「-----------------どういう ことですか」

突き落とされたものの宿命なのか、ナナリーはルルーシュが自分の背に触れたと感じたその時にはもう、
窓の外の空気を泳ぐような、そんな自由落下を味わっていた。

どすん!

意外と人間の身体は丈夫なようでいて、脆く。ナナリーは肋骨に護られているはずの肺や呼吸器官が、
地面にリバウンドする感覚を全身で味わって、一度あまりの痛みに瞑目した。
そして次に自分を襲ったのは、両足関節の歪みによる痛み。脊髄ごともってかれてしまった所為か
起き上がって半身の状態を見ることは叶わなかったが、それでも眩暈にも似た痛覚のおかげで
自分の両足がもう使い物にならないことを知った。

『落とされた』、と知覚した時にはもう姉はすぐ傍まで辿り着いていた。

長い黒髪を空気に震わして、ふわふわと覚束ない足取りでナナリーの傍らに膝をついて、瞳孔がひらきかけている
紫紺を覗いてくる。
その、姉とは血が同じだが瞳の濃度が違う双眸に、じんわりと、なぜか涙が染み出していくのが感覚的にも解った。

「どういう、こと……?」

小さく、本当にもう小さくしか言葉は紡げなかったけれど、
ぼんやりと自分の肢体を見下ろしてくる姉の顔を、見つめ返した。(見たこともないほどの他人の表情をしているように思えたから)

「……ぉ、姉さま……」
「ナナリー」

場違いなほどに、明朗とした答えが返ってくる。自分が言葉で示した質問には答える気がないということなのか。
彼女の黒髪が風に揺れて、絹のような感触が泥がついたナナリーの頬に触れる。そのまま姉の白い無表情が頭上から降ってきて、
ナナリーが眼を閉じるのを待たず、唇同士が合わさった。

(姉は……)

烏のような姉弟だと言われたルルーシュとナナリー。影でシュナイゼルがまるで恋人をとられたかのように妬んだ視線で
ルルーシュの横を歩く自分を見ていたということを知っていた。
だから、サクラダイトを取り出そうという作戦を持ちかけられたとき、『ああ、勝った』とほくそ笑んだ。が、
そのナナリーに待っていた運命は思いもしないことに、ルルーシュの両手で突き落とされることで、幕を下ろした。

『離しちゃ嫌だよ、お姉さまと私は二人で一人なんだからね』

無邪気に、傲慢にも、姉のこれから先にある生涯を奪い取ろうとしてしまっていたことに、ようやく気づく。
「……そうか」
もしかしたらルルーシュは身を守る”盾”よりも戦うための”剣”が欲しかったのかもしれない。
姉は皇族から、家族から解放されたくて 『弱さを装っていたのかもしれない。』

本当はずっと”ひとりきり”になりたかったお姉さま。

「……ぁ、ま……」

もう暫くしたら意識は地の底へ落ち、ナナリーの意識は暗転してしまうだろうと思った。
ルルーシュはうつぶせていた半身を上げて、とうとう地に伏したナナリーから決別するといったように両足で立ち上がり、
白い面差しに映える黒髪の中、さらさらと風に髪の毛を揺らして、見下ろすように、意外にも黙って両目から涙を流していた。

これが英国にいた頃のナナリーの、最後の思い出。
はじめて姉が自分から、ナナリーへと触れてナナリーから離れた、唯一の思い出。











だからこそ自分は許さない。姉と枢木スザクの関係に。
自分にはけして呼ぶことが出来ない、姉であるルルーシュを慕う自分だからこそ到底出来ない、
彼女自身の名前を平然と呼ぶ彼を、--------殺したいと思った。


