遅い就寝。まるで身を寄せ合うように目を閉じて 抱き締めあった。
こんな近い距離で互いの温もりや、呼吸を感じるのなんてもう慣れたようなものであったが、
スザクは不思議と初めてルルーシュを組み敷いたことを思いだしていた。

理性なんて関係ない。
目の前で彼女が泣いていた。
正直無防備に曝け出された肌に欲情した。でも、決して乱暴に扱おうなんて微塵も思っていなかったんだ。

初めて”女”として主君の腕を掴んで、胸元にずぶ濡れた身体ごと仕舞いこんだ。強引な所作に突飛な行動。
ルルーシュはひどく困惑してスザクの行動を拒絶しようとしたが、スザクは逆にそれを認めなかった。

(”俺”だけのものにしたかったんだ……)

黒い髪も、骨が透き通るような白い肌も、明るい笑顔も、その瞳も。
自分にだけ向けてくれるものであればどれだけ良かっただろう。



『寝てけ』
『今日は俺がスザクが眠るまで付いててやる』
『抱っこしててあげる』

一時でも永遠でも、いずれ別れが訪れてしまうから、主君は抱き締めてくれたのか。
その胸に鼻を押し付けて中身の心臓まで食べたらどうなるだろうと、ふと思う。そうでもすればようやっと
誰のものでもないルルーシュは、スザクのものになるのだろうか。



でもそれはきっと本当に望んでる関係じゃない。




















絡めた小指に
























「充電器、どこ」
身の回りの整理に追われていたルルーシュは、突然パタパタと足音を立てて駆け寄ってきたアーニャの姿に
きょとんとした眼差しを向けた。今自分は帰国の準備に追われている。そんな状況の中どうしてこのラウンズは……。
「アームストレイム卿、充電器って」
「携帯の。私も荷物を纏めていたんだけど、ベッドの脇に置いておいたのがいつの間にか無くなっていたの」
「どこに行かれていたんですか」
「トイレに行ってただけよ」
あれがないと記録も出来ない……と熟れた果実のような瞳が、しゅんと顰められる。項垂れた彼女の軍人とは思えない痩せた肩を
ぼんやりと見上げながら、ルルーシュは広げたバックから身体を起こして、その頭へそっと手を置いた。
「……?」
「その、型はわかりませんが、とりあえずの代用品をお渡しします」
思わず自分の態度に首を傾げる彼女へ、曖昧な笑みを作る。実は特派の主任と同様に、電機関係だけは趣味の領域を越えて
特にマニアックにコレクションしていたりもしたのだった。あまりセシルやスザクも知らない事実であるが。
「でも総督。貴方の仕度は」
「すぐに戻ってきます。大丈夫」
にこにこと、無表情ではあるがその顔に僅かに滲み出る困惑した面差しに対して、ルルーシュは安心させるように笑う。
そして扉から出ようと振り返ってみたら、そこにはマントだけ脱いだラウンズ姿のジノが立っていた。初めて見るような
神妙な表情である。彼は確かギルフォードやジェレミアたちと共に屋上で待機している筈であったが、何故わざわざ下まで
やって来たのだろう。
「ごめんなさいヴァインベルグ卿。すぐに出ますからもう少し時間を」
「いえ。その事で出向いたわけではありません。ちょっと私に付いてきて頂きたい」
先ほどルルーシュがアーニャへ向けた笑み以上に朗らかな顔で、細い手をがしっと掴まれる。『え?』と思わず声に出せば
腰を引き気味に後退しようとする身体をぐい、と彼のほうへ引き寄せられて『こちらへ』と廊下の隅へ引導された。
「あの、卿……」
「スザクはどうしました」
「学校へやりましたが。……?」
帰りの仕度を途中までした状態でアーニャごと放置してきてしまって落ち着かない。その上で何故か突拍子もなくスザクのことを
訊かれたから、更にルルーシュは戸惑いの表情を向けた。が、歩調はゆるむどころか速まるばかり。
「コーネリア殿下から総督が総督の地位から外されることを聞きました」
「ええ。その通りですよ。異母姉にはそのようにしてくれと伝えましたから」
だからこれから、自分は兄のもとへ帰るのだというのに。
そしてその任務を負ってきたのは、今自分の手を引くこの男であるのに。一体ルルーシュをどうしたいと言うのだろう。
「-----------ジノ」
スザクも気軽に呼んでいたから自分も許されるだろうと思って鋭く静止の声をかければ
ニヤリとした不敵な笑みをして金髪が翻った。
「え……」
彼が白地の背広から取り出したのは携帯の充電器で。
あの我関せずといったアーニャがせかせかと探していたものと同じ型だった。
「卿、何てこと」
信じられないという意味で、不敵な笑みへ睨みつける。が、そんな間もなくルルーシュは強引に手首を掴まれたまま
彼と別室に入ることになった。
こんなことをしていてはいつまでも出発出来ないぞ、と思う。ジノがこうまでする理由も解らなかった。
けれどその入った部屋に昨日久しぶりに出会ったアッシュフォードの会長の姿を見てしまったら、唖然と声を失ってしまう。
まさか……よもやそんなことは。
「殿下、あんまり我慢はしないほうがいいと思うんですよ」
初めてお顔を見たときから貴方はそんな感じだと思っていた。
そのミレイが、ジノとは違う種類の笑みを見せた。ルルーシュはぽかん……と口を開けたまま、ただ彼女を見返すばかりで。
続いて彼女の背中からパッと取り出された”モノ”に形容しがたい悲鳴をあげることになる。
嬉々とした顔でジノが見守る前でルルーシュはそれに着替えることになった。ああ、こんなことスザクが知ったらどう思うだろうか。

