……"彼ら"にとっての戦争の美学とは、目標と して標的を定めたとしても、決して自分たちからは先に駒を進めないことに
あった。
何故かというと、仕掛ける側である自分たちにとっては、標的である彼らのほうから狙われるその恐怖に負け
自分たちのほうへ向かってくることのほうがより快楽となるからだった。
すぐに根絶やしにして領地を奪ってみたところで、面白みもない。

(けれどきっと僕らはその分だけ、多くの恨みを受けるだろう)

それはこれからの人生で自分が背負うことになる業である。
いつもは眼鏡をかけている顔からそれを外し、ロイドは一人、広間を目指し、そこへ続く道を歩いていた。
豪奢な建物は一変し、コーネリア軍と警備兵が衝突したことから廃墟に近い有様となっている。
あの副総督は絶望したのだ。そうだからシュナイゼルを討ちに来たのだ。けれど、彼が英国から消えたら
ブリタニアは立ち行かなくなるし世界は再び国取り合戦のような、領地争いの乱世となるだろう。


何せ、この国の王である皇帝は、既に地上には居ないのだから。





--------------幼い頃ロイドは、シュナイゼルと共に皇帝が”神”と立ち会うのを目の当たりにした。
いつか、そういつか、あの黄昏色とも見える天上の間に共に行こうと自分たちは誓った。
何故そう思ったのかは、うまく説明が出来ない。ただロイドは軍に入りたかったしその軍の最高指揮官となる人間の傍に居たい
と願ったし、何より、国を駒のように扱っていた彼らに内心では崇拝の念を抱いていたからなのだろう。

顔を上げた先には、既に首ごととられ事切れている、この国の将軍が居た。
他にも皇居や軍施設でよく見たグラストンナイツの面々も落ちている。冷静にそれを検分しながら先を進んでいけば
とうとうある地点で、背中に声を掛けられた。
「アスプルンド」
押し潰した声である。勿論感情をだ。
ロイドは戸惑いも感じられない動きで振り返り、裸眼の素顔を向ける。眼鏡は、哀悼の意味を込めて将軍の遺体へ捧げた。

銀の瞳を生まれた形そのままにするのは、実に、七年ぶりである。
それがどういう意味を示すのかそれが相手には解るのか、暗闇から現れた影が息を呑む。そして近づいてきた。
緑の軍服に亜麻色の髪の--------------……。
「やあ、盛況だったようだね」
「そういう軽口は相変わらずで……」
硝煙と血臭に嫌気が差したというように顔を顰めて、もしくはロイドの態度に気を悪くしたのか
カノンがダールトンの胸の辺りを強く踏みつけ、やってくる。
「八つ当たりはお止しなさいよ」
尚も茶化すように笑ってみれば、その顔に風を切ってカノンの拳がぶち当てられた。
「お前の所為だろう、全部お前の所為じゃないか……!」
「っ……」
「元はと言えばルルーシュ皇女も、お前までもが閣下を見捨てるから、閣下の心は甘くなったんだ!」
日本を占領する前までは自分以外の人間に感情を向けるなんて、そんなことする人間ではなかった。
まるで自分こそが兵器のように動いていた男だったのだ。その姿にカノンは誰よりも”神”を見ていた。信じていたのだ。けれど、
親友であるこいつも異母妹であるあの皇女も、みんなみんな揃ってシュナイゼルを惑わしていく。