「だから」








空っぽの封筒













本部に座すルルーシュと違って、コーネリアは枢木失踪の件が落ち着く間は港沖に実働部隊として出ていた。
それは異母妹の総督から『ゼロは富士を目標としている』ということを聞いていたからだった。
当然富士山頂の周りには、絶対不可侵の聖域であるから防衛線というものが存在する。
しかしそれは、三年前にナナリーたちが侵攻する前から出来ていたもので、船舶や陸上ヘリからの上陸は出来ないが
飛行ユニットが既に搭載されていたガウェインなら、簡単に入ることができてしまう。
すなわち現在そのガウェインを手にする黒の騎士団ならば、たとえ防衛線や実働部隊の力があろうとも
富士鉱山に入るのは簡単に出来ることだった。
しかし、今までそうしなかったのはルルーシュが酷くゲットーと租界のレジスタンスを警戒したことと、
枢木失踪の件を非公開とせず逆に公表して、民衆を粟立たせていたことに他ならない。
ルルーシュはナナリーが政庁の次に富士へ突入することを考えて居た。三年前にナナリーが失敗したからこそ、きっと絶対
狙ってやって来ると思っていた。
だからこそあえて、マスコミを政庁や租界のほうへ集中させ、ゲットー中に検問を張り捜索する光景を黒の騎士団に
見せていたのかもしれない。
そこには暗に、ゲットーという居場所を失くし、早々に富士へ行ってしまえばいいというメッセージを
伝えていたのだろう。
そんな風に彼女は黒の騎士団を思惑のうちに誘導しようと考えていたが、ナナリーは逆にそうであると先に考えて
港へはカレン率いる紅蓮の部隊を導入させた。
それを先ほど政庁の廊下でセシルから聞かされたルルーシュは、自分の読みの甘さとナナリーの思いもしない行動に、激昂したのだ。

港基地で騒動を起こされてしまっては、ルルーシュからあの海を越えて富士鉱山まで向かうことは出来ない。
ようはナナリーはカレンを使って足止めすることを考えたのだ。そうすれば自分たちはゆうゆうと英国の最大資源であるサクラダイトを
奪取することに集中出来るのだから。
もしくは、コーネリアを見捨ててナナリーを撃ち取りにいくことも出来ない、そんな歯痒さに港沖で立ち止まる、
そんなルルーシュの表情を見たかったのかもしれなかった。




「コーネリアァァッ……!」

憎しみをとうに越えた叫びが宙を舞い、輸送庫から突然あらわれた赤銅の機体に、コーネリアの機体は防御体勢を取れなかった。
「っち……!」
金属と、相手側の特殊平気であろう右腕が交錯し、コーネリア機ごと巻き込まれてしまうのを、内部のハッチが震えるので体感する。
それほど脆いはずではないグロースターは、未確認世代である紅蓮との交戦にはやはり不向きで、右腕はまだ実力を発揮してない
特殊兵器の力によって引きちぎられてしまった。
「貴様……、量産型のタイプとは構造が違うのか」
一人口元で呟いてみても、目前の相手の体勢は変わらず、獰猛なまでの爪の形を見せてくれる右腕を、ぶんっと横槍に薙ぐような
動きを見せた。
まさか黒の騎士団の動きを察知する前に、いや直前に紅蓮が港へ上陸するとは思っていなかったからか、
現在この駐在基地には自分のところの親衛隊とわずかな機動部隊しか、居ない。
ちぎられてしまった右腕にはアサルトライフルが握られていて、いまコーネリアは左手に握る鎌のような長槍しか武器は持っていなかった。
対する赤銅の機体は、予想も出来ないような速さの他に特殊な装置もあるし、まだ武器を隠し持っているような気がする。
とりあえずコーネリアは、『あの腕に触れられるのは危険だ』と思い、僅かばかりの距離を置いた。
が、そうもしてる間に港沖への不審な影を確認したのか、直接ロイヤル回線としてコーネリアへと通信が届く。
『--------姉君!』
……ルルーシュだった。
「ルルーシュ。そちら政庁本部には害はないか」
まず口に出て来るのはそんな言葉だった。仕方ない、今ルルーシュの傍には騎士である枢木が居ないから、もし黒の騎士団による一部の
集団がそこへ押しかけたりなどしたら、たちまち本陣であるそこは、壊滅してしまうだろう。コーネリアはまず自分の部隊が
襲われて感じた不安は、それだった。
『姉君……、ご自分の心配をなさってください』
呆れたような、安堵したような声が届く。
しかしこちらは安心出来ないというような困った状況で、
ギルフォードや他の機体もすぐには応援に来れないような僻地で、まさに紅蓮との一対一の状態であった。

