何度でも、そう何度だって
-----------------ルルーシュはきっと願うのだ。






























螺旋を抱く

























「ぐ、……っ」
ルルーシュの両脇に肘をついて、どうにか足と下敷きにした彼女との間に隙間を作る。
ジノは先ほどの強い爆撃によって、まだ耳鳴りのする頭に眩暈を覚えていた。けれど、今逃げないと自分たちは
瓦礫の山に押し潰される。
天上に向かい手を伸ばしたきり何の動作もしないルルーシュの体を自分の下から押し出す。
きっと事態をうまく掴めなかったコーネリア軍が誤解して、彼女の命令を受けた部下あたりが襲撃してきたのだ。
母艦ではなく軽アヴァロンの戦艦がそれを意味している。しかし、小さいからといって数は強大で複数ある。まるで威嚇するかのように
空に散らばった戦艦たちは、こちらを無常に凝視している。
「逃げろ!」
脱力した痩躯を、かろうじて力の入る両手で突き放す。けど、ルルーシュは床に倒れるジノの傷ついた足や腰を見て
ふるふると首を振った。
それは自分の容態を案じてか。もしくは、異母姉の憎悪を受ける為にここに残る、とでも言ってるのか。
(どちらにしても、……許可できない)
「殿下お一人ならきっと逃げられます」
「……」
「早く。コーネリアさまは自分を鬼だと言いました。そんな人が追求してこないはずはない。---------だから」
遠くなった足の感覚に、可能であるならば地団駄を踏みたいほどの苛立ちを感じたが、そんなことよりも必死に
力の抜けきった紫電を歩かせる力へ変えた。視線の強みだけでルルーシュの背を押す。
彼女は崩れそうになる皹割れた足場に手をついて、ゆっくりとジノの前に立ち上がった。
その様子に安堵し、『行け』と奥へ顎をしゃくる。
けれどまだ置いていくことに戸惑うのか、紫電を伏せていた。
……優しいのは解る。でも今はそんな状況じゃない。もしかしたらもう空からは自分たちの居場所が掴まれているのかもしれない。
そうすると自分ではコーネリアの軍に太刀打ち出来ない。ルルーシュ一人を危険に晒してしまう。
そんなことになったら……。
不意に、感覚が痺れて麻痺している右足に、感触があった。
道行に迷うあまり回りが見えていなかったのだ。一度立ち上がったルルーシュがジノの足元にしゃがみこんで、自分のドレスを引き裂いた
布を傷口に巻いている。
それを何周かしたら、解けないように踵のあたりできつく結んだ。
殿下、と声になく呼べば、無言のままぐいぐい、と掴まれた腕を引かれる。……お前も立てということらしい。
幾度かの砲撃を受けた回廊を見上げながら、夜なのに明るい空に嫌気がさした。確かにこのまま此処に居ても自分が生き残れるとは
限らない。
痛みがあっても、無理をしてでも、自分と逃げ切れということらしい。
ジノは逆の手をルルーシュへ差し出し、両手を掴んで起き上がらせてもらった。足でまといになるような気がしてならないのだが
肩で支えるように立つルルーシュが、一人で避難してくれないのなら仕方ない。
ジノは生気はなくてもまだ動けるルルーシュの紫電を見つめ、うん、と確かに頷いた。

そうして二人で安全な場所へ行こうとした時、目の前に戦艦から降りてきたと思われるKMFが着地した。
まさか、……と思い、柱の影から身を乗り出す。
辺りを包んでいる煙と瓦礫の中からシルエットとなり浮かび上がったのは、ランスロットではない。

中身が空白となったルルーシュとは反する空虚な瞳をし、コックピットから静かに身を現した
エリア11の元副総督であり現総督である------------コーネリアの姿だった。


