『これ以上私から何を奪うっていうんだ』
無色の仮面の奥から覗いた紫紺の瞳は、同じ色合いの姉の視線を通り越して復活したスザクを見ていた。
そうして構えていた銃口を背けることもなく、両膝を打ち抜いて跪かせたナナリーをスザクは見返す。
同じだけ、互いのルルーシュへ向ける感情はひずんでるように思えた。
(奪う、のか……)
姉を護ろうとし姉から愛情を強請っていた弟の姿は、自分と似ている。未だに声帯の調子が戻らない呼気を掌で擦りながら
スザクはセシルが用意してくれた救護班のベッドに身を伏せていた。
ロイドは三年振りに帰ってきたガウェインにすぐさま飛びついていって、ルルーシュは無言で半壊したグロースターの群れへ
駆けていった。
それを特派のトレーラーから見送ったスザクは、先ほどまで港をずっと見つめながら繋いでいた掌の感触を、また確かめるように空中で握ってみせる。
あの時ランスロットから降り立った瞬間、ルルーシュは離れにくいというように指先を伸ばしてみせて、スザクは迷わずに彼女の
手を両手の中に包んでみせた。引き寄せてもう一度抱き込んで、慰めるようなことがまた出来たらと思わなくもなかったが、
それは躊躇ってしまった。……彼女がナナリーを殺そうとしたのに、自分は、スザクは自分の手でそれを仕留めてしまったのだ。
(奪う)
『スザクさんが羨ましい』
最後に聞いたあの言葉が、ずっとパイロットスーツの中を浸透しグルグルと渦巻くような生々しさを与えている。
簡易に設置されたベッドの骨組みは、ギシ、と鳴って寝返った身体を何とか受け止めていた。
「……っ、……」
熱く息を吐く。迷いはない。ただルルーシュを護りたかっただけ。
だから、後悔になのか憐憫になのか哀悼になのか、過ぎてしまった昔への憧憬になのか泣き出したルルーシュを抱き締めたのだ。
(そうだ。確かに僕はナナリーからも殿下からも奪った)
気づいていたのだ。
ナナリーが、ルルーシュが、
お互いの手で殺されたがっていたということを。
空っぽの封筒
副総督のコーネリア機の沈没は、親衛隊を率いていたくせに現場への到着が最後となったギルフォードの胸も、
本部から我が身ひとつで飛び出したルルーシュの胸も痛くさせた。沖から陸地へと戻ってきたルルーシュはすぐに
担架で輸送VTOLに運ばれるコーネリアへと駆け寄り、救護班たちにも、付き添っているギルフォードにも申し訳なさそうな顔をして
治療と”検査”を念入りにしてもらうよう、お願いした。
首謀者であるゼロの能力は未知数。見えないはずである目と動かないはずである足を使い、自由に動く姿をルルーシュは
初めて見たが、そのどれも自分の昔犯した行動の結果であるとは思えず、うまくつながりのつかない部分があると思った。
が、とうのゼロ=ナナリーは海へと墜ち、共にいたC.C.も同様で調査しようにも消息はつかない。
けれど確かに彼には別の能力があるとルルーシュは感じていた。それがなくては、スザクは騎士団に幽閉されてないし、
ガウェインにも(あの彼が)大人しく騎せられるとは思えなかった。
だからか、……コーネリアの身体も心配なのだ。いくらガウェインの直接の接触は無かったといえど。
それに異母姉はまだ、ナナリーがゼロであると信じてはいなかったから、-------------余計。
「……殿下?」
ギルフォードが青ざめた顔を更に白くさせて、気落ちするように俯いた紫電を覗いてくる。
それにすぐルルーシュは顔をあげて、気にしないでくれというように緩く頭をふり、VTOLを政庁へと運ばせた。
身体が疲弊しているのは自分も同じだった。いや、身体、というよりも心の……気持ちのほうが妙に昂ぶって、神経を刺激する。
ざわめく兵士たちの中から道を作り、小さな肢体を滑り込ませ准尉のいるトレーラーまで戻っていく。
セシルは半壊したガウェインとランスロットが運ばれた海岸のほうまで出て行っているのか、運転席は無人だった。
ロイドは、……工具箱が開けられて運転レバーの下に転がってることから、中身を持ち出して女史と同じ所に居るのだろう。
(裏、かな……)
