本文中、シュナイゼル×ルルーシュの描写があります。












退屈の満ちる部屋














ユーフェミアはルルーシュの腕の中で意識を失った。暫く続いた幽閉による心労が、そこまで彼女の身体を追い詰めたのだろう。
その身体を部屋のベッドへ寝かせて、ルルーシュは数分、事切れた異母妹の指先を握っていた。
「将軍」
「は」
「兄君は、ユフィを閉じ込める以外に何か致しましたか」
「…………」
頬のことは言うべきだろうか、とダールトンは迷った。しかし目ざとくも治療途中である腫れた頬を紫電は見つけて
ガリ、ときつく歯を噛みしめる。兄は殴ったのだ。妹の顔を。-------------自分なんかをただ英国から逃がしたくらいで。
ルルーシュはダールトンの横を綺麗に擦りぬけて、まずジノとアーニャが報告へ向った執務室を目指した。
その後を慌ててダールトンが追う。
「殿下っ」
「止めないでください」
後ろも見ずに制止を振り切る。真っ直ぐに、ただ、王宮へ続く回廊に行き着く為に、ルルーシュは歩を進めた。
それを更に追う為足を向けたら、ベッドに伏せたユーフェミアがダールトンの手をとって、立ち止まらせた。
訝しげに半身だけ振り返って彼女を見下ろせば、『その必要はない』と言ってるように、淡く微笑まれた。




「将軍……」
「はい、ユーフェミアさま」
「不思議ね、今まで廃墟のようだったこの王宮が、まるで生き返ったようだわ。そう感じない?」
コーネリアとルルーシュたちがエリア11へ行ってしまった後は、シュナイゼルの行動を恐れ
誰も強く出ようとしなかっただけに、とても不自然な静けさに包まれていた。
それがあの異母姉が帰ってきた途端、使用人たちはバタバタと動き出して、庭で息づく植物も鳥も、みんな生き返ったように
輝き出した。
この時間の経過しない部屋に居たからこそ、窓辺からユーフェミアはその変化を如実に感じ取り、驚いた。
--------------ルルーシュはやはり世界の進行を掴んでいる人間なのだ。
そう言い聞かせる。ダールトンにも。引きとめたユーフェミアの言わんとしていることが解るのだろう。目線が合うように
身を屈めて、彼女の口元に耳を向ける。細い息が頬を擽るように触れた。
「姫さま……」
「私は何ともないわ。眩暈がしただけ。だからルルーシュを守ってください」
震える手で再度握りしめる。此処にスザクが居ない限り、あの異母兄に刃向かおうとする人間は誰も居ない。
ルルーシュは身一つでユーフェミアを案じ、英国へ帰ってきてしまったが、大人しくまたあの兄がルルーシュをスザクのもとへ
帰すとは思えなかった。
そして、その彼女がこれから兄に何を言いにいくのか。それもユーフェミアには予想出来てしまえていて。
「ルルーシュ、が……」

