空っぽの封筒
ろくに睡眠もとらないまま朝の仕度を済ませたルルーシュはロイドに導かれるままに、政庁地下にある特派のブースへと
赴いていた。ロイドはセシルからルルーシュの体調具合を聞いていたがろくに心配などはせず、いつもの慇懃な態度で
任された職務の報告をした。口調もいつもと変わらずに、だ。
「昨日よりご依頼されていたデータの書き換えは終了しております。あとはプロトタイプの状態にしてあるコードと
殿下が適合するかのテストをして、万事整うかと」
「コードと適合、ねえ……」
数人がかりで隊員が大きなシートを取り去ると、二人の前には輝きを損なうことのない、純白に等しいナイトメアが
現れた。配線に繋がれていた体は、いまは自由で凄然とした面持ちにルルーシュを見下ろして居る。
もとは自分のモノとして作られた機体。
名前はランスロット。実はルルーシュが自分でつけたものだった。
それを自分は異母兄と目の前の特派の主任に譲られて、一度か二度騎った。流失事件から一年経ち、准尉と手をとるようになって初めて
……一人きりで、
ナイトメアを動か、そうとした。
勿論拒絶され、混沌として闇に落ちた意識から戻った時は、准尉の静かに見下ろす姿が1番に目に入ってきて。
褐色の筋くれだった指に頬を撫でられたのを思い出す。……あの時、ルルーシュを拒絶したランスロットが暴走した現場を見ていた
隊員からは『ずっと枢木スザクが傍についてた』と、後で聞いた。
ルルーシュは”彼”が本当に自分を好きだなんて、今も信じられていなかった。
ブリタニア皇族のくせに問題ばかり起こす。
姉のくせに実弟を窓から突き落とす。
おまけにナイトメアとの相性は最悪で、齢17にして母国を飛び出し総督になった。
半ば権力で枢木スザクを騎士にしたようなものだったのに、……あの男は、その事に関しても何にしても文句のひとつも言わなかった。
今は、いない。
ルルーシュの後ろにも前にも隣にも、傍に、居ない。
「ロイド、時間もないからテストはせずに作戦に出よう」
「はー……っえ、本気!?」
ブースの外へと出て地上にあがろうというのか、ルルーシュは無言に見つめてくるランスロットへ背を向けて
道を歩き出した。政庁のコーネリアが待つ司令室への順路はひとつしかないので、また地味に階段を上がるのかと少々溜め息も出て来る。
とたとた、と滅多なことでは走らないロイドが狼狽えて駆けてくる足音をどこか遠くに聞きながら、
それでもルルーシュの頭にはひとつの目的しか現れていなかった。
「殿下、殿下っ……ちょっと待ってくださいよ!本気で言ってるんですかそんな事……」
「随分と寝不足だが頭はしっかりとしている、自分のセリフも理解出来てるよ」
「なら尚更無茶ですよ!三年前みたいなことになったらどうするんです?今度は本当に汚染されちゃうかもしれませんよ、
貴方はスザクくんとは違うんですから……っ」
暴走したランスロットから無理に降ろされた時、ハッチの傍でぐったりとしている自分の体を支えていたスザクがすぐに、次点のパイロットに
選ばれた。
正直悔しくなかったとは言い切れない。日本人であるくせに体躯にも能力にも、適合率にも恵まれていて、ルルーシュは人として
羨ましく感じていたことを思い出す。
「……元は、」
前を向いたままで口を開いて、聞こえるかもわからない声でロイドに向かって呟いてみる。
「元は俺のナイトメアだったんだ……、それに騎って何が悪い?准尉が浚われたんだ、俺の傍から居なくなったんだ、
取り返すんだから、かならずあいつから准尉を取り戻してみせるんだから、-------------もうどんな手を使ったって構わない」
慌しくついていこうとしたロイドの爪先がストンと。何かを諦めたかのように床に落ちた。
主君の顔色がすっかり変わっていて。例えるなら誰に近いと言えるだろうか----------、スザク?シュナイゼル?誰だろう。
しかしロイドは一瞬翳った紫電の色と、同じ色合いのものをどこかで見たことを記憶している。
ルルーシュはもう、騎士が消えてからここ数週間のうちに何か人としてなくてはいけない部分が疲弊してしまったのだろうか。
多分、もうルルーシュに何を言ってもきかないだろう。そう思ったロイドは大人しく肩を竦めて、彼女が突き進む後を付いていった。