ロイドはカノンの拳を受けた衝撃で、広間の中央へ転がった。ぐったりと白衣に包まれた痩躯を伏せ、口端から垂れる血を
手の甲で拭い取る。
カノンは息荒く捲くし立てると、大股にロイドのもとまで更に近寄って、胸倉を掴み取り自分の顔まで引き上げた。
「------------そう言えば伯爵もあの皇女がお気に入りだったんだよな……?」
「…………」
「壊してやったよ散々に。お前が手塩にかけて育て、守ってたあいつを。ユーフェミアさまを使ったらあっさり壊れた」
「故意に中毒にしたってこと?」
「伯爵が残していって下さったアレでね。KMFの動力には最適だが、人間には猛毒なんだな。少ししか食事に混ぜなかったのに
兆候はすぐ現れたよ。あのお姫さまが血を吐いた時は、ナナリーさまのお姿と被って見えて……」
閣下と伯爵が率先して行われた富士鉱山の視察の時のね、と口端を釣り上げる。
「あの本来の目的を、ルルーシュ皇女に言ってやろうか」
「-------------」
「閣下とお前がしたことを、知ってる奴は私しか居ない」
「……その通りだ」
「だから、」
「そう。----------だから、……一度見捨てた場所にわざわざ戻ってきてやったんだよ」
白衣の袖口に隠し持っていた瓶の蓋を開け、それを喚きながら近づいてきていたカノンの顔に振りかける。
すぐに溶け出したり腐ったりする液体ではない。ただ、皮膚を通して中にまで浸透すれば、到達した内臓から異常が出てくると
いうものだった。
カノンはユーフェミアにも使ったそれを、他の誰かに自分に対しても使われることを恐れ、手元にあったそれは全部処分してしまっていた。
ロイドが手にしているそれは、きっと彼が新たに作って持ってきたものなのだろう。
効能が同じかは知らないが。
「伯爵、今……っ!」
顔に触れる。そして慌ててロイドの胸元から手を離し、透明色の液体に塗れた髪と首周りを必死に拭った。
解放されたロイドは二歩後退し、カノンを静かに見つめる。銀瞳は宵闇にも鮮やかに映えた。
「摂理だ。マルディーニ」
「……っ、嘘だろ、伯爵……!」
「僕たちがしてきたことは、ゆくゆくは自分自身にも返ってくるものだったんだよ。それに早く気づいていれば、閣下以外の人間にも
君は受け入れられていただろうね」
下級層に居た頃のことを言っているのだろう。半身をしっとりと濡らした身体からこてん、と力を抜き腰を落とすのを見ながら
ロイドは中性的な面立ちをより印象強くして、カノンに殴られた頬を持ち上げた。

「この世界から抜け出すのは、僕たちだけでいい。君は邪魔なんだよ」

冷たく仲間はずれを受けたカノンは、追いすがろうとロイドの足に手を伸ばした。彼の中に染み付いた昔の記憶が
最近の思い出よりも鮮やかに蘇ってくる。
その一部分にまだ若いシュナイゼルが居た。学校に通いたくても通えない。校舎の外から眺めていたのを見つけて
中へと導いてくれた、はじめて人と繋いだ手。その後皇室の使用人から始めた自分は、一生をシュナイゼルに尽くすことを誓った。
-----------ただ、ロイドとシュナイゼルとの間に入りたかったのだ。

伸ばした先にあるはずの足首には触れず、そのまま絨毯の上で身体は人形のように固まった。そして、糸が切れたように崩れ落ちる。
軍服の下からどっと汗が噴出してきて、次に腹底から、胃の中身をすべて嘔吐した。掴もうとした手は虚しく投げ出されたままで。
ロイドはそれを見下ろしながら、唇にまだついていた血をぺろりと舐める。
錆びのような味。
どこまでも遠いリアリティだ。

「マルディーニ。神根島で会えたら会おう」

うつ伏せに倒れたままカノンは動かなくなった。全身が異常なスピードでサクラダイトの中毒に侵されたからである。
ダールトンも見上げた聖母子は彼に対しては微笑まない。それを覆いつくすほどに広間に居たロイドの圧力が
魔物のように強かったからだ。

























