その日、王宮内は一時騒然となった。

ジノはその様子を廊下から見ていた。
ルルーシュがいつの間にかやって来たカノンに引き摺られる形でユーフェミアの身体を運ぶ兵士から引き離される。
やめて、どうするの、一緒に居させてくれ、と金切り声で叫んでいた。
見るのにも聞くのにも痛い光景だった。けれど、顔を歪めて見るだけで済むような状況では既に無い。とうとう幽閉されて三ヶ月、
その間中毒になって苦しみ出し数週間、終りには駆けつけたルルーシュと過ごして二日、とうとうブリタニアの第三皇女は死んだ。





葬式を、一応するらしい。廃嫡となったからにはドブに捨てるような扱いとするのかと思えば、
国柄と世俗、様々な国民の目を気にして、告別式を明日執り行いその日に火葬してしまうことにするらしい。
ジノはアーニャとそれをカノンから聞き、信じられない思いでその場に立ち尽くした。
「副官殿」
「コーネリアさまにも既に伝えてある」
提言しようと身を構えれば、さらりと風のように避けられてしまった。情け無い、というようにアーニャから見られる。
そもそもどうしてそこまで拘るんだ、と、その真紅の瞳は言っていた。
「私たち暇じゃないわ」
「そういう問題で言ってるんでもやってるのでもない。私はただルルーシュ殿下の」
「本国に送還したのだから私たちはもう護衛ではない」
「……だけどぉ……」
「そんなに気になるんなら、行けば?」
アーニャの視線が、ルルーシュの私室がある通路へ向いた。
確かにその奥へ進めば、取り乱したルルーシュが納められている部屋へ行き着く。でもそんな、かける言葉も無いじゃないか。
(浮かばない)
ジノが冴えない顔をして俯けば、携帯を手にしていたアーニャが変わらない無表情で
胸元からそっと何かを取り出し、それを肩口に押し付けた。
-------------封筒である。
「これ」
「さっき殿下が暴れた時、部屋の外に落ちたの、拾った」
ユーフェミアが死ぬ直前まで、テラスで書き綴っていたものだ。
ジノはそれを両手で包み、片手で裏返し宛名を見た。ルルーシュへ渡そうと思ったのだがそこには
彼女の名前ではなくその騎士の名前が書いてある。

もしかしたら、
自分に課せられた役目は、ルルーシュを見守ること以外に、他にあるのかもしれなかった。
















「……カノン」
「はい陛下」
「まだ皇帝ではないよ」
「ですが私は既にこの国の王はシュナイゼルさまであると心に決めております。そのつもりで仕えてます」
悲鳴もあげなかったルルーシュの様子にすぐ気づいたのは、幼少の頃より慕い従っていた目の前の宰相だった。
彼は何処からかやって来て、開け放された扉から中を覗き、ルルーシュの自室の惨状を見てすぐに彼女の身体をユーフェミアから
離し、遅れてやって来たカノンへ引き渡した。その途端、硬直していたルルーシュが聞き取り不能な声をあげて暴れたのだ。
全身を既に汚染されていたユーフェミアの身体に、健常者であるルルーシュを近づけてはいけない。
元より、ユーフェミアに毒を服ませたカノンは彼女の命がそう永くないことを知っていて、シュナイゼルに幽閉させた。
ルルーシュを逃がした罰という意味合いもあったが、実を言うと自分はサクラダイトの効力に恐れをもっていたのだ。
感染するとかそういったものはないが、サクラダイトの粒子による中毒に侵された人間の遺体は、兵器にも等しい。
何が起こるか解らない毒ガスのようなものであった。すぐに燃やしてしまいましょう、とシュナイゼルへ言う。
「手筈のほうはすべて私におまかせを」
普段の公務と何ら変わらない笑顔で礼をした。金髪がそれに揺れ、あまり動揺を現さない紫暗が翳る。
「そう言えば、ユーフェミアにあれを飲ませたのはお前だったね」
「はい。……そうですが?」
「そんなことを命じた覚えはなかったから」
「……え……」
閣下から見れば、ただユーフェミアに手をあげ、自分の離宮に閉じ込めていればよかったということなのか?
カノンは胸をぐさりと凶器に貫かれるような衝撃を感じた。彼の見つめてくる瞳が暗さから、徐々に鋭さに変わっていく。
「陛下、その、……」
「ルルーシュの様子を見てこよう。その件についてはまた式が終わってから話す」
張り詰め出した空気が、一瞬で弛んだ。ほう……と凝縮しだした心臓が柔らかになっていく。
カツカツとブーツを慣らし大理石の床を行くシルエットを見送りながら、シュナイゼルの静かな追求にカノンは混乱した。
何故だ?殺したほうがいいからと思って、あんな周りくどい方法をとったというのに。
すぐに仕留めようものなら仕留められていた。カノンがわざわざユーフェミアを中毒にさせたのは、死体を火葬すれば
証拠が残らないからだった。……それと、ルルーシュに妹殺害の疑いがかけられる。