(……貴方は)
ロイドは独白する。
一番争いごとを嫌ってたというのに、
もう決心されてしまったんですね。
”彼”を、
----------------殺すこと。
朝の食事だ、と用意して降りてきた団員の手首を乱暴に掴みとり、血気盛んにもスザクはその体を壁に叩きつけ、声を荒げて言った。
「僕をゼロに会わせろ!すぐにだ」
「っ、無理だ。捕虜自ら面会など、……しかもこんなことがバレたら、貴様など」
「-------------もういい。僕が上がればいいんだな」
押さえつけられた団員の言葉が続くのも構わず、それすらも苛立ちにまかせて踏み潰すように、ダァンッ!と反動をつけて
頭部を強く壁にたたき付け、黙らせた。
『ひぐ』と小さく呻く体を越えるように足をあげて、倒れた男の上を通りすぎ階段を駆け上がった。
ずっと横になっていた寝台の上には先日渡されたナイトメアの防護スーツ。
ゼロは対ブリタニア迎撃用に自分を利用しようとしているらしい。
そんなことはスザクにとって決して認められない命令だった。あの皇女を裏切ることなんて出来ない。ゼロが自分の能力を
認め、利用しようとする思惑はわからないでもないが、それは相手がスザクでなければという条件で通る話であり、自分は
例え刺し違えてでもいいからこの騎士団本部から出なくてはならないと思う、彼女の、ルルーシュの騎士だった。
(その僕を自分の駒として利用しようとする……)
(どこまで、ナナリー、君という人間は---------)
「お前」
すぐに上がった先には白いスーツを来たC.C.が居て、獰猛な眼差しのままにスザクは振り仰いだ。拳に滲んだ血痕をみて、悟ったのか
女の瞳が猫のように円くなる。笑っているのだろうか?珍しく動揺を露にしている自分を。しかしそうもなってしまうだろう。
外の世界ではルルーシュが、自分を助けようと頑張っているというのに。
彼女を護る立場にいなければならない、スザク自身を。
「そこを、どけ」
顎は下を向き、双眸は上を向いていた。
きっと今なら視線で世界中の人間を殺せるだろう、ただ一人の人物は除いて。スザクにとってはその人物以外は結局どうでもよかった。
今はもう、彼女の血縁でもあるゼロ、ナナリーに会って話すことしか頭には無い。立ちはだかった白い影に溜まりきった殺意を
向けることしか、すべきことが見つからなかった。
「ゼロに会ってどうしようというのだ」
その姿を面白さ以外では見ようとしない嘲笑が、女によって浴びせられる。スザクはC.C.が喋っている間にも距離を縮めていき
先ほどの団員と同じように屈服させようと長い腕を伸ばした、----------それが、まさか後ろに付いてきたゼロ自身の手により
掴みとられるとは思いもせずに。
「っ……!?」
「飼われ方が随分と甘かったようですね、……自ら檻の外に出ようとするなど。この下衆が」
C.C.の肩口から黒い影が現れたと知覚する前に、痩躯に反した有り得ない力に引っ張られて、スザクの半身は無様にも
足元に転げ落ちてしまった。
「この、う!」
刃向かおうと、すぐに掴まれたのとは逆の手に力を入れて起き上がろうとしたら、そのスザクの前にふわりと黒いマントが靡いて
スザクの視線を縛り付けた。
蝶のような、孔雀のようなその動きに、高まった怒気が冷えていくのを感じる。一瞬だけだが気を取られたスザクは
次にゼロがしてくる攻撃を受け止めることは出来なかった。
掴んでいた手はそのままにゼロの足は頭上にまであげられて、すぐには起き上がれなくなるように、とその踵がスザクのこめかみに
強く振り下ろされる。
「ぐあっ…………、は……」
肉物的な、金属が壁を打つような音がしたと同時にC.C.は眼を塞ぎ、ゼロは片手で仮面を外してナナリーに戻った。
栗色の長い髪がゼロの衣装をふわりと包む。C.C.は伏せていた視線を彼のほうへと上げて、その眼に留めた、ナナリーの満足した表情だけで
スザクが気絶したのを知った。
表情は笑顔。すべての思惑がひとつの纏まりへとなったような、そんな満足した笑み。
「……ゼロ」
「この人が私の命令を拒否することは、解りやすすぎるくらい予想していたことだから」
「じゃあ何故この男を殺さずにいるんだ。姉への罪悪感か?」
