「どういう、どういうことだ!」
ジェレミアがサザーランド内で吠える中、コーネリア共々ずっと気になっていたその無頼のハッチが、目の前で静かに開けられた。
彼のその機体だけは何故か稼働出来るのか、スムーズな動作で明けられたそこからは、黒い筒のような影が凛と伸びて
青い空によく映えた。
沈黙する無頼とKMFの群れを抜けるようにグロースターを見つめるその影は、無頼の頭の横に腰を上げ、その身を落ち着かせる。
停止したように静かになった戦場の端でそんな姿を見つけ出して、カレンはがっくりと項垂れるように
紅蓮の中で頭を伏せた。
コーネリアは突き刺された右腕が貫通した胴体を、引き離すことも自力で動くことも出来ず、やはり他の者と同じように
ゼロの姿を見つめることしか、力は無かった。
そして彼は、長いマントを烏の羽のように靡かせて、地に足をつける。
その足は悠々と空に浮いているガウェインへと向いていた。
ゲフィオンディスターバーが起こす影響はすべて頭に入ったうちで、ナナリーはルルーシュがこの場で起こってること、現状、
すべてを知りようがないことに愉悦すら感じながら、主人をただ待っていたというように長い腕を伸ばしてくるガウェインの
その掌へと、その痩躯を乗り上げていった。
「……ゼロ」
「永らくお待たせして申し訳ありませんでした」
カレンの紅蓮を捨て身に使おうと時機を計っていたことなど棚に上げて、ナナリーが小声でC.C.へと囁く。
そうしてひたと自分を見つめてくる観衆の前にガウェインと共に立ち、出番が来ることを待ち侘びていた役者のように両手を広げ
海の水上線のずっと先に聳え立つ富士へと、その指を伸ばしてこう言った。
「貴方たちはずっとそこで見ていて下さい。……私がブリタニアからその動力すべてを奪い取るところを」
空っぽの封筒
「……人間ってまだまだ未熟。どうして、何故、そんなことしようとするのか。疑問に思うのは勝手だけどそれを馬鹿みたいに
露呈しすぎなのよ。それがかえって墓穴を掘ったり図星を突かれたりする隙をつくることに、気づいてない。アンタもそうだよ、
ゼロの一番傍に居るんだからさあ、奴自身の内情に気づいたっておかしくないだろうに」
ラクシャータは遠い場所からゼロたちを見つめたまま、地面に重く身体を伏せる扇を気にもかけずに、淡々と言葉を紡ぐ。
「私が奴をすごいと感じ、一時的にだけど共同戦線を持とうとしたのは、その”読めない”行動にあるわけ。憎しみの情だけで
あそこまで頭を使うことはできないでしょ?頭以外にも、命だってすり減らしてる。ねえ、アンタには英国を殺すために
そこまで出来る?国ひとつ殺そうとするのに、何人の命を捨てられる?----------そういう『違い』よ」
きっとこれだけの事で泣いているアンタには無理だね、と最後に付け加えられた。扇は泣いてこそいなかったが
そうしてしまってもいいくらい吐き出したい怒りとどうしようもない悲しさにただ打ちのめされて、
やがて顔をそろりと力なく上げて、立ち止まる機体たちを見ていることしか出来なかった。空の下ではまだ戦争が続いている。
いや、まだ始まってもいなかったのだ。ようやく、ただ一人のイレギュラーにより、その幕は上げられたのだから。
「ゼロ……!」
半壊するハッチの内部で、その皮膚が欠けた破片とコードに裂かれるのも厭わずその身をあげて、外へとコーネリアは叫んだ。
「っ、やめろ!行くな!そこはっ……」
が、ハッチは重いロックがかけられ、脱出装置もどこかで異常が現れたのか、レバーをひいても起動しない。グロースターの外側では、
沈黙する自分たちにはもう目もくれず、ガウェインと掌にいるゼロは遥か海の先を渡って行こうとしている。止めなければ、止めなくては。
いつもは厚く自分の手を守ってくれる手袋は破片に擦り切れて、赤く染まっている。それでも必死に画面の奥へその身を出そうと
躍起になっていた。
そんなどうしようもなくコーネリアが窮地に瀕していたその時、いきなり大きな水しぶきが海面を激しく横断した。
その光景は、穏やかに波打っていた水面を蹴り上げるがごとく、我武者羅な姿で先を行くガウェインにぶつかろうとするような
そんな動きに見えて。
コーネリアは思考を停止させながら、ひたとその海面を走り抜ける正体を目にした。白くて、金の装飾が角のような獰猛さをもって