コーネリアは遠いエリア11でどう思うだろう。

(所詮は前科犯なんだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは。結局弟と同じで利用される運命にある)

カノンは初めて忠義を尽くした主君に言葉を返されたショックを、恨みの心で塗り返していた。
幼い身の頃、アーニャのような使用人程度の扱いしか受けていなかった庶民層から成り上がった身の上。それを知るのは
主君であるシュナイゼルと彼の唯一といっていい友人のロイドのみ。
自分の強欲さからくる狡猾さを読める者はまず居ない。
(このまま自滅すればいいんだよ)
孤独の淵に落とされて、吐血の海に伏した妹を前にただ呆然としていることしか出来なかった黒髪に、卑しい笑いを覚える。
はやく絶望して、主君のものになってくれたらいいのに。









「ルルーシュ」
呼びかけたが案の定応答しない。何もない天井と、部屋の窓を見ながら、たまに瞼を閉じるのみ。ルルーシュの身体は客間に
通されていたが、椅子とベッド以外何も無かった。ようやく謁見の間から帰ってきたシュナイゼルは早速ルルーシュの下へ来て
その変わり果てた静かな姿に言葉を失くす。つい数時間前までは自分と会話すら出来ていたというのに、今は自分と目も合わそう
としない。稀有な色の紫電も、虚空に向けたまま。
膝元に膝をついて、細く白い手を、壊れもののように胸まで持ち上げる。
触れるのにさえ怯えていた妹は、その接触にも何の反応も示さなかった。
構わずに口を開く。
「明日はユフィとのお別れだ……」
「…………」
「せめてルルーシュ、寝なさい。疲れているだろう」
「……」
かくん、と、首が振れて、左右に小さく動いた。言葉は聞こえているらしい。でもどこかぎこちない。
それに苦笑して、包んでいた両手を離し、腰をあげ黒髪を胸に抱いた。繊細な身体に腕を回すのみ、抱き締めているようで触れて
いるだけのこの行為。だが、こんなことでもしたくなったのだ。慰めるつもりなんて更々ないのに、孤独になればつけこむ隙も出来て
自分のものにしやすいのに……何故だか、暖めてやりたくなった。恐れないで、と励まされた思い出が自分の中に強すぎるからか。

シュナイゼルの肩口に埋ったルルーシュの唇が若干震えている。
寒さに沈んでいる、身体。
昨日はたやすく組み敷けたのに。







朝になり、数年前に行ったマリアンヌの告別式とは比較にもならないほどの小規模なそれが、王宮で開かれた。
皇族で主に参列するのはシュナイゼルとルルーシュ、皇位継承権が近い者くらい。
父シャルルは我関せずといった風にテレビで全国中継される場に就いていた。