「……あ〜〜〜っ、殿下ぁ……!!」
数日ほどしか別れていなかったけれども、五体満足でスザクに連れられて帰ってきてくれればセシルは全力で喜ぶ。
手を振り上げながら女史はヘッドトレーラーから飛び出して、ランスロットの下を通り(アヴァロンは着陸していた)
今にも崩壊してしまいそうな回廊からようやく出て来たルルーシュへ飛びついた。
「セシルー!」
「殿下〜〜」
「…………」
ゴロゴロと、お互いに胸や肩に頬を擦りつけながら、再会出来たことに対する喜びを露にする。
その後ろでスザクは二人の様子を眺めつつ、ランスロットの足元で休ませたままだったジノへ足を向けた。
彼は目を閉じていたが近づく気配に顔を上げ『大丈夫か』と声を掛けるスザクに微笑み返す。瓦礫の下敷きになった
足は既に痺れもなくなり、簡単に動かせるようにまでなっていた。座っていたのは、単にスザクを待っていたというそれだけである。
「アーニャが君を探していた」
「ああ……まあ、こんな外れでこんな状態になってるなんて、解らないもんな」
「すまない。巻き込んでしまって」
「スザクが謝ることじゃない」
身を起こそうと、芝生に手をつくジノの身体を持ち上げた。
まだ自立が出来ないようだから肩へ腕を回し、腰を固定するように横に並ぶ。ジノは申し訳なさそうに苦笑して
スザクの気遣いに甘えることにした。
「送ってくれるのか私を」
「治療もしなくちゃならないから早いほうがいいだろう。……すいません、殿下。ちょっとまた中に入ってきます」
コーネリア自身が我に返るように落ち着いたのを切欠に、交戦はピリオドをついた。
ルルーシュと二人して戻ってくる道の中で、皇居内は衛生兵や警備隊でしっちゃかめっちゃかになっていたが、
その間を潜り抜けるようにこそこそとやって来たスザクたちは、ラウンズのメンバーとも鉢あった。どうやらジノ一人が
ユーフェミアの葬儀以後、皇居に残っていたらしい。
王宮の警備だけでいいのに……とアーニャは呟いていたが、きっとジノが残ってくれていたのは自分の為であろう、と
ルルーシュはスザクへ説明した。そうか、彼はずっと付いていてくれてたのか、と感慨を覚えてスザクは少しジノを見直した。
だから、わざわざルルーシュから離れてでも、彼をアーニャの所まで届けに行く。スザクなりの借りの返し方だった。
よいしょ、と男二人が肩を組みながら歩いていくのを目で追い、ルルーシュはスザクへ手を振って送り出す。
「行ってらっしゃい」
まだ完全にとはいかないが、変わらずの穏やかではにかむような笑顔にスザクはひとつ頷いて
セシルたちに背を向け再び回廊から皇居へと入っていった。
「殿下」
「……ん?」
「ほんとに、スザクくん頑張ったんですよ」
「な、何を」
「アルヴィオンだって提案したのはスザクくんなんです。あの全然積極的でないスザクくんが、ですよ!
パーソナルこそまだ基準値に達してないんですが、それでも、此処に駆けつけたいって言ってコーネリアさまの後を追っきて
身体だってぐだぐだになるまで短期間のうちに訓練して……ロイドさんに叱られたり何だり……」
本当にかつかつだったんです、とセシルが伝える。ルルーシュは『確かに必死そうだった……』と無意識にも見ていた光景を
思い返し、----------とても、スザクに対して申し訳ない気持ちになった。
「……そうか」
好き、という気持ちも、形に出来て渡せるものだったらいいのに、とこんな時いつも思う。
そうだったらそれをお返しと称して、スザクが尽くしてくれる度捧げることが出来るのに。
ルルーシュは、ルルーシュを見つけに駆けつけてきてくれたスザクが、真っ先に抱きしめてくれたことを思い出して
少し頬を熱くさせた。

恥かしい。

直前まで忘我状態であっただけに、とても。
でも……取り乱すように弱さを露呈する自身へは何も言わず、むしろそれごと包むように『守る』と言ってくれた。
(こんなに、こんなにまでしてもらって)
自分は幸福過ぎる、と------------……情けなくなる。
ユーフェミアのことをどうにか出来なかったことがあるから余計に、生き残った自分自身にも不甲斐なく感じた。
「どうしたらスザクに伝えられるのかな……」
「……?」
「その、感謝とか、色々」
いつか頼りなさすぎて呆れられてしまうんじゃないか、と急に不安になった。瞳を垂らしてルルーシュはセシルに『どうすればいい』と
訊ねる。ええ、いきなり……と思いつつも、ルルーシュのこんなとこがたまらないんじゃないかなあスザクは、と内心では
感じつつ、まあ、そのままを教えてもきっとルルーシュは納得しないなと思って手ごろなとこでセシルは答えを出した。
この提案をルルーシュがどうアレンジするかは彼女自身が頑張らなくてはならない問題ではあるが。
「気持ちを形で返すのは難しいと思いますけど」
特に殿下なら余計に難しいことだと思いますけど……と、小声で続ける。それをじ、と目を開いてルルーシュは大丈夫と頷いた。
「スザクも頑張ったんだから、俺だって!」
ガッツポーズを作った。それほど本気らしい。
セシルはその姿に感動し、『じゃあ』と声を更に小さくして、ルルーシュの耳元に吹き込んだ。

