ナナリーと三年ぶりに会ってから数分もしないう
ちに、ルルーシュの周りを包む環境は静寂、……無音一色に染められていた。
沖にいる自分たちを傍観するように見つめてくる、姉のグロースターや英国のサザーランド、そして騎士団員の無頼。
サンドボードひとつで海へとやってくる前には、もう、彼らはナナリーの事前に仕掛けたトラップといってもいい
装置にKMFの機能自体を沈黙させられていて。
その静寂もあってか、海はとても静かだった。
「……准、尉……」
仮面とマントの継ぎ目とも言っていいゼロの首へと照準を合わせた銃口を、震えだした片手にさらに両手を重ねて
ナナリーの身体からは逸らさないというように、ルルーシュは突然の事態に発狂しそうであったが、なんとか起立していた。
その両足で立つ足場のランスロットは、過剰にエネルギーを消費してしまった所為か、それともパーソナルデータがそもそも合わない
人間が騎ったからか、いつの間にか機能を停止させていた。
反対にガウェインのコックピットには、強引に前座にいるスザクの首を鷲掴み、逆の手にもった拳銃をつきつけるC.C.が
こちらを向いている。
彼女も急な事態が困難を呼ぶように、予想だにしない状況に陥ったことが信じられないのだろう。ゼロの姿でいるナナリーから
一歩も引かないルルーシュを、それはそれは恨んでいるというように、黄金色の双眸を顰めている。
「さあ、……どうする?お姉さま。撃つのは自由だけどそれよりも早く貴方の騎士を撃ちますよ。逆に貴方が私を撃つことを
やめるなら枢木スザクは殺しません。--------けど」
ピタリ、と一度向けられていたゼロの銃が、首に当てていたものを胸元へずらした。
「貴方を三年前の私のように、この下へと墜とします」
「-------------」
止まったのは、ルルーシュの周りの音だけではなかった。
空っぽの封筒
きっと自分はあの時姉に背中を押されて、落下した瞬間に少しの安堵を感じたのだろう。
ルルーシュは気まぐれにナナリーの世話をしたかと思えば、姉だ姉だと回りに期待されるのに臆病になって、ひどく素っ気無い
態度をすることがままあったから、
もしかしたら今の自分たちの関係は、運命に予感されたものでは全く無くて、当然なるべくしてなった結果なのではないだろうか、と
思う。
「ずっと会いたかった……て」
「---------、え?」
見上げる双眸はひどく見開かれていて、青空の隙間から差し込む日によく照らされた紫電が仮面へと向く。
ルルーシュがそうして怯えた表情を見るのは実に三年ぶりだな、とナナリーは苦笑して。まるで変わってなかったその瞳に懐かしさを覚えた。
「思って、いてくれてたんですか?」
「……ぁ」
「私のこと、考えて、いてくれた……?」
「っ、それは……」
ナナリーの、口先から出て来る言葉に一つずつ何かを感じるのか、震えは徐々に増していく。
けれど、C.C.の向ける拳銃もより強さを増して、准尉の喉下に突きつけられる。
「ゼロ、もういいだろう」
「何か感じますか」
「コーネリアを紅月と鉢合わせるために足止めをしたブリタニア軍の親衛隊が、もうすぐこちらへ来る」
「作為的なものを感じますね。第三者の介入ですか」
「……ああ。だからもういいだろう。殺すなら、さっさと殺せ」
この状態が長く続けば、騎士団は死ぬぞ、と言葉は続いた。
会話を終えたナナリーの身体が、再びルルーシュを向く。そうしたら、彼女は、がっくりと項垂れるように両手を下げて、
足元から突き上げてくる衝動に必死に耐えていた。
「……、……っ……ぅ……」
頭を深く伏せているから何を喋っているかは解らない。C.C.の能力で思わない所で新たな敵が現れた。ずっとコーネリアが
奇襲にあってから孤立無援な状態であったのは、騎士団の別部隊が向かってくるギルフォードたちを叩いていた所為だったのだ。
それが、……ルルーシュがランスロットに騎乗してきたり、第三者が出現してきたりというイレギュラーで、
ナナリーの思い描いていた展望はどんどんと崩れかけていっている。
