「セシルくーん、僕お茶が欲しいと思うー」
太いコードを直接ディスプレイに繋いで、身に付けている白衣よりも色素の薄い指先が軽快に情報を入力していた。
転送先は今はデヴァイサーが行方不明なランスロット。何故かルルーシュからの特命で『俺のパーソナルも設定しておいてくれ』と
ロイドは頼まれていた。
地べたに直接座っているからとても倉庫内は寒い。ゲートが開けばすぐにも発進できてしまう構造になっているから、
たとえそれが閉まっていても風通りはしっかりとされていて、気づかぬうちに全身が冷え切ってしまってる始末だ。正直温度が欲しい。
「今の僕の体温は基礎よりも下回ってると思うよ、大分。このままじゃ風邪をひいちゃって大変だ」
「そんな事言って……貴方と同じくらい働いてる私に給仕を頼んでるんですか?」
「うん」
「ご自分でどうぞ」
背中ごしに冷たい女史の声が返された。しゅん、と無意識に肩が下がる。普段は、セシルもメンテナンスに回ってるときなどは
スザクが気を利かせて茶を出してくれていた。(無表情にだが)
ぐるりと辺りを見回してみても、政庁の地下にある特派のブース内では、多くの人員があくせくと働いている。
今の自分たちとまるで変わらない仕事内容だ。
「無茶言うよねえ殿下も。二人分の情報なんて入る隙間はこの子の容量にはないよ」
この子、とは勿論目の前に佇む、いまは無人のランスロットのことだ。
「何かお考えがあってのことじゃないですか?……私も、二人をけしかけた人間として、とても気にしてるんですよ。
もうパーソナルの書き換えでも何でもしますからお願いスザクくん帰って来て、って感じ」
「あ〜〜、やっぱり君だったんだ」
うふふ、と笑いを滲ませて振り返る。『え?』と蒼髪が白い面差しに切り替わって、暫し見詰め合った。
セシルは、銀に近い色あいの瞳を数度瞬かせ、上司へ頷いてみる。ロイドはそれを受けて『あはー』と口を開き、その勢いのまま
冷たい床から離れようと、両足で立ち上がった。勿論、単体として使っているボードは腕に乗せてだ。
「ロイドさん?」
「君が殿下の相談役だったんだ」
「え、ああ、はい……そうですけど。なんですか今更」
「で、僕はスザクくんに泣きつかれたってわけね。ああー、僕こういう男女のアレコレって論理的じゃなく非常に不愉快に思う類の
人間なんだよね。ほんと耳が腐るね。今頃スザクくんはそれ以上に酷い目にあってるのかもしれないけど」
「は?え……?何をおっしゃりたいんですか?」
貴方こそ二人の関係に関与した人間じゃないですか、しかも私なんかより積極的に。
セシルがそう言葉にしようと上司を仰ぎ見ても、彼はもう居ない。『ちょっとどこ?』と視線を泳がせれば
ロイドはボードを繋いでいたコードを取り外し、なげやりにそれを口に含んだ。思わずぎょっとする。それは身体に悪いどころか
電力が篭っているものであるからして、粘膜を通してしまえば皮膚という皮膚に通電してしまう。
それに、その器具はボードに入力したデータを送る為の……
「ロイドさん、壊れちゃったんですか?」
近づくのも憚れて、立ち尽くしたまま白衣に声を掛ける。どうにもロイドはつまらなそうに瞼を半分開けて、ずぽ、とすぐに
口からそれを出した。口端から垂れた糸は手の甲で拭って、無数の配線に支えられたランスロットを振り仰ぐ。
「スザクくんが誘拐されたのは僕の所為かもしれないね」
あの日、第二皇子の誘いに手を伸ばした。
えんえんと窓の下に蹲って泣いていた彼女の鬱積を生んだのは、ロイドが日本の富士に眠る、鉱物資源を欲しがったからだ。
「ねえセシルくん。……僕すごく興味のあることなんだけど」
「はい……?」
「サクラダイトって食べたら死ぬかなあ」
空っぽの封筒
