あの絵本は、確かマリアンヌが『知人に貰った』 と言って、持ってきたものだった。
ルルーシュはひとつしかないものを一人にしか与えられないという摂理と、そこから生まれた戦争の話に頑なに首を振って
耳をふさいだ。

けれど今なら別の読後感を味わうことが出来るだろう、とルルーシュはその原書が展示してあるサロンまで足を向ける。
スザクも眠るベッドをそっと抜け出してきたのだ。まだ瓦礫から全然復旧されてない場所から、掬い取るように
埋っていたそれを取り出す。
サイズは抱えないと持てないほど大きいのに、ページ数はそれほどにない。
すべてが手書きだとされるその文章は、よくよく見れば本当にロイドの筆跡と重なるように見えた。
(といっても、ルルーシュはサインする時以外で彼がペンを持つのを見たことが無いが)

壁に背を預けて本を膝に抱えながら、ページを捲る。
これをどういう経緯で書くに至ったかは、知る必要もないと思う。だって彼はいつだって自分のやることに理由をつけないし
そもそも根拠のある行動自体を嫌うふしがあった。軍内でもKMFのこと以外口を開く姿もなかった。
ルルーシュは一枚一枚、読み聞かせてくれた母の声を思い出しながら、見て行く。
そして最後のページ……本来なら奥付かあとがきがくる場所に、ひとつだけ文章が記されていた。
それがあることを知らなかった。いつだって読んでもらう時は最後まで自分は聞けず、弟の手をひいて立ち去ってしまっていたから。
だから、
……恐る恐る、その一文を読む。
これも勿論、ロイドが書いたものなのだろう。

「…………」

戦争を起こし、父親を殺した少女は自由を得た。けれど、物語の結末はそこでつかない。
その後が書かれてあったのだ。

”人々は悲しむようになった。
王女であった現在の王、国を支配するようになった彼女はそのことにとても満足していた。
けれど代わりに、国民は笑うようになった。悲しみの裏には喜びあり。王はその様子に歯を食いしばるような悔しさを感じた。

既に、自分だけしか悲しみをもっていなかった。それを解ってくれる人間を欲していた。
ようやく手に入れたその世界に安堵していたのに、王が見ていないところで世界はまた別の形へと変わっていったから。

--------------王であり、父を殺した娘、王女は、『孤独』を知ったのだ”








「……ロイド」











深海の眠り姫
























コーネリアは、明朝出発するルルーシュとスザク、セシルの前にジノとアーニャを引き連れてやって来た。
彼女はこれから、ブリタニアとエリア11を行き来する存在となるらしい。騎士であるギルフォードを補佐として。
その報告を受けたルルーシュは笑顔を向け、ギルフォードやジノと握手をし、アヴァロンに乗り込んだ。スザクは、
その後に続きながら、一度だけコーネリアを振り返る。彼女の実妹であるユーフェミアがどうして死に際に
コーネリアでなくルルーシュに対して手紙を遺したか。……その重みを昨晩知って、指先がまた震えだすのを感じた。
「ルルーシュ」
「……はい」
もう名なんて呼ばれないだろうと思っていただけに、背中を振り返って、動揺する。
でもコーネリアは瞳をぎこちなくだが微笑ませ、手袋の指を伸ばしルルーシュの髪に触れた。
「籍は残しておく」
「……え」
「エリア11はお前の国だ」
「はい」
「ユフィの骨もそこに埋めようと思う」
そうですか、と頷いて、ルルーシュも微笑み返した。そのままアヴァロンがルルーシュとスザクとセシルだけ乗せて
中庭から離れていく。
この場所で兄弟たちとよく遊んだ、と思う。けれどもう懐かしんでばかりも、思い出にしがみついてばかりもいられない。