現に今の枢木スザクの扱いがそうだ。実際は富士山頂へ登る時に、三年前汚染されたナナリーの変わりに前座へ座らせることを
目的に連れてきたのだ。それが今では、ルルーシュの気を引く為にのみ使われている。
有り得なかった。
(何よりも)
この男の命を、簡単に潰せそうにない態度をとる姉が、許せなかった。
拳銃を握る指に力が篭る。引き金をひくのは一瞬だ。その一瞬の内に感じるすべては、姉が既に三年前経験したものと同一のものだ。
ちょっとした想像力を働かせて、ナナリーは療養中もエリア11へ来たときも、ルルーシュのあの時の心境を考えたりしたときもあった。
私を殺す時辛くはなかっただろうか。何も思ってくれなかったのだろうか。本当に離れたいがためにあんなことを、あんなことを
自分へしてくれたのか。
(お姉さまは)
そうやって誰よりも孤独を望む人間だった。
なのに今は無様に震えて、ナナリーの後ろで人質同然の姿にまでなっている枢木スザクを、
大事そうに大事そうに、見ている。
男を守るために、ナナリーへ銃を向けている。
「考えて、みたんだ……」
引き金を手前へ強く、ガチャンと引く音がした。
紫電に戻った強さはナナリーの仮面を打ち砕くほどの力を秘めているように思えて、同じだけ後ろにいるC.C.の行動を
阻もうとする力も備えていた。
その真摯な眼差しは、自分を通り越えて瞼を閉じる、スザクへと向いている。
「准尉と、お前の、俺にとってどこが違うかっ……て」
ルルーシュが引いた足を一歩前へ戻す。ナナリーもガウェインの上から一歩、近づいていく。
距離と距離が絶対の位置にまで狭まっていく。
銃口の飛距離も考えて、もうそれ以上は近づけない距離だった。
「そう、どっちがどう違うって言うんですか。私もスザクさんも、……お姉さまの目には同じに映っているはずなのに」
「……同じ……」
「顔を見たかったって言った。会いたかったって言って、……それで貴方が銃を向ける相手は私で、スザクさんは守るんですか?」
「……っ!」
「有り得ない。貴方はまるで何も変わってなかった。私をあの窓から突き落とした日に見せた、あの目と、
いま私を写し出す瞳。時間は三年も経ったのに貴方はまるで変わらない。約束を違えたのはお姉さまのほうだったのに」
「ゼロ」
変声期前の低音とも言い切れない中性的な声音が紡ぎ出す言葉の語尾が、僅かに震えてしまう。
それには、姉の変化による取捨選択で弾き出された絶望と、実際には内面において何も変わっていなかったという姿に
懐かしさを感じた自己が、折り重なって悲鳴をあげた結果の現れで、
C.C.が両手をそのままに見たナナリーの背中は、いつの間にか年相応に幼い姿になっていた。
「どれだけ私が英国の皇族の中にいてお姉さまに救われていたか、救いとしていたか、貴方は知らない。
私はお姉さまさえ居てくれれば、元気でいて、私の側にずっと居てくれれば、何にだってなれた……!サクラダイトで目が潰れても
足がもげても、地面に落ちたあの時も、私はすごく幸せだった!----------そんな私が、何故貴方を殺そうと決意して、
英国を離れたのか……、離れようと、決意したのは……っ」
まさか守られたくないとルルーシュが感じていたのになんて、気づける余裕も無かった。
ルルーシュが自分へと再度向けた銃口の穴の奥にみえる、けして人の形では踏み込めない闇。それはナナリーを正に象徴していた、
心の姿だった。
ルルーシュは(ナナリーも)知らないようにいて実は気づいていた、互いの狭く暗い穴の奥に、見える闇。それをお互いの中に
見つけるのが、たまらなく怖かった。
二人して、離れようと三年前に決意したのだ。
「だから、……だからっ……」
「ナナ、リ……」
「一人だけ、幸せになろうとするなんて、嫌だ……」
「俺は、幸せにはならないよ」
低くそれに応じる。
「嘘だ。またお姉さまは私に嘘をつく」
が、正面を向いたナナリーはその言葉には拒否を示した。
「-------違うんだ、幸せになろうとするなら、こんなとこまで出て来て、撃つのをためらったりなんてしてない!」
「詭弁だ!」
