『どうして貴方はそうなんだろう』

もう一人いる”自分”が、質問してきた。
”自分”であるからといって、その人間は外見的には”自分”ではない。私は男で、彼女は女だ。そう、女の格好をして
もう一人いる”自分”が、私へ話しかけてきているのだ。




場所は決まって私の離宮の中。彼女は柱に凭れかかり、木陰の与えてくれる優しさにまどろむかのように瞳を細めて
夢現のような語り口で言ってみせる。質問はいつも決まっていて、向かい側の椅子へ黙って腰掛ける私に対し
『貴方は……』と答えようもないことを問いかけてくる。
この夢のような幻想のような光景は、マリアンヌが死んだ頃から見始めたものだった。

彼女は黒く長い髪をして、私とほど遠くない色彩のマゼンダの瞳を持っている。
その眼差しは聖母のような慈愛に満たされているようでもあり、また、私に対して俗的な興味は全くないと言ってるかの
ようでもあった。
『貴方は正直だね』
『そうかな』
『とても正直だよ』
少しだけ線の細く見える、白いワンピースに包まれた肢体が儚げな印象を私へ与えた。
落ち着いたトーンの響きに、子供から大人へと成り代わる途中といった中性的な顔。
その表情に微笑まれる。その彼女から質問が投げかけられる。その度に鼓動が高くなっていった。

『貴方はどうしてそうなのかな』




さあ、わからないね、とまた飽きずに答えてみせた。
テーブルへ、一度落とした視線を再びあげてみれば、もうそこには彼女は居なくなっていた。



















退屈の満ちる部屋



























忠義さえ尽くしていればいつかは報われる。ダールトンは自分が拾って養い、軍人に育て上げた息子や娘たちへそう説いていた。
しかしそれはいつしか自分自身への疑問へ変わっていた。
何故だろうか。
やはりそれはシュナイゼルの命令でユーフェミアの身柄を拘束し、俗世から離れた白亜の離宮へ押し込めたからであろうか。
皇族に尽くすことこそがブリタニア軍人の信条だ。
それを曲げてまでダールトンがユーフェミアへ無体な真似を働いたのは、本人でさえ疑問に持つほど、理由がない。
本来ならば謀反を起こしてでも、シュナイゼルの命令を却下すべきところであるのに。

(俺はこの方の圧力におされているのか……)

シュナイゼルの身内の中でも極少数しか立ち入りを許されていない、奥の離宮を目指す道のりの中で、ふと立ち止まる。
疑問はどんどんと膨らんで、心の中を満たすほどに膨らんでいた。しかしその正体が解らない。解らないからこそ
自分は皇子に戦いているということでその疑問を片付けたかったのかもしれない。
思い起こせば、その命令は唐突だった。
シュナイゼルの妹君でもあるコーネリアとルルーシュが腹心の部下たちのみを連れたって本国から出て行った時。
ユーフェミアが一人でシュナイゼルの執務室まで行き、自分はその後を付いていったのだ。彼女は振り向かずいつもとは違う低い声で
どこか緊張した面持ちのダールトンを気遣う声を投げた。それが最後に聞く言葉になるとは思わず、
『姫さまこそ緊張しておられるのではないですか』
と場違いにも笑い返した。その後、数分もしないうちに後悔することになった。

閉じたドアが激しい物音とともに開かれて、壁際に立っていたダールトンの前に桃色の髪が散らばったのを見た。
すぐにも投げ出された身体を両手に包み、尻から崩れ落ちないように踏みとどまる。一体何が室内で行われたのか、と
不審に目を上げたら、まるで白塗りの仮面を押し込められたかのような表情をしたシュナイゼルが
拳底の部分だけ破れた白手袋を脱ぎ捨てていた。-------------それでユーフェミアをぶったのでもいうのだろうか。
『宰相閣下!』
『いいんです、将軍』
首を撥ねられてしまっても構わないという覚悟で、皇子へ鋭い言葉をぶつけようと口を開けば
胸元に伏せられた柔らかな髪が、ゆるゆるとした動作であげられた。そして、目にした傷に眉を顰める。彼女の顔は半分赤く腫れていた。
間違いなく目の前の異母兄に殴り飛ばされたのだ。
『……ダールトン』
真白い表情が自分を見る。
応答も出来ずただユーフェミアを抱えたまま扉の前に居れば、ゆっくりとした動作で彼はそこまでやって来た。
首を掴まれたかのような緊張が、先ほどとはまた違う速さで、足元から頭を突き抜ける。
頬と、耳が、ねっとりとくっ付いてしまうような距離にまで、彼はやって来た。
『--------------今君は何を言おう、と……したね?』