(でも、ずっとしたいと思っていたことが叶うなんて)

アッシュフォードとはそう離れていない政庁の空に前夜祭開始の花火があげられた。


















生徒会室、ナナリーとカレンが抜けた後でもあったので、ここ最近本当に文化祭準備は大変だったようである。
何故かミレイが居ないところに『人手不足なんだよ』とぴりぴり怒るシャーリーに力仕事は全部押し付けられて
スザクは助っ人のリヴァルと共にジャージの袖を捲くり、野外アーチの設営に躍起になっていた。
「スザクも忙しいとこ悪いな」
黙々と金槌を振りかざす自分へ、そんな優しい声を掛けてくれる級友へ純粋に笑顔を向けながら
頭の中をぐるぐると回り出す余計な思考を遮断するように、今は文化祭に---------いや自分が学生をやることに集中していようと
再び手元へ視線を戻した。
そこで、耳にかけていたインカムにニーナから前夜祭開始の狼煙をあげる、と連絡が入る。
「とうとう始まるな。最初のレセプションとしては文化祭定番の”告白大会”みたいなことやるって聞いたけど
スザクそんな奴いるか?」
「僕?いやー……何ていうか難しいな。相手がそもそもここの生徒じゃないし」
「えっ、年上?軍人とかだと……やっぱ上官とか?」
そんなんじゃないよ、と慌てて首を振った。しかしリヴァルの好奇は薄れない。
「俺もさ、叶うなら……!!ってのは居るんだけど、こんな公衆の場所じゃ出来ないよな。それに会長がどうイベントを進めるのかも
わかんないんだけど」
「ただ告白するのとかじゃないよね絶対。ミレイさんのすることだし、バトルロワイヤルのようなものがイメージとしてはあるかも」
あくまでだけどね……と返事をして、ふと、日差しも強い空を見た。そして次に、赤と白と青の配色が強い、設営したアーチの
壁面を見つめて、吐息を零す。首元にじわじわと浮かんでくる汗も鬱陶しいが、どうしても頭がルルーシュへ向いてしまう自分の
性根も心底鬱陶しい、と思って仕方ない。
その点、リヴァルなんてのは自分の仕事にも人の手伝いにも没頭するようにしていて、すごく偉いな……と思うのだけど。
(『学生』か)
頑張れよ、と言ってくれた低いトーンが蘇る。
まともな返事もしなかったけれど、胸の内ではもうどこか諦めていた。ルルーシュが帰国することはどうしようもないのだということ。
彼女がそうして踏ん切りをつけるように気持ちを切り替えたのだから、自分も負けないように『学生』をしなくてはいけない。
なのだが……。
第一関節分ほどの長さである釘を打ち終えた所で、突然ウンウンという耳に残響するようなサイレンが鳴り響いた。
リヴァルと共に見っとも無く肩をビクンッと上げて、互いを見る。ふと振り返ってみたら、正門のアーチから続く学園の入場口には
人だかりが出来ていた。
耳をつんざくようなサイレンの正体はミレイが手にしていた災害用の拡声器である。
そこにあるスイッチを押して、準備に明け暮れる生徒会のメンバーと一般生徒の手を止めさせたのだ。
周りには記録係である映像研究会が悲しきかな権力に負けてカメラを構えていた。そこが黒い集団となって見える。
その中に会長以外の人物もいるような気がして、二人して作業を中断し、立ち上がった。ザワザワと周りに散らばっていた
男も女も徐々に集まり出している。今回、というか今日、前夜祭でジャージなのはミレイを除いた生徒会メンバーでしかなかったから
普通に会長のしでかすことに関心のある一般生徒しかそこに居なかった。
まさか誰も思っていなかったろう、ミレイが”特大”のスペシャルゲストをひっさげてくるとは。
「!」
スザクはそのぼんやりしていた翡翠にまざまざと映すことになった。緑のブリーツスカート、膝丈に垣間見える白い腿、
うなじだけすっぽり隠すほどの黒い髪、紫の瞳。彼女は他の生徒と変わらないスカートと同じ色のタイを巻いていた。
-------------事の外似合っていた。というかあの制服姿の女子って間違いなく。

