ルルーシュがどうシュナイゼルの命令を受け止め
ているかは、当人でもないし、スザクには解らなかったが
彼から”騎士抜きで”ルルーシュ一人をその手に戻そうとしているのならば、まず直接スザクから
シュナイゼル自身に話をしなければならないと思ったのだ。
ロイドにまずそれを打診したところ、呆れたように空笑いされた。まあそんな反応がくるだろうなと思っていたから
こちらも曖昧な笑顔で返す。
それを受けた特派の主任のほうは、一瞬瞳を足元へ落としたが、『まあそうしたほうがいいよね』と頷いてくれた。
「スザクくん、覚悟してるんだね」
「ええ。----------英国からエリア11に戻る時には」
バスルームで冷水を浴びながら、自分のしてしまったことの後悔に溺れ、泣いていた主君を思い返す。
その彼女を組み敷いた時にはスザクこそがシュナイゼルから罰せられると、決められていた。
望んでいた。-------------むしろ、そうならないほうがおかしいから。
「……彼と直接話すのはいつ振りだろう」
「君がアヴァロンで殴られた時以来じゃないかな」
あの時の殿下はそれはそれはもう痛ましい顔をしてましたよー、と小声で呟かれる。
スザクは乾いた声ですいません、と、誰にともなく、深く頭を下げた。
暗い部屋に一人きりで篭ったままでは、英国にいた頃とまるで変わってないだろう、とそのことに気づいて
ルルーシュは自発的に扉から外に出て、ラウンズたちが控えている部屋へ足を向けた。
そこで彼らに今の自分が出す精一杯の答えを言おうと思っていた。が、ルルーシュが向ったところには先に自分の騎士がいて、
なんだかいつの間にか仲良くなってしまった金髪の男と戯れてる場面に出くわす。
(何を暢気な……)
と、紫電を険しくさせたら、それをアーニャに撮られてしまった。手元の携帯から無機質なシャッター音がする。
「アームストレイム卿……」
低い声でその携帯を取り上げようと一歩近づいたら、それより先に、スザクの肩へ腕を回していたジノが
ルルーシュのすぐ目の前までやって来た。
「ルルーシュ殿下。ロイヤル回線を繋げるにしても時間がかかる。その間食事を我々と摂るというのはいかがでしょう」
「え、食事?」
またまた、異母兄と会うというのに暢気な……、と思ってしまった。スザクもその提案には翡翠をきょとん、と見開いて
ルルーシュの隣に立つ。
「お二人とも、私たちが突然来たものだから食事らしい食事もとれてないでしょう」
申し訳無さそうな響きで、軽く頭を下げられる。しかしアーニャは
「突然だったのはこちらも同じ」
と、ぼそりと付け加えるように呟いた。
「さっきまで暇だったから学園のパンフレット見てたんだ。そしたらさ、やけにここの学食美味そうじゃん。
政庁からもあんまり離れてないし、よかったらそっちまで足伸ばして行こうぜ。いいよなスザク」
「まあ、休日でもないし開いてるには開いてると思うけど……。殿下」
翡翠がおどおどとしながらジノとスザクを見比べる紫電へ合わせられた。
久しく明るい場所で出会う彼の表情に、僅かに胸が緊張する。
「お、俺は、二人がいいなら、……それでいいけど」
確認を求めるように見つめられたら、例え不満であろうとも拒否は出来ないだろう、とルルーシュは強張り出した神経を諌めながら
こくん、と小さく頷いた。
荒野で君を見失った
学園に行くというのに特派の制服や執務服といった格好はいかんでしょう、と行きがけにロイドにルルーシュとスザクは言われて
しまって、ラウンズの私たちはどうするんだと横に居たジノが声をあげたら、その彼には冷たく『マントだけ脱いでけばいい』
とロイドは言って、地下へと潜ってしまった。
アーニャも無表情なのは変わらないが、私室に戻ろうとするルルーシュの袖を掴んで『どうすればいい』と目で訴える。
そ、それなら(数少ない)私の服をお貸ししましょう、と引っ張られた腕をルルーシュは姉のように引いて
一時スザクたちから離れて、着替えに部屋へと入ってしまった。
スザクの方はというと、『アーニャもお着替えするのに自分がこのままなのは酷い』と怒り出したジノに
生徒会室のロッカーに放置されていた特大サイズの学生服を献上した。