皇族にしか与えられない花があるのなら、その皇族が眠る墓地も一人一人に用意されるものである。
ユーフェミアの身体が火葬されてる間、ルルーシュは一人、そのすぐ傍に腰を落とし焼ける窯の音を聞いていた。常に式の間も
ユーフェミアの棺から目を離さなかった。
その場にはシュナイゼルも、寄り付けなかった。ただその小さな背中が無人の野外に佇んでいるのを部屋から眺めていた。

「陛下」
「……カノンか」
あまりにも長い間そうしていたからか、腹心が部屋へやって来ていたのにも気づかなかった。瞳を巡らして緑の軍服を見やる。
彼は茶髪を伏せて、床一点を見つめていた。シュナイゼルは窓際からは離れずにそちらへ体を向ける。
「私には、あれに執着する理由がわかりません」
「誰のことだい」
「あの女のことです」
憎らしげに眉を寄せて、離れた距離から窓の下を睨む。ルルーシュが膝を抱くようにして長い筒から煙が上がっていくのを
見送っていた。
「マリアンヌさまならばまだ解ります……何故、何故あの娘の方なんですか。なんの取り柄もない彼女のことを」
「あの子は芯が強い」
「今は折れています」
「君がそうしたからね、……私もだが」
寄りかかっていた身を起こす。シュナイゼルはカノンの前を横断して、自室のクローゼットを開けた。その中には男性用の衣服は無く
ただ一着のワンピースのみ。今日の式でルルーシュに着せたものと大体のデザインが同じもの。しかし、サイズはそれより幾分か
小さい。何故ならそれはルルーシュが幼少の頃自分から捨てた、愛用していたドレスであるからだ。
「カノン、君にもあると思うのだが」
「?」
「人間は指針となるべき支えを求めるものだ。私にはルルーシュがそれで、ルルーシュのそれが、私になることを求めている」
「……そんな」
シュナイゼルはルルーシュが男の格好をするようになってから、彼女を皇居でよく観察するようになった。
このドレスはその時に彼女自身が泣きながら捨て、焼こうとしていたもの。だからか裾や腕のあたりが焦げてしまっている。
これをシュナイゼル自身が大切にすることはあまり意味のないことなのかもしれないが、
自分自身を否定するルルーシュには必要なものだった。
「陛下、おやめください……」
「-----------」
「ルルーシュ殿下の気持ちは、貴方には向かない」
「知ってるよ、でもね」

(だからこそ手放せずにいるんだ)
ルルーシュが捨てた、このドレスと同じように。






もう一人居る”自分”のシルエットが、より鮮明になってきた。
カノンが退室して再び一人になった部屋に、もう一人気配を感じる。後ろを振り返ればその”彼女”がシュナイゼルを前にして
泣いていた。白のワンピース姿が幽鬼的で。
「どうした」
まるで胸を押し潰されるような思いで、名を口にしようとする。しかし解りきったことだがそれは無理だった。
彼女と自分は同じすぎる。
このことは何を暗示しているのか。名前を呼べないというより知らないシュナイゼルは、何も解らない。
自分から手を伸ばそうとして二三歩近づけば、するりと後退し彼女は影となって扉の外へ抜け出ていってしまった。
触れたのは、扉のドアノブ。咄嗟に握った。
シュナイゼルはそこで少女の余韻に浸る間もなく、嫌な予感を感じ廊下へと飛び出した。あの少女はルルーシュじゃない。
解っている、でも、-----------急がなければ。
急いで駆けつけなければ、……”誰か”が自分を呼んでいた。


