准尉が消えてから一週間。彼が消えたことと捜索を開始したことを報じた会見からは三日経った。
ルルーシュは出来るだけ心の平穏を保とうと筆を取り、執務室にあった半紙に、スザク捜索の経過を書き連ね始めた。
まずは日付を書いて、……天候はいいとして、事件の内容以外では今日ルルーシュが何をしたかも付記するようにした。今は時刻としては
日付を跨ごうという時間帯で、ルルーシュは私室ではなく特派の地下にいる。特派といっても、エリア11に来てからスザクが
使用するようになった部屋の中だ。
彼は片付けることが何よりも苦手なようでいて、しかしベッドの上には余分なものは何一つ置いてない。ルルーシュだったら
床は綺麗でシーツには下着や服などが散乱してしまったりするのだが、スザクのベッドは綺麗に整えられている。シーツに半身だけ預けて
肘を乗せている自分の足元には、学校の教科書や衣服が放置してあるのに。変なところで潔癖症な彼の性格が現れている。
そうやって床に腰だけ落とした状態で、安定もしない状態でカリカリとペンを動かしていった。出来るだけ客観的に書こうとする。
余計なことに気を取られてしまわないように、そんな暇があるのだったらもっと論理的に思考を組み立てて、はやくちゃんとした道行きを
構築したかった。
”-----各地で起きている暴動の要因は現時点において二つ。
一つは、ゲットーへの軍事介入、もう一つは旧日本政府の重鎮たちによる、現エリア11総督騎士侯枢木スザク突然の失踪の追求である。
これにおいては、ブリタニア側から彼へ干渉したものではないとの説明を行った。目下捜索中であるのはその事実を否定していると同時に、
第三者による枢木准尉の誘拐、であるとこちらは考えている。
けれども市民の暴動を抑える余力は現時点ではない。
捜索のほうは事件の起きた翌日より開始。毎夜、人力のできる限り租界とゲットーに検問などをしいている。
地下街、地下鉄線への介入は昨日より開始した。けれども枢木准尉の足取りは掴めず捜査は難航。総督である私本人としては
もう明晩より、シンジュクゲットー含むトウキョウ租界を覆っていた防衛線を、海側の富士鉱山まで拡張しようかと話を進めている”
「……まるで、雲を掴んでるみたいだ……」
正体の解らない誰か。しかし准尉を浚っていった動機はなんとなく掴めている。それは勿論、犯人はあいつだというルルーシュの憶測から
くる身勝手な確信であったが、何もないよりはマシだ、と前向きにそれをとらえる。
自分の情けなさ、弱さ、スザクが突然消えたことによる、驚きともつかない虚無感。空いてしまった空洞は誰が埋めるというのだろう。
間違ってもルルーシュ一人で出来ることじゃない。好きだって言ったじゃないか、准尉は。どうしてルルーシュが離れたその時に、
突然消えてしまったりしたんだ。
『スザクが』
『俺を女として扱うから』
「--------このままでも、弱いままでもいいんじゃないか、って……?」
涙混じりにクロヴィスランドで彼に吐いた独白を、また思い返して口の中で転がす。小さくカラン、という音がたって、視線をそちらへ
向けてみれば、いつの間にか右手の指からはペンが滑り落ちていた。
ぎゅ、と何もなくなった掌を丸める。何だか、ボーッとしてるだけで泣きたくなってきてしまって、慌ててそれをシーツに擦りつけた。
「もしかして」
誰もいないのをいいことに愚痴を零す。
「--------俺が、准尉の名前を呼んでしまった、から」
弟に連れてかれてしまったのか。
「本当にそうだったら、俺はなんてことをしてしまったのだろう」
そろそろと指を伸ばして、頭を両側から抱えた。先日から頭が痛い。会見で泥を投げつけられたり、検問脇で貴族がイレヴンに