「はいみんな注目ー!先週から文化祭の準備本当にお疲れさま!ミレイさんってば今年で卒業しちゃうから尚更嬉しかった!
というわけで感謝の気持ちを込めて、前夜祭の時間を使って全校ぶっちゃけ大会を始めたいと思いまーす」

(ぶ、……っちゃけ?)

ぶっちゃけとはミレイが大胆にもしたことに対するアレなのだろうか。
もしくはリヴァルが言ってた、元々予定していた”告白”を別の言い方に例えたものなのだろうか。

しかし何だかこれから始まることはそのどちらでもないような気がした。

「リヴァル、何あれ」
「正門からお達しがあるとは俺も思わなかったぜ。本部に戻ったほうがいいかな?」
「どうだろう」
どう動いたらいいものか解らず、工具箱を肩にあげたまま硬直していた。しかしその前では淡々と派手やかにリヴァルの言う
お達しは進められていく。命令は絶対。ミレイのルールは自分たちが歩かなくてはいけないレールであった。

「普通は後夜祭とかにイベントってのはしたほうがいいと思うんだけど、折角の文化祭だし、なるべく思い出になること
したいでしょう?それなら、相手もそれなりに想ってる相手のほうがいいわよね?
まあグタグダと口上は垂れず、さっさとルール説明をしたいと思いまーす。ニーナ、映像出してー」

拡声器からの声に、すぐにアッシュフォードの校舎に垂れ下がっていた白幕に学園内の見取り図が照射された。
どれだけ準備がいいんだか……。
(もしかして、前夜祭開始の狼煙って)
先ほどのニーナからの連絡はこのことを指していたのか、とミレイを見る。彼女は白幕に照らされた地図を見ながら
後ろに立っていたある生徒を目の前に引っ張り出した。


「あれ?あんな子うちに居たっけー」
「さあ。ミレイちゃんがゲストが居るって言ってたけど、その子じゃない」
映研が放送するカメラから見たそれに対して、本部の生徒会室で待機していたシャーリーが首を傾げる。
隣でパソコン画面に向かっていたニーナは、ミレイの指示通り、地図の映像を説明するセリフに合わせて
パッパッと切り替えていた。