その風格を現しているかのような、獅子の姿。間違うこともない、現KMFの中で唯一の速さをもつ、ランスロット。
『その名前はですね、円卓の騎士からとったのですけど、実はもう一つ意味があって……』
『俺はもうパーソナルの問題で騎れないけど、何故か他のKMFとは違って、愛着があるんです』
どうしてかなあ、とたまに見せる貴重な笑顔で恥かしげにそれを語っていた、異母妹の、もの。今はその彼女の騎士が騎る、
ナイトメア。
何故此処に、枢木は居ないのに……と頭の隅では思っていた。けれども、どこか気持ちの裏側でコーネリアは感じていた。
あの中に居るのはきっと『あいつ』だと。
(ルルーシュが)
ランスロットに、騎っている。
「ちょ、ちょちょ……今ランスロットで海の上を走ってるのは誰ですかっ?ロイドさん、ロイドさん!」
「あ〜〜〜……その、……えーと……、いま此処にはいない軍の最高責任者、です」
「な……そんなこと出来るはずないじゃないですか!」
正にその通りである。ロイドも彼女に『フロートシステムを今からでもつけてよ』と言われたその時までは、
まさか本当に本人がランスロットに騎乗するとは思っていなかった。
だが、一度ロイドが格納庫まで引き篭もった時に、ルルーシュが見たこともないような神妙な顔をして(しかも今にも人を
眼光だけで殺せそうな獰猛な眼差しをして)
『異母姉上がやばい!頼む、サンドボードを取り付けてくれっ』
と胸倉を掴みながらがくがくと揺さぶられた。ロイドは一度この場から見送ったジェレミアも居るんだし、大丈夫だろうと
思っていたのだがそれでも『いいから早くつけろ!』と彼女に蹴倒されて、しぶしぶ一人きりで新記録かと言わんばかりの速さで
メンテナンスの調整を始めた。
すぐにもルルーシュは軍服の背広を脱ぎ捨てて、ランスロットのハッチの中に入ろうとした。
ロイドは『本気で行くんですか』とボードに接合率のキーを打ち込みながら進言したのだが、既にもうルルーシュの耳にはそのような
言葉は入らず、ただ無言で『トレーラーをすぐ出せ』と命じてきたのだ。
指先だけで発進を命令されたロイドは、セシルと残った兵士にその準備をさせながら、その傍ら神経を研ぎ澄まして集中力を
高めているルルーシュの側まで行き、僅かに緊張に上下するその背を、柔らかな所作で撫でていた。
『ロイド……』
小さな声が俯いた膝から届く。
『俺、大丈夫だよな』
『大丈夫ですよ、……まさかサンドボードなんて使いだすとは思わなかったけど、貴方の判断ですからね』
『……ん。……いつも、ランスロットで発進する前は、こんな気持ちになるんだな、准尉は……』
『殿下?』
『ごめんな、ロイド、無茶言って。かならず異母姉上も准尉も連れてくるから、待ってて』
そう言ってルルーシュはランスロットのハッチを閉めた。
バスンッ……と空気を多く吐き出して閉ざされたそれに、ロイドの細い身体は飛ばされて尻から地面へと落ちてしまう。
すぐにも通信で伝えた命令にトレーラーは動き出し、先ほどセシルとルルーシュでガウェインを発見したという場所まで
疾走したのだ。
「でもそんな、すぐにスザクくんのデータからルルーシュさまのパーソナルは適合することが出来るんですか?」
混乱一色に染まったままのセシルの瞳が、座る女史の横で海上を見守るロイドへと向く。
素直にそれを言ってしまってもいいのだが、まさか事前にデータの書き換えは済ませてしまったなんて言えず、濁すように言葉を返した。
「元々、……は、殿下のものだったわけだしね。ランスロットは」
「……、そうですけど」
「それに今はそうも言ってられないでしょう。こちらも先日のガウェインの再来により薄々感じていた予想は的中したわけだしね。
……ラクシャータ」
「ゲフィオンディスターバーのことですか」
「そう。あれがもうそんな段階にまでいってるってことは、覚悟しておいたほうがいいのかも。
もしかしたら出してくるかもしれない。クロヴィスさまのときはまだ複座に誰もいなくて免れたけど、ガウェインの、ハドロン砲を」
「て事は、あちらの人間の他にもう一人騎っているってことじゃないですか。まさか、……それって」
作動させる為に必要なのは、前座でガウェインを操作する人物と複座でハドロン砲を発動させる人物である。