リンチされているのを止めに入ったり、……群衆が起こす諍いとは醜いものだと知る。
自分がナナリーへ持った感情も、その中の一点であるものに変わりなかった。
ナナリーはルルーシュの嫌う御伽噺が、現実にある醜いものを描いてることに気づいてたんだ。
じゃあ彼は准尉に対してどんな気持ちを抱くだろう。自分への感情と相俟って、暴力以上のなにかをするかもしれない。お願いだから
頼むからそれだけはやめて欲しいと思った。もうスザクに、自分を庇う以外で傷ついてほしくないと思ったから。
「スザク……」
小さく吐き出された呟きに答える者は無く、一人静かに篭る皇女をそっと見守る影が、ドアの隙間から覗いていた。
特派のブースから休憩だ、と思って持ってきた紅茶。ルルーシュが一昨日辺りからスザクの部屋に居ついているということは知っていたから、
セシルは執務室へ内線をいれた後、応答がなかったから『こちらかな』と思ってやって来たのだ。案の定だった。
先ほどの上司の不謹慎かつ無礼な問い掛けを拳で鎮めて、けれどずっと頭の隅でセシルは考えていたことがある。
ナナリーとルルーシュが初めて騎ったガウェインで、富士山頂へと入ってからもう四年。
あの時、ナナリー皇子の絶叫をインカムごしに捕らえたセシルは、精製するしないに関わらずサクラダイトという資源は、
いくら電気を通さない資源でKMFを機動することが出来るものだとは言え、危険すぎると思ったのだ。
前座に座って居たナナリーは、あの場で両目を深く手で覆っていた。血は出てない。しかし直接サクラダイトを浴びた彼の瞳は
視力を失わないにしても何がしかの干渉はあったはずだ。
死んでしまったと思っていた、サクラダイトの第一の被害者。
けれど生きていて、ルルーシュ本人を狙っている。
ついこの間ロイドは軽く『姉弟なんてあんなもんだよ』と言っていたが、それはひどく冷たいものだと感じた。そして同じだけ
ナナリーとルルーシュはお互いに強く引き寄せ合っているのだと知った。
「立てるようになったのね」
スザクの身柄をアジトへと連れてきてから、カレンは学園へも家へも帰っていなかった。
まだ挽回とは言えない所作で半身を起こしているスザクの身体を見つけ、暗室の明かりをつけようとカレンは壁沿いを歩く。
今日はゼロもC.C.も降りてきていなかったから、スザクはすこし驚いたように彼女を見た。
「何だい。……久しぶりに見る顔だな」
「時間の感覚があるのかしら?ああ、傷の治りで計ってるのね」
「-------それと、あんまり壁が厚くないからだと思うけど、……外からしてくる団員の声で」
「……」
ただC.C.の看護を受けていたわけではないようだった。
カレンは一度ぐるりと室内を歩いて、スイッチには行き着かない、そのもの自体が無いことを知る。光源といえばカレンが下ってきた
階段の上にある出入り口のドアしかない。そこから廊下ひとつ挟んで司令室へと繋がっているのだ。聞こえていても不思議ではない。
ふ、とどこか遠くを見るようなカレンと距離をあけるように、スザクは寝台から腰をあげて一歩二歩と足場を確認するように立った。
上半身はぐるりと包帯が巻かれているので、服は身に付けていない。ズボンはC.C.が『替えだ』といって差し出したものを
着用していた。対するカレンは、見たこともないスーツを身に付けている。赤、というより深紅といっていい色合いの、
肌にぴったりと吸い付くようなそれは、スザクも馴染みのあるKMFの防護スーツであった。
「カレン、君は」
「そうよ。私は騎士団員でもナイトメアのパイロットなの。試験体を乗り回してるお前と違って”紅蓮弐式”は違う。
快復ついでに悪いけど、これからこのアジトは捨てて黒の騎士団は別の所へ拠点を作るわ。それの報告に来たの」