いつもはランスロットが勢いよく滑り出てくる、トレーラー側へと回ってみる。片手には隊員から頂戴した毛布を一枚、
逆の手には水道で濡らしたタオルを持って横になっているだろう白いパイロットスーツを捜した。すぐに、ルルーシュの近づく足音に
気づいたのか彼の視線が飛んでくる。それに何故か、ほっと安心した。
「准尉、大丈夫?」
「……殿下、すいません……」
首に手を当てたまましゃがれた声で応じてくる彼の肩を掴み、無理に起き上がろうとする動きを制して、ゆっくりとベッドへ
寝かせ直す。すぐに持っていた毛布を後頭部の開いた隙間へ畳みこみ、正面で寝ていたスザクの身体を両手でぐいぐいと手前へ引き、
楽に休めるよう横へ向かせた。こうすれば、少しでも痛めた気管が楽になってくれると思って。
「あと、汚れたとこ、……タオルしかないけど」
もっとうまい言い方がないものだろうか、と自問しつつもルルーシュは手にしていた濡れタオルを
乾いた彼の額へおし当てた。それと、銃を至近距離で発砲したことにより飛び散った血痕も、ふき取って。
「すいません、-------何から何まで」
「いいんだ。動けるのは俺しか居ないから、お前はじっとしてることだけ考えろ。動くなよ。いま姉君を運んで、すぐにVTOLは
戻ってくるから。その時は、そこまでギルフォードさんに運んでもらえばいい」
「そんな、……大丈夫ですよ、そのくらいは歩ける」
「准尉……」
けほ、とまた小さく咳をついたスザクに、ルルーシュは眉を顰める。こうして無事である身体を見ても心が引き攣れてしまうということは、
まだ真に安堵していないという気持ちの表れなのだろう。
ナナリーが彼へしたことが、未知なものすぎて怖くて、考えるだけで吐きそうになる。
弟は彼へ何をしたのか。そう疑わずにはいられないほど、准尉の容態は悪い。
「殿下、平気ですから」
一気に、自分を見下ろしてくる主君の気が下がったのが解ったのだろう、毛布に身を預けた状態で准尉が左手を伸ばしてくる。
それに、まるで掴まるように触れて、ルルーシュは正座した膝の上へそれを降ろした。
「でも、……」
ぎゅ、と力なく乾いた掌を握る。微熱が感じられるのは短期間の間でも幽閉されていた疲労からくるものなのだろうか。
何か……何か少しでも楽になれるものはないか、出来ることはないか、とあまり動きのよくない頭で思索する。そうでもしないと
今の自分は、彼の前で泣き出してしまいそうだった。
ナナリーが沈んでいく前でスザクにしがみついた、あの感情とは違うもので。
「僕は、多分」
「……え?」
ぽつりと、息を吐くのと同じように呟いたスザクへ伏せた顔をあげる。トレーラーの中は日が届かないからか暗闇でよく解らなかったけれど、
スザクと見詰め合う中いつの間にかルルーシュは包んでいた彼の掌に握られていた。元気づけようとしているのに、その彼に
ルルーシュは元気づけられる。
-----------また、また。
「っ……」
思わずまた涙腺が刺激されて両目がほろりと緩んでしまって、ぼたぼたっ……と勢いよく雫が落ちてしまった。
「う、ごめ……」
鼻もつまって、必死になって息を吐くのに唖然となったスザクが下から見上げている。
先ほど『多分』と続けようとした言葉を口を閉じることによりしまって、よしよしと母親が子供にするように
小さな黒髪を長い腕を伸ばして撫でてやった。
「あまり、気を張り詰めないで下さい……」
「違う、そんなんじゃない」
「いや、そうでしょ。こんな、鼻たらして……」
「う、う、うるさい!これは別にそんなので出てるものじゃなくて、准尉が……お前が……」
ずず、と呼吸するごとに鼻を啜って、手にしたタオルでガシガシと顔面を擦る。
その様を呆然と見守ったまま、撫でていた手を下ろしてスザクはルルーシュの後ろに見える天井を遠く眺めて、言った。
「多分、……これは、呪いのようなもの、だと思います」
唾液で潤そうにも、細かい砂が更に入ってくるような乾いた感触が生まれる。枯渇していく、咽喉。
それをどにかしたくて何度もスザクは首をさすった。やはりその動きにルルーシュの視線もピタリと止まる。じっと見上げてくるようでいて
実はもっと遠くを見ているような翡翠が、湿った紫電と空中で絡んだ。