「でも、これで外を出歩いたりしちゃ駄目だからね」
「わかった。スザクと居る間だけは着ていていいんだな」
アッシュフォードの黒一色というデザインが気に入ったらしい。にこにこと笑みを浮かべて
『早く行こう』とルルーシュを出迎えに自ら走っていってしまった。
(マイペースなんだな)
長身が小さくなっていく廊下を眺めつつ、スザクはその後を小走りに付いて行く。
すると、意外に早く済んだのか、着替え終わったルルーシュとアーニャが窓の外をじいっと見つめている姿があった。
ホットパンツに長袖のセーターという出で立ちに変わったアーニャが、ルルーシュの横で『あれは何だ』と視線で訊いてくる。
その一々を理解しながら、モノトーンのワンピースを着たルルーシュは親切に説明していた。庭園に花を見に行った以来の
主君のラフな格好にスザクの頬が自然と緩んでしまう。
が、ここにいる人間はそう目ざとくないので、その変化は誰にも気づかれなかった。
「殿下、殿下。学ラン着てみたんだけど似合いますか?」
「え、あ、はい、似合いますよヴァインベルグ卿」
犬であれば尻尾をふるように、ルルーシュの後ろに寄り添ってくるジノへ振り向いて、
ルルーシュは同時にスザクの久しく見る学生服姿も、瞳に納めた。そして溜め息をつく。
なんだ?と思って首を傾げたら『もう二週間だ』と主君は口をとがらせた。
「お前学校サボリすぎ」
「それは、……だって軍務があるし」
「それでも、久しぶりに行くっていう用事が学食だけってのは切ないものがあるぞ」
もう、と肩を伸ばした拳でこづかれた。すいません、と一応謝る。
そうこうしているうちにアーニャがまた無言で痺れを切らしたのか、ルルーシュのワンピースの袖をぐいぐい引いた。
何故だかよく解らないが、スザクとジノ含む三人でアッシュフォードへ行くこととなった。
「実は、私もアッシュフォードへ来るのは初めてなんです」
「そうなんですか。じゃ学食だけでも、見学出来てよかったですね」
「はい。公務が無ければ、こういう場所にも通うことが出来るんですけど」
思いもかけない切欠で、好奇心から行きたいと言ったジノとアーニャをスザクが率いる形で
学園直通の廊下を歩いているのだが、先ほどからやけにルルーシュの横を歩きたがるジノに
先頭を黙々と歩く自分の神経は触発される。しかもアーニャもアーニャで、服の面倒をみてくれたのに
気をよくしたのか、そのジノと挟む形でルルーシュの隣に寄り添うように歩いている。
どうしたらいいものか……と複雑にも苦笑しながらルルーシュが前にいるスザクを見てきた。しかしスザクも並んで
歩くわけにもいかない。
そんな自分の心情をよそに、ジノの語りは延々と続く。
「スザクと年も同じなのに、毎日政庁に篭ってるというのも勿体無いな」
「そうですね、私も、スザクが……その、少佐が、どんな風に過ごしてるのかも知らないものですから。訊いても教えてくれないんですよ」
「いかんなあ。今度個人的に授業参観に行けばどうです」
「それは名案です」
にこっと主君が笑った気配がして、スザクの機嫌が更に低空飛行になった。
「今の時間なら学外の人間が入っても怪しまれないでしょう」
普段ならば丁度午後の授業に入った辺りだ。スザクはエレベーターホールの脇に設置されたパネル時計でそれを確認しながら
手元のボタンの『四階』を押した。四人もいるのだからエレベーターで上がってしまうのが一番早い。
ふ、と後ろを振り返れば、ジノたちがやって来た時に見せた硬い表情とは打ってかわって、ふわふわと人を布で包むような笑顔を
見せながらルルーシュはジノと階下を指差して、何か喋っていた。
(……何だかな)
突然の学園訪問を楽しんでくれるのはいいのだが、何故だか無性に居た堪れない気持ちにスザクはなった。
多分、ルルーシュが年相応に笑う相手が、自分ではないからだと思うのだが。
四人が立ち去った後、素早く地下へと戻って来たロイドは仮眠に入っていた助手をたたき起こし、
ジノから手渡されていたロイヤル回線用のパスワードが刻まれたカードを持って、普段は作戦以外では使用しないシアタールームまで
降りていった。このカードが本物であるかも調べたかったから、携帯用端末をセシルに持ってきてもらう。