ぞくん、と身震いした。
そこからはあまり思い出せない。語るほどの行動もしていなかったからかもしれないが。
しかし、ユーフェミアとシュナイゼルの間に出来た亀裂の正体は、どうしても気になった。それすらも理解出来ぬまま、知らないまま
説明もされないままシュナイゼルはユーフェミアを奥の奥にまで幽閉しようとしていたから、
我が身ひとつが犠牲になればそれでいい、という覚悟で、再度シュナイゼルのもとを訪れ進言した。

第三皇女であるユーフェミアを、廃嫡処分とする理由が解らない、と。

彼はそう言ったダールトンを静かに見つめた後、脇に従っていた腹心の部下、カノンへ紫紺の眼差しを向けた。
カノンは苦笑ともいえない皮肉げな笑みを淡白な表情に乗せ、ダールトンへ一枚の羊皮紙を投げて寄越した。そこには皇族にしか
一人一人に与えられない調印が押されていて、その印章は間違いなく、一度目にしたら軍人は忘れられない、
ブリタニア皇帝のものであった。
『閣下のお考えに対し、承諾の意志を示されている』
『お考えとはなんだ……?そもそもどうしてユーフェミアさまは廃嫡されなくてはならないんだ』
『それは貴様のようないち軍人になど、説明しても到底理解の出来ないこと』
『……その通りだ』
不敵にシュナイゼルが笑った。やっと能面のような顔に色が戻ったのだ。しかし、それを歓迎する気持ちにはなれない。

兄と、
父。
この両者に認められて、ユーフェミアは皇族の資格と名前を奪われ、ダールトンの手によって白亜の離宮へ幽閉された。

その姿を、三年前までのスザクと重ねてみる。形こそ違えど両方ともシュナイゼルが主犯として行ったものだ。
要らないと思う人間を、すぐに闇へ葬る。
何故そうされなければならなかったのか、ならないのか。その理由さえ解ればこれほど昏い気持ちにはならない。
そして、現在……、久しく見る紫電の双眸、目にも鮮やかな緋色のマントを羽織ったシュナイゼルの異母妹
ルルーシュの姿を前にして、よりその疑問と、焦燥、ユーフェミアへの贖罪の気持ちが強くなった。

彼女は英国へ帰ってきた。この、今は絶対主権を両手に翳す、鬼しかいない王国に。





































(……将軍は、知らなくていいことだわ)




日に二回、食事を運びに来るダールトンの冴えない顔を思い出す。それに僅かに苦笑しながら、離宮とはいっても照明のない
牢のような部屋の窓際から、外をぼんやりと眺めていた。ユーフェミアはロイドもルルーシュも出入りしていたことを知らない。
知っていたら少しは、一日に読書しかしない生活をやめて、有意義な過ごし方を見つけようとしたかもしれない。
が、今はどれも詮無いことだ。
既に脱出しようなんて考えは無くなっていた。

ユーフェミアはルルーシュが英国に居て、そこで軍務に就き出した頃から解っていたことが一つある。それは、彼女が自分の目の
届く範囲と、シュナイゼルの囲う世界では、呼吸こそ出来るが空へ飛び立つような自由は得られないということだ。
何故そう思うのかと聞かれれば、それは多分、ルルーシュに干渉ではなく不器用ながらも加護を与えようとしたスザクなら
自然と簡単に答えてくれるんじゃないかとユーフェミアは期待した。
しかしシュナイゼルはスザクがルルーシュの騎士になることを認めなかった。何故だろうか?日本人だからか、
自分が討ち取った人間の息子だからか。-----------違う。きっと答えは”スザク側”にはない。

ユーフェミアは離宮に入ってから数日でこの考えを放棄した。
あまり深刻に考えずに、暢気に鳥や本と戯れていれば、もっと充実に時間を過ごせると思ったからだ。
もしそこに大好きな異母姉が居てくれたら、どれだけいいだろうか。
……どうしてもそう考えてしまうのだが、我慢しなくてはいけない。
シュナイゼルは激怒したが、自分の身を引き換えにルルーシュを自由に出来たことは嬉しかった。彼女は、それはナナリーの始末を
つけに行く為、と言っていたのだが、そんな理由はどうでもいい。自由になって、そこにスザクが付いていってくれれば、
それだけで意義はあるのだ。

