(……嘘でしょう)











空っぽの封筒
















携帯を無造作にポシェットに仕舞いこんだカレンは、ずっと二人の行く先を追っていた。
二人とは勿論、枢木スザクとルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
どうして総督と騎士が市街に出歩いているのかと疑問に思ったが、それは辿り着いたクロヴィスランドで目にした
主従を越えた接触に納得させられた。
影に隠れて事態をやり過ごし、尚且つ観察する仕事というのには慣れていた。カレンは入場門から丁度死角になる位置に座り込み、
騎士団員の到着を待つ。

-----------枢木スザクを暗殺する。

ゼロの申し渡した命令に仲間は従順だった。自分も、最初は突然の標的の変更に多少の異論はあったが、すぐに周りの大多数に
気持ちは流されていった。
今はそう、昔は同胞であった日本人、枢木を暗殺することのみに神経が集中する。

手持ちの武器といえば小型携帯ナイフしかない。ホテルのレストランから歩く道すがら、携帯で連絡をとった扇からは
『何もするな』と言われていた。けれど、この状況を如何にして利用するかが団員の真価が問われるところであろう。
ゼロ直々に出された暗殺命令。主従二人しかいない今しか、もうこれから先チャンスはないのかもしれない。
そう思っていた矢先、タイミングのいいことに総督の女が騎士から離れて、門近くまで去っていった。カレンはニヤリと口先が
曲がるのを遠くで感じながら、太腿を覆うニーソックスに仕込んでいたホルスターから凶器を取り出す。

枢木スザクは一人で立ち、廃墟のクロヴィスランドを見渡している。背中はこちら側を向いていて、視線は遠く彼方の奥だ、今しかない。
だから自分は、カレンは指先でセーフティーの留め金をピンと外し、男の背中へと走りこんだのだ。

タイミングは一度きり。あの男を襲うことの出来る隙はそれしかカレンには与えられていなかった。

音も無く駆け込んだ先に、気配で気づいたのか男の背中は振り向き正面になる。まさかこうまで安易に向かれるとき思わなかったから
振り上げた剣先はそのまま垂直に、順調にいけば背中-----、そこを仕留められるはずだった。しかし、スザクは振り返ってきた。
「っ……カレン!」
素早さでは団員の中で一番なのに、この男の獣なみの視力には捕らえられてしまう。カレンは胸の内で、もう取り返しのつかない
突き刺そうとする剣先の行方に戸惑いを感じながら『これもゼロの為』、と踏みとどまることなく枢木の胸に突き刺した。
お前が悪い--------全部全部裏切ったお前が。
生々しい音と吸い込まれる腕の力に神経は奪われていって、目も閉じず暗殺に順じたカレンの前では、後ろにゆっくりと倒れる枢木スザクが。
「ひっ」
そこで初めて、声が出た。
まだ本当の意味で、自分は人間に手をかけることが無かったから、その分余計に、鮮血の赤には驚愕を覚える。
突き刺したナイフはどこに行ったかと思えば、ドサリ、と地面に倒れた男の肩口に起立していた。そこからトクトクと脈打つ筋肉に
連動するかのように血が溢れ返っている。カレンの中ではシュタットフェルトの自分と、騎士団に居る紅月の自分が
ずっと何かを主張していた。
飛び散った血が衣服に付着して、それが枢木のものだと思うと吐き気がした。そこでふと、気づいたらポシェットに入れたままの
携帯が鳴っていて、慌てて取ろうとする。が、長い腕が足先から伸ばされ、取ろうと屈む前に自分の足首を枢木スザクに掴まれてしまった。
「!」
「……っ、は、く」
ぐ、と。瀕死に近い傷を負わせたのに男の握力は凄まじく、ミシ……と、踵の関節が鳴る音がした。カレンは冷や汗が背を伝うのを
感じ、極度に焦った。すぐに手にした携帯の着信ボタンを押そうと、震える両手でポシェットを探る。枢木の腕の力は弱まることを
しなかった。
「扇、さん……?あたしやったよ。枢木を、総督の犬を……っ」
頭では冷静な理性が目的を達成したことに喜んでいるのに、本能のほうの自分は例えようも無く動揺していた。だから携帯にかけてきた
人物が古馴染みの彼ではなく、ゼロの側近の女の声であるのにしばし気づけなかった。
『紅月か?私が誰だかわかるか?』
「え、あ……し、C.C.……?」
『そうだ。今扇含む幹部がこちらで用意を済ませている。お前一人で枢木の身体を今から言う順序でアジトに運んでくるんだ』
「ゼロは?ゼロにはちゃんと伝わって、」
『そこのクロヴィスランドには関係者しか入れない地下通路がある』
カレンの言葉には応じず、電話口の女は冷たい調子を崩すことなく説明を始めた。
『今お前たちのいる入場門から右端に突き当たった場所に、立ち入り禁止のゲートがあるはずだ。そこのIDナンバーと通路の地図を
これから携帯に転送するから、それに順じて枢木を運べ。お前一人でも男の身体くらい運べるだろ?』
「だ、大丈夫だと思う……」
どうしてC.C.がクロヴィスランドのそんな場所を知っているのだろうか、と疑問に思ったが、今は枢木スザクをアジトに運ぶことだけを
考えようと、携帯の通話を切った。
ぐ、と掴まれたままの腕の力はいつの間にかなくなっていて、男が出血と共に意識を失ったのだと知る。これは好都合だ、と思ったカレンは
C.C.に言われた通り、まずゲートを見つけようと辺りを見回した。



