ミレイはテンポよく進むその表示ににんまりと笑いながら、傍らに居る少女の紹介を始めた。
「大会の内容を話す前にまずスペシャルゲストさんについて話したいと思いまーす。彼女はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
名前の通り我がエリア11の総督であられまーす。イエー。こんな凄い人を文化祭に呼んだミレイさんを褒めてあげてー!」
うおおおおお、と男子も女子からも叫喚が浴びせられる。様々な感情入り混じるそれに更に機嫌よくする彼女と
紹介されたほうのルルーシュは苦笑しながら、カメラへ小さく手を振っていた。短い裾が気になるのかスカートをやたら
ぐいぐいとおさえている姿がやはりイイのか、カメラマンの距離がそこに近くなっていく。サッ、とミレイが
ルルーシュを引っ込めた。笑顔は崩さずに白幕の地図の説明に入る。
「あれはですね諸君、本日の催しのルートになります。赤線が本校舎の通路に引かれてるのがわかるでしょ?あのラインが
自分たちが歩く道だと思ってね。他の校舎は実験室とか特別室とかがあるから立ち入り禁止。休憩とかでも入ったらそこで
出場資格は無くなるから注意してね。
ではここで本筋のルールを説明します。ぶっちゃけ大会とはつまり、”ぶっちゃけること。”積年の恨みを晴らすでもいいし
頼みごとをするもよし、定番たる告白をしちゃうもよし、とりあえず一人でも相手がいれば何でもやっていいわ。
因みにイっちゃってるようなことは禁止ね。カメラで随時監察します。
……まあ、ぶっちゃけるだけで終わるわけじゃないんだけどもね」
「……??」
脇に控えていたルルーシュの頭に、制服の下から取り出した校章をかたどったヘアピンが飾られる。それが女子用だということか。
「いわゆるこれは、”ぶっちゃけたぞ”というマーキングね。男子用はこのヘアピンを制服の襟にでもつけといて。
それでこのヘアピンを飾られた相手は-----------文化祭の間中、ヘアピンをつけてくれた人の言ってくれたことを
ずっときいていること。ぶっちゃけられるその効果といおうかしらね。みんなわかった?」
拡声器のボリュームを最大に呼びかける。周りを囲むようにいた生徒も、中庭や昇降口に散開していた生徒も
その呼びかけに大声で手をあげた。
しかしその中でジャージ姿のスザクとリヴァルのみがぽかんとしている。どこまでも独断で進み行く展開についていけないのだ。
勿論、ミレイにでもあればルルーシュにでもあるが。
「じゃあ準備はいいかなー。あ、因みに以前やった猫探しみたいに生徒会メンバーを限定したものじゃないわよ。
誰でもいいわ。そういうのとか一切なし!時間は夕陽が沈むまで。はいでは殿下、開始の合図をお願いします」
「あ、ああ、はい……」
じっとりと舐めとるように撮っていたカメラへ視線を向ける。この映像は本部から発信されているもので
屋内にいる生徒にも配信されている。どきどきとしながらミレイから渡された拡声器を両手に持って、政庁であらかじめ
ジノからやるように言われたことを思い返しながら、すう、と息を一杯に吸った。

そして一言(?)











「にゃー!」















ミレイ曰く、これは定番でもあり恒例のものであるらしい。スザクが生徒会に入る時にされた猫祭りでも彼本人会長から
強制されたものであるらしいが、ここでは割愛する。

拡声器からの、そしてカメラからの放送でされたその合図を切欠に、アッシュフォードの敷地の三分の二を占める本校舎へ
前夜祭の催しに挑む生徒全員が殺到した。
校章をかたどったヘアピンは元々文化祭の準備期間の時に配布されていたものであった。勿論、監視しているシャーリーや
ニーナも手にしている。
ミレイはルルーシュが着替えている時にそれを手渡した。
見本としてであるがルルーシュの頭につけたそのヘアピンを取り外し乱れてしまった黒髪を指で梳く。
そして怒涛の勢いで屋内の本校舎に生徒が行ったものだから閑散としてしまった正門に
唖然となったルルーシュの背を軽く押し出すように叩いた。
「ミ、ミレイさん……」
本当にいいのか?という目で振り返ってくる。ミレイは変わらずにこにことしながら拡声器を肩にあげ、
掌を振って送り出した。













「な、なあ、すぐに掴まっちまうんじゃないの」
横でずっとアーチに釘を打っていたスザクへ目をやると、既に彼はそこには居らず
既に中のほうへ行ってしまった後だった。
ずっと暗かった顔があの総督が出てきた瞬間爛と輝いた。そうか、やっぱり”血”として根付いているんじゃないか。
「騎士さまは大変だねぇ」
一言そう呟いて、スザクが放置していった工具箱を持ち生徒会室へと戻っていった。


































(本当に、なんてことだ……)
戦々恐々とした生徒たちの群れがあることを予想して校舎に入ったのだが意外に人が居なかった。別の所に
集中しているからなのかもしれないが、このがらんとした感じがスザクを余計焦らせた。もしかしたら既に彼女が
”ぶっちゃけられて”しまったかもしれないから。
それは簡単に予想出来ることだろう。何故彼女がそんな危険を省みらずにこんな場所に来たのかは知れないが
すぐにでも見つけ出して掴まえて、安全な場所に連れていきたかった。
まあ、自分は”ぶっちゃける”権利を持つ生徒ではあるのだが、その前にルルーシュにとっての騎士であるのだ。
守ることを何より優先する------------------なのに。

