--------------荒野で君を見失っ
た。
正確には、自分。
人ではないものを腕に抱える、スザク自身。……いや、
あの時はまだ”朱雀”であったか。
『征服完了致しました、殿下!』
枢木の本家が最後の砦であった、京都の中心部。そこにまで白羽の矢を立てたのは、この時まだ成人してもない英国の第二皇子シュナイゼル
その人だった。
彼は、基地として兵士がキャンプを張っていた荒地に、ずっと座していた。指揮官室はちゃんと用意されていたのだが、
第一に敵地へ踏み込むことを役目とされた特攻隊の隊長でもあったので、その仲間である兵士と距離があいてしまうのは
躊躇われた。
(私は父上とは違う)
民衆の支持こそ絶対の信頼、政治の力となる根源と認めるシュナイゼルは、駒さえ多く集められれば国民の内情など知らん、という
シャルルとは相対する存在であった。しかし、共通する意志はあった。それは領土……つまり本国を広くする為に
他国へ侵略することがブリタニア本来の在り方だという、獣の本能に似た策略への意識だった。
彼は部下が呼ぶ方向へ振り返り、自分たちのほうへ有利に傾いた戦況に騒ぎ出す者たちの集団を抜け、無表情に
火柱がそこかしこに立ち上がった枢木本家へ足を踏み入れた。
その中には、幾多の骸が散らばっていて、原型を保っていないものもあった。ある兵士が一人の女性の身体を足蹴にしていたのを目にし
シュナイゼルは味方であるにも関わらず、懐にさしていた長剣を鞘から引き抜いて、一閃した。傍で骸の処理を手伝っていた
別の兵士はそれに身を凍らせた。
顔に血しぶきを浴びたシュナイゼルは、黙々と奥へ奥へと進んで行く。このエリア11となる日本という国は、
こんな風に火をつけてしまうには勿体無いほどの綺麗な自然溢れる国だった。
しかし少々、シュナイゼルは自分のその過剰評価な思考に嫌気がさしてきた。
在るものの形は、そのままで存続されなければ、いつかは滅びていくもの。
むしろ、己が覇者となって壊す側に回ってしまうのは、致し方ないことだと思っていた。
--------------そう、だから、これでいいのだ。
日本をこんな世界にしてしまったのは、自分の投げた表裏が同じのコインであった筈なのに、
シュナイゼルは自分に責任がないことを己にも誇示し続けていた。
踏み込んだ先に在ったのは、もう燃えカスしかない国の首相、枢木ゲンブとその妻。
『昨夜はお食事に呼んで頂き、ありがとうございました。首相』
『来日してきたのは、最初からこうするつもりで?』
『ええ。それが定石。我が国ブリタニアのやり方ですから』
大変申し訳ありません……と、慇懃に膝を折り、頭を下げた。
そうしたら途端そのシュナイゼルの脇から、一人の子供が飛び出してくる。絶叫して、手には骨董品のような槍を持っていた。
『朱雀!やめなさ……っ』
母が声を上げる。シュナイゼルは炎の中息を潜ませ、自分の動向を窺っていたその忍耐強さに正直感心しながら
手にしていた長剣を円を描くように振りかざした。
ぶんっ、と振られたその剣が立てた風は、少年の腹と襖の障子を切り裂いて。
『外道!』
少年の頭を抱えながら、母は、汚い罵りの言葉を恐怖の狭間に陥りながらもシュナイゼルへぶつけた。しかし、彼は平然としたまま、
その親子を踏み越えて、ゲンブへと歩いていく。ヒラ……と宙を撫でるように伸ばした掌で
じ、と立ち尽くしていた首相のその首を握りとった。
『母さん、母さん、……父さんが』
撃たれた腹部の重みと、燃え広がる屋敷を包む煙に意識を持っていかれそうになりながらも、見開いた双眸で
事の顛末を凝視していた。
しかし子供には見せたくないと思って、母親は胸に頭を抱きながら『駄目だ』『見るんじゃない』と繰り返す。
翌日。
何故か国民の目の前に拘束衣と首輪をはめられた状態で出て行く両親を、舞台の袖で見送ったスザクは
英国では英雄扱いを受けている第二皇子から首を刎ねられるのを黙って見ていた。
終始、戦時中は表情を動かさなかったシュナイゼル。彼は、英国の戦姫とうたわれたマリアンヌの後継者と呼ばれていた。
当時軍事にはシュナイゼルしか関わっていなかったのもあり、彼の他の兄弟はこんな皇子の顔は知らなかった。
しかし、これより英国へ搬送されるスザクは、初めてシュナイゼルの冷然とした表情を見ることになる。
ポタポタと耳にする水音は、彼の剣先から滴り落ちる自分の両親の血液。
『スザクくん、……と言ったね』
『はい』
彼の頭上からの呼びかけに翡翠をあげられずにいた。