まずはこの窮地を打破する為に、前を向く。今対立するあの機体は臨戦態勢を取っているからかそちらからは攻撃してこない。
会話をするには今しかない、と思った。
「ルルーシュ、こちらからの一方的な申し出で悪いが、お前は政庁本部から一歩も動くな」
『そんな!今すぐにでも応援に向かいます、本陣ごとそちらへ行けば、こちらが孤立して潰れてしまうということはないでしょう』
「それはいけない、お前まで出て来てそちらへ影響が出てしまったらどうする。本陣とは要の象徴であるのだぞ」
『でもっ……それでも、姉君一人では、とても……』
きっとその異母妹の横では、特派のメンバーや常駐している隊員が真に困った表情をしているのだろう。
しかし、コーネリアは紅蓮によって港の海岸ぎりぎりの端、上陸口まで追い込まれている状況でも、ルルーシュの言葉に頷けなかった。
「……港と、この機体は私に任せろ。まだ他に何があるとも断定しきれないだろう?すぐに此処へはギルフォードや他の部隊が
応援に来てくれるから、お前は決してそこから動くんじゃない。総督はお前なんだからな」
『……は、い』
重く頷いた気配がした。よし、とそれにコーネリアも頷き返して通信を一方的に切る。最後に『あっ!』と拒む声がしたが、
かまわずスイッチにかけた指を引き落とした。
相手側の機体は、きっと『舐めているのか』と憤慨してるだろうが、たとえそいつが未確認世代の機体であっても自分ひとりでどうにか
出来なくては副総督の身分が泣いてしまう。まずコーネリアは、引きちぎられたアサルトライフルの地点まで戻ることを考え
潮騒が激しくうなる音を聞きながら前へと一歩、踏み進んだ。



「まだ降参する気はないっていうの……。次はその左腕を貰うわよ」
カレンはコーネリア側でどんな遣り取りがあったかも知らず、馬乗りに近い体勢でいた身体をさらに前へ伸ばして、
右手にかけたレバーを強く引き、輻射波動のレベルを最大限にあげようとした。
(きっとコーネリアの後に続く部隊は、杉山や玉城の部隊がどうにかしてくれてる。……どうにか私一人でコーネリアを
仕留めるんだ。せめて、せめてゼロが富士へ行くまでは)
そう、カレンも、他の団員も、すべて自分とガウェイン以外の部隊は沖にやったゼロは、いま富士へと向かって居る。
そんなはずだった。先ほど一度だけかかってきた通信からは、その発信源はいま海上であるとデーダーで現されていたから
カレンは紅蓮に騎ってコーネリアとまみえながら、彼がいま何処で何をしているかなんて心配もしていなかった。