スザクの探るような眼差しに怯えもせずカレンは前へ出た。
「最近ここのゲットーでは市民の暴動と軍の介入が真っ向からぶつかってる……。狂信派の人間からは好かれてるようだけど
それとは別に貴方の不在で、政庁は酷い有様になってるらしいわ」
「何だって」
思わず声が跳ね上がり、彼女へと詰め寄るようにスザクも前へ出た。お互いに寝台を挟んで睨みあう。やはり焦ったのか、それとも予想外な
外の事態にスザクは動揺しているようだった。
「あんたを捜してることなんて、居なくなったことすら隠していればいいものを……、市民に全部公表したから逆に反感を買ったのよ」
「殿下が、自分で……?」
「ええそうよ。馬鹿よね皇族のくせに。騎士だってあんたの代わりはいくらだって居るはずなのに」
それは自分にも言えたことだと思った。けれどその心の独白を飲み込んで、何か言おうと口を開くスザクより先に声に出す。
「お前のことを問い詰めてくる民衆から総督は泥を投げられていたわ」
「え……」
「昨日偵察に上がった時に見たけれど、その時はその時でリンチされてる貴族を助けてたりしてた。随分働き者のようね貴方のお姫さまは。
うちの会長なんて『ルルーシュ殿下は違う』なんて言ってたけど、クロヴィスと一体何処が違ってるっていうのかしら?
違ってたから、貴方はあの総督の騎士をやってるの?ねえ答えてよ」
いつの間にか二人睨みあうように対峙していた。
どうして、どうして自分がこうまで怨念をスザクへぶつけるのか解らない。ただ気に食わないだけなら生徒会のように流してしまっていれば
よかったのだ。でもどうしてか、彼相手ではそれが出来ない。ならば気に食わないだけでなく別の理由があるのだろう。
もしかしたら、彼を騎士として責めるということは、カレン自体が騎士団にいる自分を認めきれていないからではないだろうか。
「あんたが……」
俯くのは卑怯だと思ったからはっきりと前を見て言おうと思った。
「恋愛で動く人間だと思わなかった。そうだから、ブリタニアから日本は搾取されたままなのよ。あんただってゲンブ首相の息子なくせに
唯一生き残った人間のくせに、ブリタニアに刃向かうことだって出来たくせに……、どうしてそうなっちゃったの?」
「…………」
沈黙でいることが答えだとは思えない。
紅蓮のスーツに着込んでいるからには気丈でいなければならないのに、つい兄のことを
思い返してか、戦争のことを思い出してしまったのか瞳が潤んできた。それにスザクが動揺したというように翡翠を見開く。暗くても
互いに息をついているから距離が解った。表情を隠そうとしても取り繕えない、そんな距離だった。
「それは、必要だ……」
「え?」
呟けば聞き逃さない近さに居たから、カレンの耳にもスザクの言葉は届いた。彼は俯いている。自分のぶつけた言葉がそうさせたのか。
「スザク」
「必要だった。僕は最初力が欲しくて、総督の騎士になったんだ。……ブリタニアを壊したいなんて思わないことはない。
今でも恨みはちゃんとある」
「なら、ならどうして”そちら側”にいるのよ?まさか、あの総督が居るからブリタニアについてるわけじゃ」
すっ、……と静かに彼の双眸は上げられた。よく見れば翡翠は混沌としていて、けれど鋭いまでにカレンを見ている。
まるで彼自身の考えが解らなかった。自分と同じ血が通っているとは思えなかった。
向こうもそう感じたのか、嘆息するように軽く息を吐いて、また寝台に座る。一度だけカレンを睨んだ目は下へと向けられて、
それはもうどんな言葉も気にしないといった素振りにも見えた。
「……なによ」
(それだけで、負けた気がする)
「---------胸を……っ」
(後悔が胸を鷲掴んだ、あの時、ナイフを持った手を)