けれどすぐに、自分の意志であげざるをえなくなる。それは、彼が両親を刎ねた首をその足元に投げてきたからだった。
『……っ!』
鈍い震動をたてたそれが、足場の安定しないところで転がっていってしまうのを恐れたスザクは、咄嗟に膝をついて
二人の頭を胸に抱えた。顔を上げる。国民の怒号と喝采の両方を背にして立つシュナイゼルの顔は、
やはりピクリとも動かない凍りついた表情だった。
「彼と……閣下と対する時は、いつも緊張している」
「え?」
「初めて会った時も、今も」
確かシュナイゼルは、サクラダイトを有する日本を手に入れたということで皇帝より宰相の身分を与えられたのだ。
処刑の現場をすぐ見ていたスザクは、当然、英国で彼を出迎える為に催された式典においても、シュナイゼルが出世するその姿を
見つめていた。
その事を今思い出して、我ながら過去の思いと決別しきれない不断さに、苦笑を隠せない。けれど今日という日は、彼を憎む
感情から離れて、ただルルーシュのことだけを考えていようと思った。掌に包んだ柔らかい指先が、繋いだ時と変わらない強さで
握られている。隣にはルルーシュが座っていた。
「スザク」
「はい……」
自分からシュナイゼルと通信で話そう、と提案しておいて、こんな状態になってしまってるのは男として情けない。
しかし、セットアップされて、後はロイヤル回線用のカードを差し込めば会談を始められる、という時になっても
ルルーシュの様子は揺るがなかった。
手を握られながら静かな瞳でスザクは見つめられる。
その整然とした眼差しが、昔、シュナイゼルの隊に燃やされた我が家をも鎮めてくれるんじゃないかと、一瞬思ってしまった。
それほど隣にいるルルーシュは落ち着いているように見えた。
「じゃ、外に出てますね」
シアタールームの端で、中央に座る自分たちを黙って見ていたセシルが、軽く頭を下げて部屋から立ち去る。
ジノはアーニャと共に応接間に篭っている、と聞いた(というかスザクが追い出したのだが)
なので、もう、この場にはルルーシュとスザクとロイドの三人しか居なかった。
この三人でシュナイゼルと会う。
「殿下、よろしいですか」
「ああ、頼む」
床に腰を落として画面の調整をしていたロイドが、特殊なコードを手元のパネルへ打ち込んだ。
すぐに画面がブリタニアの国旗へ変わる。あまり喋らずに見ていたスザクの目にそれが映った途端、肩が強張った。けれど
触れている掌だけは、まるで沼に嵌りかける自分を繋いでくれる命綱のように思えて、騎士としてみっともないことこの上ないが
確かに強く握り返した。
「久しぶりだね、ルルーシュ」
外の光を閉ざした暗室から、特大のスクリーンで再び会うこととなったスザクとルルーシュの前に、穏やかに笑う紫暗の眼差しが
あった。
(この笑顔は、違う)
僕の両親を殺した時と、その後に見たあの顔とは違う。
見つめてもいるし、威嚇するように瞳を鋭くしているともとれる強張った表情のスザクへは一瞥もせず
『元気にしてたか、変わりないか』と横にいるルルーシュへは訊いてきた。その問いに『はい兄君』と軽く会釈する。
そして目線を少し高く上げて、ルルーシュはシュナイゼルへ笑顔を向けた。
「こちらこそお久しぶりです兄君。まさかこんな形でお会いするなんて思わなかった。回線の許可をして頂き改めて感謝します」
「ああ。こちらを出て行った時は本当に突然だったからね。私も戸惑ったよ。----------それと、その髪にも」
「……」
ルルーシュは兄の瞳が動いた先に、指を伸ばした。うなじを隠すほどの長さしかない髪。
これは、英国を出る時に異母妹に刈ってもらったものである。
(ユーフェミア……)
「兄君。お聞きしたいことがあって今回はこのような形で、お会いさせてもらいました」
「……何だい」
「ジノ・ヴァインベルグ卿より聞きました、ユーフェミアのこと。彼女へ与えた処罰は、私が負うべきものではないでしょうか」
ラウンズの一人である彼が、まず帰還命令と共にルルーシュへ告げたことだった。
ユーフェミアは皇族の身分をシュナイゼルに返上し、彼のもう一つの離宮へ幽閉された。
それを聞いた時の心境は、うまく説明出来ない。
シュナイゼルの淡白とした瞳を凝視したまま、ルルーシュはまずそれを質問した。震えることもせずむしろ凍り付いてしまったかのように
己の掌も、身体も、全身が石のように強張る。
「そんなこと、お前にはさせないよ」
「……え……」
ふふ、と笑う、兄の仕草に眼を見張る。
「ユフィがしたことは、勿論私への反逆罪だよ。お前を外へ出したのだから」