きつい詰襟のボタンを指で弾くように外したルルーシュは、通信を傍受するセシルの横の空いた座席に
ドスンと音立てて腰掛け、セシルとは反対側の隣であれやこれやと変わる戦況にあたふたとしながら手元のキーボードと
画面を交互にみる通信兵から、卓上型の操作ボードを取り上げた。
「殿下、何を」
「ちょっと貸してくれ」
一番見晴らしがいいとされる通信画面前の席には行かず、自分の横に居るのにも気を割いていたセシルはそんなルルーシュの行動に
珍しく眉を顰める。
が、ルルーシュもルルーシュで成したいことがあるのか女史の苦言を片手をあげることで制し、可動式の椅子の背もたれにグ、と
背中を押し付けた状態で両足を持ち上げて体操座りのような格好でキーを打つのに専念した。取り上げた卓上ボードは膝の上だ。
「ちょっと殿下ったら、こんなとこに居ちゃ駄目じゃないですか。さっきまではロイドさんとどっか行っていらしたのに、
どうして今になって特派のトレーラーなんか……。それにどうして本部から離れようとなさるんですか、このブースごと」
「ああセシルくん。ちょっと放っといてあげなよ。
 プログラミングと無線の追跡はルルーシュ殿下の独壇場だから」
「へ……?」
カチャカチャと軽快に弾きつづける白い指と、眼球だけがきょろきょろと動くルルーシュの姿を後ろから眺めていたロイドは、
再度ルルーシュを安全な場所へと行かせようとするセシルに言葉だけで、『放っておけ』と言い放った。
「でもロイドさん」
「解析しないとゼロの居場所もわかんないでしょ?舞台を海にしたのはあちら側から見れば正解だったようだね。
普通の周波数からじゃ居場所が全く読み取れない」
「----------そのとおりだ」
丁度、セシルに解説をするロイドの膝あたりの位置からルルーシュは声を出した。
その彼女に聞かせるように、ロイドは腰を落として耳元へと口を寄せる。
「どうします?……ランスロット、動かせませんね」
「心配ない。俺がすぐにゼロの場所を突き止めるから」
「仮に見つけ出せたとして、そこが予想通り海の上だったらどうするんです?アレにはフロートシステムなんてつけてありませんよ」
訝しげにセシルがそんな会話をする二人を見る。が、そんな間にも港沖の基地では、コーネリアと紅蓮の戦いであったのが
黒の騎士団の別部隊の参入も加わって、よりあちらの戦況は低迷していった。先行きが全く見えない。
「そんなこと言わないで、……開発していたアレをつけてよ、ロイド」
持って回った言い方は嫌いだというように、軽快に指を動かしながらルルーシュが呟く。
それに対して呆れなのか、大きな仕事を短時間のうちに任せられたことによる溜め息なのか、ロイドはそんな無茶を言う総督の顔からは
目を逸らして、無言のまま特派のブースの奥へと、消えていってしまった。
「ちょっ、ロイドさん!?勝手に離れないでください」
「セーシール。あいつには別の仕事を任せたから、そんな怒らないで」
「なっ……。殿下も、ちょっと不謹慎なんじゃないですか。妙に落ち着いちゃって、そんな状況でもないのに」
ルルーシュから『落ち着け』と言葉を受けたが、それでもセシルは端正な作りの眉を歪ませて、焦りの感情を露にした。
それに対してもう限界が近いと察したのか、ルルーシュは膝の上のボードからいったん手を離して頭上にある小型画面を仰ぎ見る。
そこでは未だに交戦中の紅蓮と異母姉のグロースターの生存反応が点滅していて、そのずっと奥の海側のラインには
まるでこちらの動きを警戒するかのように待ち構える、幾隻かの戦艦がそこにいた。……それも、黒の騎士団の手により
奪取されたものなのか、いまの状況では判断出来なかったが。
「殿下、どうされるんです」
いつになく険しい表情をしたセシルと視線が交わった。『そうか』、と。ふとルルーシュは何かに気づいて
女史のすぐ後ろへと視線を飛ばした。

そこにはいつものように准尉が居ない。いま自分は准尉を取り戻す為、ゼロの居場所を追跡している。
手元にあるボードには克明に、彼の行く先である富士のデータが映し出されていた。そこには生存反応やKMFの場所を表示する
点はひとつもない。

(あ、----------)