「スザク!」

嬉しそうに、今日には帰国しなくてはならない彼女が駆けてきた。
さっき登場してからずっと気になっていたのだが、ヒラヒラと揺れるそのスカートの裾は、普通のものより短くされていないか?と
白い脚を見て思う。が、ぼうっとするのも束の間、昇降口を入ってすぐのゲタ箱にある用具入れから一人の男子が飛び出してきた。
「……っ」
スザクにぶっちゃけるのか、ルルーシュに”そう”なのか……考えるまでもなく愚問だった。すぐに床を蹴り上げて
ルルーシュの頭を越え、その学生を踏んづけるかのように降り立つ。
そしてマイペースに一部始終を見ていたルルーシュの手をとって、とっとと別校舎へ飛び出して戦線離脱してしまうことにした。
「待って!」
が、そこで足を止められてしまう。何故だ、と目を鋭くして振り返れば、掴んだ手をぎゅう、と逆に握りこまれた。
「俺が来たいって言って連れてきてもらったんだ。わざわざ離脱するなんて勿体ない」
「勿体ないって……。そもそもどうして貴方がこんな場所に居るんです。会長の悪ふざけもだけど、すぐにも殿下は
帰らなければならないでしょう」
「でも!帰ったら、……またこんなこと、出来ないって思うし……」
俯く瞬間、スザクが垣間見た口元はきつく噛み締められていた。俯かれた黒髪に、見慣れない制服姿に
妙に浮き立った気持ちもあるし、どこか落ち着かない感じもする。まさか、制服が着たかったわけではないと思うのだが。
「でも、殿下」
尚も戻らせようと、握られた掌を逆の手で包むように触れればパッと紫電がスザクを射抜いた。
「すごい、俺もう捕まえてる……」
「え?」
「ぶっちゃける権利が出来たんじゃん……やったー!」
両手をあげて喜ばれた。すぐにも付けようといそいそとヘアピンを制服のポケットから取り出そうと腹をまさぐっている。
ちょ、ちょっと待て。どうして戻らせようとしているのにそういう話になっていくんだ。
「会長が始めたこのイベントの主旨も理解出来ないけど、そんな話に自分から飛び込むなんて貴方もおかしい!」
「そう冷たいこと言うなよ。俺はねスザク、ずっとこんな風に校舎に入って、お前と同じ制服を着て『学生』を
やりたかったんだ」
「…………」
「その為に、ジノに協力してもらって此処まで来たんだ。だから今日は俺の我儘をきいて下さい」
男子用のジャージを着たスザクの開いた胸元に、ちょこんとした軽い仕草でヘアピンをつける。
じっと黙って彼女の言葉を聞いていたスザクは、その付けられた校章をかたどったヘアピンを確かめるように触れて
次いでルルーシュの笑顔に目を細めた。眩しくも思える、どこか吹っ切れたような紫電。


『でも帰ったら……もうこんなこと出来ないって思うし……』

さみしげに、先ほど吐き出されたものだった。
すぐにもストンと落ち込んできたスザクの胸を焦がしたとは思わなかったのだろう。
そんな風にこっそりと弱音を吐くなら、一緒に逃げて欲しい、でも、ユフィなんて関係ないとでも、言ってくれたら
よかったのに。------------こんな我儘でいいからきいて欲しい、だなんて。






----------------『学生』をやりたかったんだ




ではずっとルルーシュは、自分がしたいことをスザクにさせてたということなのだろうか。





(そんな……ルルーシュ)

足元から安定さを失って、砂漠に投げ出されるような思いだった。痛みが渇きとなって、干乾びて屑になっていく感じ。
これを味あわせまいとして、ルルーシュはシュナイゼルのもとに行き、自分はここで自由を得るのか。

「殿下」
声にして名を呼ぶ自由はないので、精一杯の気持ちを込めて主君を見下ろす。ん?と軽く傾げられた首は、その身体も、今は
アッシュフォードの学生だった。くす、と笑いが自然と零れて、今度はスザクのほうから手を繋ぎ直す。ふわりと見つめた紫電に
笑みが浮かんだ。
「日没まで、ぶっちゃけられた僕は殿下の言いなりですね」
「そうだな。それまでは、お互いちゃんと『学生』で居るんだからな」
ムキになったように口を尖らせて確認の意味もあったのだろう、再度言葉を繰り返す。はいはい、とそれに笑いながら頷いて
ジャージにつけられたヘアピンを見た。それが校舎の照明にキラリと反射されて、どこか今しか味わえない時間があることを
知らされた気がした。そうだ、この時を大事にしよう。彼女が言う通り、当分は二人きりで会うことも出来ない。