「肩じゃなくて、……胸に刺して、殺しておけばよかった!!」
自分が襲おうとした気配をさとって振り向いたスザクの目に、怯んでしまったあの時の自分がとてもとても歯がゆかった。
彼は言葉にするわけでもなく、ちゃんと自分の問いに答えていたのだ。
スザクは総督を認めているのだ。
殉教者が崇拝する神のように、いやそれよりも強く。
国でなく人の為に働いてるのだ。
随分と長く会話をしたからか、体はしっとり汗ばんで呼吸も深くはつけないようになってしまった。
これはある意味、怪我の後遺症のような、後に来る疲労感だと思ってスザクは寝台へ寝転がる。先ほどカレンの口から説明された通り、
あの主君は自分を捜してくれているのだろう。殺されたとは思わないのだろうか?もう大分捜索は行われた頃だと思うから、
騎士団が見つかる日も近い。だから、彼らは拠点を移す、と方針を決めたのだろうか。
「富士鉱山へ入るのは私も初めてだよ」
千客万来というようにC.C.が階段を降りてきた。スザクは再び起き上がるのも億劫に思えて、視線をあげただけで彼女を迎える。
数日間同じ部屋で過ごすようになってからは、傍に居るのが当然のような気にもなってきた。
どこか同じ匂いがするのだ。彼女とは。
「富士、て……、もうブリタニア軍のほうはそこまで介入してきてるんですか」
「いや。あちらではなくこちらが、ブリタニアがゲットーに集中してる隙をついて侵入するということになった。元々は、もっと早くに
富士山頂へは行こうと決めてたんだがな。ゼロが勝手に」
「は、……ゼロ、ね」
先日馬乗りになってきた彼を自分の腹から突き落としたことを思い出す。起き上がらせようとしたら低い声で拒まれた。
もうあれから三日経って居る。彼の姿はそれから見ない。
「君は、----------C.C.はカレンよりもゼロの近くに居るのか?」
「物理的な意味ではな。あと、……クラブハウスでも世話になっている」
「そんなに敵の僕にほいほいと喋っていいんですか?生きて帰れたら全部話しますよ」
「生きて帰れたらな」
「ははっ」
ということは自分はあの主君のもとへ帰れないということだな。
今度は声にして笑いが洩れ、合わせて肩が動いてしまったからそれに傷が響いた。『う』、といやな声も上がる。C.C.が猫のように
目を歪めて、口元を釣りあがらせていた。
「お前、もしかして……先日の一件でゼロに同情しただろう?」
「え?」
二人きりしか暗室にはいないと思って、話をしていた。あの時、C.C.はゼロと自分が会話をしルルーシュのことで言い合いをしている
現場を、見ていたのだろうか。
知らずスザクの目はそれに関して鋭くなっていたようで、苦笑気味にC.C.が手をあげた。
「案ずるな、そんな悪趣味はない。ただ物音がして、廊下で待ってた私の元にゼロが足を引き摺ってきたから、また”こけた”んだなと」
「”こけた”?」
「深く聞いたことはないが、あいつは足に障害がある。理由は知らんがな」
「……そうか」
歩いてる姿だけを見ればそうとは感じられないが、確かに彼は突然の衝撃に弱いらしく、あの後もしばらくは無言で椅子に座り
足を休ませていた。ルルーシュが弟へとした過ちは、今もなお形として残っているということなのか。
「C.C.」
「なんだ」
「ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか」
壁は薄いことを知っていたので、外に洩れてしまわないように顰めて話す。先ほどまでの茶番な掛け合いはどうでもよかった。
しかしここからが本題だ、というように体に力を入れる。C.C.は顔だけあげたスザクを一瞬見、すぐに無表情で頷いた。
「ゼロの目は見えないんだろうか」