「そんな……、たった、たったの……私が総督になるってだけで、-------------あいつはそれに賛成してくれただけで」
(本当に自分だけのことが理由で、ユーフェミアから名前を奪ったのか)
そのルルーシュの狼狽える表情に満足したのか、軽く声にして笑ったシュナイゼルは視線を転じて、隣に黙って腰掛けるスザクへ
声をかけた。
「君はどう思う」
「……何が」
「何も思わないのか」
「ええ。強いて言葉にするならば、……閣下は初めて会った頃から何も変わられていなかった、ということだけです」
ごうごうと燃え広がった火の海で、初めて会った英国の冷徹な暴君。
彼は自分だけ生き残らせ、共に帰還させた。その時出迎えに出ていたルルーシュやナナリーに見せた笑顔と
両親の首をスザクへ投げつけた時に見せた表情は、形こそ違えど起源は同じ。
そして今も。
自分のしていることをよく理解した上で相手を底のほうまで侵略しようとする深い束縛は全く褪せてない。
「どうしてユーフェミア皇女殿下を囮にしました」
「愚問だ。元より、何かを成すには犠牲がつきものだ。君がルルーシュの騎士になる前に私と交わした約束のようにね」
「それは、今は」
「ここでルルーシュに言ってしまってもいいんだよ。
ロイド、お前も私に報告してないことがあるはずだ。どうして、どうして今、
--------------彼は騎士として後ろに居るんじゃなく、ルルーシュの隣にさも同然といった様子で座っているんだ」
無言で三人の会話を聞いていたロイドが、銀瞳を開いた。眼鏡ごしにも伝わってくるスクリーンの威圧感に
何を思うだろう。ルルーシュが振り返ってみた先ではただ整然とした面持ちで、シュナイゼルの視線を受け止める白衣の姿があった。
「報告、とはなんでしょうかね」
知らないなあ、と続けて、僅かに首を傾けてみせる。
「枢木少佐を騎士にしたのも今隣に座らせているのも、すべてはルルーシュ殿下のご意志です。僕が干渉することじゃない」
「……三ヶ月も離れてると人はこうも変わってしまうものなのかな。ならば、エリア11へ行くルルーシュについて行ったのも
自分の意志であると?」
「-------少なくとも、貴方の支配から外れた答えではありますね」
ルルーシュもスザクも息をとめて、二人の会話を聞いていた。
シュナイゼルはスクリーンでは変わらず笑みを作りながらロイドとルルーシュからは視線を外さない。スザクは見もしない。
足元へと視線を落として、詰問するようになじるだけ。
ルルーシュはふと、自分が彼を騎士とする上で、シュナイゼルとスザクが交わした『約束』とは何であるのか、と思う。
紫電を暗闇の中翡翠へやってみても、スザクは固まったままスクリーンにいるシュナイゼルを凝視しているだけだ。
(一体……)
「で、ルルーシュ?お前はこっちへ帰ってくるんだね」
「そんなの、まだ決めてません」
「いいのかい。お前が見ていない所でユフィは私の手の内に入ったんだ。どうなってるのかなんて質問はしてくれるなよ。
そんなのは先の経験者である隣の彼に聞くといい」
その言葉を受けたスザクが、笑みを深くする紫暗に睨みを鋭くする。
「宰相閣下」
低く呼びかけた。
「殿下への帰還命令のうちに、”騎士抜きで”というご用命もあるとお聞きしました」
「ああそうだよ。それが何か君の癪に障ったのかな」
「……そうなる以前の問題です」
ルルーシュの手を握るスザクの力が強くなった。
「そのようなお申し出では、殿下をブリタニアへ帰すことは出来かねます」
ナナリーとの決着をつけるためにエリア11の総督となることを決めたルルーシュが、真っ先に選び取った手をしっかりと掴みながら
シュナイゼルへ告げる。
ルルーシュはずっとスクリーンからスザクへと転じていた目を、今度はシュナイゼルへ向けた。彼はその言葉を受けて
僅かに顔を強張らせたが、すぐに一息つくと視線を低くして『枢木スザクくん』と呼びかけた。
「君は……どうしてそんなことを言う」
「僕が殿下の騎士だからです。主君の身が危うくなると解っていながら貴方のもとへ送り出すことなど、出来ません」
「随分と達者になったようだね、口が」
「きっと閣下が教育して下さったからでしょう」
ジノから、『お前は遊ばれているよ』と言われた。それはそうだろう。きっとあの時掴まえられた瞬間から、そうなっていたのだろうと
思う。
でもそれもルルーシュのもとに来るまでに必要な困難であったのなら、なんなく受け入れることが出来た。
今スザクの傍に居るのはシュナイゼルではない、ルルーシュだ。
ルルーシュもそのことを理解している。