もう一度会えたことは嬉しかった。でも、これは彼女にとっては大いに命取りとなるべきことだった。

ダールトンも、ルルーシュでさえも、シュナイゼルが本当に怒っていることを知らない。
その前に、その前にどうにか止めなくては。


きっとそれを知ったルルーシュはシュナイゼルから逃げようとはしないから。





















もうどのくらいこの回廊を渡ってこなかったろう。日没とともにエリア11を離れ、およそ一夜を空の上で過ごした。
今は昼過ぎの二時辺りか……、正直疲労が何もないとは言えない。けど、大理石の床を踏みつけて先を進むルルーシュの身体は
そんなことで立ち止まれるほど、心穏やかではなかった。
「おい、……」
「お帰りになったのか」
さざめくような家臣たちの声が聞こえる。睨みつける余裕もないまま、異母兄の執務室前に辿り着いた。
そこには一度か二度しか謁見したことのない、彼の腹心が居た。どうにも喋り言葉が粘着質で、その上兄以外の皇族を認めていない
ふしがあるこのカノンという男のことを、ルルーシュはあまり心よく思っていなかった。
しかし、今はコーネリアとルルーシュに成り代わりシュナイゼルの参謀を務めるカノンの許可がなくては、この中に入ることは
出来ない。
身長の差は、シュナイゼルと同じくらいルルーシュとはある。その彼を見上げる形で紫電を向ければ、そんな眼差しにもひるまない
淡白とした笑顔に出迎えられた。緑色の軍服のカラーは外交役も兼任していることを現す。
カノンはドアノブに手をかけたままで、薄くルージュの引かれた唇を開いた。
「お久しぶりです、殿下。ご帰還されて早々、奥のほうへ行かれてしまうとは驚きました。貴方を呼び戻したのは
我が陛下であることをお忘れになったのでしょうか」
「違う。俺はいつも英国に戻った時は妹に会いに行っていた。……此処を出る時も、先にユフィの元へ行った。
これは俺の中で恒例のことだ。お前にとやかく言われることじゃない。通せ」
乱暴な口調は、きっと後ろにスザクかロイドが居れば、顔を顰めていたかもしれない。
それでもルルーシュは遠まわしに嫌味を言うこの腹心が気に入らなかった。この男の両親がどのような出自であれ、その息子を
参謀にと選んだのは父でなく兄なのだ。兄の手の中にいる人物を信用する気には到底なれない。
若さからくるものなのか、ほとばしるほどの怒りに支配されてるからなのか、自分の感情に正直なまでに言葉を返し、
瞳を鋭くし見つめてくるルルーシュをカノンは無表情に目に納め、ずっとドアノブに置いていた指を手前へ引いた。
「どうぞ、お待ちです」
密かに溜め息も滲ませて中へ通せば、無言でその前を緋色のマントが渡っていった。
ひとつの屋敷分は長さのあるだろう一本道の通路を進み、奥の中扉へと辿り着く。この先にエリア11で通信ではあったが一度言葉を
交わしたシュナイゼルが待っているのかと思うと、一瞬足が怯んだ。けれど、もう、その本能に流されるほど
自分は弱くはいられない。













「ユーフェミアはどうだったかね」













開けた扉の先には、執務机に腰を落ち着けたこの国の宰相が、その手から手袋を外しルルーシュを出迎えた。
おかしい、いつもならば絶対に外しはしないのに。
「……あにぎみ、」
「会いに行っていたんだろう?お前も居たことのある私のもう一つの離宮へ。久しぶりに会う妹の姿はどうだった」
飄々と口にする言葉の端はしに裏はないように思える。けれど、目が違う。口調が違う。……感覚が、
昔自分を抱き締めてくれた男と同一人物である感覚が、遠かった。
「兄君」
「どうした?」
「ルルーシュは、……貴方のもとへ、帰って参りました」
一歩前へ出て、向けられる紫紺のそれと合わすことも出来ず、足元へ視線を落としたまま帰還を告げる。『そうだね』と
穏やかな応えが返ってきた。
「髪の長さは違えども、お前の顔も性格も、特に変わりないように見える」
「……はい」
「あちらでの生活はどうだった」
「…………」
「楽しかったかい」
「……」
「ナナリーのことは?」
「それは、」
「--------------これを訊くのは酷かな」
シュナイゼルは背もたれから身を起こし、椅子からそっと立ち上がった。
そして妹の造作を確かめるように顎を手に取り、上向かせる。いつの間にか距離がそんなにも縮まっているということに驚いて
身を離そうとしたが叶わなかった。……動けなかったのだ。先ほどまでの勢いはどこへやったのか。ただ、兄の視線が
予想外に柔らかかったのが要因か。
「兄君……!」
手袋がないのはルルーシュに直に触れる為であったのか。
せめて動かせる口で拒もうと名を呼んだら、開けていた扉を伸ばした腕で固く閉められてしまった。
「!!」
気づいたら顎と、手首を絞められていた。身構える間もなく拘束されてしまった自分には、なす術もなくじっとしているしか
道はなく。
目を閉じようとしてもゆっくりとだが確実に近づいてくる口元に、氷のように固まるしかなかった。息と息が触れ合うんじゃないかというほど
近づいた瞬間、ふい……と顔は背けられて、張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。が、すぐに次の衝撃がルルーシュを襲う。

「ひ、ァ……っ!」

手首を戒めていた手でルルーシュの首を露にし、そこへ獣のように噛みついたのだ。
頭上から爪先までビリビリと神経が震え、白い皮膚にめりこんでくる歯の感触に声にない悲鳴をあげる。
今にも突き飛ばし逃げたいという衝動を、兄の胸に縋り付くように執務服を握りしめることで、耐えた。