殺さないという慈悲に似た傲慢さを否定するように、銃を持つ手が一度天へと振りかぶり、次にはガチャリと引き金を弾く音を立て
ルルーシュの胸元へと再び突きつけられる。
声は慟哭のようでいて、幼く。身体は筒のようなシルエットから頼りない棒切れにも見えた。ルルーシュは目を見張る。
「貴方はもう、引き返せない……」
無慈悲にも最短の近さで、銃口が胸に触れる。顎の下を狙うルルーシュの腕には、また震えが生まれ出す。
「俺は、」
「貴方が私とは違う道をとる限り、私もお姉さまの闇も、絶対に晴れない、ずっと不幸のままだ」
「……そん、……なの……違う!」
「だから私は、あの約束のまま……お姉さまと死にたかったのに……」
その言葉の起源はずっと昔にあった。
でもルルーシュはそれに苦笑して、その場はそれでやり過ごしたが後になって弟を裏切った。
(やさしくて)
包み込むように毎日笑って、邪悪な気持ちも綺麗な気持ちも併せ持った心の弟を、ルルーシュもただ一人の家族だと思っていた。
(ずっ、と……)
ずっと。そうずっと。
弟と二人きりの庭にいたら、窓辺なんかで別れもせずに生涯を終えられていたのかもしれない。
「でも……」
ごめん。本当にごめん、……ナナリー。
もう自分には、大切に思う人がいる。
自分で決めた掟だったのに、それを破り捨ててでもその人の名前を呼びたいと、そう思う人が、いる。
有り得ないとルルーシュも思っていたのに、いつしかもう、好きを越えた相手がいた。
そう思える人間らしい暖かみがあることに気づいた。それは ひと を好きになったからだ。
もうその為なら、ルルーシュは誰のどんな感情だって気にすることはない、と誓えた。
その意志を揺るぎのないものだという証明として、
「変わってない、ってお前は言ったよな」
「……え、……?」
「もう俺は変わってる。准尉に触れて、ちゃんと人間になれたんだ。痛くて、どうしようもなくて、吐きたいくらい気持ち悪い日が続いて
何なんだよもう、って悩んで苦しむのは本当に辛かった。でも俺は不思議とその毎日に感謝してる。それは相手が准尉だったからだ。
准尉だったから……」
下腹をシャツの上からさする。ナナリーの目の前でそれを見せた。
ルルーシュはランスロットのハッチに片足をかけ、もうあと一歩分の距離を縮めて手にしていた小銃を海へ投げ捨て、声にして。
はじめて言う、-----------本音。
「好きになってた。准尉が、スザクが、俺をこんなのでもいいって言ってくれたから」
そう言うとルルーシュは、その指先から鉄の塊を放り捨てた。
ぼちゃん、と銃が海の底へと沈んでいって、ルルーシュがナナリーと対峙してから止まっていた時間がようやく
始まり出す。
唖然となる大衆の前で見詰め合う、黒い筒のようなシルエットと軍服を脱いだ白いシャツのルルーシュ。
ナナリーは仮面ごしに見つめる姉が、先ほどまでの鈍い動作を断ち切るように鮮やかな動きをして
手の中の銃を投げ捨てたのを、信じられないものを見るように、映した。
「……そんな」
ナナリーはそこで構えていた引き金を引こうとした、がそれより早く、
「ッゼロ……!!」
「!?」
彼の足へ銃砲が二発鳴った。
名を叫ぶC.C.の手からは拳銃が抜き取られ、振り返ったナナリーの視線の先には、俯いた体勢のまま片手を突き出すようにして
その両足の膝を打ち抜いた本人、スザクがいた。
「准尉っ……!」
「くそ、どうして……ぁ、あぁっ!!」
再度悪態をつく前に、ゼロとスザクの間に立とうと踏み出したC.C.の肢体は、スザクの長い腕に首ごと戒められ
ガウェインの操縦卓へと歪な音を立てて叩きつけられた。
くぐもった呻き声をあげて、そのスザクの足元で沈黙する。
その光景を見る余裕もなくナナリーは両膝から崩れ落ちて、仮面が反動で微かにズレた。ルルーシュは死のうと決意していたのに
目の前で突然立ち上がったスザクに、驚いて。唖然とした間抜けこの上ない表情で見上げることしか出来なかった。
「准尉……?身体、は……、何で……」
動き出した事態と時間の波が、風となって乾いた皮膚を撫でることにより、自覚する。