泥と灰に汚れたドレスの裾を持ち、そっとルルーシュは中庭へ歩き出す。
「待て、殿下!」
それを足を引き摺りながら追う。コーネリアと近づいていくルルーシュの背中に嫌な予感がどんどん募っていく。
意識すらまともでないのに、ユーフェミアのことをどう言うのか。一番会いたくない人間であるのに。
もしくは罰せられることを覚悟しているのか。
本当に死にたいと思っているのか。
ジノはようやく傷の痺れから覚め鮮明となってきた視界に、息を呑む。
コーネリアがコックピットから冷ややかに、懐から取り出した銃をルルーシュへ向けていたのだ。
咄嗟に地面の芝生を蹴り、ルルーシュの肩を掴む。何も語らないコーネリアの銃口はそれにも怯むことなく
真っ直ぐに彼女の心臓へ。

「------------------ルルーシュ殿下!」

掴んだ肩を背中へ引いて、ジノはその前に飛び出した。標的が前後に入れ替わる。はっ、と我に変えるように見開いたコーネリアの
視線の先には、月の影に照らされたルルーシュの白い顔がぽっかり浮き出て見えた。
それが背後の雲の動きと、別の何かに、黒く埋め尽くされる。
コーネリアの背後に彼女の機体より大きいKMFが現れていた。

(……憎ければ殺せばいい)

唇をうっすら明けて両手を開く。迎えるような仕草をするルルーシュはしかしジノに庇われて、共に芝生へと転がった。
慌ててグラスゴーを再起動させようとハッチに戻ったコーネリアと、空から流星のように落下したその機体が
皇居の中庭で激しい爆発音を立てる。
皮膚と骨を滅茶苦茶にするような震動に、草の上で歯を噛み締めた。

静寂が訪れ、とうとう落ちかける意識に、全身からどっと力が抜けそうになる。でもダメだ。殿下はどこだ、と、ジノは瞼を開け
鼻と頬を土に擦りながら、視線を彷徨わし白のドレスを探した。見つけた、ルルーシュは無事だ。でも----------。
目の前の光景に声もなく戦慄する。

何処からか飛んできたシュナイゼルが心も身体もボロボロな、ルルーシュの腰を抱え片手には刀剣を持っていた。
それと交わうのは、背中に大きな羽を背負う白の獅子ランスロット。
コーネリア機を抑えながら、ハッチからスザクは身を出し、シュナイゼルへ長剣を振り下ろしている。


「随分と遅かったな」


コーネリアや、スザクがこうして飛んでくることを待っていたようにシュナイゼルが笑みをつくる。
片手でルルーシュを抱きながら剣を交える様は、彼の余裕を見せた。スザクのほうは両手であるのに。
その彼のもとにいるルルーシュは、スザクを見ない。ここまで飛ぶようにやって来たスザクを見ない。
渾身の力を込めて振り下ろしたスザクの剣は、シュナイゼルに難なく弾き返され、ようやく辿り着いたルルーシュからも
再び引き離された。

黒髪が剣先を掠める。痩躯を担ぐようにしたシュナイゼルは王宮の中へ戻って行く。スザクはそれを追おうとするが、
目を離した隙をついてグラスゴーに居たコーネリアが先に入っていってしまった。
ジノは、力のうまく入らない身体を起こし、駆けつけたスザクの手をとる。差し出したほうのスザクも気遣う様子を見せながら
奇襲をした自身の愛機の足元に凭れさせた。
「誤解なんだ、スザク」
「ジノ喋るな」
「いや、説明をしなくては……。違うんだよ、全部。ユーフェミアさまのことも宰相閣下のお気持ちも、全部……!
ルルーシュ殿下が心を壊された原因も、ユーフェミアさまがそもそも罰せられた理由も」
ラウンズのマントの襟に手を突っ込み、一通の封筒をスザクの胸へ押し付けた。土と灰屑で所々汚れてしまった。
それを瞳を開いて、見つめる。そっと素手でそれを受け取れば、ジノの腕はくたりと力を失くし芝生へ落ちた。
「ジ、……!」
「全部、……あの腹心だ」
「え?」
「あの副官だ……誰も悪いんじゃない、あいつの差し金が殆どだよ。だからスザク、惑わされちゃ駄目だ。
君だけは普通で居ろ」
青い視線を翡翠に絡ませ、封筒を預けた胸に今度は拳をトン、と当てた。よく見ればスザクはデヴァイサーのスーツを着てない。
ただの普段着といった格好で、耳にはインカムのみ付けている状態だ。それでよくあんな高性能で扱いには緻密さを要求される
KMFに騎れるよな、と僅かな対抗心が芽生えた。
けれど、軍服でもスーツでもない格好に、乱心したコーネリアを単独で追ってきたことがわかる。