脳内は瞬時にクリアになった。
ゼロは、ナナリーは、……ルルーシュの先を呼んでいる。
その先を呼んでいるから、ルルーシュはナナリーにその逆の行動を取られたのだ。
ならば、それに対処するルルーシュを見て、ナナリーはまた別の道を”逆に”取るだろう。ルルーシュをすぐには行動に移させないように。
(俺はすぐにでもゼロの場所を突き止めたい。でも富士にはそんなレーダーは全くない。つまり誰も来ていない、居ない。
ということは……、ナナリーは、ずっと港かどこかからか、こちらの基地の様子を確認している……?)
「セシル」
「は、はい」
「空を……空を、見てくれ」
幼い頃のグロテスクな情景が、脳裏に蘇ってくる。
あれは、あの時は、あの状態であったルルーシュは、ただナナリーから距離を置きたいが為に
弟の背中を押して、窓の外へ突き落とした。
その時に一番に目に入ってきたのは、弟の落下する姿ではなく、遠く高い空だった。
それは、いまルルーシュとセシルが見つめる画面の外の海に広がる空と、姿こそ違えど、何か似ているものがある。
--------------そこにはガウェインが浮いていた。


「ゼロ、あんたは確かに策士だよ」
細長いパイプの柄を指先で回しながら、シャープに長いシルエットを包む白衣が
艦艇の先に広がる海を見つめながら、囁くように口を開いた。
女の白く長い髪が風に靡くのを、後ろに黙ったまま立つ扇が見つめる。表情は冴えない、ゼロの居場所が扇にも掴めなくなったからだった。
「安心しなよぉ。あいつ、嘘はつかないからさ。何で?ってこの間聞いたら、『嘘は世界で一番嫌い』なんだって。
絶対過去にそれで何かあったよねぇ。だから、そういう男だから、安心して見てたほうがいいよ。ゼロがあちらの将軍に勝つのをさ」
「別に……俺は不安なんかしてない。心配してるんだ、ゼロが、またクロヴィスを殺害した時みたいに無茶してるんじゃないかって」
『私はブリタニア人だがかならず英国から日本を奪還する』と扇は言われ、一瞬驚きすぎて二の句が告げなかったが、
それでも無意識に差し伸ばされた手に同じそれを絡めていた。
あの男が、いま何処でどうこの戦況を見ているのかは解らなかったが、予想以上にこちらは優勢で、ブリタニアは劣勢にあった。
目の前では尚も激しい戦いへ、紅蓮が身を投じている。カレンはまだ成人してもないのに、まだゼロに自分の気持ちすら
伝えてないただの女であるのに。
「ゼロは……」
「え?」
「何処にいるんだ」
「見てればわかるわよ。自分のやる任務や、作戦に関わる大事なものは言わない主義なんだろう。大部分を私は知ってるけれど、
あいつにはあいつの考え方があるんだよ、私にはよく解らないけど」
「それって……?」
「解らないから、奴に従うんじゃないか」





二人して空中に確認した黒の機体に、絶句した。
がすぐにルルーシュは正気に返り、頭上にあるモニターと自分の追跡していた画面とを交互に見つめた。そこには確かに
ガウェインと思しきレーダーは現れていないのに、目の前にはフロートシステムを全開にした緑の翼で、
港沖の基地を見下ろしている姿に、眉を寄せた。
「……どうして、だ」
「---------も、もしかしたら、何がしかの干渉を受けているのかもしれません……」
「何?」
「私たちが、あの、ロイドさんと三年前、から、開発していたある装置があるんです。四方を囲むように設置しなくてはならず、
しかも敵味方双方関係なくサクラダイトの機関に侵攻して、その動作を停止……もしくは消滅させてしまうという」
「それがあるから、今まで俺たちはガウェインに気づかなかったということか」
「かと、思います。だってそうでなくてはおかしいもの。いえ、多分おかしいんじゃなくて、違うんです。あちらがアレを
持ってるはずなんてないんです。だってあの装置は……っ、でもあれを使っているからこそいまこちらは窮地であって、」
「セシル、落ち着いて」
自分こそ落ち着いてなどいないが。
だがそれに関しては深く考えることを拒み、何故だか震えだす女史の肩をさする。何か自分が知らないものを
ロイドと共同で作っていたのだろう。
その機械が、装置が自分の行く先を阻んでいる。きっと黒の騎士団にはそれ以上の捨て駒と切り札が揃っているのだろう。
それに打ち勝つ為には何よりも情報と迷いのない決断力が必要だった。ルルーシュはセシルの肩に触れた手をまた引き寄せて、
両手をそっと胸の前で合わせた。まるで祈るような形で。