あの絵本の言葉が、耳から離れなかった。
窓から空の様子を眺めながらも、ずっと頭には眼鏡を取ったロイドの笑顔がこびりついている。『来るな』と言って
自分のもとから消えてしまった彼の気持ちは、今一体何処にあるのだろう。
ふと、横を見る。スザクが両手に菫色の封筒を持ってやって来たのだ。何だろう、と思って顔を向ける。
これはユーフェミアがスザクへ渡した手紙ではない。
「宛名は書かれてありませんが、これは殿下が読まれたほうがいいと思ったので」
皺もつけないようにずっと大事に懐にしまってあったのだろう。
まるで腫れ物に触るかのように手に持って差し出してくる。その彼の仕草がおもしろい、と苦笑しながら受け取った。
「ユフィのと一緒に入ってたのか?」
「ええ。……」
「それで、何て書いてあったんだ。そっちのは」
「手紙ですか?」
「そうだよ」
じ、と、仕舞われてあるだろうジャケットの胸を見る。何故かスザクは言いにくそうに瞳を曇らして、
ルルーシュから距離を空けた。
「昨夜、……一応読みました」
「うん」
「…………、それよりも、殿下はその封筒を開けられたほうがいいんじゃないですか?」
び、と菫色のそれを指す。何だその言い方は、余計気になるじゃないか……と思いつつも、これ以上訊いたところで教えてもくれない
だろうな、と感じ、大人しく『わかった』と頷いた。
ルルーシュは席から立ち上がり、アルヴィオンが居るトレーラーのほうへ出ていく。
その後姿が扉の奥に消えていくのを確認し、スザクは重く息をついて、その場に腰を落とした。


(このことが本当なら、僕はあの人たちのエゴを決して許さない)

--------------殺すよりもひどい、エゴを。




















一体誰からのものなんだろう……と慎重に指先で封筒を開いてみれば、そこには一枚の便箋しか入れられてなくて。
ルルーシュはそれにきょとんとしながら、ランスロットの足元に腰掛けて、手にしたその便箋の文字を追った。










ユーフェミアから送られた手紙には、ルルーシュのことだけが綴られていた。
別段、それに対して何を思うこともなく、スザクは再び取り出したその手紙に目を向ける。
そこには、ずっと地下に潜っていたスザクが知りようのないことが書かれていた。ユーフェミア自身も全て掌握出来ているわけでは
ないらしい。でも、欠片ほどにもった情報の中で繋げてみれば、それがあるひとつの真実になったという、そういうことである。





『結論から言います。
-------------ルルーシュは、死なない、停まった身体です』


アスプルンド伯爵と私の兄シュナイゼルが、ルルーシュのある特質を見抜いて……彼女をそういう身体にしたからです。


『ルルーシュはもともと、軍事には不向きな総帥タイプの人間でした。けれど、彼女は親の存在や弟の才能などからくる
自身への劣等感からか、自分が望んでもないのに軍事入りを志願するようになっていた。……本人も認めてる通り、弟の背中を
追ってたということね。
そして何度かの騎乗訓練。母が死に、それを受け継ぐようにKMFの開発に携わっていくようになって、伯爵と異母兄は、
あるひとつのことを試してみたくなったの。元々は富士鉱山へ行くのはナナリーのみだった。ガウェインはスザクも知ってる通り
一人でも動かせる機体だわ。それをどうしてわざわざルルーシュも同乗させたのか。
先に書いておくけど、マリアンヌさまは事故じゃなく、サクラダイトの汚染による中毒になって死んでいった。普通の人間には
開発途中で精製されてないサクラダイトなんての猛毒でしかなかったの。----------だから、当然、ナナリーは汚染されるものと思って
作戦のメンバーに入れられたわ。
そして、後部に座っていたからといっても、……ルルーシュは何故か無傷だった。目は少し悪くしたらしいけど、中毒にはならなかったわ。
サクラダイトは彼女に対して、外的損傷は与えても、身体に影響が出てきてしまうほどの障害は残さなかったのよ。

私がどうしてこんなことまで知ってるか、不思議に思うかしら。
貴方を安心させる為に書いておくけど、私はある事件で、伯爵と異母兄の異常なルルーシュへの執着に気づいたの。
それは、-------------……貴方が暴走したランスロットからルルーシュを救出した、あの時のことよ』