日もすべて落ちて、火葬した煙も途絶えても、ルルーシュはずっと天を仰いで動かなかった。
王宮の回廊から中庭へと抜けて、皇族しか弔うことのない、普段は全く人気の感じられない墓地へジノは進む。
彼は、一人柱に凭れ膝を抱えるように座る白いドレスを目指し、墓標と墓標の間を進んでいた。ここには祖父も両親も
眠っている。
その傍らにまるで墓守のごとく居るルルーシュが、魂の抜けた人形のような存在に思えてしまって
ひどく焦った。自分がユーフェミアとルルーシュを守りきれなかったからだ。だから今のような状況になっている。
まさかこうまで事が進むとは思わなかった。あそこまで部屋のテラスにいたユーフェミアが思いきったことを迷いなくするとは
思ってなかったのだ。人間とは自分を一番大切にするものだから。
折角のルルーシュと過ごす余生を投げうって、代わりに成そうとしたことをジノは崇めずにいられない。
「殿下」
小さく、その柱の影から見える肩へ声を掛けた。
ルルーシュは窯から出された遺骨が納められた陶器の箱を、大事に抱えている。
それは此処のどの墓標の下に埋葬されるのだろう。
胸がただ痛かった。------------これはユーフェミアがジノに遺したものだ。
「殿下……」
再び呼びかける。起きろ、起きてくれ、と思った。そうしなければ自分自身自滅していくしか道は無い。
そんなのスザクが許すはずない。
檻で自分を守るのでなく、自分を消滅させようとする為に囲うなんて。彼女らしくない。
そして誰も望んでない。
「ルルーシュ殿下」
黒い髪、エリア11で顔を合わせた時より幾分か伸びた。更にいつもより白く感じさせる頬に生気は全く無い。生き返れという思いで
傍らに腰を落としてその紫電を覗いて見た。予想以上に”何も見ようとしない”、まっさらな眼窩をしていた。
異母妹の骨を抱く、彼女自身が骸のような。

その時、突然銃声がした。広間のほうだ。
「……!?」
森の中に位置する墓地からでは、音の発信源は解ってもその様子は解らない。
(一体何が)
予測不能の事態に混乱しそうになる身体を落ち着かせるように、胸のホルスターにある銃を無言で取り出した。もしかしたら
ユーフェミアの葬儀を利用して反勢力側……レジスタンスでも侵入してきたのかもしれない。もしくは内部抗争か。
しかし、王宮の警備は厳重だ。
-----------それじゃあ。
足元を見れば、ルルーシュが不思議そうに顔をあげていた。流石に危機感を覚えたらしい。
ジノは銃を利き手に持ち直し、空いた手でルルーシュを強引に芝生から起き上がらせた。共に行動しなくては今度こそ守れない。
「殿下、行こう」
「……っ、」
「此処にいたって、ユーフェミアさまは還ってこないだろう」

その場に遺骨だけ置いて、走ろうとした。でも引こうとした体が両足で地面に踏ん張ったからか、
ルルーシュの足はジノには続かず、派手にその場にこけた。
苛立ちに舌を打つ。
当然拒んでいるのだ。危機に瀕してもそれから回避することに。
一歩でもユーフェミアから離れること、彼女を忘れて先を進むことに。口をきかないとはそういうことなんだ。

(癒されるのも拒否してるんだ)

「でもな、ルルーシュ殿下」
「----------」
「此処にずっと居たって、何も始まらない」
「……」

ぐい、と再度引き上げる。細い手は折れてしまいそうだが、それでも今度は懸命に自分から足に力を入れ、
ルルーシュは立ち上がる。瞳はまだ虚無を映していたが、贅沢も言ってられないのでジノは肩を抱くように背中に手を回し、
王宮へ走り出した。

目の前を遮る回廊、白い柱の間を足早に走っていく集団がある。グラストンナイツだ。皇帝直属の自分たちと同じ位であるような
あの隊が、一体誰の指示で動くというのだろうか。
二人、それを眺めて、双眸を見開いた。行き当たる人物は一人しか浮かばない。