『……嘘は、嫌い。約束を破るのはもっと嫌い。だからお姉さま、私との約束を違えないで』

無意識のもとに束縛を享受していたルルーシュは、当時まだ自分が弟とこんな風に戦いあうことを
予想なんて、全くしていなかった。
弟もそうだろうか。ナナリーも『まさか』自分が窓から突き落とされるなんて、姉に殺されそうになるなんて思いもしなかったのだろうか。

人はいつだって、思いもしないことにばかり、身を破滅させてしまう。
だから、自分がナナリーに……、ゼロに、裏の裏をとられたということは、きっと、昔した自分の行為がそのまま因果応報に
ルルーシュの身へと返ってきているのだろう。

(なら俺は今度”も”……)
……お前が選ぶ、道とは逆の道をとるよ。




コーネリアが未確認世代のKMFと立ち合うことになったとの入電を受けたジェレミア含むルルーシュの近衛兵は
すぐさま輸送VITOLで港沖基地へと飛んでいた。
ルルーシュからの命令は直接には受けていないが、政庁から跳ぶ直前に特派の主任と鉢合って、『空には気をつけて行け』との
助言を受けていた(助言と断定してしまうには余りあるほど皮肉げな笑みをしていたが)
が、その言葉の真意をジェレミアはその場に向かう道の中で理解することとなった。空には、現時点でおいて英国が保有してない
フロートシステムを常備したこちらも未確認世代のナイトメアが、海の上に浮かんでいたのだ。
(私は、あれを、先日も見ていた……)
苦々しい思い出ではあったが、自分が以前仕えていた総督が暗殺された事件のことを、けしてジェレミアは忘れない。
その時もあの機体は空を自由に飛んでいて、枢木が騎っていたランスロットと電気が散るように、炎がほとばしるように
戦いあっていた。
だから実力は身に余るほど知っていて、サザーランドの内部で準備しながら、ジェレミアは背筋に冷や汗がたれる感触を
確かに感じていた。意識は遠くに飛んでいたが。
そして目にしたこちらの置かれてる戦況に、またも全身を強張らせてしまう。手にした両方のグリップは汗を含んで気色が悪い。
そうなってしまうのは、きっと、戦の中においては女神と称されるコーネリアの機体が、右腕側が砕け散ってしまうほどの
損害を受けてしまっていたからだろう。
「何ということだ……、これもゼロの仕業だというのか、ルルーシュさまは何をしている!基地は……っ」
ほぼ、無頼により包囲されてしまっていた。つまり、空にガウェインが居ようとも、港にいるこちらがわからは手が出せない
状態になってしまっている。黒の騎士団はこうなることを考えていたというのだろうか。彼らは睨みあう紅の機体と
半壊したコーネリアのグロースターを取り囲み、今まさに手にした銃器で射さんというところまで来ていた。
「……っ、くそが!」
警戒しながらその輪の中へ入り込むことも可能であったが、そんなことをしては人質に近い状態である副総督の身になにが起こるとも知れない。
が、そうは思ってもその無頼の中の一騎が、ジェレミアの目には別の行動をとっているように見えた。


苦戦という状況の中にいて、コーネリアはギルフォードが率いる別部隊がどこか他の地点で騎士団による足止めを受けていることに
薄々感づいていた。千切れた腕の感覚はもう、自分の居る機体からは神経信号自体途絶えてしまってるので、衝撃も何も感じない。
でもどこかそれでいいような気がしてきていた。自分の目には、紅蓮と戦うことに夢中で気づかなかったがもう
全体をぐるりと囲んだ無頼の姿が映っていて、本当に足止めをされたのはギルフォードではなく自分のほうではないのだろうか、と、
空に浮かぶ自分たちのモノであったガウェインを見て、思った。
こんな状況で、この間エリア11で騎士団の奇襲を受けたときのように枢木がランスロットに騎っていたのなら、
なにか今のような状態とは違うものになっていたのではないかと、嫌な考えまで浮かんできて、
慌てて弱気になっている心を叱咤するように首を振った。彼に対してもう期待するのは、遅いように思う。
ナイトメアの動力を支えるエナジーのゲージも、画面に映し出されたバーを見るに残り少ないということを知る。焦る感情というよりも
周りの無頼の、不審な動きこそが気になった。
(そう、まるで)
こちらの動きが完全に止まるのを、待っているかのような。


