『貴方は、いつか相当痛いメに遭わされると思う
よ?』
それは誰にだ、とシュナイゼルは地面を掘り起こしながら質問した。
(なぜそれをするのかというと、昏睡から起き出した異母妹が血と髪の毛が残留するその砂利を見て
発狂しない為に、しなくてはいけないことだったからだ)
「--------------……」
ナナリーの欠片ともいえる栗色のそれをひと房手にとって、指に絡める。
いつもは手袋を外さない自分の姿を、手を止めて眺めていたロイドは、『誰にだろうねえ』と人知れず呟いた。
荒野で君を見失った
ルルーシュはあれから暫く目を覚まさなかった。
エリア11では何があったの?と心配げに訊いてくるユーフェミアや、疑問に思う他の兄弟たちには、後宮の奥の奥に
安静にさせているルルーシュのことをシュナイゼルはひた隠しにしていた。
その片棒を持ってくれたのはやはり唯一の友人、ロイドだった。
彼は、シュナイゼルが公務や父の仕事についていかなくてはならない時など、傍にいてやれない自分の代わりに
(当人もやりたいことがあるだろうに)ずっとルルーシュの様子を見てくれていた。
黒髪は、流失事件の前は艶やかであり、すらりとした痩躯に絡みつくほどのしなやかさを持っていたのだが
流失事件後、ナナリーを自ら手にかけたことが信じられず発狂に近い状態に陥ってから、随分とその美しさを衰えてしまっていた。
ルルーシュは窓枠から弟を突き落とした後、その落下音に引き寄せられる形で駆けつけた自分たちよりも早く地面に降りて
全身を強く打ちつけたナナリーの半身に寄り添い、額に深く口付けていた。
その姿を異様に思いつつも、すべてを察した自分とロイドは、まずその彼女を弟から引き離そう、と肩に手をかけた。
そうすると振り返ったルルーシュは、すぐにシュナイゼルとロイドに自分の凶行が知られてしまったということにまず絶望して
大きな悲鳴をあげて細い手を振り上げ、シュナイゼルの胸を強く叩いた。
次に、抱き寄せようとしたロイドの腹へも、したたかに拳を叩きつけた。
とにかく凶暴な獣にでもなってしまったのか、半狂乱に全身で暴れまわろうとする異母妹を、これ以上は泣かせまいとして
シュナイゼルは無防備にも大きく腕を広げ、また殴るために飛び込んできた痩躯をしっかりと胸に仕舞いこんだ。
「う、------------------ッ……ふ、う、うう…………」
そうすれば暴れまわっていた四肢がぐんにゃりと折れ曲がって、すぐに大人しくなりシュナイゼルに抱えられたまま
ルルーシュは動かなくなった。けれど、突然水槽から取り出された金魚のように口を開けながら、呼吸ではない息つぎをして
紫電から雨粒のような涙を零している。
口元に僅かに朱がこびりついていて、これは額に口付けていたナナリーの血か、とシュナイゼルは腕にその実姉を抱えたまま
心痛に眉を顰めた。
ロイドは殴られた腹を擦りながら『どうします』と耳元に囁いてくる。
地面にはじわじわとナナリーの身から吹き出してくる血に覆われていって、
その中で立ち尽くす自分たちは異様だ、と思う。-------------しかし。
すぐにも処分しなければならなかった。
ルルーシュがこれ以上傷つかない為に。
丁度いいことに、具合は思わしくなかったが、くたりと力を失ったルルーシュはロイドに任すことが出来たので
自分はすぐにナナリーの身体を後宮から連れ出すことに足を動かした。
両腕で、所々落下のせいで歪に曲がった弟の身体を持ち上げる。
黒と白の対を成す姉弟。
お互いに意識を手放したまま、そこでルルーシュとナナリーはシュナイゼルとロイドの手によって別れることになった。
ピッピッ、と心拍数を告げる電子音が部屋に響く。
シュナイゼルは数週間の他国への訪問を突然言い渡されて、いたく困惑したが、丁度ロイドにルルーシュを任せておけたので
どうにか自身を落ち着けさせることで、異母妹と離れたまま異国の地に足を向けることが出来た。
そして帰ってきた。庭先でユーフェミアとコーネリアが談笑する姿を横目にも見ずに駆けつけた先は、
やはりずっと放ってなどおけなかった、心も身体も負傷したルルーシュの眠る自分の部屋だった。
シュナイゼルの離宮は白い柱で覆われている。
本当は地上にしか部屋は置けないのだが、自分が優秀で特別待遇を受けられる人間であるという自覚もあったので
皇帝たる父に『別室がもう一つ欲しい』と進言したことがあった。
何の疑問も思わなかった父はすぐに、不可侵を決め込むことが出来る自分専用の部屋を用意することの許可をくれて。
そこが一時的なルルーシュの安置場所となった。
ロイドと自分しか立ち入ることは出来ない。
「お帰りなさい」
素早く開かれた自動扉の中には、薄手のカーテンに覆われたベッドがある。扉の開く音と独特の靴音で
シュナイゼルが帰ってきたのを知ったロイドは、昏々と眠りこむルルーシュの横で脈をとりながら