何故だか酷く嬉しかった。








耳のインカムから通信が入る。空に居るセシルからだった。
「スザクくん、首尾はどう?」
「まだ飛行に慣れないのか、途中で落ちてしまいました……。でもおかげで副総督に間に合ったから、かえって良かったかもです。
けど、そこに閣下も現れたものだから結局見失ってしまいました。殿下に自分で動ける力はないようです。……だから、
全力で奪い返しにいきます」
ジノから渡された封筒をジャケットの胸ポケットに押し込んだ。そして刀剣を鞘から出したまま、全壊に近い状態となった回廊から
王宮へと入っていく。

セシルは通信が切られた先でスザクに何かふりかかるんじゃないかと、心配だった。
まるで乱心と言ってしまうしかないような、そんなコーネリアの突然の遠征に、特派はまるで追いすがるように此処まで来てしまった。
でも、まだ飛行ユニットの操縦まで慣れてないスザクが、自分から言い出したことだったから。
『どうなってもいい、殿下に会いに行く』
セシルもロイドも反対のしようがない。
それに元々自分たちの上司は彼女、ルルーシュだ。
(迷いがあるほうがおかしい……)
ヘッドトレーラーから腰掛けていたセシルは、奥の、普段は主任の持たれている手摺を振り返った。
今はそこには誰も居ない。自分よりスザクより先に地上へと降りてしまったからだ。
……彼も、『彼』に会いに行く、と。











手首を千切るような強さで握られたルルーシュは、風に吹かれる紙屑のような頼りなさで
シュナイゼルの行く先についていった。
背後ではバタバタと複数の人間が追ってくる足音がする。兄はどこを目指すのだろうか、とまだ頭をぼんやりさせたまま
ただ従うように走っていた。

(……ダールトンに)
殴打された下腹部が、骨ごと砕かれたのか内臓にも痛みがあり、走るのさえシュナイゼルは辛い。
けどここで逃げなければ、妙な手違いと誤解で危険にさせてしまった異母妹の身をかばいきれない。おまけにエリア11から
あの男もやってきた。
スザクも来たのなら、----------ロイドも来るのだろう。
なつかしい。再び懐古するのだ。共に。唯一心を許した親友と、二人。


シュナイゼルの口元に純粋な笑みが走った。……そこで、ふと辺りを見る。静まりきった皇居では影となる通路。
ここに住まう皇族しか通らない場所に、自分たち以外の気配を感じる。腹の傷から腿を通り、片足からポタポタと血を流しながら
歩く速度を緩めて、その場まで進んでいった。