その風が不思議なほど穏やかにスザクの髪をそよいでいって、暫し紫電を逸らせずにいた。そのルルーシュの無防備な手首を差し出して
掴もうと伸ばされたスザクの掌をとる。乾燥してた。ずっと前に触れて握ったままの感触と、何も変わらないスザクの手だった。
そうして繋いだ手に力を込めて、ルルーシュ側へとスザクは渡る。
そこでようやくルルーシュは、至近距離で見るスザクの咽喉に異変があることに気づいた。
「……声?准尉、声が出ないのか……?!」
「-------------っ……」
幽閉されている間ろくに動けてもいなかったので、ほんの少しの軽い動作でも億劫に見えるのか、右手を首にあてる動作は重く
見えた。
ルルーシュがその彼へ縋り付くように身を寄せる。ナナリーを兆弾した傷から飛び散った血に濡れたスザクの頬へも触れて、
まだ目覚めたてで混沌としているスザク自身の意識を手繰るように、ルルーシュはその顔を両手で包んだ。
「起きて、起きろ、……お願い、准尉……!!」
「っ、……で、かっ……、殿下……」
「そう、そうだよ、俺だよ、よかっ……た、よかった、会えた……っ」
崩れそうなバランスをどうにか保つ。霞み出すのを必死に抑えるように瞳を何度もまばたきして、潤みだすルルーシュの紫電を
ひたと見つめ返した。
朦朧としかけてきた意識の中に、安定しない足場の上で立ち続けるランスロットを見ていた。
奈落の奥の底にまで沈めたと思っていた枢木スザクの覚醒により、思いもよらない銃弾を足に受けたナナリーは、酸素が
うまくとりこめなく(きっとショック症状が出てる)その首元の圧迫を解こうと、そこへ手をかける。
「はぁ、はっ……はぁ……はぁ……」
視界には、姉と枢木スザクの姿が。そう、今なら隙をついて銃を抜くことが出来る。彼らを海の中へ落としてやろう、と
千切れた神経を無理に繋ぐように、強引な所作で立ち上がったナナリーはその銃口を再びルルーシュへ向けた。
が、同じ速さでスザクの左手に握られた拳銃も向けられる。
「何を……っ」
お前だって瀕死の状態で。
(これ以上私から何を奪うっていうんだ)
未だにその欲は無くならない。ルルーシュを許さないという欲、ルルーシュが変わっていくことに怯える欲、昔に戻りたいようでいて
戻ったとしても現実は変わらないと、自覚した欲。
全部全部ナナリーには不公平だと思えた。もともと枢木スザクがルルーシュに選ばれた理由は、『他人』であったからじゃないか。
そんな離れた距離にいた奴が、どうして同じくらいの位置にいた自分を通り越してルルーシュの元まで行ける……?
彼が、弟の自分より彼女を理解しえるとでもいうのか。
「ナナリー」
ガウェインに凭れながらも自分へと向かう視線を、ルルーシュは受け止めるように見つめてくる。このゼロの仮面を外したのなら
今とは少しだけ印象が変わって見えたのだろうか。
けれど自分はそうしない。それをして姉の無くなってしまった愛情を手に入れることを、ナナリーにする気はもう無いから。
(本当は、もっと、違っていたなら)
姉を違う視点で見れる人間になれたらと思った。たとえば枢木スザクのような。目の前の男のようにルルーシュを最初から
他人の女として見て、尚且つその彼女から同じように男として見られるような関係を築けていたら……。
そんなこと、ナナリーが弟として生まれた時点で、ありようはずがない運命だったが。
「羨ましいです、スザクさん」
両膝を再起不能にした男を見やる。自分が向ける銃口から完全にルルーシュを庇うように
最後の力を振り絞ってその前へと立ちはだかるスザクは、その双眸に血に濡れたゼロを映している。
その奥に見える彼の内面は、ルルーシュとナナリーの銃口の奥より狭く、昏い。
「そうか、きっと」
やっと解った。
姉がスザクを頼るその意味が。
ルルーシュとは反して拳銃をゼロの仮面へ向けたスザクは、復活しない声帯に無理をすることもなく口を開く。
その言葉は隣にいたルルーシュの目には入らず、正面で見詰め合ったナナリーの双眸へ入ってきた。
『言っただろ、君の願いは叶えられない、僕が殿下を護るからだ』
