「殿下に英国への帰還命令……?」





寝巻きから制服へと身を整えたスザクが、特派のブースへと出勤してから一番に聞かされたニュースである。
セシルはその彼を出迎えながら、今は、到着したナイトオブラウンズと共に地上へと出ているルルーシュとロイドに
思いを馳せつつ、複雑な面持ちで自分の言葉を反復したスザクへ頷いた。
「何でも、シュナイゼル閣下と皇帝陛下の両方からの言い分らしくて……」
「どういうことです。殿下はエリア11の総督ですよ」
「そうよね、そうなんだけど……。私にも今いち、よく事態が呑み込めてないのよ」
本当に突然の訪問だったのよ、と溜め息をつく。ロイドと共にガウェインの最終調整を夜通しで行っていただけに
特派の心臓ともいえる上司を接待役に使われて、正直途方に暮れているのだ。
セシルは作業着姿のまま傍にあるイスに腰掛けて、項垂れるように傍らのパネルへ肘をついた。
「ごめんなさいね。ちょっと、眠くて」
「ああ、大丈夫です。----------最近、根を詰めて作業されてましたよね」
「大変なのは私よりもロイドさんのほうよ。あの人や、ルルーシュ殿下のほうがここのブースに閉じこもって
ああでもないこうでもない、ってメンテナンスに没頭してたんだから」
「そうなんですか」
駆動系に関することには全くの門外漢であるからか、特派に属していても、スザクが細部にまで気を配ることが必要な
メンテナンスに参加することはあまりない。
そういえば、最近やけに地下に閉じこもっていたような……と、改めて自分の主君の行動を振り返ってみた。
「ロイドさんが居なくちゃ、特派も動けませんね」
「そうね。ナイトオブラウンズなんて……、私たちのようないち兵士が謁見することも中々叶わないお相手よ。
そこに爵位を一応お持ちなロイドさんが出なきゃいけないのは解るんだけど、……少しおかしいわね。そもそもなんで
皇帝直属のその騎士が、殿下を連れにエリア11へやってくるのかしら」
私たちが殿下と共に英国から飛び出した時は、追ってもこなかったのに。
「……ええ、確かに」
スザクは低く、毒づいた。
「宰相閣下の考えられることは予測が出来ませんからね」
「本当に心配ね、突然のことすぎて」
女史がそう頷いて、またぐったりと背もたれへ身を預けるのをスザクは黙って見つめた。

ルルーシュが、直接シュナイゼルや父である皇帝に会いに行かなくてはいけない理由とは何だろうか、と
考え事には不向きな頭で考えてみる。
しかし、どう考えを巡らしてみても、行き着く答えはひとつしかなかった。
もし本当にシュナイゼルが再び手元を離れたルルーシュを呼び寄せる理由がそうであるならば、
自分はきっと、何も出来ない、と、……思う。

(くそ)

こんな時ばかりは、自分の階級や騎士という身分が憎らしくてたまらなかった。




















荒野で君を見失った




















翌日には異母姉であり副総督でもあるコーネリアが退院するというのに、どうしてこのタイミングで……と
ルルーシュは思わずにはいられない。
「意外にのどかな雰囲気のある所なんですね」
「造花ではないものを見たのは半年ぶり」
常盤色のマントと珊瑚に近い色合いのものに、身体をすっぽりと包んだ男女の二人組みが、
先頭を行くルルーシュとロイドへ声を掛けてきた。回廊のサイドに立つ支柱から庭の様子が窺えるからか
そんなことを言うのだろう。
「エリア11はまだ本国からの侵攻が浅いものですから」
片方の女のほうは、体格もルルーシュとそう差がない感じではあるのだが、
丁度真後ろに従う金髪のジノという男は、スザクやロイドよりも身長が高くて
見上げれば、蛇に睨まれたように肩を竦めてしまう。
「へえ、そうなんだ」
朗らかな姿勢で、肩越しに振り返り説明するルルーシュへと視線を向けるジノは
まるでその身長差に気を使うように腰をかがめてきたりする。対して、横にいるアーニャという女のほうは
半目を開いた表情は全く変わらず、ただ手元にある携帯画面に神経を集中させていた。言葉も、ジノへの相槌にしか向けない。
ルルーシュが通路を渡りながらそのアーニャの様子に戸惑うと、
ジノが数歩先を歩いて、ルルーシュの横を歩いていたロイドと自分との間にその身を滑り込ませてきた。
「ヴァインベルグ卿」
「そう怯えないでください、殿下。私もアーニャもルルーシュさまの護衛として宰相閣下より
任命されただけですから」
「……ではその用件を別室で窺いましょう。アスブルンド伯爵も同席して構いませんか?」
シニカルに口端をあげる金髪へは目を向けず、押しやられたロイドを見る。彼は、上背のあるジノから距離を一歩おいて
眉間に皺を寄せながらルルーシュへアイコンタクトをとっていた。---------すなわち、ラウンズがいる状況でルルーシュを
一人きりには絶対させないように、自分から話を進めるようにしろ、と。
「彼は、私直属の部隊の主任でもありますので」
「ああ、知ってます!閣下から聞いてます。オトモダチだって」
「……そういうイントネーションで言われるのは嫌だなあ」
じろ、と眼鏡越しにロイドがジノを睨んだ。
アーニャは変わらず携帯を手にもち、政庁の中庭を写真に撮っている。
何だか、予想していた以上に嫌なムードだな、と思いつつ、ルルーシュは横にジノを引き連れて
一階の応接間へ案内した。











