らせて、自分の胸元につけている
翡翠のそれを手にとってみる。
何をするんだろう、と静かにして見つめていれば、突然、ルルーシュはその騎士証にキスをしたのだ。ぼぼぼっと擬音で現せば
それほどの勢いがあるというくらいに赤面する。
何するんだ!とそこで怒鳴ったらふん!と照れになのか彼女は顔を背けて『これぐらいしてみろってんだ』と
それだけ口早に言って、スザクの元から立ち去っていってしまったのだ。意味もわからず、スザクは数日間まともにルルーシュの
顔も見れなかった。お互い口もきけなかった。
まだ自分たちが相手のことを階級と地位で呼んでいた頃の話である。
ルルーシュの身体をロイドに預けて、世間的にはシュナイゼルもルルーシュも共に亡くなったことにされている。
しかしその身体は、スザクも今牢を抜け出して来ているアッシュフォードの大学部にあった。ミレイがその部屋をロイドへ
明け渡したのだ。ろくに事情も話さず、ただ匿うように運んできたルルーシュの身体をどことなく切なげに見て、
ロイドとセシルにも居場所を与えたらしい。むしろ、二人が望んだのかもしれない。ルルーシュの傍に居ることを。
(……でも、僕には出来ない)
自分は騎士だ。……彼女を守るようで実は守られていた、ろくでなしで役立たずに終わった騎士だ。
「けど、殿下」
許してほしい。貴方を赦さずに離れてしまうことを許してほしい。
拘束衣の身体をベッドから降ろして、眠り続ける痩躯を見つめて、堪えきれず背を屈めて、額と頬と唇にキスをした。
-------------それでも伝わる暖かさ。
(ああ)
「ルルーシュ、好きだ」
返事も要らない告白をする。
枕元にあった彼女の騎士証と隣りあうように自分の騎士証も置いて。
「ずっと、好きだ」
うん、と、いつだったか胸の内を明かした時のように頷いてくれる声があったらよかったのに。部屋は静寂に包まれたままだ。
自分も彼女も責める者は誰も居ない。でも、スザクはルルーシュ自身の選択を責めるし、非難するだろう。あまりにも正直すぎる心。
そうであるからスザクは、訪れる運命に逆らわずこの身を投げ出すのだ。
沢山の絵画が並べられてる回廊。そこは緩やかな時間に包まれ、昼も夜もない生活を人々は送っていた。
その様子を回廊ではなく、その外である窓の下から、ルルーシュは覗いて見ていた。自分の目の前で命を落としていった人たちが
思い出ともされる絵画を前に、賑やかに談笑していた。ルルーシュは自分がそこへ入れない理由を知っていたので、ずっと
窓側から彼らたちを見守っている。その中に、当然ナナリーも居た。シュナイゼルも。みんな楽しそうだった。
「お前はそれでいいのか」
背後に、自分と同じ異分子が立つ。ルルーシュは兄弟たちから視線を離すことなく『何が』と訊き返した。
「あそこにいるユーフェミアもナナリーも、お前をその身体から解放しようとして枢木スザクにすべてを預けたんだぞ。
それをお前が破棄したんだ。拒絶といってもいい」
「元々俺は頼んでなんかなかったよ。むしろ二人には、そんな真似せず生きようとしてほしかったくらいだ」
「ちゃんと理由があってした行動じゃないか」
「けど俺は、そんなので自由になるより、俺の為に尽くしてくれた人たちが楽になるような道を選んだの。
だって考えられない……俺を殺したあとで負うスザクの苦しみを。そんなことになるくらいなら、俺は俺自身を解放することよりも
戒めることのほうに力を使う」
そのせいで、永遠にあの空間に入れなくても、いい、と言う。
「いつ現実に還れるか解らないけれど、……大丈夫だ、って何処かで感じるんだ。今度こそは、あいつと一緒になれるって信じてるから」
ルルーシュは覗いていた窓枠を完全に締め切り、兄弟たちの姿と思い出を写したキャンバスから顔を背けた。
そして見つめる先に居るC.C.へと、笑顔を向ける。はにかむようでいてどこか儚い……それを見た人間が安らかに包まれるような
安心感を覚えるそれを。
「C.C.」
「ああ」
「扉の中の世界は居心地がいいか?」
「そんなに悪くない。……だが、騎士団の生活のほうがスリリングで楽しかった」
そうだ。お前がナナリーに答えを出してやったから、あいつはゼロを辞めてしまったんだぞ、と言う。
そんなのは姉の責任じゃない、と苦笑した。
「俺は扉にも拒絶されたから、暫くはそうだなあ……、此処からそっと、ユフィたちを見ていようかな。
その後のことはまた考えることにする。のんびりと、一人で」
その場に膝を折り、ルルーシュは背を丸めるように座った。C.C.はじっとそれを見つめて、はっと小さく笑う。