(まさか)
「……彼はいきてます」
「------------」
「ナナリーは、まだ生きてます」
「嘘だ……」
「……嘘じゃない。僕が証明だ」
ガウェインでナナリーと本気で言い合いをした直後、
まだ決着もついてないというのに自分は昏睡した。
その間に見ていた脳内イメージは、光のカーテンのように日が差し込んでいる海中を、ひたすらたゆたっている光景。
奥の奥にルルーシュの気配を感じて、目を覚ましたら実際に彼女がいて、すぐ傍にナナリーもC.C.もいた。
そのナナリーが、意識を手放したスザクへと与えた呪い。
「僕は少し、解った気がするんです。……彼の、足と目が、今も普通に動く理由を」
「……何、……?」
「僕が意識を彼の手によって沈められる直前、見上げたナナリーの双眸に、瞳の色とは違う何かを見た……」
蝶のような、または形をもたない光線のような、脳髄にまで届く強さの、『何か』
確かにスザクはそれを見て、すぐに耳元へ命令のような言霊のようなものを吹き込まれるのを聞いた。あれは、ナナリーがけして埋まらない
ルルーシュに対するスザクとの差を恨むようで、羨むような気持ちから発した、絶対遵守の身勝手極まりない、異端の力。
それをスザクは受けて、自分が誘拐される前と今とで変わったことがあると感じたことが一つあった。
『僕が、君から殿下を護るからだ』
『私、から……?』
”ルルーシュ”
----------------あ、と。
驚きに見開いた翡翠が、不可思議に眉を寄せて見つめてくる紫電と絡まって、力なく逸らされる。
ルルーシュはスザクと言おうとして止まった言葉が、とても本心では気になったが更に重ねて聞き返すには忍びないと思って、
追求する口を閉ざしてしまった。
だって、それほどに『何か』に気づいたスザクの表情が、血の気の無い怯えの混じったものであったから。
名前が、呼べなくなるということ。
ずっと可笑しいと思っていたのだ。今まではするりと滑るように口から出て来た呼び名”ルルーシュ”が、
目の前から突然消えた、ということ。
情けなくもスザクはしゃがれた咽喉を震わせて、怯えの混じった目で彼女を見つめ返してしまった。
優しい主君ならばすぐにそんな騎士の変化にも気づいてしまう。なのにいつものポーカーフェイスで隠せなかったのは、
スザクがナナリーから『奪われた』とそれを強く感じたからだった。
「----------っ……!」
疲弊しきっていて使いものにならないはずの半身を勢いよく起こしたスザクは、突然の行動にぱっと瞳を開いて見上げてくる
主君の脇を通り過ぎ、力の限り握った拳をトレーラーの壁へ叩き付けた。
憤り、背筋から這い出てくる怒りが、痛い。
強くて、醜くて、『ルルーシュ』と呼んでいることで彼女を独占できていたと勘違いしていた、浅ましい弟への劣等意識。
「じゅ、……スザク!!」
再度、また振り上げられた拳をタックルするように飛び掛ったルルーシュが、自分の全体重をかけて必死に抑える。
細く薄い身体では男の本気の力など抑えられないと思ったが、スザクはぴたり、と、その暴動を止めた。
「落ち着け、スザク……ッ」
ぐぐぐ、強くはないが必死であると如実に伝わる彼女の締め付けが、己の振り上げようとした手首に感じる。
「は、……」
どっと溢れた汗が背筋に伝ったのを感じ、ゆっくりとだがスザクは正気に返っていった。
「なんで……っ?」
弛緩するように浅く息をついてじっと床と壁を見つめるスザクの前へと立ち、同じ目線になるよう腰を落としてルルーシュは
混沌とした翡翠を見つめ返す。
手と、拳。擦り切れた赤い傷口はどくどくと脈打っていて、あふれ出した血はべったりと壁にこびりついている。
それすらも克明に見つめていた視界には、今ルルーシュが一杯に映っている。
スザクを正気に返らせようと、ひたと見つめ返していてくれている。
「で、んか……」
「……、スザク……?」
不意に、ルルーシュを恐る恐る見上げるスザクの虹彩に、閃光のような光を感じた。
「スザク」
叩きつけた拳から指の股を伝って、暗闇にも光る血がどくどくと流れている。