「わざわざ形なんかにせず、殿下そのままをスザクくんに捧げちゃえばいいと思います」
「-----------…………」

えっ
と、……訊いた当人は固まった。

その意味が解らないほど青くはないから。

「そ、そんなんでいいのか……」
「いいと思いますよー。というか、スザクくんならきっと何だって喜びます!」
「……ふ、ふーん……」

様変わりした、スザクとジノが入っていった回廊を横に見上げながら、ルルーシュは頷いた。
そうか、それでいいのか、と何処かで安堵して。

けれど、まだすべては片付いていなかった。まだコーネリアが出て来ない。勿論シュナイゼルも。
そして……。

「そう言えばセシル、ロイドは?」
「あらっ……」
「どうしてあいつだけ、……居ないの」
辺りの芝生を見回しても、続々とやってくる兵士たちの群れを見ても、いつもの白衣が見当たらない。
きょろきょろと首を動かすルルーシュの後ろで、セシルは青褪めた顔で、ヘッドトレーラーへ戻る。
が、当然、いつの間にか居なくなっていた上司へはインカムなんて所在のわかるものはつけていない。

ルルーシュはセシルのその様子を見て、和んだかに見えた自身にまた緊張が走るのを冷静に感じた。
ロイドが居ない、シュナイゼル、コーネリアは不明。皇居内は騒然としている。


『貴方は本当にしょうのない人だなあ』

耳を親しんだ彼の声が掠めていった。そのまま視線を王宮へ移す。
何故だか強く呼ばれてる気がした。



















シュナイゼルにはひとつのイメージがあった。
もし自分たち”家族”が、肩を寄せ合って集まって、ひとつのフレームに納まることが出来たなら
もう少しくらい奪う命の数も少なかっただろうに。
……でも、
善人を取り繕う悪人である自分が、悪人を装う善人である友を理解する為には
それは要らないものだった。
取捨選択は人生において飲食と同じようなものである。

マリアンヌとロイドとシュナイゼル。三人で世界地図を広げ各地の情勢を調べた調書を合わして見ながら
ある一つの山頂をマリアンヌの指がさした。その時には、日本の存在はあまり知らなかった。まずシュナイゼルは
『行って見よう』と視察を提案し、すぐ下の異母妹コーネリアを連れて来日した。
それは極秘裏に行われた。二人恋人同士を装って桜の花が散る季節にあの富士山頂へ向ったのだ。
また訪れる季節が違えば、山の色も随分違いますよ、と通りがけに会った日本人が教えてくれた。ひとつの情景しか想像出来なかった
自分は、不思議な気分で富士を見上げ、桜の花の影に青い空を覗いた。ただその時は美しい国だ、とそれだけの印象しか
無かったのだ。
横に居たコーネリアも同じように眺めて『ここにみんなを連れてこれたらいい』と言った。みんなとは”家族”
国の為に働く軍人となってからは己の命と同等に見るようになった存在----------しかしシュナイゼルには一人しかその
キーワードに当て嵌められなかった。この景色にあの黒髪が在ればいいな、と思いながら『そうだね』とコーネリアへ頷く。

その場所は緩やかに時が流れていた。もうすぐ夏。そんな時期。シュナイゼルとコーネリアはこの国こそが世界で一番美しい、と
そう思ったのだ。

そして、シュナイゼルが選択を迫られた時。その時は目の前に首相夫妻と一人の子どもが居た。
栗毛に、丸い瞳がどこかナナリーを連想させる。名前は?と訊いたら『すざく』とすぐに答えが返ってきた。
『君は桜は好きか』
『はいっ』
『--------富士は』
『とても好きです。いつも母と庭から見てます』
あと先生とも!とあどけない少年の表情はコロコロ変わった。シュナイゼルも笑みを作る。彼ら親子はあの景色を背景に
写真に納まったのだろうか。記念に残したのだろうか。思い出になったのだろうか?……なら、


(よし壊そう)