腰まであるライトグリーンの髪を手にとり、背中へと流した。
「孤独じゃないのか」
「……大丈夫」
くす、と笑みを零して、空中に伸ばした掌を握りこんだ。紫電を柔らかく細めて、その先に居る誰かを見つめる。
「一人じゃない」
だから俺は選択したんだよ、と最後にC.C.へそう口にした。
公開処刑が政庁広場で執行されたのは、その日の昼三時を過ぎたあたりである。
兵士数人、ジェレミアやヴィレッタの皇族側近の親衛隊に囲まれるように引導されてきたスザクの表情は、法廷の場で見た時の顔とは
別人のように、澄んだ色をしていた。セシルはブリタニア国旗の幕から這い出るように処刑場へ立ち入り、中継カメラの山も抜け
スザクの前へ突き進んだ。
「スザクくん!」
その声に、足を止めて彼は振り返った。兵士たちがどよめき、舞台の下に敷き詰めるように入った民衆は、
中央を二つに分けた通路の真ん中で見つめ合うセシルとスザクへ視線を注いだ。観衆の目を独占した二人は、見つめあったまま動けず。
特派も解散し、学園の庶務の任についたセシルは、腕章をつけていた腕を掴んだままスザクの顔を見上げて、……俯いて、
何を口にしていいか解らなくなる。
けどスザクはどこかで、ずっと女史が話したくても口を開けなかったことを知っていた。その内容も、そうなってしまった理由も
心のどこかで感じてて。
だから純粋にセシルを映した瞳を細めて『大丈夫です』と、笑う。え?とセシルが訊き返したら、彼の目線は既に空にあった。
特派----------ロイドとセシルがしたことは、全部認めている。
ルルーシュが笑って認めた。辛かったろう、とまで言っていた。あの笑顔は決して無理をして浮かべたものではないと知っていたから
もうスザクから責める気持ちはない。
日数をおいて、やっと考え付いたのだ。……これはルルーシュが選択したことで、そして、ルルーシュが望んだもの。
それを否定することは自分の彼女への信頼と敬服、愛情をも否定してしまうことだと感じて、スザクは気持ちを軽くするために
ではなく、むしろルルーシュの騎士というスザクに殉ずる思いで、この刑を受けようと決めた。
だから。
「大丈夫、セシルさん」
「……スザクくん」
「大丈夫だから。見ていて」
この存在を示す。------------世界に。
何も恥ずべきことはない。
そう、だから、
(前を向いて)
台が設けられ、その前に膝をつき、首をくぼみの辺りに嵌めるよう寝かす。すぐに上から布で顔の前を塞がれた。光が遮断される。
スザクの首に刀を落とすのは、同じくルルーシュの親衛隊であり騎士であったジェレミア。彼はスザクの首筋に刀を当てて、
大きく天へ振り仰ぐ。
コーネリアとギルフォードは民衆席のすぐ前に背を逸らして立っていた。当然目をふさがれたスザクとは視線は合わない。しかし
口元がすこし和らいでいるのを見た。それを知ったコーネリアは、口を手で覆う。
ギルフォードが合図の為に挙げていた手を振り下ろそうとする。そのタイミングと当時にこの処刑は終わるものだった。
------------そう、終わるはずだった。
だが広場に集まった全員が見ている前で、突然ブリタニア国旗が炎に包まれた。何者かがそこに火を放ったのは明白である。
唖然とする中、風のような速さで中央通路を駆け、舞台まで突き進む影があった。速すぎてシルエットすら解らない。
刀を持ったままジェレミアは銃へと手を伸ばし、それへ向けようとする。が、スザクのすぐ前まで到達し静止したそれは
銃で仕留められるようなものではなかった。
港での攻防で消失したと思われていた紅蓮のナイトメア。
それに続くように無頼が続々とやってきた。すぐに警備に回っていたナイトポリス含む親衛隊のKMFが
彼らの機体に立ち向かう。しかし突然の猛攻に叶うばすはない。コーネリアは紅蓮の真下に、ジェレミアは出ようとするが
首元に突きつけられた爪が、それを食い止める。
何のためにやって来たのか。何も動けず呆然とする間に、無頼から降りてきた元騎士団の団員たちが処刑される人間である
スザクの身を拘束する。抵抗しようと身じろぐのだが、紅蓮から姿を現したその人物に彼の動きは止まった。
黒のサンバイザーのような仮面で顔半分を覆った赤髪の団員が、周りを牽制するように銃をつきつける。
そしてスザクへと顔を向けて、左手を差し出した。
けれど全力で彼は首を振り、団員の手も振り払おうとする。その姿勢と態度に、迷わず赤髪の人物は銃を足元に撃った。
「-----------何てことを!」
一発の銃弾がスザクの足を貫通し、その場に身体は崩れ落ちる。見守っていたセシルが踏み込むよりも早く、元騎士団の群れは