ユーフェミアはあの時、実験場で特派の動きを見ていたという。
確かまだ整備班でしかなかったスザクも、その場にいる彼女の姿を見て、そこに居るのを知っていた。

『何故あの時ランスロットが一時的にでも暴走したのか。----------それは、ルルーシュはきっと知らないことだと思うけれど、彼女の身体には
生まれながらにサクラダイトや電子系、内的物質を拒絶するそんな特質があったのよ』

港での黒の騎士団との攻防で、ルルーシュはランスロットに騎っていて、特に体質的にKMFとの問題があるなんてのには
疑問を持っていなかった。……でも、そう言えばロイドは、ルルーシュが騎乗しようとするのをあまり薦めなかった。
もしかしたら、それは……。

『彼女の母マリアンヌは元からその特性を知っていて、ルルーシュのことをナナリー以上に扱ってなかった。でも、伯爵と異母兄は
確証が欲しかった。ルルーシュがそういう身体だ、ていうことのね。元々他人であり愛情も無かったその頃の彼らは、富士鉱山のサクラダイト調達
において、強靭なまでのルルーシュのその身に驚愕した。同時に、何でマリアンヌさまが冷遇し、ルルーシュのほうも懐いてなかった
のかが明らかになったんだけど。

この変異性の特質から、KMF開発に従事する伯爵と異母兄の二人は、ルルーシュをある意味で恐れるようになった。
そんな人間居なかったんだもの。もしかしたらKMF自体無くなってしまうかもしれない、そう思うのも不思議じゃないわよね。
だからあの二人はルルーシュを一時的に自分たちの手元に置いた。ルルーシュのほうも、ナナリーを亡くしたことによって痛みを
受けていたから癒しが欲しかったのかもしれないわね。……その時私はまだ異常に気づく前だったから、あの子の周りに起きたことは
何一つ知らなかったわ』


ロイドとシュナイゼル、ルルーシュが三人で過ごすようになった、という文章に
スザクは懐かしいと思う気持ちを強く刺激された。確かに、彼らはスザクが軍につくことになってからはよく共に行動していた。
きっとその時からだろう。
彼ら二人にルルーシュへの情が芽生えたのは。


再び視線を手元へと戻す。
二枚目の後半からは、何処か寂しげな印象を感じる文体で、ルルーシュのことについて綴られていた。


『ルルーシュが年をとらなくなったのは、ナナリーが国から消えた後のこと。成長に対する異変っていうのは、本人はあまり
気づかないようだけど周りは当然のように感じていた。一番に気づいたのはロイド伯爵よ。……当然よね、彼が
ルルーシュにそういう身体になることを望んでたんだもの』

背筋が固まる。うまく頭が回らなくなる。昨日も、これを見て何も考えられなくなってしまったのだ。
ロイドから自分は彼女の成長の異変に気づかされたというのに。
その彼が、……彼のほうがルルーシュへ手を加えてる存在だったなんて。


『KMFの開発から、ルルーシュの身体の特異性に対する興味に移り変わるには、そう時間は要らなかった。
多分、異母兄も伯爵も、彼らなりにルルーシュを思って、不死の身体を迎合したんだわ。誰だって好きな人とはずっと一緒に居たいって
思うもの……無意識に束縛しちゃうよね。それが、見えないけれど確実にルルーシュを拘束する、閉じ込める、
柵にもなってた。
スザク。ルルーシュが死なないって、……解る?本当に自分の意志で、ちゃんと世界と生きてるか、自分で認められない、確かめられないって
ことなのよ。周りと同じ速度でルルーシュは生きてないの。誰かの手によってそれを速められても意味がないの。
ルルーシュは同じ時間を歩めないのよ』


だから、ルルーシュを……と。




そこでスザクは便箋をぐしゃりと歪め、無言でポケットに押し込んだ。
膝がまだ見っともなく震えている。
あの二人が、ルルーシュを愛してすべて勝手にやったことに、どうして彼女が巻き込まれなければならないんだと
憎悪に胸が軋んだ。

好きだから、相手を孤独にしたいなんて、

(……それが少しだけ解る自分が何よりも憎い)


















































