『准尉、俺とエリア11に行こう』
『は?』
『俺と日本に行こう』

英国に一度帰還してきた自分たちを出迎えたシュナイゼルに、はじめてルルーシュの目の前でスザクが殴られた時だ。
-------------ルルーシュがシュナイゼルの下を離れようと思ったのは。

スザクが自室で寝そべっていた所に、(大事にしていただろう)髪を切り、ユーフェミアと共に切実な顔で
自分を起こしにきた時は、思わずそのルルーシュの勢いに押されて差し出された手をとってしまったという部分もあった。
(でも殿下には殿下なりに考えたリスクがあった)

エリア11の総督として英国から出ていこうとするルルーシュへ何も言わず、補佐として同行してくれたコーネリアの実妹、
ユーフェミア・リ・ブリタニア。
よく三人で遊んでいた。ルルーシュが一身に信頼を寄せる友人でもあった。
その彼女が、シュナイゼルに内密にルルーシュを送り出してしまったからか、今は重い罰を受けている。







「解っていたことなんだ……」

小さく吐き出される言葉に、胸を締め付けられる。
ロイドから至急応接間に来い、と呼ばれ上がってきてみれば……痩せた肩を更に頼りなくみせて
ルルーシュは俯きながら椅子の上で膝を抱いていた。
スザクはとにかく近づこうと、まずは薄暗い部屋をどうにかしなくてはと照明のスイッチへ手を伸ばす。が、
その気配を敏感に受け取ったルルーシュは、鋭い静止を投げつけた。
「やめろ」
「……殿下……」
「俺、今、とても情けない顔をしてる……」
「でも」
「-----------いいから、放っておいて」
近づこうとする意志は、今のルルーシュの心境からしてみればうっとうしいものでしかないのか。
スザクは離れた位置から更に数歩後退し、暗い応接間から白色光の目に痛い廊下へ身を出し、
静かに扉を閉めた。
閉め切る前に一度だけ、足元に伏せられた黒髪を覗いてみる。

……が、そのルルーシュの心の中は後悔の念で一杯だということを理解していたから
励ますことも抱き締めることもスザクはしなかった。
















荒野で君を見失った




















「……それにさ、『スザクくんは無しで』って言うところがまた腹黒いんだよね〜」
「そうです、ね」
廊下には、スザクとルルーシュを二人きりにさせてやろうと気を使って外に出ていたロイドが立ったままでいて。
スザクもその上司の言葉に深く頷く。ラウンズとして”護衛役だ”と説明するあのジノという奴のこともまだ解らないし
またどうして突然シュナイゼルがルルーシュを取り返そうなんていう気になったのかも解らない。
「ユーフェミアさまのことを出してきたのも……」
「解らないね、得てして不可解だ」
気持ち悪い、とロイドは言う。彼が一番シュナイゼルについて詳しいが、詳しいといって理解していると言い切れるわけではない。
あの極限なまでに捻じ曲げられた性格は、うまく説明できないらしい。するような人間も居ないと思うのだが。
「殿下はどう言われてる?」
「何も。ただ『一人にしておいてほしい』と」
「ああ、閉じこもっちゃったか。……まあそれは仕方ないよね。大元を手繰れば自分の行動の所為で今こうなっちゃってるんだもの」
「……はい」
だからといって、ルルーシュが帰還することをスザクは認められない。
あのシュナイゼルの下から飛び出してきた後も、ルルーシュには様々なことが降りかかり、色々な苦労をしてきたのだ。
その一部に、自分がナナリーの率いる騎士団に誘拐されたことも含まれている。
「-------------っ」
解りやすすぎるくらい、実は解っていた。
ジノの言う、”騎士抜きで”戻ってこいという帰還命令のその意味が。

(……バレたのかもしれない)

殿下とのことが。

ルルーシュの十七の誕生日の時、正式に彼女が軍務に就任する式の中で、自分は騎士の誓いをその場でたてた。
シュナイゼルもその式場に居て、ずっと自分たちのことを見ていたはずだ。
日本から連れられ檻にも閉じ込められて、そこから這い出るのさえシュナイゼルの意志に逆らうことなんて
叶わなかったのに。
スザクは皇族が全員見つめているといっていい場所で、ルルーシュの騎士になれた。
それ以上の関係に自分たちがなったことを、彼が予測しないはずはない。
それならば、尚更ルルーシュを一人で帰すわけにはいかなかった。

「……スザクくん、何か変なこと考えてない?」
「考えてませんよ。ロイドさんは?」
「僕はね、-----------さっき少し殿下に厳しく言いすぎたかもしれない、って、らしくもなく反省してる」
「そうですか」
でも、そのルルーシュに絶対の信頼を置かれている人間なのだから、そんなこと気にしなくてもいいことだろうと思う。

スザクはシュナイゼルへの考えを頭で巡らしながら、
同時に、心の底で視線の先にある扉の奥へ、気持ちを送った。
触れるわけでも干渉するものでもない、ただ彼女が一人で泣いていないだろうかと心配する気持ちだ。
(貴方は自分の所為だ自分の責任だ、と、思っているかもしれないけれど)
とっくの昔に僕達は共犯なんですよ、と誰にともなく告げる。