「ぁ……、ぅ、っぁ……」
シュナイゼルは襟足から垣間見る、絹のような触感のうなじを眺めながら、更に歯を強く立てる。
ぎちぎちという肉物的な音とともに、彼の白金の髪さえもそこを撫でて、強い刺激とささやかに擽るような接触に
ルルーシュは足をびくびくと弛緩させた。
「……に、ぎ、み……やめ、……っ!」
腰ごと巻き取るように抱えられてる状態でする抵抗なんて大したものではないかもしれないが、このままでは骨まで
到達するんじゃないかという恐怖を感じ、必死に腕を突っぱねて、シュナイゼルの腕から離れようとする。
ドン!と強く胸を押した。異母兄のその身体はルルーシュから離れ、執務机の端へぶつけられた。
突き飛ばしたルルーシュも、床へ倒れる。全身が強張ったまま、絨毯敷きのそこへ重く身を伏せれば
ドクンドクンという心臓の脈打つ音が噛み付かれた首から伝わってきた。
「っ、はぁ、はっ……く……っ」
そこに触れてみる。恐る恐る離してみたら、そこには薄い皮と血がこびりついていた。
どうしてこんなことをするのだろうか。ルルーシュにはシュナイゼルの考えが解らない。
距離を充分において、倒れた机の端に掴まりながら、ゆっくりと立ち上がるその異母兄の姿を呆然と見つめ返す。
首筋からははらはらと雫となって血が流れていく。それをシャツが吸った。

『兄君』、と短く呼んだ。すっ、とそこで彼の顔はあげられ、能面のように白い顔が現れる。唇はルルーシュの血で赤く染まっていた。
それを美しいとも思えず、”異常だ”と感じたから、逃げようと床を這おうとした。しかしいつの間にか中扉は
何者かによって閉められていて。
ガチャガチャとドアノブを揺らしても、うんともすんとも言わなかった。
額を扉にぴたりとつけて、ドン、と拳を叩きつける。
背中を向けていたルルーシュの痩躯をシュナイゼルの長い腕がすっぽりと包んだ。
「-------------離してください」
「折角戻って来てくれたお前を、また彼のもとに帰すと思うのかい……?」
低い声が柔らかい皮膚を、全身を打った。びくん、と肩がはねる。包まれる抱擁が苦しい。
「……誰の、誰のことを言ってるんです。兄君」


「-------------、お前はこの身体で、何度彼と寝たんだい」


溢れる血を吸い取るように、傷口に舌が入り込んできた。
ひくひく、と、足の裏が見っとも無く震える。

「俺、私、は……っそんな、こと」
「お前は私なんかとは違って色んなものを持っているからね」













ドン、ガタン、という低い物音と、誰かがすすり泣く声と誰かが静かに語りかけているような声が、
錠をかけた扉の内部から聞こえていた。
カノンは主君の命令でもなく、ルルーシュをシュナイゼルの執務室に閉じ込めた。あの兄妹が中で何をしているのかは
目で確認できることではないから、特に知ることもない。
後から小走りに、ユーフェミアの親衛隊の一員であるダールトンが駆けてきた。ルルーシュはこの中に居るとわかりきったような
目線で、こちらを凝視してくる。
「やあ、将軍」
「中へ入れてもらおうか」
予想済みのその言葉に即座に首を振った。
もともと厳つい顔が更に険しくなる。
「貴様、……誰の命令でそんなことを、」
「独断ですが何か?ユーフェミアさまの一件で随分と落ち着いたと思いましたが、流石にルルーシュさまのご帰還で
正気に返りましたか」
「何……?」
中性的な面差しは一度本音が出れば、獣が牙をむいたように見えるという。
カノンの細められた眼差しを受けて、それを自覚した。
「貴方はずっと疑問に思っていたんでしょう。ユーフェミアさまが何故ご兄弟であらせられる宰相閣下に
名前を奪われたのか」
扉の前で対峙した状態で、ただ不審に見返すことしか出来なかった。カノンの笑みの理由も、シュナイゼルが笑わなくなった理由も
何も知らない。
ユーフェミアはそれを知らなくていいと言った。けれど、もしかしたらその理由は。