「僕は、殿下の騎士となる為に失くしたものがひとつだけあった……」
「え?」
「それでも、その代わりに得たものが沢山ある」
荒野となったあの地で、自分は”自分”を見失った。
けれどまた、”自分”を与えてくれた存在があった。
「スザク……?」
スクリーンから洩れた光に反射され、白く浮かび上がったところに困惑げな表情があった。
スザクはルルーシュを安心させるように瞳を細め、『後で話します』と告げる。その様子を見たシュナイゼルが
笑顔から何も映さない”無”とした表情へ切り替えた。
「君はそういう覚悟を決めたんだね」
「殿下の傍にいる為には必要なことだったから」
「私のことは切り捨てたくせに」
「------------まさか」
『スザクくん、君に、あげよう』
両親を葬った長剣を投げて、寄越された。幼い両手に落としてしまわないようにと懸命に抱き締めて、瞳をぎゅ、と瞑る。
母と父の血液に鈍色に輝いたその剣先は、やはり、泣き崩れるスザクを慰めてはくれなかったが
そのシュナイゼルから与えられた刃だけは、失くしてしまった”自分”の変わりに大事にしようと
その荒野で誓った。
(いつかきっと)
楔のように繋がれた彼へ続く首輪と共に、それも断ち切れたらと切に願う。
「貴方には奪われたものもあるけど、……与えられたものもある、ひとつだけ」
「剣のことか?」
鼻で笑うように問われる。いいや違う、と心で返す。
無意識にだが、ルルーシュの手をとっていた力を緩めた……が、逆に彼女から引き寄せられるように握り返される。
はっと瞳を横に向ければ、静かに話を聞いていたルルーシュはひたと前のスクリーンを見つめていた。
その横顔に、胸が安堵する。
「兄君、私」
「帰っておいで、ルルーシュ」
「それは妹としてですか。エリア11の総督としてですか。それとも……」
「”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”として帰っておいで。騎士抜きでとはそういう意味だ」
ルルーシュの言葉を覆うように被せてきたシュナイゼルは、そこで通信を切った。
え、と驚きに声をあげたルルーシュは立ち上がって、端末を操作していたロイドへ『回線は』と怒鳴る。が、
彼のほうでも対処のしようがないらしく、ゆるく首を振った。
スザクはシュナイゼルへの拒否反応と共に、過去の情景を脳裏に思い返していた。
多くのブリタニアの兵士、それを率いる暴君、その彼は一日前までは自分の両親と談笑しながら酒を酌み交わしていた。
資料で見た富士の山を『綺麗だ』と褒め、ゲンブの好感を一身に受けていた。スザクはまさかその彼があの夜、自分たちの家に
火を放ち乗り込んでくるとは思えなかった。
『スザクくん』
『ゲンブ首相の子どもだね?』
『さあ、私と行こう』
両親の頭を抱え、床に転がった長剣にガタガタと震えていた自分の腕をとって、あの男は無情にも悲しみに沈む間もスザクに与えず
立ち上がらせた。
見っとも無く洟を垂らし、両目からこれでもかというほど涙を落として、視線は彼を突き刺すように睨んでいた。
けど男はそれすらも面白がって、自分を迎えにきた戦艦へ放り投げまた無表情の奇怪な笑みを向ける。
それが恐くて、たまらなく恐くて、いつか乗り越えてやりたくて。
「----------------シュナイゼル……」
彼の異母妹であり、最も兄弟の中で寵愛されていた皇女ルルーシュ。彼女は帰らざるをえなくなってしまった。
あの男の手の元に。彼は、スザクの大事にしたいものばかり奪っていく。
「スザク……」
すぐ横でルルーシュが自分の名を呼んでくる。けれど、いつものような冷静さは取り戻せなかった。
ダンッ!
椅子に座ったままの状態で、大きく足を振り上げそれを床へ叩きつける。
頭を伏せたまま、ルルーシュは見れない、見れるわけがない、彼の前では全くスザクは役に立たなかった。
それが、それだけがたまらなく悔しくて、やけくそになって床に足を振り落とす。
何度も。
何度も何度も。
何度も。
頭の裏側で、春の日差しを体現したかのような桃色の髪が風に揺らめくのを見た。
スザクはもっと暢気に考えなきゃ、と、その女性は言う。それは何のことを指して言っているのだろう……と
ぼんやりと聞きながらも内心では首を傾げていた。
そのユーフェミアは今は居ない。英国にも、居るかどうか。
また二つとも自分は失くしてしまうのか。
刃向かえない弱さに対する怒りと、これから喪失してしまうんじゃないかという恐ろしさに
いつの間にか床のパネルを踵で壊していることにもスザクは気づいていなかった。