幼い頃からルルーシュという我が主君は、とって
も……もう心底呆れてしまうくらい強情でプライドが高く、
大がつく程の負けず嫌いだった。スザクは愛機のコックピットから身を投げ出して音も立てずに着地しながら思う。
ふっ、と顔を上げて見た先には、モニターを覗く蒼髪の横に漆黒の皇女の姿があった。ルルーシュは就任式の衣装とは別の、
兄シュナイゼルやコーネリアが身に着けるような軍服姿で『んん?』と唸りながらスザクのデータをセシルから聞いている。
斜め後ろにはその様子をにやにやと見つめる銀髪が居た。ロイドは眼鏡を白衣の袖で擦りながら、ぼうっと彼らを見上げる
スザクを視線だけで引き寄せた。とても視力の悪い上司は、裸眼の状態だと人相の悪さが倍となる、どれだけスザクがその顔を
見るのを恐れているかきっと知らないだろう……まあ食べ物の好み以外でプライベートな情報は知られていないと思うのだが。
「------只今戻りました。……殿下?」
肌にぴったりと吸い付くような生地のスーツを寛げながら主君の横へ並んだ。椅子に腰掛けるセシルが顔も上げずに『お疲れ様』と
口にして、一瞬自分が言われているとは思わず、僅かに返事が遅れてしまった。
スザクはじんわりと汗が滲む両手から手袋代わりのグローブを外し、くるっと自分へ振り返った主君の前で礼の形を取った。所謂片腕を
胸に掲げるようにして構えるポーズである。これは騎士になっても先日まで行っていた兵士のそれと変わらない。
「まさか殿下が特派の施設まで足を運ばれるとは思いませんでした……僕はてっきり今日もご公務なのかと」
予定外の行動をとられると共同体である自分には迷惑この上ないのだが、という嫌味を込めてにっこりと笑って屈んでみれば。
「明後日の作戦ではお前の獅子がキーとなる存在だからな、当然司令官として女史や少佐の意見も聞きにきたんだ」
『仕事のうちなんだ何が悪い、文句があるなら言ってみろ』という顔をして笑い返された。互いの空気にピシリと皹が入る。
此処に上司が居なかったら盛大に溜め息をついていただろうなあと眉を顰めて、スザクはふいと顔を反らした。ルルーシュはもう
騎士の言葉には興味も無いのか、セシルの指が踊る操作卓と画面へ視線を注いでいる。
「基礎データの構築の進行具合はどうだ」
「既に応用段階にまで進んでいます。明後日の作戦の前に一度シミュレーションを行えるくらいの余裕はありますわ、殿下」
「そうか、……やはり体力値だけはいいようだなこいつは」
「こいつ、って」
勝手に人の職場に乱入してきてよく言う。スザクはどうにかして体勢を持ち直して、モニターを見るべく一歩踏み出し前へ出た。
後ろ髪をひとつに纏めた少女は、尾のようにそれを揺らしながらスザクへ振り返って、僅かに視線を落として厚い皮膚のはった
青年の両手を見る。何がそんなに気に食わないのか、先ほどのスザクのように眉を顰めてルルーシュは瞳を暗くしていた。
その様子が流石に気になってしまって、今度こそは嫌味もなく長身を屈ませて、肩ほどの位置にあるルルーシュの顔を覗きこんだ。今更
恥かしがる事もないだろうと思って息が触れるほどの近さで瞳を交わして。
「……何か?」
「-----いや、……立場も仕事も変わったばかりなのに、無理ばかりさせているような気がして」
「え、」
真っ直ぐに見上げてくる紫電に恐れを感じたのか解らなかったが、スザクは意識するよりも先に一歩引いてしまった。ルルーシュは
露出されたままの青年の掌をとって、筋くれだって胼胝ばかり出来てしまった指を手袋ごしに触る。が、労わるような優しいものでは
なかった。
「准尉」
責めるように声に怒りが混じる。
「殿下……」
どう対応していいのか解らず、スザクは肩を竦めてみせた。まさか皇女の手を振りほどくなんて事は出来はしない。
ロイドとセシルは両側で二人の応酬を見つつも、半分は呆れ顔で見守っていた。
む、とルルーシュはそんな彼らへ『じろじろ見るな』という意味を込めた視線をやると、セシルは苦笑しつつも耳を塞ぎ、
ロイドは女史と共に背中を彼らへ向けた。
以下、私事を交えた本音の掛け合いである(職務中)
「〜〜あんなに俺が言ったのに、何だこの手はっ。指は?胼胝は!前より酷くなってるじゃないか」
「そりゃそうでしょう、訓練だって普通に受けてるし……」