「将軍。……それはね、ユーフェミアさまがルルーシュ殿下をシュナイゼル閣下から引き離した所為なんですよ」

「それだけ……?」

「ええ、それだけ」

狐のように口端をつりあげる。緑の軍服にされた装飾が照明に反射して、細かく輝き出した。それを眺めながら信じられないというように
ダールトンは咽喉下で呻く。何てことだ。国ひとつを動かす人間であるシュナイゼルが、たったそれだけの理由で
ひと一人に拘り、ひと一人の名前を奪い取るのか。
「貴方、コーネリアさま付きの騎士であったのに何も知らないんでしょう」
「……何も……?」
「ええ。例えば三年前のサクラダイト流失事件」
領地となったエリア11へ初めてルルーシュ姉弟が踏み込んだ視察でのことだった。
「それと、何故……日本を手にしようとしたか」















ジノは、ラウンズでは入れない皇室前の廊下の影で、柱からその様子を眺めていた。
カノンのその言葉を耳にして、鮮烈なまでに印象強く残っていたシーンが思い起こされる。コーネリアが胸元から取り出した
一枚の写真だった。
横に付いてきていたアーニャが、ジノの袖をつまみ、『踏み込むな』というように手前へ引く。しかしジノはそれには目をくれず
一人奥の通路へ身を投げ出した。
(鬼か……)
コーネリアは、あの時マリアンヌもシュナイゼルも鬼であった、と語った。しかし本当にそれだけが理由で
エリア11を領土とすることになるのか、と疑問に思う。まあルルーシュの帰還のことは、シュナイゼルが固執しているという時点で
何も不思議に思っていないのだが。

急ぎ足でスザクに別れを告げた、アッシュフォードの制服姿のルルーシュからジノとアーニャはある命令を
受けていた。
それは簡単なようで難しいこと。
ルルーシュは我が身を入れ替えとして、ユーフェミアを再度エリア11へ送り返してほしい、と頼んだのだ。
彼女は自分の記憶の範囲内で、シュナイゼルの奥の離宮へ続く順路をメモに起こした。それをアーニャの携帯に元々入っていた
王宮内の見取り図と照らし合わせる。さすがに内密にされている場所であるからか、公式に扱われてるそれには何の表示も
されていなかった。しかし、ある一点、不自然な空白がある。『きっとそこだ』とルルーシュは頷いた。
『ロイド曰く、兄君が父上に頼み込んでその部屋は作られたものらしい。故に、通常王宮に使われている防犯装置は
無いと予想される』
『確証は』
『知らん。ジノがうまいように立ち回ってくれればバレないさ。アーニャも。ラウンズが二人とも王宮から消えたらそれだけで
目立ってしまうから、なるべくジノが居ないことを知られないようにしてくれ』
『……無茶言う』
『仕方ないだろ、かつかつなんだ』
制服のタイを解きながら、ぶつぶつと文句まで言っていた。しかし、自身を引き換えにしてユーフェミアから意識を逸らせるなんて
考えに対しては、彼女に対する少しの敬意が生まれた。犠牲になろうとする王さまは嫌いじゃない。ジノは渡された地図のメモを
襟元に仕舞い、成功を祈るように拳をルルーシュへ突き出した。
『敵を騙すにはまず味方から、……と言うけれど、貴方の場合は違うな。これでユーフェミアさまが脱出に承諾しなかったらどうする』
『それでも、ユフィの意志に反してもあいつを連れていってやってくれ。俺のことは構うな』
差し出された拳に自分のものをゴチン、と当てる。アーニャともした。彼女はジノがユーフェミアを確保するまで
他の皇族の目を引きつけている役を任せている。
VTOLの中で極秘裏にされたその命令に、ノるかノらないかはラウンズの使命ではなかった。けれど、まるで自分の言うことを聞くのは
当然だろ、というようなルルーシュの振る舞いを見て、何故だかやる気になってしまったのだ。
元より、気に入れば主君は誰でもよかったのかもしれない。

シュナイゼルはルルーシュが引きとめている。
カノンはダールトンが。
後衛にはアーニャ。

(……さて)

まずユーフェミアが自分に大人しく付いてきてくれるのかという問題があった。
そもそも身柄を確保したからといって何処のルートを辿って連れ出せばいいのか、その辺りを打ち合わせていなかった。