「ルルーシュ殿下から緊急通信が入りました」
そう、通信兵から連絡が入ったその時には、迎え入れたロイドとセシルの前に血だらけのコートを抱える皇女が
悄然とした表情に極度の緊張を秘めて、立っていた。
特派の支部は政庁の地下に存在している。ルルーシュは軍内部、あるいはコーネリアと直結している政庁から入ることは
避けて、それでわざわざ遠回りとなる地下のほうへやってきたのだろう。
ロイドも、セシルも唖然となり、全速力で走ってきたと思われる皇女の上下する肩と、血まみれとなったコートにただ視線を奪われていた。
彼女の表情は、抱き締めるようにそのコートを持ってきたからか顔にも血が付着していて、今朝がたセシルが見繕った衣服は全てが台無しという
状態になってみえた。
「殿下、お怪我は」
「そんなことはいい……すぐに閉鎖されたゲットーの門を開くんだ、どんな手を使ってもいい。俺の権限を最大限利用しろ」
「待ってください、殿下!スザクくんは------……」

「俺の騎士が奪われたんだっ……!」

追いすがろうと肩に手をかけたセシルの指を振り払い、彼女を含めロイドにも振り返る。そこで見たルルーシュの顔は凄惨な印象で
悲しみとも後悔とも言い表せない感情が、奥の方で渦巻いているように見えた。
両手に抱えていたコートは、あの失踪した現場にのこされた血溜まりの中で発見したもの。出血量からみるに、きっと彼は
誰かに後ろから刺されでもして、気を失ったところを引き摺られるように誘拐されたのだろう。
その跡を追おうとクロヴィスランドの中を探し回ったのだが、ある箇所でぶっつりとそれは途切れてしまっていた。そこからルルーシュは
軍のほうへ連絡して、迎えにきたトレーラーから連絡を入れたのだ。