当然である。
ユーフェミアを慕っていたのは国民やルルーシュだけではない。
もう一人居たのだ。この国には。




















通常、皇帝が座す玉座には不可侵の領域がある。聖域ともいっていい、選ばれた者以外が侵入してはいけない空間が。
しかしブリタニアにおいてその皇帝の他に一人、玉座に近づくことを許された人間がいる。それは、国王であるシャルルから
他国支配の象徴である剣を公衆の場で渡された者。今は広間の長い長い赤い絨毯の奥に起立する人物。
---------シュナイゼルはその大剣を手にしていた。持ち出しは許されていない。いつもならば護衛役が持っているか
玉座に備えられているかのどっちかだった。
何故それを構えているのか。腹心のカノンと同じくらいの付き合いをしてきた、先日まではユーフェミアの親衛隊であった
ダールトンより突然の奇襲を受けた為である。
薄い衣しか身につけていないシュナイゼルは肩で息をし、義息であるグラストンナイツを引き連れ
刀剣を向ける将軍と対峙していた。彼の後ろには数人の屍が転がっている。自分の護衛であった。彼らがすぐに気づいてくれなければ
柱の影から飛び出すように襲ってきたダールトンに、シュナイゼルは首を撥ねられていただろう。
「-----------宰相閣下」
憎い憎い憎い、ダールトンは不甲斐なかったその気持ちを全部ぶつけてくる。
グラストンナイツにより絶命された部下たちをその肩越しから眺めながら、避ける時に拳で強打された腹部をグ、と押さえた。
内臓まではやられていないが、肋骨が軋むような感触がする。
冷静にダールトンの視線を受け止めて、痛む肺からゆっくりと息を吐いた。
「手荒だね随分と」
「……閣下の所業よりかは、妥当です」
「とは?」
「-------------人の心は一度壊れたら戻らないと言います」
「そうだね……」

「貴方のせいで、ユーフェミアさまもルルーシュさまも、死んだ」

廃人のようだ、と言いたいのだろう。
シュナイゼルは否定のしようもないから、黙って頷く。心の内ではカウントを刻んでいた。あと数秒だ。こんな雑談も。
「では将軍。君は感情のままに私を仕留めて、一体何をしようとするんだね?プランは……?」
「何……」
「私を壊す人間としか見ない、それは結構だ。元々私にはそれしか能が無い。国を侵略する力と人を掌握する力だ。
それしか私には根付いていなかったんだ------------生まれた時から。君の上司になる前から、私はこうだったんだよ」
別に責めるつもりで殺そうとしてるのではないにせよ、シュナイゼルにはダールトンの心情が馬鹿らしくて仕方なかった。
例えカノンが薬を与えていなくても、きっと自分が殺していた。
ユーフェミアのことを。……ルルーシュが気持ちを向ける者すべて、自分は許しはしないから。自分に無いものを当然のように
手にする彼らが気に入らないから奪い取る。
政治と同じだ。
今までと同じだ。
これからもきっと同じだ。

「私を殺しても何も変わらないさ」

お前が一番解っていることだろう?……と、笑いかける。
その後ろで扉が開き、ダールトンもその背中を守っていたグラストンナイツたちも、全員が振り返った。
シュナイゼルは剣を抱え直し、絨毯の道から去る。
銃砲が槍のように、彼らの身体を虫穴に貫いた。
硝煙が霧のように広場を満たし、視界を奪う。けれど、黒と緑のシルエットで、シュナイゼルは腹心の部隊が駆けつけてくれたのだと
知った。
胸と足、手と指。四方に散らばった空薬莢と肉片を避けもせず、平然とダールトンのもとまで渡った。
「暗君……っ!!」
妹のように血を吐いて、絨毯の上に巨漢が倒れる。
それが地面に伏せてしまう前に、差し出した両腕で受け止め、穴だらけと火薬の匂いに満たされたダールトンの半身を
シュナイゼルは支えるように抱えた。再び吐き出した血が、着衣に染み込む。白地に鮮血がまばらに染まっていった。
「あ、ぁ……ぐ」
「痛いかい」
「……か、……っか……」
「痛いだろうね。-----------もっと、私にその感覚を教えてくれ」
ピクリともしない後ろのグラストンナイツたちの亡骸を見もせずに、腕に抱きとめたダールトンの身体を上へと返し
そのこけた頬に触れた。皮膚がそげたところを手袋で触れたら、じわりと血が噴出す。それを目を開いて、じっと凝視した。
「お前はきっと純粋なんだろう。欲しいものが当たり前に手元にあって。守ることに寛容で……」
「……」
「いいな、いいな、ダールトン。私は生まれた時から孤立してた。強いということは理解されないことなんだぞ。覚えておけ」
そう言って、抱えた身体を絨毯へ下ろした。立ち上がり、取り出した長剣を足元にある首に突きつける。
それを静かに、安心したように、駆けつけたカノンは目にしていた。

