眠っていた世界でルルーシュがずっと見ていたも のは、
サクラダイト流失事件後、自分が看病していたナナリーの傷ついた姿ではなく。
むしろ、事件以前の、……何の屈託さもなく自分と笑ったり、泣いたり、怒ったりするナナリーの姿で。

そこではたと気づいたのだ。
自分は、弟に一体何をしてやってこれたのかということに。


















荒野で君を見失った


























ずっと意識を失くしていた自分を甲斐甲斐しく看ていてくれたという異母兄の姿を、まだベッドに伏せたままぼんやりと
紫電に映していたルルーシュは、ひいひいと泣きはらして腫れた目じりを指先で擦り、何か話さなくてはいけないと思ったが
沈黙だけは今はどうしようもなく心地よくて。深く、停滞していた間のことを追求しないシュナイゼルに安心しながら、
ルルーシュはゆるく瞼を伏せた。

心配してくれたというロイドやセシルにも、ましてや他の兄弟たちにも、自分のしたことなんて説明出来るはずもなかった。
むしろ今自分の陥っている現状に、心から失望していた。周りへの配慮なんて考えられない。自分はそこまで善人ではいられない。
だってそうであったならば、ナナリーの気持ちも受け入れられたし、隠そうとする本心を否定の変わりに弟へぶつけることもしなかった。

多分、きっと自分が箍を外してそんなことをしてしまったのは、
どこかで、自由になりたかったのだろうということなんだ。

……それで、結果として自由になれた今の自分は、『幸福か』と聞かれたら、『幸福ではない』と答える。
”満足”もしない。

(俺が停まっていた間見た夢の中では……)

ひとふりのナイフを持っていた。世界はどんよりと昏く、自分以外誰も居ない世界だった。
もしかしたらそれこそが自分が辿り着く場所なのかもしれないと思った。















「兄君」


顔を上げた先には、じっと見下ろすシュナイゼルが居た。
気配は感じていたのに実際何をしているのかなんて見えてなかったルルーシュは、ハッと気づいたと同時に頭を垂れて
『ごめんなさい』と言う。
「今は、一人で居たい」
腰までの長さの黒髪がシーツに散らばる様を瞳に映しながら、彼の顔は見ずに言う。そうすれば、この自分にだけは優しい男は
早々に部屋から立ち去るだろう、とそう思った。
が、耳にするのは遠ざかる足音ではなくベッドへと近づいてくるもので。
「えっ……」
腫れた目じり触れてくるのは、手袋をしない生の体温だった。
「------------何を」
「恐れないで下さい、と言ったのは、お前だよルルーシュ」
「……っそれ、」
確かに自分が異母兄へ言った言葉だった。火傷した掌を手当てしてもらった時に翳りを見せたシュナイゼルのその表情に、
言葉では言い表せない焦りを見たから。何故か励ますつもりでそのセリフを口にしたのだ。
どうしてその言葉を、また。
(……俺にくれるんだろう)
くしゃりと顔を歪めた。
「兄君……」
「ああ」
この人なら解ってくれるかもしれない、と思って、ルルーシュは言ってしまうことにした。
「俺は、とても、人の好奇に、疎くて」
「そうだね」
「ナナリーが、……すごく、こわかった」
恐れる、という思いとは少し違うものかもしれないけれど、何故か『守ってやる』という誓いが重く感じられた。
「人と人同士で、----------好きになるなら、もっと気持ち同士は離れてるほうがいい」
「……」
「俺がしたことは、決して取り返しのつかないことかもしれないけれど、でも俺……、ナナリーの相手にはなれなかった」

俺たち姉弟は近すぎたんです。

と言って、静かに頬を撫でる兄からは目を背けて、迷惑かけてごめんなさい、とそれだけしか後は言えなかった。












弟と離れたことでルルーシュが知り得たことは、きっと自分が出来るまともな恋愛は、生涯に一度として無いということであり。
同時に、その相手すらも要らないと思った。これほどまでに人の思いが貴重なものだと解ったから。
けど、ある人物に出会ってその考えはガラリと変わる。
その相手とは病床より復活して二週間ほど経ったあと、皇帝との謁見の間の前で会うことになった。

(枢木スザク)

ルルーシュは父と兄の後ろでしか会ったことなど無かったが、兄と父を見つめるその表情だけですぐにあの時の少年だと
認識した。
スザクは後ろにひょっこりと現れた自分の姿にひどく動揺して、逃げようとしたが必死に追いかけて
どうにか話をした。初めて二人きりとなって話せた機会だった。


剣技も、KMFの操縦技術も、軍内での素行も周りに評判の良かったことを知っていたルルーシュは
彼を真っ先に自分の道具とし、まず皇族である自分の騎士にすることを考えた。
……あまり異性の人間とは接したことがなかったのだろう、スザクは、話をするようになって度々私室へと誘うルルーシュに
戸惑いながらも断ることなんてせずに、普通に友人として付き合ってくれていた。
「いいんですか、僕がこんな所まで」
「兄君に見つからなければ大丈夫だって」
「はあ、でも」
気恥ずかしさからくる照れなのか、むしろルルーシュの頓着のなさへの呆れからくるものなのか、困ったように目尻を下げる
彼の表情は、普段廊下を厳しく歩く姿とは違って見えて、どこか嬉しかったのを覚えている。
(まだこの時は)
ただの騎士となる人物だとしか思ってなかった。
まさか自分が、彼のせいで女として自覚するなんてことも思ってなかった。