容赦なく、男の指先はゼロの頭めがけて引き金を引いた。
「あっ……------------」
それを、ルルーシュが声をあげる間もなく行ったスザクは、緩やかに後背を反り返し、スローモーションのように海へと転落する
ナナリーの栗色の毛を最後に見つめて。
割れた仮面ごと真っ逆さまに落ち、その姿が水に沈んでいく寸前にC.C.もそのナナリーの手を繋ぎ、共に落ちていくのを見送って、
巡礼するようにその瞼を下ろした。
とても静かな時間が辺りに訪れた。
「ゼロッ……!!」
沖に浮く艦艇ごしに総督とゼロの対面を見つめていたカレンは、自力で紅蓮のハッチを抉じ開けて
外へと飛び出した。
そんな無防備な姿で出ていいほど安全でもなく、先ほどゼロへC.C.が進言した通り、戦況は一気にブリタニア側へ有利なものへ
変わりはじめてきた。
「貴方、危ないわよ」
強大なサクラダイトに干渉するゲフィオンディスターバーの装置へ駆け寄っていくカレンを見とめたセシルが、トレーラーから
声を張り上げる。けれど、沖側で海へと直下したゼロの姿を目撃した身体は、もう、カレンにも言うことが聞けない状態で
仲間の無頼が僅かに動力を取り戻しかけている体制を無視して、港ぎりぎりの位置にまで走り寄った。
『部下への指令はお前に任せる』
そう言われていた扇は、ランスロットが足場としていた艦艇の上からやっと気を取り戻し、横で気絶したラクシャータの手から
スイッチを取り出し、戒められたままのKMFの動きを解除した。
「何てことだ」
ゼロが海の底へと落ちたのだ。
ランスロットの着陸の衝撃で艦艇も静まっていたが、エンジンが吹き出していることから徐々に活動しはじめていると
見てとることが出来る。とにかく、散らばった団員を即座に撤収させるしか良い方法が思いつかなかった。
けれど、今の扇にスイッチを切ること以外でできる行動は限られている。何故ならそれはランスロットの上に座した
スザクが総督の肩を抱いて、足元にいる自分たちを見下ろしていたからだ。
頬には、ゼロの血と思わしき紅が付着していて、凄然とした双眸はより濃くなって見つめてくる。
その睨むとは少し違う騎士の気迫に、扇は腰を落としたままずり下がった。
「-----------……。団員をすべて、此処から撤退させろ」
皺枯れた声が、突然上から降ってきて思わず喉から悲鳴が上がる。
扇がそれに応じようと、否、そうしようとしても震える全身が言うことを聞かず、腰を落としたままにいるのに対して、スザクは
それ以上は気を向けず、浮遊するガウェインへずっと視線を注いだままであった。
「……准尉、咽喉、平気……?」
ぷかぷかと、まるでおもちゃのように海面に浮かぶ艦艇を見下ろしたスザクは、胸元からする細い声に目線を向けた。
そうするとすぐに彼女の指先が、自分の首筋へと触れてくる。その労わるような慰めるような動きが、ひどく安心出来て。知らずスザクは
凍りついた表情からいつもの姿へと、徐々に色を取り戻していった。
「大丈夫ですよ。ちょっと呼吸がうまくいかない状態が続いていたから、苦しかっただけで」
「そうか。あんまり無事じゃないけど、ちゃんと元気に帰ってきてくれて、よかった」
満面の笑みとはいかなかったが、それでも花のように笑うルルーシュの顔を前に、スザクも目だけで微笑み返した。首から離れる瞬間に
ルルーシュの手をまた繋いで、トーンを落とした声音で口を開く。
「……ごめんなさい」
「え?」
「僕が、騎士団に捕らわれたりしたから」
「それは……俺もいけない。准尉から離れたのは俺だから」
「でも、ナナリーは俺が、殺したんだ」
「……スザク」
顔がぐ、と前に寄る。紫電と翡翠が絡まり、お互いに相手の色に引かれてしまうのか、その奥の奥まで見つめようとする。
睫が触れるほどの近さなんていうのは、今のような形をいうんじゃないだろうか。
ルルーシュはその見つめてくる翡翠に、ほんの少しの後悔と優しさを感じた。
「辛い、------か?」
「……僕がですか」