今度はこちらから両手を捧げて、まるで救いだしてもらうかのようなスザクはルルーシュの頬へと手を伸ばし、
その血液が張り付くのも構わず柔らかな両頬を包んで、出そうになる弱い言葉を奥歯で噛み締めた。
「スザク」
名前を呼ぶ度に、否、ルルーシュからスザクへそれが伝わる度に震えが増していく。
「……スザク……」
空気で察したのか、それともただスザクのことを労わってくれているだけなのか、くしゃりとルルーシュも顔を歪ませて
上から重ねるように、スザクの傷ついた掌へ指を這わさせた。
負傷した兵士、崩壊した港基地、傷ついたKMFをすべて把握し終えたルルーシュは、皮膚にこびりついた血も
転んだりぶつかったりして破けた執務服もそのままの格好で、まずはコーネリアが搬送された病院へ足を向けた。
天井や廊下に矢印によって示される順路に従い、あまり人目につかない道を選んで緊急処置室を目指す。ギルフォードから無線で
教えられたことだが、コーネリアの負傷の具合は入院するレベルというものではないらしい。
「……姉君」
ガラス張りのICUを通り越して、個室のようになっているパーテーションが立ちならぶ部屋の奥を目指した。
すぐにルルーシュはコーネリアの姿を見つけ、強張った肩をゆっくりと降ろす。無意識にも頬が緩んでしまうのは
彼女がベッドから起き上がって端末を弄っていたからだった。
「療養中なんですからゆっくりしていればいいのに」
「何を言う。お前に現場のことはすべて任せてしまっているんだから、これぐらいはさせろ。暫くは事務処理くらいでしか役に立てないからな」
「……そうですね、暫くは、こちらも安心でしょう」
付き添っていたギルフォードは政庁に向かわされているのか、ベッドの横にある簡易イスは無人だ。ルルーシュは『失礼します』と
礼をしてそこへ座った。コーネリアは傷こそ多いものだが個々のそれはそんなに重いものじゃない。頭に巻かれた包帯と
右腕を釣るリネンは痛々しいものだったが、目の色は普段と変わらない鋭さをもっていた。その視線が、ふと、画面から顔をあげて
血塗れになった頬を見る。『あ』、とそこで間抜けな声をあげてしまった。
「なんだその血は……。傷か?すぐにナースを」
「け、結構です!これは私のものじゃないし、傷という傷は受けておりません。大丈夫です」
「……そうか」
『ではそれは何だ』という顔をしている。まさか自分の騎士が動揺して壁に殴りつけた傷から溢れた血を、撫でつけられたものだとは
言えやしない。
別に話を逸らす為にではないが、ルルーシュは気懸りであったことを異母姉へ質問した。
「何か、お変わりはありませんか」
「……どういう、意味で」
両手は使えないから普段とは違う利き手ではないほうの左手で、コーネリアは端末の電源を一時停止状態へとする。彼女の見つめる顔は
ルルーシュの問うている意味が、単に外傷の怪我についてではないということを察していた。
そっと、パーテーションに仕切られた外の気配に耳を立てる。誰も傍にいないことを確認して、すばやくルルーシュは半開きの
カーテンを閉めてそのまま異母姉へと振り返って、言った。
「ナナリーが生きているそうです」
「----------ギルフォードからは枢木の銃弾によって海に転落した、と聞いたが」
「少し誤解が生じているようですね。……枢木准尉にそれを命じたのは、私です」
『また俺は嘘を言う』、と肩口からもう一人の声が聞こえたが、それには聞こえないフリをして呆然と見上げるコーネリアを見下ろした。
「姉君、ずっと可笑しいとは思いませんでしたか。ナナリーが、たとえゼロであっても、歩けていたり騎士団を創設出来ていたりということに」
「サクラダイト流失事件の、後遺症のことを言ってるのか。それでナナリーが失明したという」
コーネリアはルルーシュが弟を突き落としたことを知らない。ただ失踪した、ということをシュナイゼルから聞かされている
だけだった。
だから弟の敏腕さに何か思っても、まずはその可能性へと行き着いてしまうのだろう。
「お前は、枢木に自分が弟を殺すことを命令した、と言ったな」
「はい」
異母姉の視線はずっとこちらを見たままだ。対したルルーシュも背かないまま、額に巻かれた白い包帯を見つめる。