カレンは思った。『今だ』と。今しかコーネリアは撃てない、と。
彼女のグロースターが、向かいたつ紅蓮の右腕へ大きく槍を構える。その瞬間こそ隙である、とカレンは大きく機体の足を踏み込んで
左腕だけ残ったグロースターへと全速力で突っ込んでいった。
自分をまるで護っているかのような、いや、それとも応援でくる機体を威嚇でもするかのように立ち尽くす無頼の中の、
約一騎が他の者とは違う動作をすることに、気づきもせず。
(ゼロ!これで貴方の-----------------)


「『ワタシ』の」


「-----------------------敵を捕まえた。」
ポン、と弾むように弄んでいたラクシャータのパイプが、中に溜まった灰を海へ投げ捨てた。
そのタイミングで全部隊のグラスゴー、騎士団の中の無頼も、活動を停止する。瞳の端でカレンは画面の傍に走った
なにか電流のようなものに唖然と双眸を見開いた。
「……、え?」
紅蓮も、動かなくなった。
「何を、……おい!ゼロは何をしたんだ!」
白衣の横で扇は声を張り上げて、彼女の押したであろうスイッチをその手の中から取り上げた。
それはずっと握られていたものなのか、中に篭る電力と同じだけ熱を宿していて、まるで扇はそれを呆けたような眼差しで見つめるしか
事態を掌握出来ていなかった。
それを特に面白くないものを見る目で、ラクシャータは見返す。
「どうしてアイツがやったんだって思うの?まあ、今のは私だけでやり切ったってもんじゃないけど、……やっぱりアンタも人間だねえ。
疑ってないだなんて素振りをしていても、いざという時あの男を疑い出す」
「そ、そんなことはいい。どうしてみんなの動きが止まったんだ!」
「はは、それはね、あそこの港を中心にして置いたゲフィオンディスターバーが完全に作動しきったからだよ」

ゼロとラクシャータはお互いにスイッチを押すタイミングを、紅蓮が敵グロースターに触れるというもので示し合わせ、
現にそれをきっかけとして、港に集まった英国の軍隊も、騎士団の部隊も、すべての動きを止めさせた。

「あの男も意地悪だよ、本当にね。……自分すらも、動けなくなるっていうのに」
「え……?」
「今回の作戦は、ガウェインに総督の騎士を騎せることが決まってから全部、計画がほぼ白紙になってしまったんだ。
そうまでして枢木をあの戦場から引き離すのには意味があったんだろうけど、逆にアイツ自体が危ない橋を渡ることになった。
-----------ゲフィオンディスターバーはね、自立式でないから作動する者とそれを配置する者が必要なんだよ。
ゼロはあのグロースターと英国の軍隊をおびき寄せるのに、私の紅蓮を使った。紅蓮を使う為には、ゼロはガウェインではなく
あの港という戦場に居なくてはならなくなった。……つまり、ゲフィオンディスターバーを”配置”する者として」
「じゃあ、じゃあ……ゼロ、は……」
艦隊の裾まで歩き、穏やかな波の先にチェスの駒のように静止する、機械たちを見る。
その中の無頼のうち、約一騎だけが、ゲフィオンディスターバーの起こした磁場の外側に居た。
そう、それこそが。

「お前はずっと、みんなが戦うのを見ながらずっと、黙ってそこに居たっていうことなのか!」