「そんな筈ないでしょう。私たちの事情を、お姉さまが私にしたことを聞いた誰もが、きっと私のほうに同情してくれるはずです。
ルルーシュお姉さまは可笑しいんですよ。可笑しいまま私と離れ離れになってしまったから、……だからこんな男を騎士になんてしてしまったんです。
ね?スザクさん」
踏みつけたままでいた足を上げて、傷ついた額を見つめる。C.C.はゼロの開いた双眸をわざと見ないように
壁のほうを向いていた。その様子を背中で感じて、ナナリーは首を傾げる。まるで、解っていたと思っていた問題が別の形に
変わってしまったことに、疑問を感じるような。
「C.C.、さん?」
「……」
「この人に聞かれたんでしょう。私の目が見えているかって」
「……」
「ミレイさんも知っていることだし、別に言ってもよかったんですよ。私は歩けるし目も見えるし、記憶も錯誤なんかしちゃいないって」
「私は、……知らないフリをしようとしただけだ」
「そんなことも契約のうちに入ってましたっけ?私は、私のことなんて、すべて貴方に筒抜けなんだと……
この力で立てたり見えたりしたときに思ったものですけど。違いましたか?」
可笑しいなあ……と呟きながら、枢木スザクの腕をまた取って、それを自室へと引きずりこんだ。C.C.は男の体と床が擦れる音と、
ゼロが歩くたびに鳴るヒールの音を聞きながら、また眼を閉じた。聖女が瞑目するように。
意識を落としたスザクは、皮膚を通して末端の神経までも侵すような海に、溺れているイメージを感じていた。
ほそり、と。柔らかい日が差し込む海は、水面が波の動きに合わさるように呼応していて。
(うわあ……)
ゆっくりと沈みながらもそれが『綺麗』だと胸に感じる。確かにその日差しのおかげでスザクの体は冷え切ることはなく、
温水プールにたゆたうような心地よさに支配されている。確実に自分は沈んでいき、もうあと数分もしないうちに死んでしまうのではないかという、
そんな危地に立たされているというのに。
目に見える水の世界がただうつくしかった。
この情景を最期に見られるのならば、なんの未練も残さず逝けるんじゃないかと、そんな幸せな錯覚を覚える。
しかし、
自分は『死ね』なかった。
ずっと昔に自分を幽閉した、紫暗の瞳をもつ皇子に呪いをかけられたからだ。
(大丈夫……大丈夫、僕は死ねませんよ、---------貴方を遺してはね、閣下……)
スザクにとって、この音もない水の中でみる回想は、辛い思い出ばかりだった。
日本を潰し、英国へと連れ帰った覇者である第二皇子が、嫌だ離せと泣き喚く自分を水に沈める。
まだ成長途中の細い腕を伸ばし、懸命に助けを呼ぼうとしても、それは誰の手にも届かなかった。
もうスザクは諦めていた。自分は一生英国から出られないと。誰も自分の存在には気づかず拷問だけを受けてこの世を去っていくのだと。
でも、
『俺はこの国の皇女だ、---------お前は日本の総理大臣の嫡子だ!』
(…………っ)
水に浮かんで投げ出したままでいた手の神経に、信号が電気のごとく走る。ぱちり、と翡翠を開いて、差し込む日差しがてらてらと輝く
水面を、両目ではっきりと見止めた。
(あれは、殿下と初めて会話したとき)
皇帝の謁見室の前で、自分のプライドと大切なものを踏みにじり奪っていたシュナイゼルが、更にスザクから日本人としての矜持を
奪い去ろうとブリタニア皇帝へ、クロヴィスの部下にしようという相談をしている光景を見つめていたとき。
声を殺して、震える身体に鞭をうち、必死に唇を噛み締めて堪えていたとき。
ルルーシュがひょっこりと、突拍子もなく突然スザクの前に現れた。
最初に視界に入ってきたのは、実は黒髪。その時は腰まで長さがあって、毛先までもしっとりと艶やかで漆のような
綺麗さだった。
白い面差しに映えるのは、英国人にも珍しい濃い紫色の双眸。兄弟の誰もが劣ってしまう強さを持っていて、その眼光の鋭さに
スザクの萎えた神経も、励まされた。彼女についていきたい、と、誰かに従いたいと初めて思った。
だから自分の指を伸ばして、彼女の細い手をとったのだろう。
お前の為に世界を壊す、と言ってくれた。ならば自分は彼女の為に命を懸けようと思った。数日後に口約束でだが持ちかけられた騎士の身分に