それを、配線を確認しながらカードリーダーごとセットして、セシルに暗幕で部屋を暗くしてもらう変わりにロイドは
手元に用意されたパネルと画面にその瞳を注いでいた。
緑色の液晶が蛍光に光る。すると、繋げたカードリーダーに回線用のカードを差し込むようアナウンスが英字で流れた。
「ね、セシルくん」
「はい」
「これ、本当にシュナイゼル閣下の所有されているものだと思う?」
それを確認する為にこんなことをしているわけなのだが。
……セシルは上司の緑色に反射された眼鏡をぼんやり見つめ返しながら、うふふ、と唇に笑みを浮かべた。
「本当に本物だとしたら、スザクくんと殿下、二人して閣下にお会いすることになりますね」
「閣下に対しては相当なものをもってる彼のことだよ。僕、『シュナイゼルと話したい』なんてスザクくんから言ってくるとは
思わなかった。黙って殿下を帰すかと思ってたよ」
「きっとスザクくんは本気なんですよ」
ロイドさんより殿下のなされたいこと、理解してるんじゃないですか。
そう言い返せば、上司は黙って手にしたカードをリーダーの隙間に挿し込んでしまった。ピピッと電子音がする。
「本物みたいだね」
あと何時間後くらいに通信するのかなあ。
先ほどのセシルの言葉には答えないまま、ロイドが淡々と口にする。セシルはそれが数分でも何十時間と先でも、
通信を終えた後には、殿下は自ら此処を離れていってしまうだろうと予感していた。
スザクが、シュナイゼルと話そうと思った目的は、”命令の拒否”ではないのだ。
多分ルルーシュと二人きりで、彼に会い、------------言うのだろう。
「ねえロイドさん、」
「んー?」
「ロイドさんはスザクくんを応援してるんですよね」
「…………」
「応援してるから、殿下のこと、話したんですよね」
ナナリーが失踪した後、身体的にも精神的にも狂い出したルルーシュの身体のことを知っているのは、自分とこの上司と、
彼女の異母兄である閣下だけだ。
それを英国から飛び出した艦の中で、写真ごとスザクに手渡してロイドが話していたのを知っている。
今一度、そういうことには疎いが、エリア11に居る人間の中では誰よりもルルーシュについて知っているロイドに
気持ちごと確認しておいてほしいのだ。
「ロイドさんは解ってましたよね------------いつか、いつかシュナイゼル閣下にスザクくんと殿下の関係がバレてしまうっていうこと」
シアタールームは無音だった。端末の排気音しか鼓膜を震わせない。
セシルの訴えがどこまでロイドの内側にまで届いたのか知れないが、彼はロイヤル回線のカードを握ったまま
それから微動だにしなかった。
普段、皇室担当専門の料理人が用意してるものしか食べていなかったルルーシュと、ラウンズの二人は
スザクが給仕してくれたランチプレートを見てテーブルの前で大きく目を見開き、
ケチャップのついたオムレツや、こんがりと焼かれたパンや、たくさん野菜の煮込まれたスープを前に
言葉が無かった。しかし、首相の息子であったからといって食べ物は庶民と変わらなかったスザクは
そんな彼らへは特に気もかけず
「手を合わせて頂きましょう」
とそれだけ言って、黙々とフォークを持って、ふわふわの卵へ突き刺した。
「おいしい」
一人につき一つしか与えられてないが、それでも両手に納まりきらないサイズのパンに齧りついて
ルルーシュは皇室では中々出会わないシンプルなパンに、惚れそうになった。
そしてジノは、アーニャの隣でスザク同様何も言わずスープを啜っている。意外だ、というようにスザクもルルーシュも
顔を上げれば、サラダの葉を食べていたアーニャから『食事中は静かよ』と解説がなされた。
食事を早々に終えて、中身のなくなったプレートを今度はジノとルルーシュが片付けに行く。
その間、アーニャとスザクは席についたままぼんやりと二人の姿を見ていた。矢印がご丁寧についているのに
返却口はどこだろう、と黒のワンピースが彷徨う。その背を、後ろについてきたジノがさり気なく抱きながら
元に居た通路に戻すのに、スザクの視線は更に更に険しくなった。
「……変なの」
明らかに英国を出てエリア11にやってきてから口数の多くなったアーニャが