「俺は銃を向けるお前を、止めようとも思わなかった。ナナリーに言えることは全部言ったから、後はもう、全部ナナリーがしたいと
思うことをしていただけで、同じく俺も、俺のしたいことをしてきて、今のような結果になった。
悲しいとは思わないよ。辛いだなんておこがましい。……むしろ、お前が銃を向けてくれて、よかった。
何でかは解らないけど……、でも、……っ」
後に続こうとする言葉を、スザクは後頭部に当てた手をぐ、と前に寄せて肩口に埋め込んだ。
そこから水っぽい暖かさが直接染みこんで来る。カタカタと細かく震えだす肩は、きっと三年前にも見せていたものなんだろう、と思う。
彼女は一人で強さを求めた分、他人の感情が自分に向くことにひどく臆病になって、逆に距離を置くようになった。
ルルーシュはナナリーを受け入れ切れなかった。けど、繋ごうとしたその手は、確かに。
「……大丈夫、です」
いま感じる胸の痛みも、まだ埋めきれないルルーシュの空白も、スザクの仄暗い闇も。
「半分ずつ、半分ずつ持ちましょう」
お互いに。もう絶対に自分から離れて行くことはないから。
スザクはまた再びルルーシュへ誓約するように、抱き締めた痩躯にもっと力を込めて、腕の中の彼女の耳元へ囁きを落とした。
輸送VTOLの到着により、もともと英国のものであったガウェインと、ランスロットは回収された。
当時事態を早急に把握しようとも別部隊の騎士団員により足止めをされていたギルフォードは、
扇の手によりゲフィオンディスターバーが解除され、撤退命令を出された瞬間に立ち去って行った騎士団をまた追うようにして
ようやく港基地へと到着することになった。
そこでは既に戦闘は終り、彼は地団駄を踏む気持ちですぐにコーネリアの元へと走り、半壊したグロースターと50メートルは飛んで
いったその右腕の残骸を見て、言葉を失った。
後ろではジェレミアらが、撤退していった騎士団の港基地に残された痕跡や、物的証拠などを調査している。
ハッチの中から痛々しげに眉間を寄せて、それでも自力で這い出てきたコーネリアの手を強く握り、
それをギルフォードは引き寄せた。
「姫さま」
「ギルフォードか」
「すぐに、すぐに病院へと搬送させて頂きます、お手を……」
ダラリと垂れ下がったままであった両肩を手の内に納め、力の入りきらないのだろう下がりきった右腕へ触れようとする。
コーネリアは、自分の部隊を放っといて突っ込むように駆けてきた彼の姿に苦笑しながら、その腕へことん、と身を預けるように
意識を失った。
ブリタニア軍一色となった港基地の端には、鮮やかとは言えない乱雑さで消えた騎士団を思う特派の主任が居て、
トレーラーの積荷に腰掛けたセシルがその不機嫌そうに顰められた表情を盗み見て、嘆息した。彼はラクシャータが先に
ゲフィオンディスターバーを完成していて、尚且つハドロン砲も出さずに逃亡したことを腹立たしく思って居るのだ。
「もっと喜んであげましょうよ、ロイドさん」
「何を?」
「スザクくんが戻ってきたんです。殿下も無事なんですよ。おまけに……海岸に位置していたパイロットから聞くに、
ゼロは海に落ちたそうじゃないですか。……ガウェインのパイロットも一緒に」
「始末はしたんだねぇ、殿下もスザクくんも」
「そんな言い方はよしてください」
「他にどんな言い方すればいいっていうの」
心底面白くないというように、溜め息は溜め息で返された。
……そこで、丁度影になっていたトレーラーの外から日が差し込んできて、セシルたちの位置からでもよく水上線が
覗いてみえるようになる。
『あ』、と自然に言葉が出てきてしまいそうになったのは、そこで件の彼らが立っていたからだ。
軍医も、兵士も、皆が彼らをこちらへ呼ぶのに、振り向きもせず。
ただ横にいる互いの掌に指と指を絡めて、海を見ていた。
もしかしたら、
海を見ているのじゃなくひたすらに何かを感じようとしていたのかもしれなかった。
セシルには背後しかそのシルエットを見ることは出来なかったが、
まるで空気に溶けていってしまうんじゃないだろうかと思うほどルルーシュとスザクの姿は
儚く見えて仕方なかったのだ。