ナイトオブラウンズ。
円卓の騎士と呼ばれる彼らとは、皇族である以上一度くらいは顔を合わせたことがある。といっても、ルルーシュはあまり
百人もいる兄弟たちが集まるサロンや、皇帝との食事会などには積極的に参加していなかったから
ジノやアーニャとは面識はあっても、会話など交わしたことは皆無だった。
それに、英国に居た時のことを話題に出されても困る。むしろ、ラウンズを英国への帰還の護衛にやってくるのなら
もっと寡黙で質素な人間にしてくれ、とルルーシュはこっそりと嘆息した。
(皇族であるならば、自分の護衛として親衛隊を作ることは出来る)
(しかしナイトオブラウンズはその中でも特別中の特別……。父直属の親衛隊の一員である彼らが、どうして
兄君の命令に動くのか)

執務服の上から緋色のマントを羽織り、ルルーシュは堂々と席につく。互いに勤務続きで寝不足であるロイドが
スザクの変わりにその背後へと立ち、昼下がりの日差しが差し込んでくる窓をカーテンで遮断した。
そのタイミングで、席をすすめられたジノとアーニャは椅子を引き、腰掛ける。裾の長いマントはその背へと畳んでかけてしまって、
二人ともかっちりとしたインナー姿でルルーシュと向き合った。
じ、と紫電でそれを見つめたままゆっくりと頷いて、話を切り出すよう促す。
それを受けたジノはようやく口を開いた。
「ルルーシュ殿下の帰還命令ですが、これは”強制”ではないということをまず前置きさせて頂きます」
「それでは、私のほうにはまだ拒否権があるということですね」
「ええ。----------拒否権というより、選択肢といったほうが正しいかもしれませんが」
「……それは?」
ニヤニヤと腹の立つ奴だなあ、と、屋上で出迎えた頃より変わらないジノの笑顔へ、内心舌を打った。
「はい。そうですね……、シュナイゼル宰相閣下は、ルルーシュさまの突然の出国にいたく哀しんでおられました」
「まあ、そうでしょうね」
暗室に近い部屋の中でただ一人座っていないロイドが、小さく相槌を打つ。
ルルーシュは胃のあたりが軋むような感触に襲われたが、奥歯を噛むことでそれに耐えた。
「そして哀しむと同時に、私が見ている限りでは、僅かながらにでも、怒りを感じているようでした」
「え?」
「我が主君である皇帝陛下も呆れるほどです。おもてには見せていないようなものでも、親しいご兄弟の中には
その怒りからくる異変に気づく者も居たのでしょう」
「…………それ、は」




「貴方をエリア11へ送ったユーフェミアさまが、皇族の身分をシュナイゼル閣下へ返上されました」





(何……っ)
ガタリと。見るべくもなくルルーシュは座って居た椅子をけり倒し、テーブルへ腕をつき立ち上がった。背中を嫌な寒気が
走る。
どうして予想出来なかったのか。
英国を出る時に自分の悩みを聞いてくれて、尚且つ、迷いのある自分の長ったらしい髪を切り、『またね』と言って
自分を送り出してくれたユーフェミアが、処罰されないまま放っておかれるはずなんて決して無いのに……。

狼狽えるルルーシュの様子に、携帯を操作していたアーニャは顔をあげた。
ジノが続ける。
「先ほど申した選択肢とは、このまま帰らずにユーフェミアさまを放っておかれるのか。または、閣下にお会いすることでその
ユーフェミアさまをご自分の手によってお救いするのか。-----------この二つです」
変わらない口調で言い渡されるその道筋に、さすがのロイドも動きを止め、ルルーシュの背中を見つめた。
けれどルルーシュは現に彼らからそう提示されても、動揺する気持ちでは冷静な判断なんて出来もせず、硬直してしまう。

まさか

(俺のせいでユフィが)

---------------彼女があの男に。



「……っ、あ……」
思わず、口からは呻きが零れて、倒れそうになる上体を無意識に腕で支えた。
冷や汗が頬を伝って、自分がどちらかを選択することで浮かび上がるあらゆる可能性に
心のシナパスはすべて持っていかれる。

選ばなければ
帰らなければ

(しかし……!)