三年前のあの事件があって、実を言うと自分は、KMFの開発から外れようかと悩んだ時期があった。勿論、それはシュナイゼルの隣で
彼の異母妹がひんひん泣きながら、実弟の傷ついた身体を抱いていたのを見ていたからである。
けれど日が経つにつれ、異母妹……彼女の成長が進んでいないことに気づいた。昏睡から目覚めてまだ時が経っていないからか、と
思ったのだがそうではないらしい。それ以外にも、彼女の身体は自分を大いに戸惑わせた。初めて慰めるように、ランスロットの影で
泣く黒髪を自分は撫ぜてやったりもしていたし。
無意識にも自分の中で感情は膨らんでいき、気づけば彼女の相談役ともなっていた。……ルルーシュは、自分にされていることが何かも
知らないで、ロイドを慕うように後を付いてきた。シュナイゼルと親しかったせいもあるからかもしれないが、それでも、
彼女に声を掛けられるのが嫌ではなかった。嫌われるより好かれてるほうがいい----------そう思う人間が出てくること自体にも
ロイドは驚いていた。ずっとルルーシュが”そのまま”で居てくれたらいいのに、と思い始めていた。
ゆっくりと崩壊していったのは、いつからだったろうか。きっとルルーシュが騎士としてスザクを任命した時。叙任式。
誓約をした瞬間を目のあたりにした時だった。


ロイドが自分のしていることに、馬鹿らしさを覚えたのは。































ビリビリと紙の裂く音が聞こえる。艦艇の外に出たスザクは、同じくそこに居たルルーシュが手元の便箋を細かく千切っているのに
瞳を見開いた。
「……ちょ、何してるんですか、殿下」
「読んだよ」
「----------それ」
「うん。……差出人不明、ってことにしておいてくれ。内容は、俺とあいつだけの秘密」
「…………」
風が強いのか、白い指先から流れていく紙片は大きく舞って、散り散りに空へと溶けていった。
その様子を一歩後ろで眺めながら、ルルーシュの横顔を見つめる。彼女は夕暮れに染まっていく空を背景にしながら
夜を思わせる紫色の視線を、ずっと遠くへと向けていた。

何が書かれてあったか、互いに詮索はできない。

菫色のあの封筒はきっとナナリーのものだろう、と思う。
きっと彼女はそこに綴られた思いを一杯に吸い込んだから、今は無口でいるのだ。こんな広い空の風に吹かれているのだ。
スザクはそう思うことにする。
……しかし、自分に宛てられたこの手紙は捨てられない。
託されたその使命が、自分には果たせそうもないから、余計に。


どうしてロイドはルルーシュに孤独を与えたかったのだろうか。
スザクにルルーシュの成長を早めるような、……関係を後押しするようなことを、したのか。
本人に訊く以外では知りようもない。

手にした封筒はそのままに、無言でいるルルーシュに習うよう空を見上げる。もうじき夜になって
二人の背景は海と空から、海上にある島へ変わるのだろう。

ふと、思い出す。
初めてルルーシュと繋がった時、ロイドは一瞬でも切なそうな眼差しをしやしなかったか。
それを思い出して、また胸が軋むのを感じた。その時点で彼は、努力しようと思っていたのだろうか。ルルーシュを手放すこと。
ルルーシュに人並みの生を与えること。

兵器なんて使わずに。


(……ああ)
もう少し彼が正直で居たらよかったのだ。シュナイゼルほど強欲にとはいかないが、そんなものではなく
スザクにも出来ているようなことを。……彼ならば特に、こなすことが出来るはずだったのに。




その心ごと、暮れなずむ景色に沈ませながら、スザクは固く翡翠を閉じる。

ルルーシュに与えてあげるもの。
スザクが出来ること。




ぐしゃり。



『お願いします。スザク』

胸の中に封筒をジャケットの上から握りつぶした。
ルルーシュがその様子に不思議そうに振り向く。橙色の雲から紫色に変わっていく空に『綺麗だ』と微笑んでいた。
それに『そうですね』と笑い返す。

出来ません。ユーフェミアさま。……自分には。
自分だから、こそ。






『お願い、スザク。-----------ルルーシュを殺してあげてください』




(貴方にだから頼むのよ)