今日一日着ていたスカートや、タイツにカーディガンすべてが血まみれとなった姿で、憮然と小走りになりながら己の執務室へと
急ぐ。その後を部下であるロイドとセシルは無言で追った。
執務室には既に通信を受けたジェレミアとヴィレッタが控えていた。ルルーシュは道すがら脱いできた服を部屋にある椅子へと放って、
差し出された軍服に袖を通す。バチン、と。騎士証づたいに繋がっているチェーンの留め金を前でとめた。
「実行犯は特定出来ないが考えられる可能性としてはただ一つ。先日の一件で俺の首を仕留めそこねた”黒の騎士団”しか居ない。
まずはゲットーを封鎖する門を開き、租界も含め地下街一帯を徹底的に洗え。その場ではKMFの使用を認可する。
姉君には俺の方から」
「……聞いている」
ガチャン、と騒々しい音を立てて、ルルーシュが振り返ったすぐ先には、既にコーネリアとギルフォードが立っていた。
「姉君……」
「ルルーシュ。この事態は一体どういうことだ」
「--------休日の市街に、准尉と連れ立って行きました」
「それで」
「クロヴィスランドで、准尉を、……枢木スザクを見失いました」
「それはどういった事だと聞いている」
語気が突然荒くなり、はっ……とセシルが目を見張った時にはルルーシュの襟元はコーネリアの指にきつく掴まれていた。
く、と咽喉がなり、苦しそうな息が洩れる。近くなった顔の距離でこそわかる姉の静かに怒ったその顔が、ただひたすらに
自分の分を弁えていない行動を責めているように思えた。
「申し訳、ありません……」
「あ、あの、副総督……!殿下とスザクくんの件に関しては、私のほうから市街に追い出すような真似をしてしまったので、そのことに
関しての責任は-------」
「そんな細かな事を責めているのではない。どうして式典の後でそんな軽率な行動が出来るのだ貴様は!一度は命を失いかけたのだぞ、
その重さは自分のものと騎士のもの、両方同じだと思わないのか……!」
鋭い速さで伸びてきた掌に構える暇もなく、自分の首を掴むのとは逆の手に頬をはたかれた。衝撃が強かった為に身体は地面へと
叩きつけられ、痛みに僅かに呻く。ギルフォードが更に踏み込もうとするコーネリアの腕を抑え、その場を包む空気は一気に
張り詰めた弓のようなものになった。
ルルーシュは起き上がることも出来ずにただ、自分が倒れた絨毯を見る。
ロイドは一部始終を見ていた眼鏡を指でくい、と押し上げると、異母姉に殴られて呆然となったルルーシュの脇に腕を通し、
『よいしょ』と起こしにかかった。
「お前は総督なのだぞ、ルルーシュ」
「……承知してます」
「まあまあ両殿下。この辺りにしときまして、スザクくんの身柄奪取の為に対策を練りましょう?あちらとの勢力差なら
圧倒的にこちらが上だ。勝てない戦ではない」
「……勝てない戦ではないとして、そのアジトを見つけ出さない限りはこちらも手の出しようがないのではありませんか」
ロイドの言った軽口に応えたヴィレッタの言葉は、的を射ている。
ルルーシュもそれには頷き『だからゲットーを捜索するんだ』と低く呟いた。
「お前……」
「アジトの見当はまるでつけようもありません。しかし、こちらが動いて焙り出すことは出来ます、『出て来い』とね。
だから姉君……、俺に指揮させて頂けませんか?俺の不注意で准尉を連れ去られてしまったから、俺の手でどうにかしたいんです」
ロイドの起こした腕から立ち上がって、腫れた頬に血が付着した顔のまま、コーネリアの前へ再び出る。
彼女はルルーシュとスザクの間に何があるとも、まだナナリーがゼロとして本当なのかも信じていなかったけれども
それでも普段と変わらず憮然とした顔のまま、無言で異母妹へ頷いてみせた。エリア11の王はこいつだから、と。



































「まっさか本当にやってくるとは思わなかったぜ」
陽気な調子で喋るのは玉城だ。横には南や井上、杉山という古株たちが顔を揃えている。
カレンはあれから、引き摺ってきた枢木の身体をC.C.に預け、ずっと震える身体を毛布に包んでいた。昼間までは友人と
レストランにいたなんて信じられない。本当に自分はこの身体に、あの男の血を浴びたんだ、と思い知らされた。
「本当にやる、とか、嘘にはしないわよ私は……。ゼロの為、ゼロの為なんだから……」
いつもは強い言葉で玉城に対して返せるのに、今日は出来なかった。枢木スザクは最後にカレンの足を掴んだまま、ピクリとも動かず
意識を失った。顔を見る勇気なんてなかったから、あれが死に顔なのかも解らない。ただ、あの時突き刺したナイフを持っていた掌は
依然震えているということだけが、頭の中にこびりついていた。

(私は間違ったことはしてないんですよね?ねえ、ゼロ!)