「何故ユーフェミアを手にかけました」


コーネリアが、居た。
わざわざ訃報をきいてここまで駆けつけてくるなんてご苦労だ、と思いながら『さあね』と口にする。
背後にルルーシュの身体をやった。その握っていた手を解いて、自分の肩あたりにある横道に追いやって、逃げなさい、と
声にせず言う。
こくん、と、多分理解してないだろうに頷いたルルーシュは、そのまま静寂と暗闇に満たされたその道へ
ふらふらと覚束ない足取りで歩いていった。
その後姿を見つめるシュナイゼルへ、ずっと懐に仕舞っていた銃を取り出し、首と胸の間辺りに照準を合わせる。
静かに顔をもう一人の異母妹へ向けたシュナイゼルは、彼女へ歓待の笑みを向けた。
悔しさと歯痒さに、コーネリアは唇を噛み締める。どんなことがあったってこの兄は無垢で純粋だ。しかし。
「……もう一度訊きます、何故ユフィだったのですか……?」
「あの子が、私には必要でなかったからだよ」
「人を、要る要らないで貴方は判断するのか」
「わかりやすくていいじゃないか。誰かに言ったかもしれないがね、私にとって私というバランスを保つ為に要る指針は
一人しか居ない、要らないんだ。-----------君も例外じゃないよ、コーネリア。お前にも少し解るだろう。解ったから
私に七年前協力してくれたんだよね……?」
剣と銃。勝るのはどちらか。---------------いや、でも、そんな問題は特に考える必要のないことなのかもしれない。
シュナイゼルは進み出した一歩を強く地につけ、痛みも気にしない動作で刀剣をコーネリアの眉間に突きつけた。
彼女の引き金にかけられた指にも力が篭る。どちらも僅かにでも動いたら相手を殺してしまいかねない距離だ。
胸元に合わせた銃口の先がどうしても震える。どんどんコーネリアの肩にまでそれは上がってきていた。恐いわけではない、ただ
理解してしまうのが恐いのだ---------自分もシュナイゼル寄りの考え方を持っているから。
(そう)
そうだったから、自分は、恨みの矛先を定められず、こんなとこまで来てしまったのだ。
コーネリアにとって何より大切だったのは、勿論ユーフェミアであったのに、心はルルーシュを憎む気持ちで一杯になった。
ルルーシュだって自分の”家族”であるのに。
(私は)
「異母兄上……」
「どうした、撃たないのか」
「七年前、マリアンヌさまは言いました。心が鬼になるんじゃない、心が鬼にさせるんだ、と。
ならば今の私は何なんでしょうか……鬼だと、自分がそうだと自覚してましたが、けれど私は貴方がとても恐いです。
ルルーシュを殺したいと思うから、そんな異母妹を手にする為にどんな犠牲も厭わない貴方が私は憎らしい」
(きっとこの思いはユーフェミアを返してもらっても潰えない)
涙ながらの言葉だった。
やはり銃を持つ手は震える。
息が、呼吸が、互いに絡んでいくのが距離の近さで解っていた。
でも。

「コーネリア……」

瞳を微笑ませ見つめてくる紫暗の色合いが変った。
既に向けた銃口はシュナイゼルのこめかみにある。彼が一歩二歩、と踏み込んできたからだ。気づかなかった。
もう撃てない、そう自覚した時。

「愛しているよ」




刃が肉を割いた。血が視界を埋め尽くす。横切ったその赤い雫が薄闇の中に居ても充分シュナイゼルの金髪を映えさせた。
首筋から脳裏に渡ってヒヤリとした感覚が走る。コーネリアは足元から崩れ腰を地につけた。
後ろから空間を横切るようにやってきたジャケット姿に戸惑いを露にする。
そのジャケットの腕は自分の首の前で貫通し、次いで、苦しそうに呻く声と全力疾走でやってきた息継ぎの音が
耳をついた。枢木スザクがシュナイゼルの前に躍り出る。
ドン!と絨毯の上に刺された腕を抱えながら転がったその身体は素早く受身をとって、すぐに半身を起こした。

死ぬと思っていたコーネリアも、
殺したと感じていたシュナイゼルも、目を開く。

「枢木……!」

スザクは刃先が抜けたことでボタボタと落ちていく自分の血に眉を寄せ、担いできた長剣で余らせた袖口を切り
それを布代わりにそこへ縛り付けた。けれどまだ溢れ出していく。
でも、
(取り返しのつかないことにならなくてよかった)

「久しぶりだね。こんな顔ぶれで会うことも今までなかったんじゃないかな」
「そうですね。……でも、こんな場所で会いたくはなかった」
「お前たちが荒らした戦場だよ?一応ここは」
「荒らされる理由を作ったのは貴方です。恨むことも、……恨まれることも全部貴方が七年前に」
ぎゅ、と、貫かれた手を握りしめる。よかった、まだ動ける。
「閣下。さっきジノから聞きました、---------ユーフェミアさまのこと」
「何をだい」
「処罰をしたのは貴方だが、殺したのは貴方の副官のほうであると」
「…………」
スザクが見つめる先で、掲げていた刀剣を静かに下ろした。永く持ち続けるには辛いものがある。
それを負傷した身で持っているスザクは自分よりも辛いだろう。
けれど、その命と身体と精神を拘束した日からシュナイゼルへの積もった恨みは、むしろその原動力となるのだ。
筋肉は記憶する、心よりも精神よりも、肉体のほうが染み付いているのだ。
そのスザクへ、シュナイゼルは笑った。
初めて見せる種類の微笑みだった。
「そうだからどうなるというんだい」
「……っ、……」
「君の私への憎悪は、消えるか。そこまで善人ではないだろう」
「--------」
「何度この日を夢見た、君は。私が今剣を持って相対しているんだよ。ユーフェミアの話などでこの機会を終わらせては
勿体ないだろう」