まあ、まずはシュナイゼルの奥の離宮を見つけ出すのが先だな、と思い、ルルーシュの記した地図を脳内に蘇らせながら
先を目指した。






















「嫌、……!離して、離して下さい、兄君……!!」
来室した時には、痩せた身体を守るように羽織っていたマントは、床に敷かれている。
その上に抱えたルルーシュを組み敷き、シュナイゼルは自分がつけた傷口を舐めながら、手先はずっと何かを探し当てるように
腕の中の異母妹の身体を彷徨わせていた。
首筋にサラサラと散る白金の髪を感じながら、痛みと困惑と嫌悪感にまるで天井を睨むように、ルルーシュはどうともならない
身体を曝け出していた。
けれどとうとうシュナイゼルの無体な手がシャツを紙屑のように切り裂いた所で、ハッと我に返り、
腕の中から逃れようと、細い手を肩に当て突っぱねた。それでも微動だにしない。ズボンが引き下ろされそうになる。
「やめて下さい!兄君っ……!」
声は、シュナイゼルには届いていないようだった。
それでも、これ以上は自分の身体を見られたくない。
もう自分だけのものではない自身を、大事にしたかった。だから。
僅かに隙間のあいた空間から腕を取り出し、屈みこむシュナイゼルの顔を叩こうと振りかぶった。
しかし、案の定、その手は空中で掴み取られ、そのまま床に縫いとめられた。

睨みつけるしか反抗のしようがない。

「……兄君!」
「---------------」
「確かに私は、……騎士であるのに、その彼と関係を持ちました。でもこんな、こんな風に、こんな風にしてまで……っ」

(こうまで俺を縛り付ける理由は、……必要も、無いのではないか。だって貴方はただの異母兄なのに)

「ユフィだってそうです」
「何……?」
「廃嫡のことも俺を逃がしたことも、彼女には元々関わりのないことだ。全部私自身を責めればよかったことです。
どうして兄君は、私を、追い詰めるまでに優しく守ろうとなさるのですか……!
------------俺は昔も今もいつだって!一人で立ちたかっただけなのに!!」

叫ぶ。
首元に、腹に、腰に、兄の手に押さえつけられていたがそれを跳ね除ける強さで
声を張り上げた。
脳裏に、思わずスザクの面影が浮かび上がる。まさか英国に帰ってまず異母兄にこんな風に組み敷かれるとは思わなかった。
それだけに、とても今、彼が恋しい。
会って抱き締めてもらいたいと思った。
拘束されるならば彼がよかった。間違っても、ルルーシュは支配を受けたいんじゃない。

相手は兄じゃない。シュナイゼルではなかった。









「俺が唯一自由だったのは、貴方のものであったあの人を、自分の騎士にしたことだけです」












異母兄であり今までルルーシュの世界の一端を、いやほぼ全てを構成していただろうシュナイゼルの
表情を覆っていた白い面が、崩れた。
紫紺の双眸は大きく見開かれ、ルルーシュを不思議なもののように見下ろす。逆にすべてを告げたルルーシュは
静かな表情で、それを受け止めた。





















ジノはようやっと辿り着いた奥の離宮で、一度か二度しか顔を合わせたことのないブリタニア王国第三皇女の姿を見つけた。
石造りの部屋は牢屋のようにも思える。しかし昼間は外の光が入ってまだ暖かく明るいのだろう、と
なるべく足音を立てないようブーツの足を床につけた。
コツン、とそれでも小さな音は立ってしまって、それを聞きつけたユーフェミアは窓にやっていた顔を出入り口へと向ける。
そこに薄暗い部屋の中ではただの長身にしか見えないシルエットをして、ジノが皇族へ向ける礼の形をとっていた。
「貴方……」
「ルルーシュ殿下から命令を受け、ユーフェミアさまを迎えに参りました」
なるべく不審に思われないように和らげた顔を向けて、ベッドから半身を起こす皇女へ手を差し出す。
すぐにも外に待機させているVTOLへこっそり運ばなければ、と思って、内心では微かに焦っていたがそれをあまり出さないようにし
ユーフェミアが自分の手をとるのを待った。
が、何故か彼女はピクリとも動かない。じっとしたまま、こちらを見ているだけ。
不審に思って何か言おうと口を開けば、ユーフェミアは薄く開いた口元を突然両手で覆って、ジノの前に崩れ落ちるかのように
喀血した。