その彼女の手が膝の端末をどけて、次の返答へはどうしようかと頭の隅で考えるルルーシュへと指先が伸びてきた。
自分と半分同じ血が流れる、色素の薄いコーネリアの指が血に濡れた頬を撫でる。
スザクが押し包むようにしたものとは違う、別の暖かさに包まれた。
「姉君……」
引き寄せられて、半身だけ起こすそのシーツの横に並ぶよう座らされる。ぺたり、と静かに腰を落ち着けたルルーシュは
突然のことに居心地悪く見つめ返すしかできずにいた。近くなった距離で紫電を合わす異母姉の瞳は
嘘をつくルルーシュを慰めるような、逆に胸を痛めるような色をしていて首の下あたりがくしゃりとひずんだような気がした。
そのコーネリアの口から、思いもしない言葉が飛び出してくる。
「お前は一度、……あいつを殺したんじゃないのか」
するすると優しく撫でられる指先が、別物なのではないかというほどの柔らかさで、脆弱な心ごと抱き締められるような
安心感に襲われた。
「え……?」
どうしてそんなことを言う、突然言う。なんの準備も構えも出来てなかったルルーシュはただ異母姉にされるがまま、彼女の
顔を驚愕に見つめていた。
あれは、皇族の中でもシュナイゼルとロイド、あとは騎士のスザクしか知らない事実。多分ユーフェミアだって
ナナリーが失踪した、としか聞かされていないはず。それをどうして異母姉は知っているというのだろうか。
ルルーシュは言ってない、間違ってもコーネリアには言えなかった。そんな、背中から突き落とすなんて卑怯なことを認める女では、
無かったから。
「どうしてですか……」
風を揺らすほどの強さしかもたない声で、訊ねる。
コーネリアは予想していただろう返答に緩く微笑んでみせると、トレーラーの中で泣きじゃくったルルーシュの頭を撫でたような
准尉のように、動ける左手を頬から外して、くしゃくしゃと黒髪をかき回した。
「じゃなきゃ、『自分で始末をつける』なんて、……お前は言わないだろう?」
そんな優しいことを言ってくれると、また、スザクの前でしてしまったように涙腺が緩んで、泣き出してしまうだろう。
そう責めて、まずは腕の中から抜け出したかったが、あまり乱暴な行為は出来なかった。異母姉をこんな姿にしてしまった責任は
多大にルルーシュにあるのだから。
だから、そう、コーネリアからこんな言葉を受けるのは、罵倒されるより辛かった。
気づいていたのか、気づいていたなんて------------自分の、家族を嫉む感情が。
「姉君、……言わずにいて、申し訳ありませんでした」
「うん……」
「ユーフェミアをすごく、とても、本当に大事にしている姉君は俺の……私、の、目標だったけど、無理でした。
私は准尉の能力を羨む気持ちと同様にナナリーにも忌避を感じていて、でもそれでも彼と弟を同一視していたわけではなく、
ただ怯えるように見てしまっていただけなんです。それが、今は自分自身へと帰ってきている……」
ゆっくりとした動きで引き込まれるコーネリアの胸に、すっぽりと頭を埋めてぽつりぽつりと話していく。
こんなにも自然に心を開こうとしたのは准尉に三年前のことを話して以来だった。
「ルルーシュ、」
「私は----------、精一杯、やってます」
「ああ」
「でも、姉君や准尉を、傷つけてばかりです」
「そんな事は無い。お前は枢木に何て言われたんだ」
『え?』と、預けていた身を起こしきょとんとした目で異母姉を見つめる。彼女の瞳は変わらず穏やかだ。そこには既視感さえ感じられて
誰だったかと思い出す。
辛い、のに、辛いとは心の底から思いたくない感情を隠すようにルルーシュはスザクの手をとった。
本当は覚醒した時すぐに銃を撃ってくれて、ひどく嬉しかった。無茶をして怒られると身構えていたのに
長い腕が伸びてきて、自分だってきついはずなのにルルーシュを慰めてくれた。
その言葉は、何だっただろうか。
「は、……半分ずつ、持とうって」
「ならそれがすべてなんじゃないか」
『はい』、そう頷きたかったがもうほんとに勘弁してもらいたいと言うくらい目元が緩みきってしまっていて、