地上と離れた地下の奥底では、例え離れているのが僅かな距離でも、その叫びは届かないのかもしれなかった。

C.C.が前々からゲートの存在を知っていたことが、これほど有利に事態を進められる要因になるとは思いもしなかった。
カレンが独断で始末しようとしたのには正直頷けるものではなかったが、冷静なまでに対処したのがC.C.だっただけに、
考えていたほど、枢木スザクの身柄確保は難航しなかった。
彼は鎖骨より下、肩と胸の間を刺されていて、ナイフが抜かれていないことからそれが止血の役割も担っていると思えた。
内線で連絡があったことにクラブハウスから降りてきたナナリーは、ミレイが外出している隙をついて車椅子から杖を使って歩行することに
切り替えて、自分で作った地下通路を下っていった。
あとの辻褄合わせや言い訳は地上で咲世子がしてくれるだろうと踏んで、ゲートから下ってくるだろうカレンを
ゼロの衣装に着替えて待ち伏せる。
後にその身柄を受け取って、アジトの奥へと運んでいった。
「ゼロ、このまま放っておくとこいつは死ぬぞ」
「……そう、ですね」
自分の後に付いて来たのだろう彼女のいう言葉に軽く頷きながら、仮面を外す。そして胸のすみに突き刺さったままのそれを
無常にも加減なく引き抜いた。
「っう……!?」
横になったままの枢木の胸に手をついたナナリーは、それを支えとして逆の手で引き抜いたナイフを、C.C.へと押しやった。
「?」
いぶかしむように受け取ったその血塗れの凶器を受け取り、眉を寄せてナナリーを見る。彼は苦悶に歪む枢木の身体から溢れる血を
まるでそれをそっ、と塞ぐように……自らの舌先をナナリーは押し当てた。

熱く湿った接触になのか、近くなった体温が慣れた誰かを思い起こさせたのか。

薄く目を開けた翡翠に飛び込んできたのは、至近距離にあるウェーブがかった栗色の髪。それは、平日学園の生徒会でいつも見る
中等部の学生の特徴だった。
「き、みは……」
かろうじて絞り出したのだろう、枢木の驚きに染まる声。ナナリーは仮面をつけない素顔を始めて学園ではない場所で彼へと
晒した。

際限なく血はだくだくと溢れ出る。スザクはまたもや霞む視界の中に、自分の体液で真っ赤に染まった口元を微笑ませる、
ナナリーの姿を見つめて言った。

「僕をどうするつもりだ、ゼロ……」

そう、名前を『ゼロ』とされた少年は口元を乱暴に拭って、すぐに意味ありげな笑顔から無感情な顔に切り替えた。
両足で立ち、歩く姿を見たスザクは自分の思い過ごしと無知さを呪う。ロイドから見せられた写真、生徒会で顔合わせをした時の少年、
ルルーシュの弟、------今は、ゼロ。どうして今まで気づかなかったのか。それほどに彼は演じるのがうまいということなのか。

彼に囚われた自分は体のいい交渉道具だ。

殺されるならいい、それも構わない。しかしもしかしたら、こいつの考えることは。
「枢木スザクさん」
薄くもやがかかりはじめた頭に響く柔らかい声に神経を注ぐ。『なんだ』と、口にはちゃんと出せていただろうか。
「『どうするつもりだ』と言いましたね」
「…………」
「さあ、どうするつもり、-------------なんでしょう」


瞼をそっと閉じる、姉の騎士の顎を手にとってその唇に吸い付いた。
目の前にはC.C.の哀れむような表情。しかしそんなことは気にしない。


「みんなを集めて下さい。ようやく動く時が来ました」


戦争に区切りをつける必要などは、もう無いと思ったから。