「俺の執務に付き添っているのに、個人訓練の他に、お前は他の奴のにまで付き合っているのかっ?」
「--------僕はまだ未熟ですから、階級ばかりが先立ってしまって、追いつくので精一杯です」
「嫌味か?それは」
「……そんな事はありません、皇女殿下」
一触即発な掛け合いをしながらも、繋がれた手は離されない。人前で接触して尚且つ小言まで洩らすのは勘弁してくれ、と
スザクは泣きたくなった。だが全力で引こうにも、華奢なルルーシュを無意識に気遣ってしまうのか、掌を振りほどけない。
あんまり他人の体温に接するのも、気を遣われたり優しくされるのも得意ではない。まだ彼女のものならば
馴染んだものだから我慢出来るが、これがルルーシュの異母妹だったりあの異母兄のものであったら無言のままに振り捨てている所だった。
「殿下、本当に無理はしてませんから、だからその、手をですね」
「…………っっ」
離して下さい、と能面の素顔に貼り付けたような笑顔でスザクはルルーシュの腕をやんわりと外そうとした。が、瞬間少女の顔が
くしゃりと歪み、悲しいのか侘しいのか切ないのか、とにかく思い通りに伝わらない親切心を捻じ曲げられてしまったような、
そんな風に騎士を責めるような眼差しをして、ルルーシュは小さく頭を伏せてしまったのだ。
身に着けた黒い手袋が、包んでいた青年の指からそっと離れる。
ルルーシュは主君としてではなく別に、ごく親しい間柄であったからこそ、青年の嫌いなものや得意でないことを知っていた。
だからこそ、主君だからといって騎士を好きにしていいものではない事と同だけ、
身を弁えてスザクの行動や信条を認めなくてはいけないと思ったのだ、思っていたのだ。本心を隠しながら自分を傷つけるスザクを
独占しているからこそ、その事を忘れてはいけなかったのについ図に乗って付け上がってしまった。
「……悪い」
ぴく、と離れたスザクの指先が震えるように動いた。驚くほど素直に少女が引き下がったからだ。普段はもっと強欲で高慢で、
スザクが相手だからこそ我儘を言ってみせたりもして、……そんな態度で身勝手な願いをまた押し付けられると思っていただけに、
拍子抜けしたような顔をしてスザクは瞳を瞬いた。まるで猫のように耳をしゅんと下げて、自分を見上げてくる。
ルルーシュは膝まである裾を閃かせて、騎士から顔を背けた。長い前髪が白い面差しを隠して、より一層スザクの焦燥を煽る。
「あの、」
「セシル、ロイド。……私はこれから兄君と明後日の打ち合わせに少し出ていく。供は要らないから、もう上がりのようだったら
枢木准尉を休ませてくれ。明日には明日の職務が待っているからな。----------俺が見ていないからって無理するなよ!」
前半は上司達へ、後半の低いぼやきは白い騎士に向けて零された。ルルーシュはそのままブーツの踵を鳴らして調整室から出ていく。
黙って見送るスザクの顔を、椅子に座ったまま低い視線でセシルは面白く窺った。
「ルルーシュ殿下、随分とご立腹のようだったけれど、スザクくんの前だとまるで乙女ね」
「へっ……乙女?彼女が?」
女史の言葉にすぐにも反応したスザクは、普段の無表情を崩して目元を赤らめてみせた。手の甲で顔を覆っているから本気で恥かしく
思っているのだろう。その様子を冷ややかにかつ無関心に見咎めながら、ロイドはセシルの背後から腕を伸ばして操作卓に触れた。
ピッ
小気味いい音が鳴り、数値の羅列であった画面はより簡素なデータベースへと移行した。縦のグラフと斜めに数値の計算がされた
バイアグラフ。勿論スザクの基礎データとランスロットのシミュレーション結果を照らし合わせたものだ。その画面と情報が
曇りのない上司のレンズに映るのをぼんやり見つめる。スザクは結果を確認するロイドの言葉を姿勢を正して待った。
「君は気づいてないだろうけど、准尉」
「---------はい……」
『?』とセシルとスザクが首を傾げているのを見もせず、ロイドは勝手に切り出して言葉を続けた。
「殿下が現れる時に限って、ランスロットの数値の値が凄いよ。……勿論シンクロ率で」
がくっ、と膝の力が抜ける感覚を味わいながら、無意識の作用って恐しい、と思ってしまった。
(まるで参観日の時に母親の前ではしゃぐ子供のようじゃないか、自分は!)