流失事件後のトラウマのせいか、または自分がナナリーにしたことを思い知ることを避けるためか、
その時からはKMFを見ることにも理性が耐えられなかったルルーシュは、
ロイドが折角新たな世代として開発したランスロットも、うまく操縦することが出来ず持て余してしまっていた。
丁度初期メンテナンスの調整でデヴァイサーとしてコックピットに居た時、突然前触れもなくランスロットが一人でに動き出して
起動回路を直接繋げられていたルルーシュの体に現れた拒絶反応は、もろにそのランスロットへと伝わってしまった。
(どうすれば)
まるで体内を逆流するようなその感覚に意識は持っていかれ、気づけば自分は、特派の整備服を着たスザクの腕に抱えられていた。
首を動かすのも億劫で状況はよく解らなかったが、彼は一足飛びでランスロットのハッチまで辿り着き
中のブーストが破裂するのも恐れず、コックピットからルルーシュを救出しランスロットの暴走を止めさせてくれたらしい。
「すいません、今降ります」
ハッチの横、ランスロットの兜型の顔の横に立ったまま、足元にいる整備班へ告げる。その中に心配げに見上げるセシルの
姿もあった。
再び朦朧とし出す視界に、スザクを見る。
彼は足元から腕の中へ翡翠を移すと、いつも見せる不器用な笑みとは違ってごく自然な、やわらかくルルーシュを安心させるような
笑顔を見せた。



(……嘘だ)



愛情を貰うばかりで、
向けられるそれがどんなものかも理解していなかったのに、
どうしてルルーシュの中に芽生えたそれが、正体不明であった愛情と同じものだと思うことが出来るのか。


彼を、
好きになったのだ。









ルルーシュはランスロットのデヴァイサーを自分からスザクへと変更し、十七の誕生日が来たと同時に彼と主従の誓約を
交わした。
スザクは自分にとって他人であり、時に自分を皇族とも思わない厳しさを持っている。
だから、こんな風に自覚してしまってからでも、常と変わらず、ルルーシュはルルーシュで、スザクはスザクで、
英国でもエリア11でもやりたいことはそのままに出来ていた。
彼自身にも伝わらないまま過ごせていると思ったのだ。むしろ、自分は彼を貶めた異母兄の異母妹であったから
心底恨まれていると思っていたから。


なのに、実際にはそうでなかった。目を閉じて、神経を沈ませながら、そのスザクに初めて身体を開かれたことを思い出す。


そういうものがよく解らなくて、泣きながら『やめろ』といい、最後には『殺してやる』と全力で拒んでみせ
本当に心から、自覚した”スザクも男”であるということに戸惑いを示した。
しかし終わってから落ち着いて考えてみた後、事後に改めて口づけられたことや、抱き寄せるようにクローゼットへ逃げ込んだ
自分の背を撫ぜてくれた接触が、全然嫌なものなんかじゃなく、むしろ『もっと触れてほしい』というようなものであることに
動揺して、もう後ろも向けない逃げ出せないということにひどく当惑した。自分はもっとスザクに好きになってもらいたいのだ
ということに、気づいてしまったのだ。

こんな自分を彼がどう思うのかについては、決して知れない。
ルルーシュこそが向けられる愛情に恐れを持っていたのだ。
彼もそんな風に思う時があるのではないか、と不安になる。……もし、
主従という楔がなく、純粋な他人同士であったなら、もっと互いに束縛出来ていたんじゃないかと思う。






















ルルーシュはまた夢を見ていた。ナイフを持って昏い道を延々と走っている夢だ。
別にそうしているからといって、その世界で自分以外の人間と鉢合うことは全くない。
そして最近、その夢から浮上した後は決まって傍には自分の騎士の姿がある。深く瞼を伏せる姿がシュナイゼルと
重なって見えて、シーツの中でルルーシュは背を震わした。恐くなって、隣で眠るスザクの服の袖をつまむ。
今日は、コーネリアの見舞いから市街まで出て、スザクと庭園の花を見てきた。
そのまま政庁まで戻ってきたのだが、『今日は一人じゃ嫌だ』と我儘を言ってみせて、地下にあるスザクの部屋に
泊まらせてもらうことになった。
狭い狭いというベッドに無理やり二人ぶんの体重を押し込むように横になる。
年の割りに頑張りすぎなんじゃないかという程のスザクの肩に頭をのせて、熟睡するその顔をじっと見上げてみた。

彼は、自分との先のことをどう考えているのだろう。
”結婚”とか、ルルーシュは別にそんなことを期待しているわけじゃない。
もし叶うなら、という前提で、”ただ傍にいたい”と思っているだけだった。
















翌朝、まるでその二人をたたき起こすように政庁本部へ入電がはいる。
そろそろコーネリアも復帰するこの頃合で何が起こったんだ、と慌しく身繕いしながら地上へと出て行ったルルーシュに
至急、特派と共に屋上の着陸場へ向かえという指令が言い渡された。

向かった先に居たのは、英国を本拠地とし存在するブリタニア皇帝直属の騎士、ナイトオブラウンズの制服を着た
男女の二人組で。

その姿を目にしたルルーシュは襟を正しながらも、どこか予感していた。
もう、自分の自由に出来る時間がないということを。