そんなスザクを見て口を開く。
「何が?」
面白くなさげにテーブルへ肘をついて、自分たち以外いない食堂を見回せば、アーニャが驚くべきことを言った。
「さっき総督の部屋で着替える時に見ちゃったんだけど」
「…………?」
「首と、足の付け根、……しっかり痕ついてた」
綺麗に磨かれた床に傷をつけてしまうのではないかというほど大きな音を立てて、スザクは椅子を引いて立ち上がった。
「君……!」
「女同士なんだから、どうしたって見る」
「そ、そうじゃなくて、その、あ、の……何で、それ」
首と足の付け根にある痣なんて、そういうことをしてるしされているということの証明以外の何ものでもないだろう。
知らず顔に赤が走った。配膳台にいる二人は自分たちの様子に気づかない。ルルーシュは変わらずにこにことジノに
応対している。
アーニャは、動揺しきるスザクを眺めながら、口端を少しだけ釣り上げてみせた。
「真っ赤」
「そりゃ、だって」
「正直なのね」
それだけ言って、片付け終わったらしいジノたちのもとへ駆けていってしまった。
唖然としたまま立ち尽くすことしか出来ない。
走って来たアーニャにルルーシュが気づいて、その後ろに立ったままでいるスザクのことを不思議な目で見てきた。自分がどうして
赤くなってるのかもしらないのだろう。
というか、着替えるにしても、無防備すぎる。
……アーニャが目ざといだけなのかもしれないが。
「少佐、立ち止まってどうしたんだ」
こっち来い、と近づいてきたルルーシュに手を引かれる。そのまま小さな肩に項垂れてしまいたくなる。
「何でお前赤くなってるんだ?」
「……何ででしょうね」
スザクの消沈した態度の意味がわからないといったようにしげしげと見つめ返される。そんな顔をされても、アーニャが言ったことを
そのまま伝えることは出来かねるので、吐き出したくてたまらなかったが今は止しとこう、とぐっと耐えた。
「ではそろそろ政庁へ戻りましょうか?」
このまま居てしまってはクラブ活動の時間になってしまう、とスザクは慌てて先頭を歩こうとする。
が、それを見越してか、ジノはポケットに入れたままのパンフレットを広げて
引導しようとするスザクの肩をがしっと強く掴んだ。そして手前へ引く。
「わっ何するんだ、ジノ」
「三時からクラブ開始ってある……」
「そうだよ。このまま居たら無関係の君たちはきっと不審者扱いだ。早々に出たほうがいい」
「-----------でもこのまま帰るのつまんない」
「そうだよなあ、アーニャ」
パンフ片手に立ち止まるジノの横で、ぽつりと吐き出された一言にルルーシュもスザクもサッと顔が青くなる。
(まさか、学園の中まで見学したいって言うんじゃないだろうな……?)
肩に腕を回されたまま動けずにいたスザクは、どうにかそこから這い出ようとじたばたともがく。ルルーシュは気づけばアーニャに
腕を回されていて、呆然と立ち尽くしていた。
けど、本当にこのままでいると……。
「離せ、もう」
ぐ、と腕を持ち上げてその隙間から頭を出せば、心底つまらなさそうなジノの表情に出くわし、硬直する。
「ねえ総督」
「わ、私に言われても……」
ぶんぶんと組まれた腕を揺らされながら、ルルーシュのほうは苦笑するしかない。
そして、とうとうそこに。
「あっれー、あんた今日も休みじゃなかったっけ?」
スザクにとって学園での上司、もとい生徒会長のミレイが丸めた模造紙を両手に
自分たちの目の前に現れた。
ルルーシュは着任式典のテロの時に一度会っている。
お互いに驚きながら、それでも遠慮なくミレイはスザクたちのほうへ駆けてきて
「……やばい」
「散々だな、なんか」
苦笑に苦笑を重ねて、ルルーシュとスザクはお互いに視線を合わせた。
何だか気づいたらラウンズの二人に振り回されていたのだ。
そして多分、いやおそらく、今日一日は拘束されるだろうと思う。
「どうしよう、ミレイさんにサボってた理由、ちゃんと言ってなかった」
騎士団との港での攻防以後、生徒会には顔も出してなかったスザクが学生服で食堂にいる。
たまたま出くわしただけではあるのだが、素通りは決してしないミレイの存在を考えれば
早々に帰ってしまったほうが良かった。馬鹿だもう、本当に、自分は。