ルルーシュは呆れていた。顔にはあまり感情は出ない方だからいいが、もしストレートに出てしまう性格であったなら
廊下を走りながら白い騎士への不平不満を暴露していた事だろう。ぱたぱたと軽い音を立てながら思いに耽る。
幼少の頃。エリア11を獲得し設立した、まだブリタニアの勢力が世界のおよそ四分の一を占めていた頃、ルルーシュは
父の背中に隠れながら、人質代わりにやってきた日本の総理大臣の嫡子、スザクと出会った。
勿論それがファーストコンタクトであったのだが、まだその時ルルーシュはスザクの家の背景も、自分達の未来を示す上下関係も
理解してなかった。10も満たない子供に無理を言うのか仕方ない事だが、兄や姉の語る政治の話が事のほかルルーシュは嫌いだったのだ。
厳つい顔した男たちに囲まれながら、華美な正面通路を覆う絨毯の上に降り立ったスザクは、一見とても純真そうな子供に見えた。
----いや、今だってああ見えて心根は真摯で優しいのだ。ただ青年となる段階でスザクは皇族の連中を忌み嫌うようになった。
数年した後、家庭教師や楽師に勉学と文化を習うルルーシュとは別に、学園へと通うスザクの制服姿を謁見の間の外で発見した。
きっとこの男がエリア11で現在、英国の占領下に置かれながら政治を執り行う数年前出会った少年なのだろうと思い出し、軽く声をかけようと
肩に手をかけたのだ。勿論、友好的に振舞って。
ぱっと振り向いた少年はルルーシュの指先を掴んで、勢いよく真っ逆さまに振り下ろした。バキ、という関節の鳴る音が響き、
ルルーシュは悲鳴をあげるよりも先に膝をおり、絨毯の上に蹲った。スザクは皇帝に謁見するわけでもなく扉の前で、
僅かにあいたその隙間から、……『何か』を覗いて見たのだ。表情は強張って冷たい汗が頬を伝っていた。
ルルーシュは理由が知りたくて、臣下の者が駆け寄ってくるよりも先に自室へと引っ張りこんだ。ガチャンと二重に鍵をかけて、
心理的にも心を閉ざしてしまっただろう少年の固い口を解すように、務めて柔らかく『どうしたんだ』と声にした。
流石にずきずきと痛む手首を擦りながら、立ち向かう膝は震えてしまっていたけど、それでも母国を奪った者として、
少年の鬱積を少しでも晴らしてやりたかったのだ。
外が少し騒がしいな、と耳を研ぎ澄まそうとした時、学生服の肩を落としたままやっとスザクは口を開いた。
『……ごめん、なさい』
一番に、胸へ届いたのは少年の謝罪の声。二番目には労わるように両手が差し出されて、ルルーシュの腫れた手首は
皮膚の厚い男の掌に覆われる事となった。まだこの頃は皮膚も爛れてなく、胼胝だってなかったように思う。
そしてルルーシュにとって、暖かい、と他人の手を評価したのはあの時が始めてだったのかもしれない。
『ブリタニア皇帝の謁見室で、何か見たのか?』
安心したのだろうか、ルルーシュは質問をぶつけた。
『……俺には中の声も、何をしていたのかも解らなかった。別に誰かに口外したりはしないから、同い年のよしみとして教えてはくれないか』
『別に、僕は何も見てないよ、…いや、見てません』
『だったら何でそんな顔してるんだ、見てるこちらが腹立たしくなるくらいしかめっ面だぞ』
『なら見なければいいじゃないですか』
『気になるから言ってるんだろう』
『言ったとしても、皇族の貴方には関わりのない事だ』
『---------エリア11に関連した事なのか』
ぽつり、と零した言葉は見事に的を射ていたらしい。
スザクは翡翠を見開いて『しまった』という顔をした。僅かに目の端が緩み、ルルーシュの包んでいた掌をパッと離して、
扉の前へと後ずさる。『待て』と声をかける前にスザクは身を躍らせて回廊の方にまで出て行ってしまった。それを慌てて追いかける。
スザクの足は速かった。ルルーシュは身軽ではあったが足は遅かった。
そう、いつも身体能力では弟に負けていた。手を伸ばそうにも腫れが酷くて思うように動かせない。それでも見失わずに
動体視力にだけは恵まれた双眸を開いて、夢中に走っていく学生服を追った。追いつく事は出来なくても探し出す事は出来る、見失わなければ。
それだけを思って、やっとの事でルルーシュは少年を追い詰めた。スザクは壁の隅に背中をつけ、ぜえはあと息をついている。