「……何……?」
「ゼロの”目”は見えないんだろうか」
「いや、わかってる、ちゃんと聞こえてるよ。……どうしてあいつを見てそう言えるんだ?」
C.C.がスザクを見つめる視線が強くなった。その真意はなんだろうかと計りかねる。けれどスザクは自分のここ数日考えたことを
確かめたくて、声を低くしたまま続けた。
「殿下からは四年前に一度、サクラダイトに汚染されて視力を失ってる、と聞いた。けど彼は不思議なことに、現在は一人きりの自立歩行に
耐えられる体になってる。まさか殿下の言っていることが間違いではないだろうし、僕の見た生徒会でのナナリーと騎士団のゼロは
同一人物で、違いは無い。けど明らかなブランクとして四年の期間が空いている。この空白に何があったんだ?英国には居なかったんでしょう」
「あいつが何故視力なしに歩いてるかは説明出来るが、それは私が言えることじゃない」
「どうして」
「お前が直接奴から確認しろ。……だがそれは、自分が此処から出られると確信した時にしておけ。それまでは余計なことはしないほうがいい」
「……」
「今生きているのさえ不思議なくらいなんだ。---------ゼロはいつだってお前を殺せるんだから」
「ならさっさと遂行すればいいでしょう」
「他人事のようだな……まあ、」
「すぐにわかるだろう。お前の利用価値は十分にあるからな。
ゼロならきっと此処へなど置いてかずに、富士鉱山まで連れてくだろう」
C.C.は頭のどこかでは理解していた。ゼロがスザクを殺さないでいる理由、それは後々の計画で利用するために生かしているということ。
そしてそれをスザクが気づかないはずが無い。ゼロの視力のない不思議さに気づいたのだから。
彼女は、アジトより持ってきたあるものを放って寄越した。受け取ったスザクはちゃんと起き上がってそれを両手で探る。
見慣れた物体、むしろ、ずっと英国で身に付けていたもの。何よりも親しんでいたもの。
先ほどカレンも着ていた防護スーツが手の中にあった。何の皮肉なのかランスロットの白を基調にデザインされたもので、
よくよく見ればC.C.も同じような格好をしている。普段は拘束衣を着込んでいるのに。
「……意味がわからない」
ゼロがスザクを利用する為に今日まで生かしてきたこと。拠点を移して富士鉱山に向かうこと。
それが頭の中のある一点で結ばれた。ゆっくりと寝台から床へ足を下ろして、両手にしたスーツをぎゅ、と掴む。ひとつひとつ感触を
確かめるように、来る現実を体に染み付かせる為に。
「ゼロは、まさか」
ゆったりと彼女の眼差しが細められるのを暗い中で見た。毒気を抜かれたように胸を締め付けられる。渡されたそれはすぐにでも
着用して地上にあがれということ。---------そして、
「解ったようじゃないか、枢木スザク」
防護スーツ。ナイトメアに騎るための服。
ナイトメアに騎るための、
「---------私が数年前に分断した海がある」
全身を覆うマントをばさりと振りかざし、細い腕を腰に当てるポーズをとる。プロジェクターで地図を写されたスクリーンの前に
たちながら、目の前にはラクシャータがパイプを咥えて聞いていた。面白そうに口元を綻ばして指を伸ばす。
つー……、と窓ガラスをなぞるかのようにゼロのいう”海”に触れた。租界の周りをゲットーから離したもの。誰も侵入しようとしない
水の底。
「あんたはこの時を待ってたんだねえ」
ブリタニア軍が枢木スザクを捜索する。その隙をついて、軍がゲットーと租界、その二点しか頭に無い状態になるまで
動くのを待った。
逃げているフリをして実際には好機を待っていたその行動にラクシャータは賛辞を込めて『ふふ』と笑いを零した。