いつもと変わらない表情で自分を出迎えてくれた。
「ただいま。思いのほか時間がかかった」
側近に雑務を任せることが出来たので、今回は早く済んだのだ。
シュナイゼルはロイドの隣に並ぶように立ち、あの日から未だ目を覚まさない異母妹を見る。早く自分を虜にさせた
瞳を見てみたいのだが、それは当分叶わない願いだろう。。
しかしルルーシュは覚醒することを拒んでいるようで、セシルが用意した起床を促す点滴を施してみても
一切起き上がる気配すら見せなかった。
(どうしてだろう)
もしかしたら、起き上がって……以前とはかけ離れてしまった現実を直視することが出来ずにいるのだろうか。
だとするならば、シュナイゼルからはどうすることもできない。
「ルルーシュの容態で変わったことは」
一応、数週間もの間異母妹を看ていてくれた友人へと訊いてみる。が、予想通り
その答えは自分に希望を与えてくれるものではなかった。
「ご覧の通り、ピクリともしないし、寝返りもうたない」
「……関節とかは、動かさなくていいのか」
「日に数回は動かしてみてるよ。けどね、セシルくんに聞いたところ、どうやら殿下のこれは単なる昏睡ではないらしい」
「どういうことだ」
シュナイゼルはす、っと一歩踏み出し、ロイドが手元から取り出した黒いファイルを受け取った。
そこにはセシルがタイプ打ちし情報を整理したのだろう。専門用語が羅列化された文章が何枚にも渡って綴られている用紙が
数枚挟まれていた。
その一枚目の冒頭に『停滞現象』と記されている。
その言葉が文字通りの意味ならば、今のルルーシュは。
「--------------植物状態に近いね」
「……何という」
ガツン、と硬い岩をぶつけられるような衝撃に胸をおさえ、吐き出すべき言葉を見失った。
目を開いて見つめる先では、いつもと変わらず安らかな寝息を零す黒髪の姿しかないというのに。
そのルルーシュは、寝ているというより、”停まって”いるというのか。
意識を失くしたわけではなく、進むことを、生きることを放棄したというのだろうか。
(サクラダイトを欲しがった自分たちのせいで)
「閣下」
「なんだロイド」
「殿下は、もう起きないかな」
「このままではな」
生きる意味である”家族”を、自分の衝動に耐えきることなく理性をぶち破って、自らの手にかけてしまったのだから。
「ルルーシュはもう戻ってこないよ」
「……」
「我々の代償だ」
「……」
「こんなにも、この子の身体は、綺麗なままだというのに」
押し殺した声が、自然に口をついた。
白いシーツに投げ出された痩躯は、『軽いな』と言いながら抱き上げた昔そのままに、きめ細かい絹のような装いをしてみせている。
ゆるく伏せられた瞼も、白いまま。口元も薄く開かれていて、すうすうと息をつぐ姿は翌朝にも目覚めそうだった。
ルルーシュ。
そこまで罪悪を感じるのか。
他の兄弟には執着も情も湧かない自分には解らなかった。
そう感じる異母妹の気持ちも、その異母妹を愛する異母弟の気持ちも。
ある時。
ロイドとシュナイゼルが別室から離れている時を見計らってか、薄汚れた格好をした頼りない風体の少年が
地下へ忍び込む姿をセシルは見ていた。その部屋には、シュナイゼルの寵愛を受ける異母妹が仮死に近い状態で眠っていることを
知っていたから、『入ってはいけない』と、まだ仕事中であったが止めようと追いかけた。
しかしその少年の足は素早く。
バタバタと足音を立てて駆けつけるセシルよりも先を歩いていたくせに、まるで忍者のような俊敏な足取りをして
別室へ辿り着いたその子は、
手にしていた花を一輪、その枕元へ添えた。
「…………くん」
女史が、シュナイゼルたちがやってくる前に出て行ったほうがいい、と腕を掴まえる。
名前を恐る恐る呼ばれた少年は振り返り、黙って頷くと、また素早い身のこなしでいつもの自分の寝床へと駆けていった。
その花は、いつも一服をしに外へ出るロイドが『ついでだ』というように傍の花壇へと水をやっていた、”その”花であった。
数日後、ゆうに一ヶ月近く眠っていたルルーシュはずっと傍にいたシュナイゼルたちが驚くほど簡単に目を覚まして
起き上がるなり紫電の端に涙をはらはらと溜めて、思うように動かない両手を彷徨わせて何とか異母兄と、
その友人の手をとった。
「……おれ……っ」
呼気を震わせて、シーツから起き上がろうとする彼女の下には、日を浴びて枯れ始めた花一輪が。
セシルだけがその正体を知っていて、ずっと固く口を閉ざしていた。
覚醒したことへの喜びを交し合うように抱き合うシュナイゼルとルルーシュと、ロイドの背中で。
セシルだけが、その花を、黙って見ていた。
(ナナリーを失って一度時を停まらせたルルーシュが目を覚ました後、その花を置いていった少年が彼女の前に現れるのは
それから数週間経った後のことである)