スザクに会いたくてルルーシュは来てくれたのだと言った。
スザクはルルーシュと過ごしたくて、今日一日『学生』をやっていたけれど、頭がずっと迷走したお留守な状態であったから
結局何もした気がしていなかった。

触れている掌からなめらかに伝わってくるものは何なんだろう、と思う。
もし一秒でもこの時が永く続くなら、自分は何を敵に回してもいいと思った。


















耳にかけたインカムからさり気なく、誰も居ついていない校舎はないか、とシャーリーへ訊いたら
別棟になるけど展望台なら誰も居ない、と情報をもらった。
まあ、既にお手つき状態の自分たちが離脱しても何もお咎めはないだろう、と思ってルルーシュの了承も取り
一般生徒ではなく生徒会でしか立ち入りが出来ない特別棟へ足を向けていたら、ようやっとその時に
何故ミレイが本校舎だけを使ってぶっちゃけ大会を開いたのかが解った。
(ようはごく小規模で追いかけっこみたいなことをやらせて、他の施設とかは静かに過ごせるように空けたんだな)
自由に動ける場所は広いほうがいいかもしれないが、あまりに広すぎると参加を終えた生徒の居場所がない。
そんな手はずだったのか。それならば前夜祭も意中の相手と和やかに過ごすことが出来るだろう、他の生徒も。
スザクもルルーシュもあまり会話もせず、展望台を目指した。そこは庭園のような、誰が管理するでもない花壇が
少しだけある。
けれど今の季節柄そう咲いてる花はないかな、と手探りに記憶を遡らせてみた。スザクはあまり展望台へは行かない。
階段が続いているというのもあるし、そもそも特別棟はクラブハウス同様、関係者しか入らない。本当に人気のない場所だった。
そこに学生服に着替えてルルーシュと行く。これは、ルルーシュが所望したことだった。

「なあ、スザク」
「?」
「もし、俺がただのルルーシュだったら」
扉に手を掛ける。鉄製だ。ノブを引きながら後ろに居るルルーシュへ顔を向ければ、開く扉の隙間から差し込む日に照らされた顔が
とても儚く笑っているものに、翡翠には映った。思わず息を呑む。でも、
「もし……本当にそうなら、それは今みたいな形をしてるんだな」
お互い制服に身を包んで、敬語もしない。同じ高さで同じものを見る。場所も離れてなく、距離も近い。
展望台は学園でいう屋上であった。少しひんやりとした風がルルーシュとスザクを迎える。花は、ぽつぽつとしか咲いていなかった。
けれどルルーシュはそれに残念がることなく、スザクよりも先を行って、展望台から見渡す景色に笑顔になる。黒髪がぱさぱさと
後ろに散って、白い花びらがそこを掠めれば、心臓が掴まれる思いがした。
「逃避してるんじゃないよ俺は」
「……ええ」
「ただ。……スザクと、過ごせる時間が他にあったんじゃないかって思うんだ」
あったとしたら、希望としてはこんな感じで。見晴らしのいいこういう場所でのんびりと落ち着けれたらいいと願う。
最初からルルーシュの意志は変わらない。スザクとずっと一緒に居られたらいい。それだけだった。
だとすれば、-------------何が自分たちを縛り付けるのか。
「昨日、どうしても離れがたくて、一緒に寝た時……お前の手が背中にあって、すごい苦しくなった」

何で?

どうして。

ずっと干渉なんて、束縛もしてこなかったのに。

「しがみつかれるみたいで、-----------びっくりした。お前は俺が一番嫌なものを理解してると思ったから」
「……束縛なんて、身分不相応もいいとこですよね」
胸を更に締め付ける苦しさを感じたから、低く頭を伏せるように背を屈めた。しかしすぐに黒髪が振られて、紫電が風にも揺れないように
まっすぐ見つめられる。
「嫌じゃなかったんだ……」
「……」
「弟を突き飛ばすほど、異母兄と離れるほど、大嫌いなものだったのに。……」