鋭く吊り上げられた翡翠が、膝に手をつくルルーシュを凝視した。ひいひいと喘ぐように咽喉を震わし、長いだけが取り柄の黒髪を肩へと払う。
そんな風になるまで追いかけてきたルルーシュに関心したのか、とうとう白状するように口を開いた。
『僕は、君たちが凄く嫌いだ』
両手にナイフなり弓など持っていたら、すぐにでも危害を加えそうな、そんな眼をしてスザクはルルーシュを見ていた。
殺したいくらいに嫌いなんだな、ブリタニアに買われたイレヴンのくせに、と思わないでもなかったが、…それでも、何故か
慰めずにはいられなかった。
この時ルルーシュは14才を過ぎたばかり、スザクはあと半年かそこらで15になろうとしていた頃だった。
腫れた手首を持ち上げて、衝動のままに少年を壁に縫い付ける。頭ひとつ分高い位置の翡翠を、引き止めるように睨みつけた。
お願いだから『嫌い』という気持ちだけで生きて欲しくないというように、
そう思うのならそれ相応の憎悪を込めて、一矢報いて欲しかった。この、奪うだけしか能のない箱庭のような帝国を、
根底から崩すような気持ちを抱いて、いつかその時が来たら自分と手をとって共に国を壊そう、と--------。
大切な約束を破って、弟と別れ別れになってしまった、この時のルルーシュにとっては最初の誓約だった。
スザクにとっては『なんだこの女』というような、ある種他の人間とは違うと思った最初の出来事、ルルーシュのもつ瞳が痛みではなく
挑むような獰猛な色に変わった時、差し出された手をスザクはとった。
『僕は、君を傷つけることしか出来ないよ、手痛いだろう……?』
『ああすっごく痛い。床に叩きつけられたのなんて初めてだったし、こうまで必死に人を追いかけたのも初めてだ』
『じゃ、僕は』
掴んだことさえ信じられないという素振りをして、スザクはパッとルルーシュから顔を背けた。なんて女々しい奴と思った。
そんな人間のままでは、気性のままではきっとねじ伏せられる。長いものに巻かれるのなら誰だって出来る簡単な事だ。
頼むからそんな眼をして諦めるのは止してくれ。憎む気持ちを真っ直ぐに向ける事が出来るのなら貫き通してくれ。
……そんな願いをして、ルルーシュは咄嗟に少年の首に腕を回した。自分の元を離れる弟が最後に見せた表情と、同じに見えてしまったから。
『で、』
何か言おうとして少年の胸が膨らんだ。しかしグ、と身体を押し付けてルルーシュはリードをとる。
『俺はこの国の皇女だ、------------お前は日本の総理大臣の嫡子だ!』
『……』
『憎い殺すなんてきっと誰にだって言える、俺にも殺したいくらい憎む人間が沢山居る。お前が皇族を嫌うのと同じだけ俺にだって変えたいものがある。
取り戻したい人間も居る。だから、……手を組まないか、俺たち』
『手、…?』
『俺は父親が憎い、お前は皇族が憎い、内容は違うが目的は同じだ。……俺が17になる時、きっとお前を騎士に選ぶ』
『騎士って、君の?』
『そう、俺はお前の居場所になるから、お前が俺の剣になるんだ。ギルフォードから聞いたが、大した剣技だそうだな、姉君にも買われて
軍にも入っているんだろう。いいじゃないか俺の騎士になるくらい』
『くらいって、…でも僕はイレヴンだ』
『俺がいいんだよ』
『………………君は……』
ずっと堪えてた、重い息を吐き出すように、スザクは少女の肩に身を預けた。きゅ、と柔らかく背に腕を回す。接触は嫌いだが
この少女の体温なら享受出来る。少年の中でルルーシュが特別な位置になった事の確かな証明でもあった。
影の努力家であるスザクは、ルルーシュの見ていない場所で実に様々な訓練をする。
あの時、ルルーシュが謁見の間の前でスザクを見つけた時、彼は決して真相を口にしなかったが、皇帝と側近であるシュナイゼルが
英国軍で歩兵隊として入隊していたスザクを日本へ追いやって、総督であるクロヴィスの下に就かせようと話していたらしい。
まさか自分の培った能力が、更に母国を汚し貶めることに使われるとは思いもしなかったスザクは、やってきたルルーシュの身体に
乱暴な事をした。事情をすべて兄弟から聞いたルルーシュは、配属するなら腹心の部下であるロイドとセシルが所属する特派へ、と