騎士となる前から憎かった。
殺すと誓っていた人間、守ると誓った皇女の兄。----------シュナイゼルがスザクのそんな思いを解っている上で
挑発をしてくる。スザクの腕を切り裂いた刃先を向けて更に笑みを深くする。
「確かに」
そう、確かに。

「……この剣を、もし誰かを殺す為に向けるならそれは貴方だと決めていた」

でも、今はそうすべきではないのだろう。

(ルルーシュが呼んでいる)


「コーネリアさま、僕の話を聞いてくれてましたか」
「……ああ」
「真に裁かなくてはいけない人間は他に居ます。殿下じゃない……」
「…………」
「今は無理でも、解ってください」

それだけを言って、スザクは僅かにでも感じる気配を手繰るようにシュナイゼルたちに背を向け、その場から去っていった。

その選択を、褒める者はきっと居ない。

スザクの背を見送るシュナイゼルの視線がそれを証明していた。

















地下の牢から出されて数年しか自分は皇居で生活をしていない。
ただの歩兵であったスザクは、ルルーシュなしでは廊下を渡ることさえ許されていなかったのだ。けれど、一度だけ
自分から立ち入った場所がある。スザクの足は既にそこへ行き着こうとしていた。

母艦であるコーネリアの乗った戦艦が砲撃を開始した時は、心臓が止まる思いでランスロットに騎りこんだ。
いや、もうランスロット・アルヴィオンか。
電磁シールドにその効果を転用した羽を持つ、デヴァイサーに異常な技術と体力を要求するKMF。
ランスロットの進化系であるそれを担うのは、勿論ランスロットのデヴァイサーの枢木スザクである。
スザクはパイロットスーツも着けずにインカムだけ持って、まずギルフォードに別れの通信を入れた。
”特派はこれより単独行動に入る”
それだけを伝えて、後はロイドとセシルの指示に従い、アヴァロンから地上へ降り立った。
ただの私服で皇居へ入ったのはそれを意味している。
スザクは手首を貫いた部分に当てた布を、更に強く縛りながら足を急がせた。行き先は数ある柱が崩れ
地盤も崩落し、埋もれてしまうかのような姿になってしまった皇室のサロン。何故かそこに彼女は辿り着くと思った。

自分が死ぬと解った時、人はどんな行動に入るだろうか。
スザクはそれを知っている。七年前に経験したからだ。





---------------思い出を、大事に出来ないルルーシュ。
でもそんな彼女にも、不器用でありながら守ろうとするものがあった。
「殿下」
なるべく怯えさせないように、顔は合わせなくても自分だと解るように呼びかける。
蹲るように瓦礫と、剥がれた絨毯の影に居る白いドレスが、ピクリと撥ねた。
振り返る。一度降り立ってコーネリアから庇った時に見たままのルルーシュが居る。彼女は何かを腕に仕舞って
じっ、と縮こまっていた。それを守りたかったからだ。

……自分がなんで狙われたのかなんて知らないのだろう。

幼少の頃。戦鬼と謳われたマリアンヌが亡くなる直前に、その彼女の為に用意された肖像画がそこにあった。
ユーフェミア、コーネリア、クロヴィス、ナナリー。彼らが優しげにマリアンヌへ微笑んでいるのを想定して描かれたものだ。
ルルーシュが写れなかったものだ。


スザクは胸がひしゃげてくのを感じた。みんな、自分から見ればルルーシュを不幸にさせた人間ばかりだ。そんな奴らのそれを
どうして貴方が大事に出来る。
今生の別れになるだろうと思って、手元に残したかったのか。心が壊れてしまっているというのに?
頭すら働かなくなって、今自分が立って居るのにも、それがスザクであるのにもルルーシュは気づかないのに。ただ身体だけが
勝手に動いて、守ろうと、……それだけで。
(そこに描かれている家族たちは貴方を守りはしないのに)
崩れた山を越えて、傍に座り込んだ。顔と顔が近くなる。振り返ったルルーシュは一度しかスザクを見ず、また抱き締めたキャンバスを
抱え直すのみ。何のアクションもしない。スザクが助けに来たことさえ気づかない。
ぎゅ、と守るように抱いて。