ロイドは座席に両足を持ち上げて腰を重く沈めた。姿は項垂れているようにも思えるしどこか達観したような風にも見える。
ということはこの男には解っているのだろうか、とセシルは痛ましげにその表情を顰めた。彼女にも考え付く人間はいるが
それは実に、現実としてはルルーシュに対して酷すぎる。
「どうして、……何で、ルルーシュさまを止めてさしあげなかったんですか」
「彼女が”騎る”って言ったんだもの」
「そうであっても止める隙はあったと思います。私のようなただの部下としての関係だけでなく、ロイドさんはルルーシュ殿下と
対等な位置にいらっしゃるんですから」
「それでも、そんなの、当人が決めることだろう。僕が色々外側から言えやしないよ」
「言ったらいいじゃないですか、ルルーシュ殿下を殺したいんですか?」
その言葉は痛かった。けれどロイドにしても下した決断は横からグダグダと言えるものじゃない。そう解っていたから
背中を撫でることしか出来なかった。
あの時のルルーシュはもう、ガウェインに居る人物が誰なのかを解った上で、発進したと思ったから。
「ゼロ!どうする」
「-----------見ていましょう」
ガウェインの頭の横へ位置をずらしたゼロは、ひたすら海面をサンドボードの熱量が出す勢いで滑ってくるランスロットを
仮面に映していた。
C.C.の焦る声も解る。ランスロットは一度彼女一人が操作するガウェインに突撃し、損傷を負わせた経歴をもつ。いくら中にいる
パイロットがルルーシュだとはいえど、性能の中でいう”速さ”においては、KMFでは今だ頂点の位置にいる。
「そう、……それが一番気に入らないのよ」
扇が膝をついたその上から、ラクシャータは弾いて跳んでくる水しぶきを顔面に受けながら、言った。遠くに見つめるのは
先ほど突進るような勢いで到着した特派のトレーラー。ランスロットの機体を吐き出した後は、沈黙するように
座席にはロイドとセシルが居る。ラクシャータにも彼らといる時から埋められない差は理解できていたのだ。だが、それが
追いつけないものだとしてもそこで諦めるには自分は強すぎた。その強欲なまでの劣等感を、別な形で埋めた。それがガウェインの
ハドロン砲だった。
「早く出してあげなよ、ゼロ。じゃないと折角私が調整したハドロン砲が、無駄になっちゃうからさ」
港にいるグロースターたちと同じく沈黙する艦艇から、白衣は身を翻して宙に浮かぶガウェインを見上げた。一度だけそこでゼロと
視線が合ったような気がしたが、すぐにそんな気もしなくなるようなことがラクシャータの側で起こった。
「!……来るぞ」
サンドボードは永くは持たない。そのことを熟知した上での行動なのか、ランスロットは海面の上で一度大きく膝を曲げ、
そのラクシャータのいる艦艇を足場として利用するかのように、大きく放物線を描くように跳躍して、その場に鼓膜を震動させるような
音をさせ跳び乗った。
「----------ぐ、っ……」
「なんてことを、」
「ルルーシュ!」
内部にいた団員も、船頭にいたラクシャータと扇も、激しく波打つ海の躍動とともに激しく身を揺らがせた。ガク、と傾いたバランスを
保つことも出来ずラクシャータは扇の側へと身を伏せて、その自分の足元に巨体の影がさしたのを見る。
はっ、とラクシャータは顔を上げて降り立ったランスロットを見た。未だに艦艇はがくがくと揺れていたが、そこにいるKMFだけは
安定したバランスをもって、後ろに鞘ごとおさめられていたMVSを静かに抜き去った。
「この、状況は……」
艦艇のすぐ側に浮遊するガウェインの奥から、C.C.が声を上げる。先ほど紅蓮を足止めの材料としてコーネリアと戦闘させ、
港から沖へ英国の軍隊を一騎も出させまい、とした。が、ルルーシュがランスロットで来てからは逆に、ゼロたちのもとに
自分たちが足止めした団員の機体も助けにくることは出来ず、しまいには艦艇にいるラクシャータと扇のそばへと降り立ち
MVSの剣先をつきつけ威嚇するような体勢をとっている。……これでは。
「そう、あちらの総督は私の”逆”をついたんですね」
ゼロが『それがどうした』というように呟いた。迎え撃つ敵はすぐ前にいて、海面に位置する艦艇を足場として
今にも飛び掛ってきそうな姿勢をとっている。両手に持たれたMVSはラクシャータと扇を、そして反対側にいるガウェインとゼロを