スザクは二の句も待たず黙って頷いた。ルルーシュのものに自分がなれるのならば。
ゴポッ……
海面が何者かの侵攻を察知したのか、激しく波打つようになる。
スザクは先ほど開いた翡翠を水面のずっと奥へとあげ、その先にあるだろう陸地を見ようとした。
輝かしいほどに日が強く差し込んでいた太陽は雲間に隠れ、暗雲が見え初めている。ぽつりぽつりとすぐに雨が降って、
スザクの海ももっと増水してしまうことだろう。確実にこのままでいたら溺れる、死んでしまうと思った。
(駄目だ)
酸素が水素と混ざり合い、水泡が口端から零れ出す。投げ出していた指をぎゅっ、と握りしめ、両足にも力を入れ勢いよくバタつかせた。
起きる、浮上する、水の中から脱出する。
その事しかもう頭にはなく、顔はひたり、と海面の方にだけ向けられていって。
四肢の神経を取り戻したスザクは、その海の中から自身を浮かび上がらせた。
「------------------……此処、は」
スザクが目を覚まして最初に見た光景は、誘拐される前まではずっと居た、特派のブースでみるものと全く同じものだった。
ナイトメア。
ランスロットの、操縦卓。睫を震わして、しっかりと翡翠を開こうと努力する。
(そんな、ランスロットの中なわけ)
(……ないだろう、此処が)
また再び落ちていく意識を浮上させようと、膝の上にある拳を強く握りしめる。あの海と違って確かな感触があった。確かにここは現実だ。
死ぬ寸前に、海に沈んでいくイメージをみた。しかしその先に、水に差し込んでくる光の中に、『彼女』をみた。
そうしてスザクが再び覚醒した先にある光景は、自分が騎乗するナイトメアと酷似した、けれど座席がふたつある事から全く用途の違う、
元は英国のものであったがいまは敵軍のナイトメアとなってしまっている、ガウエインのコックピットであると知った。
瞳を再び開ければ、ナイトメアの操縦卓。そこに腰掛ける細い筒のような影。
至近距離に居てずっとこちらを見ていたのは、ゼロの仮面を片手にもつ、ナナリーだった。
「起きましたか」
「ああ」
「気づいていると思いますけど、此処はナイトメアのハッチの中。身にしみた同じ空気がするでしょう?でも残念なことにあの白い獅子の
空間ではないんです」
「ガウエイン」
「ええ、そうですよ。元々はお姉さまと私の機体であった、……いまは姿も形もかわった、黒の騎士団のガウェイン」
ナナリーが座って居たのは丁度、座席にいるスザクからみればハンドルレバーが設置されている、操作画面であった。くぼみのような
凹みが出来ていて、ナナリーの細い脚がスザクのほうへと垂れ下がっている。それは、緩く足を組んでいるようにも思えて、しかし
男娼のように媚びているような仕草にも見てとれた。けれど依然王のような振る舞いは薄れることはない。そのボーズには彼の自信が
見てとれた。
「私は、カレンさんが貴方を連れてきたとき、もう叶わないと思っていた願いを再び叶えよう、と……思いなおしました」
「願い……?」
「本当はもうお姉さまが私を殺したこと、実はどうでもいいんです。だって家族の間では他人異常に諍いが生まれてしまうことは、
仕方ないことでしょう?自然の摂理のようなものでしょう?人と人が理解出来ないのであれば、家族と家族がいがみ合うのも
仕方の無いことであると思うし。……それが別に、特別なことだとも私は思いません。
だってそうでしょ?思ってたらこんな事……帝国に反逆するなんて出来てないでしょ?ブリタニアは私の国なのに」
「……」
自然なこと、といえるのか。
スザクは『この男は何を言ってるんだ』と思った。
ルルーシュの姉の立場を無知という名の刀で切りさき、皇族の中から迫害した。心身に溜まっていったルルーシュの鬱積にも
気づいていたのに、気づいたという素振りも見せず弟のもつ独占欲のまま自分の傍に居つかせた。
彼は、ナナリーはナナリーが思い通りにならないということを、『自然なこと』として受け止めず、
今はスザクの前で、四年前のルルーシュの行動を被害者の立場であるのに許している。
いや、違う。もしかしたらそれすらも、『自然なこと』----------『どうでもいい』と言っているのかも、しれなかった。