……あの時私はそう選択した。裏表のコインを投げて決めるような軽さで。少年の見せた笑顔に対する鮮やかなまでの昏い嫉妬で。
富士が好き、桜が好き、……彼がそう言ったから全部奪った。
美しいと思ったもの。シュナイゼルが手に入れたいと思ったから彼から奪ってやったのだ。

ルルーシュへは、元より好きなものを作って欲しくなかったので何も与えなかった。通う学校も近づく人間もすべて選んだ。
どれも彼女の興味をひかないものにした。スザクだって最初はその一人だった、……しかし、彼はルルーシュに感情を
向けられるようになった。ルルーシュ自身が孤独だったからだ。

シュナイゼルは先ほどコーネリアを仕留め損なったことを、ひどく後悔してた。
そして同時に、ようやっとスザクにあの剣を授けたことを思いだした。ルルーシュの騎士になる、とスザクが言ったから
シュナイゼルは拒否することも認めず、生殖機能を停滞させる薬を差し出したのだ。ルルーシュは誰のものにもならないと、
させないとそう決めていたから。


----------けれど、スザクが『代わりに』と、強請ったのだ。
剣を下さい、と。あの人の騎士となるからには守る為の武器が必要だから、と。


自分は、邪気もなく純粋にそんなものを乞う彼の瞳に、大いに戸惑ったのだ。……確か。
半ば呆然としながらシュナイゼルは腰にさしていた刀剣をスザクへ渡した。
何も与えないよう奪い続けてきた少年が青年へと変わった時、奪う者であったシュナイゼルが唯一彼へ与えたもの。
その刃が自分の剣先を歪めるものになるなんて想像もしなかった。


自分には、奪う以外の力の他に、本当に何もなくて。
他人のことを守りたいと、手に入れたいと思うことさえ、現実味がなくて。




いつも掌で踊る彼らのことを、ただ見下ろしているだけだった。







いつの間にか、そう、スザクにすべてを奪われていた。
私自身のバランスをとるための、指針のような存在。一番大切にしたかったもの。その彼女を一番に大事にしている、彼。
先ほど剣を交えて解った。------------どうして七年前殺しておかなかったのか。解っていたはずじゃないか。
何も持っていなかったシュナイゼルから、何でも奪っていってしまう存在になるだろうということを。

もう、
両手には何もない。


---------------”彼”が居なくては。







「貴方は、……どうして、そうなんだろうなぁ」

切なげに呟かれた声が一つ、その足を止めた。
振り仰げば、銀髪に白く、無色といっていい能面をつけたような顔の幼馴染、いや相棒、……違う、親友。
”彼”だ。
ずっと追いかけていた”自分”は、……彼、

足元に腹心のつけていた制帽が転がっている。
それを踏み、越えて、歩くのもおぼろげに感じながらシュナイゼルは目の前に棒のように居る
ロイドのもとまで、辿り着いた。
どうやらカノンは殺されたらしい。
唯一自分たちのしてきたことを見ていた存在だったのに。

腕を伸ばして肩口に額をこん、とぶつける。回した腕で掴んだ身体を、胸元まで引き寄せた。

多分、自分をこうして暖める為にロイドは広間へやって来たのだろう。
多分、自分を殺す為に彼はここまで出て来たのだろう。

人生が舞台と例えられるならば、自分は役者で、彼は完璧な裏方だった。
それが今ここで逆転する。迷いはない。ようやく迎えに来てもらえた……辿り着けた。
「ユーフェミアを殺したよ」
軽口のノリで呟く。びく、と少し痩せた肩が震えた。腹部が痛む。また傷口が開いたらしい。
「ルルーシュを抱いたが、全く解らなかった」
ロイドのほうも腕を伸ばし、ぽんぽん、と背を叩いてくれた。お礼をするように銀髪を指先で梳く。手袋をつけてなくてよかった。
「……そりゃ貴方が求めてるものが、殿下じゃないからですよ。前にも言ったじゃないか。貴方と殿下は似てるって」
「…………」
「スザクくんかな?」
「---------違う」
求めてるのは、
「僕ではない」
「ああ」
「じゃあ……」
「例えば、桜」
「---------もしくは?」
「写真」
「……そう」

脳裏に今も浮かぶのは、自分の金髪を褒めてくれた無邪気な笑顔。二つ。
---------ルルーシュと、スザク。

(私にとっての、)