自ら皇帝へ進言した。肝いりの部隊に他国の人間を送るなんて考えもしなかったシュナイゼルは、王座の横で冷や汗をかいた。
しかし一歩もルルーシュは譲らず、歩兵隊から特派に異動させ尚且つ准尉にまで昇進させた。尉官でなければ騎士候にする事も
出来なかったからだ。
「お前はいつだって、大切なものを傍に置いておくことに戸惑いがないな、ルルーシュ」
「お褒めの言葉として受け取っておきましょう、兄君」
明後日の作戦、まあ簡単に言えば内乱の続くエリア11を鎮めるという名目で第七世代ナイトメアフレーム、スザクの操るランスロットを
世界へと知らしめるといったものだが、その打ち合わせも兼ねて妹と異母兄は中庭に面したテラスで茶を飲んでいた。
「まさか本当に枢木くんを騎士にするとは思わなかったよ、お兄ちゃんは」
「その気持ち悪い愛称を自分で提唱されるのはお控えください。……准尉を私の騎士とすることはもう、数年前に決めていましたから」
「む。そんな前からなのか?お兄ちゃんは悲しいなあ」
「……気持ち悪い……!」
心底、といった面持ちでルルーシュは紫電を顰めてみせた。兄は不敵にも動じずルルーシュの苦手なストレートの紅茶を飲んでいる。
対する少女はジャムと蜂蜜をスプーンで入れた紅茶を、ふうふうと冷ました後でゆっくりと飲み込んだ。打ち合わせよりも
雑談で終わってしまうのは如何なものだろう。しかしシュナイゼルは燦燦と差し込む陽光を紫暗で受け止め、憮然と茶菓子に手を伸ばす
妹へ視線を向けた。
「まあランスロットのデヴァイサーとしてなら、彼の事を認めてやっても構わない」
「は、はあ」
「しかし、その……まさか男女の関係は無いだろうね?」
ぶほっと口から菓子を吹いた。女子にあるまじき失態である。案の定妹の体裁をぶち壊す事が出来たのに満足したシュナイゼルは、
女性が見たらそれはもう和むような微笑をして、けほけほと咳こむルルーシュへナフキンを渡した。
「その様子なら心配いらないかな」
「自分と、准尉は、皇女と騎士以上の関係はございません!」
言ってて悲しくなるが、とりあえず嘘でもないのでルルーシュはナフキンをテーブルに叩き付けた。
「でもなあ、この間侍女が噂しているのを聞いたが、……」
「な、何ですか」
「お前、よく自室に呼び寄せてるようじゃないか、枢木くんを」
今度は椅子からすっ転げた。ガコンッと抜けた腰はしたたかに地面に打ちつけ、ルルーシュは痛みに『うぐ』と唸る。
このクソ兄、何処から何処まで妹のプライベートを知っているんだ……と呪いたい気持ちで一杯になる。
「噂は噂ですよ、兄君!」
「噂が噂ならいいんだけれどなあ。あんな徹頭徹尾人間嫌いな無粋が服を着て歩くような輩にルルーシュはあげられないよ」
「……」
うわあ、とルルーシュは声になく呟いた。スザクが笑顔で隠す内面をすっかりと見抜いてしまっている。若しくは、ロイドと
『シュナイゼル嫌い同盟』を締結している事を兄が承知しているからなのだろうか。とりあえずは両方だろう。
ふう、と軽く息をついてルルーシュは中庭の方に眼を向けた。綺麗に刈りあげられた芝生から面して、その先の奥に
離宮が見える。皇妃たちの別邸となっている宮殿だが、そこの通路は本邸へと続いているのでよく軍人も使用していたりする。
ちら、と紫電が無意識に追ったのは、桃色の髪をサイドに結い上げてひとつに纏めて、自分と同じく執務服に身を包んだユーフェミアと
一歩下がって後ろを付いていく特派の制服に着替えた准尉の姿だった。何か小言を言われているようで、憮然とした翡翠がうんうんと
頷いている。
『?』と首を傾げてじっと見るも、スザクは気づかない。そのまま奥の方に消えていき、ルルーシュの視界から居なくなった。
シュナイゼルはそんな少女の姿を見とめて、軽く嘆息した後、椅子に座り直したルルーシュへと菓子を投げて呟いた。
「女性は恋をすると可愛らしくなるというが、……妹の姿で見るとなると辛いものがあるね」
「何をおっしゃっているのですか?兄君……」
真逆な方向に勘違いした兄の顔をみて、ルルーシュは菓子の包みをビリバリと剥がしながら
自分もロイドとスザクが主催を務める同盟に加盟しようか、真剣に悩み出した。