王たる人間は迷いが無い。
孤独に苦しむことがあっても、それをそのままに、奪う側へと回ることが出来る。
ああそうだ、シュナイゼルの生きる目的と意味は、きっとそこにある。彼には元から”自分のもの”なんて無いのだ。
だから死ぬまで、きっと生きている間ずっと、強欲で居られる。

仰向けたダールトンが余力を振り絞り、薄く開けた唇で何か伝えようとした。--------------でも、
広場の絨毯に寝転がることなんてなかったから、突然天井を仰いで、そこに描かれた画に視線が釘付けられてしまう。
皇帝さえも今自分を殺そうとする王でさえも、天なんて見上げないからきっと気づかない聖母子が描かれた天井画。
それを見つめるダールトンの視界を遮るように、振り上げられた剣先が銀の一線となって、落ちてきた。


















内部と外部。正に両側からその日、王宮は襲撃を受けた。……いや、受けている。
ジノはルルーシュの手を引きながらせめてもアーニャと落ち合おうと長い長い回廊を渡っていた。が、すぐに異変に気づくことになる。
目の前に浮かぶ戦艦の、誰の軍であるかを示す紋章が---------信じられない。
銀の矛をイメージさせる、多分彼女の騎士である男も同じ騎士証をつけているだろう、旗の紋様。
ルルーシュは金の羽だ。その真逆ということは……。
(確か)
カノンはユーフェミアの死を、司法解剖もせぬまま先にエリア11へいる、ある人物へ伝えた、と言ってなかったか。

どう伝えたのだろう。

まさか第一発見者が、……ユーフェミアの死に場所が、彼女の部屋であったなんて伝えてないだろうな。

月夜を背景に雲間からやってきたコーネリアの軍艦。本国に常駐するアヴァロンとは兄弟機とでもいっていい、軽アヴァロン。
それでも複数カモメが空を飛ぶようにやってくる様は、充分ジノを戦慄させた。コーネリアはカノンの言葉をそのままに
受け止めたのか。

ジノは隣のルルーシュを見る。
繋いだ掌はただ冷たく、月光の下であるからか白い顔は生気がなかった。銃撃のしたほうをボウ……と見つめている。
その身体を強く引いて、闇夜にも溶け込めるような場所はないか必死に探した。空をごうごうという音が包んでいる。
すぐにも砲撃が飛んでくるんじゃないか、と振り返った時には、目の前を渡っていた回廊の半分が爆撃を受け
弾けとんだ。

「--------------------…………っ!」

咄嗟に身を挺し、ルルーシュを下敷きに地面へ伏す。黒髪を腕に抱えて、大きい瓦礫や小さい石の破片が雨のように降ってくるのに
怪我をさせないよう、自分は屋根代わりとなった。
腰を強打し、下半身が痺れてすぐには動けない。
シュナイゼルの住まう離宮だけを狙っているだろう攻撃は、威嚇射撃から本格的なものへと切り替わったようだった。
ルルーシュは下敷きになった足を、窮屈そうにして、抜け出そうと身じろいだ。けど、負傷したジノの重みで身動きがとれない。
肩口に埋る金髪をぼんやり見ながら、瓦礫の山たちへ顔を向けた。その端に夜空があって、月が雲に隠れていってしまうのに
残念な思いを感じる。
そしてジノも戦慄した異母姉の戦艦を目にして、そこへ静かに腕を伸ばしてみせた。--------------何かを請うように。








(お願い)
…………もう死にたい。