コーネリアの身体が居心地よく温かかったのもあって、まるで子供返りしたかのようにこくこくと頷くことしか出来なかった。
そうだ。 二人で居るんだから、自分と彼で分ければいいんじゃないか。
以前から彼が自分にしてくれていたことを、今度はルルーシュからすればいい。
名前が呼べなくなったのなら、今度は。
定時連絡や租界やゲットーの状況の把握などはジェレミアらが率先して行っていてくれたからか、
ぼろぼろに擦り切れた衣服と所々血に汚れた身体で帰ってきたルルーシュは、政庁の玄関に迎えに出ていた彼らに
『少しでもいいから休んで下さい』と気遣われ、そのまま私室へと(かるく強引に)帰らされた。
何度も泣いたり怒鳴ったりしたのもあって、意識も朦朧としていて、メイドたちに風呂へは入らされもしたが
正直溺れてしまうくらい余力が残っていなかった。
でもせめて、せめて地下にある彼の部屋までは行こうと思って、ナイトローブにスリッパという出で立ちで
エレベーターへと一人で乗り込んでいった。
吐く息が白いのは外気と湯上りの体温が大きく離れている為であろう。
深夜にもなっているから人通りのない廊下は薄気味悪さを感じさせたが、向かう先には彼がいると思って駆け足に通路を渡って
スザクが失踪してから通いなれた道を辿っていった。
「…………ス」
ザク、と声を掛けようと思った。呼ぶのに慣れようという彼の下の名前で。が、行き着いたスザクの部屋の中は既に電気が落とされ
人のいる気配もなかった。どうしたのだろうか、もしかしたらまだ特派のほうにいるのだろうかと心配にもなったが、
とりあえずその部屋の中へと踏み込んでみる。
「あ」
よくよく目をこらせば、彼は特派の制服の背広だけ脱いだ格好で突っ立っていた。
後ろからやってきたルルーシュの声を聞いて自分の存在に気づいたのだろう。スザクが、風呂にも入ってないのか血や泥が付着したまま
の顔で、振り向く。
「三階級特進だそうです」
「……特進?」
鸚鵡返しに答え、一歩近づく。
「どういうことだ」
畳んで聞けば、『栄誉ですよ』と応えが返って来た。
「ゼロをあんな大衆の前で撃ったのですからね、それくらいは、なります」
「嬉しくなさそうだな、枢木少佐が……」
「あまりね。イレヴンは僕が戻ってきておまけに出世なんかもして、英雄のように奉っているようだけど、複雑です。
僕がいない間貴方が受けていた仕打ちを思うと、尚更ね」
後ろから見ていたルルーシュは背中を向けて顔だけこちらを向いていた彼が、何か持っているのだろうと思っていた。
不審げに眉を寄せ、その手にしてるものが何なのかと凝視する。それは紙の束で、スザクの手の中にぐしゃりと歪むほど
強く握りこまれていた。
「それ……」
ずっとスザクが騎士団に誘拐されてる間、ルルーシュはこの部屋で寝泊りしていた。特派に一番近いというのもあるし、何より
寂しさも相俟ってぶつけたい遣る瀬無さや自分への憤りを、その紙束に記録するという名目で発散していたからだった。
いない間に起きたことすべてを、ちゃんと書き残しておいて後で彼に自分から伝える。
そういうやり方でしかあの時のルルーシュは自分を抑えれなかった。
そのすべてをぶつけていたものの形が、スザクの手の中にある。彼は見たんだろうきっと。それを読んだから今ルルーシュを
睨みつけるように見つめているのだろう。
「-----------イレヴンに、泥をぶつけられたって」
「……俺が会見の場で挑発したからだ」
「ゲットーの検問で、貴族を庇ったそうですね、……レジスタンスから」
「たまたま俺の目の前で起こったからな」
「貴方」
(ああ)
いまきっとスザクは自分の名前を呼ぼうとしている。何故だかルルーシュはそれがじん、と肌に染みるように解ってしまった。
すぐに離れていた距離は彼の大きな歩幅に縮められる。逃げようと思って一足後ろに下がろうとしたところを、伸ばされた長い腕に
湯上りの手首をとられ、ぐん、と強引に引き寄せられた。
「痛い」
そう言って指を振りほどこうと揺さぶってみたが相手はびくともしない。手首にはどんどん力が篭ってくる。
強引なほど束縛が強い。
「スザク」