後退していった。誰か優秀な指揮官の存在が、奥に隠れているような機敏さである。
銃を撃った団員は紅蓮の中に、負傷させ気を失わせたスザクの身体を捻じ込み、最後に獰猛なその爪で舞台をかち割るように
砕いていった。公開処刑の場はそれにより沈黙し、決行しきることなく終わった。--------突然の事態に軍は何も出来なかった
のである。
黒の騎士団は壊滅していなかった。その事実だけを残して。
「利用出来る駒は利用するのみ」
「我ら日本の勇士を集め、決起したこの騎士団こそが、日本を建て替えるべき存在となる」
一人の老人が御簾の中に座し、外の座敷には二列となって並んでいる人間が居た。彼らは港での攻防の後、解散しかけた
騎士団の人間を匿い、ずっと息を殺して、来る時を待っていた人物たちである。
「再建すべきは、七年前に滅びてしまった母国日本」
「今こそ我々日本人が」
「ブリタニアから国を取り戻す時」
腰に下げていた長刀を手にし、それを天へ掲げる。
京都六家を支えてきた桐原が見つめる前で、掲げられたそれが目の前にいる同志たちと
団結を深める為に、確かな金属音を立て重ねられていた。
その音を遠く耳にしながら、カレンはまだ包帯の残るスザクの身体を、紅蓮のコックピットの中に寝かした。そして新たに傷を
つけてしまった片足にも目を留める。そこを持ってきた包帯と消毒薬で一応の応急処置をした。彼は目覚めない。
その額に、指を伸ばして触れる。くせっ毛な長い前髪を分けて、そこにぺたりと掌を当てて見た。
「貴方の中に、ゼロがいる」
ゼロとは、スザクのへ身を預けたナナリーのことである。しかし、気配は同じ。カレンはそれを強く感じたから
自ら命をブリタニアへ渡そうとするスザクの身体を奪取した。------------そう、彼さえ自分たちの傍に居てくれれば。
(貴方はゲンブ首相の息子)
(そして私たちの仇、シュナイゼルを討ってくれた)
止血のために巻いていた包帯を、端でぎゅ、と固く結ぶ。
「だからね、スザク」
貴方の中で戦いは終わったのかもしれないけれど、まだ続いてるんだからね。
カレンがそう言い聞かすように見つめていた先で、翡翠を納めている瞼が、僅かに震えた。
それに気づき、痛むのだろうか、とまた手を伸ばす。それをスザクにとられ、カレンは身を強張らせた。
しかし、何処か囁くように、うわ言でも呟くかのように、ただ一つの名前を彼は口ずさんでいるのみ。
「……スザク?」
じ、と凝視していた。
スザクは瞼の裏でやっと見つけた彼女に、安堵の涙を頬に零した。
公開処刑の場が騎士団の残党により荒らされたとの報告を受けたロイドは、大学部の研究室からすぐにルルーシュを安置している
部屋へ駆け出した。
スザクの消息は途絶えた。
それを知っているのか、感じたのか、昏々と眠る彼女の身体は、異変に襲われる。
ロイドが目にしたのは、筋肉の抜け落ちた細い手が、天井へ向って伸ばされている光景だ。
何かの引力にそれは挙げられているのか、中々下へ落ちない。けれど、数分もしないうちにパタリと、簡単にルルーシュの手は
シーツに落ちた。
駆け寄って彼女の顔を見下ろせば、そこには変わらずの柔らかな笑みがあった。
初めてそこでロイドの身体から力が抜け、床へどっと腰を落とした。天井へ伸ばしシーツへと投げ出した手は、緩く握りこまれている。
まるで隣にでもいる人間と手を繋いでいるような形である。それを見つめながら、ロイドは歯をぐ、と食いしばり、
ルルーシュへと深く頭を下げた。床にはぽつぽつと水滴が落ちていく。
(……手を)
離さないで欲しい。
いつだって俺は伸ばしているから。
自信がないのか頑張り屋で、照れもあったのか最初のうちは中々騎士証を胸につけてくれなかった。背広からポロッと落としてるのを
見た時は絶句したぞばか。でも、お前は誰より俺の傍に居てくれて俺に優しくしてくれて俺に愛情を向けてくれた。
全部解ってるし知ってるよ。
幸せとはきっとこういうことだ。……だから、せめてもあと少し時間を置いたら、今度は俺から迎えに行きたい。
俺のせいで命を失くしてしまった兄弟たちが、彼らの安らかに過ごせる世界で笑いあっているのをもう少し見てから、
俺は目覚めるよ。
時を知らないこの身体は、特に成長もしないと思うからきっと気づいてくれるんじゃないかな、と思う。
ちゃんと姿を見せに言ったら、お前が好きになった俺だと、確認してね。
『スザク』
呼んだらいつも恥かしそうに振り向いて、笑ってくれる彼。
あと少し、また会えるだろう未来で、その笑顔を見れることを信じている。