刺している。サンドボードは任務を終えたとばかりに融解して、足元から鈍い音を発しながら崩壊した。
「貴方はずっと私に対してこうしたかったんですよね……姉さま」
ここからの会話は港にいる者たちには届かない。扇とラクシャータの耳にも、鼓膜を震わすほどの音も届かないほど
ゼロの言葉は小さかった。
ランスロットが無表情にその仮面を見つめ、やがてMVSを突きつけながら一歩前進する。ルルーシュも、サンドボードなしではもう
海に出ることは出来なかった。外側からでは解らないだろうが、基礎代謝も、能力も桁違いに外れているものだから、ルルーシュには
ここまで可動させるのは本当に辛かった。
指先でかろうじて握られてるグリップは、ランスロットのMVSを支えている。汗が軍服のシャツにポタポタと顎から落ちていって、
意識は疲労に遠のくどころか逆に鮮明となっていった。この状況が、ゼロと向かい合うことが何よりも総督になってからの目標で
あったから。
ナナリーと三年ぶりに現実で出会うことが、ルルーシュが生きていくためには必要だった。
そのナナリーがゼロの仮面を外さない限り、自分もランスロットからは出れない。予算とオプションに取り付けたパーツのおかげで
この機体に脱出装置は備わっていないが、コックピットのハッチを開けて、身体を出すことは出来る。うっすらとした思考の中で
ルルーシュはそんなことを考えて居た。
「俺も……」
当人たちの耳にしか届かない言葉が、ぽろりと口を出る。
「俺もずっと会いたかったよ。会って、……もう忘れちゃったお前の顔をまた見たかった。ただ顔を見たかったんだ。
生きてる、ナナリーの……顔を」
握ったグリップに最後の力を込め、そのハッチを開いてルルーシュは外の海へ姿を現した。
艦艇の陰となってその姿は仔細に見ることは叶わない。ただナナリーだけが、ガウェインに座った状態でいたから、
数年ぶりに会う姉の姿を見ることが出来た。
「……お姉さま」
「ナナリー」
髪が、短くなったとは聞いていて、実際に見てもいたがルルーシュの肩までの短さになったそれを肉眼で知って、
ナナリーは驚きに近い声を上げた。が、指は仮面を外すことなく、手にしたものは拳銃で。
三年という歳月を経てもルルーシュへ向けるものは、何も変わっていなかった。
照準を合わせるのは、ルルーシュの首元。そうまでされても銃口をつきつけられてるルルーシュは静かな表情で
潮風に近いKMFの、ガウェインの威圧を身に受けていた。ふわりと黒髪が景色に散る。
殺したいのか、殺されたいのか。
もう決着はけして着くことがない思いに、何を呟くこともできない。
ただルルーシュがナナリーとこの時対面して思ったのは、ゼロの仮面を外さない黒い筒の影を前にして感じたのは、
…………、もう。
(”姉”にはなれない----------)
「昔、……お前に束縛されてることが少しだけ嬉しかったよ」
「…………」
「それと同じだけ、実は……、それ以上に、……お前が怖かったんだ、よ」
「怖かった、から……?」
「そう、怖かったから」
「お前を」
「私を」
ナナリーの指の引き金に力が篭る。
「地面に墜としたんだよ」
それは、吐く息が空気に溶けるスピードに近く、ナナリーへ届いた。
その速さと同じタイミングでルルーシュの腕は動き、腰元に下げていたホルスターから小銃を引き抜き、
ナナリーが引き金を引くよりはやく照準を同じ首元へ合わせる。
そこで確かに時間が止まった。
止まったかのように見えた、けれど、ルルーシュはそこでナナリーの背後に見た影に大きく紫電を見開いた。
ガ、チャンッ……
ランスロットと同じくガウェインのハッチも頭から開かれて、獰猛な風格を現していた印象の顔からは、白いシルエットが覗く。
それは、
「ゼロを撃ったら、この男を殺すぞ」
複座に腰掛けていたC.C.の白い腕が前座まで伸び、そこに座していた人物の首に同じく銃口を当てていた。
見間違うはずもない、気を失った枢木スザクの姿で。
「どうするお姉さま?私を撃ってその男を殺す?それとも私を撃てずに私に撃たれてその男とともに海に落ちる?
……どっちが良いですか、お姉さま」
ナナリーの右手はルルーシュの首から動かない。ルルーシュがナナリーの首に当てた右腕の銃は
思いもしない事態に、カタカタと小刻みに震えだした。