どちらかを選ぶにしても、自分の、……すべては。

(結局は兄君、)
(貴方に自分の首輪は繋がれたままということなのか)

でも、例えそう自覚したとしても、ユーフェミアの手を切り離すことなんて出来ない。
(出来るわけがない……ユフィ……ッ)




「ヴァインベルグ卿……」
「はい」
数分の沈黙の後、細い息が応接間を震わした。
「異母妹は、いま、どんな状態なんです」
「ラウンズでも、謁見が叶わない状態ではあります」
「-------------それは」
「……世話をしているメイドから聞いたところによると」
隣にいるアーニャへ目をやりながら、ジノが小さな声で告げる。
「シュナイゼルさまの離宮で過ごされているようですが」

まさか。

ルルーシュは咄嗟に思いつく場所をひとつしか知らなかった。
白い柱で覆われて、一般的にはそこがシュナイゼルの宮として認知されている場所。けれど地下には本来そうであるもうひとつの
彼の離宮がある、-------------ルルーシュも居たことのある部屋だ。ロイドも知っている。というか、兄と彼と自分しか、
その宮のことは知らないはずだった。

誰にも知られてない場所にユーフェミアが居るというのなら、あの場所でしかないのだろう。


背後に居るロイドへと振り向けば、『そうだ』というように瞳を伏せられる。

「ユーフェミア……」

今のルルーシュでは、選択肢を選ぶどころか、ただ悩むことさえ危うかった。

























『殿下?』
『……ん……?』
スザクの部屋で眠っている時、ふと目が覚めてじっと目を伏せる彼を観察していた。しかし注がれる視線に意識が引き寄せられたのか
そろりと瞼をあげて、ぼんやりとした翡翠に呼びかけられる。不可思議な夢のせいで眠気など吹っ飛んでいたルルーシュは
袖を摘んでいた指を解いて、スザクの胸に縋るように身を寄せた。まだこの微温湯のような安息に浸っていたい。
そう思っていることが肌越しに解るのか、半分眠りの世界に居る彼の腕がルルーシュよりも強く、背中に回した腕に力を込めて
すっぽりと胸に収めてくれた。
『スザクの寝顔、なんかいいね』
広い胸に頬をあてながら、吐息に交えて零す。
自分の寝顔なんて知らないスザクは、その言葉にうとうととしながら首を傾げてみせたが
『殿下が見たいなら』
いつでも見るといい、と言って、再び目を閉じた。ゆるゆると寝息をつくルルーシュの枕となった胸が上下する。
『うん』
その真っ直ぐでもあるし裏もない純朴な返事にひどく自分は満足し、数分前とはガラリと変わった安堵した気分に
身を任せた。


















ラウンズと面会するルルーシュとロイドが篭る応接間を、スザクは中庭から見上げていた。
(殿下、遅いな)
特派のブースでは仮眠をとるためにパネルへと突っ伏してしまったセシルをそのままに、スザクは地上へ出ていた。
しかし、少佐である自分はたとえルルーシュの騎士であってもラウンズとは謁見出来ない。個人的な用件であればまた別なのだろうが
他人である以上そんなことにはならないだろう。