------------スザクはそのルルーシュの身体を全身で、背中から抱き締めた。


「っ、……-------------」
肩が強張る。声が震えだす。
「……ふ、……、く……っ」
耳が彼女の口から零れた呼びかけを吸い取った。首筋に深く顔を埋めながら『はい』と一言。

「すざく……?」

「はい、------------殿下」

何度でも呼ぶ。ルルーシュの身体の底から、確実に意識が戻り始めたということを示すような、電流を通したような痺れが
走った。背中からの熱が、凍えた痩躯を暖めさす。ずっと漆を塗りつぶされただけの両目から、涙が落ちた。
ぽたぽたと、それは張り詰めていたものが解けたように、胸の前で交差するスザクの腕に零れてく。
兄弟たちの姿を抱きしめる自分を、抱きしめてくれるということは、……。
「准、……尉」
「-------はい」
「しょ、さ……」
「はい」

「スザク……ッ!」

頭の中を駆け巡った情景は、不思議だけれど、生まれてからの思い出たちではなかった。
ルルーシュにとってスザクと会ったこと、スザクを知ったこと、そんな男の身体が羨ましいと思ったこと、そんなスザクのように
なりたかったこと、そして最後には、-----------それが愛情だと気づいたこと。
肖像画に貼り付けられるように笑った偽の笑顔では、語れもしないルルーシュの唯一の現実。
その一つ一つが走馬灯のように胸に去来して、こんなとこまで駆けて、見つけ出してくれたスザクへ振り返り
ルルーシュは正面から腕を伸ばして彼に抱きしめてもらった。
広げた胸から支えを失い、落ちてしまったキャンバスは踏み越える。
零れそうで頼りない思いが沢山ある。
「殿下……」
「ずっと、……待ってた」
「……」
頬に触れて、涙が出れば出るほど生気を取り戻していく紫電を見つめ返す。
どこまでも優しく、慰めるように幾筋も溢れ出すそれを掬っていけば、どんどん凝縮していた恐怖が癒されるように
身体の外へ流れていってくれるようで。
「でも俺は助けられちゃいけなかった」
その癒しを留めるように首を振った。
「ユフィが、俺のせいで死んで……そこから堪えて見ようとしてなかったものが全部、外からやってきて……。逃げたくても逃げれなくて
俺なんかよりも哀しい人はもっといて、だから、----------償えなくて」

檻を作った。

弟を拒絶し、現に窓から突き落としたあの時にも。
それを鎖として自分を絞め付けていられる間は楽であると、そう思えたから。それであればルルーシュは間違いなく
ルルーシュとして居られたから。
(けどそんなのはやっぱり無意味で)
どう過ごして生きたらいいか解らなかった。今でもまだそれから解放されない。
しかしスザクは首を振って、その目元と頬に口付けた。コーネリアをかばった手を髪へと伸ばして
撫でるように梳る。キスをして、------------深く。

そうして、唇を離した後、この価値のつけられない命ごと捧げるように、また胸に抱きしめて
耳元へ囁いた。

「閉じ込める」
「……え、」
「----------貴方を守る檻になりたい」


キャンバスに、笑顔ごと埋葬された彼らがそんな自分たちを見上げていた。
廃墟のような姿へ一夜にして変貌した場所、皇居の奥、ルルーシュとスザクは居て、スザクはルルーシュを再び腕に仕舞いこんだ。

何てささやかで、心地よい束縛だろう。

嬉しくて、涙の種類が形を変えた。ゆっくりと力を取り戻してきた手をあげて、スザクの背を包む。
体中をぐるぐる縛り付けていた糸が解けていく感じがした。強張っていた肩から力が抜け、そのまま自身をスザクに預ける。





ああ、こうしてずっと居られたらいいのに。