肩をすくめるその仕草は充分に女性的なもの。ゼロもあわせるかのように微笑する。『理解したか』とでもいうように。
「そうねえ、確かにチャンスだねえ。今うちらが海を渡って特別区に指定されてる其処に入り込もうとしても、あいつら気づけないもんねえ」
「その通り。今こそがブリタニア保有の国家資産、サクラダイトを…………」
「ゼロは、富士鉱山を占拠しようとでも思っているのか?!」
「……奪取、といったほうが正しいだろうがな」
スザクはパイロットスーツを握りしめ固まる。思考も、貧血のせいであまりうまく働かない。四年前に一度内部への侵攻を試みた聖地。
そして失敗し……山すその一部のみ開拓は進んでいた。元々は日本のものであったもの。いわば枢木含む政府の財産。
それを、
「あいつは一度死に掛けているんだぞ……」
「だからこそ落ち着いて事を進めたかったんだろう。お前という駒を手に入れたおかげで作戦を遂行しやすくもなった、と言っていた」
「僕はそれに利用されるのか?」
「自明の理だ」
「あいつは完璧主義で失敗を失敗のまま終わらせない……、誰にも止められないんだよ、もう」
ゼロはスザクを”駒”として認識した。
四年前の流失事件と、これから行おうとする作戦。それのどちらが違うかといえば、これから行うそれであろう。
ラクシャータがスクリーンまで歩き手を差し出す。ゼロは当然といったように手袋のその手で握りしめた。
「精製前のサクラダイトが手に入れば研究も進むわ」
「ああ勿論」
「あんたがほんとにやりたかった事も出来るわねえ……」
「当然。ずっと昔から私は利用しようと思っていたんだからな」
------------------『あいつ』を。
思い出してほしい。
スザクさん。貴方とは英国に居ても会話すら交わしたことはなかったけれど、……私はずっと見ていたよ。
シュナイゼルのアヴァロンから連れられて降りてきた時に、憎しみと嫌悪と喪失に歪むその翡翠をみて”同質”を感じていた。
一個の素体であったもの。分離して初めてわかる”自身”の全体像---------鏡のような存在だと。
貴方と私は同じものなんですよ。かならず同じことをする、気づいたら同じものを愛している。
きっと誰かが否定しても私はそれを認めない。貴方と私は全く”同じ”だ。
だから、
奪われるものも同じでしょう。私がないものを持っているのは不公平でしょう。
欲しいものがあれば失うのは当然だから。奪うことにはもう慣れた。最初に私から大事なものを奪ったのはお姉さまだから。
次の手段に進むのは、怖くはなかった。
私が”ゼロ”と正体を明かした三日前、貴方が自然と手を伸ばそうとした時、普通に床に落ちた私を見下ろしていた時、
”同質”だと思ったものが”異質”になっていたと知った日。
お姉さまが傍に居ること、
お姉さまがあいつを選んだということ、
それが貴方を変えたんですね。憎しみと嫌悪と喪失の瞳は何処へいってしまったの?
それがたまらなく悔しいから、貴方のことをお姉さまから奪ったのかもしれないね。
「殿下、殿下……ルルーシュさま。こんなとこで眠っちゃ駄目ですよ」
「……んん、」
そっと足を忍ばせてスザクの部屋に入って来たセシルの指に、肩を揺すられて起こされる。
けれどいつの間にか寝入ったことにも気づいてないルルーシュはまだ夢の中。突っ伏して眠る姿は人形のように動かない。
セシルは情けなく肩を下げて、手近な毛布を散乱した衣服の中より見つけて、皇女の肩へと掛けてやった。
ずっと捜索の経緯を書いていた半紙に頬をつけて、すうすうと息をたてて眠る。
よく見れば彼女の下に敷かれるその半紙には、先ほどから綴っていた文面の下に新たに一文書き添えられていた。
ただ一言、
『はやく会いたい』
しかしその夢に”彼”は現れなかった。