「おい、君がそうなんだよな!」
「えっ」

バタバタと走りよってくる長いマントを見につけた金髪の男に突然声を掛けられて
視線を移して目を合わせたはいいがどう相手をしたものか、思いがけないこともあって僅かにでも驚いてしまった。
しかしすぐにそのマントに刻まれてる紋章が、本国最上の階級に位置するものであると気づいたところで
スザクはすかさず礼の形をとろうとした。が、そうするよりも早く駆け寄ってきた男に先を越される。
「さっき会ってきたぜ、君の主に」
「主って……」
ルルーシュのことか、じゃあこいつは。
「ジノ・ヴァインベルグだ。よろしく」
「え、あの」
「手を出せよ、何もしないから。こうでも強引にしないと君とは会えないからさ。ちょっと私らしくない真似をさせてもらった」
ニカニカと笑う犬のような姿勢に圧倒されて、差し出された黒い手袋に自分のものを重ねる。握手をして、再び顔をあげたら
まったく遠慮のないというような感じで、一歩二歩、ジノというラウンズの男の顔が近づいてきた。手を握られたままなので
距離を置くにも置けない。
「その、僕は」
当惑しきった目で見つめ返せば、ようやく、安心しろというように手が離された。
「騎士同士なんだ。余所余所しい態度は無しにしよう」
「そちらがそれでいいのなら僕は構いませんが……、もう、殿下との会談は終わられたのですか?」
「んー、それに関しては保留中、かな」
先ほどの勢いとは真逆な、冴えない答えが返ってきた。
それに嫌な予感を感じ、瞳を険しくさせる。ジノをそうして見つめ返したスザクは、再び応接間のある窓へ
翡翠を移した。
「一体、宰相閣下は何を要求されたんです」
「……要求、というほどでもないんじゃないか。兄であったなら妹に会いたいと思うのは普通だろ」
(普通じゃない男だから安心出来ないんだ)
暢気なラウンズの男に、心の底で毒づいた。勿論、大元は英国にいるシュナイゼルへあてたものだが。
「----------ヴァインベルグ卿」
「ジノでいい。私も君を名前で呼ぶし。そうだ、自己紹介!こっちはまだ君のことを教えてもらってない」
シュナイゼルにもルルーシュにもね、とジノは言う。
スザクは『はっ』と内心笑いながら、その男を見もせずに口を開いた。
「枢木スザク」
「スザク、ね」
「貴方は随分と気さくなようだが、……こんな所、見られてもいいのですか」
「その辺は構わない。さっきも言ったけど、君とは普通に話したかったんだ。英国では会ったこともなかったけど
存在は知っていたんだ。不精なのもあって中々機会を作れなかったが、私は君に興味がある。亡国の嫡子であるのに
敵国の皇女の騎士になった、ってところが-------------特にね」
「……」
きっと今ここに他人が居たら、突然暗くなったスザクの眼差しに怖気をふるうだろう。しかし、
直にその視線を向けられてる男は、依然として飄々としている。笑っている。外には自分たち以外の誰もいない。声をそばたてて
会話する必要は無いように思えた。
「ジノ、君はどこまで閣下から聞かされているんだ」
「……全部ではない。ただ、君を囲っていたことは知っている。直接当人から聞いたわけではないけれど」
「なら解るでしょう。僕があの男のことを憎んでいて、復讐しようとしてるってことに」
睨むスザクの口調に、じっと耳を貸す相手はびくともせずに黙っている。
淡々と語られていくその内情の酷さに呆れもしないのか、むしろ更に興味を深めたというように口端を釣り上げて
ジノはスザクの前で腕を組んだ。

(こんな態度で)
ルルーシュとも会ったのか、こいつは。

今自分の見ている光景を疑いたくなった。

「なあ、愛情よりも憎悪が深いっていう例えは、知ってるだろ?」
「……ええ」
「謎掛けをするつもりはないけれど、俄然私は君に興味を持った。と同時に、どうして閣下が君抜きでルルーシュ殿下に帰国を
命じたのかも理解した」
「--------------何だって」
「閣下はそうご命令されたんだよ。だから、ラウンズの私とアーニャが迎えにくる形で、此処にやって来たんだ」
殿下には先ほどの会談ですべて説明した、とジノは続ける。
そのもう一人のラウンズであるアーニャは、今ルルーシュと共に応接間にいるのだろうか。
スザクは瞳を大きく見開いて、ジノを真正面に見据える。真実か、と。
そしてそれを受けた彼も、金髪を可笑しげに揺らし、こっくりと確かに頷いてみせた。そして先ほど握った手袋をつけた掌を
目前にかざす。
スザクが戸惑ったように一歩下がれば、ぐんっと伸びてきた逆の手に動きを静止させられた。
「ジノ……ッ」
「スザク。君は閣下に遊ばれているよ」
かざした手で己の首筋をジノは撫でる。その動作はいやらしくも、ずっとスザクが檻に閉じ込められていた時
繋がれていた首輪の存在を示唆していた。
こいつは、
この男はすべて知っている。
すべて知った上で、きっとこいつも先行きを面白く眺めているのだ。





















「殿下、僕は賛成しない」

カーテンを閉め切った部屋で、椅子に重く腰掛ける細い背中へ、ロイドは言った。
「劣りとしてユーフェミアさまのことを聞かされて動揺してしまうのは仕方ないけれど、それでスザクくん抜きで戻ったところで
どうなるっていうんです。ユーフェミアさまがして下さったことも無駄になってしまうでしょう。やめたほうがいい」
「……でも、ロイド」
困惑げに振り向くルルーシュに、決断させないというようにロイドは片手で眼鏡を外し、素のままの顔で彼女を睨んだ。
「自分から檻に戻るほど馬鹿な真似はない」
「-------------」
「スザクくんも悲しませることになるんですよ」

……そうルルーシュは言われてみても、『わかった』とは頷けずにいた。そんなこと出来るはずがなかった。
異母妹がしてくれたこと。自分を理解していたからこそしてくれたこと。それのせいで今苦しんでいるかもしれないということ。
色々なことが二律背反で頭の中を巡っている。固く瞳を閉じたい衝動に襲われたが、それでは選択することも放棄しているような
気がして、躊躇われた。真っ暗な床しか見ることが出来ない。



そして、その暗さが、
最近よく見ているあの夢を連想させた。