もう少佐になったから准尉とも呼べなくなったな、と思って、迷わずにその名で呼びかけることを選んだ。スザクは何を怒っていると
いうのか、唇を一文字に引き結んでいる。
もう一度名を呼ぼうかと口を開いたら、そこで自分の手を掴む彼の腕が僅かに震えているのに、気づいた。
暗闇で、他に二人しかいないから喋らなければほぼ無音で、そんな空間だから繋ごうとしても握れば痛い掌だけで、
他に俺にどうしろっていうんだ、と気持ちがまた彼の前でひずむ音が聞こえた。
震えて、泣いて、ずっとこんな風に二人きりになりたかったのは自分だと。早く男が気づけばいいと思った。
こんなに心が痛く、手元の紙束と同じくらいぐしゃぐしゃなのはお前のせいだと、早く気づいてくれたらいい。
ルルーシュがすべてここ数日した”無理”は、全部彼に会いたい為だけにしてきたものだと、ルルーシュが身に負った痛みよりそのことに
気づいて、知って、大切にされてると自覚してくれたらよかったのに。
「半分ずつ、って、言ったじゃないか」
お前は俺の中でもう一番だよ、と。言葉にするのは気恥ずかしいから今手にしているその紙束で知ってほしいと切に願った。
半分、彼が喪うものがあったとすれば次にそのぶんを担うのは自分だと思うとも妙に安心出来た。
ナナリーが海に落ちてその直後に感じた衝動を、無理に言葉にしようとして吐こうとしたルルーシュに対してスザクは『半分』と
言った。
あまりに一人で抱えるには難しいものは、分けてしまえばいいというその考え方は驚くほど優しい逃げ方のようで。
------------彼だから、妙にその言葉がすとんと落ち着いて、自分は選べた。
「枢木少佐」
特進したというその階級で腕を掴む騎士を呼ぶ。さすがにその応えは無視出来ないと思ったのか彼は『はい』と頷き
手元にあった紙束をルルーシュが差し出した手から遠ざけるように更に強く、胸に抱いた。
(解っているんじゃないか)
勝手に人に『好きだ』『本当だ』と告白しておいて、おかしいくらい鈍感なんだからルルーシュだってその先行きが怖くなってくる。
先行きというのはこれから二人でやろうとすることに対するものだ。ナナリーが死んでいなくて、スザクに呪いのようなものを
残したというのなら、戦争はまだルルーシュの世界で続くだけ。
続くからこそ、必要だからと思うから、
「……スザク」
乾いた掌に染み込ませるように何度となく名を呼ぶ。
沈んでいるのか泣きそうになっているのか、湿っぽい翡翠にまた力を吹き込もうと思って、覗くように首を傾けた。
「どれだけ俺がお前を好きだか、わかっただろう」
「……」
「泥も、喧嘩の仲裁だって、お前にまた会う為ならなんだってできた。いや、何でも出来るよ。お前がしてくれたように」
「……はい」
「無理してない、って、わかってくれたか」
覗いた翡翠はひたとこちらを向いていた。だからルルーシュは微笑んでみせて、彼の胸から紙束を受け取ってそれを床におろした。
「何を……」
「はい腕広げて」
空いた両手に首を傾げつつ、言うことをきくようにルルーシュの前で腕を上げた。その開かれたスペースに滑るように足を運んで
爪先立ちしてルルーシュは首ごとスザクを抱き締めた。子供が親にぶらさがるような身長差だが、気にしない。
ぴく、と。予想外の接触に彼の肩が上がった。
「殿下……」
あえてその時は声にしなかった。変わりに抱き締めた肩に強く力を込め直して、おずおずと背中に回された長い腕の感触を知る。
自分のほうからこんなことするのは初めてであったから、計らずしも胸の鼓動が速くなって頭の奥も熱くなった。
スザクも同じだけ緊張しているのか、ぎゅ、と込められた力は緩いけど離されることはない強さを感じる。
「そう。それで、いいよ……」
まるで応じるように、背中の腕が強くなった。暗闇で抱き合う姿はまた滑稽だ。でもそれだけ彼に自分の気持ちが伝わったんだと思って
足元の紙束に心の底から感謝した。
「ありがとう」
それは俺が言う言葉だよ、と思ったが、
耳元から聞こえた掠れたような声に嬉しさも緊張した胸から滲み出して、
次に言う『昇進おめでとう』の言葉が、うまく咽喉から吐き出せなかった。