『お前を、俺の……』

白い手を差し出して、僕の手をとった。あの頃から主と騎士の約束は成立してた。
だから、たとえルルーシュ一人がしたことでも、スザクがその手を繋いだままであれば、彼女の負うものは自分の負うものでもあった。
異母妹の安否に思いを占められていても、そのことだけは頭の隅にでも置いていて欲しい、と思う。

スザクはルルーシュを見捨てない、絶対見捨てない。

(……だから)

頼ってくれたらいいのだ、もっと、自分を。

それが、
一番ルルーシュにとって難しいことなのかもしれないが。




















自分には苦手なものが一杯ある。
まだ十歳までは通っていたスクールでも、背が低く、西欧人には珍しい髪質が災いしてか、ルルーシュは特に
級友たちにいじめられてしまって、ひいひい同年代のユーフェミアや実弟のナナリーに泣きついていたように思う。
泣く、と言えば----------、
一人で泣くのも、苦手だった。
英国を飛び出す時も、真っ先に思い浮かんだのはユーフェミアの存在で。
ルルーシュはアヴァロンから駆け走りながら、急いで彼女の離宮へ向かった気がする。そんな自分を彼女はのほほんと出迎えて
『一番に来てくれるなんて嬉しいわ』と笑ってくれた。
実はあの時も、ルルーシュはユーフェミアの前で泣きたくて仕方なかったのだ。
欲しかったのは言葉でなく、自分も真似が出来るような柔らかい微笑みで。
変わらない姿勢で、いつどんな時でも自分の話を聞いてくれる彼女の存在は、スザクと並んでいて近かった。
けど、多く悩みを打ち明けられるなら、その相手はユーフェミアだった。
彼女はルルーシュの狭い人間関係の中では、トップの強さだった。
(いつか)
自分が貰ったぶんの優しさや幸せを、大好きなその彼女へ返せたら、と思っていた。

「でも、でも俺は……」




































「ジノ、頼みがあるんだが」
「ん、何だ?」

隣にアーニャをはべらせて、足を組んだ体勢でジノは片手に(何故か)アッシュフォード学園のパンフレットを持っていた。
ソファにふんぞり返るラウンズを無表情に見下ろしながら、スザクが溜め息のように吐息する。
後ろ手に両手を組んで、グ、と起立する両足に力を入れた。見下ろされたジノは静かにスザクの瞳を見返して
瞬きもせずに黙っている。横にいるアーニャはスザクの存在に顔を上げもしない。
「宰相閣下との通信は出来るか」
ロイヤル回線で、---------場所は、地下の特派を使えばいい。
突然のスザクの申し出に、僅かに海のような双眸が見開かれた。
アーニャの携帯を弄っていた指が止まる。
「通信、ねえ」
(……話したところで何になる、という顔をしているな)
スザクは冷静に相手の出方を観察した。が、ジノは柔軟にも足を組みなおして

「いいよ」

と了解した。
「----------いい、って」
「時差があるから、後数時間は待ったほうがいい。でも先に準備しといたほうがいいよな?」
「貴方、勝手ね」
呆れた、と立ち上がるジノに続いてアーニャもソファから離れる。まさかこうもすんなり申し出が通るとは思っていなかっただけに
スザクは困惑した。けれど既に先を歩き、部屋から出ていこうとするジノは振り返ることもなく。
「考えたな、スザク。可能性のひとつには思っていたけど、まさかストレートにそっちへくるとは思わなかった」
「……遊ばれてるらしいからね、僕は」
(-------------あいつに)
目を閉じたらばすぐに思い返すことが出来る、変わらない表情でスザクを組み敷いた高く長いシルエット。
けれど距離が他人以上に近くなることは無かった、ルルーシュの異母兄。
「僕は、不器用なんだ」
特に嫌いな皇族の人間に対しては、本当にね。

そう告げたラウンズの二人はどう思ったのか、
ジノは静かに扉を開いて、追いついたスザクとともに廊下へと出た。アーニャも続いた。
しかし予想外にも、ずっと昼間の会談から応接間に居ついていたルルーシュが
その三人の前に現れたのだ。

「俺抜きで何処に行くんだ」

……スザク、と視線で名前を呼ばれた気がして、主君に礼をとるようにスザクは翡翠を伏せる。
あれほどまでに沈んでいたのに、自力で浮上したのか、またはスザクの行動を読んでいたのか。
何にしても頑ななまでに自分の意志に反することは認めないというような、翳りのない紫電に
スザクは安堵を感じた。

ジノは改めて見る総督と、その騎士の隣りあう姿に満足の笑みを刻み、軽い動作でスザクの肩へ腕を回した。
「ちょっ……」
ぴく、とルルーシュの眉がそれに引き攣る。
アーニャは目ざとくそれを見つけ、エリア11に来てから初めてくすり、と小さく笑った。