ふと、今日は王宮のほうが騒がしいと思った。ざわざわとメイドたちが落ち着かなげに歩き回っている。メインの回廊に飾る花を
全部変えてしまっているようだ。……父上でも通るのだろうか?もしくは突然の客人であろうか。
当然こんな場所にいる身だから、ダールトンにでも聞かなければ自分は外の様子を知ることも出来ない。
石造りの壁の窓際に腰を凭れて、片膝だけ胸に抱えて瞑目した。もう何夜ここで過ごしただろう。一度シュナイゼルに殴られた
頬の晴れは、もう大分引いた。最初のうちは言葉を話すのもうまく出来なかったのだが、兄の目を盗んで薬を持ってきてくれた
ダールトンにはどう感謝したらいいか解らない。

ガタン、と、いつもは静かに明けられる錠が、荒く音を立てて外された。

閉じていた目を開けて、突然差し込んだ光に眉を寄せる。けれど、ずっと焦がれていた相手のシルエットが
もう目前まで迫ってきていると知覚した瞬間、驚くほど自然にユーフェミアは壁から立ち上がり、その人物へ腕を広げていた。
胸と胸が隙間もないくらいに合わさる。首元に相手の熱くなった額が押し当てられた。ずん、と身体の内部から感覚が
湧き上がってくる。黒髪が桃色の自分の髪に吸い付くように絡まった。ルルーシュだ。ルルーシュが駆けてきてくれた。
「ユーフェミア、……ユーフェミア、ごめん、ごめんな……本当に、ごめん……!」
必死なまでに謝罪の言葉が紡がれる。そのどれも大事に掬い取るように頷いて、頬に口付けしあった。
そして一足分ほど距離をあけて、後ろに付いてきていたダールトンへ視線をやった。申し訳なさそうに眉間に皺を作っているものだから
安心させるように笑いかける。
「ルルーシュ、いいのよ、将軍も」
よしよし、と。自分のほうが妹であるのに、未だ絡めた腕から離れない黒髪を、梳くように撫でた。
しかしルルーシュはそれで良しとしないのか、何度も頭を振って、感情がほろほろと零れてしまわないように口を一文字に
引き結び、真っ赤にさせた顔で、切なげにユーフェミアを見つめ返した。何度この異母姉は、心の中で自身を責めたのだろう。
少しでもそれが緩和すればいいと願うように、絡めた腕を解いて、フラフラと安定しない足取りではあったが、力を込めて
また両腕に抱き締めてやった。びく、と肩が強張る。ダールトンが複雑げにどんどん顔を曇らしていく。ああ、本当に、
自分のこんにことでそんなに胸を痛めてくれないでほしい、と、ユーフェミアが泣きたい気持ちになった。
















ダールトンは、ありえない速度と日数で帰国したVTOLの着陸を前にし、もう自分は逃げられないと強く感じた。
腰まであった黒髪しか見たことがなかったから、髪を短くし、利発な面差しを更に強固としたルルーシュの登場には
自然と緊張して、我が身を隠す場所など何処にもなかった。
床に這い蹲る勢いで、膝を地につき、緋色の衣が目の端を過ぎるのに内心で怯える。
しかしルルーシュはダールトンがしたことも、後ろに従うラウンズから聞いていて知っている筈だったのに、
何も責めなかった。

突然の帰国にルルーシュを出迎える者は、軍人ではダールトンと僅かに英国にいるグラストンナイツのみ。
使用人や他の兄弟はシュナイゼルの権力からくる怒りに怯えた。
そのどれもを理解したという眼差しを柔らかくして、風が激しく行き交う中短く、『案内してください』と
ダールトンは顔を上げさせられた。
その時目にした微笑をどう現そうか、一瞬の情景であったからこそ、何も、例えが浮かばない。
でも彼女はさすがスザクが付き従ったというだけはあるほど、こんな自分にも慈悲深かった。ある意味、仏のような
神のような姿をしているとも言えた。

ルルーシュは手袋をしない素手でダールトンの身体を起こし、その手をやんわりと握る。目元を再び鋭く釣り上げて
一言、口を開いた。


「ただいま、将軍」

「お帰りなさいませ、我が君」