スザクはよかった。
スザクならよかった、と。

「----------殿下」
信じられない、と首を振る。対するルルーシュはその反応に淡く笑んだ。
「お前は俺に厳しくて、縛り付けなくて、いつも後ろにじっと居てくれる。関心もしない、干渉も。だから騎士に選んだ」
「はい」
「なのにな、もう、うまく思い出せない辺りから逆転してたんだ。俺がスザクと居たいって思うように、なって……」
ふと、不意に上げられた細い手が、頼りない胸を鷲掴む。両足では立っていられない危うさを感じた。
それほどに、その事に気づいた時、動揺したのか。
スザクもうまく言葉を返せない。
「兄君のもとに帰る前にこれだけは言いたかったんだ」
「……はい……」

「きっと騎士じゃなくてもお前のことを好きになってた。これは本当」




彼女から否定されるように言われていたことが、いつの間にか肯定の形となってスザクを求めるものになっていた。

(ああだから)


『俺がお前を守りたいよ』


(あんなことを、言ってくれたのか)















人を求めることに不器用で、人に求められることに臆病だったルルーシュ。
花びらの散る中で笑う彼女はとても稀少な存在のように思えて、更に気持ちが強くなった。


スザクはこんな想い方でいいのか、ととても不安になった。しかしまるで安心させるかのように、ルルーシュが制服の裾を靡かせて
駆け寄ってくる。距離が物理的にも縮まって、気づいたら視界は黒髪に半分埋っていた。
「スザク」
また名前を呼ばれる。いつしかそうされるのが当たり前なっていた。前までは自分が彼女を確定づけるために名前で呼んでいたというのに
ああなる程確かに逆転している、と広げた胸に納まった痩躯を抱き込んだ。髪に口を寄せて、首元に顔を埋める。
愛しかった。
弱くなってもいい、と言ってくれた彼女をもっと強くなって守りたい、と一身に願った。



『……もし』

先ほど仮定として呟かれた”もうひとつあるだろう未来”を、思い浮かべずにはいられない。
確かに学生として出会っていたら、なんの柵もなくまた二人で居ることになったろう。
そしてまたスザクはそれとは別に、再び他人として会ってもルルーシュのことを好きになっていただろう、と断言することが出来る。
だって抱き締める度に解るのだ。色々なものによって空白となった心が再び満たされていく感触を。
何も持ってなかったというルルーシュから得られる感触。
存在感。

二人して束縛してると気づいたら、きっとその時からそれは愛情に変わるのだろう。そのことを強く感じた。




目を閉じて、抱き締めてる一体感から離れる。そっと距離を空けたら見つめる紫電の中に夕陽があった。
「あ……」
「もう時間だ」
わざと拙いような喋りをして、空から降りてきたVTOLを見る。輸送機であるその中には、ようやく充電器を返されたアーニャも
乗っているのだろう。あれで英国へ帰るのだ、彼女が。
「殿下」
「文化祭頑張ってな。本当に忙しくなるだろうと思うけど。……政庁でも姉君のとこでしっかりやるんだぞ」
「殿下……!」
「俺も、-------------頑張ってくるから」

降り立ったVTOLに乗り込む。駆け寄るのを必死に足で踏みとどまっているスザクへ振り返って
片腕を伸ばした。夕陽がどんどんと夕暮れになっていく。橙から群青、藍に世界が変わっていった。
伸ばされた指先をすぐにとって、握ろうとする。一瞬触れたルルーシュの指先は先ほどの抱擁とはうってかわって、
するりと未練なく解かれた。
……ように見えたが、小指だけそっと手にとられる。僅かに絡められたそれにはどんな意味が込められたかは
この時冷静じゃなかったぶん、スザクには考えられなかった。

ぶうん……と鈍い機械音と、強い風に吹き飛ばされそうになりながら、浮き上がったVTOLを見上げる。

最後に残された、ルルーシュの本当の本心から搾り出された言葉が、温かすぎてスザクには勿体なく、胸に痛みだけ残した。
この時まだ自分には先のことを予見するだけの力はない。
もしそれがあったとすれば、決してルルーシュを英国へは帰さなかった。彼女の意志に反しても引き留めただろう。






”ルルーシュ”






声を張り上げて名を呼んだ。咽喉からは一字さえも飛び出さなかった。
でも確かに届いてくれてるだろうと祈る思いで翡翠を閉じた。残されたものは先ほどの抱擁の温かみと本音の言葉、
襟元につけられたヘアピンだけ。