(この、男は……)
なにを言っているんだ。
「ナナ、リー……」
「お姉さまにも、いつかC.C.さんが聞かれてましたね、……私が本当は何を望むのか」
細く吐かれたスザクの応えには答えない。ナナリーは両足をスザクのほうへ下げたまま呟いた。
「ルルーシュお姉さまが」
スザクが浸かっていた海の、さざ波のような音で、ナナリーの口元が笑う。
くすくす。
ずっと、耳の奥にこびりつくような。
「お姉さまが、世界に一人きりになってしまえばいいんです。
貴方のような仲間も要らない。
ひとつ世界があってひとつの城があって、
その中に一人きりあの人が閉じこもったままでいてくれれば、-------私はそれでいいんです。
たったひとつの自分の箱に押し込めて、誰にも見せてなんてあげやしないで。
ルルーシュは私のもの、彼女だけがそこにあって彼女だけがその世界の持ち主である私を見てればいい。
だから、あの人の中に入ろうとする人みんなを排除しようと思うんです。思ってるんです、私。
勿論、貴方はその内の一人ですからね?スザクさん。
……貴方なんか今すぐにでも殺してしまってもいいくらい、私は貴方が嫌いなんですからね」
伏せていた顔が言葉と共に徐々に上がってきて、スザクの視線をとらえた。つまりは双眸が開いたということ、ナナリーの瞳を
スザクが見止めた、ということだった。
息を呑む。彼の声が震えているのにも気づいて、しかしスザクの体も同じだけ震えだした。
指が伸びてきて顎を掴まれて、上を向かすように引き寄せられる。
「そう、か」
やっと、といったように唾を飲み込んで、スザクは吐き出した声とともにナナリーを見上げる。
彼の、ゼロの、見開いた双眸。はじめて見る瞳の色、表情。
覗いた瞳は、紫電だった。
けれどそれはルルーシュのもつ色とは違って、仄赤く、形容しがたい光を奥に秘めていて。
「君は、よわいな」
…………『あなたは弱いね』と、見下すように姉へ言った言葉を、スザクはその弟へと口で返した。
「------------黙れ」
抵抗せず口だけ動いていたスザクの動作を、一言のもとに制した。
宙に浮いた視線を定めるように鋭くして、ナナリーは腕の中の男を睨む。
けれど逆にスザクは顎を掴まれたままで、けして視線を逸らそうとはしなかった。逸らしたら負けだ。ルルーシュは奪われてしまうだろう。
いま心の奥に眠っている気持ちを言葉にしなければ、ルルーシュにともう二度と会えないような気がしていた。
「ナナリー、君の願いは叶えられない」
「どうして?」
「僕が、殿下をずっと護るからだ。-----------君から」
「……私、から?」
こんなに自分の気持ちが傾いていたなんて、もう引き返せないほど好きになっていたなんて、エリア11に来るまで解らずにいた。
護る、手をとる、握りしめて引き寄せて、抱き締めて離さない。
それはナナリーがルルーシュにしてることと何も変わらないような気がしていたが、その考えはすぐに頭の外へと払い落とした。
彼女は、ついこの間自分が姿を消してしまう直前に、初めて自分から『名前』を呼んでくれたのだ。
「ルルーシュ」
あの言葉があったから、自分も彼女の名前を呼べる勇気が出るのだろう。
「お姉さまを救えると思ってるの」
「思ってる、かならず彼女のもとへ帰るって」
「……それが、本当の本当に叶わないと、---------したら?」
『え』、と一瞬でも怯んだ隙に、スザクの視界は朱に塗りつぶされていた。
最後に見えたのは、ナナリーが手袋の腕をあげてスザクの長い前髪を掬い上げた所作。ぱちり、と瞬く間に彼と自分の瞳は交わって
”何か”が鳥のような動きとなって閃光みたくスザクの頭へと入って来た。
海のような温かさで覆いつくされる、絶対遵守の能力。スザクは知らない、ルルーシュも知らない、それはナナリーの切り札。
その様子をハッチの隅で、ガウェインの中でされている行動を肌で感じるようにC.C.は座ったままじっとして、ただ耳を傾けていた。
ガタンッ、と強い音がして、男として当然といった重量のある身体が横たわり、再び意識の途切れたスザクが操縦卓に突っ伏すのを
黙って聞いた。後に低い声でC.C.の肌を震わせたのは、悲しみとも嬉しさとも愉快ともとれるナナリーの笑い声だった。