「!……ユーフェミアさま……っ」

前かがみに咳き込む皇女を、血を浴びるのも構わずジノは両手で支え、突然彼女を襲った異変に困惑しながら
その発作のような吐血がおさまるまで支える。そしてすぐに手元からハンカチを出してそれを差し出した。
再びベッドへと身を伏せながら、申し訳無さそうにユーフェミアはジノを見、どうしようもないとでもいうように
笑いかけた。その真意を計ることが出来ず、ただジノは硬直するのみ。

(嘘だろ。……まさか)

廃嫡も、幽閉のような軟禁状態も、ただの取り繕った親族への罰でしかないのか?
シュナイゼルが本当にユーフェミアへした罰とは、何なのだろうか。

(そんなわけないだろ)

一瞬頭を過ぎった最悪のパターンに、内心強く首を振った。
けどもしそれが真実なら、ジノはユーフェミアを連れていけなかった。このままエリア11へ移送することなんて出来ないと思った。
彼女がこんな身体では到底輸送機なんかには乗せられない。ましてや、こんな衛生的にも悪い場所で生活させるなんてことも。
ジノの鼻腔を胃酸と血液が交じった嘔吐物のにおいが満たした。
この事実を自分はルルーシュへ報告しなければならない。
そうしなければ。















「自由、だと?」

未だ押し倒されたまま、ルルーシュはシュナイゼルと相対していた。
しかし彼はルルーシュの言葉に対し、鸚鵡返しに聞き返した後、肩を震わせて笑い出した。くつくつと小刻みに揺れる。
「何か……?」
シュナイゼルへ理由を問えば『馬鹿だよ』と短く告げられる。更に疑問に思い怪訝な表情を向ければ
異母兄は至極悲しそうな瞳をして、崩れて垂れ下がった前髪に半分顔を隠したまま、非常に残念だというような言い回しで
ルルーシュの頬を撫ぜて言った。
「あいつに子供は産ませられない」
「っ……え?」
「その能力がない」
「……」










『ひとつ約束事を作ろう』
『やくそく?』
『そうだ。君は妹が好きなようだけど、そのままだと、私は安心していられない。だから必要な処置を受けてもらおう』
『そうすれば、おれは、あの人と居られるんですか』
『あの子にこのことを言わなければね』
『…………』

『これはある意味で保険なんだよ、スザクくん。騎士というのは本来、一生を盾と剣になって生きる人間のことを言うのだから。
その人間に、子の種を残す必要なんてないんだからね』












”貴方はどうしてそうなんだろう”














『いつか、貴方は彼に痛いメに合わされるよ。覚悟しとくといい』
木漏れ日の下で、地面を掘り返しながらシュナイゼルはロイドに散々言われていた。
その彼は、自分がスザクへしたことをすべて知っている。だから忠告としてそんな苦言を、シュナイゼルへ渡したのだ。

そんな人間だと、自分のこともスザクのことも知っていたので、ロイドはルルーシュへスザクを差し向けたのだ。
差し向けることに躊躇が無かったのだ。






















「こど、も…………」
「そうだよ、お前、ずっと内緒にされていたようだけど、関係を続けているうちに、一度でも変だと思ったことはなかったのかい」
「変……?」
「こんな風に身体に痕をたくさんつけられて、その彼と寝て、おかしいと思ったことはなかったかい。
身体に命の感触を味わったことは、なかったかい。……ある筈ないだろうね。何せ、彼の体から私はそれを失くしたのだから」


「----------------ぁ…………っ」


噛みちぎられた、傷とともに咽喉が震える。
彼と繋がったのは数えられる程度であったけれど、それでも、ルルーシュにそんな兆しはきたことは一度もなかった。
月経も変わらず続いていた。自分の身体のことで一杯一杯で、彼の身体については何も……。

「ルルーシュ」

耳元に熱い息が触れる。ひく、と肩が揺れた。紫電だけ動かして異母兄を見上げれば
その異母兄の顔はどんどんと近づいてきて、避ける力もなく、唇が合わせられた。









どうして自分は彼に抱かれたのだろうか、と霞んでいく視界の中、必死に頭を巡らせて彼のことを考えた。
優しい眼差しに触れてくるかさついた掌、柔らかい声、厳しい叱咤、不器用ながらも包んでくれる大きな腕。

知らないうちに涙が零れ落ちていた。
血を流すより辛い。

何よりもスザクと結ばれていたいと思った。