人として、見つめてくれた大切な笑顔。




シュナイゼルは静かに目を閉じて、涙を落とした。
そして同罪であり共犯であるロイドは、至近距離でそれを無表情に見つめつつ、そっと伸ばした指で拭いとった。
お互いに静かに目を伏せていれば、駆けつけてくる細い息と高い足音。

「……っ、兄君、ロイド……!」




迷路のような奇怪な形になった通路を潜り抜け、奥のこんな場所にまで駆けつけてきたのか、
ルルーシュは胸を上下しながら、そこも、腕の先も真っ黒にしてこちらへとやって来る。
それを、シュナイゼルを支えながらロイドは『来るな』とルルーシュの前に手をかざした。
「え……?」
紫電が二人を凝視する。初めてそこで、兄も負傷しているのに気づいた。
どうしてロイドが自分を拒むのか、どうして広間がこんな凄惨な状態になっているのか解らず、立ち止まる。
頭が混乱していることを自覚しながらも、それでも訊かずにはいられなかった。口を開く、が、ロイドに喋らせてももらえない。
ルルーシュを見つめる瞳が冷たかった。
「何で」
--------強く言う。
ロイドは溜め息をついて、かざした手を下ろした。

「”例えばこんな御伽噺”」
「……」
「作ったのは僕だったんですよ」
「嘘……」

「貴方を壊したかったのは閣下だけじゃない」


ルルーシュが傷つかないように、と彼女の異母兄と地面をせっせと掘っていたことを思い出していた。
けれどロイドがルルーシュへ向けるのはシュナイゼルのような愛情ではない、恋でもない。信頼もない。
あるのは支配と欲望だけ。
どこまで自分は純粋なんだか。

「貴方の弟を標的にかけたのも、僕だ」
「……違う……お前はそんなことしない。そうだったらどうして、」
「貴方がスザクくんのものになるまで、ずっと待ってたんですよ」

母親が駄々を捏ねる子どもに言い聞かせるように、言った。
響きは淡白であったが内心の葛藤を覗かせていた。だって、見つめる素のままの銀瞳が、動揺に揺れている。
ルルーシュにはどうしてそんな顔をするのか解らなかった。
何がいけなかったのか。
(例え、)
三年前に弟と別れなくても。
こんな日がくることは決まっていた、とそう言うような、仕草と顔。


--------------スザクにもそう見えていた。
パキ、という支柱が崩れる兆しのような軋みが聞こえる。隣の気配に振り返ったルルーシュの前には
一部始終を聞いていた騎士の姿。
「ロイドさん」
セシルに聞いてルルーシュを追って来たのだ。そうしたら、シュナイゼルとロイドとルルーシュが相対していた。
「今何て……」
咽喉もとから搾り出すような声だった。彼が途切れ途切れに語っていく一言一言は、全部、ここ数年起きたことに繋がっている。
スザクが一歩彼らに近づこうとしたら、かろうじて保っていた支柱がバキリと折れ
広間の中央に居た二人の真上にガラガラと崩れていった。


「ロイド!兄君……っ!」


駆けつけようとその場所まで飛び出す痩躯を感覚で掴み取って、押さえつけたスザクはそのまま、呆然と消えてしまった影を探す。
しかし砂と煙が晴れても、駆けつけた兵士たちによって瓦礫の山を撤去されても、そこからシュナイゼルとロイドは
現れなかった。





ルルーシュの下に駆けつける為、即座にアルヴィオンに騎りこんだスザクにロイドは『勇ましいね』と
珍しく微笑みかけていた。セシルもきょとん、として主任をトレーラーから見つめる。
スザクは開け放たれたハッチの中からその微笑を受けて、何か普段とは違う感じに、妙な予感を抱いていた。これから、この
銀髪の変人によって何かされるんじゃないかということを。
次いで、突拍子もなく彼からこんなことを言われる。

『殿下を好きになってくれて、ありがとね』

……それは、こんな決別を意味してたのか。





シュナイゼルとロイドが居た広間は完全に崩れた。豪奢な様相は一変し、見事に何もなくなった。
その中で必死に彼らを探そうとする。でも、ルルーシュにもスザクにも、二人を見つけるだけの力はこの時無かった。